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学園無双の勝利中毒者  作者: 弁当箱
第三章 勝利中毒者と零落少女の激怒
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第30話 粉砕



「入るぞレイラ!」


 そう言ってバンと扉を開き、霧生はレイラが治療を受ける医療センターの病室に押しかけた。

 ベッドに横たわって本を読んでいたレイラが「うわっ」と声を上げる。

 スタンドから伸びる点滴の針に繋がれ、四肢には白い包帯、他にも無数の医療処置の形跡があり、彼女は満身創痍の姿であった。


「……ああ、霧生さんですか。なんか久しぶり、みたいですね」


 レイラの勝利から2日が経っていた。


「確かに。そんな感じがするな」


 久々と言うにはいささか気が早い日数であるが、霧生もしばらくぶりに彼女の顔を見た気がしていた。きっとこれまで四六時中行動を共にしていたから、丸一日ちょっと会わないだけでそんな気分になってしまったのだ。


 2ヶ月に渡る激しい訓練に加え、見ての通り体中ボロボロになるまで戦った彼女は、あの後すぐ集中治療を受けることになり、昨日は面会が許されなかった。


「私、勝ちました」


 小さく笑みを浮かべて彼女は言う。

 霧生も笑みを浮かべた。


「ああ。この目に焼き付いてる」


 見事な勝利だった。

 レイラは閉じた本をかたわらに置き、こちらを真っ直ぐに見た。


「霧生さんのおかげです」


 その言葉には首を横に振る。

 確かに霧生はレイラを強くした。しかし霧生からすれば、そんなものはほんの小さな要因でしかない。

 最終的に自らの意思で勝利を手にしたのはレイラなのである。最後まで折れなかったのも、何度も立ち上がったのも、まさしくレイラの偉業である。


「お前が手にした勝利だろ」


 誰のおかげとも言わず、誇るべきである。


「それでも本当に、感謝してるんです」


 とは言え、そう言われると彼女の感謝はどうしようもなく霧生の胸に響いた。


「……あれ、なんか良い匂いがしますね」


 感謝を一方的に伝えて、話の流れを断ち切るようにレイラが話題を変えた。彼女は体を僅かに起こし、くんくんと鼻を動かす。


「おっと、そうだった」


 霧生が道を開けると、待機していたレナーテによって大量の料理が乗せられたワゴンが部屋に運び込まれる。


「じゃ〜ん!」


 そう、霧生はしんみりとした話をしに来たのではないのだ。余韻に浸るのも良いが、その喜びを分かち合うことも大切である。


「これより祝勝会を開催する!」


 パンッ!

