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学園無双の勝利中毒者  作者: 弁当箱
第三章 勝利中毒者と零落少女の激怒
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第19話 孤独な自衛



 霧生が2階席に上がった途端、レイラを襲ったのはどうしようもない孤独感だった。

 それに苛まれ、レイラの脳裏には幼き日のことが浮かぶ。


 それは忌々しく、思い出すだけで胸が苦しくなってくる記憶。 

 魔術の名家に生まれ、無才だったレイラは、才ある姉妹達に敗北し続けた。


 人一倍、いやそれ以上の努力をした。

 しかし挑んでは負け、挑んでは負け、負け続け、そうしてとうとう魔術の才が見込まれなくなったレイラは、捨てられたのだ。

 家の体裁を保つため、アダマス学園帝国に入学させるという形で。

 片道の旅費だけ持たされて、二度と帰ってくるなと言われて。


 そして身寄りのなくなったレイラはこの学園で一生を過ごすことを決意せざるを得なくなった。


 魔術を扱えることが家族の絆だったから、仕方ないことだと諦めるしかなかった。才を持たずに生まれたのが悪い。


 一昔前なら間引かれるか人買いに売られていたのだ。レイラの一族にはそうした歴史がある。

 この時代に生まれてマシだったと無理矢理楽観するしかなかった。

 何もかもから解放されて、自堕落的に生きる権利を得たのだと。


 自分にとって正しい生き方を選定し、それを守り抜かなければ。

 そうでないと、レイラは傷つくばかりだ。 


 ──動悸が酷い。

 これからまたあの感情を味わうことになるのだろうかと思うとレイラは吐き気すら催した。


 今から戦う目の前の少年は驚くほど大きく見え、アリーナの最前席に陣取った霧生はすぐそこにいるはずなのに遥か遠くに見える。

 そこから何やらギャーギャーと叫んでいる霧生の言葉は全く耳に入らず、目の前の少年が放った言葉は鮮明にレイラの鼓膜を突き刺した。


「大丈夫ですか?」


 背丈がレイラと同じくらいの少年が、レイラを心配そうに見ている。

 レイラは深呼吸してから答えた。


「え、ええ。……大丈夫です」


「初戦だから緊張してるんですね。僕も似たようなもんで、まだ2戦目だ」


 彼も序列戦に参加したばかりであるのだが、レイラとは何もかもが違う。

 彼は優秀な成績を修めるか、講師に推薦されるかなどした、将来有望な生徒なのだ。今は最下位付近でも、いずれ高みに登るという覚悟とそうなって然るべき才能がある。


「じゃあそろそろ始めましょうか。僕の名前はサウード・カシム」


 判定人がいない場合、互いの名乗りを持って戦いを始めるのがこの学園における習わし。

 少年──カシムが名乗り、次にレイラが名乗れば立ち合いの幕が切って下ろされる。


 名乗れば始まる。ただ名乗るだけ。

 しかしレイラは中々名前を口にすることができなかった。

 霧生の言葉通り、訓練だと思い込もうとしても。


 なぜなら、レイラが何よりも恐れていることは────


「どうしました? 始めましょうよ」


 急にカシムが急かしてきて、レイラは呼吸が詰まるようだった。勝負の瞬間が近づいて、彼からは血の気を感じる。

 レイラは一歩後ずさってしまう。


 なぜこんな目に遭っているのかが分からない。誰を見返したい訳でも、強くなりたい訳でもないのに。

