月翳る静夜の子どもたち(ルーファス視点)
いつも見ていただいてありがとうございます(*・ω・)*_ _))ペコリン
ブクマも、評価も励みになっております(*´∀`*)
再び別視点でのお届けです!
”今宵、双月竜の片割れのうち【金月】を秘密裡に客人として迎え入れることとなった”
”緊急事態であるという【緋天竜】からの伝達を受け、急遽【金月の保護】という形でこの決定を下すこととする”
”またこの件に関しては、政治的観点から非ぬ疑いの目を向けられないよう、大人は一切の干渉を行わないことをここに示す”
”全ての権限は【緋天竜】の下にあるものとし、件の事の詳細は【緋天竜】の帰還を以て説明を受けた上でその指示を仰げ”
”それらを踏まえた上で、内密に事を運ぶよう通達する”
”【白幻竜】より【夜の子ども】たちへ”
「…………………………」
「難しい顔してるね、リリィ。その伝達手紙、ルーファス兄さんから?」
「……いいえ、お父さまからですわ」
「ルーヴェンスさまから? 一体何が書いてあったの?」
「……どうぞ、お読みになって、ヒュー」
「それ、僕が見ても大丈夫なものなの?」
「構いませんわ。【夜の子ども】たちへと宛てられたものですもの」
「なるほど。じゃあ遠慮なく読ませてもらうね」
「………………」
「………………」
「……ルーヴェンスさまからの指示書、か」
「表向きはそうですけれど、この権限の全てを握っているのはルーファスお兄さまのようですわね」
「……で、秘密裡に第二王子殿下を客人として連れ帰る、か……。何があったんだろうね、一体」
「分かりませんわ。この指示書によりますと、詳細は全てルーファスお兄さまに伺えとのこと。それも、前置きとして『緊急事態』とありますわ。余程のことがあったと考えたほうがよいかもしれません」
「そうだね。たぶんルーファス兄さんのことだ。すぐにでも王子殿下を連れて帰ってくるに違いないよ。リリィはどう考えてる?」
「わたくしもくヒューの言う通りになると考えていますわ」
「じゃあ、こっちもそのつもりで動かないといけないね」
「そうですわね。では手始めとして……既に第一段階の指示をお父さまから受け取っていることをルーファスお兄さまにお知らせするため、天へと標を送ることにいたしましょうか」
「灯りを燈すんだね?」
「ええ。手伝っていただけますか、ヒュー?」
「もちろんだよ」
「ありがとうございます。それでは、わたくしが燈した灯りを、一筋の道となるよう天へと浮かべて送っていただけますか?」
「任せて、リリィ!」
「お願いしますわ。それでは……まいります!」
”仄かなる夜の光を……”
「ホント……便利だよね、灯りの魔法」
「その便利さは、ヒューの力が一緒にあってこそ生きるものですわよ?」
「そうかな?」
「ええ、そうなのですわ。頼りにしておりますその力で、続きをお願いしてもよろしいでしょうか、ヒュー?」
「もちろん。頼りにされていると分かって張り切らないわけにはいかないからね! それじゃ……これらの灯り全部、天へと舞い上げるよ!」
「はい。お願いします、ヒュー」
「……うん、任せて。それじゃ、いくよ!」
”導きの風よ……”
「……少し、灯りが弱かったでしょうか?」
「十分だと思うよ。あまり明るすぎると逆に目立ってルーファス兄さんが動きづらくなると思う。どうしてもリリィから見て灯りが弱すぎると感じるようなら、灯りの道筋が二連でのそれになるよう風の流れを調節することもできるけど。ただ……僕個人としては、あまり灯りを強くしすぎたり、これ以上灯りの数を増やしたりするのはどうかと思うけどね」
「……………………」
「リリィ?」
「……いえ。ヒューの言う通りですわ。下手に灯りを強くしたり増やしたりして目立つようなことをしてしまっては『内密に』という指示から外れてしまいますものね」
「そういうこと。それに……別に灯りが弱かったとしてもルーファス兄さんは気づいてくれるよ。……まぁこの場合、気づくのはルーファス兄さんというよりはヴァイアランのほうが、というべきかもしれないけど」
