噂話の王子さま
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久々のフローレン視点です♪
~噂話の王子さま~
ランタン通りをくるりと廻る形で存分に幻想的な光景を堪能した私は、再びマイヤちゃんのお屋敷へと戻ってきた。
大人たちは相変わらずお酒を片手に仕事の話で盛り上がっているのだろう。
もうしばらくは帰ってきそうにないなという互いの考えが一致し、とりあえずお茶をちびちび飲みつつ大人たちの帰りを待つことにした。
『早くて30分後くらい?』
『いや、お酒入ってるともっとじゃない?』
なんてことをマイヤちゃんと話していたら、意外なことに大人たちはすぐに戻ってきた。
ちょうどお茶を飲み始めてすぐのことだった。
え?
早くない?
そう思ったのは私だけではなかったようで、マイヤちゃんも意外だと言わんばかりの顔で自分の両親の顔を交互に見ていた。
「父さんも母さんも早くない?」
私が思っていたことをマイヤちゃんがハッキリと口にした。
それはもうどキッパリと。
そんなマイヤちゃんの言葉に、揃って困ったように苦笑しながらマイヤちゃんのご両親は宥めるようにマイヤちゃんの頭を撫でている。
「子どもたちだけで先に帰して、自分たちが遅くなるわけにはいかないだろう?」
「そうは言うけど普段はもっと遅いじゃない!」
お父さんの言葉を聞いて頬を膨らませながらマイヤちゃんが抗議の声を上げる。
マイヤちゃんが言うには、いつもいつもこのパターンになった時の帰りはとにかく遅いのだそうだ。
先に子どもたちだけで帰り、迎えがあるまでジェフリーくんの家で待ち続けているのが常なのだとか。
今回はジェフリーくんもケヴィンくんも一緒じゃなかったから帰る先は当たり前のように自宅であるラバッツ家のお屋敷。
さすがにお屋敷の中に女の子二人だけというのは心配なので早い段階で切り上げてきたのだとマイヤちゃんのお父さんは言う。
ちなみにジェフリーくんのお家であるターナー商会ではご両親ともに仕事が忙しく、歳の離れたお兄さんも既に事業に携わっていることから、誰も子どもたちの面倒を見る人がいないということで住み込みのお手伝いさんを二人ほど雇っているのだそう。
そのお手伝いさんがいてくれるため、多少遅くなっても安心して預けていられたらしい。
けれど今回は大人が誰一人いないお屋敷に女の子二人だけ。
いくら大事な仕事の話といえど長居などしていられない、というのが今回早く引き上げることになった理由だと苦笑しながらマイヤちゃんのお父さんは話してくれた。
「リマさんの帰宅を遅らせてしまうわけにもいきませんしね」
続けてそう言ったのはマイヤちゃんのお母さんだ。
「他にもね、ランタン通りのほうで騒ぎがあったみたいなのよ。もしかしたら二人がランタン通りを見に行って騒ぎに巻き込まれていたりしないかという心配もあって早めに戻ることにしたというわけなの」
……と、更に続いたお母さまの言葉を聞いて、私とマイヤちゃんは顔を見合せた。
「騒ぎ?」
「そんなのあった?」
「人が多くてざわざわしてたけど……」
「それは催しの時はいつも」
「じゃあ騒ぎっていうのは……?」
「揉め事でも起きたってこと?」
え~……それって怒鳴り合いとか殴り合いの乱闘があったってことなの……?
あんな幻想的な光景の中でそんな無粋なことが起きてたなんて嫌だなぁ……
そんなことを思って顔を顰めていると、お母さまが苦笑しながら『違うの、物騒なことじゃないのよ?』と私たちの頭を交互に撫でてくれた。
「噂みたいな形で色々な人たちの言う言葉が錯綜していてね? 何でも高貴な方がお忍びで来ているらしい……というのが始まりだったかしら?」
「そうだな。やんごとなき身分の方がどうのだとか。あれはお忍びの王子殿下だとかいう言葉もあったか……」
マイヤちゃんのお母さんに続いて、マイヤちゃんのお父さんも思い出したようにそう言った。
「終いには町の外れで竜を見たという声もあったわね」
「竜!? ママ、見たの!? どんな感じの竜だった!?」
「待って。落ち着いて、エマちゃん。あくまでもそういう言葉が噂として流れていただけでわたくし自身が直接見たわけではないのよ」
「……そうなんだ」
……残念だ。
どんな竜なのか知りたかったのに。
っていうか……
────すっっっっっごく見たかったよ!!!
