ぼくが邸を出た理由とその方法(レオニール視点)
閲覧、ブクマ、評価といつもありがとうございます(*・ω・)*_ _))ペコリン
今回もレオくんサイドのお話になりま~す♪
ルビ振りが段々と億劫になってきた今日この頃です♪~( ̄ε ̄;)
~ぼくが邸を出た理由とその方法~
あれ……?
もしかして、竜って、意外と人懐こい性格なの……?
あれだけ抱いていた恐怖は、顔を舐められたその直後、あっさりと失われた。
現金なぼくは、竜の顔を舐めるというその行為が、まるで『仲良くして?』と言われているみたいに感じてしまったのだ。
さっきランドール殿下がぼくと友だちになりたいと言ったように。
竜にも、友だちになりたいと言われているみたいだと感じてしまったのだ。
「意外と懐っこいと思ったろ?」
……とはルーファスさま。
『え……?』と疑問の声を上げるよりも先に苦笑しながら言われてしまった。
「竜も妖精も。人間じゃないからこそ人間という存在に強く惹かれるものらしい。分かりづらいかもしれないが、こう見えても人間が大好きなんだよ」
そう言って、頭を優しく撫でてくれるルーファスさまの言葉にすごく納得させられた。
エマちゃんと会った時に一緒にいた妖精───たぶん、風の妖精と水の妖精だと思う───も、ずいぶんと親しげに寄り添っていたなぁ……と思わせる部分があったからだ。
「慣れないうちは怖く見えるだろうがコイツに害意は全くない。少しずつでいいから受け入れてやってくれ。ヴァイアランもお前を怖がらせたくて近寄ったわけじゃないからな」
「……はい」
ルーファスさまに言われて、恐る恐る竜に手を伸ばしてみた。
そんなぼくの様子を『お?』といった表情のランドール殿下がじっと見ている。
触れるか触れないかの位置にまで手が近づいたところで、竜がぼくの手のひらに鼻先をちょんとくっつけてきた。
まるで擦り寄ってくるかのように。
硬質でひんやりとしたその感触がとても新鮮で、思わずびっくりした顔で竜を凝視してしまった。
そうして至近距離でその黄金色の瞳を目にした時。
思わずぽつりと零してしまったのだ。
「キレイ……まるで金貨を溶かしたみたいなツヤのある黄金色だ……」
冷たく硬質な黄金ではなく、熱く沸き上がるような熱を孕んだ、とろみのある黄金色に見えたのは、近くで目にすることで瞳の中が潤んでいるのを確認できたからだ。
人間でいう涙が、竜にもあるのだろうか。
そう考えたらなんだかとっても不思議な気分になった。
「姿は違っても、同じなの……?」
ぽつりと零したのは独り言。
そのつもりだったのに。
「遥か遠くまで歴史を遡れば、元は竜も人間も同じだった。世界が時を刻みながら変わっていく中で、世界に生きるものもまた時を刻み、変化に合わせて姿形を変えてその生命を繋いでいった。今でこそ分かたれた存在ではあるが、竜と人間は元は一つの生きものだ。興味があるなら創世期まで遡って歴史を勉強するといい。ドラグニアの歴史はかなり奥が深いぞ?」
ポンと優しく頭を撫でられ、反射的に顔を上げたと同時にルーファスさまからそう言われた。
「ドラグニアの歴史……」
「そう。歴史」
柔らかい笑顔で頷かれ、また頭を撫でられる。
「ランディ。お前も竜好きなら学んでおいて損はないぞ?」
「げぇッ……! 勉強とかめんどくさい!」
「逃げても無駄だ。ドラグニアの王子が母国の歴史の勉強から逃れられると思うなよ?」
────うわぁ~……ルーファスさま、イイ笑顔だなぁ……
あれ半分怒ってたりするのかな?
