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学園無双の勝利中毒者  作者: 弁当箱
第一章 勝利中毒者と無才の枷
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第27話 勝利への想い



 夕暮れすぎの第三訓練場。

 紋様術式に魔力を込めるだけの訓練をするリューナとレイラの背後で、霧生きりゅうの汗が舞う。

 四肢のいずれかがくうに繰り出される度、凄まじい風切り音が訓練場を囲むコンクリートの壁に反響する。


「フッ! シィッ!」


 明日の《天上選抜戦》第1試合目に備え、霧生は朝早くから技の調整をしていた。

 かれこれ10時間にも及ぶ演武。

 少しでもキレの良くない技があれば取り戻すまで何度でも繰り返し、魔術においても同様の行程を重ねた。

 リューナとレイラに魔術を教える時間に至っても、調整を続ける。


 これを天上選抜戦に出ることが決まった一週間前から霧生は続けている。

 講義は全て欠席し、今週の『勝利学』の講義もまた、延期となった。


 だがそれも致し方ない。

 全ては選抜戦で優勝するため。

 もとい、エルナスとの立ち合いに万全を期して臨む為であった。


 霧生含め、5名の候補生が臨む《天上選抜戦》は、総当たりによる優劣選定戦である。

 真剣の使用も認められているが、決闘では無くあくまで模擬戦という体。どちらの技能がまさっているかが明らかになれば、降参が推奨される清い立ち合いだ。


 そこで最も勝ち数の多かった者が《天上生》になる資格を得られる。

 僅かな差で勝敗が別れたとしても、例外無くルールに則り、資格が与えられるのは勝者のみ。それは運や"流れ"を自分の物にする力も才能として数えられることを意味していた。


 立ち合いは2日置きに行われ、深手を負った場合、その間に医療センターが最高の医療技術を無償提供し、万全の状態に戻してくれる。


「フゥー……」


 本日も完璧に仕上げ切った霧生は、演武を終え、隅のベンチに掛けていたタオルで汗を拭く。

 リューナもその折を見て休憩にすることにしたのか、こちらへ歩いて来た。

 そんな彼女に霧生は声を掛ける。


「悪いな。あんまり見てやれなくて」


「ううん、気にしないで。なんとなく分かって来て今楽しいの」


「それはなにより」


 紋様術式に魔力を込め、術式を安定した状態に保つ訓練は上手く行っているらしい。

 それもそのはず。フィーリング要素の強い習得方法ではあるが、リューナには特に合っているだろうと霧生は踏んでいたのだ。


(この様子ならリューナはそろそろ次のステップに進んでもいいな)