そんな私の内心をしっかりと読み取ったのだろう。
お母さまが苦笑しながら私を抱き上げ、そのままずっと頭を撫で続けた。
後ろに控えているヴェーダとメリダも似たような表情だ。
「そのうち見られるわ」
「本当?」
「ええ、きっと」
今度は宥めるようにポンポンと背中を軽く叩かれた。
ちょっと誤魔化されている気がしないでもないけど、久々のお母さまからの甘やかしだ。
遠慮なく享受することにしてぎゅっとしがみついた。
「まぁ、うふふ」
お母さまはお母さまで、私が甘えていると分かって嬉しそうだ。
うん。
たまにはこういった母娘の触れ合いがないとだね。
一緒に食事やお茶をする時間は取れても、甘えたり甘やかされたりといった時間はなかなか取れないから。
この先成長していく中でその時間はもっともっと減っていくことだろう。
だからこそ、今のうちに取れる時間を少しでも増やしたほうがいいのかもしれない。
いつまでもずっと、円満仲良し家族でいられるためにもね!
そんなことを考えながらお母さまにしがみついたままゴロゴロと猫のように甘えていたら話題がさっきの『王子殿下云々』に戻った。
「あまり信憑性はないものと思われますな」
「……確かに。高貴な身分の方が護衛もなしに夜の町を訪れるだなんてまず考えられませんから」
「では、見間違いや勘違いかもしれないと?」
「実際に王子殿下の顔を見たという話も、名前を聞いたという話もないようでしたから」
「お忍びで参加している貴族の若いご令息を見て、そのように思い込んでしまったとも考えられますね」
「お目にかかる機会などほぼないにも等しい天上人のような方ですからな」
……なんていう会話が大人たちの間で続いている。
「顔がすごくキレイで王子様みたいな男の子たちは見たんだけどね」
「マイヤちゃんがさっき言ってた兄弟っぽい男の子のこと?」
「そう」
そのマイヤちゃんの言葉に大人が食いつき、どんな見た目だったかを質問攻めにした。
いきなり詰め寄られてたじろいだマイヤちゃんだったけど、私も見てないからどんな感じの男の子だったのか知りたくて一緒に質問攻めにしてしまった。
「……細かくは覚えていないけど。一人が私よりも年上でもう一人がエマちゃんと同じくらいの年頃に見えたわ。髪の色はたぶん薄めの茶色? 目の色は暗めの赤と青だったかな? 周りが暗かったのと、ランタンの灯りで色んな方向から色んな色の光を反射するように照らされてたからその辺はちょっと自信がない。でも二人ともとってもキレイな顔をしていたわ。服装はシンプルなデザインだったけど、ジェフやケヴィンが着ているようなものと似たような感じだったかも」
マイヤちゃんの言葉を聞いてお母さまが一つ頷いた。
「……その特徴は王子殿下ではないわね。聞いた感じではどこか別の街から来た裕福な商家の子息か、それこそお忍びの貴族の子息の可能性が高いわ」
「そうなんですか、リマさん?」
「ええ。先ほども言ったように、王子殿下だったらまず護衛がいないはずがないから。マイヤちゃんが見たのは、男の子二人だけだったのでしょう?」
「はい」
「その時点で王子殿下ではないと言い切れるわね。それに……現国王陛下のお子であられる王子殿下は年子だから、二人の男の子に年齢差がある時点でも違うと言い切れるわ」
「へぇ……王子様って年子の兄弟だったんですね」
「そうよ。男爵に陞爵予定の家のご令嬢であるあなたでもこういう事実を知らなかったということは、他の大半の人も同じように王子殿下の顔も年も知らないということになるわ。そんな中でああいう噂話が飛び交ってしまったら、何が真実なのか分からなくなる一方よね?」
