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学園無双の勝利中毒者  作者: 弁当箱
第一章 勝利中毒者と無才の枷
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第7話 報復は百点満点の行動



「あなたいったい何者なの?」


 少し遅めの昼食を二階にある食堂で済ませ、寮の最上階にある自室へ向かうエレベーターの中で、リューナがそんな問を投げかけてきた。彼女の片手には日用品の入ったビニール袋。学園内でのみ流通している通貨『ラニー』をフロントで換金し、外のストアで購入したものだ。


「魔術展開は実戦的すぎるし、武術でもニースを圧倒してたし……もしかして霧生って」


 先の決闘により、リューナの霧生へ対する興味は尽きないようだった。


「ニンジャ?」


 至極真面目な顔をして言ったリューナに、霧生は噴き出しそうになる。確かに《技能》の界隈では、日本人の使い手=ニンジャという印象が昔から強いが、リューナのような同年代の女の子にもそれが浸透しているとは思いもしない。


「んなわけ。言っておくが忍者の技はあんなに生易しくないぞ」


 笑いをこらえつつ否定する霧生。リューナの忍者に対する知識も補強しておく。


「あれで生易しいって……。じゃあ霧生は日本の名家の出? 《御杖流》とか言ってたし」


「名家ねぇ。残念ながらそんな良いもんじゃない。特殊な環境で育ったのは確かだけど」


「ふうん……」


 じと〜っとした目で霧生を見るリューナをよそに、エレベーターは最上階に到着する。


「うわっ」


 突き当たりにある部屋を目指して廊下を進んでいると、リューナがそんな声をあげた。


「おお!」


 リューナの視線を追い、霧生もその存在に気づく。

 2025号室。霧生の部屋の扉に背を預けている少年がいた。三白眼を廊下の先にいるこちらへ向けて来ている彼には見覚えがある。今朝、フロントでいきなり勝利宣言をしかけてきた不良顔の彼だ。


(まさか報復!?)


 脳裏にそんな思考が過ぎり、霧生は口元を手のひらで押さえた。


「……あれ仕返しに来たんじゃない? 絶対そうだわ」


 彼があそこにいる理由はリューナにも容易に察せられたらしい。

 ニースに宣言した通り、霧生は報復やリベンジを大いに歓迎している。それらは勝つ負けるの世界からは切って離せない要素にして、"勝利"が生む好循環の一つである。

 家柄や、圧倒的な実力を保持していることもあってか、霧生がこれまで報復やリベンジを受けた回数はほとんど無に等しい。家を出るまでは、まともな勝利にありつくことすら難しい環境にいたのだ。だがこの学園は休む間もなく霧生を楽しませてくれている。霧生は一日目にして入学した意義を深く感じていた。


「どうするの」


 リューナが尋ねた時には、霧生は既に少年の方へスタスタと歩を進めていた。


「百点満点」


 そう言って拍手しながら近づいていく霧生に、少年は一瞬ぎょっとしたような表情を浮かべる。しかし態度は崩さず、背を預けたまま霧生が部屋の前までやってくるのを待っていた。霧生が前に立つと、少年は口を開く。


「俺はダネル・オブライエン。合理的な男」


「だろうな。御杖霧生」


 報復という彼の行動選択はこの上なく合理的だ。ダネルと名乗った少年の言葉に頷きつつ、霧生もまた名を名乗る。


「さて、場所を移そうか。ここでやるのはあまり合理的じゃない」


 霧生が親指でどこともない場所を指すと、ダネルはパーにした両手を前に突き出して制止のポーズをとった。


「待て待て。やっぱり誤解してるな? 俺は今朝のことで仕返しにきたわけじゃない」


 ガーン。霧生は後頭部をハンマーで思い切り殴られたかのような衝撃を錯覚する。


「じゃあなんで俺の部屋の前に立ってるんだ」


 ダネルが自分の部屋を知っているのは、この部屋を巡った勝負をしたからに他ならない。しかし報復以外の用件が霧生には考えつかなかった。

 首をひねっていると、ダネルは腰に挿していたクリアファイルを引き抜き、霧生にそれを見せつける。クリアファイルの中に入っている用紙は霧生が今手に持つ者と同じ、適性検査の結果だ。

 ダネルの物には魔術『D』、武術『C』というなんとも微妙な判定が記されていた。


「どうやらこの学園において俺は才能が無い部類の人間らしい」 


 ダネルは諦念の籠もった溜息を吐く。


「さっきとは偉い態度の違いね」


 後から追いついてきたリューナが言った。ダネルはしかめっ面でリューナを見やったが、すぐに霧生に視線を戻す。


「俺も天才天才とおだてられて育った口だ。本来ならこんなランクを当てにすることはない。だが今朝霧生に瞬殺され、さっきの決闘を見て悟った。俺の才能はここじゃ通用しない、って」


