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学園無双の勝利中毒者  作者: 弁当箱
第二章 勝利中毒者と才者達の憂い
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第9話 対殺し屋に適任の人物



「ハオだな?」


 時刻は深夜。およそ一ヶ月前、霧生とかくれんぼをすることになった少年、ハオ・ジアと思わしき生徒に、霧生は声を掛ける。


「…………マジ?」


 以前は少年であったが、現在は少女の姿。気の質も呼吸の癖も、平均的な心拍数まで何もかも別人に擬態しており、霧生も見抜くには至らなかった。

 だがそんな彼の反応で、霧生は少女がハオで間違いないことを確信し、まずは拳を握った。


「よぉぉぉうし!」


 人気の少ない深夜の寮区画に霧生の雄叫びが響き渡る。ハオは頭を抱えて嘆いた。


「うそだろぉ〜! 気の質も変えて今度ばかりは完璧だったはずだ! なんで分かったんだよ!」


「怪しい奴総当たり戦法だ。確信はなかった」


 ほとんどの新入生が出入りする寮の入り口に張り付くことかれこれ13時間。疑わしき生徒に片っ端から声をかけて107人目。霧生はようやくハオを引き当てたのだった。


「そのやり方ずるいわ〜」


 声帯の太さを調整して声質まで変えているのだから見事だとしか言いようがない。


「ま、俺の勝ちだよね」


 ハオの肩にぽんと手を乗せると、彼はだだをこねるようにその場にしゃがみ込んだ。


「いやずるいなぁ〜!? 寮の前にずっと張り込んでるのもずるいしさー!」


「しらばっくれたら良かったんだよ」


「くそ、確かに……! 前回完全に見抜かれてたから今度もそうかと……」

 

 ストレートに見つけられない以上、ハオとのかくれんぼはリューナに接触した者の中から絞り出す読み合いになるはずだった。

 しかし、こうして強引に見つけ出したのには理由がある。


「まあぶっちゃけこの勝ち方は俺としても不本意でな……。ルールを改めて再戦してもいい……と言いたい所だか、その前に協力して欲しいことがある」


「……なんだよもー」


 完全に意気消沈するハオはやるせなさそうにこちらを見上げてくる。


「学園内に殺し屋が紛れ込んでる」


 その言葉で纏う温和な雰囲気はガラリと変わり、彼は目つきを変えて立ち上がった。


「あーやっぱりいるんだ。なーんかクズの臭いがした気がしたんだよね。何人?」


「確認したのは2人。雰囲気的に多くても4人ってところだな。手練だ」


 あれから個人での捜索を行っていた霧生だが、痕跡が見つからない状況での追跡は発見に繋がらない。

 他人に存在を気取られない、隠密行動が重視される殺し屋という職業は、達人を相手にしても逃げ遂せられる程に、その分野に特化している。

 限り無く接近すればその臭いを感じとれることはあるが、敵も警戒している以上それには運も必要だ。


「そう。標的は?」


「天上生の誰かだ。まだ人死には出ていない。出る前に必ずカタをつけようと思ってる」


 殺し屋の標的が天上生であることは、もはや確定的だろう。天上生に下界禁止令が敷かれてから、もう4日が経過している。

 遺憾ではあるが、地上の生徒を数名殺す時間なら十分にあった。いくら優秀な講師達が警戒に当たり、霧生が寝る間も惜しんで地上の警らを行っていても、カバー出来ない部分はどうしても出てくる。

 察知されたことには敵もすぐに気付いただろう。その上で、こちらの守りを固める前に仕事を片付けなかった、否、片付けられなかったことが、標的が天上生であることの裏付けとなる。


 だが、霧生が学園に来る以前は滅多に地上へ降りることはなかったと言う天上生。敵が事前に学園の事情を細かに調べていれば、いい加減殺しの手筈が整っていてもおかしくない。こちらの警戒を計算に入れた上でだ。