 全てあの無茶苦茶な男のせいだ。

 何もかも過去に忘れたことを、あの男は強引に思い出させようとしてくる。望んでもいないのに、望んでいると決めつけて。

 今から何をしても変わらないとも知らずに。


 しかしこれでハッキリするだろう。霧生の勘違いを正すことができる。

 自分には見込みなどないのだ。


 終わらせて欲しい、そんな願いとも知れぬ感情と共に、レイラは名乗った。


「レイラ、です」


 レイラは構える。適当に戦って、すぐに結果を出したかったが、そうしてもまた同じことの繰り返しになる。

 気持ちは入らなくても、全力でやらなければ霧生が諦めることはないからだ。

 立ち合い開始の合図により、カシムの雰囲気が変わっていた。彼の纏う《気》がざわめき、周囲に風がまとわりついている。


 ──《解放》


「……っ!」


 彼の内部で解き放たれた《気》が、高速で巡り始める。

 レイラは目を見開いていた。《解放》は一ヶ月濃縮な訓練を積んだレイラでも扱えない技能である。


 ──やっぱり、勝てる訳がない。

 それは身体能力を一段引き上げる技能で、《解放》を使える者と使えない者との戦いでは、そもそも話にすらならない。


 その場を蹴り出したカシムが土煙と共に肉薄する。躊躇うことなく真正面に踏み込んで来たカシムの突きが、一直線にレイラの胸を狙っていた。

 迷いのない、見事な踏み込み、ひるんだレイラは回避動作も間に合わず、早くも致命的な一撃を予感したカシムの口元が吊り上がる。


 ──ほら、無駄だったでしょ。


 苦し紛れに下ろしていた手を振り上げ、突きを叩き払おうと試みる。


 ──霧生さん!


 バシュン。


「なっ!?」


 カシムの表情が驚愕に染まった。


 見れば、放たれた突きが逸れている。

 側面から払い出したレイラの掌底は、いとも簡単に、とまではいかないが、彼の突きをいなすことができていたのだ

 驚いたのはカシムだけではない。レイラも同様に驚愕していた。


「よォし!!」


 その時、先程までは聞こえなかった霧生の喚き声が耳に入り、そしてギャラリーが歓声を上げるのも聞こえた。

 訳が分からなくなって、霧生がいる方に首を向けると、2階席のふちに身を乗り出していた彼の顔が怒りに歪む。


 直後、余所見していたレイラの首元にカシムの後ろ回し蹴りが叩き込まる。

 それを受け、レイラはボールのように吹き飛んだ。


「あ゛ぁ! 馬鹿かお前ッ!?」


 霧生が悲鳴に似た叫びを上げている。

 レイラは近づいてきた地面に蹴りを入れて衝撃を殺し、それと同時に体勢を整えることで正しく着地した。


 そして、呆然と正面のカシムを見た。今ので勝敗が決したと思ったのか、追撃には来ていない。


「痛……」


 首に痛みを感じ、レイラはその箇所をさすった。

 痛いのは確かだが、何かがおかしい。

 隙だらけの所へ《解放》で速度も威力も増した蹴りを受けたのだ。確かにクリーンヒットしていたし、その衝撃があった。

 しかしそれにしてはダメージが軽すぎる。カシムが手加減していたようには見えない。


「馬鹿野郎! 何してる! 勝負に集中しろォー!! 飯抜きにすんぞぉぉぉあ!!」


 怒鳴り散らす霧生の馬鹿みたいに大きな声が耳に響いて、レイラはハッとする。

 見ると、カシムが距離を詰めてきていた。


「うおお!」


 再度間合いに入ったカシムの拳が頬を掠め、激しく蒼髪を揺らす。


 ──躱し、た……?