「お披露目とかしないの? 王族って跡継ぎが生まれたら大々的に発表して顔見せとかしてそうなのに?」
普通はそうするんじゃないかな……という疑問が浮かんだので訊ねてみた。
「基本的にシグゲイツ王家の子は誕生時のお披露目はしないわね。成人の儀で初めて国民の前に姿を見せることになっているから。家と家の繋ぎという意味で貴族の間では早くに顔合わせを行うこともあるけれど、それもごく一部の関係者だけに限られるの。だから本当の意味で王子殿下の顔が知られるようになるのは、殿下方が成人してそれ以降のことになるわね」
「その顔合わせをする関係者っていうのは大人だけの話? それとも子どもも同じ?」
「どちらにも言える話よ。大人に限って言えば中央に近い家系ほど殿下方との面識の機会はある。けれど……親がそうでも子も同じだとは限らないの」
「……ということは、子どもはほとんど知らないけど、大人は知っている人がそれなりにいるってこと?」
「そういうことになるわね」
大国にしては珍しい慣習だな。
跡継ぎが誕生したら、おめでたいことだと国中がお祝いモードになってもおかしくないのに。
それこそ誕生日を迎える毎にお祭りとか開催されてそう。
ドラグニア王国ではそういう風潮はないのか。
「……確かに我々のような半分平民の準貴族には王子殿下のことはおろか、王家の話すら聞く機会はありませんからな。顔も名前も知らないのは別におかしなことではないのかもしれません」
「実際にわたくしも王子殿下とはまだお会いしたことはないのよね。旦那様は何度かお会いしているかと思うけれど」
「ママも会ったことないの!?」
「機会がないもの。王妃殿下とはお茶飲み友だちではあるのだけれど」
「王妃さまとは会ってるのに王子さまとは一度も会ったことないなんて……」
「普通に有り得ないと思うでしょう? でも本当に一度も会ったことがないのよ」
頬に手を当てて上品に笑うお母さまを見ると決して嘘などついていないことが分かる。
「色々と大変なのよ。柵や警護といった面を考えると、少しでも余計な人との接触をさせない方向へと考えは向かってしまうものだわ」
「お城の中で守られているってこと?」
「ある意味ではそういうことになるわね」
「王族って色々と面倒なんですね……」
「そうね。その分、成人して顔出しをした後は大変だと思うわ。現国王陛下の時も大きく騒がれたものよ」
「……ああ。あの時の騒ぎはそれだったのですか」
「国中を挙げてのお祭り騒ぎになっていたものね。今代は王子殿下が二人いらっしゃるから、その騒ぎも二度起こることになるわね」
『うふふ』と笑いながら言うお母さまは楽しそうだ。
結局『王子殿下がお忍びでクララットに来た』という話は何かの間違いだろう、ということで落ち着いた。
それが真実かどうかは別として。
「それにしても、年々お忍びで訪れる貴族の数が増えているようね?」
「はい、おかげさまで。出店の売上を寄付金に、という案をいただいてからは、ますます貴族の方のご参加が多くなりました。特にご婦人の間では好評のようで、気軽に寄付がしやすいとお茶会や夜会などで話題にしていただけているようです」
「目立ちたくないという理由で、表立って寄付をすることに躊躇いを覚える方も多くいらっしゃるでしょうから、とてもいい案だったとわたくしも思いますわ。こちらの案は確か……」
「ご領主様の奥方様からです」
「なるほど……彼女からの案だったのね」
『うんうん』と納得するお母さまをじっと見つめる。
この様子から察するに、どうやらお母さまは領主さまの奥方さまと知り合いらしい。
それもかなり仲が良さそうだ。
