癒やしのための子ども時間とノースレイヴ兄弟(ランドール視点)
いつも見てくださってありがとうございます!(∩´∀`)∩ワーイ
またまた別視点で今度は再び王子のターン!
ちまい子たちがいっぱい出てきます(´∀`*)ウフフ
出迎えてくれたルーファスの妹を初めて見た印象は
『……あ、兄上が好きそうなタイプだ』
だった。
ルーファスと同じアイボリー色の髪と緋色の目なのに、纏う雰囲気がまるで違う。
何と言えばいいのか……その場にいてくれるだけで安らげる。
そんな絶対的な安心感があるのだ。
こちらを見つめる瞳は、今にも涙を零してしまうのではないのかと思えるほど潤んでいるのに、少しもそらすことなく真っ直ぐと向けられているためか、逆に危うい強さを秘めているようにも見える。
一言で例えるとしたら……うさぎ。
そう、雪うさぎだ。
『ああ……ますます兄上が好きそうだ……』
……と、そこまで考えてはたとなる。
まだ会っていない兄上よりも先に俺がルーファスの妹に会ったことを知られたら……
────俺、兄上に殺されるんじゃないだろうか……?
~癒やしのための子ども時間とノースレイヴ兄弟~
「完全なる非公式での訪問と伺っておりますゆえ、略式的な挨拶となりますことをご容赦ください。ノーヴァの娘リリーメイと申します」
ルーファスに抱えられる形で竜の背から下りたと同時にかけられた言葉。
略式的な挨拶と言いながら完璧すぎるそれを見せられて、一瞬だけ硬直してしまった。
確かルーファスの妹は俺と同じ年のはず。
だというのに、もうこんなにも完璧な立ち居振る舞いを身につけているのかと思うと空恐ろしくも感じた。
「……リリィ。堅い」
呆れたようにそう言ったルーファスに彼女が返したのは柔らかい笑みだった。
「ふふっ。やはりそう思われますか、ルーファスお兄さま?」
「誰にでも丁寧で礼儀正しいのはお前の美点だけど、気楽にしてほしい場では困りものだな」
「これでも精一杯『くだけた』感じを出してみたのですけれど」
「10点」
「手厳しいですわね」
「妥当だろ。ま、公式な場でのほうが通じる言い方だよ。その『略式的』なやつでも十分にな。その場合だと、少しくだけた分を考慮しておおよそ75点と言ったところか……?」
「まぁ……! それでは堅苦しくない挨拶としては完全なる失敗ではございませんか」
「だから10点だって言ったろ?」
軽い調子で言いながら頭を撫でるルーファスに対して不満を口にするリリーメイ嬢だが、不満を口にするその態度までもが上品に見える。
まるで別次元の生きものを見ている気分だ。
「……とりあえず、今日のところは秘密裏の非公式訪問ってことになってるからオレから紹介する形を取ったほうが良さそうだな」
そう言われるなりガシッと掴まれ、リリーメイ嬢の前に突き出された。
「リリィ。第二王子のランドール殿下だ」
「はい。改めまして。リリーメイと申します」
「……ランドールだ。よろしく頼む。……って、言ってもよかったのか?」
公式な場での挨拶じゃないからどこまで言っていいか分からない。
……っていうか!
ここで『よろしく』って言ったことに対して『うん』って返されたら、それこそ俺、兄上に殺されるんじゃ……!?
言ってしまった後でそのことに気づき、慌ててルーファスを見上げる。
「別に『よろしく』って言っても何ともないぞ? 非公式だし、内密だし。今ここであったことは、例え何だろうが全てがなかったことになるから、気にせず喋ってモヤモヤしたもん発散させちまえ」
「……え?」
「それこそ思いっきり泣いてもいいぞ? 叫びたいなら頑丈な防音結界張ってやるし」
「えっ?」
思いっきり困惑した。
もっと腫れ物を扱うように接されるものだとばかり思っていたのに。
泣けとか叫べとか何なんだ?
