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学園無双の勝利中毒者  作者: 弁当箱
第一章 勝利中毒者と無才の枷
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第11話 為すすべもなく致命傷



「くそったれ!」


 霧生は医療センターのベッドで激情と共に目を覚まし、勢い良く体を起こした。


「フー、フー」


 息を荒くして周囲を見回す。

 霧生が横たわっていたのは白い病室。腕には点滴の針が繋がれており、体の至る所が包帯で圧迫されている。右足に関してはギプスでがっちりと固定されていた。


 それらは敗者の証。

 視界が暗転する前の景色がじわじわと霧生の脳内に蘇っていく。

 グーとパー、じゃんけんの敗北。エルナスの勝ち誇った顔。周囲の者達の、敗者を見る様々なリアクション。


「くそぉ……」


 霧生は今すぐにでもエルナスに再戦を申し込みに行きたい気持ちでいっぱいになる。

 しかし点滴の針を引き抜き、ベッドから降りようとした所で全身に激痛が走った。


 自分で組んだ自傷魔術は、既にかなり消耗していた霧生にも手加減などしてくれなかったようで、洒落にならないレベルの深刻なダメージが体に残されていたのだ。


 それにより霧生の頭は少し冷える。

 

(落ち着け……。こんなの勝負できる体じゃない)


 勝利は敗北の礎であり、敗北もまた勝利の礎である。霧生は敗北を経て得る勝利がより格別なことを知っている。ここは耐え時だ。

 数分、目を瞑ってエルナスをありとあらゆる勝負でこてんぱんにする妄想をすると、霧生の心は大分落ち着いた。

 感情に身を任せて良い時と悪い時を弁えることも重要である。


 霧生は素足を病室の白いタイルの上に下ろし、深く息を吐く。傷負った体では、そんな動作をするだけでも一苦労だ。

 それから時計を見ると、時刻は正午を指していた。どうやら三時間ほど気を失っていたらしい。


 一時からは『抵抗基礎』の講義がある。それを思い出した霧生は己の体に鞭打ち、なんとか立ち上がろうとする。

 そんな時、病室の扉が開いて白衣を着た黒髪の女性がタイミング良く現れた。天井の隅に設置された監視カメラの映像で、霧生が目覚めたのを見ていたのだろう。


「呆れた。もう動くつもりか」


 彼女は馬鹿を見る目で近づいてくる。

 シュウ・ズーシェンというのが彼女の名前らしい。霧生は白衣の右ポケット付近にクリップされた名札の文字を読み取る。医療センターに勤務する医師なのだろう。


「はい、講義があるので。治療ありがとうございます。では」


 霧生はにこやかに答え、立ち上がる。が、体勢を崩して病室の床に倒れ込んだ。


「その体じゃ無理だ」


 それでも芋虫のように這って部屋の出口に向かう霧生の首根っこをシュウはガシッと掴む。


「でも講義が」


「行かせてやるから落ち着け」


 シュウは片手だけで霧生の体を仔猫でも摘み上げるかのように持ち上げ、再びベッドの上に戻す。

 そして彼女は一度部屋の外へ出ていったかと思うと、車椅子を押して霧生のいる病室に戻ってきた。


「へぇ、車椅子に乗るのは初めてだ」


 霧生は初めての体験に心踊らせる。


「君の体内に組み込まれたふざけた術式はなんだ。頭がおかしいのか?」


 車椅子を霧生の元まで押しつつ、シュウは尋ねてくる。


「自傷魔術ですね。"敗北"を感知すると即座に起動するようになってます」


 得意気に答えた霧生だったが、そんなことは聞いていないと、シュウは溜息を吐く。

 彼女がやって来ると、霧生はベッドを支えにし、車椅子に乗り込んだ。


「動かせるか?」


「ええ」


 ハンドリムを回すと車椅子は動き出す。


「治療費は月々支給される金から差し引かれる。出口まで押していこう」


 シュウはグリップを握り、車椅子を押していく。

 病室を出てエレベーターに乗り込み、医療センターの出口に着くまでの間、霧生は何度も右手を目の前に振り下ろしていた。

 それについて特に何も言ってこなかったシュウだが、出口に着いてからとうとう尋ねてくる。


「それはなにをしているんだ?」


「素振りですね。じゃんけんの」


 答えると、背後のシュウからは少しの沈黙が帰ってきた。


「…………君はここの常連になりそうだな。怪我を早く治したいならここへ通うように」


「はい、ありがとうございました」


 軽く振り返り、礼を言うと霧生は車椅子を漕ぎ始める。






 『抵抗基礎』は座学塔三号館一階の大講義室で行われる。霧生がそこに着いたのは十ニ時半すぎ。周辺は既に新入生達で賑わっていた。

 最低ランクの生徒から受けられる『抵抗基礎』のような講義は重要度も高く、適性こそ高いが技能の世界に入り立てと言った生徒も多く受けてくる。


 霧生は後ろの扉から大講義室に入室する。

 大講義室は押し寄せる新入生達をきっちり収容できる大きさで、席数も膨大であった。


 ざっと大講義室全体を見渡すと、霧生は最前列の中央席に姿勢良く座るリューナの姿を見つけた。

 霧生は席と席の間の通路を抜けて前列へと進んでいく。車椅子の扱いにも大方慣れてきて、段差を降りるのも軽やかだ。当然のように目立っていたが、気にすることはない。


 リューナの隣まで車椅子で移動する。そして前回の講義の復習なのか、忙しくノートをまとめるリューナに声をかけた。


「よう、リューナ」


「…………、いや、なんで?」


 振り向きざま、霧生の姿を見てリューナの表情が困惑に染まった。


「一緒に講義受けようぜ」


 爽やかにそう言いつつ、霧生は最前列の中央やや左、かろうじて通行の邪魔にならない位置に落ち着いた。

 リューナは口を開きかけて一度閉じる。そして一息吐いて言った。


「ちょっと、いや、意味不明すぎるから」


 リューナは霧生の姿を今一度見直して言った。ずいぶんと頭が痛そうな様子だ。

 霧生も彼女の言わんとすることは分かる。車椅子にギプス。霧生の風貌は今朝会った時とは大きく変わってしまっている。


「ああこれな」


「なんでそんな大怪我してるの? 今朝は普通……じゃなかったけど普通だったじゃない」


「……まあ、色々あってな」


 顔を伏せて言う霧生。雰囲気はどんよりと、一気にどん底に落ちる。


「この数時間でいったい何があったのよ……」




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