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ニコール・レイ・オルフェンス 1(???視点)

閲覧、ブクマ、評価といつもありがとうございます(*・ω・)*_ _))ペコリン


まだまだ別視点でのお話は続きます!

今回はちょっと特殊なので敢えて「???視点」とさせていただいてます(^^;;






『私の中に、もう一人の私がいる』



そのことに気がついたのは、病魔に侵されて酷い高熱に魘された、物心がついたばかりの頃。


「おかしいな……頑丈で健康なだけが取り柄だったはずなのに……」


思わず零した独り言に『えっ?』と疑問に思ったのと同時に抱いた違和感。

それが、私が『私の中のもう一人の私』を認識した瞬間だった……─────















~ニコール・レイ・オルフェンス 1~






────思うようにままならない自分の身体が憎い……



弱いのは、生まれつき。



母さまが言うには、私が生まれてくるのに然程時間はかからなかったらしい。

その当時の様子を『まるで何かから逃げてくるかのように、あっという間にお腹から出てきた』と語っていた。


その影響もあったのか、生まれたばかりの私は、お産に付き添っていた母さまの侍女の腕の中でぐったりとしていて産声の一つも上げなかったという。

一時は死産を疑われたのだそうだ。

ほんの僅かな身動ぎが、私が生きて無事に生まれてきたことを証明してくれたとも言っていた。


その後、母さまが半日ほどの長い時間を要した末にもう一人の子を産んだことを知る。

そのもう一人の子が私の双子の弟であるレオニールだ。

私が生まれてから(レオ)が生まれてくるまでの時間はかなり開いてしまっているけれど、間違いなく私と(レオ)は同じ日に生まれた双子の姉弟だ。

これで日付けを超えて(レオ)が生まれていたら、誕生日が一日違いの双子という何とも奇妙なことになっていたことだろう。


それはさておき。


ただでさえ母体に負担をかけてしまう『出産』は、母親にとって、人生における最大級の一大事とも言える。

双子をお腹の中に抱えていたのだから母さまの身体にかかる負担は相当なものだったはずだ。

そんな中で堰切ったように飛び出す形で生まれた私と、なかなかお腹から出てくることのなかった(レオ)

その事実だけでも想像を絶するほどの難産だったに違いないと言い切れる。

そんな辛い状況を耐えに耐え抜いて私たちを産んでくれた母さまには、どんなに感謝の気持ちを言い尽くしても足りないくらいだ。


『産んでくれてありがとう』


その言葉を口にする度に母さまから返る言葉は


『生まれてきてくれてありがとう。愛しているわ、私の可愛い双子たち』


……という慈愛に満ちた優しい言葉。


柔らかな笑みで(レオ)と私とを包み込む温かい腕に抱かれている時間はとても幸せな一時だった。


けれど。

その幸せは長くは続かなかった。

健康にすくすくと育っていく(レオ)とは違い、半日ほど早く生まれてきた私は、どういうわけか生まれつき身体が弱かったのだ。


ある寒い日のこと。

私とレオは同時に風邪を引いた。

季節特有のそれは、栄養のあるものを食べてたっぷりと寝ることで数日内には治まるような軽いもののはずだった。

そう、()()()軽い風邪。


けれど、軽い風邪で済んだのはレオだけで、私は治るどころか悪化した。

拗らせてしまった末、肺炎にまで至ってしまったらしい。


連日高熱に浮かされ、全身が酷く痛み、呼吸もままならない。

幼い身体を蝕む肺炎(それ)は、当時の私にとってはかなり重すぎる病気だったのだと思う。


『……おかしいな』

『たかが風邪でしょ?』

『薬飲んで一晩寝れば全快する程度の症状の軽い風邪で私の身体が簡単に参るはずがない』


次々と浮かぶそれらの考えにも疑問が浮かぶ。


えっ……?

本当にそうだったかしら……?


だって私はそんなに強い身体じゃないわ。

ちょっと無理をしただけで簡単に熱が出てしまうし、毎日のお食事だってレオほどは食べられないの。

同じことを同じようにやろうとしても、いつもレオより先に疲れてしまって、家族や側付きの人たちにはいつも心配をかけてばかりいるというのに。


そんな私が、薬を飲んで一晩寝るだけで風邪を完治させられる?

