第16話 道場破り
「「「エイッ! セイッ」」」
武術区の一角、いくつもの塔がまるで剣山のように立ち並ぶ、"塔剣山"と呼ばれる区域に、気合の入った掛け声がけたたましく響く。他にも銃声や、剣と剣のぶつかり合う金属音。様々な音がここでは響いている。
朝食を済ませた霧生達は、一度部屋に戻って汗を流した後、そんな塔剣山へとやってきていた。
塔剣山は武術家達が塔ごとに集い、それぞれの流派に別れて研鑽を積む処だ。
昨日のランニングと講義後の学園探索で、霧生はアダマス学園帝国地上のマッピングを完了させていた。といっても通常では立ち入り不可な区域も多く、大まかといった具合である。そんな中で、この場所を重要スポットとして脳内に登録させた。
「さて、どの塔にしようかな」
塔剣山の区域は半分以上が森林に侵食されており、木々の隙間から白い塔が伸びた、どこか異様な景観である。最低限の舗装が施された道を霧生はリューナと共に塔を物色しながら進む。
「ちょっと、道場破りってホントの道場破りなの? あの『たのもー!』ってやつ?」
それまで黙って付いてきていたリューナが、本当にどこかの塔の扉を叩こうとしているのを見て、とうとう尋ねてくる。
「そりゃあ……。何だと思ってたんだ?」
「だって、私に技能を教えるのと道場破り……関連性がまるで無いから別の何かだと思ったのよ」
「ああ、そうか」
まだ経験の浅いリューナには霧生がなぜ道場破りを行おうとしているのか理解できないのだ。それを失念していた霧生は車椅子を漕ぐ手を少し安め、口を開いた。
「場所取りだよ。転移みたいな高度な魔術をその辺で教える訳にはいかないからな」
ものを教えるとなると、霧生も半端な事はできない。それもリューナのような才気溢れ、原石のような少女に訓導するのなら尚更である。
なら、アダマス学園帝国の環境を生かさない手はない。とくに研鑽のために建てられたここの塔は、どこからも良質な空気を感じとれる。
「つまり塔を乗っ取って、そこで教えてくれるってこと?」
「その通り」
「えぇ……、わざわざそこまでする意味が分からないわ。別の場所じゃ駄目なの?」
「駄目って程じゃないが、一流の技能者は自己研鑽する"位置"にも気を遣うものだ。特に魔術は場所によって魔力の流れとか、風水とか、色々あるし」
リューナは顎に手を添え、納得したように頷いた。
流石にリューナもそれくらいのことは知っていたはずだが、経験の差は意識の差でもある。そこまでする、という意識が彼女にはまだ無いのだろう。効率の差を知らない。故に理解できないのだ。
学園に聳え立つたった数十の塔では、世界各国に存在する名だたる流派の数に遠く及ばない。そのため、より強く、門下生の多い流派のみがこの塔での師事、流伝を許されるのである。
塔の所有権を持つ流派というだけで、この学園では一種の威権となるはずだ。
各流派の門下生達は壮絶な縄張り争いを繰り広げているのだろう。
霧生は塔の中から感じる門下生達の威圧感からそれを察していた。
「私のためにそこまでしてもらうのがめちゃくちゃ申し訳ないんだけど」
「気にしなくていい。道場破り自体、俺が純粋にやってみたいってのもデカイから」
「……というかそっちがメインなんでしょ」
リューナの指摘を軽く流し、霧生は再び車椅子を動かし始める。
「でも、その怪我で勝てるの? 凄い根本的な問題」
「勝てる」
霧生は自信たっぷりに言う。どんな状況でも負けると思って挑む勝負など霧生にはない。
例え不意打ちでも、複数人が相手でも、危篤状況でも、『分が悪い』。それだけのことだ。
そして次に見えた塔に狙いを定めた霧生は、その扉を叩く。
「頼もう!」
「本当に言うんだそれ……」
塔の扉を押し開くと、黒大理石の床が一面に広がり、その上を等間隔に並んだ十数人の門下生が師範らしき人物の掛け声に合わせ、型の稽古をしていた。彼らの両手には拳銃が握られている。
「おぉ……」
勢い良く扉を開いた霧生であったが、彼らの型を見て、その珍しさから感嘆の声を上げてしまう。
師範らしき男は霧生達に一度視線を向けるも、すぐに稽古の指導に戻る。彼が「一つ!」と声を上げる度、門下生達は姿勢を変え、息のあった踏み込み音がタンと響く。
「霧生、あの人達銃を持ってるけどこれはなんて流派なの」
「格闘銃だな。銃を用いた近接格闘だよ」
「へぇ、そんなのがあるんだ」
霧生も実際に目にするのは初めてだ。
しばらく稽古の様子を眺めてから、霧生は師範と思わしき男の元まで進んだ。
「何の用かね」
男は霧生に振り向きもせず尋ねてくる。車椅子姿の霧生がまさか道場破りに来たとは彼も思わないだろう。
「道場破りに来た」
言うと、彼は目を細めこちらを睨む。
「分かった。では許可証を受け取ろう」
「許可証……?」