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学園無双の勝利中毒者  作者: 弁当箱
第三章 勝利中毒者と零落少女の激怒
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第29話 吠えろレイラ



 こう勝つと決めた途端、世界の見え方が変わる。

 胸が張り裂けそうな悔しさや、絶対に負けまいとする強い気性があっても、どこか蒼然としていた視界──それが明るく拓け、次から次へと活力が湧いてくる。


 レイラは荒々しく刀状に伸びた蒼炎にもう片方の手を添え、それをそのまま脇に低く落とした。

 《気》の激流ではためくローブの端が蒼炎にかかり、チリチリと焦げる音がする。観客達の奇異の目、ひりつく空気が肌を刺す。

 これから辛い思いをすることになるのは分かりきっているのに、それでいて先程よりも勝利の展望がハッキリと見えていた。

 体が熱い。でも足りない、もっとだ。


 ──もっと上がれ、蒼炎!


 手に握られた炎は意思に応じるかのごとく一回り大きく羽を伸ばした。

 掌が焼けるのも気にせず、レイラはそれをさらに強く握り締め、前にズラした軸足で土を抉る。

 それから持てる最大限の威を乗せ、リューナに《気当たり》を放つ。

 さあ来いと、目で強く訴え掛けた。


「……」


 そんなレイラを前に、当のリューナは不安そうな顔色である。呼応するかのように背後の竜も身じろぎを見せる。


「どうしたんですか、リューナちゃん」


 彼女に挑発的な笑みを向けるが、内心レイラは激怒していた。


 リューナがこの気迫に怯んだ訳ではないのは分かっている。

 彼女が戸惑うのは、あの力をぶつけるに値しない、というレイラに対する評価が不動のものであるからだ。

 こうまで燃え滾る闘志をぶつけても、この時点で勝負ありだと彼女は考えている。放てばレイラは無事では済まないと。


 しかし放つ気がないのなら、先程の攻防はなんだったのだ。発動させればレイラがまた諦めて勝負が決するとでも思っていたのだろうか。それでは放つ気が無い魔術を、虚しくもレイラは全力で止めに掛かっていたということになる。


 なんという茶番。侮辱。

 激情の中で、レイラは早々にこうして良かったという実感を抱いていた。

 リューナの甘えは決して許さない。その侮り切った瞳を変えてやる。


「打てないんですか」


 《気当たり》を持って静かに問いかける。


「だって……」


 リューナは光の巨竜とレイラを交互に見回して口籠もった。

 何もレイラは無抵抗を決めたのではない。

 この想いと力で、真正面からあれを斬り捨てようというだけの話である。

 それに応えるつもりが無いのなら強者としての資格は無い。いくら才能があっても飾りだ。


「打てないならリューナちゃんはもう敵じゃない……」


 レイラはリューナに侮蔑の目を向け──


「ただの、負け犬だ!」


 知り得る最低の言葉で彼女を罵った。


「……!」


 リューナの目がハッとしたように見開かれ、咄嗟にその右手がこちらに翳される。

 レイラが口元を吊り上げ、リューナは煽られるままに躊躇を振り切って"命じた"。


「《牙撃サイエ》……ッ!」


 竜が動き出す。

 トグロを巻くようにリューナの周囲を一周し、その顎を大きく開いて耳をつんざかんばかりの咆哮を天に上げた。


『ガァァァァァァァァァッ──!!』


 光が凝縮したような姿をしている光の巨竜は直視するのも困難である。

 レイラは五感を研ぎ澄ました。

 何が起こるのかは分からない。だが竜としての実体がすでに呼び起こされた以上、あれは何かしらの現象を引き起こす魔術ではなく膨大な力にものを言わせた類の攻撃魔術。


 咆哮を終えると、巨竜の姿は四散するかのように透けていく。

 そして次の瞬間、それは身をよじって上顎と下顎の中にレイラを捉えた状態で姿を現した。


「ッ!」


 あまりの眩さに一瞬閉じそうになった目を見開く。怒涛の勢いで左右から牙が迫り、レイラはカッと光に包まれた。


 ──御杖流。


 ブゥンッ。上空に躍り出たレイラによって蒼炎の刀が振り上げられる。出し惜しみ無く放出した《気》を炎に乗せて、落下が始まるのと同時にレイラは反転した体勢から"空"を蹴り出した。その推進の中、遠心力に身を任せて蒼炎を薙ぎ付ける。


 ──《竜髄一太刀りゅうずいひとたち


「らああぁぁぁぁぁッ!!」


 ズバァンッ!


