レオくんとエマ 3(土の曜日)
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今回で『レオくんと一緒!』な土曜日の出来事は終わりになります。
中盤で少しだけ第三者の視点でのお話が入ります。
~レオくんとエマ 3(土の曜日)~
できるだけ人目の少ない場所へと向かったところ、工芸品エリアから完全に離れることになってしまった。
夢中で駆け抜けていったせいもあり、キラキラした様々な工芸品を一つ一つ見て回る余裕はなく。
せっかくレオくんと立てた計画が片っ端から壊されていったような気分になる。
────まぁ、しょうがないっちゃしょうがないな……
私個人としてはできるだけ目立ちたくないし。
それに、レオくんと一緒にいるっていう事実が、目立ちたくないという私の気持ちを若干邪魔しているんだよね。
その事実を踏まえた上での、これ以上目立ちたくない、だ。
────身形が良すぎるんだもんなぁ、レオくん……
明らかにこの町の子ではないってことが一発バレの上等な服装なんだもん。
実際レオくんにはその自覚はないんだろうけどね。
思いつきで抜け出してきたんだから着替えるという概念すらなかったはずだ。
おそらくだけど、目立つことはレオくんも避けたいところだと思う。
お母さまが言うには、このクララットの町の催しはドラグニア王国でも有数の人気の高い催しの一つで、国中のあちこちから多くの人が訪れるほどに知名度が高いらしい。
その分、年々少しずつ規模が大きくなっていて、お忍びで訪れる貴族も少なくはないとの話。
修道院や孤児院を支えていくためのチャリティー目的ともあって、特に貴族のご婦人がたには好評なのだそう。
……つまり何が言いたいかというと。
この催しに参加している大勢の人の中に、レオくんのことを知っている人がいてもおかしくはないということだ。
もしそんな人たちにレオくんの存在が露見して、それをお家の人に連絡でもされてしまったら。
すぐさまお家の人によってレオくんが連れ戻されることになるのは必然だ。
そうなったら、レオくんが『お姉ちゃんのために』という思いでこの町に出てきた意味がなくなってしまうことになる。
ここまでに至ったレオくんの決意と勇気がムダになってしまうのだ。
そんなことになってしまったら、さすがに悲しすぎる。
お見舞いに選んだお花も、お土産に選んだクレフも、聞かせてあげたいお話も、全部が意味のないものになってしまうだなんてあんまりだ。
だから。
そんなレオくんのためにもこれ以上目立つわけにはいかないのだ。
「……レオくん」
「ん?」
「人が多いとこは、やめよっか?」
「えっ?」
「さっきみたいに目立つの、イヤでしょ?」
そう問いかけた私はさぞかし情けない顔をしていたに違いない。
なぜなら、レオくんが困ったような表情でぎこちなく笑ったからだ。
「ぼくは、エマちゃんと一緒なら平気だよ? 別にさっきみたいに多くの人たちから見られたって、エマちゃんと一緒なら何とも思わないし」
「!!」
「え、っと……エマちゃんはぼくと一緒に見られるのは嫌……かなぁ……?」
「んな……ッ!?」
────なんてことを言うんだ、レオくん!!
────ちっともイヤなんかじゃないよ!!
────ただ悪い方向に目立ちたくないだけで!!
でも……でもね?
そんなはにかんだ顔で、ハートにダイレクトアタックするような少女マンガ的セリフを口にするだなんて反則だぁ!!
思わずどころか思いっきり『ドキーン!!』としちゃったじゃないか!!
……いや、この場合は『ドキーン!!』よりも『ズキューン!!』か?
もうこの際どっちでもいいや!
レオくんのその一言で胸が撃ち抜かれたことだけは確かだから!!
馴染み深い大好きな色を纏っているからこそ破壊力がありすぎる。
前世の記憶がないただの幼女だったら間違いなくここでレオくんに一目惚れしちゃってるわ、私。
それくらいキュンキュンさせられた。
────アオハルかよ!!!
