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学園無双の勝利中毒者  作者: 弁当箱
第一章 勝利中毒者と無才の枷
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第3話 究極の勝利をご存知ですか?



 学長から祖父の名が出て、霧生は溜息を吐き出しそうになったのをなんとか堪えた。

 ここへ至ってもまとわりついてくる。御杖の名が。


「祖父の知人だったのか。残念ながらあのジジイはピンピンしている」


「いや知人と言うわけではない。若い頃片目を奪われたので少し根に持っているのだよ」


 学長は右目の傷を摩る。

 そういえば、と。霧生は祖父が酒を呑む度に繰り返していた愚痴を思い出した。


 ──仕留めそこねた若造がいる。儂は一族の面汚しだ。


「……ああ、その話はよく聞かされましたよ。よくアレから逃げられましたね」


「命からがらだ。……あの時は心の底から死を覚悟した。しかし急にかしこまって、どうした」


 ぶしつけな言葉遣いであった霧生が唐突に敬語を使い始めたので、学長は目を細めて尋ねた。


「敬意を払うに値するなと」


 霧生は『歳上だから無条件で敬う』という特に日本で顕著な風習を嫌っている。その嫌悪が行き過ぎて、見ず知らず相手にいきなり敬意を払うのは逆に失礼だとすら考えている程だ。

 まさに敬語が分かりやすいが、相手が表面だけでも敬意を示していればこちらも表面上は示すし、逆にそれがないなら同様の態度をとる。

 その後、敬うかどうかは自分で決める。それが霧生の考え方だ。


 祖父と戦い、生き延びている。霧生にとっても憎むべき祖父に圧倒的敗北を与えた人物と知れば、もう失礼な態度をとろうとは思えない。


「光栄だ」


 学長は僅かに口元を吊り上げ、続ける。


「さておき本題だが」


「ええ。日陰の最も濃い所で生きてきた"御杖"が、なぜこの学園にいるのか、でしょう?」


「話が早いな、その通りだ。それ次第で君の場合は入学を断らなければならないかもしれない」


 一族のことを言及された時点で、次にそれを問われることは明白であった。入学を決めた段階からこうなることを予想していた霧生であったが、こうも早いとは思いもしない。知る人ぞ知る、そんな"御杖"の知名度を過小評価しすぎていたのだ。


(いや、学長がジジイ相手に生き延びてるのがおかしい)


 考えを改める。


「この際はっきりと聞かせてもらうが、生業か?」


 本当にはっきりと聞かれて、霧生は思わず苦笑した。


「それは違います。一族との縁は切ったので」


 今度は肩をすくめた。


「ほう。それまたどうして?」


「くだらないから」


 家を出る時も、そのままの台詞を霧生は吐き捨てた。そんな吐き台詞だけが原因ではないのだが、その後はそれはもうしつこく。しつこくしつこくしつこくしつこく追い回されたのだった。

 その退路の先にして、目的地だったのが、このアダマス学園帝国なのである。


「……なるほど。ならば実際の所、なぜこの学園へ?」


 霧生は目を瞑る。

 それは霧生の信念の礎であり、おいそれと人に話したいものではない。だが、祖父と一度相対している以上、学長が自分を警戒するのは当然のことだ。


 ──とある約束を果たすため。


 理由を問われたらそれに尽きるが、それをそのまま話しても、行動理念の理解を得るには弱い。

 そう考え、霧生は趣向を変えて答えることにした。なぜ約束を守るのか。その理由の根幹だ。


「学長は"究極の勝利"をご存知ですか?」


 学長は首を小さく横に振る。

 霧生は一瞬驚いてしまったが、学長がそれを知らないのも無理はなかった。

 なぜなら"究極の勝利"とは、霧生が幼き頃からかたくなに存在を信じ込んでいる独創概念だからだ。

 体が勝手に空気を求めるのと同じで、日頃からそれを求め続けている霧生は、"究極の勝利"が周知のものであると稀に勘違いしてしまう。


「"究極の勝利"と言うのは、数多く存在する勝利の中でも、最も質の高い……いわば勝利の極地のことです」


「……?」


 学長は愉快げな笑みを浮かべながらやや首を傾けた。唐突に始まった霧生の話に困惑しているようにも見える。


「例えばどんな勝負に置いても、弱い相手より強い相手に勝った方が。思いがけず手にした勝利より、自分の力で手に入れた勝利の方が、"質の高い勝利"と言えませんか? まあ人の勝利観は十人十色なので、一概にそうとは決めつけられませんが、勝利に質があることは誰しも理解できるでしょう。その質を生み出すのは、培ってきたものであったり、育った環境であったり、置かれた状況であったり、様々だ。"究極の勝利"はその要素要素の歯車が噛み合った時にのみ得られる幻の勝利なんです」