 レナーテと共に、ポケットに隠していたクラッカーをレイラの頭上に放つ。

 彼女の穏やかな顔持ちががらりと困惑に変わった。


「えぇ……、ここで? 迷惑なんですけど」


 抗議するレイラを無視して、霧生は持ってきたスクリーンを窓際に掛け、その対角に映写機を配置する。

 レナーテはベッドの隣に着けたテーブルの上にワゴンから料理を移していき、空のグラスにはドリンクを注いでいた。

 そうして準備を終えた霧生とレナーテが席に着く。


「ま、待ってください。何が始まるんですかこれ」


 焦ったように配置された映写機とスクリーンを交互に見回すレイラ。


「まあまあ、見てのお楽しみ」


 レナーテがなだめると、レイラは次に料理へと視線を移した。


「というか私、何も食べられませんよ。臓器が色々と傷付いてるから、しばらく流動食と点滴だけって言われてるんです」


「任せろ。俺達が食う」


「嫌がらせ?」


 恨めしそうに睨みつけてくる彼女に形式だけのグラスを持たせる。


「というわけで、レイラの勝利に乾杯!」


 一応掲げられたレイラの杯に、手を伸ばした霧生とレナーテがグラスをカランと当てた。


「よし、じゃあ早速見返すか。レイラの勇姿を」


「は?」


「いぇーい!」


 首を傾げるレイラと、拍手するレナーテ。

 グイッと杯の中身を飲み干して、霧生は映写機の隣に置いたノートパソコンを操作し始めた。

 しばらく操作すると、スクリーンにパッと映像が映し出される。そこに映っているのは額に"必勝"のハチマキを巻いたレイラの姿があった。


「あっ、間違えた!」


『来てみろリューナァァァ!』


 スクリーンの中のレイラが叫ぶ。


「行き過ぎ行き過ぎ! もっと前からだよ霧生くん!」


「ちょっ! なんですかこれ!」


 レイラが引きつったような声を上げる。

 これは現在学園中に出回っている動画で、何度見ても泣けるとレナーテが入手してきたものだ。再生を止めた霧生は操作し直して動画を巻き戻す。


『御杖霧生が一番弟子──レイラ』


 いくらか巻き戻すと、丁度良い所から動画の再生が始まる。


「おお……。この名乗りは正直めちゃくちゃ嬉しかったな」


「素直になったよね〜」


「あっ、もう! もうッ! 止めてください!」


 動画から流れる自分の声をかき消すようにレイラが声を上げる。その顔は羞恥からか真っ赤に染まっていた。

 先程は真摯に感謝を示して見せたのに、今更何を恥ずかしがることがあるのか。

 彼女は流れる映像を止めるべく立ち上がっていた。


「よせレイラ! 安静にしておけ!」


「じゃあ止めて!」


「無駄だ!」


「〜ッ! せめて私のいない所で見てくださいよこんなのっ!」



ーーー


 

 結局動画を最後まで見終えた霧生達。


「うぅぅ……、何回見ても感動する……。レイラってば、強くなっちゃって……」


 ハンカチで涙を拭くレナーテを他所に、動画を見ている内に研鑽スイッチが入ってしまった霧生とレイラは、割としっかりとした反省会を開いていた。


 この動きは良かったとか、この技のキレがどうだとか、ここの踏み込みが悪いだとか、あるいは《気》の理想的な配分や、その立ち回りに霧生が見解を述べていくと、レイラも真剣にそれを聞いた。


 勝利の喜びもさることながら、"次"に対する意識は既にレイラにもあるようだ。

 勝ち続けていくためには、詰めなければならない部分は数多く存在する。


 そんなこんなでレナーテも混じって《技能》の話題に花を咲かせていると、ふと病室の扉が新たに開いた。


「あれっ!?」


 二人の接近に事前に気が付いていた霧生がわざとらしく声を上げる。

 病室の入り口に姿を現したのはユクシアと、額に分厚いガーゼを貼ったリューナの二人であった。


「あれあれあれあれあれ!?」


 肉を突き刺したフォークを皿の上に置き、霧生はガタンと立ち上がる。

 