 上空からその身と共に落とされた全霊の一閃が、大闘技場の地面に焦げ目を刻み、竜の首を落とす。

 片膝を地に着けたレイラはすぐさま正面のリューナを睨みつけた。彼女の目は見開かれている。


『オオオォォォォォォォッ!!』


 二階席では大歓声が上がっていた。

 再び地を踏みしめたレイラは息を整えながら構えを取り戻す。閉じかけていた巨竜の上顎と下顎が周囲に馴染むように消えていき、それに合わせて弱まった蒼炎の勢いが取り戻されていく。

 表情を一気に引き締めたリューナが声を荒らげた。


「《陽光を喰らう竜ラヴァーディア》!!」


 再詠唱。立ち上がる魔力、訪れる暗闇。

 周囲から陽光をかき集め、消えかけていた巨竜の体に光が取り戻される。断ち斬ったはずの御首は再臨していた。


『ガァァァァァァァァァ!!』


 怒り狂ったように首を持ち上げる光の巨竜。怯むことなくレイラはそれを見上げる。

 一度斬り伏せただけで終わるとは思っていなかったし、リューナの性格上、先程のものが本気の一撃で無かったことにもレイラは気づいている。

 次は一段階か二段階、威力を上げてくるだろう。リューナから全てを引き出すまではその繰り返しだ。

 己を鼓舞するためにもレイラは叫んだ。


「来てみろリューナァァァ!」


「《刹撃シセル》!!!」


 側面に光を感じた時には遅い。

 ヒュンッと竜が振り回した尾がレイラに叩きつけられ、勢い良く闘技場の壁に衝突する。


「かはっ……!」


 全く反応ができず、レイラは受け身すら取れなかった。さらには《抵抗》を全開にしていてもこのダメージ。

 視界がチカチカと点滅し、口から鮮血が散る。背後の壁には大きく亀裂が入っていく。


「《牙撃サイエ》!」


 リューナの命令でまだ立ち直れていないレイラを光が襲う。ドゴンと轟音が響く。顎をぱっかりと開いた竜が牙を食い込ませていたのは闘技場の外壁。そこからソレは、外壁もろともレイラを噛み砕かんとした。


