ニコール・レイ・オルフェンス 2(???視点)
前回の続きになります♪(о´∀`о)
~ニコール・レイ・オルフェンス 2~
それから私はユニコと約束したように、健康な身体作りをするべく努力を重ねた。
生まれつきのひ弱な身体にはどれもこれもがハードすぎて、一筋縄ではいかない現実に何度も心が折れそうになった。
けれどその度にユニコの顔を思い出し。
そして、あの日のレオの泣き顔も同時に思い出して己を奮い立たせた。
例の如く高熱に魘され意識を失った時は、あの日初めてユニコと会ったあのアヤメのお花畑で私の意識が戻るまでユニコと語り合った。
ユニコが話してくれる『前の世界』のことは不思議なことだらけで、知らないはずなのになぜか知っているという奇妙な感覚を何度も味わった。
それはとても便利で優れた世界。
羨ましいなと思う。
その世界なら、私の身体はすぐにでも良くなるかもしれないのに……という望みさえ抱いてしまう。
いけない、いけない。
弱気になってしまっているわ。
ないものねだりなんて、そんな無意味なことをやってるヒマは私にはないというのに。
そんな私の考えはユニコには常に筒抜けで、私が弱気になる度に苦笑しながら頭を撫でてくれる。
そして、私の気を紛らわせようと、色々なことをしてくれるのだ。
中でも驚いたのは、ユニコが最初に会った時とは違う服装での姿を何度も披露してくれたことだ。
どう見てもこの国の貴族男性がするような格好なのだけど、それがユニコにはよく似合っているのだから不思議だ。
着こなしだけでなく、立ち居振る舞いまでもが完璧という徹底っぷり。
更に不思議なことに『大人になったレオはこんな感じなんだろうな……』と思わせるくらいに、その姿の時のユニコはレオとよく似ている気がした。
どうしてこんな風に違う服装になれるのかと訊いてみたところ、ここは現実の世界ではない自分たちの意識が作り出した一種の幻覚世界も同然だから、己のイメージ次第でどうとでもなるのだとか。
試しに『こういう服が着たい』と頭の中で思い描いただけで、望んだ通りの服装になれたのだという。
────一種の幻覚世界か……
────何でもアリなのはそのせいなのね……
なんだかんだで私も馴染んでしまっているので『まぁいいか』と深く考えるのはやめることにした。
そう思っていたら……
『えいっ!』
「!?」
一瞬のうちに、私が着ている夜着がワインレッド色のレースとフリルがたっぷりのドレスへと変わった。
────これ、知ってるわ……
────ユニコの世界で言うごすろりとかいうファッション……
『うふふふふっ』
「突然何をするの、ユニコ!?」
『似合うと思って。……うん。思った通り、やっぱりよく似合うわ』
「もぅ……」
……なんてむくれてみせても、ただの照れ隠しだってことはユニコにはお見通し。
だってユニコはもう一人の私なんだもの。
『お手をどうぞ、ニコール嬢』
「……やめて、ユニコ。その姿でそんなことをされるだなんて何だか変な感じがするわ」
『そう? 結構こういうことやってたんだけどな、私』
「舞台俳優でも目指していたの?」
『まさか? これは単なる私の趣味♪』
……と、こういった感じでたまに分からないこともあるのだけれど。
私とユニコは多くの知識を共有していった。
尤も。
大半の知識はユニコが前に生きていた『ニホン』という国のものばかりなんだけれど。
そうしてしばらくの時が経った頃。
『信じるか信じないかはニコールの自由』と前置きをしてユニコが教えてくれたことに私は衝撃を覚えた。
なんと、私が今生きているこのドラグニア王国は、ユニコの世界での創作物の舞台そのものだと言うのだ。
その創作物の中での私は『名前は出ておらず、生死の定かもハッキリしていないオルフェンス家の深窓の令嬢で、レオニールの姉』というぼんやりとした表現で登場しているらしい。
見る人の捉え方次第では生きているとも死んでいるとも取れる曖昧な存在。
そんな私の存在がレオを苦しめ、私に対する罪悪感から、レオは物憂げでどこか翳のあるミステリアスな青年へと成長していく。
ユニコが言うには、その創作物でのレオは『生まれつき身体が弱く、幼少の頃からずっとベッドの上で寝たきりの状態で過ごしていた姉に対して酷く負い目を感じていた』のだとか。
姉が病弱なのは自分が姉の分まで健康な身体で生まれてきたから。
更には『自分が姉の命を削って取り上げているからそうなってしまった』などという、とんでもない方向へとその考えが向かったというのだ。
そんな思い込みから自分自身を責め続けた結果、レオは塞ぎがちになり、ユニコ曰く『物憂げでどこか翳のあるミステリアスな青年』になったのだという。
そこにはもちろん、ほとんど毎日のように苦しそうに泣き続けた、という過程も含まれている。
私とユニコがもう二度とあんな風に泣かせないと誓ったあの泣き方のことだ。
そして、将来レオをそんな風にさせないためにも、私が健康で元気に過ごせるようになることが必須だという。
そのことには私も賛成だ。
だって、レオが泣いているところなんて見たくないもの。
私のせいで泣くなんて、そんなこと耐えられない。
レオが泣かずに済むのなら私は何だってやってみせるわ!