鬱憤を晴らせって言ってるも同然だよな?
《何なに? “風の王子”叫ぶの? 叫ぶなら俺っち付き合うぜ?》
ノーヴァ邸に着くまでの間ずっと俺の相手をしてくれていた“火の”妖精がニヤッと笑いながらこう言ってきた。
《大声出して思いっきり叫ぶってのはいいもんだぜぇ~! 嫌なことも何もかも吹っ飛んでスッキリするかんな!》
────くっそ……コイツ……!
親しみやすい性格で話しやすいのはいいけど、遠慮なく何でもかんでもズケズケ言ってくれる。
妖精の間じゃ情報なんて何でもかんでも筒抜けだっていうし(さっきルーファスから聞いた)、暗に俺が大泣きしたことを指摘してのそれなんだろうと思う。
『まだまだ泣き足りないんじゃね?』
……っていう心の声が滲み出てんぞ。
イイ性格してやがる。
その辺ちょっとルーファスと似通ってないかとまで思ってしまうくらいには。
不満を隠すことなくついジロリと睨みつけてしまった。
コイツには全然堪えてないみたいだけど。
「おや……? この短時間で殿下は随分と“火の”妖精と打ち解けられたみたいですね。気が合ったようで何よりです」
「え……?」
────誰!?
知らない声が割り込んだ。
反射的に声のほうへと振り返ると、そこにはオレンジがかった金髪に緋色の目をした優しそうな少年の姿があった。
俺よりも年上、ルーファスよりはちょい下くらいだろうか。
落ち着きがある分、かなり大人びた雰囲気を纏っているように見える。
それと……口調も丁寧で、まるでウォーレンを相手にしているような感じだ。
「ギルか、ただいま」
「はい。おかえりなさい、ルーファス兄さん。邸内の根回しは既に終えています。いつでも中にどうぞ」
「そうか。突然で悪かったな」
「いえいえ。予想外のことはいつ何時、どのような形で起こりうるか分からないものです。どうぞお気になさらず」
くすくすと笑いながらルーファスと向き合うこの『ギル』という人物は物腰が柔らかい。
見ているだけでホッとする。
……というか、リリーメイ嬢といい、この『ギル』という人物といい、ノーヴァの関係者はこうも柔らかい雰囲気で人をホッとさせるような何かを持っているのだろうか。
……あ。
ルーファスは例外な?
柔らかいとは正反対の対局にあるからな、ルーファスは。
どっちかというと、ルーファスは鋭利で冷たい部分が大きい。
だというのに、絶対的な安心感があるという意味では他の誰にも負けない。
要は……安心感の部類が違うのだ。
うまく言い表せないけど。
「ちょうどよかった、ギル。このままランディ連れて湯室に直行してくれ。服はヒューのがサイズがちょうどいいだろうから、なるべく楽なやつを選んで着せてやってほしい」
「分かりました。では殿下こちらへ」
「え? ……えっ?」
ルーファスとの間でさっさと会話が進められて、気づけば俺は風呂に入れられることになったらしい。
「まだちょっと目元が赤い。風呂入ってスッキリさせてこい」
そう言われてルーファスから目の下を優しく撫でられた。
それをリリーメイ嬢に見えないようにされたのはルーファスなりの配慮だろうか。
「互いの自己紹介は道すがら適当にやっといて」
「え……あの、ルーファス?」
当事者を置いてけぼりに進んでいく話に俺が戸惑うのは当然だろう。
にも関わらず、やっぱり話は止まることなく進んでいく。
「では行きましょうか、殿下」
「へっ?」
気づけば俺は『ギル』なる人物に手を取られ、邸のある(?)方向へと歩き出していた。
「え……ルーファス!?」
思わずそう声を上げたら笑顔で手をヒラヒラと振られた。
「ギルたちに任せてれば安心だから。気にせず楽にしとけ」
なぁんてルーファスは言ったけど。
安心なんて……
────できるはずないだろぉお~~~~!!!