……って、私!
まだ4歳の幼女だけども!!!
「エマちゃん?」
僅かに目を逸らしつつ、繋いでいない方の手でバクバクいってる心臓付近をグッと押さえつけながら深呼吸する私を、レオくんが不思議そうな調子で呼んでいる。
────ちょっと待って!
────あと5秒だけでいいから!
ワタクシめに落ち着けるだけの猶予をくださいな~!!
一回、二回と大きく深呼吸をし、改めてレオくんと向き合う。
「……イヤじゃないよ?」
でも口にできたのはこの一言だけ。
二回程度の深呼吸じゃこの暴れる心臓は全然落ち着いてなんかくれなかったよ。
しっかし、レオくんは恐ろしいな。
私と変わらない歳でこんなセリフをサラリと吐き出すなんて。
きっと社交デビューする頃にはモテモテだろうなぁ。
(カワイイ系の)キレイな顔立ちだし、なんと言っても大貴族のお坊ちゃまという好条件。
こんな将来『優良物件確実』な男の子なんて、まず周りの女の子たちが放っておくはずがない。
あまりにもモテすぎるがゆえに将来レオくんが女たらしのチャラ男になったりしないことを祈る。
そう、ゲームの『恋メモ』のチャラ男枠である宰相子息のユージィンのような。
相変わらずかわいらしい顔で緩く首を傾けながら私を見ているレオくんを見つめ返す。
今はこんなにも純粋なレオくんが、女たらしのいい加減なチャラ男になるとか全く想像できないな。
っていうか、なるとも限らないじゃんね?
大きくなっても純粋なまま変わらない、それどころか今以上に優しい人になるかもしれないのに。
……うん。
ヘンなこと考えるのはやめよう。
あまりにもレオくんに対してシツレイだ。
それよりも、伝えるべきはやっぱり『目立たないに越したことはない』ということだ。
多くの人出があるからこそ、誰の目があるか分からない。
もちろんそれはレオくんに対して、だ。
だから正直に伝えることにした。
事前にお母さまから聞いていたことと合わせての私の意見を。
拙い説明になってしまったけれど、レオくんは私の話を真剣に聞いてくれて、それから納得して頷いてくれた。
レオくん自身も、今誰かに見つかって家に連れ戻されることは本意じゃないという。
注目される分はよくても、それが原因で強制送還されては元も子もないということで、私たちは当初見て回る予定だった工芸品エリアの散策を諦めることにした。
明日製作体験をするのだから、その後にでも見て回ろうよと言ってくれたのはレオくんだ。
『約束!』
そう言って笑ってくれたレオくんに、私は同じように笑って返せただろうか。
正直なところ、自信はない。
……なぜなら。
その時の私の心は『叶えられるか分からない約束を増やしちゃったよ……』という気持ちでいっぱいに占められていたからだ。
ただ、繋いでいた手にキュッと力を込めて『……うん』と頷くだけで精一杯だったような気がする。
だから、気づかなかったんだ。
離れたところで、誰かが私たちを───ううん、レオくんを見ていたことに。
更にはその誰かから、レオくんの家族にそのことを伝えられてしまったということも。
この時の私たちは何も気づけないままでいた……─────
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
お忍びでやってきたクララットの催しでその姿を見つけたのは単なる偶然だった。
幼いながらも友人とよく似た面差しの男児。
その姿を目にしたと同時に、真っ先に頭の中に浮かんだのは『なぜ今、あの子がここに……?』という疑問だった。
今この場では場違いであるとしか言いようのない上等な身形で佇むその姿は、周囲からは明らかに浮いている。
良くも悪くも人の目を集めているのは、傍らに立つ愛らしい容姿の女児の存在もあるからか。
その女児の身形を見るに、町の娘であるだろうと推測できる。
……が。
所々で隠せずに滲み出る高貴な雰囲気から察するに、おそらくあの女児も己と同じくお忍びで町の催しに参加している貴族の娘で間違いない。
うまく町娘に擬態しているつもりでいるようだが、完全に貴族の気配を隠し切れていないのは幼さゆえの未熟さからだろう。
────一体どういう状況でこうなっている……?
