交わらない視線、重ならない気持ち(ランドール視点)
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再び王子です!
長いです!(^^ゞ
『マイヤちゃん!』
『……マイヤちゃんっ!』
催しで賑わうクララットの夜。
多くの人が行き交う喧噪の中で、記憶の中に残るものとほとんど変わらない愛らしい声が、自分のものではない他の誰かの名前を呼んだ。
あの頃とは違う、明るく弾んだ声。
涙混じりで、必死に不安を押し隠そうとしていたあの時の震え声とは違うことにホッと安心を覚えたのと同時に。
その声が呼んでいる名前が自分のものでないことに酷く落胆した。
違う!
そうじゃない!
隣にいるその人じゃなくて、俺の……俺の名前を呼んでほしい。
でも……悲しいかな。
あの子は俺の名前を知らない。
だから。
今はどんなに願っても。
あの子のあの声が俺の名前を呼ぶことは、ない……
今よりも少しだけ昔。
母上に連れられていった先で偶然出逢った迷子のあの子。
目が合ったその瞬間
『この子だ!』
そう、確信した。
どこの誰だかは分かっていた。
自分だけが知っていた。
本当は名乗りたかった。
自分のことを知ってもらって、その場ですぐに名前を呼んでほしかった。
……けれど、できなかった。
母上と一緒だったとはいえ、あの頃の俺はお忍びで。
普段とは全然違う服装の更にその上に、魔術師たちが着ているようなローブで身を包み。
目立ちすぎる金髪は、ローブの色と一体化するような暗い色味のそれへと変化させていたから。
唯一変わらないのは『海のような青』と称される目の色だけ。
どんな変化を促す魔法を用いても、たった一つだけ、その人個人を示す証である目の色だけは決して変えることは叶わない。
俺が俺である証の、青。
『ねえ母上……やっぱり名乗っちゃ、ダメ……?』
『ダメよ。今のあなたは、第二王子としてここに来ているわけじゃない。わたくしはお忍びで美術館の絵を見にきているだけの魔術師。あなたはその魔術師の子どもなのよ?』
分かっていたけど、嫌だった。
最初からそういう約束で連れてきてもらったのだから、ダメだと言われたことを自分の我儘で押し通すことはできない。
『こんなに……こんなに近くにいるのに……』
なんで、ダメなんだ……
幼すぎて制御できなかった感情に引き摺られ、堪えきれず落とした涙の音が重く響く。
ギュッと固く握り締めた手の中には、生まれてきた時に握り締めていたという、紅玉を埋め込んだ白金の十字架ペンダント。
どうしてそれを握り締めた状態で生まれてきたのかは分からない。
兄上も俺と同じで、生まれてきた時に蒼玉を埋め込んだ白金の十字架ペンダントを握り締めていたのだという。
だけど、たぶん……これを持って生まれてきたことにはちゃんとした意味がある。
そう気づいたのが、正にこの時だったんだ。
これは、この子に渡すべきもの。
ただ、今はまだ、その時じゃない。
いつかこれを渡すその時が来るまで。
ずっと待っているから思い出して。
そして。
忘れないで。
この色だけは、忘れずに覚えてて。
俺のことと……この色を。
海のようなこの青は、俺が俺であるという証だから。
だから。
忘れずに覚えててほしい。
名乗れないからそれだけを告げて。
あくまで堂々としているように見えるよう振舞ってはいたけれど。
……本当は、ただただ強がるだけで精一杯だった。
不自由で思うようにいかない立場に縛られて。
そうできない現実に打ちのめされて。
どうしようもないくらいに気持ちは焦った。
……強く、酷く。
己の心の柔らかい部分を乱暴に揺さぶられるような。
そんな、苦い経験をした。
それが、今から約2年ほど前の春のこと……─────
~交わらない視線、重ならない気持ち~
あれからルーファスに手を引かれ巡ったのは全部食べもの関連の出店。
夜だからそこしか開いていないというのが理由だけど、それでも十分に楽しめた。
何よりも王宮では絶対にできっこない『買い食い』が楽しくてしょうがなかった。
ただ一つ不満を言わせてもらうとしたら、ルーファスが俺にお金を払わせてくれなかったことだろう。
俺が支払いをしようとした時にはもうルーファスが払い終えているのだ。
驚くほどの早さで支払いを済ませたルーファスに『行くぞ』と促されて次に行く……というのがパターン化してしまっている。
「また自分で払えなかった……」
「必要ねぇってさっきから言ってるだろうが」
「細かい硬貨いっぱい用意してきたのに」
「それはまた次の機会に取っておけ」
「次の機会があるのか?」
「お前のこれからの行い次第だろうな」
「むぅ……」
────俺の行い次第とか……ほぼ絶望的じゃないか!!