決意新たにグッと拳を握り締めたところでユニコからポンと背中を押された。
『そろそろお目覚めの時間よ、ニコール』
「分かったわ」
現実世界へと目覚めるべく、光溢れるアヤメのお花畑から一歩を踏み出しかけたところで、今の自分がゴテゴテのごすろりファッションであることを思い出す。
「ユニコ、服を元に戻して?」
『ここは夢の中みたいなものだからそのまま目を覚ましても問題ないわよ?』
「そうなの? じゃあ、このまま帰るわ」
……と、再び足を踏み出したところで、大事なことをユニコに訊くのを忘れていたことを思い出す。
「そうだった! 私ユニコに訊きたいことがあったのよ! うっかり忘れて帰るところだったわ~!!」
『えっ? 何?』
「苦手なお野菜って、どうしたら食べられるようになるの~~~!?」
『へっ? 野菜…………?』
────どうしても食べられないものは食べられないのよ!
────だからユニコ、そんな顔して私を見るのはやめてくれるかしら?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そんな日々を幾日も繰り返し、重ねた努力の甲斐もあって私の身体は少しずつ健康体へと近づいていった。
それでも周りの人と比較すると、私はまだまだ貧弱な部類で相変わらず軽い風邪でも簡単に参ってしまう。
一応時間限定ではあるけれど、邸内の中庭に出てお茶を飲む時間も取れるようになったし、調子のいい時は専属メイドに付き添ってもらって邸の中を軽く歩けるくらいにまでは健康になった。
あまり家族や使用人の皆に心配をかけたくないから、ユニコとの約束通り、決して無理だけはしていない。
そして今日。
ある意味、大事件とも呼べるべき騒動がこのオルフェンス邸で起きてしまった。
レオがいなくなってしまったのだ。
一番最初に気がついたのは、レオのマナー担当の先生だ。
近々レオが王城に上がるとのことで、今まで習ってきた対面時のあいさつを一通りおさらいし、もう一段階洗練された立ち居振る舞いを覚えてもらうことになっていたらしい。
時は既に夕刻を指している。
もうすぐ17時半になろうとしているところだった。
────どうして?
────お昼すぎに、私のところに来て色々お話ししてくれてたじゃない?
────なのに、私にも何も言わずにいなくなっちゃうって、どういうことなのレオ?
ぐるぐると混乱する頭を必死に落ち着かせながら、レオと話をしていた時のことを思い返す。
あの時、何を話した?
話題を振ったのはどちらからだった?
「…………あ」
思い出した。
先に話を振ったのはレオだ。
確か……そう、オルフェンス家の領地内にある町、クララットの催しのことを言ってきたんだ。
私がずっと興味を持っていた町の催し。
元気になったらいつか行きたいと考えて、それも努力するための目標の一つとして数えていたんだ。
訊かれたから、単純に『行ってみたい』と返事をした。
でも、どうせ行けないから……というのが分かりきっていたから、ちょっとばかり悔しさが混じって返事をした時の声が震えていたかもしれない。
────もしかしてレオ……それが原因で邸を飛び出していっちゃったの!?
もしそうだったら、レオがいなくなったのは私のせいだ。
探しに行かなきゃ。
幸いなことに今日はいつもより随分と調子がいい。
外に出て探すことも十分可能なはずだ。
時計を見上げ、再び時間を確認する。
暗くなる前に何としてでもレオを見つけて連れ帰る。
そうと決まったら、着替えをして、同行してくれる護衛を数人募って、それから……
「───ッ!?」
ベッドから出て歩き出そうとしたその瞬間。
急激に全身から力が抜けて、その場にへたりこんでしまった。
立ち上がろうにも、全然力が入らない。
まるで何かに邪魔されているような、そんな感じ。
『行っちゃダメよ、ニコール!』
────ユニコ!?
────レオがいなくなってしまったの!
────お願いだから邪魔しないで!
『いいえ、そのお願いは聞けないわ。なぜなら……あなたが動くことで、レオはまた泣いてしまうから。取り返しがつかないことになってしまっても、いいの?』
取り返しがつかないこと?
レオがまた泣いてしまう?
────それって……?
