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学園無双の勝利中毒者  作者: 弁当箱
第二章 勝利中毒者と才者達の憂い
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第18話 完成された信念



 遮陽が消えた先から視線を落とし、大きく息を吐き出して平常心を引き戻す。

 刀身の血を振り払い、刀を鞘に納めて組紐の封印を施すと、霧生は少し離れた所でへたり込むレナーテの側に片膝をつけた。


「レナーテ」


 彼女の無事を改めて確認し、霧生は安堵の息を漏らす。途端にレナーテの瞳から大粒の涙が溢れ出した。

 負傷した腕を抱え、俯きながら嗚咽を漏らす彼女の背中を霧生は優しく撫でる。


「もう大丈夫だ」


「……っく……ひぐ……、うぅぅ……」


 危機が去って、死の恐怖と緊張から解放されたことで感情が一気に弛緩したのだ。

 遮陽は殺意を最大限活用し、恐怖を操る殺し屋だった。経験の無いレナーテが対面すればこうなるのも無理はない。


 霧生はレナーテが落ち着くのを待った。

 もう一人の殺し屋や、水面の動向を探るため霧生はすぐにでも動かなければならなかったが、今はレナーテが心配だ。

 肉体的なダメージはともかく、心に負った傷は今後、彼女の根幹を蝕んでいくかもしれない。それは今誰かがそばにいるかいないかで大きく変わってくることである。


 しばらくしてレナーテの息遣いが大分和らぐと、霧生は再び声をかけた。


「落ち着いたか?」


「……うん」


 レナーテは赤く晴らした目を力無くこちらに向けて頷く。霧生はそんな彼女の頬を手で支え、呪いの残滓が未だ僅かに漂う瞳を覗き込んだ。


「よし、失明の呪いはちゃんと解けてるな。まだ少し見え辛いかもしれないが、じきに良くなる。喉の調子は?」


「……だいじょうぶ」


 そう言っても、レナーテの声は少しくぐもっている。


「見せてみろ」


 放っておいても問題は無いだろうが、念の為確認するべきだと考えた霧生は彼女の頬をポンと軽く叩き、開口を促す。

 そのまま口を開こうとしたレナーテは、どういう訳か急に顔を逸らし、唇をきゅっと結んだ。

 霧生が怪訝に眉を顰めていると、レナーテは拗ねたようにそっぽを向いたまま口を開く。


 土で汚れた頬の奥に朱色が見える。彼女はまた目に溢れんばかりの涙を溜めている。


 その姿に、霧生は思わず笑みをこぼした。

 流石はレナーテだ。

 危機が去ったからとはいえ、死の際に直面し、プライドをズタズタにされて尚、対抗心を忘れていない。

 望まない死合を経て技能者として再起できなくなった者を何人も見てきたが、レナーテは違う。今少しでも意地を張る余力があるのなら、きっとすぐに立ち直れるだろう。


 霧生はそっと彼女の頭を撫でる。


「お前は強い。今回は土俵が違っただけだ」


「……そんなに優しくしないでよ。嫌いじゃなくなっちゃう」


 そう言われ、頭から手をどけて立ち上がる。確かに、こんなことでレナーテとの関係が変わってしまうのは霧生にとっても不本意だった。


「それは困るな。動けるか?」


 レナーテはふるふると首を横に振った。

 とすると、霧生が医療センターに連れて行ってやらねばならないが、レナーテは天上生だ。一般生徒の目につく往来の場で介抱される姿を見られたくないだろう。


 ならば、霧生は端末を手に取った。そして端末を操作し、今やかかりつけとなっている医師、シュウ・ズーシェンに一報を入れる。

 彼女の部屋へと直接転移すればレナーテが人目に晒されることはない。霧生にはこれ以上彼女が傷つかないように、最大限配慮する義務があった。


「医療センターまで飛ばしてやる」


 そうして術式を練る。室内への転移は繊細な組み込みが必要だが、霧生は造作もなくそれを行う。

 辺りに未だ漂う魔力を利用し、術式構築を展開した。


 その時、少し開けた木々の合間に、一人の影が降り立った。

 いち早く気配に気づいた霧生が振り返り、遅れてレナーテもそちらに目を向ける。


「水面か」


 現れた少女の名を、霧生は呟いた。