 とは言っても《天上宮殿》の守りは盤石であるし、天上生達は殺し屋に狙われているかもしれない事実を学長から知らされている。殺し屋達にとっては好ましくない状況だ。

 事前に存在を察知されてしまったのは痛恨の極みであろう。

 霧生が確認してみた所でも、手練と言えど安易に殺しが行える環境ではなかった。

 この状況を維持していれば、霧生ないし講師達がいずれ殺し屋を捉えられると考えている。しかし、犠牲者0を守りたい学園側がこの拮抗状態を良しとするのは悪手だ。

 敵が想像もつかない手法で殺しを行う可能性を捨ててはならない。


「そういうことなら協力は一切惜しまない。僕に何ができる?」


 しばらく考えて込んでいたハオが、意を決したように口を開いた。


「天上生に擬態してくれ。そのレベルの擬態ならまず見分けられる奴はいないだろうから、おびき寄せられるかもしれない」


「なるほど、それは良い案だね。僕の身の安全が少しも考慮されてないけど」


「殺し屋の一人や二人くらい軽くあしらえるだろお前は」


 ハオの瞳を見据える。やけに争いを嫌う目の前の少年(現在は少女)が底知れぬ実力を隠し持っていることは、一目見た時から見抜いていた。


「……君、もしかして僕のこと知ってんの?」


「いいや」


 素性については何も知らないが、霧生はなんとなく彼が自分に似ているように感じていた。


「ふーん。まあいいか。で、誰に化けたらいいの? そこまで標的は絞れてないんでしょ?」


「誰でもいい。まずは敵の狙いが天上生の中の誰かなのか、天上生を無作為に狙っているのか見極めるところだ」


 後者なら動きやすい。霧生が聞いた「天上生じゃない」といった言葉からして、その可能性も十分にあるはずだ。



ーーー



「すごいなー。こんなふうになってたんだ《天上宮殿》って」


 翌日。霧生はハオ(本来の姿)を宮殿へ連れてきていた。当然学長からの許可は得ている。

 他人に完璧に擬態するなら、本人の協力も必要不可欠なので協力を得られる相手を探しに来たところであった。


「せっかくだから可愛い子に擬態したいなぁ……」


 エントランスにある《転移回廊》は地上を繋ぐ複数の《転移回廊》を一つに束ねている。現在は地上にあるほとんどの回廊が一時的に遮断されており、殺し屋の侵入を防いでいる。


「というかみんな容姿も当たり前のように整ってるよね。流石は天が二物も三物も与えた天上生って感じ?」


 などとハオが言っていると、よく肥えた豚のような天上生がタイミング良く目の前を通り過ぎた。彼はなぜか息が荒く、汗も酷い。両手にはよくわからない液体の入った試験管を持っている。かなり特徴的な天上生だ。


「…………」


「あいつでいこう。よく目立つ」


 彼が通り過ぎてから霧生は言った。


「嫌だよ!」


 即座に断固拒否するハオ。あれなら標的としても丁度良いと思ったのだが、ハオは本当に擬態する相手を選り好みするつもりでいるらしい。


「そうだあの子がいいなぁ。一昨日中継テレビに出てたユクシアって子。ちょー可愛いよね」


「ハハハ。アレに化けるのは無理無理。やめとけ」


 あの才覚を完全に真似るのはいくらハオでも無理があるだろう。それができる者がこの地球上に存在するのか、といったレベルだ。


「私のことアレ呼ばわりするんだ」


「のわぁっ!? びっくりしたァ!?」


 唐突に響いた背後からの声に驚き、ハオが前方に跳ねた。反して平静を保っている霧生は余裕の表情で振り返る。

 そこには夜空色のローブに金色の粒子を纏わせた少女、ユクシア・ブランシェットが立っていた。


「な? 俺らの背後を容易くとってくる女だ。ま、俺は反応できたが」


 霧生はハオの方へ顔を向けながら肩を竦める。

「できてなかった」

 しかし、そんなユクシアの言葉でピクリと肩を震わせた。


「ふざけんな、できてただろ」


「できてなかった」


「できてました。一々突っかかって来やがる」


「だってできてなかったし」


「…………」


 霧生は苛立ちながらも毅然とした眼差しで彼女を睨む。透き通る泉を思わせる瞳がそれに応対した。


「んー、本当だ。これは擬態できそうにないね」


 そんな中、飛び退いた所から戻ってきたハオがまじまじとユクシアを観察しながら呟いた。モニター越しではなく、実際に見る彼女の才覚は比べ物にならないだろう。

 擬態に関しては譲らなかったハオが、あっさりと手に余ることを認める。


「それに僕、強い女性はともかく、強すぎる女性にはちょっとトラウマがあるんだよね(笑)

