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学園無双の勝利中毒者  作者: 弁当箱
第三章 勝利中毒者と零落少女の激怒
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第22話 もう落ちこぼれじゃない



 熱気が大闘技場を覆う。グラウンドに続く幅三人分程の狭い歩廊に歓声がなだれ込んでくる。晴れた空が乾土を照らし、歩廊の出口が光のカーテンとなって先の景色を隠す。

 霧生の頭には天上選抜戦でエルナスと立ち合った時のことが浮かんでいた。


 ゆっくりと進んでいくレイラのすぐ後を静かに追う。


 レイラの序列戦は日に日に観戦人数が増していき、今日はそれが一気に跳ね上がって、大闘技場を貸し切るまでの騒ぎになっている。

 天上序列、不動の第一位となったユクシア・ブランシェットの弟子がレイラに立ち合いを申し込み、レイラがそれを承諾した事実は一夜にして学園中に広がっていた。

 一桁同士の上位戦でも地上序列戦がここまでの盛り上がりを見せることはないだろう。


 講義にも出ず、己の適正のみで初期序列568位を記録した才能の化身リューナと、最下位から無敗のまま、尋常でない早さで這い上がって来たレイラの戦い。

 序列上位のリューナが、それを度外視して下位のレイラに挑んだことも注目に拍車をかけている。


 出口の前で、レイラがピタリと足を止めた。


「何か、アドバイスとかありますか」


 時刻は真昼。今朝の調整から口数の少ないレイラが淡々と尋ねてくる。

 それには霧生もまた、淡々と答える。


「好きなように戦え。周りのことは気にするな」


「……それだけですか?」


「そうだな、あとは……ああそうそう、絶対勝てよ」


「それはいつも言ってることじゃないですか」


 レイラは勝負に怯えた瞳をこちらに向ける。

 昨日は激しい怒りを向けたリューナを相手にしても、勝負を忌避する姿勢に変わりはない。

 だがアドバイスを求めてくるということは、今日がいつもと違うことに理解が無いわけではないようだった。それとも、リューナには絶対に負けたくないという感情があるのか。


「じゃあ……」


 霧生はレイラのためになる言葉を考えた。

 彼女が求めてるのはリューナの対策になる何かだろう。しかしそんな技術的なアドバイスは必要ない。

 リューナもレイラの対策など行っていないだろうし、これは成長を互いにぶつけ合う戦いだ。

 それ故に霧生は鎧に守られたレイラの本心に手を伸ばす。


「お前が昨日リューナに言おうとしたことを当ててやろうか?」


 レイラの表情が著しく険しくなった。


 良き友人であろうとするリューナに対し、レイラが何を思うのかは察している。

 だがレイラは結局それを否定したがるし、決して言葉にはしない。

 レイラが選んだのは研鑽を続けることのみなのだ。その動機は本来の芯から少しズレた所にあり、それでレイラは研鑽の先にあるものを見据えずに済んでいる。

 霧生が手を差し伸べたからそんな逃げ道が生まれた。なぜ続けなければならないか、考える機会を奪った。

 同時に、そのおかげで彼女の本心に気がついたのだ。


「分かる訳ないですよ」


 そうだろう。厳密には言おうとして言えなかったのではなく、レイラにも分からなかったのだ。ずっと否定を続けて来たせいで、レイラは咄嗟の本心すら言語化できなくなってしまっている。

 だから言葉が続かなかった。それが何か分からないままでいられるのは、彼女にとっては気楽で良いだろう。

 まさに強固な鎧だ。よくそこまで突き詰めたものだと感心すらしてしまう。


 しかし今こそ霧生は良心の呵責を蹴り飛ばし、また彼女の鎧に爪を立て、ぎいぎいと不快な音をかき鳴らしてやらなければならない。

 見えない苦痛に耐え続け生きていくことを決意し、自らを否定を続けるレイラを霧生が否定する。


 鎧を脱いでもお前はお前だと。

 そうして本当のレイラを否定することなく、別の道があることを突き付け続けるのだ。

 レイラの信条はいつか彼女を壊すものだから。愛しい弟子のために、心を鬼にする。


 ──私は……私はリューナちゃんの……。


「お前はリューナの、"敵"だ」


 レイラは目を小さく見開いた。


 彼女がリューナを嫌悪する理由は、とことん対等であろうとする彼女の姿勢が気に食わないからだ。絶対に対等にはなり得ないのに、なり得ると信じている彼女が許せないのだ。

 無意識下で、きっとリューナはレイラを下に見ている。それを誰より感じ取ることができるのはレイラである。

 だから腹が立つ。だからリューナを潰すべく擬態を続けていた。霧生がリューナについていても、標的としてマークし続けた。


「ちが」

「無駄だ!」


 バチン!