笑ってるのにすごい威圧感があるもの。
「まぁ、今はそれはいい。お忍びである上に王宮を離れた今は王子という立場は関係ないしな」
「ルーファス」
「……だが。王宮の内外に関わらず、王子としての立場でいる時はちゃんとその役割を果たせ。そうでない時は思いっきり息抜きしても文句は言わねぇから。行くんだろ? クララットで思いっきり羽伸ばして楽しむんじゃなかったのか?」
「! 行くっ!」
勉強と聞いたら思いきり嫌そうな顔をしていたのに、息抜きとか羽伸ばしとなったら途端に笑顔になる殿下って、意外と普通なのかもしれない。
誰だって嫌なことからは逃げ出したいものだもんね。
……うん。
ますます親しみが湧いてきた。
「……あ」
「どうしました、レオ?」
「え、っと……今からクララットに行くなら、殿下に伝えておかなくちゃって……」
「『ランディ』って呼べって言ったろ?」
「うっ……ランディ、さま……」
「まぁいいや。何?」
「あの……」
「うん」
「お金、なんだけど……」
「ん? ……うん」
「クララットの催し、金貨は、使えない……です」
そう。
ぼくがやってしまった最大の失敗。
『ものを買うにはお金がいる』ということは知っていたのに、まさか『持っていたお金が使えない』だなんて思いもしなかった。
それは、ぼくが『ものの価値』というものを知らなかったからだ。
その他にも『ものを買う時は金貨で支払うもの』だという思い込みもあったんだと思う。
「大丈夫だ。ちゃんと銀貨や銅貨も持ってきてる!」
「へっ?」
ニカッと勝気に笑いながら、ランドール殿下がグッと親指だけ立てた状態で握った拳をぼくへと向けた。
得意気なその様子に面食らってしまったのは普通の反応だと思う。
「心配してくれたんだろう? ありがとな!」
そう言って更に笑ったランドール殿下を見て、ルーファスさまが呆れたように溜息をついた。
「……ランディ。お前どこでそういうことを覚えてくるんだよ?」
「? 母上からだけど? 知っておいて損はないから覚えておけって下町のこととか色々教えてくれた。何度かこっそり連れていってもらったこともあるし?」
「……その王妃殿下はどこでそういうことを知ったんだか」
「さあ? 母上も子どもの頃にでも自分の足で見て回ってたんじゃないのか? 父上と婚姻するまでかなり自由に好きなことをやってたって自慢げに話してくれるし」
「……さすが何者にも囚われない風の一族」
「? 自分でもそう言ってた」
「お前とセディの手のかかるところは完全にシルウェスターの血だな」
『陛下も苦労するわけだ……』
なんて溜息をついているルーファスさまも今現在ランドール殿下に苦労させられている真っ最中だと思う。
けど……
────シルウェスター公爵家って自由人が多いのか……
ウォーレン兄さまの婚約者であるユニファさまもどこかふわっとしてて掴みどころがない人だし、ユージィンさまも似たようなところがあるから、言われてみれば納得かも。
そもそもが『風』という属性が気まぐれ気質ともいうし。
その性質が大きく出ているのかもしれない。
「まぁいい。そろそろ行くか、ランディ?」
「行く!」
そう言ってランドール殿下を抱えたルーファスさまが、思い出したように『……あ』と声を出してからこちらへと振り返った。
「ウォル」
「はい?」
「邸までは歩きか?」
「? ええ、そのつもりですが」
「そうか。なら、コレ持っていけ」
「えっ?」
一瞬にして兄さまへと投げ渡されたそれは銀色のチェーンに繋がれている濁った薄緑色の宝石だった。
「! ルーファス、これは……」
「護りの力を付呪してある。一種の法具だ。念のために持っていけ。クララットと比較すると王都のほうが何かと物騒だ」