「ヴァイアランは古代種の幻闇竜ですものね。夜の暗闇の中でもしっかりと目が利くのでしょうね。それに……個体としてもヴァイアランはとても優秀な竜ですから!」
「まぁそれもあるけど。実際に竜のほとんどは種に限らず夜行性だから夜に強いのは当たり前だからね、リリィ? ただ単にみんな人間の生活に合わせて普通に昼間も行動を共にしてくれてるってだけ。その証拠に、竜舎にいる竜は何もなければ昼間はほぼ寝てばっかりいるでしょ?」
「……言われてみたら。確かにみんなお昼の間は寝てばかりいますわね?」
「まぁ用があるその度に起きてもらってる状態だからね」
「気持ちよく眠っているところを起こされて不機嫌になったり、嫌がったりすることはありませんの?」
「それが全くないんだよね、奇跡的なことに。あれだけの数がいたら、寝起きが悪い個体が少しくらいいてもおかしくはないんだけどなぁ……」
「ふふっ。いいことではありませんか。寝起きで不機嫌になって暴れられたりしたら大変でしょう?」
「そうだね。他にも灼熱とか猛毒とかいった危険な『ブレス攻撃』されたりとかね」
「……まぁ、怖い。ふふっ」
「僕も自分で言っておきながら身震いしてきた。それされてる想像までしちゃったし」
「………………」
「………………」
「冗談言って笑ってる場合じゃないね。僕、ギル兄さんに事情を説明してくるよ。リリィはどうする?」
「わたくしはここでルーファスお兄さまの帰りを待つことにしますわ」
「分かった。それじゃ……大丈夫だとは思うけど気をつけて? それとも誰か呼ぼうか? マデリーンに来てもらって一緒にルーファス兄さんを待つ?」
「いえ。マデリーンは【夜の子ども】たちからは外れていますから、ここには呼ばないほうがいいかと」
「そっか……それなら、余計なことはせずに僕たちだけで対処するほうがいいのかもしれないね」
「この後のことは全てルーファスお兄さまからの指示に従いましょう。とりあえず今はわたくし一人だけでも大丈夫ですから」
「分かった。それじゃ僕、ギル兄さんのところに行ってくるよ。それと、母上とロザリアさまにも事情を説明してくるね。もう既にルーヴェンスさまから連絡がいっているかもしれないけど……一応、念のために……ね?」
「ええ。お願いしますね、ヒュー?」
「うん! じゃあ、また後でね、リリィ?」
「……………………」
「……月が、段々と翳り始めている……」
「ルーファスお兄さま……」
「どうか、早く帰っていらして…………」
~月翳る静夜の子どもたち~
……王子の息抜きどころではなくなった。
これは偶然なのか。
それとも必然なのか。
タイミングとしては、ある意味非常に最悪な形でランディは己の“唯一”と出逢ってしまった。
それも『あの時』のセディの状態に引き摺られるように、あまりにも近すぎる時期でそれが起きてしまうとは。
状況が状況だけに、その場に押し留めておくしか方法はなかった。
それがランディとその“唯一”とを引き離すという残酷な結果になると分かっていながら、その方法しか取れなかった自分に酷い嫌悪感を覚えている。
臣下としては、決して間違ったことはしていないと胸を張って言い切れる。
だが……しかし。
『人として』は、最低最悪なことをやってしまったという自己嫌悪に強く苛まれてしまった。
『これが正解だ』と選んだはずのそれが、とんでもない間違いを引き起こす要因となり、それが今のこの結果として残されてしまったわけだ。
「……クソッ!」
悪態をつくと同時にガシガシと乱暴に髪を搔き上げた。
もっと他にやりようがあったんじゃないかと考えを巡らせるも、何も浮かんできやしない。
あれがあの場での最善策だったということ以外は。
その最善策で、この幼い王子をボロボロに追い詰めてしまってるのだから相当に始末が悪い。
この状態のランディを王城に連れ帰れるわけがないだろう。
仮に連れ帰ったとしてその後はどうなる?