初対面の相手を目の前に、何をどう楽にしろってんだ!!
そう文句を言いたくても、既にルーファスの姿は見えない。
見えない相手に文句など言いようもなく、結局俺は『ギル』なる人物に連れられるままノーヴァの邸内に足を踏み入れたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「リリィ」
「何でしょうか、ルーファスお兄さま」
「ヴァイアランを頼む」
「分かりましたわ」
「それと。後でルワァーズを幼竜化させて連れてきてくれ。許可は取っておくから」
「連れていくのは構いませんけれど……一体何のために?」
「ちょっとした気紛らわしにと思ってな。ま、一言で言うなら竜と接する治療法ってやつだな。効果があるかどうかはやってみなきゃ何とも言えねぇけど」
「……何があったかは分かりませんけれど、ルワァーズを相手にそれを行うのであれば効果は絶大だと思いますわ」
「お前もそう思うか?」
「ええ。だってルワァーズはとてもかわいらしい竜ですもの。腕に抱いているだけで心癒されますわ」
「確かに。大きい目をうるうるさせてじ~っと見上げるところか特に可愛いもんな」
「はい。あと、少し人見知りでぷるぷる震えているところも、思わず守ってあげたくなるほどかわいいですわ」
「見た目からして癒し効果が滲み出てるからな、ルワァーズ。そういうわけだから、ヴァイアランを竜舎で落ち着かせた後に連れてきてほしい」
「分かりましたわ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
手を引かれながらどこかへと連れていかれる中、俺は奇妙な感覚を味わっていた。
違和感、とも言うべきだろうか。
別邸とはいえ、公爵家の大きな邸内であるにも関わらず、人との接触がほぼないに等しいのだ。
結構な距離を進んだ中で出会したのは、ルーファスとそう変わらない年頃の『マルセル』と呼ばれた従者のみだ。
顔を合わせるなり『こちらです』と一声かけて『ギル』なる人物をある場所へと先導している。
当然その『ギル』なる人物に手を引かれたままの俺は、何を言うでもなくただ手を引かれるままに連れられていくだけだ。
「ノーヴァ邸ではなくノースレイヴ邸を使うのですか?」
「はい。万が一、ルディアス様の目が覚めてしまっては事かと思いまして。若様からもそうするようにとの指示をいただいております」
「……なるほど。確かにルディが起きてしまっては色々と大変なことになるでしょうね。まぁこの場合、大変なのはオレたちではなく“火の”ほうになるのでしょうが。気の毒な目を見るのが想像に易いあたり、毎回毎回”火の”はルディにいいように振り回されているようですね」
「ええ。ギルバート様の仰る通り、気の毒なほどに振り回されております」
……ふむ。
どうやらこの『ギル』なる人物の名は『ギルバート』というらしい。
ルーファスとの関係はよく分からないが、さっきルーファスに対して『兄さん』と呼んでいたから親戚なのかもしれない。
ノーヴァの縁戚で『ギルバート』という名の子息がいる家系はどこだったか……などと考えていたら、前方から誰かが走ってきた。
それも子ども。
「ギル兄さん!」
「ヒュー。いくら人の目をなくしているとはいえ、邸内を走るのはいただけませんね」
「えへへっ、ゴメン! 早く第二王子殿下に会いたくて思わず走ってきちゃった!」
人懐っこい明るい笑顔でそう言った『ヒュー』と呼ばれた子ども。
明るい色鮮やかなオレンジ色の髪と緋色の目。
年頃は俺とそう変わらないように見える。
「さっきルーファス兄さんから新しく指示が飛んできたよ! 殿下をお風呂に入れて身体だけじゃなく頭の中までスッキリさせてくれって」
にこにこ笑いながらそう言ってきた『ヒュー』を思わずポカンとした顔で見てしまった。
初対面にも関わらず、あまりにも気安いその態度が新鮮だったせいだ。
俺のことを『王子殿下』とは呼んでいるが、向けられる笑顔やくだけたその口調は王子に対するものではなく、気心の知れた友人を迎え入れるかのような親しみがあった。
「あと。ついでとばかりに『時間がもったいないからキリキリやれ!』って」
「本当にルーファス兄さんがそんな指示を寄越したのですか?」
「うん。ほら、見て」