 思わず熱弁してしまい、霧生はハッとなる。しかし学長は感心したように「ほう」と息を吐いていた。


「興味深い。つまり君はそれを求めてやってきたと?」


「はい」


 真摯な眼差しで、霧生は頷く。嘘偽りのない本音だ。

 学長との視線の交差が寸刻続いた。


「……そうか。君のような生徒は、他の生徒の良い刺激になるかもしれないな」


「ということは?」


「在学を認めよう。時間をとってすまなかった」


「いえいえ。感謝します」


 小さく頭を下げ、霧生は礼を言った。学長がパチンと指を鳴らすと、背後の扉が開き、先程の寮従業員の女性が現れる。また寮まで送り届けてくれるようだ。

 会釈して、霧生は学長室を去ろうとする。


「いや待て御杖霧生。ひとつ」


 そんな風に背後から声が掛けられたので、霧生は足を止めた。従業員の女性が霧生の目の前で一歩下がる。

 まだ何かあるのだろうか。


「ひとつ?」


 振り向き、霧生は聞き返す。


「ひとつ、仕合っていくか?」


──は。


 思わず笑みがこぼれてしまう。霧生は部屋をゆっくりと見回した。


「構いませんが、誰と?」

「私以外に誰かいるか?」


 流れでチラリと学長室の壁掛け時計を見やる。リューナとの約束まではまだ時間に余裕があった。


(軽く一勝利ひとしょうりキメとくか)


 そう意気込み、霧生は老年の隻眼を見据えた。今度は真摯な眼差しなどではない、大胆不敵で挑戦的な目つき。その口元は吊り上がったままだ。

 霧生は敵意が無いことを示すために、あえて《抵抗レジスト》を解除したままでいたが、この時改めてそれを纏った。

 いつでもどんな勝負でもOK。そんな意を込めて両手を上げた霧生だったが、


「すまん、やはり忘れてくれ。年甲斐もなく好奇心が湧いてしまったようだ」


 学長は静かに目を閉じて取り下げた。

 どうやら思い直したらしい。学園の長という立場もあり、気軽に一戦とはいかないのだろうか。

 口惜しそうな学長はともあれ、霧生は宣言する。


「よし! ということは俺の不戦勝ですね」


 そんな一方通行の勝利宣言には流石の学長も苦笑する。肩をすくめ、学長は言った。


「よい学園生活を」


「ええ、それでは」


 そうして霧生は学長室を後にする。



ーーー



 霧生が去った後、木椅子に座る学長の背後に三人の男女が現れた。


「ふう。またとんでもない生徒が入ってきたものですな」


 学長に念の為にと呼び出された三人の講師達。確かに《写し身》の魔術を使い、自らの体を透かし、背景に溶け込んでいたはずだった。なおかつ気配も完全に消していたはずだ。

 にもかかわらず彼らは一度ずつ、その少年と"目が合った"。まるで品定めするかのような目つきで、"視られた"のだ。


「学長の《気当たり》にもまるで動じていませんでしたし」


「イイカンジに頭もおかしかったな。勝利そのものを探求してるなんて」


 彼らは口々に霧生を見た感想を言い合う。


「だが、技能を扱う者にはああいうひたむきさが必要だ」


 学長は霧生に生徒としての価値を見いだしていた。彼はアダマス学園帝国に害を及ぼす存在ではない。その逆はあっても。

 学長は十指に余る天才達を管理する立場にある。その慧眼には自信を持っていた。


「でも"御杖"って、相当ヤバイ一族なんだろ?」


 若いジャージ姿の男が学長に尋ねた。


「聞いたことないけど、どういう人達なんですか?」


「いずれ分かる」


 学長は光を失った右目に手を当てた。そしてほくそ笑む。

 あの一族と縁を切った少年の場合、技能の宝庫だ。"御杖"が長い歴史の中で研鑽してきた財産、それを紐解くまたとない好機。技能を絶やさず受け継いでいくこの学園の本懐だ。


「彼はGランクに手配してくれ」



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