有り得ないでしょう、そんなこと。

今までだって、そんな奇跡みたいなこと、一度だって起きた試しはないわ。


『そんなはずはない』

『今までがずっとそうだったもの』

『多少の無茶をした程度で参るようなヤワな身体はしてないつもりよ?』

『その証拠に、3日くらい寝なくたって全っ然余裕で日常生活送れてましたからね!』

『頑丈な身体と健康だけが私の唯一の取り柄だったんだから!』


……いいえ。

やっぱり違うと思うわ。

だって、言われていることの全部が、何一つ私には当てはまらないんだもの。


今まで元気でいられたことのほうが少ないの。

無茶なんて、できるはずがないわ。

たくさん寝ていても身体はすぐに参ってしまうくらいだもの。

『頑丈な身体』と『健康』だなんて、今の私とは一番縁がないものだわ。


それなのに。


有り得ないものを『取り柄だった』なんて言うのはおかしいと思うのよ。


『……えっ?』


……えっ?


『おかしいな』


……おかしいわ


()()()()で思っていることなのに。

それを『おかしい』と疑問に思う私がいる。


どちらも『正しい』ことなのに。

そのどちらもが『違う』と否定してしまうのは一体なぜ?


『あなた、誰?』


あなたは、誰?


『私みたいだけど、まるで私じゃないみたい』


私のはずなのに、まるで自分で思っている私とは違う。


ああ、やっぱり。

肯定しながら否定している。

どちらも正しいし、どちらも間違い。

矛盾しているはずなのに、そうでないとも思えてしまうこの違和感は、一体、な、に…………?


意識が朦朧としてきた。

全身が熱い。

どこもかしこも痛くて、バラバラに引き裂かれてしまいそう。


ああ、ダメだ……

私の身体では、これ以上はもう、耐えられない……



────だって……こんなにも、痛くて、熱くて、苦しいのだもの…………



視界がぼやけていく。


涙のせい?

いいえ、違う。


段々と、色をなくしていっているのだわ。

このまま目を開けていることが辛くて堪らない。

もう、目を閉じてしまいたい。


そうして、

真っ暗な世界に深く沈んで、

目を開けることなく、

静かな闇の安らぎの中で、


永遠に、眠り続けていたい……


だって……永遠に眠り続けていたら……もう、苦しまなくてもいいのでしょう…………?






「やだ!!!」

「…………?」



「起きてよ、姉さま!!!」



落ちてくるのは熱い何か。

ぼたぼたと、まるで雨のように降り注ぐこれは、涙……?


『誰』の?

なんて、言うまでもないわ。


だって。

この世界で私のことを『姉さま』と呼ぶ人は一人しかいない。


「レ、オ…………?」


強く手を引くように、私の意識を暗い世界から掬い上げたのは私の双子の弟、レオニール。

不鮮明な視界が捉えたのは、私の顔を覗き込みながら苦しそうに泣くレオの姿だった。


ゴメンね、レオ。

こんな風に泣かせてしまうなんて。

私はレオのお姉さん失格ね。


握られた手を握り返すことのできない私を許して。

今は呼吸をすることさえ難しくて。

これ以上あなたの名前を呼んであげることもできそうにない。


……また、意識が沈みそうになる…………



『……ああ、やっぱり』

『ずっと、こんな風に苦しそうな顔で泣き続けてきたんだね……』

『だから……あんな風に思い詰めたような、()()()()()()になってしまうんだ……』



!!?



何を言っているの、私!?



こんな風にレオが泣くのは初めてよ!!


『違う! 何度も何度も泣いてきた!』

『そういう風に、泣いて、泣いて、泣き続けて……』



“身体の弱い(わたし)に対して、強い罪悪感と負い目を感じてしまうのよ!!“



────え……?



『前からずっと不思議に思ってたことがあるのよ、私』

『鏡で()()の顔を見る度に、違和感ばかりが募ってくの』

『自分の顔なのに、何かが違うような……。でもやっぱりそれは自分の顔で……。そんな風に、いつもいつも、鏡を見ては見たことある顔だな……この顔知ってる……って思い続けてきた』


……おかしなことを言うのね、私。

知っている顔なのは当たり前じゃない。

だって私自身の顔なのよ?