そう言いながら『ヒュー』が一枚の紙切れを差し出した。
それをギルバートとマルセルが同時に覗き込む。
ついでとばかりに俺もしれっと混じりつつ覗いてみた。
言われた通り『時間がもったいないからキリキリやれ!』という文面は確かにあった。
けれど……
それとは別の余計な一言まで見てしまった。
『王子だからって遠慮する必要は一切なし』
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「ね? 確かに書いてあるでしょ」
────いや、確かにそう書いてあるけどさぁ……
「俺の扱い、どうなってんの……?」
「ルーファス兄さん……」
「本ッ当に遠慮のない人ですね、若様は……」
「まぁ、ルーファス兄さんだからしょうがないよ」
大して表情を変えることなくあっけらかんと言い放った『ヒュー』の言葉には説得力がありすぎた。
「「「確かに…………」」」
思わず三人同時に同じ言葉を吐き出してしまうくらいには。
「でもさ。ルーファス兄さんがこういう書き方をしてきたってことは、殿下自身が『王子扱い』を望んでないからってことにもなるんじゃない?」
「!!」
チラリとこちらを見て言われた言葉に思わず驚く。
全く以てその通りだったからだ。
────もしかして……『ヒュー』の口調が最初からくだけていて気安いのはそのせいなのか……?
「どっちにしても、ここであったことは全部なかったことになるわけだし、やりたいようにやっていいと思うよ? 僕だってそのつもりでいるからやりたいようにやるし」
「俺は……」
「うん」
「王子扱いは、してほしくない。今みたいに、気安くくだけた話し方で、普通の友だちと接するような態度でいてほしい」
「……そっか。それじゃそうするね!」
そう言って『ヒュー』が再び明るい笑顔を俺へと向けてくれた。
同時に、手を取られて軽く引っ張られる。
「それじゃまずはお風呂ね! 準備は万端だから今すぐ湯室に行くよ! 服は僕のがあるから好きなものを選んで着てもらっていいからね?」
「え……わゎッ!?」
そのまま勢いよく駆け出す『ヒュー』に慌ててついていく形で走る俺。
背後から『走るのはいただけないと言ったばかりでしょう!』というギルバートの窘めの声が届くも、それを気にすることなく『ヒュー』は笑って『ゴメーン、ギル兄さん!』なんて返している。
笑いながら明るく言っているからか、どこかその謝罪が軽いものに聞こえてしまうのは気のせいだろうか。
結局。
『走るな』と窘められてもそれをやめることをせず、俺は手を引かれるまま邸の奥の湯室───浴室のことだ───へと押し込まれることとなった。
そこで驚きの連続が待っていることなど知ることもなく。
……あと。
あれだけ邸の中を走ったというのに、大人とは誰一人かち合うことがなかった。
そのことに対して膨らんだ疑問が解決するのは、俺が風呂から出てだいぶリラックスできたその後のことになるんだけど。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
押し込められた浴室は、ある意味カオスだった。
「……ここ。風呂で合ってるよな?」
「合ってるよ?」
そう。
ここは浴室。
そのはずだ。
なのに……なんで……
「なんで、こんなちまちましたのでいっぱいに溢れ返っているんだ!?」
バッと手を広げながら指し示したその先。
ふよふよとそこら辺を漂いながら緊張感のないへらへらとした顔で俺を見ている”風の”妖精たちがたくさんいた。
それだけじゃない。
初めて見る、下半身が魚の尾びれのようになっている半透明の小人。
たぶんコイツらは”水の”妖精だろう。
こっちも”風の”と同じくたくさんいる。
しかも浴槽の中に、だ。
《へっへ~ん! 驚いたか、”風の王子”サンよぉ?》
「…………」
こっちはずっと俺と一緒にいた”火の”妖精だ。
周りに似たような姿形をした仲間を数人(?)連れている。
代表して喋っているのがコイツというだけの話だろう。
それから……
《これ、へちまたわし~!》
《つかって~!》
《ごしごし~!》
《きもちいの~!》
《あわあわ~!》
《あわわ~!》
また違う声がたくさん混じってきた。
っていうか、舌っ足らずな幼児みたいなのが一気に増えたぞ!?
