三人暮らし
「イヒヒヒヒ…」
「やだ、やめろ! こっちへ来るな!」
錆びかけの鉄瓶を片手にジリジリ迫ってくるヤブ医者。鉄瓶になにやら異臭のする液体が入っている。
「魔力なしならば、魔力を貯める核が体内で発達していないという事! 若しくは、核が存在していないか! 核のドーピングが可能なら、核を体内に人工的に造ることも可能! さあ、実験です!」
「イーヤー!!」
こんな事をしているが、このヤブ医者。実は、俺と母さんの命の恩人である。
「トッド君、実験は後でいいでしょう?」
「チッ、マリージェ…」
ヤブ医者を止めたのは、母さんだ。
「ティルは早くバナリーを採ってきて」
「はい!」
ありがとう、救世主!
バナリーの葉は、芒の葉のように平行脈で指を切りやすい。ちょっと間違えると切り傷ができ、「イヒヒヒ、治療薬ですよぉぉぉ!」とここぞとばかりに実験台にされる。それだけはマジ勘弁。
とかなんとか思いつつ、いつものバナリーが生えている場所へ着いた。すると、まるで芝刈りをしたかのような痕跡があった。
「なんか、バナリー減ってねぇか?」
昨日より、バナリーの量が減っている気がする。動物は固いバナリーの繊維を嫌ってあまり食べないハズなのだが…。
「切り口も新しい…」
その時、
「…風よ…!」
おっさんの声がした。どうせなら少女にしてくれよ。と思った矢先に、バナリーがほぼ全て刈られた。
「は?」
「なんだ? この子供は」
デカイおっさんが、のそりとこちらへやって来た。やけに偉そうだな。
「ここで何をしている」
「おっさんこそ何をしているの?」
わぉ。圧迫面接ぅ。
「私の問いかけに問いかけで返すな」
「お昼の食材を採りに来たんだよ」
おっさんはゴミを見る目で俺を見る。
「ここは、領主様の土地だ」
「みんなの土地でしょ?」
「いいや。昨日、この山を購入したのだ」
「は? この土地は、公共の…あっ…」
…もしかして、裏の取り引きがあった?
「お前を今から領主様の元へ連れていく。不法侵入と窃盗罪で魔力叩きつけの刑だ」
「あの、ここが領主様の土地だと知らなかったんですが…」
横暴すぎる!
「お前は、知らなかったという理由で王庭の花を採って許されるとでも?」
「一理ある。が、とりあえず、」
ジリジリと、足に力を込める。
「逃げるが勝ち!!」
「あ、おいコラ!」
ここでみなさん。俺が誰の息子か思い出して頂きたい。国の追っ手を振りほどいて走り続けた母さんの息子である。…つまり、
「…足速いな!」
五十そこらの並みのおっさんでは、追い付くはずもなく逃げ切った。
ここで、一発なんか出来たらよかったのに…
「お帰りなさい。あら、バナリーは?」
「ごめん、なんか、いつもの所が、ダメになっちゃった」
「どういうこと?」
「領主? が、あの土地を購入したらしい」
「領主…ねぇ…」
母さんはゆったりとした仕草で、考え込んだ。
「お帰りティル! さぁさぁ、治験のお時間ですよぉぉ!」
「うっせー、ムードクラッシャー!」
どうしてヤブ医者はいつもいつも…。
「おや? おやおやおや? 核が体内に出来てますねぇ。おめでとう、私! 小指の爪の先サイズです。ま、通常大人の握りこぶしサイズですが」
「上げて落とすスタイル止めて」
「あぁ、尚更新薬を!」
「イーヤー!!」
「ハイハイ、お昼にしましょうねー」
「救世主!」
「バナリーないから、代わりにピグナム入れるよ」
「私、ピグナム嫌いなんですが」
「トッド君、好き嫌いはダメよ」
平和(?)な三人暮らしに、不穏な陰が近づいて来るのを、俺は何となく感じていた。
「…どうにか、しなくちゃな」
こそっと作者が失礼します。
ピグナムとは、栄養満点のお野菜です。
見た目は白い洋梨、食感はきゅうり、味はゴーヤ。
「もうね、子どもに食べさせるのが大変よぉ」
と、主婦の間では言われている。
お付き合いして下さり、ありがとうございます!
精進します。