『もう二度と、あんな風にレオを泣かせないんじゃなかったの?』
────!!?
『今ここであなたが動いてしまったら、これまであなたが積み重ねてきた努力が全て無駄になってしまうのよ?』
────それは……私が動くことで、レオがあんな風になってしまうってこと……?
『……ええ、そうよ』
────それじゃあ……私はどうするべきなの、ユニコ?
『何もしないで。ただ、レオの帰りを待っていてあげて。レオは、ちゃんと無事に戻ってくるから』
────本当に、本当にレオは無事で戻ってくるのね?
『ええ。だから、あなたは何もせずにここでレオの帰りを待っていてあげて』
────……分かったわ
────ユニコの言う通りにする
いつだって、ユニコの言うことは正しい。
私が間違った方向へと進んでいかないように、いつも大事なところで正しく導いてくれる。
今回のこともそうなのだ。
焦って動こうとしても何の解決にもならない。
ウォーレン兄さまだって言っていたじゃないか。
『焦らずに』って。
そうして、心を落ち着かせるために深呼吸をした直後。
「……幼少時、エピソード?」
ふいにそんな言葉がぽつりと零れた。
『そう。レオが心に大きな傷を負うことになる、哀しい出来事よ。……だけど。あなたが動かなければ、その哀しい出来事は決して起こらない。言っている意味は分かる?』
「……ふらぐを折るのね?」
『そういうこと』
「なら待つわ。レオの帰りを待って、笑顔で迎えてあげるの。それでいいのよね?」
『そうよ。100点満点の答えね!』
頭の片隅で、ユニコが満面の笑みを浮かべて頷いている姿が見えた気がした。
「ねえ、ユニコ」
『何?』
「……もし私が動いたら、どうなってしまうの?」
『…………聞かないほうが賢明だと思うけれど。聞きたいの?』
「いいえ。やっぱりやめておくわ。何となく想像がついたもの。ユニコが考えていること、少し分かった気がするわ。今日この時の私の行動が、レオの運命を大きく変えてしまうのよね? それだけ分かれば十分だわ」
……もし。
もしも、私がユニコの言葉に従わずに動いてしまったら。
きっと、こういう風に続いてしまうのでしょうね。
いつかのあの時。
ユニコが私に聞かせてくれた、あの『創作物』の話のような未来へとレオは進んでいくことになる。
その話に出てくる私は、名前もなくただ存在だけを仄めかされていた深窓の令嬢。
けれど実際は、生死の定かが明らかにされていない、存在しているかどうかすら分からない幽霊のような扱い。
死んでいるのか。
それとも生きて動けないでいるだけなのか。
どちらにしても、私がそんな状態になるに至る出来事が、今日の私の行動次第で起きてしまうことになる。
だからユニコは私を止めた。
そうならないように、多少強引な手を使ってまで。
「……でも、だからって。一瞬だけだったとはいえ私の身体の自由を奪うだなんてひどいわ」
『ゴメンね? 力尽くでも止める必要があったから』
「本当に、文字通り力尽くだったわよ……。おかげで体力がごっそり持っていかれて疲れちゃったじゃない……」
『ふふっ。それじゃ、レオが帰ってくるまでゆっくり休むといいわ。ベッドでね?』
「はぁ~……ユニコって時々イジワルよねぇ……」
『イジワル? とんでもない。これは愛のムチよ? ニコールが間違った道を行かないためのね?』
「……分かってる。分かってるつもりだけど……時々ユニコのその大胆さについていけない。本当に私はユニコなの?」
『もちろん。なんだかんだで私のやることなすこと全て受け入れている時点であなたが私であることは確かね。すっかり私の思考に染まっているのがその証拠よ』
「……確かに」
ユニコが言うように私はすっかりとユニコに染まってしまっている。
だけど……
────それを言うならユニコも同じだと思うのよね……
ユニコだって、しっかりと私の思考に染まってきているし。
大雑把にしか分からなかったこの世界の文化や常識を自分の知識として取り込んでいっているものね。
『……さて、と』
「?」
『そろそろニコールは休む時間。あまり長い間こうしていると、誰かが来た時に大変よ? ニコールが『独り言ばかり言ってる』と健康面とは違う方向で心配されちゃうわ』
「!? それは大変! どこもなんともないのにお医者さまを呼ばれてしまう!」
『ね? 大変でしょう? だからそろそろ休んでね、ニコール?』
「そうするわ。おやすみなさい、ユニコ」
『ん、おやすみ』
その一言を最後にユニコの気配はなくなった。
ただ、気配が消える一瞬前に、頭の片隅でにっこり笑いながらひらひら手を振っているユニコの姿が見えた気がして、思わず『くすくす』と小さく笑ってしまったのはここだけの話だ。
……まぁユニコは気がついているでしょうけどね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから私はベッドに入ってすぐにうとうとと眠ってしまった。
目が覚めたのは、にわかに邸内がざわめきはじめたから。
『……何事だろう?』と未だ眠気が残る目元を擦りながら起き上がったその時、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。
「ニコールお嬢様、起きていらっしゃいますか?」
「……起きているわ。どうぞ、入って?」
「失礼いたします」
部屋に入ってきたのは私の専属メイドのリィナだ。
「レオニール坊ちゃまがお戻りになりました」
「本当?」
「はい。若様と一緒です」
「ウォーレン兄さまと一緒だったの?」
「詳しい話はこれから奥様が伺うとのことでした」
レオが無事に帰ってきたことが分かり心の奥底からホッとした。
ユニコから聞かされて無事に帰ってくることは分かっていたものの、やっぱり実際に帰ってくるまでは不安だったのだと思う。
安堵したと同時にへなへなとベッド上に突っ伏す形で力が抜けてしまった。
「お嬢様!?」
「……大丈夫。ホッとして力が抜けちゃっただけ」
へらっと情けない表情で笑ってみせると、リィナが苦笑した。
「そのご様子では食堂でのお食事は無理がありそうですね」
「……そうね。歩くどころか立ち上がる力も出そうにない」
────半分はユニコがやってくれたおかげでね!
