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学園無双の勝利中毒者  作者: 弁当箱
第二章 勝利中毒者と才者達の憂い
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第14話 御杖家の次女



「あーあ」


 離れた杉の枝上に腰掛け、森に連なる木々、生い茂る葉の隙間から、水面はその戦いを見ていた。

 祖父の命で避けられなかった事とは言え、彼女はここに来たことを後悔していた。苦心する兄の姿を見るといやに心が沈むのだ。


「可哀想なお兄ちゃん」


 悲嘆に暮れる霧生を見つめて水面はぽつりと呟く。


 倫理などとは無縁の御杖家に生まれながら、人の生を尊ぶ価値観を身に着けてしまった兄。

 兄は殺しの才能に恵まれすぎたのだ。それゆえに、あのいびつな家庭環境の中でも他人を想える余裕があった。

 水面や他の姉弟達は違う。

 技の継承が見込まれなければ躊躇なく間引かれる。そんな恐怖の中で他人に回せる気などあるはずもない。


 だが兄の姿を見ていると、それなりの才能に恵まれて、御杖の教えに則った感性を固められた自分は幸せなのだと思う。


 兄の計らいにより、水面はいわゆる普通の暮らしだって経験することができた。

 その上で祖父が正しいと考える理由は、生涯取るに足らない他人の生き死にに感情を振り回されて生きていくのは馬鹿みたいだと思ったからだ。

 水面は自分が御杖の毒に侵され切っているのを理解している。祖父もそうだろう。父もそうだったはずだ。

 しかし、人を重んじることこそ善だと強いる現代において、御杖はそういったしがらみから一切解き放たれていると言っていい。


 その特権を手にできなかった兄はやはり不幸で、可哀想だと、水面は思う。


 視線の先で遮陽が逃げるようにその場を去っていく。

 あの様子では雇い主のことも洗いざらい話してしまったのだろう。

 この状況を作り出したのは水面だ。霧生を学園から追いやるには、本人ではなく周囲の人間を傷つけることが効果的だと考え、殺し屋を送りつけた。それは祖父の動きを緩めて霧生に時間を与えるための策でもある。

 現段階で祖父が動いていれば、事態の収拾は困難だったはずだ。今そうなっていないのは、そう。


「私のおかげなんだよ」


 薄く笑みを浮かべ、優しく語りかける。

 ここまで意識を送って霧生がこちらの存在に気づいていないはずもないのだが、視線を向けられることはなかった。

 それほどに傷心しているのだろう。

 そんな兄のために水面ができることは一つだ。


「よいしょっ、と」


 地へに足を下ろした水面は、遮陽が逃げていった方角を向いて一つ息を吐くと、ぬかるんだ土を蹴りつけ、飛び出した。

 遮陽がこの世を去れば、彼がこの先人を殺すかもしれないという懸念は消え去り、兄の一助となる。

 ──という体で挑めば水面は悦に入れるのだが、元より遮陽は始末する予定であった。ここへ派遣された理由もそれだ。


 御杖家に雇われていることを知ったのなら、霧生は依頼をこなせなかった遮陽の死を察しているに違いない。

 そしてそれこそが兄の憂い。

 後々殺されることが分かっていて見逃したのなら、因果的に霧生が殺したようなもの。


 しかし背後から霧生が追ってくる気配はない。

 見逃した殺し屋を守るために身内と一戦を交える──いくら手ぬるい兄でもそれほど酔狂な真似はできないらしい。

 そもそもそれ以前に、自らは手を汚さず、かつ自分の意思に反して遮陽が死ぬ。兄にとってこれほど有り難いことはないはずなのだ。


「ああ゛ッ!? 誰だクソッ! クソクソクソクソ! 勘弁してくれよォオイィ!」


 水面の追跡に気づいた遮陽が喚いている。手負いにしては信じられない速度で森を駆け抜ける遮陽だが、水面を振り切ることはできない。


「ほらほら、もっと頑張って逃げないと。せっかくお兄ちゃんに見逃してもらえたんだからさ」


 迫りくる枝葉を舞うように躱し、その身に掠り傷一つ付けることなく遮陽との距離を詰めていく水面。

 焦りで止血もままならないのか、地面に続く血痕の量が増えていく。


「おいで、水面鏡」


 その言葉により組紐が解かれ、水面の手元に一振りの刀が現れた。すらりとガラスのように薄く儚げな刀身を抜き去ると、その存在を確かめるように切っ先を撫でる。

 水面の進行を阻むためのナイフが正面から投擲された。そこで水面は一気に加速する。ナイフは《抵抗》を沿って後方に抜け、水面は瞬く間に遮陽の眼前へと躍り出た。


「御杖流弑刀術──」


「ッ゛!?」


 遮陽は驚愕に顔を歪めながらも急転換し、水面から距離を取る。窮地に立たされることで、ポテンシャルを超える反応速度を発揮した遮陽だったが、水面は軽々と反応し、吸い付くように彼の頭上を取る。

 そして──


「──《紅玉響べにたまゆら》」


 舞閃。


「待ッ……! ………………あ……?」


 減速した遮陽の体が前のめりになり、緩やかに崩れていく。

 その背後に着地した水面は、一歩、一歩と覚束ない足を繰り出すたびに倒れ行く彼を見送る。

 ごろん。

 やがて地へ伏せるのと同時に、遮陽の胴と首が離れた。



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