「はい。奥方様からの案があって寄付金集めの方針を切り替えてみたところ、クララットの催しにお忍びで参加される貴族の方が年々増加の傾向にあります。出店している出店の売上の半分以上が寄付金として納められることから、顔や名を出さずに手軽に寄付ができるとの認識が広まったからだと思われます。特に名が知られている高位貴族の方々ほど『お忍びで参加』という方法を取られているのがほとんどですね。主催側としてはとてもありがたいことですが、どこのどなたからの寄付になるかが分からないため、個人個人の方にお礼を申し上げられないことが唯一心苦しい点ではあります」
「それは致し方ないと思うわ。匿名性がある寄付行為だからこそ多くの方がお金を出してくれているのだし。寄付へのお礼に関しては、翌年の催しを更に盛り上げていくことで返していくことが一番ではないかしら?」
「そうですね。そのように長く続けていけたらと考えております」
「少しずつ催しの規模を拡大していくのも一つの手ね」
「ええ。その辺りは領主様との兼ね合いもありますし、来年度の催しからとするには些か難しいかもしれませんが、規模の拡大は前々から考えていたことですので早い段階で実現させたいとは考えております」
ま~た大人はお仕事の話だよ。
お母さまに抱っこされたままの状態でそれを聞いている私と、直ぐ側で見上げる形のマイヤちゃん。
お互いにげんなりとした表情でタイミングよく顔を見合わせながら同時に溜息をついた。
「お仕事の話は終わったんじゃなかったの?」
「エマちゃんを間に挟んでする話じゃないと思うわ、父さんも母さんも」
「難しい話をするなら下ろして、ママ」
ここぞとばかりに子どもであることを主張し、更にはマイヤちゃんからの援護を受けてこの場からの離脱を考える私。
さすがにお仕事の話をしているお母さまにゴロゴロ甘えるわけにはいかないからね。
「あら。そんなつもりはなかったのだけれど、いつの間にかお仕事の話になってしまっていたわね」
「いやはや、本当に。子どもの前で延々と仕事の話をするのは大人の悪い癖ですな」
「ええ、そうですわね」
『ははは』『ふふふ』と苦笑しながら大人たちは仕事の話を強引に終わらせてしまった。
別に帰る時間までなら好きなだけお仕事の話をしてもらってもいいんだけどね。
その間、私はマイヤちゃんと一緒におしゃべりするつもりでいたし。
けれどお母さまは『さすがにこれ以上の長居は明日に差し支える』と言って、帰宅する旨をマイヤちゃんのお父さんとお母さんに伝えていた。
催しには明日も参加し、当然ながら今日と同じく出店にも立つことになっている。
私のお手伝いもまた然り。
そういうわけで、帰りが遅くなればなるほどきつくなるのだ。
……主に私が。
気持ちはバリバリに元気で絶好調でも身体は幼女ですからね。
たぶん眠気には勝てないと思うんですよ。
今の時間がもうすぐ20時半になろうとしているところ。
これからお邸に帰ったとして、到着するのは21時を過ぎるだろう。
この時点で幼女はもう寝る時間でしょ?
だけど私には帰ってからやることがある。
それは兄さまのお誕生日プレゼントとして、明日のガラス工房の体験で何を作るか考えることだ。
漠然と『これを作ろう』という案はあるんだけど、兄さまが実際に持っていたら被っちゃうしな……という懸念もある。
そういうわけで、兄さまが留守の間にリーシェとマリエラに協力してもらって兄さまの私室に侵入し、それらしいものを持っているかいないかのチェックを入れさせてもらおうと思っているのだ。
決してガサ入れじゃないからね!?
あくまでもあるかないかの調査ですから!