「では本日も部屋でお食事を摂られるほうがよさそうですね」
「私もそう思うわ」
「ではお運びいたしますのでしばしお待ちを。食前には何をお飲みになりますか?」
「そうね。さっぱりした口当たりのものがほしいわ」
「ではオレンジの果実水をお持ちいたします」
「ええ。よろしくね、リィナ」
「かしこまりました。それでは今しばらくお待ちください」
リィナが退室したのを見届けて『ふぅ……』と大きく息を吐き出す。
「ユニコ。レオが帰ってきたって」
『ええ。私にもちゃんと聞こえていたわ』
「無事だということが予め分かっていても、本当は心配だったの。ちゃんとレオが帰ってきたことを確かめるまでは……って」
『……そう』
「うん。だから、レオが無事だって分かってホッとしたら力が抜けちゃって……」
『気を張って身体に力が入りすぎていたのよ、きっと』
「……うん」
『休んだ意味、あまりなかったんじゃない?』
「……私もそう思ってたところ」
『ふふっ。しっかりと食事をして少しでも抜けてしまった力を取り戻さないとね?』
「うん。夕食はしっかりと摂るわ。それで、少しでもいい状態になってレオにお話聞かせてもらわないと!」
『そうね。その調子よ、ニコール。それじゃ私は引っ込むわ。メイドさんも戻ってくるでしょうし。また夜にでも話しましょ』
「分かったわ」
スッとユニコの気配が遠ざかったところでリィナが戻ってきた。
ワゴンに載せられた数種類のメニューは、どれも私の身体を考慮して作ってもらった野菜中心の料理だ。
野菜が苦手でなかなか食べられない私は、ユニコに相談して『食べやすく調理してもらうこと』というアドバイスをもらった。
私だけのためにそんな我儘を言っていいのかと心苦しくなったけれど、ユニコは『食べないって拒絶するわけじゃないから大丈夫』だと言った。
それから『寧ろ苦手で食べられないものを食べられるようになりたいと言ってるわけだから、それは我儘じゃないよね?』とも。
『きっと喜んで協力してくれると思うわよ?』と、にこにこ笑いながら断言された。
『大丈夫かな……』と思いつつも、お母さまをはじめ厨房を預かる料理人の皆に、ユニコからもらったアドバイスに従ってお願いをしてみた。
その結果、ユニコの言った通りになった。
本当に皆が喜んで、私が苦手な野菜をおいしく食べられるよう、試行錯誤を繰り返しながら様々なメニューを考案してくれたのだ。
その後ユニコからは『健康には栄養面からも特に豆類がいいのよ!』と握り拳付きで力説されて、それも料理人の皆に伝えてみたところ今度は数種類の豆のスープを作ってもらえた。
今では『健康的な』と称されるメニューの大半はオルフェンス家の定番だ。
なぜそこまで身体にいい健康的な食材のことを知っているのかユニコに訊いてみたら、前世の世界の趣味友だちの親友がそういったことを含めた料理全般に詳しかったのだそう。
実際にはその人とは直接会ったことはなくて、趣味友だちを間に挟んで色々と教えてもらったらしい。
『その子ね、パティシエだけあって特にお菓子が絶品だったの! レンちゃんを通して色々差し入れをもらったんだけど、一瞬でその味の虜になっちゃって! しかもお菓子だけじゃなくて料理全般得意だっていうじゃない? それで、レンちゃんに間に入ってもらって色々と教えてもらったの。レシピだけじゃなくて、疲労回復にいい食材とか、その組み合わせでのオススメ料理だったりとか、いい食べ合わせ、逆に悪い食べ合わせとか、とにかくもう……たっっっっくさん教えてもらったの!!』
ちょっと興味があって訊ねてみたら、興奮気味にたくさんの答えを返してくれた。
ちなみに『レンちゃん』というのはユニコの例の趣味友だちの名前らしい。
けれど本名ではないとのこと。
『なぜお友だちなのに本名じゃないのか……?』と疑問に思ったのは一瞬だけ。
その疑問はユニコと共有している知識からすぐに理解できた。
ユニコが前世に生きていた世界はドラグニア王国とは違った文化で『カガクギジュツ』とかいうものが発達した情報化社会だ。
とても便利な世界ではあるけれど、個人を証明するほんの僅かな情報から犯罪に発展することもあるというのだからある意味ではとても恐ろしい世界だとも思う。
その情報による犯罪というものが『実力行使的な暴力』ではなく『社会制裁的な暴力』みたいに思えてゾッとしたのは記憶に新しい。
しかも顔も名前も知らない誰かに、いつの間にかやられてしまっているケースがほとんどだというのだから尚更だ。