まず、友人の弟が供の者を誰一人連れずに町に出てきている件。
表面上は笑ってはいるものの、時折翳る表情と、慌ててそれを取り繕おうとぎこちない笑みを浮かべているのが度々見て取れる。
自身の表情を取り繕おうとしているのは、決まって側にいる女児に気遣わしげな顔で見つめられてからだ。
ぎこちないながらも笑い返すことで女児が安心したように笑みを向ける。
そうされて、やっと自然な笑みが浮かぶ……という状態をこの短時間の間で数度ほど繰り返しているようだ。
「…………………………」
しばらく観察してみたところ『どうやら理由ありのようだ』という結論に至る。
それから、一緒にいる女児に関して。
最初は知り合いかと思ったが、恐らくは違うだろう。
もし仮に二人が知り合いであったとして、今日の催しに参加するという約束があったと仮定しても、あのような上等な身形でこの小さな町に出てくるなどまず有り得ない。
不自然なくらいに上質すぎる服装で町に出ている時点で、計画性もなく衝動的に至った行動であるということは歴然だ。
それ以前に、友人の弟は普段から王都の邸を出る機会がほとんどないとも聞く。
家族絡みの外出以外に碌に外に出る機会がない中、他家の年の近い令嬢と知り合うなどほぼ不可能であるはずだ。
この町で初めて会って意気投合したか何かで今に至っていると思って間違いないだろう。
「……ということは」
────邸の誰にも告げずに抜け出してきた、というのが確実な線だな……
一応、管轄している領地内の町の催しということで危険なことにはならないだろうが。
それでも供の一人も付けずに抜け出してきたという点は、幼いという理由を差し引いたとしても浅はかすぎる。
邸に子息が不在で且つ誰もその事実を知らないなどという事態が後にどういう結果を引き起こすか。
事を大きくしないためにも、友人にはありのままの事実を知らせておくべきだろう。
少し前の何気ない会話で、友人は週末に弟を第二王子と引き合わせるかもしれない、ということを口にしていた。
土の曜日か日の曜日かは定かではなかったが、双方の都合がいい曜日で合わせたいとも言っていた。
それが今日ではないのなら、友人は自身の弟が邸を抜け出し町にいる事実を知らない可能性が高いだろう。
だが逆に、今日を予定していて既に弟の不在が発覚していたとしたら……?
彼の家族だけでなく、邸の関係者全てを含めての大騒ぎに発展している可能性は大いにある。
そこまでの考えに至った時点で、取り出したのは普段から持ち歩いている伝達魔法用の特殊用紙。
同時に取り出したペンで内容を簡潔に記し、四つ折りに畳んで直ちに魔力を纏わせ友人の元へと飛ばした。
行き先は彼の家か、それとも王城か。
どちらにせよ、内容が内容だけに返信は早く返ると見て間違いないだろう。
友人の几帳面な性格を鑑みるに、伝達の返信を含めた諸々の対処はかなり迅速に為されるはずだ。
……と思っていたところで返信が届いた。
一直線に向かってくる魔力を纏った返事を書いた紙を引っ手繰るように掴む。
広げて目を通したその内容に漏れたのは溜息だ。
────向こうは何も知らなかった、か……
筆跡が乱れた走り書きのようなそれは、焦った上で急ぎ綴ったからだろうか。
一度友人の元に説明をしに行ったほうがよさそうだ。
このまま文字だけの伝達を延々と繰り返していても意味はない。
それ以上に、碌に状況を知りもしないまま友人に動かれるほうが厄介だ。
要らぬ混乱を招く上に、余計な大騒ぎにまで発展しかねない。
再び用紙にペンを走らせ、綴った言葉は
『これから説明に向かう』
『お前はまだ動くな』
この短い二つのみ。
その返信を飛ばすと同時に見遣るのは、友人の弟の様子だ。
今は何もなさそうに笑っている。
この分なら特に心配はいらないだろう。
供にいる女児に促され、笑顔で指差された先に向かおうとしている姿が目に入る。
そこで女児の傍らに寄り添うようにじゃれついている見慣れた存在があることに気がついた。
────たまには役に立つことでもしてもらおうか……
軽く人差し指を立て、そこから発したのはほぼ感知できないに等しい微力の風魔法。
人間相手には微かな空気の流れ以下ほどにも感じられない、魔法と呼んでいいのかどうかも分からないそれ。
だが、しかし……
────”風の”ならば確実に気づく……!