 だから無理。よし、他当たろう」


 ユクシアが何気に傷つきそうな事を軽く言ってのけてハオは先を歩き始めた。

 霧生がチラリと彼女の方を見ると、案の定ユクシアの《気》に僅かな乱れが見えた。


「ハオ、先勝手に探しててくれ。俺はちょっとこいつに話がある」


「あーい」


 霧生とユクシアの関係を特に言及する訳でもなく、ハオは持ち上げた手をひらひらと振りながら廊下の角を曲がって消えていった。


「…………」


「お前、意外とメンタル弱くないか?」


 ハオの足音が遠ざかり、しばらくしてから霧生は口を開く。

 弱いと言っても、かなり限定的な一面の指摘ではあるが。今はウィリアムとの立ち合いも、少なからず影響しているのかもしれない。


「そんなこと…………、あるかも」


 一瞬否定しようとして、彼女は小さく頷いた。


「そこは正直なのかよ」


「キリューに隠すことじゃないし」


 ユクシアは自分を他と隔てるような発言や行動を嫌う。

 それに気づけない者。気付いていても抗えない者。気付いた上で、それを強者の宿命として彼女を担ぎあげる者。

 才ある彼女は唯一、"人"に恵まれない。


「俺はお前が強すぎるとは思ってないから安心しろ」


 言うと、ユクシアは微笑みを浮かべた。


「キリューより強いのは間違いないけどね」


 それで出てくる言葉がこれだ。

 霧生はスゥーと息を吸い込み、一度眉間を押さえてから腕まくりをした。


「表出るか?」


「嬉しい誘いだけど、私に話があるんでしょ」


「……ああ、そうだったな」


「言い辛いことなんだ」


 霧生が声のトーンを落としたので、ユクシアは察した。

 霧生はこの話をユクシアに持ちかけるかどうか今まで悩んで来たが、やはり頼んでおいた方が対策としては堅固なのである。

 そろそろ敵も動いてくる頃合いだ。


「殺し屋のこと、聞いてるだろ」


 意を決して、霧生はユクシアの目を見た。


「うん」


 本来なら《天上宮殿》にも講師達の護衛がつくはずだったのだが、浅はかな天上生達のプライドがそれを許さず、尋常ではない反発にあった。

 それ故に、もし殺し屋が宮殿に立ち入ってきた場合は彼らが対処することになってしまっている。

 ユクシアが研鑽していた《老練の間》にはこの手の経験も積んでいそうな達人の気を複数感じたが、彼らが出てきている気配はない。

 それでも宮殿の守りは固く、天上生を一方的に殺せる状況に持ち込むのは至難の業と言えるが、念には念を入れたい。


「殺し屋がここにやってくるようなことがあったら、お前一人で対処してくれないか。天上生達への周知も頼む」


 霧生は震える手を強く握った。

 これはハオに協力を要請するのとは訳が全く違った。住む世界が違うユクシアに、殺しに掛かってくるかもしれない相手と戦えと言うのだ。


「そうするつもりだったよ」


 真意はさておき、ユクシアは落ち着いた声で答えた。


「そうか……それなら、頼む」


 彼女に汚れた経験を積ませるのが、霧生にとっては如何とも耐えがたい。しかし、他の誰かが相対して殺されるなら彼女に任せた方が良いに決まっている。ユクシア一人に対処を任せるのが、他の誰が対応するよりも確実で安全だ。

 勿論、大前提としてそうならないよう、地上で先手を打つつもりではいるのだが。


「ありがとね、キリュー」


「何がだよ」


 ユクシアの素直な笑みから、霧生は目を逸らした。決して礼を言われることでは無いのだ。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 今回で御杖家としての霧生の本気が見れるのかな?
[一言] ハオはさ、いいやつそうなんだけどさ。 どいつとは言わないけど、あいつになんか似てるんだよね。 そのせいで、信用もしきれないし好きになれねえ!
[一言] ユクシアが霧生ではなくキリューて呼んでるのがかわいい。 ハオくん一体君は何者なんだァ!!
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