「それじゃエマちゃん、帰りましょうか?」
「はぁい、ママ」
既に帰りの馬車の準備は済んでいるらしく、お母さまに呼ばれると同時に手を引かれた。
「それではまた明日、よろしくお願いいたしますね、ラバッツ夫妻」
「はい。こちらこそよろしくお願いします、リマさん」
「道中お気をつけて」
「ええ。マイヤちゃんもまた明日よろしくね?」
「はい。リマさん、今日はどうもありがとうございました。また明日もよろしくお願いします」
まず先にお母さまがあいさつをするのを見て、それから私も帰り際のあいさつを交わす。
「一日お世話になりました。明日もまたよろしくお願いします」
まずはマイヤちゃんのお父さんとお母さんに向けてペコリと頭を下げる。
そして今度はマイヤちゃんへと向き直り『また明日』と笑いかけて小さく手を振った。
「エマちゃん、また明日ね!」
「うん! 今日はとっても楽しかった。明日もまたいっぱいおしゃべりしようね、マイヤちゃん!」
「もちろん! 明日も楽しみにしてる!」
マイヤちゃんも笑顔で手を振り返してくれて、ラバッツ夫妻とマイヤちゃんの三人に見送られながら馬車に乗った。
馬車が走り出してから互いの姿が見えなくなるまでずっと手を振り続けていてふと思った。
────そういえば、レオくんを見送った時も同じことしてたなぁ……
レオくんはちゃんと無事に帰り着いたんだろうか。
お家の人に叱られてなければいいな。
そんなことを考えながら、身を乗り出していた姿勢からきちんと座席へと座り直した時だった。
意味深な笑みを浮かべたお母さまからじっと見つめられていることに気がついたのは。
「? お母さま?」
「ね、レーン。さっきのお話、覚えていて?」
「さっきの話、ですか?」
「ええ。王子殿下がどうの……という、信憑性に欠ける例の噂話のことよ」
「見間違いや勘違いだってことで結論が出たんじゃなかったんですか?」
「あの場ではそうね」
「……?」
言っていることの意味が分からず首を傾げると、不意にお母さまの纏う雰囲気がピリッとしたものに変化したような気がした。
────これは……
真面目な話になる予兆だ。
そう感じた私は、スッと背筋を伸ばして姿勢を正し、真っ直ぐにお母さまを見つめた。
「先の騒ぎのこともそうだけれど、王子殿下がお忍びで来ていたというあの噂話。あれは強ち間違ってはいないとわたくしは思っているの」
「どういうことですか? だってそのお話そのものを否定したのは他でもないお母さまですよね?」
マイヤちゃんから王子さまのような二人の男の子の特徴を聞いた時、それに対して『その特徴は王子殿下ではない』とハッキリ口にしたのはお母さまだ。
そのお母さまが、自ら否定したことを今になって更に否定している。
「全部が全部を否定しているわけではないの。確かに、あの時マイヤちゃんから聞いた特徴が王子殿下に当て嵌らないことは事実よ。けれど……自分自身をそうだと認識させないための魔法が世の中には存在しているのも事実なの」
「それって……」
「髪の色を魔法で変えていた可能性があるのよ。それと……一緒にいた年上のほうの男の子。その子が護衛役を担っていたとしたら?」
「……お忍びの王子さまじゃない、とも言い切れなくなる……?」
「その通りよ、レーン」
『まさか……』という思いで口にした言葉に返ったのは肯定。
真っ直ぐな視線に目をそらすことは叶わず、私はお母さまの言葉の続きを待った。
「これはあくまでもわたくしの予想なのだけれど。おそらく、レーンと同じ年頃の男の子は二人の王子殿下のうちのどちらか。そして……もう一人の年上の男の子のほうは、ノーヴァ公爵家のルーファス君じゃないかと思っているの」
「!!」
「ほら……町の外れで竜を見た、といった話も上がっていたと言ったでしょう?」
その問いにゆっくりと頷く。
「それがもし本当だったとしたら……ということを前提で考えると、飛び交った様々な話やマイヤちゃんが見たという男の子の情報とを合わせて一番その条件に合致するのがノーヴァ公爵家のルーファス君という可能性が一番高いのよ」
真剣な表情で語るお母さまの言葉に、またゆっくりと頷いた。
それを見てお母さまは続きを話し出す。
「加えてノーヴァ公爵家は一家揃って魔法のスペシャリストでもあるわ。認識を阻害する魔法や、姿を変えたりだとか人々の印象操作だとかいった魔法もお手のものよ」
「じゃあ……マイヤちゃんが見た王子さまみたいな男の子たちっていうのは本物の王子さまだったってことになる……?」
「さあ? それはどうかしら?」
……へ?