「え、っと……それはあなたの勘による判断でしょうか?」
「いや。勘というよりは、単なるオレの独断と偏見だな。身形のいい貴族の子息が護衛なしに夜の王都を歩くなんざ『どうぞ連れ去ってください』っていう看板掲げてるも同然だろ?」
「嫌な言いかたはやめてください。それに警戒は十分しているつもりです」
「だから念のためだって言ったろ? 今はヴァイアランがいるからここら一帯に人の気配はないが、飛び去ったあとも同じとは言えないからな。竜の姿が見えなくなったのをいいことに事に及ぶ狼藉者がいないとも限らない」
「……それは、確かに」
「そういうわけだから気休め程度に思ってくれて構わないから持っていけ。使わないならそれに越したことはないが、ないよりはあったほうが安心だろ?」
「ええ。それはもう」
ルーファスさまのいう法具(?)らしい宝石を見つめながら兄さまが頷く。
最初は躊躇っていたみたいだけど、ありがたく受け取ることにしたみたいだ。
「ありがとうございます、ルーファス。何事もなければ一番いいのですが、ありがたく使わせていただきますね」
「おう。気をつけてな?」
「はい。では私たちはこれで。行きましょうか、レオ」
「はい、ウォーレン兄さま」
そっと右手を取られ、邸のほうへと足を向けかけたその時。
再びルーファスさまがウォーレン兄さまを呼び止めた。
「ウォル。頭ごなしに叱るなよ? 言いたいことがあってもまずはレオの言い分を聞いてからだ。ちゃんと話を聞いてやれ。それから必要があれば叱れ。いいな?」
「ええ」
ウォーレン兄さまの返事を聞いて満足そうに頷いたルーファスさまは、ゆったりと頭を下げた状態で待っていた黒色の竜へと飛び乗った。
器用にランドール殿下を抱えたままで。
細身に見えるのに片手で軽々と抱えるなんてものすごい力だなぁなんて、変なところで感心してしまう。
「またな、レオ!」
「はい」
遥か上の位置にある竜の背中から身を乗り出す形になりながらランドール殿下が手を振っている。
それに応えるようにぼくも手を振り返す。
ちょっとだけ殿下の顔がムッとしていたのは、きっとぼくの返事が『うん』じゃなくて『はい』だったからなんだろうな。
「……ああ。そうだ、ランディ」
「何?」
「お前、クララットに行ったら名前気をつけろよ?」
「名前?」
「ああ、そうだ。お忍びで行くわけだから間違っても町中でオレをルーファスとは呼ぶなよ? 町中で名乗るのはミドルネームのほうだ。だからオレのことは『セラ』と呼べ。オレもお前のことは『セイン』と呼ぶから」
「わざわざミドルネーム? なんで?」
「普通に呼んだら一発で王子だってバレるだろうが。いくらシンプルな服装だろうが、分かるやつには分かるんだよ。クララットの催しはお忍びで参加する貴族が多いからな」
「うわ! 嫌だ。お忍びで出てきた意味がなくなる」
「だからだ。バレたくなきゃ気をつけろよ?」
「……分かった」
そんな会話が聞こえてきて、ぼくは反射的に『まずい』と思った。
服装はそのままだし、何よりエマちゃんに名乗ったのはファーストネームのほうだったからだ。
かろうじて『レオ』という愛称ではあるものの、本来であれば服装ももっと質素なものにして、ミドルネームの『ケイ』を名乗らなければいけなかったのに。
今思えば思うほど、とんでもないことをしでかしてしまっている。
────叱られる原因が更に増えちゃったよ……
────大目玉を食らう覚悟を決めておかなくちゃだ……
そんなぼくの心の内を知ることのない殿下は、再び頭上から明るい声で『またな、レオ~!』と言いながら手を振っている。
反射的に手を振り返したところで竜が大きく翼をはためかせた。
一瞬遅れて発生した風圧から守るようにウォーレン兄さまがぼくを抱き締めた時にはもう竜は遥か上空へと飛んでいってしまっていて、その姿はどこにも見えない。