 反射的に否定しようとしたレイラの背に気合いを注入する。


「いぃっ!?」


 レイラは背筋をピンと伸ばし、叩かれた場所に両手を伸ばして擦った。

 そしてこちらを睨んでくる。


「いっ……たぁ! 何するんですか!」


「無駄だ、レイラ」


 自分の感情を拒絶しても無駄。無駄なのだ。

 信条は何度も打たれて、ぶつかり合って、そうして時には芯を残して形を変えつつ、徐々に揺るぎのないものとなって行く。何も恐れることなどないのだ。


「……ああもう、それ嫌!」


 レイラは自暴自棄気味に髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。

 この反応も久々で、一頻り掻き乱すとレイラは顔を上げた。

 怯えの潜む瞳。しかしそこには微かな火も感じる。


「一度試しにでもいい。自分を信じてみろ」


 強くなったレイラは自分を信じるか信じまいかで揺れている。レイラのことを信じてやまない霧生がその火に油を注ぐ。


「…………でも」


「返事は押忍だ」


 一度目を伏せたレイラだったが、不安そうな目で見上げてくる。


「私、勝てますか」


「勝てる。絶対に勝てる」


 霧生はそう信じている。後はレイラが自分の勝利を信じて戦えるかだけだ。


「頑張って、みます」


 意を決したようにそう言って、彼女は光をくぐった。



ーーー



 レイラの入場により大闘技場の熱気は一層を迫力を増す。

 2階席に上がると、すでに中央に佇むリューナに向けてレイラがゆっくりと歩を進めている所であった。


 ややレイラに偏った声援を聞きながら、霧生は天上生のために設けられた特等席に向かう。

 特等席の最前列にはユクシアがいて、見回すとレナーテやクラウディア、他にも見覚えのある天上生がチラホラと間隔を空けて座っている。


 それぞれに軽く挨拶をしながら、霧生はユクシアの二つ隣の席に座った。

 首を軽く横に向け、こちらを見るユクシアを睨み返す。霧生は息を深く吸って。


「レイラが勝つ」

「リューナが勝つ」


 お互いが弟子の勝利を確信していることだけ確かめ合う。


 改めて大闘技場を見ると、2階席は観客で埋め尽くされていた。グラウンドの両脇にある2つのモニターにはレイラとリューナの姿がそれぞれアップで映し出されており、正面のモニターはドローンが二人を俯瞰で映す視点である。


 レイラはリューナの数歩前まで辿り着くと、そこで足を止めた。力無く下げていた拳を、ぎゅっと握りしめるのが分かった。 


「レイラ」


 無言で向かい合う中、リューナが口を開く。


「昨日、レイラがどうして怒ったのかが分からない」


「……すいません。昨日はちょっと、疲れてたんです」


 腕を組み、霧生は二人を見下ろす。

 聴覚を《気》で研ぎ澄ませば、この距離でも二人の会話は問題なく聞き取れた。


「レイラ。取り繕おうとしなくていいわ。私が何か傷付けるようなことを言ったのよね」


「……」


 黙り込むレイラ。霧生は口角を吊り上げた。

 リューナは分かっていない。その態度こそがレイラの反感を買う原因であることを。

 怒っていい、レイラ。お前の怒りはいつだって正しい。


「リューナは呆れるくらい真っ直ぐね」


 ユクシアが二人を見ながら言った。


「お前の弟子にはぴったりだ」


「キリューは嫌味ばっかり言う」


 それには答えず、霧生は二人のやり取りに集中して耳を傾けた。


「考えてみたけど分からなかった。それで、私はレイラのことを全然知らないんだと思ったわ」


「……そうですね、多分」


「そうよね……。だからこうして立ち合ってみて、ぶつかり合って見たら、少しはレイラのこと、分かるかなって」


 物言わず、レイラは重心を前に倒し、せせらぎから水を掬うように右手の掌底をリューナに翳した。

 御杖流、《札付きの構え》。問答無用で先手を打つための姿勢である。

 それを前にしたリューナから穏やかな気配が消える。溢れんばかりの才能を誇示するように、彼女は全身に厚く頑強な《抵抗》を纏う。


 勝負が始まる。


「リューナ・アゼルジェティア」

「レイラ」


「行くわよ」


 リューナの《解放》に合わせて、レイラも《解放》を使う。

 せっかく先手の構えを取っているのにいつも後手に回るのはレイラの悪い癖、というよりは信条に基づいたものである。今日こそはと思ったが、やはり彼女は決して自分から仕掛けない。


 リューナが一歩目を踏み出した後、ダンとレイラが激しく地を蹴る音が響いた。


 態勢を低くしリューナの真下をとったレイラが、その体を伸ばし下顎に向けて掌底を振り上げる。片足を下げ、グンと体を引き離すことでリューナはそれを躱す。反撃に右手を振り出し、レイラはまた低く体を落としてそれを躱すのと同時にかかとから足払いを掛ける。