「え、おかあ、さま……?」
今の流れで『嘘でした~!』とか言わんばかりの笑みを浮かべるなんて反則でしょ……
「だってそうでしょう? 実際に見たわけではない者に真実なんて分かりっこないわ。それを知っているのは当事者だけ。わたくしはあくまでも、今手元にある情報を整理してそう答えを導き出しただけに過ぎないわ。それも……憶測でね」
「お母さま……」
「覚えていて、レーン。いくら多数の者だからといって、人のその声だけに惑わされていてはダメ。最終的に信じられるものは、自分自身の目で見たもの、耳で聞いたものが全てよ。これはとても大事なこと。決して忘れないでね」
「はい、お母さま」
「あと、もう一つ」
「はい」
「わたくしがこのことをラバッツ夫妻の前で話さなかったのは、王子殿下が来たかもしれないのに、催しの主催者がそのことに対して『何の行動も起こさなかった』と批難されないためよ」
「批難……」
「ええ、そう。この場合、ラバッツ夫妻に対して攻撃的になるのはやはり貴族階級の人たちでしょうね。話題性があって年々盛り上がりを見せる催しを主催するラバッツ準男爵に対して『面白くない』と思っている者は少なからずいるわ。そういった人たちに攻撃の隙を与えないためにも『あの話は勘違いだった、間違いだった』で済ませる必要があったというわけ」
「そういうことだったんですね……」
納得して頷いたところでお母さまがにっこりと笑った。
「ついでにあの噂話が飛び交っている最中に、あの場にいた人たちの間で『何かの間違いだろう』と認識するように、それとなく噂を否定するような話題が行き交うよう誘導をかけておいたわ」
「どうやってですか?」
「……うふっ♪」
「………………」
……魔法だな、きっと。
「それはさておき。同じことを繰り返すけれど、大事なことは、信用に値するかどうか定かではない大多数の声ではなく、己の目で見たもの、己の耳で聞いたこと。それが全てよ、レーン。決して、それを忘れてはいけないわ」
「はい」
念を押すようにそう言われ、改めて強く頷く。
……それにしても。
なぜお母さまは、突然このような話を私にしたのか。
その意図はよく分からない。
だけど、言いたいことは痛いほどよく分かる気がした。
噂という名の不特定多数の声というものは多分に悪意を含んでいることがほとんどなんだよね。
今回のその噂話にどれだけの悪意が含まれていたのかは定かではないけれど、少なくとも王家に対していい感情を持っていない人の中には、お忍びで出てきた王子さまに対して『不用心』だとか『立場を理解していない』とかいった攻撃的な目を向けている人もいるんだろうな。
そう思うと、この国の王子殿下が成人を迎えるまで国民の前で顔見せを行わないというのも納得できる気がした。
余計な敵を作らないために、成人するまでは王宮という強固な護りの中で大事に大事に囲われているってことだね。
「……王族の肩書きがあるっていうだけで、随分と窮屈な生活をしているんですね、王子さまって」
「そうね。表向きではね」
「はい?」
「実はね、レーン。ここだけの話なのだけれど……」
……と、内緒話のようにお母さまがコッソリ教えてくれたのは、そのほとんど全部が驚愕に値する内容だった。
お母さまが言うには、王妃さまのお茶飲み友だちであるがゆえに、ごくごくありふれた世間話として王子さまたちの日常のことが当たり前のように話題に上がっているのだとか。
その大半が、王妃さま自身がお忍びで出掛ける際に王子さまも一緒に連れていく、といった内容のもの。
しかもフットワークが軽い王妃さまの外出の範囲は恐ろしいほどに広いらしく、近場は王都やその周辺の小さな町から始まり、そこから更に足を運んでは遠出を重ね、最終的には離れた地方領にまでその行動範囲を広げているのだという。