ほぼ毎回のように、兄上と一緒にルーファスを怒らせてばかりいる現状からすればそんな機会など永遠に訪れないような気がする。
まぁそこは『ルーファスに連れ出してもらうこと』に限定されるとは思うが。
ただ、ルーファスが父上や教育係たちに報告という形で挙げる内容によっては、他の者に連れ出してもらうことすら難しくなる可能性がある。
そうそう。
母上に関してだけは論外だ。
あの人は気分次第で俺を王宮の外に嬉々として連れ出すからな。
ちなみに兄上はあまり王宮の外に出ることに積極的じゃない。
別に遠慮しているとかそういうわけじゃなく、自分の分まで俺に見てきてほしいと送り出す側なのだ。
母上曰く『まだ幼いというのに、既に王太子としての自覚がしっかりとあるのねぇ』とのことだ。
シグゲイツ王家では、代々長子として生まれた者が王位継承権第一位となるため、生まれた時点で王太子となることが決まっている。
この場合、長子が王女であれば『王太女』となるのだが、なぜか王家では女児が生まれにくい。
そして、これまたなぜかノーヴァ公爵家も王家と同様に女児が生まれにくい家系だという。
……だから、なのか。
実に十数世代ぶりに生まれたというリリーメイ嬢は、殊更に大切にされているらしい。
そんな『至宝』とも言うべきノーヴァの姫を『嫁に欲しい』なんて言われたんだ。
……そりゃ激怒の一つや二つするわな。
兄上が許されたっていう事実が奇跡のように思えてきた。
────ここでルーファスに『なんで兄上を許せたんだ?』なんて訊くのは自殺行為だろうな……
ルーファスのことだ、口にした瞬間に激怒しそうな気がする。
触れないことが正解なんだろう。
『好奇心は猫を殺す』っていうしな。
それでも知りたくなるというこの心境は何なんだろうな。
「どうした?」
考え込んでいたらルーファスに声をかけられた。
思わずその顔をじっと見上げる。
「?」
至って普段通りの穏やかで『静』の状態のルーファスだ。
────これが大激怒するんだから、人は見かけによらないんだよなぁ……
『ふぅ……』と溜息をつきつつ緩く首を振った。
「本当にどうした? 人の顔見て溜息つくとか失礼極まりないぞ」
「……それはゴメン」
「だから簡単に謝るな」
「今はお忍びだからいいんだ。それに……」
────お前だって悪いんだからな、ルーファス……
「見た目詐欺……」
「はあ?」
「詐欺ったら詐欺だ。そんな優男風な見た目しといて口は悪いし、俺たちに対してすぐに怒るし。思いっきり見た目で人騙してるだろ」
「黙って聞いてりゃ言いたい放題だな、オマエ」
今度はルーファスが溜息をついた。
遠慮なく盛大に。
「オレがお前たちに対して怒るのは、オレがちゃんとお前たちを気にかけているからだろ?」
繋いでいないほうの手でポンと頭を撫でられた。
「……それに」
今度は立ち止まると同時に顔を覗き込まれた。
至近距離で深淵の紅に囚われ、瞬きもできないままその目を見つめ返す。
「ちゃんと分かってんだよ。オレの気を引きたくてお前たちがオレを怒らせてるってこともな」
「……別に怒らせたくてやってるわけじゃないけど」
「だろうな。あの程度のことくらい、いちいち怒るほどのものでもないし」
「! だったらなんで怒るんだよ!?」
「反省させるために決まっているだろうが。気を引きたいなら引きたいで別に構わねぇが、やり方が間違ってんだよ。誰に対してもそうしていたんじゃ問題だぞ? 今までだって教育係に同じことやってたんじゃねぇのか」
「う゛……」
その通りだ。
初めて会ったあの日からずっと、ルーファスは俺たちを対等に見てくれていた。
決して王子扱いをすることなく、年下の弟の面倒を見るように構ってくれるのだ。
もちろん、王子としての在り方がどうの……って言われる時はある。
ただ、それはあくまでも俺が王子である立場を投げ出したいと愚痴を零した時や王宮で相応しくない態度を取った時くらいだ。
この件に関しては、兄上はしっかりとしているので自分の立場に不満を持ったりや愚痴を零したりなんてことはない。
なので、王子としての苦言を呈されるのはもっぱら俺だけだ。
あれだけ嫌がっていたハズなのに、今ではルーファスは立派な俺たちの教育係も同然だ。
なんだかんだで面倒見が良すぎるルーファスのことだ、今更辞めるなんてことはまず有り得ないだろう。
ルーファスの助けが必要にならないくらいに俺たちが成長するまでは、ずっと一緒にいてくれるものだと信じている。
最初は少しだけだった時間も、月日を重ねる毎に延びていき、数日おきだったルーファスの登城も今ではほぼ毎日のように続いている。
10分が20分に、20分が30分に。
そんな感じで、少しずつでもルーファスと共にできる時間は確実に増えていった。
限られた時間内でめいっぱい構ってくれて、俺たちの知らない世界の話を色々と聞かせてもらえた。