『それは分かってる』

『だけど私は、自分がレオとよく似た顔をしていることに、ずっと違和感しかなかった』


似ていて当たり前よ。

だって私は、レオの双子の姉なのよ?

ほとんど同じ顔つきをしているのよ?

それに違和感があると感じるほうがおかしいわ!


『そうじゃない』

『そうだけど……そうじゃないの!』

『私が知っているレオは、今の幼いレオじゃなくて、今よりももっともっと成長した姿』

『10年以上先の、未来のレオの姿なの』


……どういうこと?

10年以上も先の未来のレオの姿なんて、私が知っているはずないじゃない。



────……本当に?



……………………



塞ぎ込むレオ

物憂げなレオ

苦しそうに泣くレオ


必要以上に人を寄せ付けない、何かを諦めたような空虚な目をした儚げなレオ


まるで泣くように笑う、大人になったレオの姿が、こんなにも鮮明に瞼の裏に焼きついているのは一体なぜ……?




知っているわ。

いいえ、知らないはずよ。


けれど私は知っている。

どこで知ったの?

分からない。

いいえ、分かっているわ。



だって……レオをこんな風にしたのは、他の誰でもない私なんだもの……─────!!



「───ッ!!!」



気づいた瞬間、一つの鼓動で身体が大きく跳ねた。

ヒュッと息を呑むように呼吸が詰まり。

これ以上ないほどに止めどなく涙が流れていく。


「姉さまッ!!!」


私の身体が大きく跳ねたその直後、握っていた手に力を込めてレオが泣き叫ぶ。



────ああ……やっぱり、私のせいなのね……



なぜか知っている、()()()()()()()()()レオの姿が次から次へと脳裏に浮かんでは消えてを繰り返す。


私のせいで、レオが変わる。

あんな風に苦しめて。

泣かせて、泣かせて、追い詰めて。


レオを、空虚で儚げな大人へと変えてしまうんだ……

他でもない、姉である私が、レオをあんな風に変えてしまうんだ……


「レ、オ……」

「姉さまッ!!」

「……ごめ、……な、さ………………」


言葉以上に溢れたのは、涙だった。

『ゴメンなさい』の言葉を最後まで言えないまま、再び私の意識は闇に沈んだ。


今、沈むわけには、いかない、の……に…………







◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







『……ダメよ、眠っちゃ。起きて』


……もう一人の私。


「!!」


闇に沈んだと思った意識は、気づいた時には光の中へと引き戻されていた。

目が覚めたのだと思った。


けれど、それが間違いだということに気づいたのは、私の今いる場所が自室のベッドの中ではなかったから。

身につけているものこそ夜着ではあるものの、そこはどう見ても邸の外の見知らぬ世界だった。


暖かい光と清浄な空気。

目に優しい草木や花といった緑。

微かに漂う柔らかで爽やかな香り。


そこはまるで夢のような世界だった。

いいえ、たぶん夢のような世界なのだと思う。


呼びかけられた声にハッとなって目を覚まし。

慌てて身を起こした私は今、大好きなアヤメの花に囲まれて座り込んでいる状態だった。


『いらっしゃい』

「!」


声をかけられ、反射的に振り向いた。

そこに立っていたのは、母さまよりも幾分か若い大人の女の人。

スラッと背が高くて、手も足も長い中性的な風貌の不思議な人だった。

艶のある黒髪はサラサラと風に靡いていて思わず『キレイな人』だと見蕩れてしまう。

よくよく見ると、髪色だけでなく、目の色も黒だ。



────私と同じ、黒髪と黒い瞳……



その共通点で一気に親近感が湧いてくるなんて、単純な自分をおかしく思ってしまう。

そんな私を見て、女の人が一歩一歩近づいてくる。

そして、私の目の前で立ち止まったと同時に、膝をつく形でしゃがみ込んだ。


「!」


驚く私ににっこりと笑いかける。



────ああ、この人は……



私と視線を合わせるためにそうしてくれているのだ。

向けられた笑みでそう気づいた。


そうして、目の前にまで近づいた彼女を見て改めて気づいたことがある。

この人の服装だ。

見たこともない衣服なのだ。

大人の女の人ではまず考えられない、足を見せる短いスカート。

そのスカートもふんわりと膨らんだデザインではなく、身体にピタリと沿うようなものだ。

上に着ているジャケットや、その中のシャツといったものは分かる。

けれど、そういったものを身につけるのは男の人だけのはず。



────でも……なぜかしら?