瞬きをする間に消えてしまったと思えるくらいの、文字通りあっという間の出来事だった。
「…………もういない」
「……ええ。実際に乗ってみて驚きました。竜の機動力は相当なものでしたよ。王城から出たと思ったらもう既にここの上空に着いていたのですからね」
「そんなに!?」
「ええ。己の身を以て体験したからこそ、その凄さを実感しています」
苦笑するウォーレン兄さまを見て思った。
怖くはなかったのかな、と。
ぼくは真っ正面で竜を見ることになってとても怖かった。
だからかな。
ルーファスさまから邸まで乗せていこうか、なんて言われた時は全力でお断りしたいと思ってしまった。
兄さまはどうだったんだろう。
「ウォーレン兄さま」
「何ですか?」
「竜に乗るの、怖くなかった?」
「怖くないはずがないでしょう? 国の象徴であり、尊ぶべき存在であると分かってはいても、私たちには馴染みのない存在なわけですからね。突然目の前にして『乗れ』と言われても、すんなり頷いて動けるはずがありません」
「そっか……」
「どうかしましたか?」
「ううん。ランドール殿下は平気どころか当たり前のように竜にしがみついていたから、怖がってるぼくはおかしいんだと思ってただけ」
「この場合は殿下が特殊なだけで、我々の感覚は至って普通ですよ。未知のものを目の前にして恐怖したり警戒したりするのは寧ろ当然の反応と言えます」
そう言ってウォーレン兄さまは大きく溜息をついた。
珍しく今日の兄さまは溜息が多いみたいだ。
その原因はぼく。
「……ゴメンなさい、兄さま」
「無事に戻ったのですからそれ以上謝る必要はありませんよ」
「でも……」
更に続けようとしたところでポンと頭を撫でられた。
それと同時に、繋いでいる手に少し力が入った気がする。
「黙って邸を出たのはなぜです?」
「……姉さまが、クララットの催しのこと気にしてたから」
切っ掛けは、オルフェンス家によく来てくれる商人のおじさんの話だった。
普段と変わりない買い付けの最中でクララットの催しの話が出たんだ。
母さまが真剣にその話を聞いていて、それから催しのことをあれこれと訊ねたりして、その時はオルフェンス家の領地の町のことだから気にかけているんだな、くらいの認識だった。
それから『ここ数年、催しに顔を出せていないから残念だ』ということを口にしていたと思う。
その流れで姉さまが好きそうな催しなのに……みたいなことを聞いた気がしたのだ。
だからぼくはすぐさま姉さまの部屋へと向かった。
先に母さまから話を聞けばよかったのに、それをせずにぼくはいきなり姉さまを訪ねていったんだ。
突然部屋に来たぼくを見て驚いていたけど、今日の姉さまはいつもより調子が良さそうだった。
相変わらずベッドからは出られそうにないみたいで、上半身を起こしてはいたものの、たくさんのクッションに凭れる形でやっとという感じだった。
それでも普段よりはずっと顔色がよくて、笑顔も見せてくれたからホッとした。
どうしたのかと訊かれて、母さまと出入りの商人のおじさんが話していたクララットの催しのことを話したら、姉さまの笑顔が少しだけ困ったようなそれに変わった。
そして一言、『行ってみたい』と悲しそうに口にしたのだ。
無理だということは分かっている。
それでも。
どうしても。
一度でいいから行ってみたい。
そう言って、ギュッと掛布を握り締めて俯いた姉さまを見た瞬間にぼくの心は決まっていた。
ぼくが姉さまの代わりにクララットの町に行って催しの様子を見てこようと。
そして、少しでも姉さまに催しの楽しみを知ってもらおうと、クララットに行って催しで出ていた品を買って帰ろうと思ったのだ。