どれもこれもが興味深く、探究心をくすぐられるものばかりだった。
別れ間際には『またな』と頭を撫でてくれる。
これも、他の誰にもされたことのないものだった。
そしてルーファスと共に過ごす時間が長くなると、別れ間際以外にも頭を撫でてくれることが多くなった。
たまに叱られるけど、頭を撫でてもらえるだけで一気に心が満たされる。
それが嬉しくてルーファスとの時間をもっともっと増やしたくなり、一緒にいる時間を少しでも引き延ばそうと俺と兄上は無意識のうちに様々なことを画策するようになった。
よりベッタリとルーファスにくっつくようになったのだ。
常に纏わりついて、困らせて、手のかかる仕方のない子どもだとルーファスに思わせる。
そうすれば、そうするだけルーファスは俺たちの世話を焼いてくれる。
ここぞとばかりに、元来面倒見のいいルーファスの性格につけ込むという卑怯なやり方をしていることには気づいていた。
気づいていたけれども、わざと気づかないフリをしてルーファスの前では手のかかる問題児であり続けたのだ。
俺も……兄上も。
ルーファスが決して俺たちを見放さないと分かっていたから。
そしてルーファスもまた、そんな俺たちの浅はかな考えなどあっさりとお見通しだったんだろう。
敢えて気づかないフリで俺たちの思惑に乗ってくれた。
そんな形で、確かに俺たちとルーファスとの時間は増えていったのだ。
その増えた時間が、まさか『叱られる』というお説教のためだけの時間になるとは思わなかったけど。
「叱られるのが嫌なら、相手に対しても嫌なことはするな。これは常識だからな?」
「……分かってる」
「なのにオレに対しては遠慮も何もあったもんじゃねぇな。兄弟揃って叱られるようなことばっかしてきやがって」
「だって……」
「ん?」
「ちゃんと叱ってくれるのって、ルーファスくらいだし」
「……なんだ、そりゃ。オマエ、叱られたかったのか? だから教育係に対して手を焼かせることばっかしていたのか?」
「……うん」
正直に言うとその通りだ。
俺も兄上も、教育係に叱られたことは一度たりともない。
それは『何をやっても』だ。
明らかに間違ったことをやっても叱るどころか賛同し、できて当たり前のことで過剰なほどに褒めそやす。
……言わせてもらおう。
教育係がそれでいいのか、と。
そのやり方は間違いなく人をダメにするやつだ。
「……なぁ、ルーファス」
「ここではセラだと言ったろ」
「……セラ」
「なんだ?」
「何やっても褒めるって普通なのか? それともおかしいって思う俺のほうがおかしいのか?」
むすっとした顔を隠しもせずにルーファスを見上げると苦笑しながら頭を撫でられた。
「オレの感覚でも一般的な考え方でもそれはおかしいな。褒めてばかりじゃ相手のためにならないだろう? それはただの甘やかしと同じだ。褒めるだけでなく、叱ることもちゃんと必要だからな。悪いことまで褒めるとか普通に考えて有り得ると思うか?」
「思わない」
「だよな? 悪いことをしてんのにそれを褒めるとか悪人を育てているも同然だろ。悪いことはちゃんと悪いと叱らなきゃな……って、まさか。お前たちの教育係は今までずっとそんな状態だったのか? 叱られたかったのはオレからじゃなくて、もしかして教育係のほうからだったのか?」
『信じられない』と言わんばかりに軽く目を見開き驚くルーファスにゆっくりと頷いてみせる。
「……マジか」
溜息混じりにそう言いながらルーファスは軽く額を押さえる。
「それ、言ってないんだよな?」
主語が抜けているが誰を指しているのかは明確だ。
父上以外にいない。
「……言ってない。言ってそれが普通なんだって返されたら俺にはどうにもできないし」
「アイツも同じか?」
『アイツ』とは兄上のことだ。
「……うん。たぶん、兄上のほうが酷いと思う。褒め殺し? っていうのか、あれ。何をやっても何を言っても異常なくらいに褒めてくる。聞いてるだけでうんざりするくらいに」
「…………分かりやすいくらいに媚び諂ってんな……」
げんなりしながらまた盛大な溜息をついたルーファスは『オレから話すから該当者の名前を全員余すことなく教えろ』と言って、この話はまた後ですることになった。
「せっかくの息抜きをつまらない話で台無しにしたらもったいないだろ?」
そう言いながらまた頭を撫でてきた。
弾みで帽子がずり落ちそうになって、慌ててそれを押さえつつルーファスを見上げる。
「……うん。ゴメン」
「こっちこそ気づいてやれずに悪かった」
「顔合わせたことないんだから、気づかなくてもしょうがないと思う」
「……や。そっちじゃなくて。お前らの異常行動にもっと疑問を抱いてりゃよかった、ってな」
「?」
「明らかにオレのほうにやらかす頻度が高かっただろ?」
「……だって構ってくれるし」
「色々と足りてなかったってことだな。その辺を合わせてちゃんと話しとくから」
────色々ってなんだ……?