────全く違和感がない……?



寧ろ、この人にはよく似合っているし、それが当たり前だとさえ思えてしまう。

それよりも……私は、この服を知っている気がする。

初めて見る衣服なのに、まるで初めて見た気がしない。



────これは……どういうことなんだろう……?



()()()()()()()()に違和感がある。

そのことに対して頭の中がモヤッとしたと同時に、目の前の女の人が再び私に話しかけてきた。


『はじめまして……とも言うべきなのかな? もう一人の私』

「え……?」


もう一人の『私』?


『ねえ。今まで不思議に思ったことはない? 自分のはずなのに、まるで自分ではない誰かが()()考えているな、って』

「!!」

『それが私。そして、私もまた、あなたと同じように感じてる』

「……あなたは、誰?」

『私は私よ? けれど同時に、私は()()()でもある。だからあなたは、もう一人の私なの』

「あなたは私で、私はあなた……」

『そう。二人で一人のあなた』


そう言われた瞬間、心の奥のほうにストンと何かが落ちた。



────ああ、そうだ……

────私と彼女は同じ

────彼女がいてくれて、初めて私は()になれる……



『でも……そうね。どっちも()でどっちも()()()じゃ紛らわしいから、便宜上ここでは()()名前を名乗ることにしましょうか』


そう言うと同時に彼女は再びにっこりと笑う。


『改めまして。私の名は織田(おりた)由仁子(ゆにこ)。この国風に名乗るのであれば、ユニコ・オリタになるかしら。どうぞ、由仁子と呼んで?』

「ユニコ……」

『ええ』


再びにっこりと笑顔を向けられてハッとなる。


「大変失礼いたしました! 私はニコール・レイ・オルフェンスと申します。私のことはニコールと……」


慌てて立ち上がり、淑女の礼を以てあいさつをしようとした私の身体は最後まで持ってはくれなかった。

自分の身体一つまともに支えきれず倒れ込みそうになってしまったからだ。

そんな私を正面から優しく抱き留めてくれたユニコが困ったような笑みで私を見つめた。


『無理しないで?』


くったりと凭れかかった背中を優しく撫でられる。


『あなたの身体が辛いのは、()()私があなたと一緒にいてあげることができないから……』


寂しそうに呟かれたその言葉に胸の奥がギュッとなる。

私自身もまた、彼女と同じように寂しいと感じてしまったからかもしれない。


不思議なことに、こうしてユニコに抱き締められていると、私の中で足りなかった何かが全て満たされて、なぜだか泣きそうになるのだ。

こうされていることで、不完全な自分がやっと()()()()()()完全な自分になれるような、そんな感じ。


『ゴメンね?』

「どうしてユニコが謝るの? あなたは何も悪くないわ。そうでしょう?」

『それが、そうじゃないの。だって……本来のあなたは、健康な身体で生まれてくるはずだった。おかしいとは思わなかった? 『私は健康なはずなのに……』って。そんな風に思ったことはなかった?』