事情は全て説明できるが、その後のフォローは一体誰がやれるというのか。
任せられる相手がまずいない。
本来であれば、ここはランディの実の親である両陛下に全てを話してその後のケアやフォローを願うべきなのだろう。
だが……今回のことに関して言えば『それは避けたほうがいいのではないか』という考えが浮かび、最も最適で妥当であるはずの手段を真っ向から否定する。
否定すべきだという理由などどこにもない。
ただ……そう感じるだけだ。
直感的にそのように感じた、ともいうべきか。
とにかく『大人が絡むとややこしいことになる』という、嫌な予感がこの時はしたわけだ。
「…………ノーヴァ邸に来るか、ランディ?」
「!」
未だオレにしがみついたまま泣き続けるランディの頭を撫でつつそう訊ねる。
思いつきだけのそれで簡単に実行に移せることではないが、この状態のランディを王城に連れ帰るよりはずっといいはずだ。
まぁ、あくまでも決めるのはランディだ。
ここで『嫌だ』と言うなら当初の予定通りに王城に帰すことになるのだが。
「……城には……帰りたく、ない…………」
ゆるゆると緩慢な動きで顔を上げたランディが、言葉に詰まりながらも『王城には帰りたくない』と口にした。
ほんの僅かではあるが、オレのシャツを掴む手に今以上の力が込められた気がする。
それがまるで助けを求めているサインのようにも思えて、オレはその小さな身体を更に引き寄せる形で腕の中に抱き込んだ。
「……分かった」
ポンポンと優しく背中を撫でてから、ランディの顔を覗き込む。
「このまま黙って連れて帰るわけにはいかないから若干の手回しが要る。もう少しだけ待てるか?」
「…………」
声にはならなかったが、無言での頷きが返ったことで了承の意と捉える。
「それじゃ今から連れていくための許可を取る。絶対に反対はさせないからそこだけは安心していい」
「……うん」
もう一度ランディの背を軽く撫でてからバッグの中から羊皮紙とペンを取り出す。
『お伺い』という名が付くが、一応これは申請書扱いになるからな。
ウォーレンに送った時のような簡易的なメモで遣り取りをするわけにはいかない。
「……ルーファス」
「ん?」
「理由、書くのか……?」
涙の膜に覆われて焦点の合わない視線が、それでも必死さを滲ませながらオレと目を合わせようとこちらを見上げてくる。
「バカ正直には書かねぇよ」
「けど……」
まぁ……心配なんだろうな。
公文書偽造やら改竄といった部分を懸念しているのが半分、同時に己の現状を身内に知られたくないという恐れの気持ちが半分といったところか。
「嘘は書かねぇ」
そう。
元より虚偽の報告など上げるつもりはない。
だが……
「ま、本当のことも書かねぇけど」
「え……?」
「嘘を書くつもりはねぇ。単に真実を解りにくく捻じ曲げて書くだけだ。ただ……」
絶対に外せないことがある。
「お前が『唯一』を見つけたこと。これだけは報告から外すことができない」
「!」
「これがないと、お前を『王城に連れて帰らない』という理由にはならないから」
「……分かった」
渋々といった感じではあったが納得したようで一先ず安心した。
「己の『唯一』と出逢えた時の反応は人それぞれだ。理由として納得させるにはそれだけで十分なんだよ」
「……人それぞれ?」
「ああ」
「兄上は、こんなんじゃなかった……」
「……そうだな。セディの時は、まだ理性が本能を抑え込んでいた部分があったから、ある意味取り乱しているようには見えなかっただろうな。まぁ……相手がその場にいなかったことで抑えられていたとも言えなくはないが」
そう。
あの時、セディはリリィとは会っていない。
にも関わらず、セディはリリィを己の”唯一無二”だと断言し、オレに向かって『リリィが欲しい』とハッキリと宣言した。
