第6話 実力計測
スタンズの助力もあって、レイラを第3訓練場に連れてくることに成功した霧生は、早速彼女との模擬戦を始めるべく車椅子の上で軽いストレッチを行っていた。
夕暮れ時の訓練場は、赤い日が外壁を照らし、まるで周囲の景色が消えたようで、より居心地が良くなる。
「……えー、マジでやるんですか」
レイラはだるそうに体を頭髪を搔き乱していた。《気》の些細な乱れから、隙を見て逃げ出そうとしているのは一目瞭然だ。
「言っておくが逃げても無駄だぞ。今日の修練を終えるまでこの第3訓練場からは一歩も出さん」
釘をさしておかなければ無駄な体力を使わせかねない。
レイラは手をだらんと放り出し、諦めたように溜息を吐いた。
「あーもう、分かりましたよ。やればいいんでしょ。……でもそんなんでマトモに戦えるんですか?」
確かに車椅子は動きにくい上、傷も完治には程遠い。それでもレイラに遅れを取る霧生ではない。
まず一本も取られることはないだろう。
「いいからかかってこい。お前の実力を測る」
「車椅子の人にこっちから仕掛けるのもなんか気が引けますよ」
「馬鹿言うな。"才能潰し"のメンバーなら、これくらい躊躇なくやれなくてどうする」
「私にも分別はあります」
今度は霧生が溜息を吐く。
それより非道な方法でリューナを潰そうとしていたとは思えない発言である。
もっともレイラのことだから、何かと言い訳を並べて模擬戦を回避しようとしているだけなのだろうが。
しかしそうはさせない。
「OK、OK。それなら──」
レイラが物怖じしない程度の《気当たり》を放ち、否応なしに構えをとらせた。
「こっちから行……おや?」
車椅子のハンドリムに手を掛け、顔を引きつらせるレイラに向けて勢いよく飛び出そうとしたその時、訓練場の端の方にちゃぶ台サイズの魔法陣が現れる。
霧生は前傾させていた体を起こし、それを見やる。
「来客だな。一時中断だ」
「はあ」
現れたのはスタンダードな転移魔法陣。
連絡する魔力と魔法陣の個性から、誰が現れるかは予想がつく。
直後には淡い光を帯びて、天上生のローブを纏った桃色ブロンドの少女、レナーテが現れた。
「ようレナーテ!」
遠目に降り立った彼女に聞こえるよう、声を上げて呼びかけると、彼女も同じように元気よく手をあげて返事をした。
「霧生くんおーっす!」
地上の様子なら天上宮殿からでも伺えるはずなので、何か用事があって降りてきたのだろう。
と思って尋ねようとしたが、どうやらそうではないようで、彼女はその場に座り込み、土にさっと描いた術式で小洒落たテーブルと椅子、コーヒーセット一式をどこからか転移で取り寄せた。
その後、レイラとこちらを見回して再び声を張る。
「あーごめんごめん! ちょっと見に来ただけだから続けて続けて!」
見るのは良い。しかし何を思ってあそこで茶を決めるつもりになったのだろうか。
この第3訓練場には一応2階席もある。
「そこは邪魔だ! 上行け上!」
「えー! べつにいいじゃ〜ん!」
レナーテがパチンと指を鳴らすと、彼女の周囲に障壁が貼られる。
「大人しくしてるからさぁ!」
この天真爛漫さ。殺し屋の件以降、傷はともかく精神面で彼女が立ち直るまでにはしばらく掛かると予想していたが、喜ばしいことにもう完全に復活している様子だ。
唯一以前と違うのは、霧生に対する敵意が取り除かれているということ。その点に限っては残念でならない。
それはともかく、まあいいだろう。
仕方なく許可、そんな意味が伝わるように肩を竦めてみせると、その返事にレナーテは手でハートを作ってみせた。
そして彼女とのじゃれ合いも程々にして、霧生はそろりそろりと出口に向かって後ずさっていたレイラに向き直る。
「コラ! どこに行く!」
「……」
往生際が悪い奴だ。
霧生は先程のものより強めに《気当たり》を放った。
「あいつのことは気にするな。気を取り直して……行くぞ」
言うやいなや、霧生は彼女が対応できるであろう速度で車椅子ごとその場から発射した。
レイラとの距離が一気に縮まっていく。
「ちょ……、動き、キモっ……!」
悪態をつきながら彼女は《抵抗》を展開し、背後に飛び退いた。
車輪を高速回転させ、霧生はその側面に躍り出る。下がる彼女は開いた掌をこちらへ向けており、構築いた術式に魔力を込めていた。
「《炎術》……ッ!」
ボフン。
飛来する火炎生成の魔術に対し、足先で深くえぐり取った土を蹴りかぶせ、消火させる。