「それは……確かにあったけれど。でも……生まれつき身体が弱いはずの私がそんなことを思うほうがおかしいって。よく、分からなくなってしまって……」


そう。

ユニコが言うような『おかしい』は今まで何度もあった。

肯定して、否定して、混乱して。

最終的には、今の自分が苦しいのだから『私が健康で頑丈なはずがない』という結論に落ち着くことになってしまっていた。

それでも、諦められなかった。

もう一人の私の言う『健康』が。

私の身体が『頑丈』であることが。


『ねえ、ニコール?』

「何かしら、ユニコ?」

『生まれてきた時のことは、分かる?』

「それは、私が……ってことなのよね?」

『ええ、そう。ニコールが生まれてきた時のことよ』


自分自身では覚えていないけれど、聞いた話だったら覚えている。

まるで何かから逃げてくるかのように、時間をかけることなくあっという間に母さまのお腹から出てきたのだと。

その後もぐったりとしていて産声の一つも上げず、死産を疑われていたこと。

それを、言葉に詰まりながらユニコに話した。

少しどころか……かなり重い話になってしまったかもしれない。

私と(レオ)が生まれた時のことを考えると、どうしても母さまに相当な負担を強いてしまったことを思い出してしまうからだ。

そんな私の話を、ユニコは真剣に聞いてくれた。

その上で、悲しそうな目をしながらユニコは私にこう言ったのだ。


『ゴメンね、ニコール。私が、あなたに追いつけなかったせいだね、きっと』と。


なぜまたユニコが謝るのかが分からなかった。

首を傾げ、思い切り顔に疑問を顕にしていた私を見てユニコは一つの仮説を立てた。


ユニコ曰く、もう一人の私であるユニコは、本来であれば私が持って生まれなければならなかった、私の身体の健康そのものを司る部分ではないか、ということ。

私が母さまのお腹から出てくる時、逃げるように出ていったことで置いていかれそうになり、それを慌てて追いかけたけれど、あともう一歩というところで追いつけず、私の身体の中心ではなく、頭の片隅のほうにひっそりと宿る形になったということ。

無意識下で互いの声を聞き合うことができるのはそのせいだからではないか、ということ。

同じ私でありながら、どこか違う人格なのは、ユニコが今の私として生まれてくる前に生きていた別の人生での記憶があるから。

それらを丁寧に説明しながら話してくれた。


そして『おそらくだけど……』と前置きをして、私の身体が弱いのは今のユニコ自身の人格となっているその部分が完全に私の中に取り込まれていない状態にあるからだろうと言った。


じゃあ……私とユニコが一つになって本来の(ニコール)になれば、私はユニコの言うような『頑丈で健康な身体』になれる……?