そのうち王国内の全ての領地の町街を網羅するのではないのだろうか……というのがお母さまの考えらしいけれど、さすがにノーヴァ公爵家が預かる北の領地だけは足を運べていないのだそう。
────まぁ、王国内の中央と北部を分断する形で険しい山脈が聳えているからね……
「一度決めたらすぐに行動に移さないと気が済まない性分なのよね、王妃殿下って」
自他ともに認める『自由人』だという王妃さまは、その肩書きに似合わないくらいに豪胆な人のようだ。
聞けば王妃さまは『風の一族』と称されるシルウェスター公爵家の出身らしい。
『風の一族』と呼ばれるだけあって、シルウェスター家の血筋は自由気ままな掴みどころのない性格の人が多く、思いつきで突拍子のない行動に出ることも少なくないのだとか。
「そんな一族の血筋なものだから、堂々と行動なさるのよね。周りも大いに振り回されているようだし。それは王妃殿下のお子である王子殿下も例外ではないようよ。ただ、王子殿下もやっぱりシルウェスターの血が入っているわけだから……」
「王子さまも似たような性格だってことですか?」
「ええ。予想以上のやんちゃっぷりで、教育係の手を相当に煩わせているようね」
「うわぁ~……」
「王妃殿下に王宮の外へと連れ出される機会も多いようだし、筋金入りの世間知らずというわけでもないみたいよ? 寧ろ、王宮内で護られるように過ごすことが退屈で退屈で仕方がないみたい」
『どれもこれも全て王妃殿下から聞いた話だけれどね?』
……と、笑いながら言われた。
「あとは……そうね。あまりにもやんちゃっぷりが過ぎて手に負えないとかで、お目付け役にルーファス君を呼んだという話らしいわ」
「? どういう繋がりですか?」
それってノーヴァ公爵さまを呼ぶのではなく、直接ルーファスさまを呼んだってことだよね?
王妃さまが直接ルーファスさまを呼ぶってよっぽどじゃない?
「実はね、呼んだのは王妃殿下ではなく陛下のほうらしいのよ。何でも陛下とノーヴァ公爵のルーヴェンス卿は遠い縁戚関係にあるらしいの。その繋がりで、やんちゃがすぎる王子殿下二人の面倒をルーファス君に見てもらいたいと考えたみたい」
「……………………」
「王子殿下を叱れる立場の人ってなかなかいないでしょう? けれどルーファス君は、相手が王子殿下であろうと必要な時は容赦なく叱るし、うまく二人と接してくれているようなの。数多の教育係の手を煩わせた王子殿下もルーファス君が相手だと逆らえないみたいね。『簡単に手のひらでコロコロ転がされて、見ていて楽しいわ~』なんて王妃殿下は笑っていらしたもの」
「手のひらで、コロコロ……」
「信じられないでしょう?」
「……はい」
でもまぁ、王宮内で囲われてぬくぬく守られているだけじゃなく、そういう風に厳しく躾けてもらってもいるのなら、どちらの王子さまも将来は傲慢で人を見下すような性格破綻者にならずに、真っ直ぐで誠実な大人に育ってくれることだろう。
ゲームでは傲慢な俺様だった第二王子も、今の環境下でなら俺様王子にはならないかもしれない。
……と、ここまで考えたところで思った。
やっぱりここは、ゲームなんかじゃない現実の世界だ……って。
だって、ゲームの内容や後出しで発表される設定集の中にも王子二人とルーファスとの間にこんな関係性なんて存在してなかった。
遠いとはいっても、王家とノーヴァ公爵家が親戚関係だなんて事実はどこにも載っていなかったし、ファン交流サイト限定での非公式なネタとしても上がってきた試しはない。
更にはネット界隈の二次創作の中でありがちな『もし○○なら~……』といったIF設定での話題ですらかすりもしなかったくらいだ。
そのくらいに有り得ない関係性がこの現実世界の中では存在している。
────ホント、ここはどういう基準の世界なんだろう?