その時点でらしくない行動に出ていたことをセディはおそらく自覚していない。
取り乱していないように見えたところで、それはあくまでも表面的なもの。
オレの目からは十分『本能が暴れ出しそうになるところを必死に抑え込んでいた』ように見えていたよ。
もしあの時、セディの目の前にリリィがいたとしたらどうなっていたか。
そのまま理性で本能を抑えつけられたのか。
それとも本能のままにリリィを己の腕に閉じ込めてしまったのか。
どちらも想像できることであり、そのどちらも否定できるという、どっちつかずの危うい状況ではあった。
だから敢えてリリィのことに触れられたことが不快だったという体で激怒してみせた。
結果は言わずもがな、だ。
あの場で落ち着いてくれてよかったと思うと同時に、厄介な血の本能だとも思った。
オレたちドラグニア王国人の始祖は、元は竜と一つの存在とされた竜人族だ。
長い歴史を積み重ねていくと同時に本来の竜人としての血は徐々に薄れゆき、人族としてこの地に足をつけて生きてはいるが、やはり根底にあるモノは完全に消し去ることなど叶わなかったのだろう。
今でもまだ、その名残が残っているのだ。
だからこそ己の絶対的な”唯一”となる存在に焦がれる。
それもある日突然に、だ。
ある者は出逢うと同時に。
またある者は、己の”唯一”である存在がこの世に生を受けたのと同時に。
また或いは、邂逅を重ねていくことで少しずつ気づいたり。
その部分に関しては個々人で様々だ。
極端に言えば、一生のうちに”唯一”と出逢わない者だって存在する。
寧ろ出逢わない者のほうが大半だ。
つまり、”唯一”という存在は……竜人族であった時の”番”という存在と同義であるということ。
今でこそ違った名称で呼ばれるようになっているが、意味合いは全く同じで、それに関わる性質もまた何一つ変わっちゃいない。
最も厄介なのは、何事に於いても番が最優先であるということ。
王国がまだ国としての機能を持たなかった時代であれば、それは当たり前のように許されたことであり、何よりも幸せな時間を心ゆくまで噛み締められたことだろう。
だが、今は違う。
始祖の時代とは違い、ドラグニア王国に住まう全ての者は嘗ての竜人族としてではなく、人族として生きている。
広大な国を支えるため、中央、地方に関わらず権力者を立て、民を纏め、その地を守り、より一層の繁栄を願いながら国のために尽くす。
『国家』として成り立ち、その機能が十分に成されている今日で、己の“唯一”である番を最優先にする者が、果たして国の頂点に君臨していいものか。
いいはずがないだろう。
万が一そのようなことが起ころうものなら、時を待たずして国は崩壊への一途を辿る。
その時の流れが突然であろうが緩やかであろうが、滅びへの道は決して避けられない。
本能に狂い、己の“唯一”である者のことだけしか考えられない一国の王が、大勢の民のことを思いやることなど到底不可能だ。
そんな番狂いの愚王を立たせないためにも、王太子たるセディに本能に負けてもらうわけにはいかなかった。
そしてそれは、ランディにも同じことが言える。
もし……
もしも二人が王子ではなく。
また、何の権力も持たない一般階級の民と変わらない立場であったならば。
己の“唯一”を見つけたのだと分かった瞬間にその背を押し、少しでも早くその幸せを掴みにいってほしいと送り出したことだろう。
『よかったな』と笑ってその幸せを喜んであげられたことだろう。
そうできないことが、酷く後ろめたい。
人として己が最低だと思えた瞬間だった。
────なぁ、父上……
────オレがやったことは正解なのか……?
────それとも間違っているのか……?