案の定、魔法に気がついた”風の”がこちらを向いた。
結構な距離があるにも関わらず、己の目を真っ直ぐに、そしてしっかりと見ていることが分かる。
向こうが気づいたと分かったその時点で、今度は己の声に魔力を乗せながら、囁き以下の声音で精霊言語を飛ばす。
《ソノママ、側デ、二人ヲ、見守レ》
届いた言葉を受け止めたことを知らせるためか、”風の”がこちらへ向けて二度大きく頷いた。
その様子に二人が気づくことはない。
”風の”が女児の頭の上にいたことが幸いしたか。
「…………頼んだぞ」
こちらも”風の”に頷き返し、すぐさま町を後にするべく踵を返す。
多くの人並みをすり抜け、その流れが疎らになったところで勢いよく駆け出す。
向かう先は王都寄りの方角である町外れではなく、その逆方向の外れである開けた土地。
走りながら小指ほどの長さの、細い銀色の笛を吹く。
……が、その笛からは、人の耳に聴こえる音は何一つ発せられることはない。
その音を聞き取ることができるのは、この国に於ける礎とも言えるとある存在のみ。
催しによる喧騒の中、町を外れた先の開けた土地に人の気配はない。
その場所に辿り着くのとほぼ同時に、自身を中心とした一帯を覆い隠すほどの巨大な影が頭上に差し掛かった。
目の前に降りてきたのは、光の加減によって銀色を照り返す巨大な黒鉄色の竜。
駆ける足を止めることなく、勢いのままその背へと飛び乗る。
「ヴァイアラン、王城へ飛べ!」
主をその背に乗せた竜は、勢いよく地を蹴り大空へと飛び立った。
「…………全く。面倒事は好きじゃねぇってのに」
愚痴めいた言葉を零しながら身に纏ったのは、念のためにと空間収納魔法を施した鞄に入れて持ち歩いていたローブ。
一応緊急の用事だとはいえ、さすがにお忍びスタイルのまま王城に上がるわけにはいかない。
金糸と銀糸とで至るところに特殊な紋様を刺繍で施された限りなく黒色に近い色合いのローブは、その持ち主が王宮魔術師団に所属しているという確固たる証。
……それから。
左腕には、特級魔道師であることを示す三連バングルが陽の光を反射しながら燦然と輝いていた……─────
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「チョコバナナおいしい~」
「うん! バナナとチョコレートってこんなにも合うんだね。ぼく初めて食べたよ!」
始まりへ帰る~……ではないけれど、私とレオくんは再び噴水広場へと戻ってきた。
あの後二人で話した結果、食べものロードへと戻って、食べたいなと思ったものを買って食べ歩くことにしたのだ。
しっかりとお目当てのチョコバナナはゲットしましたよ!
それも一番最初にね!