今だからこそ分かる。
あまりにも衝動的すぎたということが。
この時のぼくは、俯いてとても傷ついているように見えた姉さまのことしか頭になかった。
何とか姉さまを笑顔にしたいと。
それだけしか考えていなかった。
たった一言だけでも告げていればよかったんだ。
『ぼくが代わりに見てくるね』
それを姉さまに伝えるだけでもしておかなければいけなかったことに、ぼくは今になって気がついたんだ。
姉さまのために邸を飛び出しておきながら、その行動が逆に姉さまを心配させるほうへと向いてしまった。
ただでさえ生まれた時から病気がちで身体が弱い姉さまなのに。
その姉さまの心労が増すような行動を取ってしまったことに強い罪悪感が押し寄せてきた。
それをウォーレン兄さまに話せば話すほどに、自分の取った愚かな行動が浮き彫りになってくる。
邸を出た理由はたった一つだけ。
「……ただ、姉さまに喜んでもらいたかった」
ただ、それだけだった。
飛び出したあとのことなんて、何にも考えてなかった。
「…………そうでしたか」
話し終えたあとに言われた言葉はその一言だけ。
ただ静かに、呟くように言われた言葉からは、兄さまが怒っているのかそうでないのか判断できなかった。
本当に、ただ言われただけという感じだったから。
「……よく、誰にも見つからずに邸を抜け出せましたね」
「あれは……その、え……と……あの、父さまがよくやってるアレを、できるかな……って、真似してみて……」
「アレをやったのですか?」
「……うん」
「全く父上は……子どもに見られているところでアレ使うとは信じられませんね……」
「え……? あの、兄さま……?」
「ああ、何でもありませんよ。レオが悪いわけではありませんからね。それで? 邸を抜け出したあとはどうやってクララットに? 確かレオは今までクララットに行ったことはなかったはずでは?」
次から次へと訊ねられて、その一つ一つに正直に答えた。
抜け出したあとは、出入りの商人のおじさんが乗ってきた荷馬車に潜んでいたこと。
母さまとの話の中でクララットに寄るということを聞いていたため、ちょうどいいと思ってこっそり忍び込んだことを合わせて話した。
クララットの町へは王都から乗合馬車が出ているし、帰りも何とかなるだろうという軽い気持ちでいたことも。
全部正直に兄さまに話した。
こうして改めて自分の口で説明したことで、いかに自分が無計画のまま勢いだけで行動してきたかよく分かった。
冷静になった今になって、我ながら有り得ないと強く実感したほどだ。
そんな自分が情けなくて心が沈みかけたその時。
優しく頭を撫でられて、反射的にウォーレン兄さまを見上げた。
どこか苦笑しながらも、優しい顔で頭を撫で続けられて思いもよらず涙が滲んだ。
「ゴメンなさい……」
何度目になるか分からない『ゴメンなさい』の言葉が零れる。
けれど、今度は何も言われなかった。
ただただ、ずっと頭を撫でられ続けただけ。
それは邸に帰りつくまでの間、一度も途切れることはなかった。
『兄さまは、怒っていない』
そのことが十分に分かるほどの優しい手つきだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
邸に帰りついて真っ先に出迎えてくれたのはホッとした表情を見せた執事長だった。
兄さまからぼくが無事に帰ってきたという魔法による伝達をもらっていても、実際にぼくの顔を見るまでは落ち着かなかったと言われた。
またまた申し訳ないことをしてしまったと思った。
謝って頭を下げたら恐縮されてしまって、逆にそのことで兄さまに叱られてしまった。
仕えている立場の者に無闇矢鱈に頭を下げるものじゃないと。
────え?
────そっち??