突っ込んで訊いてみたかったけど、この話はもう終わりだと言われた以上は無理だ。
こういった部分の切り替えに関してはルーファスはとにかくきっちりとしすぎている。
余計なことはしない、させないって方針なのか徹底ぶりがとにかくすごいのだ。
だから多忙な身でありながら時間を作って俺たちの相手ができるのだろう。
そんでもって帰ってからは弟妹たちを構い倒すのだからまさにスケジュールは分刻み秒刻みなわけだ。
自分の時間ってあるのだろうか……と疑ってしまうくらいにルーファスは『誰か』に対しての時間を有効に、そして上手に使う。
今日だって予想外のことだろうにこうして俺を連れ出して息抜きさせてくれているし。
「……セラ」
「ん?」
「喉乾いた。あれ飲みたい」
「分かった。行こう」
「うん」
指差して向かった先は果物を搾って作った完全果汁のジュースの出店。
また例の如くルーファスが支払いをしようとしたのを強引に遮り、二人分の支払いを俺がした。
そうして受け取ったジュースの一つをルーファスに手渡しながら言う。
「…………お礼。こんなのじゃ全然足りないけど。今までの色んなことに対する気持ち」
「気にしすぎだろ。けど……ありがたくもらっとく」
再び頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。
今までにないほど荒い手つきに驚きつつ見上げた先、年相応の笑顔のルーファスが見えて、意外なその表情に思わずポカンとしてしまった。
「…………普通に笑ってる」
「笑うに決まってるだろ。オマエ、オレのこと何だと思ってるわけ?」
「あんまり笑わない、感情に左右されない強い人間だと思ってた」
「いやいや、感情には十分左右されてるだろうが。敢えて左右されてさらけ出してる部分もあるが、こと怒りに関してだけは遠慮なくブチ撒けてるからな? そこらは心当たりがありすぎるだろ?」
「~~~~だからゴメン、って」
「うん。分かってるから謝るな?」
「うぅ~……」
ホント、敵わない。
俺が思っている以上にルーファスは大人だ。
意図的に左右されて感情さらけ出すとか普通できないだろ。
それを何食わぬ顔でやってのけるあたり、自分の感情のコントロールが自在にできているという何よりの証拠だ。
「俺もルー……セラみたいになれるか?」
「オマエ次第だろ。なれるかなれないかじゃなく、なりたいなら『なる!』って気持ちでやれよ」
「そ、っか……『なりたい!』じゃなくて『なる!』か……」
「そう。気持ち次第でいくらでも変われるから、オマエなりにやってみればいい」
「うん!」
「よし。なら今度こそこの話は終わりだ。そろそろランタンエリアのほうを見に行くか?」
「行く!」
この町の催しの見所の一つだというランタンエリアは、一、二を争うほどの人気でとにかく人の流れが多いとルーファスは言う。
今まで通ってきたところとは比べものにならないくらいの人混みが予想されるため、絶対に手を離すなと念を押された。
それと合わせて、見知った顔を見かけても反応するな、とも。
「……見知った顔?」
「そうだ。この催しの趣旨は、教会や修道院、それらと隣接した孤児院への寄付だ。出ている店の売上の大半が寄付金として納められることになっているからな。名前を出すことなく目立たずに寄付がしやすいということもあってお忍びで催しに参加する貴族も多い。いくら髪色を変えようが深く帽子を被って顔を隠していようが勘のいいやつは気づくこともある。それこそほんの僅かな反応でもな」
「…………見つかったら騒ぎになるよな?」
「相手の出方にもよるだろうが何事もなく終わるとは思えないな」
「分かった、気をつける」
騒がれたらお忍びの意味がなくなるし。
せっかくの息抜きなのに王子扱いされてあいさつ三昧とか冗談じゃない。
「周りにいる者の顔を見ないように歩けば大丈夫か?」
「最低限、前方と足元に気をつけてりゃそれでいい。あとはオレが手を引いて歩くから」
「うん」
これはますますルーファスから離れられないな。
……ま、繋がれた手を離すつもりはないけど。
そう思っていたにも関わらず。
この後すぐに、その思いは簡単に覆されることになる。
……なぜなら。
再び出会ってしまったからだ。
あの時の少女と……─────
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ルーファスが言っていたように、ランタンエリアは恐ろしいほどの人波で溢れ返っていた。
誰もが通りの左右に飾られたランタンの灯りに気を取られ、ちょっと気を抜いたらぶつかってしまうくらいに犇めいている。
────これはヤバいな……
────ルーファスと手を離したら最後、あっという間に人の波に飲まれてはぐれてしまう……
そんなことを考えていたら繋いだ手に若干力を込められた。
「想像以上だな……」
「……うん」
「ランタンの灯りはちゃんと見えてるか?」
「まぁ、一応」
見上げる位置のものだけに限られるが見えている。
ただ、見上げながら歩くのは前方不注意になるため、十分にランタンの灯りを堪能することはできそうにない。
「催しの中日だからそこまで人出はなさそうだと踏んでいたんだが……どうやら同じように考えて出てきた者ばかりのようだな」
苦笑しながら『予想外だった』とルーファスは言う。
「上から見下ろすほうが存分に堪能できてたかもな?」
「!」
クララットに来た時の上空からの景色のことを言われてパッとルーファスの顔を見上げる。
確かに上空から見下ろした灯りに包まれた町の姿は幻想的だった。
けれど、上空からでは分からなかった景色がここでは見られる。
見上げるほうの景色は、決して上空からでは堪能できないのだ。
「……どっちもキレイだと思う。上からでも、下からでも。どっちにもそれぞれの良さがあるから」
「そうだな。ここで『嫌だ』と言わないあたり立派だよ、オマエ」
────……褒められた
ポンと頭を撫でられ、嬉しさと照れくささとで口元がむずむずした。
誤魔化そうにもバレバレだろうな。
覗き込まれたその表情ですぐに分かった。
「褒められるのも悪くないだろう?」
「…………相手にもよる」
「ハハッ、そりゃそうだ。媚び諂って褒められることほど気持ち悪いものはないからな」