後はレオくんがものすごく興味津々だった串焼きのお肉とか、前世でいうホットドッグみたいな軽食系のものを少し買った。
こっちはレオくん用ね。
私はチョコバナナが食べられたらそれで十分だったので。
……で。
最後にリーフお兄さんのお店に寄って預かってもらっていたお土産に買ったクレフを受け取って噴水前なう、ってわけ。
そうそう。
実は食べものロードに戻る前に、素敵な雑貨屋さんの出店を見つけてそこでもお買いものしたんだ。
温かい木目調の写真立て風のフレームを二つほどね。
まぁこの世界には写真なんてものは存在しないから、このフレームは小さめサイズの肖像画を入れて飾る置き物だろうと思う。
何のために買ったのかって?
もちろん、絵を入れるためだよ?
マイヤちゃんへのお礼として絵をプレゼントしようと思っているんだけど、その絵をこのフレームに入れて更にラッピングして渡そうかなって。
もう一つのほうも、同じく絵を描いて入れるつもり。
こっちはレオくんにあげようと思っている。
正確に言えば、レオくんのお姉ちゃんに、だね。
ほら、さっき鉢植えのアヤメのお花を諸々の理由から諦めてもらうことになったでしょ?
その埋め合わせというか、代わりというか。
絵で描いた花なら例え鉢植えのものであっても不吉な意味にはならないと思うしね。
おまけに枯れない。
ずっとそのままの姿のものをフレームの中に収めておける。
見たい時にいつだって見ることができる。
例え気休めだったとしても、好きなお花を見られるんだったら……なんて風に思ったんだよね。
────まぁ、幼女の趣味で描いた絵でよければ……なんだけど、も……
そうして、チョコバナナを食べ終わった私はスケッチブックと色鉛筆を取り出し、サラサラとアヤメの絵を描き始めた。
レオくんがお姉ちゃんのためにと選んでいた淡い紫色の花を。
自然な感じのほうがいいかな~と鉢植えではなく、土の中に植わっている状態のものを描くことにした。
ちょうどうちのお邸の庭にも植わってたアヤメがあったし。
あんな感じで描いてみようかな。
ごくごく最近目にしたばかりの、見事に咲き誇っていたアヤメの花たちの姿を思い返しながら色鉛筆を走らせる。
葉の色。
土の色。
花弁の色。
簡単に輪郭を取り、大まかな形を作ったところで一つ一つの色を乗せていく形で描いていく。
『描く』というよりは『塗る』ほうをメインで作り上げていってる感じだ。
柔らかく自然に見えるように。
風に吹かれて揺れるようなイメージを思い描きながら、丁寧に色鉛筆を動かしては色を乗せるという作業を繰り返す。
────うん、いい感じ!
あとは……おまけ程度に転がっていた飾りのようにも見えた丸い石をちょこちょこと描き足してみようか。
完全にうちの庭で見たものの再現っぽくなってしまったけど、そういう風に描いても、きっとそこが『オンディール邸の中庭』だなんて誰も気づかないだろう。
「上手だね、エマちゃん」
ニコニコ笑いながら絵を描く私とスケッチブックの絵を交互に見ながらレオくんが言う。
そういえばマイヤちゃんからも同じことを言われたなぁ……と少し前のことを思い出しながらレオくんに返事を返した。
「ありがと、レオくん。ちゃんとアヤメの花に見えてたらいいな」
「どこからどう見てもアヤメの花だよ。姉さまが好きそう」
「レオくんのお姉ちゃんは絵に描いたお花も好きなんだ?」
「うん。絵のお花は枯れないから好きだって言ってた。本物はどうしても時間が経てば枯れちゃうから……って」
「……そうだよね」
私もそう思う。
レオくんのお姉ちゃんも同じような気持ちなら、幼女の趣味で描いたこの絵を見て喜んでくれるかな。
思いつきでフレームを買って描き始めた絵だけど、喜んでもらえたら私も嬉しい。