けれどユニコは『しっかりと自衛できていれば大丈夫』だと、まるで何でもないことのように言う。
それを聞いて『まぁ、確かに……』と納得したのは、この国の貴族社会でも全く同じことが言えるからだ。
何にせよ自衛は大事。
住む世界が違っていても、自分で自分の身を守る必要があることは同じなのだなと改めて思った。
そんなことをしみじみと考えていたら、ユニコが『子どもらしくないつまらない話はやめにしよう』と先ほどの話へと話題を方向転換させ、再び健康志向な食べもののことを熱く、それはもうとても熱く語り出した。
やれ『ハッコウ食品』がどうのだとか『すぅぱぁふぅど』がどうのだとか、それこそ怒濤のように。
たぶん私の知識にもあるのだろうそれらの言葉は、ユニコのあまりにもの勢いに全部滑っていった。
つまり……『何を言ってるのか分からない』状態になってしまったわけで。
……とまぁ、こんな感じで熱く語り尽くした後に『不器用ながらも自分で料理をして色々試しているうちに、見事に料理にも健康志向にもハマってしまった』とユニコは締め括った。
自他ともに認める『健康おたく?』とかいうものになっていたらしい。
色々詳しいのはそのせいだ、とも。
それを聞いて『道理でユニコが頑丈で健康が取り柄だと言い張るわけだ……』と妙に納得した。
身体にいいものを摂り続けて、身体にいいことを習慣として続けていたら、確かに健康体で日々を元気に過ごしていられる。
ユニコとは深層心理の中の幻のような場所でしか対面できないけど、会った時はいつだってニコニコの笑顔だし、生命力に溢れていて生き生きとしている。
見ているこっちのほうまでその元気を分けてもらえている気分になるのだ。
あの時ユニコが言っていた『私はあなたの健康を司る部分なのかも……』という言葉は強ち間違いではないのかもしれない。
────だって……とってもまぶしいのよね、ユニコって……
────生きているっていうのは、こういうことを言うんだわ、きっと……
そう思うと、今の私は『元気』とはまだまだほど遠い。
もっと言うなら、ユニコが私と一つになって一緒に生きていけるようになるのはまだまだ先の話、ということにもなる。
「……情けないわ」
思わずぽつりと零してしまった。
「お嬢様?」
突然の私の独り言に、側で控えていたリィナが不思議そうな顔で問いかけてきた。
「いかがなさいました? もしやお口に合わなかったとか……?」
「ううん、違うの。とってもおいしいわ」
「では?」
「ん~……頑張ってしっかり食事を摂るようにしているのに、いつまで経っても人並みに健康だとは言えない自分が情けないと思って」
「まあ。そのような……」
軽く目を見開いたリィナに苦笑を返す。
「だって本当のことでしょ?」
自分が一番よく分かっているわ。
いくら調子がいいと思う日があっても、それが『たまに』のことならとてもじゃないけれど『健康だ』とは言えないものね。
「そうは仰いますがお嬢様。昨年と比べますと、今のお嬢様は随分と健康になられていると思いますよ?」
「本当?」
「ええ。お食事も以前とは見違えるほどに召し上がるようになりましたし、顔色もずっと良くなられました。ご自身ではなかなかお気づきにはならないのでしょうが、確実にベッドから出ている時間は多くなっておりますよ。それはお嬢様の身体が日に日に健康になられているという何よりの証拠でございましょう?」
……そうなのか。
周りの目には、そんな風に見えているのか。
だったら……
「いつか私も、レオのように外に出て色々なものを見られるようになるかしら?」
「もちろんですわ」
リィナからの返事は柔らかな笑顔での肯定の言葉だった。
「今しばらくの辛抱ですよ、ニコールお嬢様。今はまだ辛いことの繰り返しかもしれませんが、来たる日のためにも、今の習慣をコツコツと続けてまいりましょう」
「分かったわ」
たとえ地味なことの繰り返しでも、それが大事なのだと分かっているから私は諦めたりなんてしない。
「私、頑張るから。リィナも応援してくれる?」
「もちろんですわ。私にできることがありましたら何でも協力させていただきます。遠慮なく仰ってくださいね?」
「それじゃ、さっそくお願いしてもいいかしら?」
「はい。何でございましょう?」
「レオと話をしたいの。すぐにじゃなくていいわ。レオが落ち着いた頃に私の部屋に来てもらえるように伝えてもらってもいいかしら?」
「はい。ではそのようにレオニール坊ちゃまにお伝えしましょう」