「今度は何だ!?」
草木や花とかをミニサイズで擬人化したような小人がわらわらと出てきた。
その誰もがニコニコと笑顔で俺を見上げている。
そして一番最初に喋ったと思われる個体が細長い物体を俺に差し出してきた。
「何だ、これ?」
《これ、へちまたわし~!》
《つかって~!》
《ごしごし~!》
《きもちいの~!》
《あわあわ~!》
《あわわ~!》
同じことを繰り返された。
どうやら差し出されたその謎物体が『へちまたわし』なるものらしい。
これで身体を洗えってことか?
《いいにおい~!》
《おはな~!》
《さわやか~!》
《す~っ!》
「また増えてるし!!」
更に別の個体がやってきた。
こっちはどうもハーブっぽい。
何の妖精なんだ、コイツらは。
「草木や花の妖精たちだよ。大地属性の括りに入るんだ」
そう教えてくれたのは『ヒュー』だ。
「え……? 大地、属性……?」
「うん」
「う……」
「ん?」
「嘘だろーーーーーーーーーーー!?」
まさかの四大属性妖精たちの勢揃いだった。
その後のことは、とにかく『怒濤の勢いに飲まれて流された』の一言に尽きる。
『彼らの協力があればあっという間だよ』
……という言葉を笑顔とともに残して浴室から出ていった『ヒュー』に『どういうことか?』と訊ねる間すら与えられることなく妖精たちに揉みくちゃにされたからだ。
“水の”妖精たちが一瞬のうちに浴槽をたっぷりの水で満たしたかと思えば、それを“火の”妖精たちが適温にまで温め。
それを待つまでもなく“風の”妖精たちには着ている服をひん剥かれ。
そうして今度は『待ってました!』と言わんばかりに“大地の”妖精たちが『へちまたわし』を始めとした色々な物体を持ち出して、甲斐甲斐しくも俺の全身を楽しそうに洗い出したのだ。
それも“水の”妖精たちと連携を取りながら。
《へちまたわし~!》
《ごしし~!》
軽く『へちまたわし』で擦られた時、あまりにもくすぐったくて笑ってしまった。
《あわあわ~!》
《あわわ~!》
《ぶくぶく~!》
《ぽんぽ~ん!》
続いた言葉で“水の”妖精と“風の”妖精が協力して石鹸を泡立て、それを俺の全身に纏わせてくる。
遠慮なしに思いっきり押し付けられたせいで目と鼻が少し痛くなったけど、わざとやったわけじゃないだろうから文句は言わないでおいた。
ただ、この時の俺を見て“火の”妖精がゲラゲラ笑ってたのにはちょっとムカついたから、水をかけてやった。
半分ほど避けられたせいでダメージはほぼなかったみたいなもんだけど。
それだったら『捕まえて浴槽に沈めるくらいの勢いでやればよかったか?』くらいのことを考えた時点で俺は気付いてしまった。
あれだけ泣いて、ドン底の気分になるほどに落ち込んでいたというのに、そのことを一瞬でも忘れてふざけられるくらいに気持ちが浮上していたというその事実に。
……しかし。
何というか、まぁ。
────妖精に風呂の世話されるとか生まれて初めて経験したな……
────普通に生活してたら有り得ないだろ、こんなこと……
最初は『何だこのカオス!?』とか思ったけど、これはこれでなかなかに楽しかったのだ。
ルーファスが『妖精たちがわんさかいる』って言ってたのはこのことだったのかと思うと納得の数ではある。
ただ……思いっきり揉みくちゃにされたおかげで、風呂に入っただけだというのにどっと疲れてしまったのはどうかと思う。
まぁ、身体と頭に限らず、どこもかしこもスッキリさっぱりしたのだけは確かだけど。