「ところで、レオくん」
「ん? なぁに?」
「もう全部食べ終わったの?」
「うん! どれもみんなおいしかった。いっぱい買ってくれてありがとう、エマちゃん」
「どういたしまして。私もレオくんと一緒に食べたいものを食べられて、すっごくおいしくて満たされた気持ちになったよ!」
笑って『ありがとう』と言ってくれるレオくんに『どういたしまして』と返し、笑みを向ける。
するとレオくんの口の端にちょっとだけケチャップらしきものが付着しているのが目に入った。
ホットドッグ(?)食べた時についたのだろうか。
「レオくん、口元赤いのついてるよ。ケチャップかソースかどっちか分からないけど」
「えっ? 本当?」
「うん。ちょっと待って」
……と、ここでクマさんポシェットをごそごそと探り、中から手鏡とペーパーナプキンを取り出す。
「はい、レオくん。手鏡見て」
先に手鏡を手渡し、続いてペーパーナプキンも差し出した。
「コレで拭いてね」
「ありがとう」
ちょっと恥ずかしそうに目元を赤くしたレオくんだったけど、鏡を見ながら慎重に口元を拭い、拭き残しがないかを念入りにチェックしていた。
身嗜み、大事だもんねぇ。
オトメの嗜みとして鏡もペーパーナプキンも持ってきててよかったよ。
前世の時なら『ついてるよ~』ってサッと拭いてあげるのが普通だったけど、さすがに今はそんなことはできない。
レオくんは貴族だから、ただの町娘である私が軽々しく触ったりなんてしちゃいけないのだ。
……散々手を繋いだ上に、ぴったりくっついたり、隣同士で肩が触れ合うくらいの距離で座ったりもしているけどソレはソレ、コレはコレ。
まぁ、触れる場所の問題でもあるのかな?
女の子が男の子の口元に触れるって、ある意味『好き好きアピール』してるように感じちゃうんだけど、それって単なる私の思い込みだろうか?
────そりゃあ私だって、レオくんのことは好きだけれども?
でも、そっち系のアピールをするつもりで『好き』なのか、って訊かれたらそれはちょっと違うような気もするんだよね。
『お友だちだし?』っていうには、私はあまりにもレオくんのことを知らない。
レオくんからしたって、私のことを『お友だち』だと思ってくれているのかどうか微妙なトコだし。
そもそもが、男女で友情って成り立つんですかね?
前世の頃から生きる世界が変わった今でもまだ、このテーマは永遠に答えの出ない難しい問題なのかもしれないなって思ってしまうよ。
────仲はいいけどお友だちじゃないって、何じゃソレ?
性別が違うとこうも難しく考えなきゃいけないのか。
……なんか、ある意味友情って面倒くさいものなのかもね。
『好き』も『仲良し』も、もっと簡単に考えられるものだったらいいのに。
男だとか女だとか気にしてそこで線を引いちゃうから簡単じゃないんだろうなぁ、きっと。
……なんてことを考えながらも手はせかせかと動き最後の仕上げへと入る。
明るいところで元気に咲いているお花に見せるべく、黄色の色鉛筆で柔らかな光がかかっているような描写を加えた。
薄く色を乗せ、軽く指で伸ばしてぼかしを入れる作業を数回ほど繰り返す。
「……できた」
────我ながら完璧じゃん?
春の陽だまりの中、柔らかい光に包まれながらそよ風に吹かれて揺れているアヤメの花。
色鉛筆だけでここまでのものが描けるだなんて、前世含め初めてではないだろうか。
それくらい、描き上げた絵のクオリティが高いと感じたのだ。
……自画自賛が過ぎるけども。
これをフレームの中に収めてみたらどんな風に見えるだろうか?
シンプルなフレームではあるけれど、温かい木目調のものだからいい具合で絵を魅力的に見せてくれるような気がする。
そうときたらさっそく試してみなきゃ!