 ──御杖流、《忍び残閃》


 巨竜の喉元から胴に掛けて蒼炎が走り、光が二方に切り開かれた。

 御杖流の長い歴史には竜に喰らわれた際に生み出された技も存在しており、狭苦しい体勢からでも繰り出せる起死回生の抜刀術がある。

 光の残骸から現れたレイラが腰を沈め、またリューナを睨みつけた。


「ハァ……ハァ……」


「《陽光を喰らう竜ラヴァーディア》」


 間をおかず、光の巨竜がリューナの元へ呼び戻され、リューナは再びこちらに手を翳してきた。

 あの竜はリューナの指示で瞬時に現れ、予備動作も無く攻撃を繰り出してくる。

 一撃目は反応できたが、きっとここからは回避も防御も間に合わない。それでもレイラは飛び出さず、竜の進撃を待つのみだった。文字通り、受けて立つのだ。最後まで。

 それを見たリューナが深刻な表情で口を開く。


「……続けるしかないようね。あなたが降参するまで!」


「ええ望むところですよッ!」


「《星降る黄昏メ・ザ》!」


 ズンと、かつてない重圧が上から伸し掛かる。リューナが埃でも払うように片手を振るえば、その圧が同方向から押し寄せ、いとも簡単にレイラの体は吹き飛ばされた。


「《留撃ザイア》!」


 重圧の進行方向に現れた竜の大顎がレイラを捉えていた。体勢を立て直すこともままならず、レイラは為す術もなくそれに飲まれる。

 無我夢中に振るった蒼炎が光を散らすが、それでも焼けるような斬撃が上下から迫り、レイラの体をズタズタに斬り裂いて通り過ぎた。


「ぐ、あぁッ!」


 竜がリューナの元へ戻り、ドサリと地に倒れ伏したレイラを見下ろす。


「分かったでしょう、これで……! 実力差は歴然よ!」


 リューナの焦ったような声が響き、レイラは右手で地面を押し返して体を起こした。


「はぁ……、はぁ……」


 ボウッ。

 握りしめた左手に蒼炎を戻し、レイラはリューナを睨みつけた。


「……終わり、ですか? たったこれだけで……私が負けを認めると……?」


「ッ!」


 ようやくその気になったかと思えば拍子抜けだ。レイラを深く傷つけて、リューナは萎縮してしまったのである。

 決して攻撃の手を緩めて欲しくなかったのに。


「ふざけるな……!」


 相手を傷付ける覚悟も無くこの立ち合いに臨んだのだと思うと俄然怒りが湧いた。


「……何、ぼーっと、してるんですかッ……!」


 腕に血が伝う。灯した蒼炎で傷口を焼き、出血を止める。

 痛みと怒りに伴って、蒼炎の火力がみるみる上がっていった。


「追撃しろッ! 私は立ってるッ!」


「このッ、《星降る黄昏メ・ザ》!!!」




ーーー



 リューナによる蹂躪が始まっていた。光の巨竜が、重圧が、ありとあらゆる魔術が、レイラを襲う。

 時には斬り伏せて見せても、明らかに一方的な攻勢をレイラは受けている。倒れ伏せば攻撃の手が止まり、その度に激昂して彼女は立ち上がった。

 二階席では歓声と悲鳴が入り混じっていた。


「ああああぁ! もうダメだぁ!」 


 隣のレナーテが頭を抱えて嘆く。


「いいや、流れはレイラにある……!」


「どこが!?」


 常にギリギリの所で持ちこたえるレイラを見て、霧生の額には冷や汗が伝った。

 一方的な立ち合いを見てレナーテが焦るのはもっともだ。しかし、レイラはリューナに魔術を使わせている。

 リューナにはもっと有効な魔術を適した火力で扱う技量があるはずなのに、レイラの熱に乗せられて大魔術を連発していた。


 さらにはレイラを心の底から敵として見ていないが故に、全力で相手を追い込む度胸が無く、ひたすらに追撃を重ねれば済む勝負を長引かせている。


 トドメの一撃を放てない。それはつまり、レイラが立ち上がる限り、リューナには直接的に勝つ術が無いということだ。だからどうにかレイラを諦めさせようと、彼女もまた躍起になるしかない。

