第28話 受けて立つ
VIP席に転移で移動した霧生は、溢れんばかりの闘志を携え、力強く歩んでいくレイラを上から見下ろす。
その対角には鋭い英気を放つリューナが悠然と待ち構えていた。
ギャラリーの様子も普段とは違い、固唾を呑んで二人の邂逅を見守っている。レイラがリューナに敗北を喫したのは2ヶ月前のこと。生徒達の記憶にも新しい。
レイラはそんなギャラリー達の雰囲気が気に入らなかったのか、体を回しながら歩き、ぐるっと一周睨みつけていく。ハチマキの余った紐が後ろで揺れる。
霧生は思わず笑みを浮かべた。
「あいつ……」
これまで、勝負の前に気を散らすレイラをよく叱咤したものだった。目の前の相手だけに集中しろと。
しかし今のは意味が違う。今のは、感情の整理である。
自分が何に何を感じるか。それを確認し、レイラはリューナに対する敵意を改めたのだ。
「見たか、ユクシア」
2つ右隣の席に腰掛けている彼女に声をかける。
「うん」
ユクシアは微笑みながら頷く。
「勝利に飢えた猛獣の目だ」
リューナにはできない目だろう。
ユクシアに軽く挑発の目を向けてから、霧生はどっかりと席に座り、腕を組んだ。
「……あの子、ボロボロじゃん。本当に今日で良かったの?」
霧生の左隣の席に腰を下ろしたレナーテが負傷の目立つレイラを心配そうに見下ろしていた。
「ああ。ベストコンディションだ」
それをレイラ自身が判断した。霧生もその判断に異議はない。
「今日は勝つぞ。あいつ」
そんな確信を口にすると、ユクシアが小さく首を横に振る。
「ううん。それでもリューナが勝つよ」
ーーー
先に佇む敵を睨みつけ、闘技場の乾いた土を一歩一歩踏みしめながらレイラは進む。
舞う砂埃が煩わしい。
燦々と照りつける太陽、癒え切らず痛む節々、他人の立ち合いに興を引く観客達、目の前のあの視線が、この上なくレイラを不快にさせる。
目を閉じて感じてみると、彼女の内側には底知れぬ力が渦巻いていて、身を焼き尽くすようだった。
脳裏には霧生の言葉が蘇る。
──レイラ、怒りはいいだろ。
「はい、霧生さん」
やがてリューナの間合いに立ち入ると、レイラは足を止めて瞼を持ち上げる。軽く片腕を上げてローブを開き、脇に携えていた木刀を手に取る。
そうすると、リューナはレイラの額にある"必勝"の筆書き文字が掲げられたハチマキに視線を移し、僅かに表情を崩した。
「なんか、霧生みたいよ」
「……光栄です」
「知らない間に随分と仲良くなったのね」
そう言い、リューナは笑みを浮かべる。レイラは歯を食いしばった。
この期に及んで彼女はまだ友達ごっこを続けるつもりなのだ。
「へらへら笑って、与太話ですか? 正直私にはそんな余裕ない」
あらん限りの敵意をぶつけても、リューナが態度を改めることはない。それがレイラの神経を逆撫でする。
この立ち合いが互いを認め合い、積みあげた研鑽を確かめ、清く優劣を決める、そんなものにはなり得ないとリューナも悟っているはずだ。
それなのに、ここへ来ても変わらず友人のように接し、まるで対等だと言わんばかりの態度をとる。心の奥底ではどうしてもレイラが劣ることを認めているに違いないのに。
それがレイラの敵、リューナなのだ。
「私、さっきまでガタガタ震えてたんですよ。リューナちゃんに負けるのが怖くて」
レイラは怒りを顕にしたまま、自嘲気味に笑ってみせた。
「全然そうは見えないわ」
「でないと困る」
それだけ言って、レイラは低く腰を落とす。これ以上の会話は必要ない。
名乗りを上げるべく深呼吸すると、それを妨げるようにリューナが言った。
「もう少しこっちに来ないと不利よ」
彼女が指差すのはレイラとの間にある距離。それは魔術師を相手にするにはいささか開きすぎた距離であり、以前立ち会った時にレイラが踏み出せなかった距離でもある。
リューナは再びレイラの進行を一歩も許さずに圧倒してしまうことを懸念しているのだろう。そんな自信がつく程に、また強くなってしまったのだろう。
