夜のクララットをマイヤちゃんと再び!
~夜のクララットをマイヤちゃんと再び!~
レオくんと別れた後、小さなパンジーの鉢植えを抱えながらラバッツ準男爵のお屋敷───マイヤちゃんのお家へと小走りで向かう私。
お花屋さんの近くに差し掛かったところで『エマちゃん?』と、私を呼んだのは、まさに今会いに戻ろうとしていたマイヤちゃん本人だった。
「マイヤちゃん?」
立ち止まり、振り返ると、そこにはジェフリーくんと手を繋いでこちらへと歩いてくるマイヤちゃんの姿。
『まだまだデート継続なうですか~?』と、ニヨニヨしそうになる顔を気合で引き締め、代わりに子どもらしい笑顔で二人を待つことにする。
仲良しな二人を見ていると心がほっこりしてくるから不思議。
私と別れたあの後、二人は何をして楽しんでいたんだろう?
訊くのが楽しみになってきた。
「エマちゃん、今帰るところ?」
「うん。マイヤちゃんも?」
「私は一度帰って出てきたところなんだ」
「そうなんだ」
「家に送っていったんだけど、せめて噴水広場までは……って、結局また連れ出す形になってしまったんだよ」
……とはジェフリーくん。
困ったような口調ではあるけれど、その表情は嬉しそうだ。
ふむふむ。
ジェフリーくんのこの様子からして二人の仲はいい感じで進展しているようですな。
強引にでも二人だけで回るように仕向けた甲斐があったというものだ。
「それじゃ、今度はマイヤちゃんが噴水広場までジェフリーくんを送っていくところなんだね!」
「う~ん……それはちょっとどうかなぁ……男としては『送られている』っていうのはどうもね……」
「別にいいじゃない。送る、送られるの問題じゃなくて、一緒にいるっていうことのほうが私にとっては重要なんだから」
「マイヤ……」
「ジェフは違うの?」
「いや、違わない」
「なら別にどうだっていいじゃない。私はもう少しだけでもジェフと一緒にいたいと思った。だから噴水広場まででもいいから一緒に行きたかった。それじゃダメ?」
「ダメじゃないよ。ありがとう、マイヤ」
「どういたしまして」
柔らかい笑みを浮かべてマイヤちゃんにお礼を言ったジェフリーくんは本当に紳士だと思う。
レオくんも紳士だったけど、ジェフリーくんは年上な分ものすごく余裕がある感じ。
逆にレオくんは、戸惑いはあったけど貴族のご子息なだけあって仕草の一つ一つがとても洗練されていた。
ただ、こういうのって内面が滲み出るものなんだろうなって思う。
その人が、その時向かい合っている相手に対してどういう思いを抱いて接しているかで変わってくるというか。
何が言いたいかというと、ジェフリーくんもレオくんも女の子に対しての気遣いが最高であるということだ。
ケヴィンくんもお兄さんであるジェフリーくんを見倣うべきだと思う。
あれは本当にいただけない。
うんうん……と一人考えて納得していると、二人から一緒に行かないかと誘われた。
せっかくのお誘いだけど私は行かないよ?
だってお邪魔虫じゃん、私。
仲良し二人の間に割り込むような無粋な真似はしませんことよ?
「えへっ! お邪魔虫は遠慮しま~す!」
「えっ!? エマちゃん!?」
「邪魔だなんて思ってないよ!?」
焦って真っ赤になってるよ。
どっちも初いな!
