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学園無双の勝利中毒者  作者: 弁当箱
第一章 勝利中毒者と無才の枷
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第15話 転移魔術の達人



 講義が終わり、リューナ達の元へやせぎすの男が近づいてきた。

 手入れのされてないあごひげに、年季の入った制服。歳は二十代半ばかそれ以降といった程だ。

 レイラの手を引き、そそくさと席を立とうとしたリューナの周りを集まってきた上級生達が囲む。


「何か用でしょうか」


 一人一人を睨み付け、リューナは言った。レイラはリューナの陰に隠れ、怯えた様子で周囲を見回している。


「お嬢ちゃん達、この講義を受けるのはまだちょっと早いんじゃないの」


 何の用かと思えば男はそんなことを言ってくる。


「そうかもしれませんね」


 リューナは嘆息しつつ、無機質に答える。


「大体分かってるだろ? 新入生が出しゃばるとな、摘まれるんだわ」


 あごひげをじょりじょりと掻く仕草が妙な嫌悪感を抱かせる。彼はふと視線を下げた。

 そこにはリューナとレイラが講義でとっていたノートがあった。ニヤリと笑い、男は両手でそれらを摘み上げる。


「へぇ、綺麗にノートとってんだな」


 摘み上げたリューナとレイラのノートを見比べながら男は言う。リューナはさっと手を伸ばしノートを取り返そうとしたが、手を引くことで躱された。

 そして男は二つのノートを重ね、そこそこの分厚さになったノートをまるで折り紙でも破くかのように、指先だけで破き始める。


「何するのよ!」


 目の前でたった今まで丁寧にとっていたノートを破かれ、リューナは声を荒げた。

 ビリビリに破かれたノートの紙片が講義室のタイルカーペットの上に落ちていく。


「見たら分かるだろ。破いてる」


「ふざけ……!」


 言いかけて、口をつぐむ。


 リューナの中でふつふつと湧いてきた怒りが疑問へとシフトしていた。なぜこんなことをするのだろうか、と。

 ここは技能を受け継ぎ、己を高めるための学園ではないのか。その中での競争は確かに必然であるが、どうして人を陥れて自分の立場を確立しようとするのか。それでは意味がない。


 彼らは『高位魔術・転移』を受けられるまでに研鑽を重ねて来た、もしくは才能があるはずだ。

 リューナには疑問でならなかった。そして彼らを説き伏せても無駄なのだろう。きっと、分かり合えることはないのだ。


 破り捨てられたノートに視線を落とし、眉を顰める。すると男はそのノートをぐしゃりと踏みにじった後、その上に唾を吐き捨てる。

 リューナは鋭い目付きを男に向ける。


「今日の所は警告に留めておく。俺も君らみたいな可愛い子に手荒な真似はしたくないんだよ。だからすまないが五年くらいは大人しくしててくれ。並の生徒みたいに、ちまちまとした講義だけ受けてさ。そうすりゃ俺達も心を痛めなくて済む」


 彼は飄々とした態度を崩さない。僅かに口端を釣り上げたまま、リューナをしばらく見下ろしていた。

 やがて男は踵を返し、講義室を後にした。他の上級生達もそれに続いた。


 緊張から解放され、レイラは席にへたり込む。

 リューナはただ立ち尽くし、


「最低……」


 そう小さく吐き捨てた。



ーーー



 翌朝。流石にしばらく安静にしておこうと考え、霧生はいつもより二時間遅く起床する。時刻は早朝六時。

 療養中でも最低限のトレーニングは欠かせない。霧生はランニングへ向かうため、スポーティーな服装に着替える。


 車椅子でフロントまで降りると、入り口付近で髪を後ろに纏めるジャージ姿のリューナを発見した。霧生はハンドリムを回転させ、その背後まで進む。


「俺達、息合うよな」


 後ろから声を掛けると、リューナは髪留めのゴムを口に加えたまま振り返った。霧生は彼女の顔を移動しながら見上げる。

 リューナが寮の扉を開けたので、そのまま霧生も外へ出た。


「疲れてるな。まだ二日目だぞ」


 コンディションはそのまま魔力の流れや佇まいに出やすい。まだそういう所までに気を遣うレベルでないリューナから、それを見分けるのは霧生にとって容易いことであった。

 指摘を受け、リューナは少し目を丸くしている。


「分かる……? いや、初日から車椅子のアンタに言われたくないけど。というかどうしたのこんな時間に」


「? 何が?」


「何がって、走れないでしょ車椅子じゃ。……まさか走るつもり?」


「当たり前だろ。だいぶ乗りこなせてきたしな。乗ってみると案外楽しい。ほら」


 霧生は前輪のタイヤで重心を支え、後部を持ち上げて器用に一回転した後、そのままバク転して見せる。車椅子との接触部には《抵抗》を纏い、クッションすることで、なるべく体に負荷の掛からないようにしている。


 昨日は講義を終えてすることがなくなったので、車椅子のドライブテクニックを磨いていたのだ。

 リューナは上半身のストレッチをしながら引きつった笑いを浮かべていた。


「一緒に走るか」


「いいけど……置いてくわよ」


「ほう? こっちの台詞だが」 


 そしてリューナが若干躊躇いつつも走り出したのを見て、霧生もハンドリ厶を勢い良く回した。 


「なんか凄くシュールね」


 おおよそスポーツ用には作られていない車椅子がギィギィと悲鳴を上げながらコンクリートで舗装された道を行く。

 リューナが決めたランニングルートはセントラルターミナルのある山の方面らしく、車椅子の霧生に合わせてそれを変更する素振りはなかった。霧生もそれを気にすることはなく、林道に車椅子で突っ込んでいく。