「まさか……こんな経験するなんてな……」
《ん~? 何か言ったか、“風の王子”?》
「ん~ん。何も」
《そうか? んじゃ乾かすぞ? 一気にいくかんな?》
言うなり“風の”妖精との連携で強めの温風を吹きかけてきた。
あっという間に乾いてタオルいらず。
すっげぇ便利だな。
最後の仕上げにと、髪に冷風を当てられてサラサラツヤツヤになった。
更にスッキリした。
そんな感じで、俺の風呂タイムは終了した。
「思ったより早かったね?」
出るなりそう言われて時間を確認したら、浴室に押し込まれてから10分も経ってなかった。
確かに早い。
普段通りだったらあれこれ世話焼かれて1時間はかかってるぞ。
ものすごい時短だ。
そして貸してもらった『ヒュー』の服は、上質ながらも動きやすくラクな作りで、デザイン的にも俺好みのものだった。
またちょっと気分が上がった。
「この服いいな! すっごく動きやすくてラクだ!」
「でしょ? おまけに頑丈なんだよ!」
気に入ったからどこの店で仕立てたやつなのか後で教えてもらうことにする。
「ところでさ……」
まだちゃんとした自己紹介をし合ってないことを口にすると、笑いながら『そうだったね』と返された。
再び邸内を歩いていきながら簡単な自己紹介をされた。
「ヒューバート・ノア・ノースレイヴだよ」
「ノースレイヴ辺境伯の息子か」
「うん。僕は次男だけどね~」
「それじゃ、長男は……」
……と、口にしたところで先導していたギルバートが振り返った。
「ああ、長男はオレです。ギルバート・シア・ノースレイヴと言います」
「!!」
まさかのノースレイヴ家の子息だった。
ノーヴァの分家筋の。
遠いとはいえ、彼らもノーヴァの一族に数えられる。
「……どうりで」
気づけば相手のペースに乗せられて、あれよあれよと思うがままに流されてしまったわけだ。
冷静になって考えてみればかなり強引なやり方をされていたと分かるのに、ちっとも不快感を与えないその手腕はさすがルーファスの親戚だとしか言いようがない。
「ルーファスだけでもすごいのに、ここにも規格外がいるとか何の冗談だよ……。しかも二人も……」
盛大な溜息とともにそう零したら笑われた。
「あははっ! 規格外って何? 殿下の基準は一体どうなってるの?」
「別にオレたちは言うほど規格外ではないですよ? 至って普通ですし。強いて言うならルーファス兄さんが飛び抜けておかしいだけですからね」
「……二人も十分規格外だから。っていうか、俺には二人が言う普通の基準が分からないんだけど」
何なんだ!?
ノーヴァの血筋はやっぱり規格外人間の集まりなのか!?
もしそうだとしたら、上品で柔らかな雰囲気を纏ったリリーメイ嬢までもが同じ括りに入ることになるのか?
さすがにあのリリーメイ嬢が規格外だとは思いたくないぞ!?
出迎えてくれた時のリリーメイ嬢の姿を思い出し、ぶんぶんと大きく首を振ることで脳内の規格外な彼女を追い払う。
たぶん……彼女は別だ。
規格外とは程遠い立派な淑女なはずだ。
そうだよな?
頼むからそうであってくれ!
さすがに彼女までもがルーファスやこの二人みたいにぶっ飛んだ部分があるとか思いたくない。
「ところでさ、ヒューバート」
「『ヒュー』でいいよ」
「分かった、ヒューな? じゃあ俺のことも『ランディ』で。『殿下』はいらない。敬称もナシで」
「うん、分かった。じゃ、ランディ」
────早ッ!!