微笑ましい二人の邪魔はしないから、残り時間でまた更に仲を進展させてくれ……と思っていたんだけど、ね……
「エマちゃん、一緒に行こ!」
「ふぇ?」
ガシッと音が出るほどの勢いでマイヤちゃんに手を取られてしまった。
あまりに突然すぎてパンジーの鉢植えを落っことしそうになってしまった。
危ない、危ない。
「うん。本当は一緒に回る予定だったのに、僕がマイヤを連れ出してエマを一人にしてしまったからね。だからここはマイヤの我儘を聞いてあげてほしいな」
「我儘って……ちょっとジェフ!」
「あははっ、ゴメンゴメン」
「……やっぱりお邪魔虫だと思うんだけど」
「邪魔じゃないから!」
「うん、ちっとも邪魔じゃないよ。逆にエマが一緒にいてくれたほうが助かるかな」
「?」
「一緒にいる間中、マイヤずっとこの調子でさ」
「余計なこと言わないでよ、ジェフってば!」
言ったそばから強い口調で返すマイヤちゃん。
うん、照れ隠しだね、コレ。
思っている以上にマイヤちゃんはジェフリーくんと二人っきりという状態に緊張していたっぽい。
それで反射的に意地っ張りというか、強気な調子での反応になっちゃってるんだね。
……ふむ。
そういうことなら一緒に行ってもいいかな。
「じゃあ二人が邪魔じゃないって言うなら一緒に行く」
「エマちゃん、ありがとう!」
「うん。ありがとう、エマ」
そう言うなりジェフリーくんが手を差し出してくれたけどそれはダメでしょ。
私が手を繋ぐ相手はマイヤちゃんです。
ジェフリーくんと手を繋いでいいのはマイヤちゃんだけだからね。
あえて分からないフリをしてコテンと首を傾げつつマイヤちゃんと手を繋ぐ。
反対側の手にはパンジーの鉢植えと、小脇に挟んだスケッチブック。
どっちの手も空いてないから繋げませんよ、的な?
それを見たジェフリーくんは『ああ、そっか』と苦笑しつつも納得したようだ。
「ついクセで。ケヴィンの時も同じようにしていたから」
ってことはジェフリーくんを真ん中にそれぞれと手を繋いでいたわけか。
ケヴィンくんの反抗的な態度はそこからもきてるのかとある意味納得した。
ジェフリーくんにそんな意図はなかったとしても、ケヴィンくんからしたらマイヤちゃんと手を繋ぐのをジェフリーくんに邪魔されたも同然だったろうからね。
これで意図してやってたとしたらジェフリーくんはなかなかの策士ではなかろうか。
弟を心配しているように見せかけながらも、決してマイヤちゃんとは手を繋がせまいと牽制しているようなものだからね。
……まぁ、さすがにそれはないか。
優しそうなジェフリーくんに限ってそんな姑息なことはやらないだろうし。
────……やらないよね!?
じ~っと見上げたところで分かるわけでもなし。
そんなわけで毎度の如く思考の放棄を行います、まる。
それから。
マイヤちゃんを真ん中に手を繋いだ私たちは、ジェフリーくんを途中まで送っていくという名目で噴水広場へと向かった。
道中では互いに『何をしていたのか?』という話になり、私は同じ年くらいの男の子と知り合って一緒に回ったことを伝えた。
レオくんの名前や貴族の子息だということは伏せておいた。
色々突っ込まれても困るし。
マイヤちゃんとジェフリーくんは、町の教会のミサに参加してきたそうだ。
教会のバザー目的で行ったらちょうどミサの時間が近かったらしく、せっかくだからと参加を決めたのだとか。
催しの趣旨にも合っているし、なかなかにいい経験になったと二人は言う。
ミサは午前に一回、午後に二回やっているとのことなので気になるなら明日行ってみたらどうかとも言われた。
めっちゃ気になるから明日行ってみることにする。
ガラス工房の体験の後に間に合うだろうか。
時間を念入りにチェックしておかねば。
そんな感じで互いに今までのことを話し終えたところで噴水広場に到着。
ここでジェフリーくんとお別れだ。
明日は皆で回れたらいいね、というお誘いももらったけど私はレオくんの状況次第だ。