無断で邸を出たことに対してじゃなく、そっちに対して叱るとかおかしくないかなと思ったけれど、兄さまの中ではそうらしい。
確かに雇い主側であるぼくが仕えている立場の者に頭を下げることはあんまり良くないことだけれど、今回のことはぼくが考えなしに行動して迷惑をかけたのだから謝ることは必要───というか、当たり前のようにやらなきゃいけないはず。
それをどうにかこうにか伝えると、ちゃんとぼくの言い分を分かってくれた。
けれど、謝るのはこれっきりにしてほしいと言われてしまった。
よく分からなかったけど心臓に悪い(?)らしい。
その後も邸の使用人のみんなから、無事に帰ってきたことを喜ばれた。
それは母さまも同じで、顔を見るなりぎゅうぎゅうと抱き締められた。
正直、兄さまの時よりも苦しかった。
姉さまのお土産の袋を潰さないよう、咄嗟に袋を回避させただけでも頑張ったと思う。
「疲れたでしょう、レオ? 話は食事をしながら聞かせてもらうわ」
母さまの腕からはすぐに解放され、そのまま手を引かれる形で食堂へと連れていかれた。
その時、ずっとぼくが手にしたままの袋を見てニコニコしていたから、母さまにはぼくが黙って邸を飛び出した理由は既に分かっていたのかもしれない。
連れられた食堂ではやっぱり姉さまの姿はなくて。
今日は普段より元気そうだったから、一緒に食堂で夕食を取れるかも……なんて期待は壊されてしまった。
ぼくが心配をさせたせいだろうな。
いつものように部屋で食事を取ってもう休んでいるのかも。
父さまはまだ仕事から帰っていないから、食事をするのはぼくと兄さまと母さまの三人だけ。
先に言われていたように、母さまからもぼくが邸を出たあとのことをあれこれと訊かれた。
そのほとんどが兄さまに訊かれたこととほぼ同じで、返した答えもやっぱり兄さまの時と同じものになった。
……けれど。
叱られると思っていたのに、母さまからも叱られることはなかった。
どういうわけか、ぼくが邸を黙って抜け出したことに対する責任が父さまに飛び火したのだ。
「えっ!? なんで!?」
思わず行儀のことなんて忘れて、大声を上げながら立ち上がってしまった。
そんなぼくを見て母さまは
「だって……ねぇ?」
……と、困ったように笑いながらウォーレン兄さまを見た。
そして兄さまもまた、母さまの言葉を肯定するように頷いている。
「全くです」
分からずに置いてけぼりにされているのはどうやらぼくだけのようで、給仕で近くについてくれている使用人のみんなもまた、苦笑しながら頷いていた。
「え……? どういうこと……?」
戸惑うぼくに、相変わらず困ったような笑みを浮かべた母さまが言う。
「あなたが真似をしてしまうくらい、あの人がアレを頻繁に使っているという証拠だもの」
「アレって、その……」
「レオも使ったのでしょう? こっそり邸から抜け出すために」
「!」
確かに使った。
ウォーレン兄さまにそう白状したから。
ちなみにさっきから何度も口にしている『アレ』というのは、自分の存在を他人に気づかせにくくする魔法のことだ。
実際には完全に気配を消して誰の目にも止まらないよう姿を眩ませることができるくらいすごい魔法らしいのだけど、ぼくは父さまが何度か使っていたのを見様見真似でやってみただけなので、簡単な効果のものしかできなかった。
それでも誰にも気づかれずに邸を出るには十分だったけど。
この魔法は兄さまも使うことができて、邸に帰るまでの間中ぼくと兄さまを守ってくれた。
護衛が誰一人ついていない状態でぼくと兄さまの二人だけで帰るなんて、ルーファスさまが言うには『どうぞ連れ去ってください』っていう看板掲げてるも同然なんだって。
だからどこに潜んでいるか分からない外敵から身を守るために、兄さまがしっかりと『認識阻害』という形で魔法をかけてくれていたんだ。
「子どもが見ているところで頻繁にアレをやるなんて、あの人も案外抜けているのね……」
『ふぅ……』と溜息をつきながら母さまが言う。
「見ていないようでいて、子どもは案外しっかりと見ているのよねぇ……」