 不幸なのか幸運なのか、それがリューナの魔力的な消耗を大きくさせているのだ。


「このままじゃ死ぬまで立ち上がるよあの子!」


「だからってもう誰にも止められやしない、お前も分かってるだろ!」


 これはレイラ自身が勝利を信じる正真正銘の勝負。


「ああ、もう……! なんであの子はあんなにっ……!」


 そう、レイラはどうしようもなく頑固なのだ。

 リューナを完全無欠に否定し尽くすまで、どれだけ傷を負おうがレイラは立ち上がり続ける。それはこうなった時から分かっていたことだった。

 だがそれは今のレイラがそうであるだけで、実際問題その頑な意思に亀裂が走りつつあるのも霧生は感じ取っていた。


「……」


 レイラを軽んじたリューナの戦い方は、彼女を最後まで打ち倒すことはなくても、確実に彼女の心を蝕んでいる。

 今やあそこに立つのは霧生の弟子である前に、自らの意思のみでひたむきに勝利を求める一人の少女。

 戦いが始まる前、弱音を吐き出したように。彼女は何もかもを克服した訳ではない。それを押し込めて自分の想いを優先することができるようになっただけだ。


 散々レイラを奮い立ててきた霧生だが、彼女の自己否定は一概に弱さとは言えないのだ。自分を守るために必要な、一種の強さでもある。


 それは無茶を重ねるレイラの最終的なストッパーになり得る。

 人間なら誰しもどこかで歯止めを効かせなければならない。心が壊れる前に。

 全ての諦念はそこに基づいている。



 レイラの体がまた宙に舞い、地に叩きつけられ転がった。


「クソッ、レイラ! 頑張れ……!」


 リューナは今度こそ立ち上がるなと願うような表情を浮かべ、それを嘲笑うかのように、レイラは傷だらけの体を奮起させた。


「ハァッ……! ハァッ……!」


 火力が弱まっていく蒼炎。けれどそれは決して離されず、どれだけ一方的でも次こそはとばかりに構えを欠かさない。


『ガァァァァァァァァァ!!』


 巨竜が咆哮する。レイラを諦めさせるために、リューナはまた絶大な力を振るう。


「リューナ……!」 


 ユクシアが小さく声を上げた。

 これはもはや霧生達の手から離れていくばかりの勝負だった。


「どうして立つのッ!?」


 巨竜を従えるリューナが悲鳴に似た声を上げる。


「どうして私の土俵で戦うの!? こんな、これじゃ……!」


 リューナの言葉の続きを察したユクシアの顔が、美しくも悲痛に歪んでいく。


「これじゃあ勝負にならないじゃない!」


 彼女が本心を叫ぶと、堪らず俯いたユクシアが両手で顔を覆った。

 その悲鳴はユクシアが生来感じ続けて来たものに酷似していた。その姿に、霧生ですらこの先なんの障害にぶつかることなく進んでいくリューナの姿を幻視した。

 ユクシアの元で研鑽を続ける限り、どんどん他者の牙が届かなくなってしまう。それこそが自分ではどう足掻いても退けられない障害になる。


「ごめん……、ごめんね、リューナ……」


 懺悔するようにユクシアは言葉を吐き出した。


「ユク……」


 彼女の姿を見て、レナーテも顔を顰めていた。


 リューナは驚くほど強くなっているが、人の気持ちに踏み入るのを不得手とするユクシアでは、伝え切れなかったことも多く存在するのだろう。


「私はそんなつもりであなたを……」


 たとえリューナのあれが今一時の驕り高ぶりによるものでも、ユクシアはあの絶望を彼女に味わわせたくなかったのだ。

 そうさせないための努力はあったに違いないが、完璧だと思われがちなユクシアにも弱さは存在する。


 霧生にも責はあった。結局レイラを、あのリューナと互角に渡り合えるようには鍛えられなかった。才の差は言い訳にはならない。霧生の未熟さゆえの結果だ。

 しかし。


「ユクシア」


 霧生は明白な怒気を持って口を開く。


「勝負の最中だぞ」


 師に道を誤らせたと思われては、そんなリューナを打ち砕かんとするレイラは何なのだ。あのリューナに勝つために、彼女は強くなる道を選んだのだ。

 まだ勝負は終わっていない。彼女がそう信じる限り。


 涙が僅かに滲む瞳を持ち上げ、ユクシアは何も言わずに背筋を伸ばした。



ーーー




 今、諦めればどれだけ楽になれるのだろう。

 限界を迎えつつある体を無理矢理立ち上がらせながらレイラは考えていた。

 威勢よく啖呵を切ったが、現状は最悪だ。

 リューナの全てを捻じ伏せることなど到底敵わず、それどころか彼女に見下されているがためにレイラは立ち上がれてしまう。

 単純な力量の差が色濃く現れていた。彼女の言う通り、そもそも勝負にならなかった。


 まだ挑むべきではなかった。身の程も知らず、勝手に一人で盛り上がっていただけだ。此程の差があれば、リューナが侮るのも無理はない。対等な勝負を演出しようとすることにも怒る義理はなかった。

 そもそもレイラはリューナの敵にはなれなかったのだ。


「……レイラ、もうやめて」


 大魔術の連撃により、肩を激しく上下させるリューナが言う。レイラを諦めさせるために、彼女も相当の魔力を使った。

 怒りさえあればまだ立ち向かえるはずだったが、それは徐々に鎮火していった。奇跡でも起きて、ここから勝ったとしても、それは理想の勝利ではない。リューナが甘んじた所以の勝利だ。


「う、……かふっ……」


 喉から血がむせ返り、再び地に膝をついてしまう。血の溜まりが土の上にできていた。


「ごほっ……えほっ……!」


「あなたのためを思って言ってるのよ」


 どこか慈愛が含まれた声色。しかしその先にあるのは諦念。


 ──もうやめなさい、あなたのためよ。


 唯一、僅かばかりにレイラを気にかけていた母がよくそう言っていた。

 暗闇が迫ってくる。いつものレイラを貶める囁き声が耳に響く。目の前が真っ暗になり、感覚が深い闇へと落ちていく。



 ──なぜ立つの?