そんな疑問は言葉にせずともユニコにはしっかりと伝わっていた。

何せ元は同じ『私』だ。

言葉にして言わなくても意識は共有している。


『それはまだ無理ね』

「どうして? 私とユニコが一緒になって、元の私になれば済む話ではないの?」

『単純に言えばそう。だけど……今のあなた(ニコール)には、それは無理』


その『無理』だという理由をユニコは再び一つ一つ丁寧に教えてくれた。

ユニコが私に帰ってくるには、私の身体が弱りすぎているから難しいとユニコは言う。

意識こそ今ここにいるものの、今の私の身体は高熱で意識を失っている状態で眠ったままでいるのだ。


『せめてもう少しだけでも、身体が丈夫にならなければ今の私を受け入れることは難しいと思う』


軽い風邪を拗らせて肺炎にまで至らせてしまう今のような状態ではダメなのだとユニコは言う。

それと、まともに食事も摂れていないことも良くない、と。

とにかく今の私にはあまりにも体力が足りないと指摘し、高熱で意識を失うことが頻繁に起こるようではいけないと言われた。

ユニコが私に戻れる条件は、私の身体が今の状態よりももっともっと良くなること。

高熱で意識を失わないくらいにまでならないと受け入れる私の身体が壊れてしまうと念を押された。


そうして、私はユニコに約束をさせられた。


一つ、食事は好き嫌いをすることなくできる範囲で構わないからしっかりとお腹に入れること。

一つ、焦りは禁物、決して無理をしないこと。

一つ、薄暗い部屋に閉じ籠もっているのはよくないため、窓とカーテンを開けて陽の光を浴び、自然の空気に触れること。


この三つを絶対に守れと繰り返された。

地道ではあるけれど、続けることで確実に健康な身体に近づいていけるから……と。


先の見えない、気の遠くなりそうな話だけれど、私は私自身のために、それからユニコを私の中に受け入れるために頷いた。

『頑張ろう』という強い決意のもとに。

何よりもユニコがこう言ったのだ。


『あんな風に(レオ)を泣かせたくはないでしょう?』と。


その通りだ 

ユニコが言う通り、私はレオを泣かせたくなどない。

それが私のせいだと分かっているから尚更に。


「ユニコ。私、頑張るわ。レオのために。そして、自分のために。少しでも早く、ユニコと一緒にいられるようになるために」


そう言って私はユニコの手を取り、ギュッと強く握った。

精一杯の力を込めてもユニコにはちっとも強くなど感じられなかっただろうけど。


『ええ。私はいつでもここであなたを見守っているわ。だからニコール……』


握っていた手をやんわりと解かれて、そっと抱き締められた。


『いつか私をここから引き上げて。あなたと一緒に、本当の意味で『一人』の人間になって、共に生きていけるように……』

「約束するわ、ユニコ。私、きっと元気で健康な身体になるわ。いつまでもずっと、ユニコと一緒に生きていく!」


しっかりと目を合わせて伝えた。

私と同じ黒色が柔らかく緩められて、再び優しく抱き締められた。

そうして、ゆっくりと身を離したあと、後ろを向かされそっと背中を押された。


「ユニコ?」

『……行って、ニコール。あなたの帰るべきところへ。あなたを待っている人がいる場所へ』


その言葉と同時にもう一度優しく背中を押され、そこから一歩足を踏み出した時。

そこはもう、光溢れたアヤメのお花畑の中ではなかった。


沈んだ時と同じ暗い闇の中。

そこから差し込んだ光に手を伸ばし、それに触れた瞬間、私の意識は急激に浮上した。


目覚めるべき場所、現実の世界へと。


「……う…………」


うっすらと開いた目の先は相変わらずぼやけていた。

けれど、意識を失う前と比べると、少しだけ身体が楽になっているようにも思える。

気のせいだろうかと考えたところで、私はその考えを否定した。

頭の片隅で『病は気からよ!』というユニコの声が聞こえてきたからだ。

正確には、声が聞こえたというよりも、同じ意識下で気持ちや感覚を共有しているという感じだ。

だから、その時ユニコが思ったことや感じたことは、私も同じように思ったり感じたりしているということでもある。

だからきっと、楽になっていると思えたのは気のせいではない。

寧ろ、ユニコという『もう一人の私』と出会えたからこそ楽になれたのだと思うことにした。


「私……頑張る、から…………」


呟いた声は掠れていた。

相変わらずどこもかしこも痛いし、頭は高熱でぼうっとする。

涙だって止まらない。


でも、決めたのだ。

頑張ると。

元気になって、ユニコと一緒に生きていくのだと。


そうして一つ深呼吸をしたその時。

大きな音を立てて扉が開いた。


「姉さまっ!!」


飛び込んできたのは(レオ)だった。

泣きながら駆け寄ってきたレオは、勢いのままベッドによじ登ってきて、倒れ込むような形で私をぎゅうぎゅうと抱き締めてきた。


「うぁあぁぁぁぁん!! 姉さま! 姉さま! 姉さまぁぁぁぁぁ!!!」


抱きつきながら泣き叫んだレオを、私は力の入らない身体で抱き締め返す。


「……ゴメンね、レオ」

「姉さま……姉さまっ……!」

「もう二度と……こんな風には泣かせない……」


そう言い聞かせながら、ゆっくり……ゆっくりとレオの頭を撫で続けた。


「ふぐぅ……っ、うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」


言ったそばからレオを大泣きさせてしまった私は本当にダメな姉だ。

レオが泣き止むまでずっと頭を撫でて慰めてあげたかったけど、今の私の状態ではさすがに無理がある。



────そろそろ限界が来そう……



そう思った時、タイミング良く私の部屋に来てくれたウォーレン兄さまが私からレオを引き離してくれた。

その後も兄さまに抱きつきながら泣き続けるレオを見て、改めて一日でも早く健康になってレオを安心させてあげなければと思った。


今度こそ絶対。

絶対にレオを泣かせたりはしない。


そんな気持ちを込めながら、私はウォーレン兄さまを見上げこう告げた。


「……レオのために、一日でも早く元気になります」


……と。


「無理は禁物ですよ、ニコール。まずは、焦らずしっかり治していくことを第一に考えましょう」

「……はい、兄さま」


今度はウォーレン兄さまから優しく頭を撫でられ、その手から与えられる安心感から段々と身体の力が抜けていくのが分かった。


「今はただ眠りなさい」

「はい……」

「おやすみなさい、ニコール」

「はい。おやすみなさい、ウォーレン兄さま……」


やがて。

ゆるゆると瞼は下りていき。

私の意識は、優しい微睡みの中へと溶け込んでいった……─────


















……次に、続きます(^^ゞ

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