「そもそもの話ですが、なぜ父上はああも頻繁にアレを使われるのでしょうか? そこが疑問でならないのですけれど」
「あの人曰く『後ろめたい』から、らしいわよ」
「後ろめたい……? 意味が分かりません」
「そうよねぇ。ご友人やお仕事の関係の方たちに誘われてお酒の席に出掛けることの何が後ろめたいのか、私にもさっぱり分からないわ。別に疚しいことなんて何一つないのだから、堂々とお出掛けになればよろしいのに」
「母上の仰る通りだと思います。私から言わせてもらえば、認識阻害をかけてまでこっそり出掛けようとしている行動そのものが後ろめたいと思えますけどね」
「ね? 本当にそう。ウォルもそう思うでしょう?」
「ええ」
「過去にお酒で失敗して誰かに迷惑をかけたわけでもなく、家族だって全く気にしていない。だと言うのに、あの人の中では『お酒の席に出掛ける』ということそのものが『後ろめたい』ことになっているみたいなのよ」
「……つまり父上は、家族である私たちに『お酒の席に出掛ける』姿を見せたくなくてああしていると?」
「そういうことになるわね。そしてたまたま、こっそりと認識阻害の魔法を使っているところをレオに見られていた、と」
「なるほど」
「ね、レオ? お父さまがアレを使っていたところ、何回くらい見たの?」
「え~っと…………」
そう訊ねられて、何回くらい見たんだっけ……ということを思い返す。
「見様見真似でやってしまうくらいだから、きっと一度や二度じゃないわね。結構な頻度で見ているはずだわ。実際に教えてもらっていたというのなら話はまた別だけれど」
……教えてもらってはいない。
それだけは絶対に。
本当に、見てなんとなく覚えていたことをやってみただけで。
────ん……?
────あれ?
────本当にどれくらい見たんだろう……?
たぶん、覚えていないくらいにたくさん見てきた気がする……
「覚えて、ないです……」
「えっ? 覚えていないのですか、レオ?」
「ということは、覚えていないくらいの回数を見ているのね?」
「…………たぶん。はい……」
ぼくの答えに驚く兄さまと困ったように笑う母さま。
「本当に仕方のない人……今度からは子どもの目があるところであんなものを使わないよう、しっかりと釘を刺しておかなくちゃ」
「それよりも母上。アレを使うことなく『堂々と出掛けろ』と言ったほうがいいのでは?」
「無駄よ。昔から何度も言っているもの。あの人のアレはもう完全に身についてしまった習慣ね。今更それを改めるとなるときっと難しいわ。今回はあの人のアレが『レオに悪影響を及ぼしたわ』という方向で責めることにしましょう。今回レオが黙って邸を抜け出して、供の者を誰一人連れないままクララットに行ったのはみぃ~んなあの人のせいよ! ええ、そうしましょう! それがいいわ!」
「母上……」
「いいじゃない、ウォル。あなただって今回の騒動に巻き込まれてしまった被害者の一人なんですからね!」
「それは……そう、かもしれませんけど……さすがにこのことを父上のせいにするというのは……その、どうかと思うのですけれど…………」
「大丈夫よ。変な方向に向かってはいるけれど、自分の行動に対して『後ろめたい』という気持ちがある限り、あの人だって自分が責められる部分があるということをちゃんと自覚している証拠だわ。だから今回はあの人の責任としてレオの代わりに叱られてもらいましょう」
……なんだかとんでもないことになってしまった。
ぼくが考えなしだったばっかりに、叱られる矛先がぼくから父さまへと向いてしまった。
「あぁ……父さま、ゴメンなさい……」
「レオが謝ることはないのよ! 悪いのはみぃ~んなあの人! お父さまの日頃の行いが今回の騒動を引き起こしたのですからね!」
一度こうと決めたら曲げない母さまはある意味非常に頑固だ。
こうなってしまうと何を言っても聞き入れてもらえない。
「兄さま……」