 ──やめなさい。

 ──もうよせ。──二度と帰ってくるな。

 恥さらしが。頑張る意味は? いい加減もう諦めて。いつまで続けるんだよ。


「…………やめて、やめてよ」


 誰も、止めないで。

 そう願っても瞳に涙が溜まっていく。行き着く先はここだった。暗闇から冷たい手が伸びてくる。何より、自分自身が打ち止めだと悟り始めている。



 ──お前には才能なんてない。



 耳元で力強く囁かれたその言葉だけは、何かが違っていた。

 レイラはその言葉の続きを知っていた。


「……だが、見込みはある」


 呟くと、視界が拓けた。

 眼前にある血の溜まりに、涙がぽたりと落ちた。そこには情けなく弱々しい自分の顔が映っている。

 額にある"必勝"の文字も。


 ──レイラ、もうやめて。


 脳裏に反響するその言葉は、ただの一言で掻き消える。


「無駄だ」


 感情を否定しても無駄。無駄なんだ。

 どれだけ無様でもいい。勝ちたいというこの想いだけは誰にも否定させはしない。自分自身にも。


 気がつけばレイラは立ち上がっていた。

 パシンと誰かに背中を叩かれた気がして、顔を上げた。

 そこには憎むべき敵が苦渋を舐めたような顔をして立っている。

 ──この戦いに、半端な気持ちで臨んだ奴。


 そう、リューナだ。この女のせいでまた想いが揺らいだのだ。二度とこんな想いをしたくないからここに立っていたのに。

 許せない。許すものか。


「まだやる気なの」


 そう言った彼女の背後に光の竜の姿は無かった。


「分かったわ」


 リューナが続ける。


「もしまだ動けるのなら、もう一度止めてみなさい。もしこれを止められたなら、私は負けを認めるわ」


 眠たいことをぬかすリューナに怒りの目を向ける。

 リューナが天に掌を伸ばしていた。


「"エスト"」


 レイラは動かない。止めるつもりなどさらさらない。

 リューナが、レイラを止めなければならないのだ。


「"エスト"」


 同じく天にズタズタの手を翳したレイラが言い放つ。

 リューナが目を瞠り、観客がどよめきを上げた。


 《術式模倣》


 幼少期、偉大なる魔術師に憧れたレイラは、幾千幾万にも渡ってそれを繰り返していた。それが魔術師の恥と罵られている技術でも、才能の無いレイラが魔術を扱うには真似をするしかなかった。

 術式を真似たからといって、同じ魔術は扱えない。この高度な術式の果てにレイラが放てるのは、不完全でみすぼらしい魔術かもしれない。それでもいい。


 ──それでも燃えろ、私の命。


「"トラウ"」

「"トラウ"」


 リューナに重ねて詠唱を続ける。

 生命維持に必要な、使ってはならない魔力が天へ天へと吸い上げられていく。


「やめなさいレイラ! "リディア"!」


「"リディア"」


 リューナの制止を聞かず、淡々と続ける。

 こんな高位の術式を模倣すれば、自分に返ってきてもおかしくない。恥とされるのはそういった面にもある。扱いきれないものを扱おうとする《技能者》にあるまじき傲慢さだからだ。


