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学園無双の勝利中毒者  作者: 弁当箱
第三章 勝利中毒者と零落少女の激怒
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第7話 怒りがもたらすものは



「ハァッ……はぁッ……ぜぇ……、もう……! もう無理……! 何回……、やるん、ですか……っ!」


 地に手を着き、這いつくばって息を整えるレイラを車椅子の上から見下ろしながら、霧生はローブの土煙をサッと払った。

 他の訓練場と比べて古い外壁にはいくつもの亀裂が入り、乾いた土のグラウンドはそこかしこが盛り上がったり窪んだりして地形が変形している。そうして荒れに荒れた第3訓練場には未だ土埃が漂う。

 もう日はとっくに暮れて、時刻は午後の9時を回っていた。


「ま、初日はこんなもんか。お前のことも大体分かった」


「ちょ……、ハァ……こんなのを、毎日……ですか……? ハァ……ハァ……、だったら私……、本当に無理なんですけど」


 訓練場の隅を陣取って観戦を決め込んでいたレナーテが、模擬戦の終了を見て隣までやってくる。


「もうギブアップ? こんなの全然ぬるい方だよ」


 彼女はへたり込んで喘鳴を繰り返すレイラの側にかがみ込んで茶々を入れた。

 霧生はレナーテが何か余計なことを言うだろうと思っていたので、すぐに腕を掴み上げてレイラから引き剥がす。


「え〜なんでぇ〜?」


 ジタバタするレナーテを背後に下げる。


 ぬるいのは仕方ないだろう。

 こんな模擬戦を続けた所で飛躍的な実力向上には繋がらない。

 擬態を解いたレイラがどれくらいの実力を要しているのか、何を伸ばしていくべきなのか、どんな鍛錬が必要なのか、そういったものを測るために行った模擬戦なのだ。

 レナーテは霧生とレイラの関係の浅さについては知らないので、勘違いをしているのだろう。


「始める前も言ったが、今日のは見極め稽古だ。明日からは基礎的な鍛錬をやる」


 荒い息のままレナーテを見るレイラの視線を咳払いでこちらに戻す。


「基礎的な鍛錬って……それもどうせキツいやつじゃないですか……。勘弁してくださいよ。

 ……というか、この模擬戦で分かったでしょう? 私に才能がないことくらい」


「ああ、ハッキリと分かった。お前には才能が無い」


「……じゃあ」


「魔術の才能がな」


 霧生は改めて第3訓練場の惨状を見回した。

 今日の模擬戦において、彼女は魔術を主体として立ち回った。

 そして魔術師の実力は、戦ったそのあとの"場"に色濃く現れる。

 空気中に混じる魔力の残滓や、変形した地形を見れば、どんな魔術が使われたのか、その技量、込められた魔力量、用途までひと息に見返すことができる。


 レイラは魔術師としては三流以下の実力だ。

 それなりに長く学園にいるであろうことを踏まえてこれなら、魔術の才能が全く無いと断定しても差し支えはない。


 しかしそれは魔術に限っての話。

 レイラはどう見ても霧生と同じ武術側の人間なのだ。

 否、武術を主体に魔術を扱う霧生とは違い、武術のみに特化して研鑽を積むべき、より純粋な武術派の才能である。

 無論、彼女にその自覚が無い訳がない。


「なぜ魔術で戦う? 本当はそこそこ動けるはずなのに」


「……。やっぱり見抜かれるんですね。これで諦めてくれると思ったのに」


 レイラは深く溜息を吐く。

 見抜くも何も、模擬戦をする前からそんなことは前提として頭にあった。そして霧生は才能の有無でレイラを育てると決めたのではない。

 リューナと密かに敵対し、勝負せず内から潰そうとするレイラだからこそ、真正面から勝負して叩き潰すことを教えてやりたいという気持ちが芽生え、こうすることを選んだのだ。