────あっさり了承して躊躇いもなく呼ぶとか早ッ!
レオの時とは大違いだ。
あれだけ渋られたってのに、こっちは一瞬で頷かれたぞ?
「それで? 何かな?」
「……ああ、うん」
チラッと後ろを振り返る。
風呂の時と比べるとだいぶ数は減ったが、それでも結構な数の妖精が俺たちの後をついてきている。
「コイツら、一体いつまでついてくんのかと……」
「ずっとだと思うよ?」
「ずっと!?」
「特に“風の”はいつまでも一緒にいるつもりなんじゃないかなぁ?」
……マジか。
「いつもだったらほとんど外にいるんだけどね。珍しいお客さんだから一緒にいたいんだと思うよ」
その言葉に妖精たちが一斉に頷く。
「それも“風の”が特に気にしていた“風の王子”ですからね。だからこそ、余計に殿下の側にいたいと思うのでしょう」
続けてギルバートからもそう言われた。
「風の王子って? “火の”妖精にもさっきからずっとそう言われ続けてるんだけど。あと、ヒューにも言ったけど『殿下』じゃなくて、ランディって呼んでほしい」
「分かりました、ランディ。それではオレのこともどうぞ『ギル』と」
「うん」
ギルバートとも互いに愛称呼びをすることになったところで、例の“風の王子”のことを教えてもらった。
要は魔力属性から来た妖精たちの間での呼び方らしい。
俺は風属性が強い上に、この国の王子だからということで“風の王子”なんだとか。
単純すぎる命名だと笑ってもいいのだろうか。
因みに兄上はどうなんだと訊いてみたところ、兄上は氷属性が一番強いことから妖精たちの間では“氷の王子”で通っていると“火の”妖精が教えてくれた。
《“氷の王子”は見た目からしてそのまんま“氷の王子”って感じなんだよな~》
……なんて言われた瞬間、思いっきり吹いた。
確かに銀髪碧眼という兄上の見た目からは、氷を真っ先に連想させられる。
外見的なイメージというものはどうも強いらしく、一見冷たい人間だと思われやすい。
だからといって、中身までもが冷たいわけでもないんだけどな。
「実際に妖精たちは外側ではなく内側の本質を見ます。王太子殿下に関してはたまたま外見的な色味が合致していただけのことですよ」
ギルからのフォローに『そうなのか』と納得する。
確かに俺の見た目からは“風の王子”だなんて連想できないもんな。
「ところでさ。二人は妖精たちからどう呼ばれてるんだ?」
二人を交互に見遣ると、ギルとヒューは互いに顔を見合わせた。
「えっとね、僕は……」
《“風の”愛し子》
答えたのはなぜか“火の”妖精。
しかもめっちゃ得意気だ。
「それからオレが……」
《“水の”愛し子》
風と水の……愛し子?
「それって、やっぱり……?」
「魔力属性が基準ですね」
「ヒューは風、なのか……?」
「うん。お揃いだね、ランディ」
「ギルは、水?」
「ええ。他に聖属性もありますが」
聖属性!?
すげっ!!
「僕も風の他に、風属性の上位の嵐属性があるよ」
「!?」
こっちもすごかった!
「え、っと……俺も、風以外に、水属性があるんだけど」
「そうなんだ!」
「ではランディは、オレたち二人とお揃いですね」
「えっ?」
言われた言葉に思わず呆けてしまった。
さっきヒューからも言われたけど『お揃い』とか、まるで仲良しの友だち同士みたいじゃないか……って。
「知っていますか? 魔法の修練は同じ属性同士の者と一緒に行うことで効率が上がり、より効果的な成果をあげられるんですよ?」
「それって……」
「近々ルーファス兄さんに魔法の手解きを受けるのでしょう? その時はオレたちもご一緒しますよ、という遠回しなお誘いですかね?」
『くすくす』と笑いながらそう言われたことで、心の中に言いようもないほどの温もりが生まれた気がした。
何だろう?