「ハァ……ハァ……、ちょっと、嘘でしょ……!? なんで車椅子に負けるの……!」


「よし! これで俺の六勝0敗!」


 一時間後、二人は寮の前まで戻ってきていた。霧生の勝利宣言が賑わいつつある朝の学園に響く。


「私いつの間にそんなに負けてるのよ」


 息を整えた後、リューナは身に覚えのない敗北にツッコミを入れる。

 二人は汗を流さないまま、そのまま二階の食堂で朝食を摂ることにした。



 朝食はバイキング式だ。

 午前七時過ぎにもなると食堂はやや混雑してくる。あらゆる料理がごっちゃ混ぜになり、妙に癖になりそうな良い香りがフロア全体に充満している。

 霧生はサンドイッチとコーヒーを、リューナはトーストとミルクティーを携え空いていた丸テーブルに向かい合って座った。


「はぁ、講義が憂鬱だわ」


 ブルーベリーのジャムがたっぷりと塗られたトーストを齧ると、リューナは溜息を吐いた。


「嫌がらせでも受けたか?」


 大体の見当はついていたので、霧生は間を開けずに返す。

 昨日会った時に比べ覇気がない。リューナの意欲が削がれているのは一目瞭然だ。


「そう」


 トン、とトレイを叩き、リューナは苛立った様子で頷いた。


「よく分からない連中が高ランクの講義に出るなって脅して来たのよ。ノートも破かれるし」


「楽しんでるなぁ……」


 霧生はリューナに羨望の眼差しを向けた。

 リューナはまた溜息を吐き、トーストを食らう。


 学園のメリットを存分に活かしているリューナに比べ、霧生はGランクというゴミのような素晴らしい環境を殺してしまっている。

 それに気づいたのは昨日のことだ。

 ハオを襲った上級生のうちの一人が、霧生達に一瞬突っかかって来た時。あの時はハオに気を取られて軽く流してしまったが、勝負が発生しつつあった。

 しかしそれを後ろの男が止めたのだ。その時の言葉が、スタンズが霧生に関わるなと周知しているような内容だった。

 今思い返すとこれは大問題である。


 せっかく勝負が次々と舞い込んでくる環境を手に入れたのに、こいつには関わるなと周知されてしまえば霧生に為す術はない。

 初っ端から学園の中でもかなりカースト上位であるエルナスと一戦混じえてしまったのは、実は大失敗だったのかもしれない。リベンジは必ず果たすつもりなのだが。


「でも、その辺も含めてのアダマス学園帝国なんじゃないか。そういう嫌がらせを耐え抜くか蹴散らすか、勝手になんとかして強くなれってことだろ。ある意味学園側が用意してくれた試練ともとれる」


 霧生がまともに相談を聞いてくれそうになかったからか、無言で食事を始めていたリューナにそんな言葉を投げた。


「馬鹿げてるわ。どうやってもそれを超えられない人もいる」


 リューナは言う。彼女はちょっとやそっとの妨害では屈しないタイプだと霧生は見ているが、その物言いから察するに、別の者のことを案じているらしい。


「昨日一緒に講義を受けたレイラって子は、もう高ランクの講義には出ないって」


「リューナは出るんだろ?」


「そのつもりだけど……どうにかして対策は立てないといけないわね。次は何されるか分からないし」


「よし、俺がボディガードになってやろうか」


 霧生は頭に思い浮かんでいた打開策をここぞとばかりに提言する。

 Gランクという利点が潰されつつあるなら、能動的に学園生活を彩っていかなければならない。そんな霧生の下心である。


「有り難いけど結構よ。いくら霧生が強くても、わざわざ悪意がある所に巻き込みたくないわ」


 霧生はそんな所へ喜んで首を突っ込みにいくタイプだ。

 しかし今の言葉はリューナの信条のようなものなのだろう。それは尊重しなければならないと感じた霧生は下心を押さえ、食い下がらなかった。

 代わりに趣向を変えることにする。


「そうか……。じゃあ、俺が教えてやろうか?」


「教えるって何を?」


「高位の講義で習うことを、だな」


 講義に出るのは技能を身につけるためだ。この学園には自己研鑽に"講義"を選ばない者もきっといる。


「転移魔術とか流石に教えられないでしょ?」


 霧生の言葉に、リューナは小さく笑いながら返してきた。


「転移か」


 霧生はコーヒーの湯気を軽くすくうように撫でる。掻き乱された湯気はやや立ち上り、消え失せる。

 次の瞬間、リューナは空目していた。


「大得意だぞ」


 トンと、霧生は彼女の肩を後ろから・・・・叩いた。

 背後に立つ霧生を、恐る恐ると言った様子でリューナが見上げてくる。


「うそ……今の、凄いスピードで移動したとかじゃなくて?」


「こんな体じゃなかったらそれもできたけどな」


 負傷した体では格好つけて立っているのが精一杯だ。


「え、教えてもらっていい?」


「勿論」


 霧生は親指を立てた。

 その後、丸テーブルを伝ってなんとか車椅子まで帰還する。

 そしてコーヒーを飲んで一息つくと、霧生は言った。


「そうと決まればちょっくら道場破りに行ってくる」


「?」


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