 飛び退くリューナ。しかし飛び退き過ぎない。


 彼女の立ち回りに霧生は思わず顔を顰めてユクシアを見た。


「なんだアレは」


 武術において、リューナとレイラの実力はほぼ拮抗している。霧生はそのことを、昨日リューナを視た時点で判断していた。

 そして魔術はリューナが遥か先を行く。

 つまり、確実にレイラを粉砕するためには初手から距離を取って自分の土台に持ち込むべきなのだ。にも関わらず、リューナはレイラの土台で戦っている。


「私じゃない。リューナが勝手にやってる」


 小さく溜息を吐いてユクシアは言う。

 それで彼女の苦労が伺え、霧生は事情を察した。リューナはレイラを試すような立ち回りが出来るほど、己に絶対的な自信を持っているのである。


 霧生もそうである。相手の限界を試す為、勝利への意欲を引き出すため、全力を出さずに戦うことは多々ある。

 しかしそれは途方も無い経験と研鑽の果てに得た自信の境地であった。《技能》に触れ始めてまだ日の浅いリューナがしてのけて良いことではない。


 以前リューナと立ち合った時も感じていたことだが、まさかこれ程とは。これは研鑽にも支障が出ただろうと霧生はユクシアに少し同情した。

 リューナの成長っぷりを見ていると、ユクシアの元では逆にそれが功を奏していたのかもしれないが。


 バチン。


『オオォォォ!』


 肉弾の音が響き、ギャラリーから大きく歓声が上がる。

 レイラの蹴りがリューナの胴にヒットし、彼女が真横に吹き飛んでいた。《抵抗》の集中が間に合っていたのでダメージは少ないだろう。


 駆け出すレイラ。リューナの着地点を予測し、あらかじめそこへ踏み込みを入れたレイラは宙に舞った。


「シィィィッ!」

「うッぐ……!」


 御杖流《花片落とし》

 宙で体を撚り、そこから遠心力を乗せ、勢い良く振り出されたレイラの足背がリューナの首元を狙った。リューナは身をよじってそれを肩で受けたが勢い良く地面に叩きつけられる。

 会場が湧く。


「ィよしッ!」


 霧生は拳を握り締めた。今のは完璧に入った。

 レイラは打ち付けられた所へすかさずかかとを振り下ろすが、リューナは無理矢理転がってそれを避け、堪らず大きく距離を取る。

 体を前に出したレイラはかかと落としを踏み込みに変え、その場から爆ぜた。リューナに息をつかせる暇を与えない。


「よォしよしよし!!! いいぞッ! いいぞレイラ!」


 鬼気迫るレイラの表情。

 信じ始めている。必ず勝てると、己を奮い立たせている。技にもいつも以上のキレがある。


「始まる前、彼女になんて言ったの」


 ただならぬレイラの迫力に疑問を感じたらしいユクシアが問いかけてきた。彼女は少し焦っているようにも見えた。

 この流れでは、リューナが魔術主体に切り替える暇も無い。彼女が本来するべき戦い方をしていないことはレイラも気づいているだろう。

 それがレイラを怒らせる。彼女に力を与える。沸き立つ感情の否定をレイラ自身が拒む。


「無駄だ、と」


 無駄なのだ、レイラ。

 人は生きようとする限り、決して勝負を避けられはしない。


 勝ちの流れをレイラは感じている。一方的な攻勢を得て、彼女の口元が歪んでいた。

 それでいい。ようやく分かってきたか。

 嬉しさのあまり吊り上がる口元を親指でなぞっていると──


「リューナッ!」


 突然ユクシアが立ち上がり、大きく声を張った。

 初めて見る彼女の怒りに霧生は目を瞠る。闘技場上の観客が一斉にこちらを向き、声の主を見て顔を驚愕に染める。

 リューナも同様で、猛攻を受け続けていた手がふいに止まり、レイラの拳を思いっきり顔面に受けて吹き飛んだ。


「ちゃんとしなさい。恥ずかしい」


 その言葉がリューナに届いたかどうかは分からないが、ユクシアの言葉などレイラには関係ない。

 現にレイラは外野の事などまるで意に介さない様子で、会心の一撃を後にしてもさらなる追撃に挑んでいる──


「行け、レイラ。お前が勝つ」


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― 新着の感想 ―
[良い点] レイラまじで好きだ。お願いだから勝ってくれ!
[一言] レイラが、勝つ。
[良い点] アドバイスを求めたり、「勝てますか」って聞いたり、レイラの変化が燃える。心の底から勝って欲しいって思うし、でも逆転されるんじゃないかって不安でそわそわする。いつも以上に次が気になる。
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