 既にレイラの魔力は空っぽだった。足元がふらつく。だが止まる気はない。

 リューナに合わせて詠唱を続けると、彼女は上空を見上げて驚愕の表情を浮かべていた。

 見てみれば、散りばめられていたリューナの魔力が、レイラの術式に引き寄せられ、喰らい合っていた。


「「"ユニエ"!」」


 声が重なり、詠唱が終わる。


「《陽光を喰らう竜ラヴァーディア》!」


 魔力が干渉していたのにもかかわらず、光の竜が今まで以上の闇と輝きを持ってリューナの背後に現れる。


「《天翔ける炎撃フラメ・シュタイゲン》!」


 そしてレイラが召喚した迸る蒼炎の激流が、上空から竜へ向けて放たれた。

 大闘技場を覆うように、瞬時に講師達の結界が展開される。


「ッ!」


 竜と炎が衝突し、光と炎の渦が上空に生まれる。そこを中心に熱風と眩い光が広がったかと思えば、突如としてそれは霧散する。

 蒼炎の残骸が降り注ぎ、光の粒子が辺りに舞った。


 対消滅。


 上空から視線を下ろす。同時に、リューナもこちらを見た。

 その表情は唖然としたもので、理解が及ぶのを否定しようとしているようにも見えた。


 ──ここだ。


 もはやリューナの余力も少ない。

 受けに徹していたレイラが今、有無を言わずに飛び出せば、間違いなく致命的な一撃を彼女に与えられていたであろう。彼女が纏う《抵抗》は随分薄くなっている。

 しかしレイラは深く踏み込んだ所で動きを止め、リューナに声を掛けた。


「リューナちゃん」


 その理由は勿論──


「今からそちらに行きます」


 真っ向から粉砕するため。


 顔を歪ませ、リューナが声を張り上げる。


「ッ! 《陽光を喰らう竜ラヴァーディア》!」


 レイラの手には最後の力を振り絞り、再び蒼炎が手に握られていた。さらに太陽には積乱雲が差し掛かり、辺りが陰り始める。食らえる程の陽光は無い。


 ──御杖流、《幻影縮地》


 それでも暗闇が訪れ、それが晴れた時には既にレイラはリューナの目の前に辿り着いていた。


 ──《鬼傅き》


 ズンと衝撃が走る。が、レイラの足の下にリューナの足は無い。

 躱されたのが分かったのと同時に、レイラはそれを踏み込みに変えていた。横に振るった蒼炎がリューナの胴を一閃する。


「あああぁぁぁぁぁぁ!!!」


「ぐゥッ!」


 連撃。連撃連撃連連撃。

 畳み掛けるように蒼炎を斬りつけ、リューナの《抵抗》を削る。

 そこからさらなる追撃のため、体を反転させたレイラに重圧が掛かる。堪らずリューナは奥に飛び退こうとしていた。


「《桎梏しっこくかさね》!」


 土が盛り上がり、そこから形成された無数の手がリューナの進行を阻害する。レイラはもう一度踏み込み、肩から斜めにリューナを斬りつけた。

 直後、蒼炎を持つ手が彼女の掌底に弾かれる。そこへ今一度重圧が伸し掛かり、レイラは地に叩きつけられそうになった所を踏ん張りを効かせて留まった。

 その体勢から今度はリューナの顔面へ向けて左拳を放つ。


「《牙撃サイエ》ッ……!」


「ぐぅぁぁっ……!」


 彼女の頬に拳が叩き込まれるのと同時に、左半身に小さな竜が食らいついた。

 重圧が強まっていく。目の前のリューナが土の手を振り切って後退しつつあった。

 進もうとすれば竜が食い下がり、レイラを引き止める。伸し掛かる重圧はきつくその場にレイラを留めようとする。


 そんな中で、レイラは無理矢理一歩を繰り出した。

 ブチブチと左半身の筋繊維が切れる音がする。それでもなお体を前に出し、レイラはリューナへと進み──


「無駄だァァァァァァァァァ!!」


 その眉間目掛けて思い切り頭突きを放った。


 迫るリューナの瞳。

 瞳の中には自分の顔が映っていて、どんどんと近付いてくる。

 その前髪の隙間から覗く"必勝"の文字を──レイラは確かに見た。


 リューナの眉間に額が衝突し、彼女の体が宙に舞う。



ーーー

ーー



 目の前にリューナが倒れている。

 耳をつんざかんばかりの大歓声がある。


「はぁ……はぁ……」


 気を失ったリューナは立ち上がらない。

 レイラはボロボロの拳をぎゅっと握った。


「……勝った」


 勝ちだ。


「勝った……!」


 口に出すとその実感が浸透していく。


「最ッ強! 最ッ強! 最ッ強」


 背後からそんな声が聞こえる。

 振り返ると、そこには拳を天に掲げて必死に声を張り上げる霧生がいた。それを見たレイラはたまらず大声を上げた。


「うああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 勝利の咆哮。力の限り咆える。

 レイラの瞳からはボロボロと涙が止めどなく溢れる。

 一層熱気の乗る歓声。霧生のコールが伝染していく。


『最ッ強! 最ッ強! 最ッ強!』


 大歓声の中、レイラの咆哮はいつまでも大闘技場に轟き続けた。


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― 新着の感想 ―
何回読み返しても涙が出る
[一言] このレイラの咆哮はアニメで見たい…
[良い点] 良 [一言] リューナもレイラも大きく成長出来た熱戦!弟子の成長を見られた時が1番やりがいを感じる……
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