 ユクシアとの格付けという意味も勿論大きいが。


 これだけの理由を感じ取れず、まだ半端なことで霧生が諦める可能性を捨てていないのならどうしようもない──と、考えかけた所で霧生は首を捻った。

 そこでまた口を挟んだのはレナーテだった。


「違うね、何か魔術にこだわる理由があるんでしょ」


 丁度霧生にもそんな考えが浮かんでいた所であった。

 ──そう、レイラは頑固なのだ。

 思えば、模擬戦で武術を余儀なくされた状況でも頑なに魔術で対応していたのは、ただ無才を悟らせるための打算には映らなかった。


「はっ……、ないですよ、そんなの」


 レイラは呆れたように即答する。


「あるね。私には分かる」


 レナーテは生粋の魔術師だ。そうやって力強く断言できるということは、レイラの魔術から感じ取れる何かがあったのかもしれない。


「意地張るのもいいけど、努力も無しに理想に縋り付くのは無駄でしかないよ」


 レナーテが続けたのは、あまりに直接的すぎる言葉。

 制止するべく口を開こうとして、止める。レイラの瞳に憤怒の色が灯されていたからだ。


「理想に縋り付いてる……? そう見えますか?」


 レイラにしては意外、その怒気を隠そうともせず、レナーテを睨みつける。

 レナーテも張り合うように前へ出た。


「違うよ。私が言ってるのは潜在意識の話」


「うざ。何を根拠にそんなこと。テキトー抜かすのも程々にしてくださいよ」


「あぁ〜? なんだとォ〜?」


 レナーテが拳をパキパキと鳴らし、さらに前へ出たので流石に進行を止めておく。


「はぁ、偉そうにできて良いですね。

 そうやって上から目線でものを言えるのは才能に恵まれたおかげなのに」


「あー、出た出た」


 レナーテは額を押さえてこちらを見た。

 霧生はあえて彼女とは視線を合わせずに頭を掻く。

 確かにレナーテに対してその物言いは不味かった。


「出たよ」


 徐々にレナーテの怒気が勝っていく。

 この怒り様。天上に至ってから清い環境で研鑽を続けてきたレナーテは、しばらくぶりにこうした妬みと直面したのだろう。

 霧生は慣れたものだ。むしろ、このような感情を向けられることには好感すら抱く。

 それは勝負に対する熱い信条から来るものだが、もしそれが無ければレナーテのように不快感をあらわにしたのだろうか。


「本当のことを言ったまでですよ。才能が無かったらあなただって」


「程度が低すぎて考えが及ばないんだろうね。

 私がその他大勢を上回ってることの理由が、才能の一言で片付けられる。それって死ぬほど失礼でしょ。いい加減こうやって反論するのも飽き飽きしてるんだよ私は」


 レナーテの言うことはもっともだが、"才能潰し"の人間に響くはずもないし、考えが及ばないことも仕方ないのだ。


「矛盾してる。私には才能が無いって言った癖に」


 それを明確に口にしたのは霧生だが、レナーテも同じことだった。


「だから、あなたはそれを埋める努力すらしてないじゃん」


「そんなの」


 関係無い。そんなレイラの言葉は待たず、レナーテは矢継ぎ早に畳み掛けた。


「才能を言い訳にしたいなら、私以上の研鑽を積んでからにしろ」


 ギリと、レイラが歯を軋ませた音が響いた。


 難しい所である。

 現状では両者理解のしようもない話なのだ。怒りを抑えることは別にして、レナーテもきっとそのことは分かっているはずだ。

 

