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学園無双の勝利中毒者  作者: 弁当箱
第二章 勝利中毒者と才者達の憂い
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第17話 平和主義者ハオ・ジアのサンドバッグ宣言



 ──やはり宮殿の講師配置を拒んだのが裏目に出ている。

 自分達は守られる存在ではないと主張した、プライドの高い天上生達を責めるつもりはないが、ユクシアは少々困っていた。


 ソーサーに乗せられたコーヒーカップがカチャカチャと音を立て、それを呑気にも鼻歌を口ずさみながら運ぶ青年、ハオを見送る。

 彼は湯気の立つコーヒーを自分と女の前にそれぞれ置き、ゆっくりと木製の椅子に腰掛けてテーブルに両肘をついた。


「お姉さん可愛いね。僕とお茶しない?」


「え……、……は?」


 殺し屋の女は素っ頓狂な声をあげた。

 彼女が困惑するのも無理はない。ハオの言動は意味不明だ。

 しかし、今しがたハオが見せた動きはユクシアをして感嘆させる、恐ろしく洗練されたものだった。

 さらに驚くべきはそれが夜雲が放つ《殺気》の中で行われたという点である。

 初見においてはユクシアの足並みを崩す程の《殺気》。ユクシアはハオの並々ならぬ経歴を垣間見た気がした。


 視線を横に流すと、夜雲が一変して自然体を極めるハオの様子を興味深そうに見つめていた。


「あ、お姉さんの名前は? 僕はハオ」


 当のハオはこちらの存在などお構いなしに、殺し屋の女との会話に乗りだそうとしている。

 彼は何を考えているのか分からないが、霧生が殺し屋対策として連れてきた生徒なので信頼はできるはずだ。

 現に、本命である殺し屋の女はハオが捕らえたと言ってもいい。警戒する夜雲との立ち位置もあり、彼女はあの場から動けないはずだ。

 ハオが何も考えずに女を助け出した可能性もあるが、彼程の実力者が殺し屋を見紛うのも考え辛い。


「……ダ、ダガー」


 ハオの真意の見えない笑みに気圧されたのか、少し間を置いて、女がおずおずと名乗った。


「へー、なんか物騒な名前だなあ」


 露出の多いダガーの胸元をチラチラ見ながらコーヒーを啜るハオ。

 そこへ夜雲が歩みを進めていく。どうやら彼の興味の天秤は、ユクシアからハオへと傾いたようだ。

 夜雲に殺されかけたダガーが椅子から立ち上がり、数歩後退(あとずさ)った。


「腑抜けばかりかと思えば、アンタみたいなのもいるんだな」


 テーブルに人差し指を突き立て、夜雲は嬉々としてハオを見下ろす。


「同業か?」


 その言葉でハオの顔にピシリとヒビが入った。

 穏やかだった表情は一転して曇り、やがて明確な怒りを表す。彼は飲み干したコーヒーカップを雑に置き、夜雲を睨みつけた。


「……同業だって? ふざけるな、僕は女の人を足蹴になんて」


 言い終えない内に、夜雲が《殺気》を放つ。

 空間そのものに重圧がのしかかる。空気に触れる肌がひりつき、部屋の温度が急激に下がったかのような錯覚すら抱く。


「っ……」


 本業のダガーですら固まってしまった中で、それを真っ向から受けたハオは夜雲を一層強く睨みつけていた。


「な?」


「不快だ。とても」


 夜雲の言う"同業"かどうかはさておき、その毅然とした佇まいは、ハオが殺しに深い関わりを持つ他ならぬ証拠である。


 ユクシアは手を何度か手をグーパーし、体が問題無く動くことを確認する。この規格外の《殺気》にも、二度目にして理解が及んでしまっている。

 ユクシアにも気を向けていた夜雲は、感心したように目を細めていた。

 しかしすぐにハオへと視線を戻す。

 彼が心底煩わしげに「ハァ〜〜〜」と溜め込んだ息を吐きだしたからだ。


「彼女に相手してもらいなよ。僕は野蛮な争いが嫌いだ」


 クイクイとこちらに親指を向け、夜雲を追い払おうとするハオ。


「いいや、アンタのが面白そうだ」


 迷わず断言した夜雲に、ユクシアは少し傷ついた。

 ハオは再び小さく溜息を吐く。


「凄いな、驚くほど話が通じない。なんというか、僕の知り合いに似ているよ」


 その知り合いが誰なのか察したユクシアは、やってきたばかりのハオに補足する。


「彼、キリューの弟らしい」


「えぇ……、最悪だなぁもう。……あいつ、マトモな育ちしてないとは思ってたんだよ……」


 ハオは眉間みけんを押さえてボソボソと嘆く。夜雲の《殺気》を受けてから顔をしかめっぱなしだったハオは、表情に悲愴感を加えた。


「じゃあ弟くんは何しに来たの」


「ああ、俺はこいつの見張りで来てたんだが、役に立ちそうもないから始末することにした」


 そう言い、夜雲は平然とダガーを指差す。

 ダガーの体がピクリと震える。

 見張りということは、夜雲はクライアント側なのだろう。つまり諸悪の根源だ。

 霧生の複雑な家庭環境については幼少の頃からなんとなく察していたが、夜雲の振る舞いを見る限り、想像よりずっと大きなものを抱えているのかもしれない。


「それとな、個人的に体を動かしたくなってる」


 夜雲はハオへと顔を近づけ、そう付け加えた。


「なるほどね」


 剣呑な雰囲気を漏らす夜雲。ハオの態度は変わらない。


 そして次の瞬間、夜雲の体がブレた。


 コーヒーが宙に舞い、床に落ちたカップとソーサーが小気味良い音を立てて割れる。