────全ての名称が偶然一致しただけの、私の二度目の人生のための世界なんだろうか……?
色々と頭の中がごちゃごちゃになりかけた時、再びお母さまから声をかけられた。
「それとね、レーン」
「はい」
「話はさっきの噂話のことに戻るのだけれど」
「? ……はい」
「実はね、王子殿下が……っていうあの言葉が指している対象だけれど。実はルーファス君の可能性もあるのよ」
「え!? どういうことですか? だってルーファスさまはノーヴァ公爵家の次期当主となる方ですよね? なのに、王子殿下がルーファスさま……? えぇ~……? 意味が、分かりません……」
いや、ホント。
本ッッッ当にわけの分からない巨大な爆弾を目の前に投下された気分だ。
「一応、公然の秘密ということになっているのだけれどね? ルーファス君は隣国ブランフルールの王位継承権第三位の持ち主なのよ。ノーヴァ公爵の奥方様がブランフルール王国の王女で、現ブランフルール国王陛下の妹君にあたるの。つまり、身分的にルーファス君はノーヴァ公爵家の嫡男であり、ブランフルール王国の王子様でもあるというわけ」
「…………なんか、すごい人なんですね、ルーファスさまって」
「そうねぇ。本人は息苦しいと思っているみたいだけれど」
「どうしてそんなことが分かるんですか?」
「本人に直接そう聞いたからよ。ただえさえ面倒なことが嫌いなのに、自分の立ち位置が一番面倒だって隠しもせずに盛大に溜息をついていたわ」
「うわぁ……」
「王子殿下二人の面倒を見るのも、最初は『面倒だから嫌だ』と真っ向から陛下に向かって却下したそうだから。自分にも向き合う相手にも常に正直なのね、きっと」
「つ、強い……」
「そうね。そんなルーファス君だからこそ、王子殿下の面倒を見ることができているのだと思うわ。王子殿下がルーファス君にだけは絶対に逆らわずに、言うことをちゃんと素直に聞いているのは、しっかりとルーファス君の『強さ』を理解している何よりの証拠なのでしょうね」
……といった感じで、お母さまは噂話に上がっていた王子さまのお話を延々と、それこそ邸に到着するまでの間ずっと私に聞かせてくれた。
最終的には、自分の得た情報でどう結論を出すか、信じる信じないも自分の自由だと言っていた。
それらを踏まえた上で私が出した結論は『まぁ、あの場に王子さまもいたかもしれないよね~?』くらいの軽いものだった。
だってお母さまが言っていたように、結局は真実を知っているのは当事者だけになるわけだから、私には本当のことなんて何一つ分からないんだもん。
もしかしたら、知らないうちに魔法で偽装した状態の王子さまとエンカウントしていたかもしれないけれど、それもまた分からないわけだし?
それに王妃さまに連れられて頻繁にお忍びでお出掛けしているみたいだから、その時にでも『知らずにバッタリ!』なんてことも起こり得るかもしれない。
結局は、王子さまが魔法で偽装していようが、普段と変わりない状態でいようが、実際にその時になって会ってみなきゃ分からないってことだ。
────……ま、簡単に会えるだなんて思ってもないけどね……
ここはもうゲームの世界じゃないんだろうけど、それでも王子さまと関わるのは何かと面倒そうだし。
……うん。
当初の予定通り、王子さまとは関わらない方向で生きていきますわ、私。
だから、今日のこの噂話の王子さまのことも、今日限りのこととして終わりにしようと思う。
会うことはほぼほぼないだろうしね。
関わらずに済むのならそれが一番ってなもんです。
平和的に生きたいと願う私の人生計画の中に、天上人にも等しい王子さまとの関わりなんてものは不要なのですよ……─────
気づいていないのは本人だけで、魔法で偽装した王子とがっつりエンカウントしております(笑)
ママンも久々に書いてて楽しかったです(о´∀`о)