そのことは予めさっきの話の中で伝えておいたので、万が一レオくんとの約束がダメになった場合はマイヤちゃんたちと一緒に行動させてもらうことになるかもしれない。
これも体験の時間がどのくらいかかるかにもよるとは思うけども。
そんな感じでジェフリーくんと少し話してから、私とマイヤちゃんはラバッツ家のお屋敷に戻ることに。
今日はもうこの後何もなく帰ることになると思うので、残り時間をめいっぱいマイヤちゃんと話すことに費やすつもりだ。
「そうだ、エマちゃん」
「なぁに、マイヤちゃん?」
「まだ詳しいことは決まっていないんだけど、今日の夜、私の家族と一緒にお食事しようって話が出てるの!」
「ふぇ? 私?」
「そう! エマちゃんと、エマちゃんのお母さまのリマさん。それからお付きで来てくれているヴェーダさんとメリダさんも一緒に」
「!!」
……なんとこの後も『一緒にいようね』というありがたい申し出を受けてしまった。
思いもしなかったそれに、驚き半分で呆けていたら繋いでいた手にキュッと力を込められた。
「今日一緒にいるって言ったのに、結局一緒にいられなかったから。その分の埋め合わせにって父さんと母さんにお願いしたの。『仕方のない子ねぇ……』って母さんには呆れられちゃったけど、リマさんたちには話をしてくれるって!」
「そうだったんだ」
「うん! だから夜ごはんの後に、ちょっとだけ夜のクララットを歩いて回れると思うよ?」
「夜のクララット?」
「そう! 食べもの屋さん以外のお店はほとんど終わっちゃうけど、閉めたお店はみんな色とりどりのランタンを灯して町の通りを照らすんだよ! それがすっごくキレイなの!」
「そんなに?」
「うん! これは口で言うよりもエマちゃんの目で見てほしい。言葉では説明できる自信がない。そのくらいキレイなの!」
「ほぇ~……」
言葉にできないくらいにキレイな光景かぁ。
それはちょっと気になる。
キラキラなのか、ふわふわなのか。
それさえも想像できないくらいの幻想的な光景なのだろうか。
ちょっとどころかかなり楽しみになってきた。
「とりあえず、母さんやリマさんたちのお店が終わるのが18時半だって言ってたから、片付けが終わったらランタンを灯すところを見られるかもしれないね!」
笑顔で言われた言葉に何度も頷く。
ランタンを灯すところ?
そんなの超見たいに決まっている。
「楽しみ!」
「でしょ? 私も楽しみ!」
そう言ってお互いにニコニコ笑いながら、私とマイヤちゃんは繋いだ手をリズミカルに振り振りしつつ帰りの道を歩いた。
あまりにもテンションが上がりすぎて、マイヤちゃんの家に辿り着くまではあっという間だった。
……ちなみに。
浮かれすぎた私がマイヤちゃんを巻き込んで転けそうになったのはマイヤちゃんと二人だけの秘密だ。
咄嗟に手を強く引っ張って助けてくれたマイヤちゃんはさすが『お姉さん』だと思ったよ。
落としそうになったパンジーの鉢植えも守ってくれたしね!
限られた時間ではあったけれど『レオくんと一緒にいたんだ』という確かな証でもあるパンジーが無事でホッとした。
落として壊したり、枯らせてしまったりしないように大切に丁寧に扱わなきゃとしみじみ思った。
改めてマイヤちゃんには感謝だよ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……お母さま、ひどい」
プクッと頬を膨らませた私が今いる場所は、ラバッツ家の応接間のようなキレイなお部屋だ。
小ぢんまりとした作りではあるけれど、来客の饗しには決して手を抜きませんという雰囲気がよ~く伝わってくるような、見事な意匠のお洒落空間。
固すぎず、緩すぎず。
それでいてリラックスできるような不思議な感覚になるのは、飾られた色とりどりのお花がうまい具合に部屋に調和しているからだろうか。
「まぁまぁ、エマちゃん」
膨れっ面の私を苦笑しながらマイヤちゃんが宥める。
「町の中ではリマさんを『ママ』って呼ぶ約束じゃなかったの?」
「そう、なんですけど……」
「あ~……ホラ、口調まで…………」