「ユクシア嬢ではござらんか! それにリューナ嬢まで!」


 霧生は入り口まで小走りで駆け寄って二人の元へと急ぎ、そこからレイラ達に向けて意気揚々とした声を放った。


「敗北者様2名ごあんな〜い!」


「あははっ」


 レナーテがけらけらと笑い、レイラはすんとして本を手に取った。

 リューナとユクシアは至って真顔。

 平静を装っているのか、本当に平静なのか。当然前者であると霧生は確信している。


「ユクシアさーん! こないだはそそくさと逃げ帰っちゃいましたよねぇ! 負、け、た、か、ら。うふ」


「…………」


 今回の勝利はレイラが自力で手にしたものだが、弟子対決という意味ではレイラが勝ったのだから、当然霧生の勝ちにもなる。


 手を後ろに組みながらユクシアの顔を満面の笑みで覗き込み、その周りを右往左往する。

 その間に、リューナはつかつかとレイラの元へ歩んでいく。


「ユクシア、雑魚! ユクシア、雑魚!」


「うるさいよ、キリュー」


「強がんなって! 大丈夫だから! 分かってるから!」


 平然とした佇まいであるユクシアの肩をバシバシと叩き、煽りに煽る。それで彼女の頬が僅かにひくついたのを霧生は見逃さなかった。


「完敗だわ、レイラ」


 ベッドの前で止まっていたリューナが口を開き、霧生はそちらに振り返る。

 レイラはリューナに一瞥をくれることもなく、黙り込んだまま口を開かない。彼女の手によって本のページがぺらりと捲られる。


「またやりましょう」


 それでもリューナは言葉を続け、レイラは溜息を吐いた。


「おい? おいおいおいおい? なんだいリューナくん、その態度は?」


 見かねた霧生がすかさず口を挟む。リューナがチラリとこちらを見た。


「何よ霧生。私はレイラに話してるんだけど」


 そんな言い分を無視し、霧生は彼女の元まで小躍りしながら歩んでいく。

 それに合わせてレイラが口を開きかけたので、霧生は手のひらを向けて制止した。

 言わんとすることは分かる。しかしレイラに無粋なことを言わせるつもりはない。

 ここは師である霧生が責任を持って言ってやらねばならなかった。


「君はここへ健闘を称え合いに来たのかな?」


「それは……」


「違うよなあ? 自分でも分かってるよなあ?」


 勿論違うに決まっている。あれはそんな│清々(すがすが)しい勝負ではなかった。

 悔しくていても立っても居られなくなった彼女は、再戦の約束を取り付けに来たのだ。


「それなら態度がなってないじゃん? 論外じゃん? 俺達が負けた時はそんな態度とってたっけ? とってないよねぇ!?」


 目を閉じているレイラがうんうんと頷く。レナーテは呆れたように笑っている。

 そしてリューナが顔をしかめたのを見て、霧生は畳み掛けるようにバンとテーブルを叩いた。


「もっとこうさぁ! 挑戦者らしく、負け犬らしく、必死さをアピールしてもらわないと! 必死さをよぉッ!」


「……」


 敗者が余裕を装うなど愚の骨頂。そんな相手に再戦を持ち掛けられても良い気はしない。

 とくにリューナは、レイラの想いを文字通り思い知ったはずなのだ。それなら相応の態度があるだろう。


「レイラ」


 リューナの声色が変わり、今度はレイラも「はい」と答えた。


「……私には覚悟が足りてなかった。でも次は……。次は絶対……!」


「え……、次なんかないですよ。これで勝ち逃げするに決まってるじゃないですか」


 至って真剣な表情でレイラが言葉を遮ったので、リューナの表情はピシリと固まった。

 当然、リベンジを受けるかどうかはレイラに委ねられている。"勝ち逃げ"もれっきとした勝利の形なのだ。


 固まったままリューナの瞳に涙が溜まっていく。そこでレイラは「ぷっ」と吹き出した。


「冗談ですって。泣かないでくださいよ」


「なっ……!」


 打って変わってリューナの顔がみるみる怒りに染まっていった。追い打ちをかけるようにレイラは言う。


再挑戦リベンジはいつでも。まあ、あんなんじゃ私には絶対に勝てませんけどね」


 勝者の余裕を持ってレイラが言うと、リューナはドンと足を踏み鳴らした。


「なによもう、馬鹿にしてッ! 私はただ仲良くしたかっただけなのに! レイラなんて、レイラなんてもう友達じゃないわ!」


 怒鳴り散らかして、荒々しく彼女は病室を出ていった。

 そう、あれこそ敗者の態度。霧生はニコニコとしながら彼女を見送った。


「粉砕」


 満足げな顔でレイラが言い放つ。


「パーフェクト」


 言いながら霧生は彼女と拳を突き合わせた。

 その後、部屋に残ったユクシアの前に立つ。霧生はまだ彼女を煽り足りていない。

 霧生はニタァと笑みを浮かべてユクシアの目を見た。


「完膚なきまでに、俺の勝ち」


「弟子対決ならまだ引き分けでしょ」


「残念、俺の勝ち」


 一勝一敗でも、勝利指数による判定を行えば霧生に軍配が上がる。


「引き分け」

「勝ち!」

「引き分け!」


 しばらくそんな言い争いが続き、理解の足りない彼女に腹を立てた霧生はぐんと顔を近づけて言った。


「でもまあ、これで分かっただろ?」


「なにが」


 ユクシアがすました顔で問い返してくる。

 負け続け故に強く言えなかったことを、霧生は満を持して告げた。


「お前は何かと達観して諦めてるけどな、実際大したことねえんだよ!」


「!」


 霧生との勝負のみに希望を抱くユクシアには前々から疑問を抱いていたのだ。確かに彼女は規格外の才能を有していて、誰もが彼女を別格だと扱うが、それはユクシア自身にも問題がある。