「お願いね、リィナ?」
それからゆっくりと時間をかけて食事を摂った。
優しくおいしい味わいに身体が徐々に癒やされていくような感じがした。
食後はホッとした気持ちでお茶を口にする。
これも身体のことを考えて淹れてくれたハーブティーだ。
リラックス効果のあるラベンダーの香りがとても優しく、思わず『ほぅ……』と溜息にも似た息を零してしまう。
「だいぶ落ち着かれたようですね、お嬢様」
「ええ。おいしい食事と、優しい香りのお茶のおかげね!」
「それはようございました」
柔らかな笑顔で応えてくれたリィナがテキパキと食事の後片付けをしてくれているのを横目に、私はチラリと時計を見遣る。
────19時半すぎか……レオはまだ食事の最中だろうな……
伝言を頼んだのはいいとして、レオが落ち着く頃というのが、私が寝落ちるくらいの時間にならなければいいのだけど。
だいぶ落ち着いたとはいえ、まだまだ身体は疲れているしね。
あまり遅くなるようだとレオと顔を合わせる前に寝てしまいそうだわ。
ラベンダーのリラックス効果も、ここぞとばかりにいい感じで相乗効果を発揮してくれそうだし。
ちょっと気を緩めているだけであくびが出てくるほどにはね。
「リィナが出ていく時にミントの葉を頼めばよかったかも……」
噛めばスッとするから気休め程度の眠気覚ましにはなったかもしれないのに。
なんてことを考えていたら扉がノックされた。
「?」
────リィナが戻ってくるにしては早すぎるわね……
一体誰かしら?
待たせるわけにはいかないから返事をしないと。
「どうぞ」
その直後、開かれた扉から顔を覗かせたのはレオだった。
少し後ろには母さまの姿も見える。
もしかしたら、リィナからの伝言を聞いてすぐに来てくれたのかもしれない。
「おかえりなさい、レオ」
「た……ただいま、姉さま……」
ちょっとだけ緊張しているように見えるのは気のせいかしら。
ううん、緊張というよりは……そわそわしてる?
いつものレオらしくない姿に思わず笑みが浮かんでしまう。
「聞いたわよ、レオ。クララットまで大冒険してきたのですってね?」
そう告げると同時に私は手招きでレオを呼ぶ。
「こっちへ来て、レオ。お話、聞かせてくれるのでしょう? クララットで、一体どんな大冒険をしてきたのかしら? 余さず私に聞かせてちょうだい?」
私の言葉に一瞬躊躇いを見せたレオだったけれど、母さまから促されるようにそっと背中を押されたことで私の側へと歩み寄って来てくれた。
「あの、ね……」
何から話そうか。
そんな考えが読めるような表情でレオが右に左にと視線を彷徨わせる。
「え、っと……あの……姉さま、コレ!!」
バッと目の前に差し出されたそれに目を丸くする。
「あなたへのお土産ですって、ニコール」
「私に?」
「う、ん……」
真っ先に目に飛び込んできた、淡いピンク色が中心のかわいらしいガーベラの花束を見て思わず口元が緩んだ。
「かわいい花束……ありがとう、レオ」
「!」
お礼を告げたと同時に、レオの表情がパッと明るくなった。
照れくさい気持ちもあったのか、ほんのりと頬が赤く染まっている。
そこからレオの『クララットでの話』が始まった。
勢いで飛び出したこと。
大丈夫だと思っていた数々のことが全然大丈夫なんかじゃなかったこと。
持ち出していたお金が金貨だけだったことでまともに買いもの一つできなかったこと。
困っていたところを親切な女の子に助けてもらったこと。
どれもこれもが失敗談だという風に語ったレオだけれど、未知のことに遭遇して様々な経験をしたのだから、初めてだらけのレオにとってのそれは立派な冒険だと思うのよね。
そこで気づいたことがある。
話の中で、レオの口から『エマちゃん』という名前が何度も出てくるな、と。
その『エマちゃん』という子がレオを助けてくれた親切な女の子だというのはすぐに分かった。
だってレオが『エマちゃん』と口にする度に表情がうれしそうなものに変わるんだもの。
これはレオの中で『しっかりと特別な存在として認識されているわね』と断定できる。
本当に幸せそうな笑顔で『エマちゃん、エマちゃん』って繰り返してるし。
「まぁ、レオったら。私やウォルの前では頑なにその女の子の名前を出さなかったというのに。ニコールの前では何度も何度も嬉しそうに言うのね」
「……えっ?」
「あら、無意識?」
「ふふっ。そうみたいね、母さま」
「かわいいわぁ、レオ」
「本当。幸せそうに『エマちゃん』なんて言っちゃって」