すっかりと『オンディール家のお嬢様』モードになってしまった私を見てますますマイヤちゃんが苦笑する。
「別にこの後のことを反対されたわけじゃないんだから、そこまで剥れることはないんじゃないかなぁ?」
「……でも。お片付けの手伝いをしたいって言っただけなのに、笑顔で『ダメ!』って……」
「う~ん……ある意味それは仕方のないことだと思うよ?」
そう。
お店がもうすぐ終わるという18時半よりも少し前。
片付けの手伝いをしようと私とマイヤちゃんはそれぞれのお母さまのところにその申し出に行ったのだ。
その答えが満面の笑みを浮かべての全力却下。
ニッコニコの笑顔で例の如く『うふふっ。ダ・メ・よ♪』と歌うように言われてしまったのだ。
完全に作ったと分かる笑顔に加え、副音声で『邪魔だからおとなしくお帰りあそばせ』的な言葉が聴こえたのはきっと気のせいじゃないと思いたい。
「お店を閉めた後の作業ってとっても大変だからね。手伝おうと思っていても逆に邪魔になるんだよ。忙しくしてる時に子どもが側をウロチョロしてたら気が散るだろうし、別の意味で心配事が出てくるんじゃないかなぁ」
「うぅ~……」
マイヤちゃんの言っていることは正論だ。
確かに大人が忙しくしている中で子どもが側をうろついていては邪魔だろうし、目障りでもあるだろう。
だけど。
少しでも作業が楽になればいいな……と思っていた私には、笑顔での全力却下はかなり堪えた。
「大丈夫だって。私もいつもそんな感じで母さんには追い払われてるし」
「マイヤちゃんも……?」
「うん。ハッキリキッパリ『邪魔だよ!』って言われるよ? だからエマちゃんも気にしなくて大丈夫。『子どもの仕事は全力で遊ぶこと』だって父さんも母さんも言ってるし。エマちゃんだってそれは同じじゃない? 特に今は『オンディール公爵家のお嬢様』としてここに来てるわけじゃないでしょ? あくまでも『エマ』という名の一人の女の子としてクララットの町の催しに参加してるんだから。ここは大人の言葉に甘えて全力で遊び倒すことだけを考えていればいいんだよ。午前中のお手伝いは、あくまでも『必要最低限こなさなきゃいけないお勉強』くらいの感覚でね」
明るく笑いながらマイヤちゃんが手ずから淹れたお茶を一口含み、納得したように『うん』と一つ頷いてから私にもお茶を淹れて出してくれた。
「とりあえず。お茶を飲んでちょっと落ち着こう。ね? 口調もさっきまでのものに戻してね?」
「……うん。ありがとう」
差し出されたお茶をゆっくりと飲む。
レモンの風味が優しいハーブティーだった。
「おいしい……」
「本当? 口に合ったのならよかった」
「マイヤちゃんは自分でお茶も淹れられるんだね」
「ん~……嗜みの一つとして覚えておきなさいって母さんから教えられてね? その……ほら、もうすぐうちも『ラバッツ男爵家』として貴族の仲間入りをするわけじゃない? だから、必要なこととして身に付けなければいけないものを少しずつ習っている最中なんだ。まずは礼儀作法とかマナーとかそういった部分から、なんだけど」
「……そっか。私はまだお茶を淹れたことないや」
「お家によって違うのかもよ? 公爵家ともなると、お世話をしてくれるお付きの人も多いんでしょ?」
「うん」
「身の回りのお世話をしてくれる人がついているってことは、自分でやる必要がないってことにもなるじゃない? だから、これから先もその必要はないかもしれないよ? エマちゃん自身が覚えたいって考えているのならまた別かもしれないけど。うちは身の回りのお世話をしてくれる人はいないから、『自分のことは自分で』が基本なんだけどね!」
そう言ったマイヤちゃんは生き生きとしていた。
活発的だもんね、マイヤちゃんって。
生粋の貴族令嬢のように周りから傅かれてあれこれを世話を焼かれるのは苦手そう。
そんなことを想像してしまって思わず『クスリ』と小さな笑みが零れた。
「ふふっ。やっと気持ちが落ち着いたってところだね」
「!」
「ムスッとして膨れてるエマちゃんもかわいいけど、やっぱり笑ってる顔が一番だよ」