そのまま黒煙に突っ込むと、彼女はさらに距離をとって術式を練っていた。
「はぁ……はぁ……座標指定……、強度付加、連絡回廊構築……、ええと……!」
「……」
彼女の様子に異変を感じた霧生は追撃を中止し、一度ブレーキを掛けて、その魔術展開を待つ。
「《壁土》!」
発動したのは土で防壁を築く汎用性の高い魔術である。
だが魔力連絡の精度が極めて低いため、注がれた大量の魔力を術式が受け入れず、ほとんどが周囲に漏れ出して霧散していく。
それでも正面にのっそりと盛り上がった土の壁を見上げると、それは所々ヒビ割れており、今にも崩れ落ちそうに上の方から土が雪崩れ続けている。
あまりにも不完全。非効率。
レイラの魔術を十分に観察した後、車椅子を進めた霧生は土の壁を容易く蹴り砕いた。
開けた視界の先で、次の術式を練り終えたレイラが真っ青な顔で魔力を連絡する。
「《天昇る炎撃》!」
霧生の足元から熱気と火炎が吹きすさむ。
しかしそれが霧生の《抵抗》を貫く事は無く、やがて魔力連絡が途絶えた時、レイラは地面に手を付き、息を切らしながらえずき始めた。
「はぁ……、はぁ……、ゲホッ……おえぇ……!」
その様子を目にした霧生はふうと息を吐いた。
これは単なる息切れでは無い。魔力欠乏症だ。
魔力の巡り具合を視ても演技でないのは明白。しかしたった三度の魔術でこうなってしまうとは……。
霧生はまだ攻撃すらしていない。これでは模擬戦にもならないではないか。
原因は分かりきっている。
そもそもレイラが真剣ではないのと、彼女の魔力消費の燃費が致命的に悪いのだ。
おそらくこれは彼女の体質的な問題だろう。
人によって《気》や《魔力》の巡りは違う。
魔力を放出するに当たっては、細かなコントロールはその巡りに大きく依存する。
また、日常生活から魔力を支えに過ごしている者は、魔力の大量放出に慣れていなければ簡単に欠乏症状に陥る。
レイラの場合、そちらも問題に挙がる。
「少し時間を置く」
そう言って、霧生はレナーテの方へ進んでいく。
レナーテはコーヒーを啜りながらまたパチンと指を慣らして障壁を解いた。同時にテーブルの上にティーカップをもう一つ用意して、それにコーヒーを注ぐと、霧生の方へ押し出した。
「どう思う?」
車椅子をテーブルにつけて、コーヒーに口をつける。そして跪くレイラを見ながら霧生は尋ねた。
「こりゃあ駄目だね。ユクのとこに来たの、リューナちゃんだっけ? 勝てっこないでしょ」
リューナを育てあげることに決めたユクシアに対抗し、負けじとレイラを叩き上げようとする霧生。
そんな事情を情報通のレナーテはすでに把握しているようだ。
「まあ、俺次第だな」
「いやいや、素質が違いすぎるって。勝負にならないよ。第一、研鑽に対する姿勢が違う」
「ああ、まさにそこだよな。やる気だ」
その通りだと、霧生がビシッと指をさして言った。
素質の差は良いにしても、やる気でも劣っていたら勝ち目はない。
リューナは自身の素質に自覚がないこともあるが、例え自覚したとしてもそれに甘えて研鑽を怠ったりはしないだろう。
「てっきり私はね、ユクのとこに来たのが凄い子だったからさ。霧生くんもリューナちゃんに匹敵する才能の誰かを見つけてて、それでとんでもない才能バトルが見れるもんだと思ってたよ」
期待ハズレ、か。
なるほど。何も知らなければそういう捉え方になってもおかしくない。
そうなると霧生のためにレイラが負担を強いられることになるのだろう。
エルナスの時もそうだったが、注目を集めてしまうとこういった弊害が出てしまう。
「それはそうとお前、あんまりリューナをイジメたりするなよ」
ふと思い立って霧生は言う。
ユクシア関連での嫉妬が酷いレナーテのことだ。
色々あって霧生との関係は修復されたが、今度はリューナに嫉妬して嫌がらせをしかねない。
彼女は一旦心外だと言った表情をし、その後首を捻った。
「何にも思ってなかったけど……そう言われるとリューナちゃんだいぶずるいなぁ……。
まあでも大丈夫。ユクに構って貰えない分、霧生くんに構ってもらうから」
平静を装ってはいたものの、後半の言葉でレナーテの顔は真っ赤になる。
「いいぞ。再戦もしたいしな」
レナーテとの決着は保留のままなので、再戦は霧生としても望むところである。
そうこう話しているうちに、症状の治まったレイラが立ち上がりつつあった。
「お、回復は早いみたいだね」
それを見た霧生はコーヒーをグイっと飲み干し、レイラの元へ戻った。