「わぁぁぁ!? 母さまも姉さまもからかわないでっ!!」
あらあら。
照れなくたっていいのに、レオってば。
我が弟ながら本当にかわいいわ。
きっとユニコも微笑ましい気持ちで今のレオを見守っていることでしょうね。
そんな感じで、ここから先は『エマちゃん』のことを中心に、次から次へと質問を繰り返していった。
もちろん、わ・ざ・と♪
だってレオにこんな顔させちゃう女の子のことなんて知りたいに決まってるじゃない?
お母さまも同じみたいであれこれ聞き出そうとしてるし。
何よりも、ユニコだって知りたいと思うのよね。
だから遠慮せずにどんどん『エマちゃん』とのあれやこれやを聞かせてもらうつもり。
……うふふっ♪
最初こそ渋々だったレオも、うっかりエマちゃんの名前を出したのが運の尽きと諦めがついたのか、最終的にはちゃんと話してくれた。
半分ヤケになっていたともいうわね。
聞いているこちらは楽しいからもっともっと聞きたいところだけど。
そんなレオを陥落させちゃったっぽいエマちゃんが、お土産代やその他諸々の支払いを持ってくれたというのだから、私や母さまがエマちゃんに対してますます興味を抱くのは自然の流れだと思うのよね。
おまけにレオったら、エマちゃんとしっかり明日の約束までしちゃったなんて言うんだもの。
母さまと二人で『まぁ、ちゃっかりしてるわぁ』なんて呆れつつも盛り上がってしまったじゃない。
レオが言うには出してもらったお金を返すためにも絶対に明日も行きたいのですって。
でも、ねぇ……?
「ダメよ、それじゃ!!」
「ね、姉さま……?」
「ただお金を返すだけなんてダメ! 今度はレオが全部の支払いを持つくらいのつもりでいなきゃ!」
「そうねぇ。出してもらった金額がどのくらいなのかよく分からないのでしょう?」
まぁ小さな町でのお買いものに金貨を出そうとしたくらいだから。
きっとレオは町の物価の基準が全く分かっていないのだと思うわ。
「それだったら、ただお金を返すにしてもいくら返せばいいのか分からないものねぇ」
「でしょう? だから私は、レオが『エマちゃん』にしてもらったことを同じようにしてあげることが一番いいと思うの!」
「確かにその方法が一番良さそうね」
母さまと二人で『うんうん』と納得し合っていると、レオが恐る恐るといった感じで問いかけてきた。
「あの……ぼく、明日もクララットに行ってもいいの……?」
「「当たり前でしょう!」」
────寧ろ行かなくてどうするの!!
「それじゃ明日レオが持っていくための銀貨や銅貨を用意しておかなくてはいけないわね」
ウキウキしながらこう言っている母さま。
これは明日レオについて行くつもりでいるわね、きっと。
その後も町での話を聞かせてもらいながら、時折お土産のことに触れた。
レオが気に入ったという生洋菓子は私が大好きなジャム専門店『リーフ・ドゥ・エル』が催しの期間限定で出しているお店のものらしい。
『プチジャムクレフ』というそれは、ユニコの世界でいう『くれぇぷ』とかいう食べものに似ている気がした。
夕食のあとだから食べるのは1個だけだと母さまから言われ、ベッド上ではあったけれど待ちきれずにレオと一緒に食べた。
その時にレオがそっと手を合わせて『いただきます』と口にしたこと。
そして、食べ終わったあとにも同じように『ごちそうさまでした』と言っていたことにちょっとした引っ掛かりを覚えた。
確かそれらの言葉は、ユニコの世界での食に関する文化特有のものだったはずだ。
『なぜその言葉を……?』と、口に出しそうになるよりも先に母さまがレオに訊ねたほうが早かった。
「不思議なことをしているわね。今のは何だったの、レオ?」
「エマちゃんに教えてもらったんです。食事をする時の感謝の言葉なんだって言ってました。作ってくれた人全てに対する感謝の気持ちを表す言葉だって」
「素敵ね。そういうことまで教えてもらったの?」
「はい!」
ニコニコの笑顔でレオは『お花のことも教えてもらった』と続けた。
これはお土産の花束のことらしい。
最初レオは、私が大好きなアヤメの鉢植えを買おうとしていたのだとか。
ただ、そこに『お見舞い』の意味も含んでいたことをエマちゃんが気づいて『鉢植えはダメだ!』と、その理由を語るとともに花束を勧めたのだという。
それも鉢植えは病気が根付くだとか、紫色はお見舞いには適していない色合いだとか、どれもこれも引っ掛かる理由ばかり。
────これって……
────ユニコの世界での考え方……よね?