「マイヤちゃん……」
「だから。いつだって笑顔で、ね?」
飾らない自然な笑顔でそう言われて、私もつられるように笑って頷いた。
やっぱりマイヤちゃんはすごい。
しっかり者の『お姉さん』の言葉は、心の奥の奥まで染み込むようにストンと私の内側に入り込んでくる。
一つ一つの言葉に説得力があるから聞いたこと全てに対して素直に頷けるよ。
「……ま、遊びが子どもの仕事と言ってる大人たちが帰ってくるまで、子どもの私たちは私たちで遊んで過ごしながら待つことにしようよ」
「そうだね。……うん。そうする」
「……じゃあさ!」
……と、ここでマイヤちゃんが私のスケッチブックを指差した。
「噴水広場で色々とお絵描きしてたでしょ? その続きが見たいな、私」
「マイヤちゃんが見たいって言ってくれるならいくらでも描くよ?」
「本当? 嬉しい!」
パチンと両手を合わせて私を見るマイヤちゃんに大きく頷く。
「……あ、そうだ」
「?」
どうせなら、今ここで描いて仕上げて、フレームにも入れてマイヤちゃんにプレゼントしちゃおう。
本当はオンディールのお邸に帰ってから仕上げて、ラッピングまでしようと思っていたけれど、早く完成させて渡せるのならそれに越したことはない。
それに、描いているところまで楽しんで見てくれるのなら、完成までも見てもらってから最後に手渡すところまでやりたい。
「マイヤちゃんは白とピンクとどっちが好き?」
「ん~……どっちも好きだけど、片方だけしか選べないって言われたら白かなぁ」
「どっちも好きなら、白とピンクどっちも描いちゃうね?」
今描いている花は、マイヤちゃんが噴水広場で描いてほしいと言っていたマーガレット。
「赤とか黄色とかオレンジはどう? 好き?」
「大好き!」
「じゃあその三つも入れちゃおう! お庭にいっぱい咲いている感じで!」
簡単に描いていた状態だった絵に次々と手を加え、色とりどりのマーガレットの花を一つ一つ丁寧に完成させていく。
花だけでなく、土や光の当たり具合といった部分も意識しながら仕上げた絵は、またしても自画自賛してしまいたくなるくらいに素晴らしい出来になった。
ちょっと感動した。
「で~きた!」
「わっ! すごい! かわいいのに華やか!」
横から覗き込んだマイヤちゃんが手を叩いて褒めてくれる。
「それじゃ、この絵はマイヤちゃんにプレゼント!」
「えっ?」
「今日のお礼だよ?」
「いいの、エマちゃん? 私がもらっちゃっても?」
「うん! 最初からマイヤちゃんにプレゼントするつもりで描いてたの。だから、マイヤちゃんに描いてほしいお花を訊いたんだよ?」
「そうだったんだぁ……ありがとう、エマちゃん! 嬉しい!」
「えへへっ。マイヤちゃんが喜んでくれて私も嬉しい」
そう言って、スケッチブックから絵を破り取った。
あとはさっきのように、紙の四隅を少し落としてサイズを調整してから柔らかい木目調のフレームに収めて完成となる。
……と、そこで私は気がついた。
紙の四隅を切り落としてくれたのは”風の”妖精だったことを。
その”風の”妖精が、今は私の側にいないことも。
「……あ」
「どうしたの?」
「え、っと……ハサミ、借りてもいいかな?」
「もちろん。ちょっと待ってね」
部屋の隅にある棚からハサミを取ってきて手渡してくれるマイヤちゃんにお礼を言って受け取った。
目測で絵の余白部分を切り取る。
”風の”妖精がやってくれた時と違ってほんの少しだけ斜めになってしまったけれど、隠れる部分だから影響はない。
フレームへ入れてみると違和感なくしっかりと収まった。
「はい、マイヤちゃん」
「ありがとう」
フレームの絵を手渡し、笑顔で受け取ってくれたマイヤちゃんを見て私も笑顔になる。
「とっても素敵な絵……大事にするね?」
笑顔のままでフレームを胸に抱き締めるマイヤちゃんは『どこに飾ろうかな~』とウキウキしている。
『いつでも目に入れられるように、勉強机の上がいいかな』
『勉強で疲れた時の癒やしになってくれそうだから』