 一方苦戦していそうなレイラに視線を向けながら霧生は思う。


「どう、明日は勝てそう?」


「愚問だろ」


 霧生は肩を竦めながらペットボトルに口を付けた。

 相手の勝利を否定することは無いが、霧生はどんな勝負も必ず勝つつもりで挑む。


「それはそうとリューナ、選抜戦はしっかり目に焼き付けておけよ。他の奴らみたいに軽い気持ちで見るんじゃなくて」


 ペットボトルの水を飲み干すと、霧生は言った。


「言われなくてもそうするけど、どうして?」


 リューナがそうするのは、自分が天上生を目指す者だからだ。天上へ至る技を、目に焼き付けるつもりなのだろう。

 霧生が言っていることとは意味合いが違う。


「お前も"踏みにじる側"の人間だからな」


 言うと、リューナは眉を寄せた。

 彼女は言葉の意味を理解出来ていない様子だ。

 その心構えが常日頃からあるかどうかで、研鑽に対する姿勢が変わる。


「どういう意味?」


「まあ、いつか分かれば良い」


 わざわざ口で説明する事でもないので、霧生はそうやって誤魔化した。

 そんな時、背後からふと《気当たり》を感じる。

 それが発せられた先、訓練場の入り口に視線をやると、アッシュグレーの髪をした青年、エルナスがいた。


 霧生は今の《気当たり》がただの呼び掛けであることに気づいていた。実力者同士は《気当たり》をこうしてコミニュケーション手段として用いることもあるのである。


 霧生が気付いたのを見て、エルナスは訓練場を出ていく。


「あれって……」


「ちょっと外すぞ」


 リューナに断りを入れ、霧生は自分に用があるらしいエルナスの後を追う。


 訓練場を出て、魔術区の街路をしばらく進んだ所に彼はいた。



「よう、エルナス」


 気さくに挨拶し、霧生は街灯の隣にあったベンチに腰掛ける。

 エルナスは辺りに《踏み込み封じ》《聞き耳塞ぎ》の魔術を幾重にも掛けた後、霧生の前に立った。


「候補生になったと聞いた」


「ああ」


「俺にリベンジするためだな?」


「その通りだ」


 エルナスは片手でこめかみを押さえながら長く息を吐いた。

 そして意を決したように、ぽつりと口を開いた。


「俺の負けでいい」


「…………」


「頼む」


 エルナスの言いたいことは最初から分かっていた。

 霧生は笑わない。膝の上に肘を付き、エルナスの悲痛な顔を見上げる。


「頭なら下げる。金だっていくらでも払うから……、選抜戦を……辞退してくれないか」


「それは出来ない。俺はお前にリベンジする」


「リベンジなら今受けてやる! わざわざ選抜戦でやる意味はないだろうが!

 俺は、俺はな……!」


 声を荒げ、エルナスは霧生の胸ぐらを掴んだ。

 霧生はそれを振り解く訳でも無く、脱力したままエルナスの目を覗き込んだ。


「スタンズから聞いたぜ。色々背負ってるらしいな」


「…………」


 エルナスが口を閉ざし、霧生は続ける。


「そんなに天上生になりたいのか?」


「……ああ。なれなきゃ17年もこんな場所にいた意味が無い。17年……、17年だぞ。なぁ、お前に分かるか? 人生懸けてやっと巡ってきたチャンスなんだよッ!!」


「選抜戦はそれだけ本気ってわけか」


「ああ……そうだ」


「じゃあなおさら辞退する訳にはいかないな……」


「なんでだよふざけんじゃねえ!」


 エルナスは腕を振るい、霧生を揺さぶる。

 そんなエルナスの手を払い、彼を押し退けると、霧生は立ち上がった。


「選抜戦なら全力のエルナスと勝負できるってことだろ。

 その時のお前はきっと、僅かな可能性でもそれを掴む為ならなりふり構わない。

 リベンジするならその時が良い」


 エルナスの顔が酷く歪んだ。

 そして今にも崩れ落ちそうに後退あとずさる。


「ふざけるな……ふざけるなよ……。たかがじゃんけんに勝っただけだろ……。

 そのリベンジのためにどうして俺の17年が台無しにされなきゃならないんだ……」


 エルナスは歯を軋ませ、肩を震わせながら嘆いた。 


 霧生にも同情心はある。重い、そう思う。

 17年を背負ったエルナスに勝利して得られるものは、良い感情だけでは済まされないだろう。

 だが譲らない。

 勝ちたい。その気持ちを譲歩するのは霧生の信条にも関わることだからだ。


「なんで俺がお前の事情を汲んで、勝つかどうか決めなきゃならないんだ?」


 今度は霧生がエルナスの胸ぐらを掴んでいた。皮肉にも、それが崩れ落ちそうになっていたエルナスを支えている。


「お前の17年が分かるかって?」


 彼の顔を引き付け、霧生は問う。

 エルナスは霧生の深淵の瞳の奥を見据えていた。


「分かるわけねぇだろ」


「…………」


「分かってやる気も無い。それはお前だけの苦しみだ。お前にしか分からない。

 半端な理解を得たいだけなら同情してくれる奴を探せ。いくらでもいるぞ」


 既に夢破れたかのような、力無い瞳。

 この様子を見れば彼が天上生に掛けていた並々ならぬ想いは伝わる。

 17年の苦難も痛い程伝わってきた。

 踏み躙られてきたのだろう。笑われて来たのだろう。どれだけ研鑽しても、認めてもらえなかったのだろう。


 そんな中、かろうじてエルナスが積み上げて来たものを粉々に打ち砕くことになっても。


「俺はお前に勝ちたい」


 霧生はその想いを伝え、胸ぐらから手を離した。


 その"期待"がエルナスに伝われば良い。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 久しぶりに弁当箱で検索してみたら相変わらずいいもん書いとるやん…(ご満悦)
[良い点] 何この胸熱展開、神か? [一言] 毎日更新お疲れ様です
[一言] 今までで一番面白かったですw 新年の箱はひと味違いますね〜
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