直に心に触れたみたいな、そんな感じ?
今目の前で笑っているギルは優しさの塊のような人物だ。
それでいて、控えめで静けさとともにあるような……まるで月のような人。
「僕たち一年の半分は領地にいるけど、王都の別邸にいる間だったらいくらでも修練に付き合えるからね!」
続けて明るい調子で言ってきたのはヒュー。
こっちはギルとは真逆で、どこまでも暖かく躍動感に溢れる太陽のような存在だ。
「ランディが望んでくれるならいつだって応じるから。遠慮なく呼んでね!」
そんな嬉しい申し出までしてくれる。
望んでくれるなら……って、もちろんそうするに決まってる。
でも……
「ここでのことは、何があってもなかったことにされるんだろう……?」
皆、最初からそう言ってた。
だから、今こうして話していることも。
仲のいい友人同士のように話しているこの気安さも。
互いの愛称呼びも。
その何もかもが、全て、なかったことにされるんだろう……?
思い当たったその事実に、現実を思い知らされた気がした。
せっかく浮上した気持ちが一気に沈みかけたその時だった。
「……では」
柔らかく穏やかな口調で発せられた言葉がそれを遮った。
「その『なかったこと』を、なかったことにしてしまえばいいのですわ」
────え……?
「リリィ!」
「どこに行っていたのですか?」
「ルーファスお兄さまからの頼まれごとで少々……」
やってきたのは腕に淡い水色をした何かを抱いたリリーメイ嬢だった。
「それと妖精さんたちがこちらへと誘導するものですから、何かあったのかと思いまして」
《あのね、よんだの~》
《おうじさま、しょぼん……って……》
《かなしいの、ヤなの~》
《なの~!》
さっきも見た“大地の”属性の草花の妖精たちだった。
「だから……わざわざここまで来てくれたのか?」
その問いに返ったのは言葉ではなく、柔らかな微笑一つ。
「ものは言いようですのよ、殿下」
「えっ?」
「ここであったことは全てがなかったことにされる。誰もそのことを知る術はありませんの」
「……?」
「ですから。その『なかったことにされたという事実』は、当事者以外の誰にも知りようのないこと。逆もまた同じですわ。誰にも知りようがない事実ならば『なかったことをあったことにした』としても、誰もその真相を知ることなどできませんわよね? 当事者以外には」
「それってつまり……」
「さっきまで僕たちが話してたことを『なかったことにする』という事実を『なかったことにする』んだよ」
「否定の否定は即ち肯定。つまり、オレたちが先ほど話したことはちゃんとした『事実』として残るということですよ。当事者であるオレたちにしか知りようのないことですからね」
「じゃあ……さっきの一緒に修練するっていうのは、なかったことにならない? 約束していいんだって、思ってもいいのか?」
「もちろん!」
「もちろんです」
懸念が一気に払拭されたことで気が抜けてしまった。
同時に目の奥がじわりと熱くなったことは気のせいだと思うことにした。
絶妙なタイミングで現れ、的確な言葉を以てして俺の不安を払ってくれたリリーメイ嬢が、この時は救世の女神のように見えた。
────やっぱ、リリーメイ嬢も規格外なのか……?
思わずじっと見てしまった俺の視線に気づき、柔らかな笑みを返してくれるリリーメイ嬢。
そんな彼女に対して『規格外』だなんて失礼なことが言えるわけがない。
────彼女は普通だ
────普通の貴族令嬢のハズだ
そんな風に強く思った俺だったけれど。
まさかこの後、その彼女自身から『規格外』な部分をまざまざと見せつけられることになるだなんて思ってもいなかった。
大地属性に括られる草花たちの妖精は火の妖精と同じく喋りますが、こっちは舌っ足らずな幼い子どもみたいな感じなので拙い喋り方です(о´∀`о)