 同時に、ダガーがテーブルの上に組伏せられた。


「う、ぐ……あああっ!」


 ダガーの顔が押し付けられたテーブルがミシミシと音を立てている。右腕の関節はあと少しでも動かせば折れるところまで決められていて、左腕は一連の流れで既に折れていた。


 逃げようとしたダガーが夜雲によって取り押さえられた形だ。


「さあ。今度はどうする、フェミニスト」


 夜雲はキリキリとダガーを圧迫しながら、目の前に飄然と座るハオを挑発する。


「僕は平和主義者なんだ。平和を愛し、諍いを嫌う。暴力なんてもってのほか」


「ならこいつが死ぬのをそこで見ているか?」


 夜雲は左手を後頭部から首元に移し、ダガーの頸動脈を締め上げる。

 ユクシアは傍観を続ける。あの距離であれば、ハオはダガーを庇うことも出来たはずなのだ。そうしなかったのにはきっと理由がある。

 そう思っていると、ハオは小さく息を吐いた。


「足、洗う気無い?」


 それはダガーに向けられた言葉であった。

 苦痛に顔を歪めるダガーはかろうじて目を開き、ハオを見上げる。

 そして訴えかけるようにうめき声を上げたが、言葉にはならない。

 ハオは言った。


「OK。助けよう」


 夜雲が嬉しそうに笑う。

 ハオは着席したまま、真摯な表情で続けた。


「弟くん、彼女を放してやってくれ、お願いだ」


「……面白いな、アンタ」


 助けると意気込んだハオが起こした行動は、ただの"要求"。しかし、当然ながら言われて素直に放す夜雲ではない。

 ハオは続ける。


「"交渉"は平和主義の基本さ。なら条件を付け足そう。

 お望み通り、僕が相手をしてやる。それで彼女を離してくれないか?」


「……魅力的な話だが、こいつを殺すのは決定事項だ」


 言いつつ、夜雲はダガーを締める手を緩めた。

 交渉の余地を見せつけているのだろう。


「彼女を殺すのは僕に勝った後でも遅くはないだろ? 勝負をしよう、夜雲。

 君の兄貴なら飛びつく案件だぜ」


「そういうことなら、俺の筋も通る」


 少し考える素振りを見せて、夜雲はダガーを解放した。

 足元まで崩れ落ちたダガーを、夜雲は勢い良く蹴り払う。


「うぐっ……」


 彼女はユクシアの元まで転がってきた。

 ユクシアは膝をつき、彼女の容態を確認する。命に別状はないが、今の一撃によって意識を朦朧とさせていた。

 顔を上げると、夜雲が臨戦態勢に入っている。


「手伝う?」


 ハオと目が合い、ユクシアは尋ねた。

 彼は首を横に振る。


「いや、僕一人でいい。なるべく平和的に終わらせたいし」


 そう言って、ハオはようやく重い腰を上げた。彼は笑みを浮かべる夜雲の眼前に5本指を立てる。


「きっかり50回だ」


「何の話だ?」


「勝負……と言っても僕は人に暴力を振るうのが大嫌いでね。そこを譲るつもりはない。

 だから50回、僕に攻撃していい。僕は一切反撃しない。平和的にいこう」


「正気か?」


 夜雲が初めて表情を崩した。ユクシアも思わず眉を顰める。

 夜雲相手にその提案はとても正気とは思えない。

 しかしハオは冗談を言っているようには見えなかった。


「正気だよ。ただ、約束してもらおうか。

 僕が見事攻撃に耐えきることができたなら、君は何もせず家に帰ってくれ」


「……死ぬぞ、アンタ」


「大丈夫。僕は受け身を極めてる」


 夜雲が狂気的な笑みを浮かべた。

 それをもって肯定と受け取ったのか、ハオは煽るように両手を広げる。


「ユクシア、彼が約束を違えたら頼むよ」


 ハオの言葉に頷く。

 その頃には、夜雲が膨大な《気》をその身に巡らせていた。



「御杖流殺手術──」



 右足を大きく前へ滑らせ、夜雲が技の予備動作を見せつける。


「──龍薙たつなぎ」


 そして殺意を纏う稲妻の如き蹴りが放たれた。

 ズドンと、鈍く重い衝撃が響き渡る。ハオの体はその場から弾け、カフェテリアから飛び出していた。

 きりもみ回転しながら吹き飛んだハオは、エントランスの壁に背中から衝突ことで静止する。遅れて、彼の背後にいくつかの亀裂が走った。


「…………」


 夜雲は目を見開いていた。


「いってて……、あー……これはマジに頑張らないと駄目なやつかぁ」


 ふらりと立ち上がったハオは、ブツクサ言いながら夜雲を見据える。ハオが元々居たところには、彼が着ていたローブの繊維が未だに漂っていた。


「来い、雲香流くもかなれ


 夜雲が呟くと、白色の組紐が舞い、一振りの刀が顕になった。それはこれから夜雲が得物を扱うという意思表示。

 いつしか夜雲の表情は真剣なものになっていた。

 ハオはスラリと抜き放たれた刀身を見ても物怖じせず、夜雲に向けて歩みながら口角に滲んだ血を拭い取る。


「分かった。君には世界の広さを教えてあげるよ」


 夜雲の前に立ったハオは髪を掻き上げ、居丈高に宣言した。



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― 新着の感想 ―
[一言] 続きまだですか?
[一言] この小説が今なろうで群を抜いて面白い。 はやく続編が読みたいばかりですね。頑張ってください。楽しみにしてます。
[良い点] たくさんのいくつかの小説を見ましたがこんなに面白い作品は数えれる程度です 次作をほんとうに楽しみにしています
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