「…………うん」
やっぱりルーファスはよく分かっている。
俺の今の心境も、置かれている状況に辟易としていることも。
何よりも、俺が嬉しいと思ったのは、褒めてくれたその相手が他でもないルーファスだったことだ。
もしこれが違う誰かからのものだったとしたらこんな風に感じることはなかったはずだ。
「……で?」
「?」
「どうする? この人混みだが、我慢してもう少し見ていくか? それともやめておくか?」
「見ていく。人混みは我慢する。今度はいつ見に来れるか分からないし」
「……ま、立場的に難しいもんな」
「うん」
誰かに連れ出してもらわなければそういう機会は巡ってこない。
だからある意味、これは最初で最後のチャンスかもしれないのだ。
「できれば揉みくちゃにされないところを通りたい」
「そうすると通りのど真ん中を行くことになるぞ? ランタンの灯りを近くで見ることができなくなるがそれでもいいか?」
「いい。もしかしたら、端から端まで行くまでの間に人の通りが少なくなるかもしれないし」
「ハハッ、希望的観測だな」
「でも可能性はゼロじゃない。……そうだよな?」
「まぁ、そうだな。それじゃ行くか」
グッと繋いだ手を引かれ、俺たちは通りの真ん中へと足を向けた。
出店が連なった通りの両端に比べると随分と人の波は緩やかだ。
やはり灯りを間近で見ようと通りの両端に人が集中していたようだ。
「……間近じゃないこっちのほうがよく見えるんだけど?」
「まぁ人の壁っていう障害物が少ない分、随分と見晴らしは良くなったな」
先ほどとは打って変わってすいすいと足を進めることができた。
さすがに一箇所に立ち止まって見ることは難しいが、ゆったりと歩きながら右に左にと視線を巡らせて灯りを堪能するには十分なゆとりがある。
「端っこを歩くより得した気分だ!」
「それはよかったな」
「うん!」
幻想的な灯りとごった返す人波。
発せられる熱気と喧噪。
耐えることのない人々の楽しそうな笑い声。
これは……催しというよりは『祭り』のようだ。
現実を忘れて酔い痴れる一時限りの夢のような空間。
「……やっぱり、帰りたくない」
「そうは言うけど、猶予はあと10分かそこらだぞ?」
「!」
独り言のつもりがしっかりとルーファスには聞かれていたらしい。
「……ちょっとだけでも過ぎるのはやっぱりダメか?」
「今回のは突発だからなぁ。事前に連れて出る許可をもらえていたら1時間くらいは引き延ばせてやったけど……」
「やっぱりダメか……」
もしかしたら……と思ったけどやっぱり無理らしい。
ルーファスだったら何とかしてくれそうだと思ったけど、さすがにこれ以上の無理は言えない。
連れ出してもらえたことだけでも良しとしないとバチが当たる。
「……また今度連れ出してやるよ」
「!」
「クララットの催しとなると来年以降になるかもしれねぇけどな。それ以外だったら互いの都合が着く限り連れて行ってやるよ」
「それって……」
「クララット以外にも、王国中に催しや祭りといった行事は数多くあるだろう? お忍びでも視察でも行く機会はそれなりに訪れるってことだ」
「……うん!」
「公務としてなら、オレ一人だけで他の護衛は一切要らないからな。他の監視の目がない分、自由気ままにゆとりを持って動けるぞ?」
最後の言葉だけオレの耳元でコソッと告げたルーファスは『どうだ?』と得意気に笑った。
「それってさ」
「うん?」
「俺と兄上との二人であっても護衛は……」
「そう、オレだけ。その代わり、二人バラバラに動かないって条件がつくけどな」
「……その条件つきでも十分魅力的だ。他の誰かにぞろぞろ着いて回られて『ああだこうだ』言われるとか窮屈すぎるから」
「ハハッ」
思いっきり本音をぶつけたらまた笑われた。
だって、しょうがないだろう。
窮屈なのは嫌なんだ。
「だったら、何らかの形で護衛を伴う必要がある際は真っ先にオレを指名しろ。退屈させずに、なるべく自由に動かせてやるから」
「本当か!?」
「ああ」
「約束だぞ! やっぱナシ、ってのは認めないからな?」
「分かってるって」
笑いながら返されると口先だけの約束に聞こえるじゃないか。
思わず頬を膨らませると宥めるように頭を撫でられる。
ホント、俺の扱いがうまいよな、ルーファスは。
気づけば手の平でコロコロ転がされてる感じなんだから。
それを嫌だと感じていない俺も俺だと思うけど。
いつだってルーファスの思うようになっているのだから不思議で仕方がない。
これはもうアレだな。
初対面の時の『コイツには絶対に逆らうな!』ってやつがしっかりと身にしみている証拠だ。
『ふぅ……』と溜息混じりの一呼吸を零し、軽くルーファスの手を引く。
「どうした?」
「やっぱりあと30分だけ……」
「無茶言うな。そうしてやってもいいが帰ってからの説教つきだぞ? オレが受けるものと同じレベルの説教をお前も一緒に喰らいたいのか?」
「え!? それ、誰から……?」
「さあ? 誰だろうな、一体?」
そう言って意味深な笑みを向けられた。
ルーファスに説教できる相手で、尚且つヤバそうなのって……
「!!」
一瞬で頭の中にリアル魔王が浮かんだ。
つまりは、ノーヴァ公爵家の当主であるルーヴェンス卿。
普通に考えてみたらルーファスに説教できるのって父親であるルーヴェンス卿くらいしかいないだろう。
父上に関しては、初対面時のあの態度からしてルーファスに説教なんてできそうにないし。
っていうか。
リアル魔王からの説教とか冗談じゃない。
想像するだけで恐ろしすぎる。
「や、やっぱ我慢する……うん。お説教は嫌だし? 俺のせいでルーファスまで叱られるのもどうかと思うし……」
「まぁオレは別に説教喰らってもどうってことはないけどな?」
「そこは嫌だと思えよ!?」
「別に嫌でもないから。あんまり叱られることがないから説教されるのって逆に新鮮なんだよな。最後に説教喰らったのっていつだっけ……? え、っと……確か、研究中に魔力操作間違えた弾みで自室を爆発させてルディを泣かせた時だったから……半年近く前か……?」
「え゛……」
聞いてて顔が引き攣った。
何やったら部屋が爆発すんだよ。
でもって、それを理由に説教されてんのにちっとも堪えた様子がないのもどうなんだ?