「お兄ちゃんが衰えてなくてよかった。久しぶりにお兄ちゃんの殺気を感じられただけで、こんな下らないことをした甲斐があった。

 私もなんか、当てられちゃった」


 くすんだ瞳の少女、御杖水面は落ち葉を愉快げに蹴り上げながら歩みを進め、憎むべき愛刀、水面鏡をくるくると華麗に弄ぶ。


 霧生を相手にして、不意打ちがかろうじて成功するかどうかの所までその気配を悟らせることなくこの場に現れた水面。

 それは水面が御杖の子として確実に腕を上げている証拠だ。


 そんな妹が、剣呑な雰囲気を携え、臨戦態勢でいる。

 遊んで欲しいと、そう言わんばかりに笑みを向けている。


「ホントに、歴史的な損失なんだよ。お兄ちゃんが殺しをやらないのは」


 水面は刀の切っ先を背後にやり、もう片方の手を柄に添えた。


「後にしろ。今は忙しい」


「私のせいでね」


 水面が殺気を放ったことで空気がひりつく。

 ほとほと嫌気が差す。兄妹でも、遊び感覚で死合を行う御杖という一族に。

 その血に染まった……否、逆らえなかった妹達に。

 霧生が人を殺められないことを知っているから、こうして戯れてくるというのもあるのだろう。


「──イカヅチを避けたことは?」


 彼女の問いに、霧生は目を見開いた。


「ああ、お兄ちゃんはあるか」


 よせ。

 そう声を荒げる間もなく、水面が殺技に入った。定められた標的は霧生ではなく、背後にへたり込むレナーテ。

 霧生は手のひらを目の前に振りかざす。


閃名せんめい、《靂ノ太刀カミノタチ》」


 水面鏡が輝線を描いた。

 バチン。

 雷光を思わせる燦きが散り、紫電の残滓が舞う。


「……はっや」


 水面は笑みを浮かべていた。

 眼前で握りしめた拳を、霧生はゆっくりと下ろす。

 辺りの魔力を圧縮し、魔力連絡を早めることで、転移魔術の起動を間に合わせた。

 背後にレナーテの姿は無い。


 そして今だ構えを解かない水面を見て、霧生は溜息を吐いた。


「仕方ない。相手してやるよ」


「やったあ!」



ーーー



 宮殿のエントランスに充満する《殺気》と血の匂い。

 打ち付ける音、斬りつける音。

 一度一度に誠心誠意の殺意が籠められた、人を殺すことに特化した技が繰り返されていた。

 その度に血に濡れた満身創痍のハオが立ち上がり、険しげな表情を浮かべながら、それでもはっきりとした声で数字を告げる。


「29」


 小さく肩を上下させながら俯いていた彼は凛とした瞳で夜雲を見据え、次の一撃を促す。

 一方的に攻撃を受け続け、ボロボロになっているハオの覇気は、当初のものと変わらず威風堂々としたものだ。


 離れたところで二人の勝負を見守るユクシアは、静かに感嘆していた。


 今現在に渡ってハオが酷使している《増血》という自己輸血の技能は、己の身体状態を隅々まで把握した上で医療的な知識が無ければ即座に生命活動を危ぶめる、第二級に相当する魔術である。

 《無感覚》のような痛覚を誤魔化すその場しのぎ技を使えば、当然身体状態の把握に支障をきたす。それ故に、ハオは受けた痛みをそのままに、繰り返される烈烈たる技の数々に耐えていた。


 50もの技を受け切るには痛みを引き換えにしても《増血》は必至。それがなければ彼はとっくに宮殿の大理石の上に倒れ伏していることだろう。

 驚くべき胆力である。

 無論それだけではない。反射神経、受けに特化した独自の技能。

 凄まじい練度で放たれる夜雲の技を真正面から受け、大幅に威力を殺してみせるその技能はユクシアをして目を瞠らせるものがある。

 受け身を極めている、というのは誇張ではなく紛れもない事実であった。


 彼はこの学園においても指折りの達人だ。


 ユクシアは、次の殺技を放つべく構えを改める夜雲に視線を戻す。


 彼も彼で恐るべき才覚の持ち主ではあるが、未知数である御杖の殺技を差し引いた所の力量は、現状ハオに大きく劣るというのがユクシアが早々に打ち出した見解である。

 遺憾ではあるだろうが、夜雲もその事実には気付いているだろう。


 いやに蠱惑的に映るのは、技を重ねる度に鋭さを増す彼の《殺意》。

 ダガーの比でなく洗練され尽くしたそれは、ユクシアを浮足立たせる。どうしても、あれが自分に向けられないかと邪な考えを抱いてしまう。

 