 無才であれば無神経であることにも気付けず、一方で才能を持ってしまえば、事実を知る機会も多くなる。


 研鑽を積めば積む程、努力しても努力しても、生まれ持った才の差が浮き彫りになる。

 レイラよりレナーテの方がその差に嘆いた数は多いだろう。

 自分よりも上の存在がいる限り、頂点に立たない限り、誰も彼も逃れられぬ業なのだ。

 そしてそれを知ることができるのは、他者からの妬み嫉みを受ける才者のみ。

 かといって人間はそれに寛容ではいられない。


 レイラは反論するでもなく、レナーテを睨みつけたまますっかり黙り込んでしまっていた。

 納得している様子は欠片もないが、これ以上何か言っても自分の怒りは収まらないし、レナーテの反感も増える一方だと悟ったのだろう。

 そしてその達観した態度がさらにレナーテの癪に障ったらしく、彼女は鼻を慣らしてレイラから目を離す。


「ムカついたからもう帰る。またね霧生くん、頑張って」


 全くこいつは。

 本調子も本調子である。場を荒らすだけ荒らして去るらしい。

 だが今回も感謝せざるを得ないな。


 レナーテが元通りであることに喜ばしく感じつつ、霧生が軽く手を上げた頃には術式を練り終えた彼女は姿を消していた。


「偉ッそうに。おかしいでしょ。才能あるのと無いのとじゃ全然違う。最初から劣ってるんだからスタートが違う。努力も何も……」


 レナーテが消えてぶつくさと言っていたレイラはハッとしたように口をつぐむ。

 そこで、ヒートアップした言い争いに飛び込みたいのをぐっと堪え、静観を決めていた霧生がやっと口を開く。 


「まだそんなふうに怒れるんだな。安心しろ、お前は悪くない。でも、あいつも悪くないんだよ」


「どういう意味ですか」


「無駄だ」


「ああもう、やめてくださいそれ! 頭がおかしくなりそう!」


 立ち上がろうとしていたレイラが再び膝をついて髪を掻き乱す。

 霧生は気にせず続ける。


「俺はお前のことを少し誤解してた。やっぱりまずはお互いを知るところからか……」


 レナーテはともかく、レイラがここまで感情をむき出しにするとは思いもよらない。

 おかげで確信を得られた。


 今は技能者の風上にも置けない振る舞いのレイラでも、この学園に入学した時は、自分の未来に目を輝かせ、志があり、至るべき境地を目指して研鑽を重ねていたのだ。

 数いる才覚者を前に打ちひしがれ、あるいは何か止むに止まれぬ事情があり、心を折られて腐っていった──そうとしか考えられない。

 この様子を見ても、レイラに熱意を取り戻させることはそう難しくもない気がしてきた。


「レイラ、怒りは良いだろ。こう……気力というか、勝ち気というか、無限のエネルギーが湧き上がってくる感じがする。

 ほら、今がチャンスだ。目を瞑って感じてみろ」


「ああ……。あああああ……! ああああああぁもう、もう……! さいっあく! なんでこんなことになったのぉぉ……」


 彼女の中で何かしらの許容値が限界を超えてしまったらしい。今まで以上に髪を掻きむしってレイラは嘆いた。

 その様子を見て霧生は肩を竦める。


「無駄だ」


 自分の感情を拒絶しても無駄。無駄なのだ。


「だからッ……!」


「お前には見込みがある」


 ピタリ、レイラの動きが止まった。頭髪に食い込ませていた手をだらりと下ろし、視線も下げていく。表情は読み取りづらい。困惑しているようにも見える。

 怒りは確実に鎮火していくのが分かった。


「……私、もう帰っていいですか。無駄なことしてお腹も減ったし」


 疲れ果てたように力無くレイラは言った。


「無駄なこと、か」


「……そうですよ」


「フフフ」


 思わず笑みを零す。

 諸々腑抜けた点の多いレイラだが、この頑固さと内に秘めた激情はまさしく評価に値するもの。

 もしそれらを勝負に向けることができたらと考えると、霧生は笑わずにはいられなかった。

 兎にも角にも、そのためにはまず、彼女が積極的に取り組むための方法を模索していかなければならない。

 リューナ達と違い、こちらはまだスタート位置にすら立てていないのだ。


「……何がおもしろいんですか」


「おし、飯でも行くか」


「…………今日は本当に勘弁してください」


「いいから来い。美味いもん食わせてやる」

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― 新着の感想 ―
[良い点] この更新頻度大変ありがたい
[一言] さぁどうなるか
[良い点] 主人公がとても良い。
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