『そうね、日本独特の慣習になるわ』
頭の中で考えていたことにユニコからの返事が返ってきた。
『……どうも気になるわね、そのエマって子。直接会って見てみたいくらいよ』
そう言ったきり黙り込んでしまったユニコは、何か思うところがあるのかそれ以上私に何かを言ってくることはなかった。
もしかしてその子もユニコと同じなのかしら?
私よりもユニコのほうが色々と引っ掛かりを覚えていそう。
そんなことを考えていたら、レオがお土産の袋から何かを取り出して私に手渡してきた。
手渡されたそれは小さな肖像画を入れて飾る温かい木目調のフレームだった。
ただし、中に入っていたのは肖像画ではなく花の絵。
「あのね、姉さま。鉢植えはダメだけど絵だったら……って、エマちゃんが描いてくれたんだよ!」
そう言われて、改めて見たその絵には地面に植わったアヤメが描かれていた。
「これ、アヤメの花……」
「うん。エマちゃんがね、鉢植えのお花は諦めてもらうことになったから、その代わりになれば……って、描いてくれたんだ。枯れないアヤメのお花が、いつまでもずっと姉さまの目の留まるところにあったらいいな、って。そう言ってた」
「私のために……?」
「うん」
その子は、どこまで優しい子なんだろう。
いくらレオの身内だとはいえ、その子にとっての私なんて見ず知らずの赤の他人なのに。
なのに、そんな私のために、こんなにも丁寧なタッチで私の好きな花を描いてくれたというの?
嬉しすぎるその気遣いに、気づけば目元が熱くなってしまっていた。
それと同時に、この絵を見つめているとどこか懐かしい気持ちになってしまうことにも気づいてしまった。
────変ね……初めて見る絵なのに、まるで初めて見た気がしないわ……
そんな風に感じるのは、きっと私の中にユニコの記憶があるからね。
あとでユニコに確かめてみることにしよう。
「キレイ……私、このアヤメの絵、とっても気に入ったわ」
「本当? 姉さまが気に入ってくれたって知ったら、きっとエマちゃん喜んでくれると思う!」
「それじゃ、レオが私の代わりにお礼を伝えてくれる? 『素敵な絵をありがとう』『とっても気に入ったわ』って」
「もちろんだよ! 絶対に伝えるからね!」
描かれたその絵は、奇しくも私がいつもユニコと会うあのアヤメのお花畑とよく似ていて。
思いがけないその偶然に、自然と頬が緩んでしまう。
「本当に素敵……」
「うん。ぼくもそう思う」
「エマちゃんって、とっても絵が上手なのね」
「サラサラ……って、簡単に手早く描いていたよ」
「それはすごいわ」
……後に。
この絵が一つの切っ掛けとして『縁』となり、私たちを繋ぐこととなる。
けれど。
この時の私はそんなことになるなど全く予想もしていなかった。
ただ一人。
ユニコだけは何か確信めいたことに気づいていたようだったけれど。
それもまた、この時の私には知る由はなかったのだった……─────
レオくんの双子の姉であるニコールは転生者です。
現時点ではニコール(主人格)と由仁子(副人格)みたいな感じで分離している状態にあります。
ある意味「憑依」にも似た形となっていますが、元は一人として生まれてくる予定でした。
ニコールが病弱なのは、お話の中で出しているように由仁子と離れている状態にあるからです。
ここで由仁子の人格が完全消滅してしまっていたら、ゲーム設定そのもののレオニールの姉、という風になっていたかもしれません。
ニコールの考え方が大人びているのは由仁子の影響を強く受けているからです。
サブタイトルで「???視点」としたのは「ニコールでもあり由仁子でもある」ことから、限定して書かないほうがいいかな、と思えたため。
……なのですが。
別に「ニコール視点」としちゃってもよかったんですかね~……?(・・;