──どれだけ私を。
「…………」
激怒の中に歓喜があることに気づき、レイラは開いた口から言葉を発せられなくなる。
そうだ、思う存分に侮ってくれていい。可能な限り見下してくれていい。
そうすれば、わざわざ心を奮い立たせなくて済む。激情を恐怖が上回らないかと苦心する必要もなくなる。
何より、怒りをぶつけるに足る。粉砕のしがいがある。
──もっと私を怒らせて。
こいねがう。
「これ以上寄れば、そっちが不利になるかもしれないので」
まだその時ではないと怒りを内側に留め、レイラは言った。
リューナが眉を顰める。ハッタリではなく、本当にそうなのだと思わせる気迫が今のレイラにはある。
「……なら、遠慮はいらないわね」
頷いて返答する。
リューナは《抵抗》を体に纏い、魔力をその身に駆け巡らせ、臨戦態勢に入った。
「リューナ・アゼルジェティア」
そうして彼女が名乗る。それに合わせ、レイラもまた深く息を吐く。
霧生のおかげで感情と向かい合えるようになった。
理想にはまだ程遠い。最強でもない、恐怖も結局排除し切れず、常にどこかに潜んでいる。背を叩かれないとここまで来られなかった。
それでも今、絶対に勝ちたいという想いがある。
僅かな間をおいて、レイラが口を開く。
「御杖霧生が一番弟子──レイラ」
──御杖流、《灰刀・孰》
ボウッと、木刀に蒼炎が宿る。
蒼々と燃ゆる木刀は、長期戦において《気》の配分を行うための目印となる。配分を間違えるか、あるいは底を尽きてしまうかすれば、その木刀に蒼炎が燃え移り、灰となって消える。
総量が少なく、回復が早いレイラに打って付けだと霧生が叩き込んだ御杖流秘技の一つ。
木刀が放つ熱風がリューナまで行き届いているはずだが、彼女に動きはない。
遠慮はいらないなどと言っておきながら先手を譲るつもりなのだろう。対等な戦いを演出するために。
それならそれでいい。
片脚を前へと滑らせ、脇に構えた木刀の柄を握りしめ、レイラは見せつけるかのようにゆっくりと予備動作を早めていく。
「リューナちゃん」
動作の中で、リューナを睨みつけ──
「今から、そちらへ行きます」
レイラは宣告した。
──御杖流。《幻影縮地》
それは転移の間を省略した武と魔の狭間の技。この距離であれば転移と相違無い瞬発力を発揮する。霧生曰く、魔術師泣かせの極技だ。
踏み込みの音すら置き去りにして、レイラはリューナの背後へと踊り出ていた。チリチリと木刀の切っ先に蒼炎が侵食し、焦げ付いていく。
「う、あァァッ!」
振り出された得物が加速し、それは妨げられることなくリューナの首元に衝突する。
ズン。重く鈍い音に伴い、彼女が吹き飛ぶ。蒼い炎の軌跡を残し、レイラは既にその場から爆ぜていた。
吹き飛んだリューナが一度バウンドした時には、レイラは次の一撃を狙い、距離を詰めている。
首元を押さえながら即座に態勢を立て直したリューナがこちらの姿を目で捉える。
完璧な一撃だったのにも関わらず、手応えほどにはダメージを受けていないらしい。驚異的な危機察知能力で直前に急所の守りを固めたのだ。
これこそ、才能の違い。
しかしそれくらいのことではもうレイラの心は折れない。
今の一撃を十、百と繰り返せばどうだ。それでも打ち倒せないのなら千、万と繰り返せばいい。何度でも挑んでやる。
後退するリューナに追いつき、地面すれすれの所からレイラは木刀を振り出す。
蒼炎をものともせず、リューナはそれを片手で弾いた。反動で逸れた木刀から一度手を離して大きく体を捻る。左手で宙に浮いた木刀を掴み、同時に後ろ回し蹴りをリューナの胴に叩き込んだ。
「ぐぅ……ッ!」
先制の優位は決して手放さない。レイラはこのまま最後まで押し切るつもりでいる。
放つ攻撃は、一つ一つがリューナを打ち倒すためのもの。出し惜しみも何もない、全身全霊の進攻。
回し蹴りの後動作から体を戻し、後ろに踏みとどまったリューナを見据える。彼女もまた、レイラの姿を視界に捉えている。そしてこちらに手を翳した。
(来る……!)