自分の中では答えは出せない。
だからといって、自分以外の誰かにその答えを聞いたとして、それが正しいことなのかどうか判別する材料もない。
本当は、正しい答えなんて最初から存在しないことくらい分かっていたんだ。
それでも誰かから答えを聞きたいと思ったのは、オレ自身が迷って動けないでいるから。
たぶん、返る言葉なんて何でもよかったのだと思う。
ただ……迷って動けない自分を強引にでも動かすための切っ掛けが欲しかっただけに過ぎなかったんだ。
そのことに気がついたのは、情けないことに、この件の全ての権限をオレが請け負って無事にランディを王城に帰すことができた後、父上に『よくやった』と褒められてからになるんだけど……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あれこれと頭の中で思いを巡らせつつ、悩むべきところで悩み、最低限の事実で納得できるような内容の文面を考えるのは想像以上に骨が折れた。
改めて無難な説明ってものは難しいものだと思い知らされる。
事の全容を詳らかにせず、ほんの僅かな真実だけで相手を納得させるのは至難の業だ。
それも……相手が相手だけに。
直接的ではなく遠回しに。
それでいて、更にその相手からまた別の誰かへと事を伝えてもらう必要があるため、どこまで真実を表に出していいのか散々悩んだ。
その結果、自分としては有り得ないほどの時間を割くことになってしまったわけだ。
たかが羊皮紙一枚分の報告を上げるだけで。
とりあえず自分の中では納得できる内容に仕上がったため、一息つく間もなくそれを父上へと向けて飛ばした。
緊急を要する際の伝達魔法を用いて。
返信までには時間がかかる。
アレを受け取った後の父上が真っ先に行うとすれば、それは上への報告。
つまりは両陛下への謁見。
これにどれだけの時間がかかるか分からないが『緊急時』という部分でどれだけの短縮が望めるのかがカギだ。
あと、報告するべき相手としては宰相と宮中伯だろうか。
ランディを連れ出す際に一緒にいたセディとユニファ嬢、それからジーンには後にそれぞれの親───両陛下と宰相───からある程度の事情が説明されると見ている。
特に宮中伯に関しては慎重にならざるを得ないと踏んでいる。
それは改めて来週末にと定めたレオとの顔合わせがあるからだ。
一週間後までにランディがどれだけの落ち着きを取り戻せるかが問題だが、その時の状況次第ではそれも難しくなる。
先送りは必至と考えるのがよさそうだ。
こうやって一つ一つを慎重に順序立てて考えてみると、そのどれもこれもが頭の痛くなる問題ばかりだ。
今回の件は緊急のため、間に父上に入ってもらう形を取らせてもらったがそれだけで済ませられることではない。
近いうち───早ければ、いくら遅い時間であろうが今夜のうちに登城しての説明を求められるかもしれない。
「はぁ……マジで厄介すぎる……」
思わず漏れ出た溜息とともに吐き出したのは我ながら情けない弱音だったと思う。
幸いだったのは、泣き疲れて眠ってしまったランディにこの弱音が聞かれなかったことだ。
「……ただ待つだけの時間とは、なんでこうも長く感じるんだろうなぁ」
再び零れた溜息混じりの独り言。
誰も反応しないと分かっていたからこそ吐き出したそれにまさかの返事が返った。
《そりゃあ、待つだけの時間ってのは退屈だからだろ? なぁ~に当たり前のこと言ってんだよ、若》
明るい色合いの火を纏って突如オレの目の前に現れたのは、馴染みの“火の”妖精だった。
こんな上空にまでやってくるとは思わなかったオレは、思わず指差してしまうくらいに驚きを隠せなかった。
「は……? オマエ、なんで……?」
《……迎えにきた。あっちはあっちで色々とあってさぁ……。つか若! マジでチビ若のヤツ何とかしてくんない!? あのチビ何回言っても俺っちに頬擦りかましてくんだけど!? ヘタすりゃ火傷だぞ、火傷!? 痛いの『やぁ~!』とか言うクセにやめねぇのはなんで!? も~ぅこっちはアイツに怪我させまいと必死になってるってのにその気持ちを欠片も分かっちゃくんねぇんだ!!》
「……あのな。もうすぐ3歳っていう子どもにそれを理解しろってのはフツウに考えても無理があるだろ?」
《それでも『いい』と『悪い』の分別くらいはつけられるだろうがよ! 何なのチビ若!? 俺っち限定での反抗期到来なわけ!? そうだったら俺っち泣くぞ!? お~よょょょょ…………》