「……諦めましょう、レオ。こうなった母上は誰にも止められません。寧ろ、母上の言い分にも一理あります。完全なとばっちりではありますが、今回の件は父上も一因です。おとなしく叱られてもらうことにしましょう。レオも、今回のことをきちんと反省して今後このような騒ぎを起こさないよう努めてください。いいですね?」
「はい、兄さま」
……というわけで。
ぼくに対するお叱りはなくなり。
代わりにその全てを肩代わりする形で、父さまにその矛先が向かったのだった……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食堂での何やかやが一段落して、ぼくは姉さまの部屋に向かっていた。
催しのお土産を姉さまに渡すためだ。
あれからクララットであったことを聞きたがった母さまが『私も一緒にお話を聞かせてほしいわ』とニコニコ笑顔で言ってきたため、母さまと一緒に姉さまの部屋を訊ねることになった。
母さまの目は『興味深い』と言いたげに、ぼくが手にしているお土産の袋を見ている。
このお土産のことを含めて、ぼくは母さまにエマちゃんとのことを話した。
もちろんエマちゃんの名前は伏せて、だ。
考えなしに行動した結果、たくさん迷惑をかけて、それと同じくらいお世話になったこと。
今日のことを改めてちゃんとエマちゃんにお礼をしたいこと。
更には、明日もまたエマちゃんと一緒に催しへ参加したいと、ほぼ勢いのままに約束をしてしまったこと。
それらのことを含めて、母さまは姉さまの部屋でゆっくり聞かせてほしいと言った。
エマちゃんのことを話した瞬間、急に目の色が変わって、これまで以上にニコニコと笑顔になった母さまが実はちょっとだけ怖かった。
どこにそんな上機嫌になるような要素があったんだろうと不思議に思ってしまうくらいには。
そうして到着した部屋の前。
軽く扉をノックすること二回。
「どうぞ」
という返事が返ってきて、ぼくはゆっくりと扉を開けた。
「おかえりなさい、レオ」
「た……ただいま、姉さま……」
出迎えてくれた姉さまは、昼間と変わらずベッドの上の住人で。
でも、思っていたよりもずっと顔色はよく、その表情もにこやかだった。
今にも『クスクス』と小さな笑みが零れてきそうなくらいには機嫌がよさそうだということが窺える。
「聞いたわよ、レオ。クララットまで大冒険してきたのですってね?」
クスクスと笑いながら言われたその言葉に『一体誰が姉さまにそのことを喋ったんだ?』と訝る暇はなかった。
それよりも前に、姉さまから手招きをされたからだ。
「こっちへ来て、レオ。お話、聞かせてくれるのでしょう? クララットで、一体どんな大冒険をしてきたのかしら? 余さず私に聞かせてちょうだい?」
ニコニコと笑う姉さまの言葉と、後ろから軽く背を押す母さまに促されながら、ぼくはゆっくりと姉さまのベッドへと近づいていく。
今日あった出来事を話して、そして。
お土産を渡すために。
姉さまはぼくの『冒険譚』だなんて言うけれどとんでもない。
その内容は、姉さまが思っているようなワクワクするようなものでもなんでもなくて。
ただ単に勢いのままに突っ走った、情けないぼくの失敗談の集大成のようなものなのだから。
それを聞いて姉さまはどう思うのか。
笑ってくれるのか。
それとも呆れてしまうのか。
少しの不安を抱えてドキドキしながらぼくは今日のことを───邸を飛び出したあとのことを語り始める。
「あの、ね…………」
レオくんパパ、完全なるとばっちりでございます(^^;;
大抵の家は「母は強し!」な家庭なんだと思います(笑)
ミドルネームのことがチラッと出てきたので、今回登場している四人の分をフルネームと共にここに載せてみました(´>∀<`)ゝ))エヘヘ
ランディ→セイン(ランドール・セイン・シグゲイツ・ドラグニア)
ルーファス→セラ(ルーファス・セラ・ノーヴァ)
レオくん→ケイ(レオニール・ケイ・オルフェンス)
ウォーレン→ライ(ウォーレン・ライ・オルフェンス)
王子様の名前は「ファースト・ミドル・ファミリーの順で最後に国名」が入るので長いです(^^;;