そんな言葉に思いっきり赤面させられることになった私。
公爵令嬢としての私じゃなく、何も取り繕うことのない素のままの、心の内を隠すことすらしていない私という一個人。
……うん。
お母さまが『公爵令嬢としてではない私』としてこの町に連れてきた意味がなんとなく分かった気がする。
素のままの自分でいられるのは大事なことだと。
私自身がその身を以て体験することで、その事実を理解してほしくて今回の催しに参加させてくれたのだろう。
貴賤を問わずに心から親しくしたいと思える友人を……という部分は、まだちょっと難しそうだけれど。
友人、という部分だけを除けば、心から親しくしたいと思える人は間違いなくマイヤちゃんだと胸を張って言える。
私なりに出した結論。
心から親しくしたい人と、素のままの自分、ありのままの自分を見てほしいと思える人は、きっとイコールで繋がっている。
たった一日でそんな相手と出会えるなんて、これはもう奇跡と言ってもいいんじゃないだろうか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あれからすぐにお母さまたちが来て、無事にお店の片付けが終わったと告げられた。
そのまま連れ出されて向かった先は閉店作業を終えて静かになった通り。
既にそこはポツポツといくつかのランタンが灯され、温かい色味の不思議な光景が生み出されていた。
手前側のお店にマイヤちゃんとマイヤちゃんのお母さん。
更に向こう側へと歩いていった先のお店に、私とお母さま、それからヴェーダとメリダが向かう。
お店の前の地面に置かれたランタンは三つ。
それに手を翳すことで『ふっ……』とランタンに仄かな明かりが灯る。
中に埋め込まれた魔導鉱石が魔力を感知して明かりを灯す仕掛けなのだそう。
一つ目は淡いオレンジ色。
二つ目は柔らかな乳白色。
三つ目は薄い水色。
それぞれの明かりが灯ったところで、お母さまとヴェーダとメリダがそれを店先へと吊るした。
気がつけば、マイヤちゃんたちのお店の前でも明かりを灯したランタンが吊るされ、あっという間にあちこちのお店の前で飾られたランタンの明かりが溢れていた。
一言で言えば、幻想的。
ハッキリとした明かりではなく、ぽわぽわとした朧がかった色とりどりの淡い光が目に優しく飛び込んでくる。
前世の真冬のイルミネーションにも負けない光景だ。
「すごい……とってもキレイ……」
マイヤちゃんが言葉で言い表せないと言っていたのも納得だ。
言葉じゃ、この素晴らしい光景を語れないと言ったほうが正しいかも。
この景色を前に、言葉なんてものは無粋で無意味だ。
己の目で見て感じたものを、感じたままに心に刻めばいい。
だからきっと、言葉で言い表す必要なんて欠片もないのだ。
惚けるように見入っている私の手をお母さまが優しく引いた。
「さあ。この幻想的な明かりに包まれながら、皆さんと一緒に夕食をいただくことにしましょうか」
「……はい!」
満面の笑みで頷いた私を見たお母さまが柔らかく微笑み、ゆったりとした歩調で歩き出す。
マイヤちゃんたちと合流し、向かった先はクララットの東側にある広々とした敷地を構えた野外レストラン風のお食事の店だ。
だけど実態は、前世でいうバーベキューとビアガーデンを足して2で割ったような、ちょっと大衆的だけどオシャレさを失っていないような、そんなお店。
大人でも子どもでも楽しめるようになっている。
先に行って予約席を確保してくれていたのはマイヤちゃんのお父さんと、あとは知らない男の人が二人。
紹介されたその人たちは、ターナー商会の会頭とその跡取りの息子さんだと言う。
言われてみれば二人ともよく似ている顔立ちだ。
もっと言うなら、どこかで見た顔だなぁ……という既視感がある。
『どこで見たんだっけ……?』
……と、首を傾げていたら、マイヤちゃんがコソッと『ジェフとケヴィンのお父さんとお兄さん』と教えてくれた。
「!!」
ジェフリーくんとケヴィンくんのお父さんとお兄さんですって?