「もう泣いてんじゃねぇか! しかもわざとらしい! ……ったく。ルディの戯れなんざ全然かわいいじゃねぇか。寧ろ泣きたいのはこっちのほうだっつの!」
更に本音が零れ落ちたところで“火の”がわざとらしいまでの泣きを引っ込めた。
《……それってさ。若の腕の中で泣き疲れて眠ってるこの“風の王子”が原因か?》
一転して真面目な表情を作った“火の”言葉に、今度こそ隠すことなく盛大な溜息をついた。
「……オマエら妖精の間じゃどんなことでもほぼほぼ筒抜けだろうが。それこそ種族、属性問わずしてな」
《まぁそうだけど。ただな? それでも信じるのは、実際に自分の目で見たものに限るんだって。……それと一応、“声”だけは聞いてたよ》
「声?」
《そう。声》
言いながら“火の”が珍しく痛ましい表情で軽く目を伏せた。
《……今までにないほどの“声”だったから、少しばかり気にしてたんだ。思わず耳を塞ぎたくなるような、夥しいまでの“大気の嘆き”……。聞いてるだけで、こっちまで泣きたくなるくらいに、哀しい“声”だったよ……》
普段の騒々しさとはかけ離れた静かな落ち着いた声で“火の”妖精は続ける。
《最初は、どこの誰が泣いてんだって思った。まさか……それが“風の王子”の嘆きで、そこに若が関係してるなんて思ってもなかったよ》
そっと伸ばされた小さな手が、赤く腫れ上がったランディの目元を優しく撫でた。
《……若。コイツ、起こしたほうがいい》
「オマエ、何言って……泣き疲れて寝てるんだぞ? それもやっとのことで」
《分かってる。けど……その泣いた原因が己の“番”と引き離されたことにあるなら……眠った先の世界で見るのは紛れもない悪夢だぜ? 若は、夢の中でも“風の王子”が傷ついてもいいってのか? 目が覚めている現実の世界でさえ、あれだけ傷ついてたってのに?》
「……そんなの。言うまでもねぇだろうが。誰が、これ以上傷つくって分かってて、見ぬふりをするってんだ」
《だよな。若ならそう言うって分かってた。“風の”連中じゃなくて俺っちが来て正解だったな》
「どういう意味だ?」
《“風の”連中が来たところで“風の王子”を起こすまでには至らなかっただろうからさ。最初は“風の”ヤツらが行きたがっててうるさかったんだぜ? よっぽど“風の王子”が心配で側に寄り添ってたかったんだろうなぁ……》
しみじみと噛み締めるように言う“火の”言葉を聞きながら思ったのは、ランディはよほど“風の”に気に入られたようだな、ということ。
《けど“風の”連中は俺っちたち“火の”輩と違って喋れないし? ある程度意思の疎通が図れたとしても、細かいとこまでは伝えられないだろうな……ってことで、俺っちが迎えにいくよう頼まれたってワケだ》
「頼まれた? 誰から?」
《“愛し子たち”から》
「……ギルとヒューか?」
《そう。片翼の末裔で“水”と“風”の“愛し子たち”な? それと、姫さんが光の標を燈して待ってる、と》
「リリィもなのか?」
《『最初の指示は受け取っているってことを伝えてほしい』って頼まれたんだ。迎えにきたのはそのためだよ》
「そうだったのか。先に向こうに指示が行ったのか」
まずはこっちに来るものだと思っていた指示が、先に向こうに行っていたという事実に少しだけ力が抜けた。
思っていた以上に気を張り詰めすぎていたらしい。
ゆっくりと深呼吸をし、気を取り直そうとしたその時だった。
馴染んだ魔力の塊がオレに向かって真っ直ぐ飛んできたのは。
「!」
握り締める形で掴んだそれは、待ち侘びていた父上からの指示書だった。
サッと目を走らせ、再び深呼吸を繰り返す。
《……指示書、何だって、若?》
「要約すると、全権をオレに任せるってこと。ついでに大人は一切不介入」
《ふ~ん……》
自分から訊いておきながら全く興味なさそうな反応を返した“火の”に、思わず『デコピンを食らわせてやろうか』と考え、やめた。
なぜならその直後に明るい顔でパッと笑ってみせながら、
《よかったじゃん!》
……と、本心からの言葉をくれたからだ。
《ヘタに大人が入ってくると、遠慮とかある種の恐れ心とかから思ったことを口にできなくなったりするもんな。こういうのってさ、子どもは子ども同士でやったほうが上手く解決に導けたりするものなんだよ》