 今回の勝負でもう一つそれがハッキリとした。


「ちょっと才能があるくらいで調子乗るんじゃねえ!」


「…………」


 ユクシアが顔を近づけてくる。

 怒りの頭突きかと思い、迎撃に打って出ようとした霧生の唇に、彼女のそれが重ねられた。


「……ッ!?」


 一瞬で頭が真っ白になった。

 彼女の前髪が霧生の目元を撫で、その香りが鼻孔をくすぐる。


「ハァ!?」


 レナーテが素っ頓狂な声を上げることで霧生はハッとし、慌てて彼女から離れた。


「な、なんだお前……! なんだお前……!」


 ユクシアはどこか艶っぽい笑みを浮かべながら唇を撫でている。

 そして次の瞬間、霧生の魔力が解き放たれた。


「え、……は!? なんで!?」


 どう言う訳か敗北が検知され、自傷魔術の概念術式が展開されたのだ。どこに敗北判定があったのかなど、霧生には見当もつかなかった。

 目の前のユクシアが満足そうに踵を返す。


「ちょ、ちょ! 待てお前! おかしい! おかしいだろ! 俺に何したァァァァァァ!!」


 魔力が自動的に連絡される。

 彼女を追いかけようと踏み出すが、ぐにゃりと周囲の空間が歪んでいき、霧生は防御姿勢を取らざるを得なくなる。


「ああクソ! なんだよこのゴミ魔術ッ! 止まれ! 負けてねえ! 俺は負けて……う、うぐあああああああああ!?!?」


 衝撃が解き放たれ、為す術もなく吹き飛ばされた霧生は、病室の窓を突き破って外に投げ出されるのだった。



ーーー



「……意味がわからん」


「普通に馬鹿でしょ」


 ムスッと不満を垂れる霧生にレイラがそう返してきた。彼女のベッドの隣には霧生用のベッドが新たに増えている。

 新鮮な大怪我を携えた霧生は、シュウによる手際の良い治療を経て、この部屋に放り込まれたのだ。


 まだ病室に居座るレナーテは、獲物を狙うかのような目付きでじっとこちらを見ている。


 頭がゴタゴタしてきた霧生は、一度思考を切り替えることにした。

 無心になり、壁にかけられたズタズタのローブをぼんやりと眺める。そのポケットからは白い紐の切れ端が覗いていて、それもまた煤けてボロボロだった。

 そのまましばらくぼーっとしていると、ふいにレイラが声を掛けてくる。


「霧生さん」


「なんだ」


「この怪我が治ったら、ちょっとお暇をください。大体一ヶ月くらい」


「ああいいぞ。何かするのか?」


 霧生はもうレイラが研鑽を怠ったり逃げ出したりすると思っていないので、一々そんな断りなど不要であった。


「その、一度実家に顔を出そうと思って」


「お〜いいじゃん!」


 それに反応したのはレナーテだ。


「今なら絶対に認めてもらえるよ! めちゃくちゃ強くなったんだし!」


「いえ、そうじゃなくて」


 レイラは首を横に振る。


「研鑽を続ける前に、私を見下したあいつら全員……この手でぶっ潰しておきたいんです。

 そうしないと私の気が済まない」


「えぇ……」


 ドン引きといった様子のレナーテに反し、霧生は目眩がする程感動していた。


「素晴らしい!」


 霧生は声をあげた。

 レイラの目には勝利への意欲が映っており、それは爛々と輝いている。


「それは絶対行ってこい! さすが俺の弟子だ!」


 痛みなど忘れて手を伸ばし、レイラの頭をガシガシと撫でる。

 されるがままの彼女は、照れくさそうに微笑んでいた。



三章、終。


久々に更新ガチりましたが師弟対決編、いかがでしたでしょうか。

楽しんでいただけたかと思います(自信あり)


霧生が最初にレイラを鍛えるとか言い出しちゃった時は、「クソつまらん章になるだろうなぁこれ」って、思いましたよね?


が。

弁当箱、"健在"



三章は感想返し全然できませんでしたが、それでもご感想送ってくださった皆さん、本当にありがとうございました。

嬉しい感想ばっかりでモチベ爆上がりでした。

今回の話は"感謝の全レス"します。称賛質問批判なんでもこいよ(指クイ


ほな、また四章で!

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― 新着の感想 ―
[一言] 何回読んでも「なんだよこのゴミ魔術ッ!」のとこで笑ってしまう
[良い点] 泣かされた、すっきりした。
[良い点] 神
2024/01/09 20:26 退会済み
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