そう思った時には遅かった。
詠唱すらなく魔術は発動し、凄まじい魔力の奔流が起きる。今なら目で追えるはずだと抱いていた希望は容易く打ち砕かれ、以前受けた時より凄まじい重圧が伸し掛かった。
《星降る黄昏》
「く、ぅ……!」
全身がガクンと落ちる。周囲の土が盛り下がり、そこにレイラの片脚は一層深く食い込んでいた。
《幻影縮地》
バシュン。
最短距離で重圧の範囲外に飛び出したレイラは、リューナがこちらの動きを追う前に、木刀に纏われた蒼炎を増幅させ、縦横無尽にそれを振るう。
蒼い炎が辺り一面に散り、レイラの姿を覆い隠す。こちらの動きが分からなければリューナも安易に魔術は打てない。
しかし突如正面から吹き抜けた業風が、ロウソクの火でも消すかのように蒼炎を掻き消した。
「!」
重圧の対策を数多く考えたが、このような常套手段、リューナには通用しなかった。
やはり至近距離を維持して戦うしかない。
その先に姿を現すであろうリューナが再びこちらを捉えるよりも先に、レイラはその場から後ろに飛び退いた。
着地した瞬間、ズンと重圧が伸し掛かる。そのタイミングを狙い、レイラは気を爆発的に消費する。
《幻影縮地》
十数メートルの距離を瞬きの間に詰め、今度はリューナの側面に踏み込んだ。
が、レイラが木刀を振るうよりも早く、リューナの蹴りが顔に近づいてきている。彼女はもうこの速度に反応してきた。
「ズァッ!」
構わずレイラは踏み込みを強め、それから蒼炎を振り抜いた。リューナの蹴りが右肩に食い込んだ直後、横一文字に薙ぎ払われた蒼炎が彼女を襲う。
両者、攻撃の進行方向とは逆に散った。
逆さに舞い、レイラは最高効率で態勢を整える。そこで頭上に無数の煌めきがあることに気付き、すぐにそれはレイラへと矛先を定め、勢いよく降り注ぐ。
「《蒼の炎術壁》」
刀の軌道を術式に魔術を展開する。光の矢は現れた蒼炎の壁を突き破り、持ち直したリューナへと向かうレイラを追った。
「くっ……!」
振り返り、多少威力の落ちたそれを蒼炎で捌いては避ける。
取り逃した矢がレイラの太腿や頬を掠めただけで、《抵抗》は大きく削られ、炎が木刀の表面を灰へと変えていく。それでもなお、矢は次々と飛来する。
畳み掛けるように重圧が襲い、《気》の配分に構ってられなくなったレイラはたまらずリューナの元へ飛んだ。
しかしそこには光の残滓が漂うのみで、リューナはいない。
彼女もまた、《転移》で移動していたのだ。
気配を追って、横に振り向く。闘技場の外壁を背に佇むリューナが天に指を伸ばしていた。
「"エスト"」
彼女の声が響き渡り、魔力が駆け上る。
件の詠唱であった。
不味い。レイラは思い切り息を吸う。
大魔術だけはなんとしてでも阻止せねばならなかった。
「う、あァァァ!」
襲い狂う重圧を《幻影縮地》で躱し、レイラはリューナの足元に踏み込む。
──御杖流、《鬼傅き》
ダンという衝撃に伴い、土煙の波紋が広がる。レイラの右足がリューナの《抵抗》を貫き、その左足を捉えていた。
彼女の再転移を妨げ、同時に詠唱の続きが紡がれるのも防いでいた。
「だァぁぁッ!」
立て続けの《幻影縮地》で乱れた呼吸を取り戻している暇はない。手元の勢いが弱まった蒼炎を振るうと、術式を組み直したリューナが転移した。
また重圧が来るのを予期し、レイラは事前に地を蹴った。
が。
「か、はっ!?」
レイラは闘技場の壁に叩きつけられていた。
背後に位置していたリューナを中心に、押しのけるように魔力の圧が広がったのだ。
重圧の指向性が変わっていた。
「"エスト"」
外壁に縛りつけられたレイラを見据えたまま、天に指を伸ばした彼女が再び紡ぐ。