 否、そうではないと気づく。

 レイラはその素早い動きを辛うじて見切ったのではなかった。見切り切れず、半分は直撃しつつあったその拳を、纏う《抵抗》が押し退けたのだ。


 《気》の流れを細やかに調整し、部分部分《抵抗》の厚みを変えたり、弱くしたりすることで、少ない力で大きな力を御す。

 レイラは普段霧生に厳しく言われている《気》のコントロールを無意識に行っていた。


 そして隙だらけになっているカシムの側面に、今度はレイラから踏み込んでみる。

 踏み込んだ時点でカシムが反応する。レイラが体を動かす倍近いスピードで、振り抜いた拳をまた振りかぶり、顔面を狙ってくる。

 レイラはそこでようやく右腕を繰り出した。


 カシムの拳の進行方向を《抵抗》の強度を上げた左腕で逸らすと、今度は《気》を右手に移す。

 目を凝らせばカシムがどの部分を厚く固めているのかが分かる。レイラが狙う左脇は当然守りが厚く、ここを打っても大したダメージは通らないだろうと直感的に理解する。

 カシムはさらなる攻撃を放つため、態勢を変えつつもあった。


 駄目だ、これでは防戦一方になる。

 経験の少ないレイラにはどうすればいいのか分からな「考えるなァァァ! 打てぇぇぇぇ!!」


「っ!」


 霧生の声で、ごちゃごちゃしていた頭がクリアになる。

 カシムは振り出された拳に対して手を向かわせていて、先程なら間に合ったのに、今から打っても明らかに遅い。

 しかし、すでにレイラは考えるのを止めていた。


 ──こんな戦い、どうだってなったらいい!


 踏み込みを強め、振り出した拳をガードの上から無理矢理叩き込む。

 レイラが纏う《抵抗》よりも厚く纏われたそれに、拳がめり込んでいくのが分かった。

 柔らかい。霧生が纏う《抵抗》は紙のように薄くても鉄壁を思わせる程に強固だが、カシムのものは違う。


 これは、"質"だ。


 その瞬間、レイラは自分の質が《解放》を扱うカシムのものを上回っているという驚くべき確信を得ていた。


「ぐぅぅ……!」


「うゥあああ!」


 ミシミシと音を立てて、カシムの腕が体に寄り、ここぞとばかりにレイラは拳を振り抜いた。

 ズササと、その拳の威力でカシムは大きく後退する。レイラはすかさず追撃に挑んだ。


 演武で幾度と無く繰り返したその初動は、まだまだ荒削りなものだ。

 《解放》によるスピードで圧倒的な有利を持つカシムは一歩手前に踏み込んだレイラに、素早くコンパクトに、反撃の蹴りを放っていた。

 強く踏み込んだようにみせかけた左足を、レイラは大きく滑らせ、そのままそちらに体を持っていく。ガクンと、突如低くなった体の上をカシムの蹴りが通過する。


 ──御杖流。


「く……っ!」


 遅れる右足を体に勢い良く引き寄せ、そのままアーチを描くように振り上げる。

 態勢を入れ替えながら振り上げられた右足の爪先が、問答無用でカシムのうなじを穿った。


──《三日月返り》


「がッ……!?」


 ダン、不利な態勢を取り戻すため、再び地を蹴って距離を取る。レイラはカシムの出方を伺うために再度構えをとってその場に留まった。


「……?」


 しかしカシムに動きがない。

 それどころか、フラフラと足をもたつかせる彼は、やがて地面に膝を付き、そのまま倒れ伏したのだ。


「……え」


 レイラは息切れすらしていない。それ故にまだ戦いが終わるとは思ってもいなかったのだ。

 しばらく困惑した後、思考を開始させる。

 呆然としていると、ギャラリーがワーワーと沸き立ち始めていた。

 それによってようやくレイラは状況を飲み込み始めた。

 

 ──勝てた、の?