────ある意味ちょっとヤバくないか、ルーファス……?
ちょっと……いや、かなり引いた。
説教が別に嫌じゃないとか言えるあたり、どう考えても普通じゃない。
だからコイツは規格外なのか?
そのあたりどう思っているか、ウォーレンに一から十まで余すことなく聞かせてもらいたい。
マトモな常識人であるウォーレンの意見なら素直に頷ける。
そんでもって全部が全部に同意だと固く握手を交わせる自信がある。
「オマエまた失礼なこと考えてるだろう?」
「……とりあえずお前の感覚がおかしいと思ってることは確か……って、あっ!!」
思っていたことが口に出てしまったと気づいた時にはもう手遅れだった。
「……強制送還しようか? ん?」
「失言でした、ゴメンなさい」
「簡単に謝るなって何度も言ってるよな?」
「だったらどうしろってんだ!」
「そこは開き直って認めりゃいいんだよ。オレの感覚が普通じゃないことは十分自覚してるしな?」
「……だったら凄む必要なかったんじゃ……?」
「敢えてそうしてんだって言ったろ?」
「…………マジか」
ここでもか。
ホントもう、ルーファスのやり方は巧妙すぎて分かりにくい。
俺を構うためのやり方だって、言われないと気づけないとかどれだけだよ。
参った。
ルーファスには一生かかっても敵いそうにない。
「ホンットにズルすぎる。この規格外人間!」
半分ムッとしながら俺はルーファスの手を引っ張った。
さっきのようにルーファスに手を引かれて歩くのではなく、俺が引っ張っていく形でズンズンと前へと進む。
そんな半分不貞腐れた状態の俺の態度に気づいてルーファスが笑いを堪えているのはバレバレだ。
そのことにもまたムッとする。
「転ぶなよ? あと前方注意な?」
「分かってる!」
振り返って舌の一つでも出して顰めっ面を見せてやろうかと思ったその時だった。
前方からこちらに向かって歩いてくる人波の中に懐かしい姿を見つけたのは。
「…………あ、」
視界にふわふわと揺らめくのは、ランタンの灯りに照らされて天使の輪を浮かび上がらせた金色の髪。
────あれは、あの時の迷子の……
離れていてもよく目立つあの眩い金髪は、間違いなくあの時のあの子だと確信が持てた。
思いがけない再会に胸が熱くなった。
それと同時に、どういうわけか、初めて出会ったあの時以上に胸を打つ鼓動が強いような気がする。
『また会えた』
『やっと会えた』
そんな思いが自然と心の奥底から込み上げてきた。
あの時から閉じ込めていたあの日の記憶が、少しずつ呼び覚まされていくのが分かる。
薄れかけていたそれが、再び色づき始めて鮮明なものへとなっていく。
「マイヤちゃん!」
少し年上の少女に手を引かれて笑いながらあちらこちらを指差して笑うあの子を、気づけばただただ茫然と見つめていた。
「ね、マイヤちゃん! 見て、あの青と黄色の光! ふわふわヒラヒラしててまるで蝶々みたい!」
初めて目にした、泣き顔ではない明るいその表情にホッとした反面。
『あの顔を向けられているのがどうして俺じゃないんだ』という、どこか焦れったい思いがじわじわと込み上げてきた。
────俺の……俺だけのあの子なのに……!!
その時、あの子の手を取って歩いている隣の少女に激しい嫉妬心を覚えた。
自分でも信じられないくらいの独占欲と執着心があったことに気づいてしまった。
なんで?
これじゃまるで、あの時の兄上と同じじゃないか……!!
自分だけの唯一だと兄上は言った。
他の誰にも渡さないとも言った。
根底にあったものは激しい喉の渇きにも似た、心の奥底から『欲しい』と願う気持ちだった……とも。
それと同じ思いが今の俺の中にもあって。
『あの子の全てが俺のもの』だという、どうしようもないくらいに醜いどろどろとした昏い感情が込み上げてくる。
まるで自分が自分じゃないみたいな。
別の誰かに自分を支配されているような、そんな感じだ。
今すぐにでも駆け寄って、あの少女の元から奪い去りたい気持ちになる。
けれど、ギリギリのところで繋がっている理性が踏み留まってくれた。
それは……やっちゃいけない。
だって俺とあの子は……本当の意味で知り合ってなどいないのだから。
今の俺とあの子は、紹介者を介して互いの名を名乗り面識を得たわけではないただの他人。
非公式で互いの名を知らないままに顔を合わせ、ほんの少しの会話を交わしただけの顔見知り程度の知り合い以下の他人なのだ。
……けど。
きっと覚えてくれているはず。
覚えていてと約束したから。
思い出して、とも言ったから。
だから。
目と目が合いさえすれば。
きっと、あの子は俺を『俺』だと気づいてくれる。
そんな望みを抱き、逸る気持ちを何とか抑えながら俺は一歩一歩足を進めていった。
……この距離が近づけば。
……互いの目と目が合えば。
────お願いだ、こっちを見て
────俺の目を見て
あと数歩分の距離がもどかしかった。
長い長い数秒だったように思う。
互いが近づき、すれ違うその瞬間に、目と目が合う……はず、だった……
「マイヤちゃん、見て! 今度はお花みたいな灯りだよっ!」
────え……?