「ハァッ……! ハァッ……!」
どれくらいの猶予があるのかは知れないが、レイラはその状態で息を整えた。
時間を与え過ぎればあの大魔術がまたレイラを襲うのだろう。皮肉にも、レイラが憧れてしまったあの陽光の竜が。
だが飛べばまた防げる。余力はまだ十分にある。防いで、防いで、その中で勝機を伺えばいい。
攻撃は確かに通っている。戦いはまだ始まったばかり。これを続ける。これを続けていくしかない。それが最も現実的な勝ち方だ。ただ──
──早々に流れが、感じられない。
「"トラウ"」
詠唱が続き、グンと魔力が止め処なく流れていく。
壁を背にレイラはそれを見上げ、悠長にも思考を重ねていた。
一度はあれに立ち向かおうとした。
無茶だった。なぜそうしようと思ったのか。
ふんだんに魔力を立ち昇らせるリューナを真っ直ぐに見つめる。
──羨ましいなぁ、リューナちゃん。
灰が目の前に散り、レイラの脳裏には霧生との模擬戦が思い返された。
ーーー
ーー
喘鳴を上げ、泣きながら倒れ伏すレイラを霧生が見下ろす。辺りに灰が舞っている。燃え尽きた木刀がレイラの手にある。
負けたのだ。リューナを模倣する霧生に。
「悔しいか」
息を整えるので精一杯で、その時のレイラはその言葉に返事することができなかった。
負けはした。しかし、次挑めば必ず勝てる気がしている。それが本人との戦いであっても。
もう一度、もう一度機会が欲しいと目で訴えかける。霧生はそれを無視して、一方的に話し始めるのだった。
「リューナの術を阻止しつつ、得意な武術に持ち込んで勝機を探る。まあ現実的な勝ち方だ。
……ああ、否定してる訳じゃないぞ。お前がどう戦おうが勝てると俺は信じてる。そうやって挑むのも勿論良い。そうしなければならない時もある」
勝ち方と言われても、霧生はレイラに戦う術を叩き込むのみで、それを持ってどう戦えばいいのかだけは教えてくれていない。
だからレイラは最も堅実的で、現実的な戦い方をしている。それでリューナを模倣する霧生を、あと少しの所まで追い詰めることができたのだ。
「ただな、常に優位に立ち回るだけじゃ勝てない時もあるんだぜ。流れだ、レイラ。勝負には流れがある」
霧生が言う。
レイラは息も絶え絶えに、その言葉を否定していた。流れだけではリューナとの間に存在する才能の差は埋められはしないだろう、と。
御杖流もそう。その絶技が無ければリューナと張り合うことができない。差を埋めるために必要なもの。優位に立ち回らずに流れとやらを掴めみにいけば、結局差が広がる。
「何も蟻と象が戦う訳じゃない、結局は人と人の勝負だろ。いやお前、俺の弟子なのにまだ"そこ"!?」
煽ってくる霧生に憎まれ口の一つでも叩きたかったのに、喉に唾液が引っかかってレイラは咳き込んだ。
「探れ。どうすれば勝利への渇望が一番高まるのか。自ら命を燃やしてでも立ち上がれるようになるのか。
お前に才能なんてない。だが、見込みはある。頑なに自分を否定してみせただろ?」
勝ちたいという思いならかつてなく溢れている。この悔しさも本物だ。
それ故に、レイラは霧生の言わんとすることが分からなかった。
「自分がどうやって勝ちたいか。それが勝ち方だ」
勝てるかどうかも分からない相手に"どうやって勝ちたいか"を霧生は問うてきたのだ。
レイラはただ勝てれば良いと思っていた。
勝利の味など知りもしないのだから、考えようもない問いである。
「お前の"見込み"はそこにある。
求めろ。最上の、究極の──勝利を」
その言葉は分かりやすい。理解を促すより最初からそう言ってくれれば良かったのだ。