ニカッと得意気に笑った“火の”は、続けて眠っているランディを起こしにかかった。
軽くだが無遠慮に頬をペチペチと叩きながら。
「……ん、うぅ〜……」
《お~い! 王子~、時間だぞ~、起きろ~!》
尚もペチペチとやりながら声をかけ続けることおおよそ3分。
さすがにペチペチされ続けたのがウザかったのか、ランディがゆるゆると目を覚ました。
《お? やっと起きたか、寝坊助王子?》
「ん……誰だ……?」
完全に覚醒しきっていないようで半分寝ぼけているのだろう。
“火の”を目の前にしながらも、その姿を視界に捉えきれていないらしい。
《俺っちか? えっへん! 聞いて驚け! 俺っちは“風の”連中とは属性違いのお仲間だ。若たちはみんな俺っち含めた全員を“火の”って呼んでるけどな! ま、ハジメマシテってことで一つヨロシク頼むぜ? “風の王子”サンよぉ?》
「…………へ?」
《オイ、ホントに起きてっか? 実は目ぇ開けたまま寝てるとかじゃないよな?》
呆然としているランディを見て『驚きすぎて、ただ呆けてるだけだな』と判断する。
先ほどの大泣きを忘れたかのように“火の”をひたすら見ているその姿に若干だが安心できた。
呆けているままのランディの頭をポンと撫でる。
「!」
そうすることでようやっと我に返ったランディが、驚きの表情を隠さないままオレの顔を見上げた。
「許可が下りた。帰るぞ」
「あ……うん」
「“火の”ヤツ見ていつまでも呆けていたら心の余裕がなくなるぞ? それこそノーヴァ邸に帰ったら妖精たちが属性問わずわんさかいるからな」
《そうそう。今のうちに俺っちで慣れてくれよな、“風の王子”!》
「ちが……そうじゃなくて、なんで妖精が喋って……? や、それよりも『風の王子』って何だよ!?」
驚き、戸惑い、それから若干の混乱もあるのだろう。
見慣れない存在に動揺しながらも質問を繰り返すランディが少しだけ元気を取り戻してくれたように見えて、このまま帰り着くまでの間ランディの相手を“火の”ヤツに任せておくことにした。
ほんの少しの間だけでも、“火の”に相手をしてもらうことであの重苦しく感じていたであろう気持ちを忘れてもらいたかったからだ。
「ヴァイアラン」
そっと愛竜の背を撫で、ここから発つよう合図を送る。
心得たように控えめな咆哮を上げたヴァイアランに、リリィが燈したという光の標(オレにはまだ見えない)に沿って飛ぶように指示を出した。
最初はゆっくりと静かに。
それから、徐々にその翔きは強くなり、オレたちはあっという間にクララットの上空から去ることとなる。
たとえ王都の一番端の位置にあろうとも、優秀な愛竜にかかれば、王城から真北の方向にある広大なラトレア湖を挟んで居を構えたノーヴァの別邸まではあっという間だ。
光の標の道に沿い、辿り着いたノーヴァ邸は、広々とした敷地内の大半が奥庭という、少しばかり特殊な造りの邸だ。
その奥庭の更に奥に建てられた竜舎の側に、仄かな柔らかい灯りがぽつりと燈っているのが見えた。
「……あ」
ヴァイアランが降下するにつれて目に入ったその灯りを手にしていたのは、オレの可愛い妹リリーメイだった。
魔法なのか。
それとも本物か。
どちらとも言えない変わった作りの灯りを掲げながら空を見上げているリリィ。
そのリリィが、柔らかな微笑みを浮かべ、こちらを見上げたまま空いているほうの手をゆっくりと振ってくれている。
『おかえりなさい、ルーファスお兄さま』
空と地上とでかなりの距離があるはずなのに。
こちらを見上げて微笑むリリィの口から、そんな出迎えの言葉が聞こえた気がした……─────
冒頭の捻じ曲げ表現の指示書のアレ
双月竜→王子殿下を差す。王太子セドリックと第二王子ランドールのこと
金月→第二王子ランドールを差す。因みに王太子セドリックを差す言葉は【銀月】。金銀とは髪の色から。
緋天竜→ルーファスを差す。個人を示す色と生まれ月との組み合わせから
白幻竜→ノーヴァ公爵でルーファスのパパンを差す。同じく個人を示す色と生まれ月の組み合わせから
夜の子ども→ノーヴァ公爵家、及び分家筋であるノースレイヴ辺境伯家の邸内にいる成人していない者全てを対象に、指示書が届いた時点で『起きている』者を差す。個人を差すものではなく、仕える使用人もその対象に入っている。今回は『【夜の子ども】たち』という指示のため、起きている未成年者は全員手伝って~的な感じ。