「御杖流弑刀術」


 また、夜雲が舞った。

 並の技能者では目にも止まらないであろう動きでハオへ肉薄し、30度目になる殺技が放たれる。


「《酩酊、道逸れ》」


 歪な剣筋がハオの肩から腹部に掛けて這う。

 血しぶきに伴い、ハオは小さく後退りした後その場に膝をついた。


「ッ……、ぁあ……、ハァ……ハァ……」


 苦しそうに傷を押さえながら、ハオは床に片手をつける。

 見るに、これまでになく深い傷だ。

 一方的と言えど、攻撃を見切り、ありとあらゆる手でダメージを最小限に抑えていたハオが、初めて致命的な傷を負っていた。

 距離をとった夜雲が悠然とハオを見下ろしている。


「うぅ……」


 止めどなく流れ出す血が、ハオの《止血》によってその勢いを弱めていく。

 荒い気遣いのハオはまたのそりと立ち上がろうとしたが、正座の状態で静止し、目を瞑ったまま天を仰いだ。

 その瞳からは一筋の涙が零れ落ちた。 


「……父さん、母さん。僕を丈夫な体に産んでくれてありがとう」


 祈るようにそう呟くと、彼は何事も無かったかのようにすくりと立ち上がる。


「30。……さあ続けよう。そろそろ本気でやってくれてもいいんだぜ」


 夜雲の眼光が僅かな怒気を帯びる。

 ユクシアから見ても彼が全力を出していないのは明白であったが、出し惜しむ理由については見当がつかなかった。行動的な不利益に基づく感情を読み解くことは、人と異なる部分の多いユクシアを苦戦させることがある。


 荒い息遣いを堪えながら余裕の振る舞いを見せるハオの方は、夜雲の真意を見抜いているようだった。


「僕が怖いか?」


「……」


 殺意の募る鋭気をそのままに、夜雲は目を閉じた。ハオは血塗れの口をまた開き、憐憫を含んだ瞳で言い放つ。


「君は御杖の技に甘んじている。全力を出した上で殺せないかもしれない僕に畏怖している」


 夜雲は答えない。言葉の続きを促すように、彼は構えを下げた。


「お家の誇りを捨てる気概もなければ、僕の胸を借りて全身全霊で挑んでくる度量もない。故に僕を殺せなかった時、君には何一つ残らない。

 残念だけど、君には殺しの才能が無いよ」


 その言葉はハオのなにかしらの理念に通じるものなのだろう。

 殺しの造詣は深くないユクシアだが、そのように断言出来るほど夜雲が殺しの才能に乏しいとは感じなかった。殺気に関しても、先程のダガーとは比べ物にならないものだ。

 しかしハオはこう付け足した。


「兄を模倣するばかりの君ではね」


 夜雲が手に持つ刀、雲香流から血が滴る。

 彼は一度瞼を下ろし、ふうと息を吐いた。


 空気が変わる。


「では、胸を借りるつもりで」


 夜雲の口調と声色が、本来のそれになる。


 なるほどと、ユクシアは腑に落ちた。

 やはり人の情状に紐付けられたものに関して、自分はあまり勘がよろしくないらしい。

 今回はユクシアがその場に対峙しておらず、二人にのみ通じ合う何かがあったからなのかもしれないが。


 一転佇まいが変わり、姿勢を正し、凛とした殺意を纏い改めた夜雲を見て、ユクシアは思った。


「──参ります」


「存分に、小娘」


「御杖流弑刀術──」






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[気になる点] ん…小娘? 小娘!?
[良い点] 気がついたら更新されとるやないかワレェ!? [気になる点] 毎回読み直してます [一言] 毎日更新お疲れさまです
[良い点] 本当にかっこいい文章で少年漫画見てる感覚になる。好き [一言] なろう作家の中で一番好き。エタったように思えても帰ってくるのでみんなも読欲の許す限り待て。許されなかったら過去作を見ようね!…
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