パッと顔を上げて視線を上へと向けたあの子。
だけど。
その目が見つめる先は、俺ではなかった。
……こんなに近くにいるのに。
その視線が俺に向くことはなかった。
互いの視線が交わるなんて、夢のまた夢だった。
あの子が見ているのは、俺じゃなくて隣を歩く少女。
意識の全てを隣の少女へと向けている。
きっと俺のことなんて視界にすら入っていない。
それどころか……あの様子じゃ、記憶の片隅にだって……
────残っていないんじゃ……?
その瞬間、全ての色と音が消えた気がした。
呆然と立ち尽くす俺を置いていくように、周りの景色がぼやけながら遠ざかっていく。
「……ッ!!」
振り返ったその向こうには、段々と小さくなっていくあの子の後ろ姿。
どんなに『こっちを向いて』と願っても、その願いは届かない。
その小さな後ろ姿は、俺の願いに気づくことなくただただ遠くへ離れていくだけ。
────嫌だ!!
────また会えたのに、何も言えないままで離れるなんて……!
気づいたらルーファスの手を離して駆け出していた。
「バカ! 手を離すなって言ったろ!?」
けれど、一瞬にして捕まってしまった。
背後から回った腕が腹部をガッチリとホールドする形で俺を抱え上げる。
足が地から浮いたことで反射的に暴れるも、しっかりと巻きついた腕がそれを許さない。
その間にも、あの子の姿はどんどん遠ざかっていく。
「離せ……っ!」
今ならまだ間に合う。
追いかければ捕まえられる。
まだ、今なら。
「……はぐれると分かって離すわけがないだろう。一旦落ち着け」
冷静なその声に落ち着くどころか逆にカッとなった。
「嫌だッ!!」
このままだと見失う。
もし。
もし、ここであの子を捕まえられなかったら。
次に確実に会えるのは……
「10年後だなんて……ッ!」
声に出したことで余計にその現実を思い知らされた気がして全身が震えた。
「10年も待つなんて俺には無理だ……ッ!!」
「!! お前……」
振り絞るようにして発した言葉は泣き叫んでいるも同然のものだった。
俺のその声に驚いたのか、俺の身体に巻きついているルーファスの腕の力が一瞬だけ緩んだ気がして、その隙に抜け出そうと暴れるも呆気なく押さえつけられてしまった。
「ク、ソ……離せ……離せよッ……!!」
無駄な力が込められないように押さえつけられているからか、思うように動けない。
暴れても簡単に押さえ込まれるし、余計な体力だけがドンドン削られていく。
────コイツ……魔道師のクセにあらゆる体術まで極めてやがるのか……!
────どんだけ規格外なんだ……!
護衛として守られるのならば頼もしいその身体能力も、今では恨めしくて仕方がない。
この手が邪魔をする限り、どう足掻いても俺が『心の底から欲しいと望む存在』に手を伸ばすことさえ叶わないのだから。
諦められずもがき暴れ続けるその間に、望む相手はどんどん遠ざかり、溢れ返る人波に紛れ、やがては消えていった。
……それでも、まだ。
走って追いかければ間に合うかも……!
その最後の望みにかけて、俺はルーファスの腕を解くべく思いきり爪を立てながら握り込んだ。
『たとえルーファスを傷つけてでもこの手の中から逃れてやる』
そんな一心で。
……それなのに。
ちっとも動じやしない。
ほんの一瞬たりともルーファスは反応を見せなかった。
俺が爪を立てて握り込んだその場所は、皮膚を突き破って血が流れているというのに。
身動ぎ一つもなければ声を発することすらしない。
今のルーファスは、さながら俺を捕らえるためだけの強固な檻だ。
「嫌、だ……」
怒りと焦りに飲まれ、理性が、一つ一つ音をたてて壊れていく。
「このままじゃ、見失う……」
感情だけが己を支配していくのが分かる。
「これ以上離れたら、追いつけない……」
今の俺を突き動かそうとしているものは、たぶん『喪失』に対する恐れ。
「今度こそ……今度こそ、ちゃんと名乗りたいのに……」
まだ手に入れてもいないのに、失う怖さに怯えるなんておかしな話だと思う。
「それさえできないまま10年も離れているなんて嫌だ……」
おかしいと分かっているのに、そんな感情が俺の全身を侵蝕していくことに抗えないでいる。
「離せよ……」
明らかに普通じゃない。
「離せ……」
普通じゃない、のに……
「離せッ!!」
そうだと気づいているのに抑えられないこの衝動は、一体なんだ……?