 話を聞くに、ダネルは霧生がニースと争いを起こしたあの場にいて、決闘まで見ていたらしい。「だが」とダネルは続ける。


「俺は合理的な男だ。あのニースとか言う先輩が語った弱者へのアドバイスは正しいと思った。力が無い奴が生き残るには、その場その場の判断力と、それに基づく立ち回りが重要視される」


「つまり?」


 霧生は要点を急かす。勝負でないのならさっさと部屋に戻って休みたい。それが霧生の本音だ。

 するとダネルは意を決したように口を開いた。


「俺と友達になってくれ!」


 つまり、ダネルの立ち回りというのは、強者との良好な関係を早いうちから築いておくことらしい。そのままニースのアドバイス通りの生存戦略だ。

 プライドに欠けるとは思わない。むしろ一つの勝ち筋だと尊重して然るべきだろう。


「今朝あんなことされといてよく友達になりたいと思えるわね……。いくら打算でも」


 リューナが呆れたように言った。


「お前には話してねーよ」


 いきなり強い物言いで突っかかられたので、リューナはムッとした表情になった。しかし彼女は何も言い返すことなく口をつぐんだ。

 それを見流して、霧生はダネルに言う。


「友達になろうぜって、わざわざそんなこと言うためにここで俺を待ってたのか? ダネルは」


 がっかりだ。そんな身振りで片手を上げる。


「……ああ」


「俺達は同じ勝利を巡って競い合った仲じゃないか。とっくにダチだろ?」


 今朝肝を冷やされたことを思い出すと、ダネルは立派な強敵ともだ。

 霧生はポンとダネルの肩に手を置く。


「き、霧生……!」


 顔を輝かせ、その腕を掴むダネル。


「なにこの茶番」


「そうと決まれば連絡先の交換だ」


 パッと切り替えたダネルがポケットから取り出したのは、薄型の携帯端末だ。

 霧生もダネルの肩から手をどける。


「ここネット繋がるのか? 俺のスマホは学園に入ってからずっと圏外だ」


 そういって今度は霧生がスマートフォンを取り出した。その液晶はこれ以上ない程バキバキにヒビが入っている。


「ああ、元々持ってるのは使えねーよ。各部屋にこれが一つずつ支給されてるんだ。適性検査を済ませてきたなら生徒IDも反映されてるはずだぜ」


 ダネルはそう言ってシンプルな造形の黒い端末を指先の上で回転させる。そういえばと、霧生は部屋に同じものがあったのを思い返す。

 リビングのテーブルには入学や講義についての資料がごった返しになっており、フロントでそれに目を通すよう伝えられていた。おそらくそれに記載されていたのだろう。


「へえ、凄いな。生徒手帳としての役割も兼ねてるのか」


「ああ」


「そんな説明受けたっけ」


 ダネルの端末を見て、リューナは首をひねっていた。


「お前はなんでもかんでも説明されないと分からないお子様なのか?」


 またしてもダネルがリューナに噛み付く。今回はリューナも怒気混じりの視線をダネルにぶつけた。

 目の前の険悪な雰囲気を出し合う二人に、霧生はジェラシーを感じる。しかしふと疑問に思い、ダネルに問を投げた。


「ダネル、リューナは総合適性『S』の大物だぞ。そんな態度とっててもいいのか?」


「構わねぇ。こいつと関わるのは合理的じゃない」


 強者との関係を築いていく立ち回りを選んだ割に、将来有望な高ランクのリューナを邪険にする理由。

 霧生にはそれがある程度推測できていた。不機嫌そうな彼女に視線を向ける。


「私の方」


 一瞬ダネルに言い返そうとしたリューナだったが、不毛だと思ったのか「はぁ」と溜息を一つ吐き、手前の部屋のドアノブに手を掛ける。


「私、先に部屋戻ってる」


 言いつつ、リューナは扉の鍵を解錠した。


「疲れた顔だな」


「主にアンタのせいよ……」


「俺とは後で連絡先交換しようぜ」


 頷いて、リューナは部屋の中へ消えていった。

 彼女が消えると、ダネルはどこからかペンと紙切れを取り出し、それに何かを書き込む。そしてそれを手渡してきた。


「俺のIDだ」


 受け取った紙切れには、英数字を交えた8桁の文字が書かれてある。


「サンキュー。じゃあ俺も疲れたから部屋戻るわ」


「おう、連絡よろしくな」


 そうして霧生は新たな友人を扉の向こうに見送った。




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