納得だ。
どこかで見た気がすると思ったら、二人ともジェフリーくんによく似てる。
っていうか、この場合はジェフリーくんがお父さんとお兄さんによく似てるというほうが正しいのか。
ケヴィンくんも似てないことはないけど、どっちかっていうとジェフリーくんのほうがお父さんとお兄さんに似ていると思う。
お父さんは『ハミエル・ターナー』、お兄さんは『アイザック・ターナー』と紹介された。
お母さまはお忍びでの『リマ』というセカンドネームを名乗っていたので、私も『エマ』ですと自己紹介した。
だけどたぶん……二人とも分かっているんだと思う。
お母さまと私の紹介を苦笑しながら頷いて聞いていたので、予めマイヤちゃんのお父さんあたりから、オンディール公爵家の者だって話が先にいってるのかもしれない。
ケヴィンくんがお母さんにかなりキツく叱られたと言っていたのも、その話があってのものだと思う。
それからみんなで一つのテーブルを囲みつつ、和やかな会話をお供に食事を楽しんだ。
とは言っても、いつだってこういうお食事の席で盛り上がるのは大人なんですよ。
だって少量とは言えどアルコールが入るわけですからね。
お母さまも例外ではなく、出されたお酒を嗜みつつ、何やら子どもには難しい話をしている。
ターナー商会の会頭とその跡取りである二人を交えての話だから、きっと商売絡みのものが大半を占めているのだろう。
間に入るのはもちろんマイヤちゃんのお父さん。
ヴェーダとメリダ、それからマイヤちゃんのお母さんはその場にさりげなく控えつつも、時折意見を求められてそれに答えたり、減ったお酒や料理を追加しては給仕して……という状態で忙しそうだ。
当然……
「大人はいっつもお仕事の話ばっかりだよね。みんなで楽しくお食事するんじゃなかったのかなぁ!」
「同感です、マイヤちゃん……」
────子どもは置いてけぼり、なんですよねぇ~……
絞ったオレンジのジュースを飲みながらジト目で大人たちを見遣るマイヤちゃん。
私もそんなマイヤちゃんと同じく絞ったぶどうのジュースをちびちび飲みつつ、しょうがない大人たちの様子を見ていた。
ごはんなんてあっという間に平らげてしまったよ?
だって子どもは大人の話になんて参加できないし、やることと言ったら食べることしかないじゃん?
話す相手は必然とマイヤちゃんだけになるし?
そういうわけで、食事を終えた今、ジュースを飲みながら大人たちをジトリと見るしかない私たちは非常に退屈になってしまっているわけですよ。
「……マイヤちゃん」
「ん?」
「今、何時か分かるかな……?」
「19時半を過ぎたとこ」
「……退屈だね」
「……だね」
「大人の話、つまんないよね」
「全くだよ。先に帰る?」
「帰れるの?」
「大丈夫だよ。毎回こうなった時、いつもジェフとケヴィンと一緒に帰るようにしてるし」
「そうなんだ」
「うん。だからエマちゃんがここにずっといるのが退屈だっていうなら先に帰れるよ。ついでにさっきのランタン通りをくる~っと見て回ってから帰ってもいいし」
「!!」
ランタン通り!!
なんて素敵な響き!!