「離せ、ルーファーーーーーーースッ!!!」
衝動に突き動かされるまま、声の限り叫んだ。
形振り構ってなどいられない。
ただただ『届け!』と言わんばかりに、叫んだ。
その瞬間、俺の視界から失せていたはずの色彩が戻り。
耳が辺りの喧噪を拾い始めた。
驚愕
好奇。
懐疑
憤懣。
様々な意味を含み向けられる周囲からの目。
同時に頭上から聞こえてきたのは、僅かな苛立ちを込めた舌打ちだった。
「…………引き上げる」
「!! 嫌だッ!!」
咄嗟に上げた抗議の声は受け入れられなかった。
その代わりに、慣れた気配が俺の全身を包み込む。
「……あ、………………」
その慣れた気配がルーファスの魔力だったことを理解したその後の記憶は曖昧だ。
気がつけば俺は、クララットへ来た時と同様、ルーファスに抱きかかえられた状態で竜の背に乗り、遙か上空にいたからだ。
ただ、所々で優しく窘められた記憶はある。
『あのまま追っていたらどうなっていたのか』
とか。
『相手の目の前に出て行って、いきなり王子だと打ち明けるのか』
……とか、色々と。
そのどれもこれもが、俺が取ろうとしていた浅はかな行動であり、全てが悪手だとしか言いようのないものだった。
『ゴメン』の一言も言えなかった。
ほぼ未遂だったとはいえ、謝って済まされることではないことを俺はやってしまったのだから。
「……………………」
目の奥が熱くて痛い。
見渡す視界は全てが滲み歪んでいる。
喉は痛く、呼吸の度に胸が苦しくて重い。
碌に声も出せそうになかった。
……たぶん、あの後もずっと俺は泣き叫び続けていたんだと思う。
声の限り『あの子が欲しい』と駄々をこねるだけの聞き分けのない子どものように。
周りの状況を考えず。
己の立場を考えず。
ただただ、本能のままに自身の感情だけを優先させた。
その結果が、これだ。
そして、今になってもまだ涙は留まることを知らず、次から次へと溢れ出しては流れ落ちていく。
「…………お前も、だったんだな」
ふいにそう言葉をかけられ、おぼつかない視線でゆるゆるとルーファスの顔を見上げた。
「ゴメンな? 無理やり引き離す真似をして」
続いてかけられた言葉の響きと声の調子があまりにも痛々しくて。
思わず頷きそうになってしまった。
けれど。
どうしても『あの子と無理やり引き離された』という感情のほうが強くて、ルーファスのその言葉に素直に頷くことができなかった。
理性では、ちゃんと分かっているんだ。
あれだけ『目立つ真似はしない』と約束したのに、それを破ったのは俺だから。
諌めようとしたルーファスを傷つけてまであんな行動に出たのは俺だから。
だから。
ちゃんと頷かなければならないのに。
そうすることができなくて、ルーファスから視線をそらすようにして俯いてしまった。
その弾みで、また涙がボロボロと零れ落ちていった。
「……どうなってんだろうな。セディに続いてお前までもがああなるとは思いもしなかった。まるで連鎖反応でも引き起こしているかのように、同じ時期に同じような状態に陥るなんてな。それとも……シグゲイツの血が特殊なだけなのか……?」
まるで独り言のように吐き出されていくルーファスの言葉を、力なくぼんやりと見上げながら聞いていた。
────兄上も同じ……?
そうだ。
同じなんだ。
今の俺は、あの時の兄上ときっと同じ気持ちなんだ。
こんな形で思い知ることになるなんて考えもしなかった。
「俺、の……」
「うん?」
「俺、の……唯一……?」
「……ああ。そうだな」
「や、っと……また……」
「ああ」
「次、俺、10年……ッ……」
「……うん。ゴメンな…………?」
「そんなに、後、とか……もう、嫌だ…………」
「うん。そうだよな……嫌だよな……」
それからしばらくの間。
俺はルーファスにしがみついたままずっと泣き続けた。
その間、ずっと慰めの言葉をかけながらルーファスは俺を抱き締め、頭を撫で続けてくれた。
『ゴメン』なんて。
ルーファスは何も悪くない。
正しいことをしただけだ。
本当に悪いのは俺のほうなんだ。
なのに。
俺は謝れず、逆にルーファスが謝っている。
もうこれ以上『ゴメン』だなんて言わせたくなんかないのに。
それでも謝らせてしまっているその事実が辛い。
……でも。
自分自身の感情もうまく割り切れなくて。
ただただ、どうしようもなくて。
今はまだ思い切り泣くことしかできそうになかった。
後に。
兄上の時と比べ、この時の俺の状態のほうが何十倍も酷かったとルーファスから聞かされることになる。
そして同時期に己の『唯一』という存在。
その概念について、詳しく教えてもらうことを約束されたのだった……─────
久々にキャラに振り回されました(^^;;
最初は全くそんなつもりはなかったのですが、気づいたらランディがルーファスを傷つける……という状態になってました。
修正かけようかとも思いましたが、感情に支配されて本能のままに思いっきり動いてる感じだからいいかな~とそのままにしときました(´>∀<`)ゝ))エヘヘ
まだまだ別視点は入るのですが、一旦フローレンのほうに戻ってから再び別視点、という感じになりそうです!