 勝ったのだ。


 ──勝った。


 その実感が浸透していき、レイラの中ではある感情が沸き立ちつつあった。

 が、何か別の感情がそれを覆い尽くそうとする。レイラがそれを望む。


 ──違う。


 頭の中で言葉にすると、一気に熱が冷めていく。心地よく感じ始めていた火照った体がやけに気持ち悪く感じる。


 勝てたのは、偶然だ。

 相手は年下だったし、まだ研鑽を積み始めてから月日も浅い。

 こんなに楽に勝てたのだから、霧生もこうなることは分かっていて、戦いを無理強いしたのだ。それならやはりただの訓練だ。


 そもそも、この勝負に勝ったのはレイラが凄かったからではない。


 霧生だ。レイラが凄いのではなく、無才を短期間でここまで強くした霧生が凄いのだ。霧生が凄いのはとうに分かり切っていることで、何も面白いことではない。


 むしろ勝てなくてはおかしいではないか。

 大闘技場に集まった観客を見れば分かる。誰しもそう驚いた様子はない。

 それもそうだろう。なにしろあの霧生が鍛えたのだから。皆、レイラが勝って当たり前だと思っている。


 そこまで考えて、レイラは安堵に似た感情を胸に抱いた。

 そんな時──


「ッシャオラァァァァァァァァァァァ!!」


 チラホラと拍手や歓声が続くギャラリーの中から、いきなり意味のわからない程大きな歓声を上げた者がいた。

 当然のように霧生である。

 レイラは溜息を吐いて、彼に目を向けた。


 彼は2階席のふちに足を引っ掛けて握りしめた拳を眼前に突き出している。


「おぉぉぉぉし! よしよしよし! よくやったレイラ! 凄いぞ、最高だ!」


「うるさすぎる……別にこんなの……」


「粉砕! 完全粉砕! 流石俺の弟子! やっぱり俺の見込んだ通りじゃないか!」


「…………」


 満面の笑みでキラキラとした目を向けてくる霧生に、どこから来たかも分からない涙が、ふとレイラの目尻に滲んだ。

 不味い。慌ててレイラは目元を拭う。


「見たかオラァァ! 俺の弟子が勝ったぞ! どうだ!? 完封だ! どうだ!? 見たか!? お前ら見たか!?」


 霧生は2階席を飛び回って未だ数多く残る生徒達に自慢し散らかしていたため、幸いにも涙を拭う仕草を見られることはなかった。

 しかし霧生がまるで自分のことのように喜ぶ姿を見ていると、どうしてもまた涙が溢れそうになるのだ。


「……やめてください」


 霧生が喜ぶのは当たり前。自分が育てたレイラが勝てば当然自分のことのように喜ぶだろう。

 理論的に納得してもどうしてか目頭が熱くなっていくのを止められない。

 意識を失ったカシムが運ばれていくのを見たりして、気を紛らせようとするがどうにも落ち着かない。


「いよっ! 完全勝者!」


 また欄干まで戻ってきた霧生は、いったい何処から取り出したのか、巨大なクラッカーをレイラに向けてパンと放つ。

 ひらひらと紙吹雪やらリボンやらが舞い散り、それがレイラの頭に降りかかった。

 その後霧生はあらん限りの力で手を叩き、衝撃波のような拍手を始めている。


 その馬鹿げた行動を見て、レイラは誤魔化すようにグッと眉を寄せて声を張り上げた。


「やめてください! 恥ずかしい!」


 急に上からレイラを見下ろす霧生が目を丸くする。

 そして彼は嬉々として口元を歪ませていった。


「何スカしてやがる! そんなこと言って嬉し泣きしてるじゃねぇか!」


 どうやら彼は目ざとく目の縁に溜まった涙を見つけたらしい。


「ちがっ! これは……!」


 羞恥でカーッと顔が熱くなっていくのを感じた。ギリッと歯を噛み締め、どう言い繕うかを考える。


 これは断じて嬉し泣きなどではない。そう、これは──


「だって、これは……、そんなふうに……、う、うああ……」


 ──そんなふうに誰かに喜んでもらえるのは、生まれて初めてのことだったから。


 今までずっと、ずっと、レイラが何かをして、誰かが喜んでくれたことなんて無かった。

 それに気がついて、レイラはもう溢れる涙を止められなくなってしまった。


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[良い点] この話、一番好き。
[良い点] いままでどれだけ頑張っても認められなかった… 神です。 ありがとうございます [一言] 完全完璧な粉砕!!!
[良い点] 素敵 最高
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