「見たいッ!!」
「それじゃ決まり。大人たちは放っておいて、私たちは私たちでランタン通り巡りを楽しむことにしよ!」
「うんッ!!」
そこからの私たちの行動は早かった。
まずはマイヤちゃんが動き、慣れた様子で先に帰る旨を伝えて大人たちの了承を得ていた。
子ども二人で帰ることをメリダが心配そうに見ていたけれど、お母さまから『何事も経験だ』と言われて渋々ながらも納得してくれた。
まぁ、お母さまが護衛を連れずにこの町に来ていることもその納得の材料になっていたんだと思う。
実際にこの町は平和で安全だ。
だからこそ、夜の時間である今も二人だけで帰ることを反対されないのだ。
「さ~て、と……キレイなランタン通りを見て回りますか!」
マイヤちゃんの言葉に頷き、互いの手を繋いで歩き出す。
あれからまた灯されたランタンの明かりが増え、幻想的な雰囲気に更に磨きがかかっている。
まるで光に包まれた道を歩いているみたいだ。
これもまたクララットの名物の一つなのか、あちこちの通りで人がたくさん溢れている。
何なら、昼間よりも人出が多いと感じてしまうくらいには。
「ね、食べもの屋さんはまだ開いているのかな?」
「食べもの通りは遅くまでやってるよ。だから、ランタンとは違う灯りで照らされてるの。こっちは夢、あっちは現実。そのくらいの違いがあるくらいにはハッキリしてるかな」
「そうなんだ」
「行ってみる? 食べもの通りのほうも。お腹はいっぱいだけどね?」
「あはは……今はいいかも……」
「だよね? もうジュースも無理そう……」
「同感です……」
昼間からたくさんのお菓子を食べ、さっきも食事でたくさんお腹に入れた。
食後のジュースも堪能したばかりだし、これ以上は入る隙間がない。
ある程度歩いたところで何かを食べたくなることはないだろう。
それが私とマイヤちゃんの考えだ。
だからこれは、食後の散歩を兼ねた夜の町の探検みたいなもの。
慣れているマイヤちゃんには探検とは言えないだろうけど、それでも普段とは違う催しの夜だから十分に楽しめるとマイヤちゃんは言う。
幻想的な光に包まれる通りをゆったりと歩きながら、多くの人たちとすれ違い、追い越され、時にはトンと軽くぶつかったりしてしまう。
けれど誰もが穏やかな表情で、ぶつかってしまった人も苦笑しながら『申し訳ない』と言って軽く頭を撫でて去っていった。
平民っぽい格好だったけれど、着ていた服はかなり上等なものに見えたから、さっきのおじさまはきっとどこかの貴族の人だな。
なんとなく、雰囲気で分かってしまった。
物腰が柔らかかったのもあるしね。
マイヤちゃんにしっかりと手を繋がれながら歩いていることをいいことに、私は右に左にと、とにかく幻想的なランタンの光ばかりを目で追いかけた。
だから、隣にいるマイヤちゃんの言う言葉にも反応が少しばかり遅れてしまうのも無理はなくて。
「うわ……ッ! 驚いたぁ~……」
「…………? どうしたの、マイヤちゃん?」
「さっき、すっごいキレイな男の子二人とすれ違った! 兄弟かなぁ? まるで絵本から飛び出してきた王子様のような二人だったよ」
「へぇ~」
すれ違った、ということはその人たちは既に私たちのいる場所から遥か後方へと行ってしまったあとだろう。
「エマちゃんは見なかったの?」
「えへっ、ランタンの明かりばっかり見てた」
「え~……もったいない! すっごくキレイな顔してた二人だったのに!」
「そんなこと言われても気づかなかったもん。それよりマイヤちゃん」
「ん?」
「マイヤちゃんにはジェフリーくんがいるんだから、いくらキレイな顔した王子様みたいな男の子でも余所見はいけないと思うんだ」
「!!」
ちょっと残念そうな顔でそう言ったら、マイヤちゃんが分かりやすくボンッと顔を真っ赤にした。
「な……なッ……!」
「マイヤちゃんの一番はジェフリーくんだもんね?」
「…………その通りです」
ぷしゅ~と湯気が出てそうな勢いで、でも真っ赤な顔のままへなへなとその場にしゃがみ込んでしまったマイヤちゃんを、私はニマニマしながら眺めていた。
────そんな調子じゃ男爵家のご令嬢となったあと苦労しちゃうよ、マイヤちゃん?
────ただえさえ貴族家のご子息ご令嬢は見目麗しい人たちがこれでもかってくらいに溢れているんだから
そう。
これでもか……ってくらいに、ね……
……この時は、気づいてなかったの。
二度目の出会いがあったこと。
忘れていたこと。
思い出せさえしていなかったこと。
切望するほどにこちらを見ていた鮮明な海のような青も。
ほんの僅かな気配さえも。
何も。
……何も、気づいてなかったの…………─────
次のお話とその次のお話はフローレン側ではない別視点でのものになります