その時のレイラは俯瞰的にただそう思っていた。
ーー
ーーー
「あれは?」
魔力による重圧を思う存分に受け、それでもその場に留まっているレイラを見て、ユクシアが尋ねてきた。
壁から離れて肩を上下させるレイラの身には厚い《抵抗》が纏われており、しかしリューナの元へは駆け込もうとしない。
ギャラリー達もどよめきをあげている。
「何やってるのあの子!? まだヤケクソになる段階じゃないじゃんッ! 別に悪くなかったでしょ!? 霧生くん!」
欄干に手を掛けてレナーテが身を乗り出していた。
「そうだな。レイラが勝手にやってる」
彼女の言う通り、まだレイラは万策つきていない。何度でも駆けて、リューナの詠唱を阻止する余力があるはずだった。
立ち尽くしている間に、総量が少ないがゆえ彼女の体内に流れる《気》は十分回復している。
「俺の鍛え方ばっかり想定して、あいつの選択のことは考えてなかったろ」
圧勝することしか知らないユクシアは、あれを知らないのだ。
そしてこれで状況が変わるとは限らず、むしろ逆である可能性の方が高い。
彼女は顎に手を当てていた。
「そうかもしれない。でもあれは」
「そう、無茶だ」
レイラは今、勝ちの目が薄い戦いに臨もうとしている。
勝機を探る戦い方をして、それが噛み合えば勝てたかもしれないのに、そのチャンスを捨てようとしている。
「いやいや、馬鹿なの!? このまま行けば絶対勝てるって! リューナの魔力も無限じゃないんだから! レイラぁぁぁぁ! 馬鹿な真似はやめろォォォ!」
焦って叫び散らすレナーテも圧倒的な才覚の持ち主。ああしないといけなくなることを知らないのだ。
「レイラ、お前はリューナにどうやって勝つ」
弟子であるからこそ、霧生はその道を示した。
思いとどまるのか、それとも──
ーーー
──全部受け切って、分からせてやろう。
レイラは飛び出すべきだと考える理性をかなぐり捨てた。
怒りのままに、真正面から捻り潰して、リューナの才能を、研鑽を、何もかもを否定するのだ。
せせこましく立ち回るよりそうして勝ったほうが良いに決まっている。
それがレイラの望む勝利の形。勝ち方だ。
──霧生さん。あなたって人は本当に……
どうして私を乗せるのがそんなに上手いんですか!
詠唱を紡ぐリューナを見据えながらレイラは内心叫んだ。依然として重圧は凄まじいが、リューナへの攻撃を取りやめ、それに抗う力を振り絞れば問題なく動ける。
詠唱を終えたリューナが膨大な魔力を連絡していた。以前より術式の展開に時間を掛けていた為、その威力も前回を凌ぐものになると予想された。
「《陽光を喰らう竜》」
暗闇が訪れる。
もう必要ないとばかりにレイラを押さえつけていた重圧が解かれる。
眩い閃光が放たれると、《天上宮殿》を背に光の巨竜が姿を現した。ソレはゆっくりと首をもたげてレイラの方を向き、主の指示を待つ。
すんなりと魔術の発動が通ったことに、リューナが今更怪訝な顔をしていた。
「なぜ?」
彼女が尋ねてくる。こうなれば終わりなのだと言っている。
明らかに絶望的な状況で、レイラは優位に立った気がしていた。リューナの全身全霊を受け切る決定があった。
もうリューナを追いかけ回す必要がないと考えると気が楽だ。
挑戦の立場は彼女に移った。この想いに挑ませてやる。何度でも何度でも立ち上がり、畏怖させてやるのだ。
「リューナちゃん」
手中の木刀は、その熱意のあまりいつしか灰になって崩れ落ちている。
──《無刀・終》
新たに蒼炎が上がり、それを握りしめた掌がじゅうと音を立てる。
不敵に笑みを浮かべてみせ、レイラは彼女の疑問を解消するための言葉を放った。
「受けて立つ」