描いた絵のページをスケッチブックから破り取り、買ったフレームを取り出して絵と合わせてみる。
けれど微妙にサイズが合わない。
フレームよりもスケッチブックの紙のサイズの方が僅かに大きかったのだ。
「……折り曲げる? う~ん……でも折ったらボコボコして不格好になりそうだから嫌だなぁ……」
絵とフレームとを交互に見遣りながら唸る私を見て、レオくんが言う。
「これ、入れたいの?」
「……うん。でもちょっとだけ紙のほうが大きいんだよね。端っこを折り曲げたら入れられるけど、そうすると曲げた部分が浮いて不格好になりそうだから嫌だなって思って……」
「ハサミがあったらいいのにね」
「そうだね」
近くのお店に行って持ってたら借りるという手もあるんだけど、ただハサミを借りるためだけにお店に行くってのもなんだか図々しいな。
何も買わずにハサミだけ貸してくださいなんて、心情的に言い出せる気がしないよ。
そんなことを考えつつ、にらめっこをするように絵とフレームをじっと見つめていたらクイクイと袖口を引っ張られた。
「ん?」
反射的にそちらへ視線を向けると、”風の”が『任せろ!』と言わんばかりに小さな身体全体で胸を張るように直立していた。
小さな握り拳を胸に当て、空いたほうの手でちょいちょいと絵を指し示している。
「これ?」
絵を差し出すと同時に”風の”がテシテシと紙の四隅を順番に軽く叩き出した。
しかも絵を描き込んでいる部分ではなく、ちゃんと余白として残していた部分を選んで、だ。
一体何をしているのだろうと、そのままじっと見ていると、”風の”が叩いた部分が淡く光り出した。
「え……?」
……と、声を上げたのとほぼ同時に、光った余白部分がスコンと切り落とされてハラハラと地面へと落ちていった。
私の手の中に残った絵は、四隅の余白部分を全て落とされて少しばかり小さくなっている。
それもフレームにキレイに収まるサイズにうまくトリミングしたかの如く。
ビックリして思わず”風の”を凝視してしまった。
驚く私とは対象的に、”風の”はニコニコ顔で絵とフレームとを交互に指差す。
たぶん『絵を入れてみて』と言っているのだろう。
促されるままにトリミングされた絵をフレームへと入れてみた。
まるでそれが当たり前だったかのようにピッタリと収まって、更に仰天させられた。
「すっごい、ピッタリだよ!」
「本当だ。触れただけだったのに、あんなにキレイに紙を切り取っちゃうなんて。ねぇ、どうやったの?」
私とレオくん、双方からの賛辞に”風の”が再び得意げに『えっへん!』と胸を張るように直立した。
「悪戯だけじゃなくて、こんなに便利なこともできるんじゃん!」
ちょっとしたことで人の役に立てるのなら、悪戯なんてする必要ないのに。
「こういう手助けしてくれるなら大歓迎だよ、私!」
満面の笑みで”風の”にそう伝えてお礼を言うと、珍しくテレテレと恥ずかしそうに身体を揺らしてもじもじしている。
────クッソかわ…………ッ!!
”水の”妖精たちとはまた違った種類の『かわいい』を目の当たりにして思わず悶えそうになったけど、グッと堪えて耐えた。
レオくんの目の前で萌えに殺されて悶え回るわけにはいかない。
「サッシーともそんな感じで遊んであげてよ! お花のことだったらきっと何でも喜んでくれるから!」
続けてそう伝えると、パァッと明るい表情になって大きくコクコクと頷く。
憎っくき”風の”妖精が、クソかわな愛玩妖精に様変わりした瞬間だった。
……まぁそれでも”風の”は基本気まぐれな性質だと聞くし?
本質的な悪戯好きな部分はそうそう改善されることはないと思うけど一応、ね。
そうして。
”風の”が力を貸してくれたおかげで完成したアヤメの絵は、私の手からレオくんへと渡る。
「……えっ?」
渡したその瞬間、困惑されたのは想定済。
だって何も言わずにいきなり渡したんだもんね。
「レオくんのお姉ちゃんに」
「姉さまに……?」
「うん。お見舞いのお花、アヤメの鉢植えは諦めてもらったでしょ? その代わりに……って言うにはちょっと貧相かもしれないけど。枯れないアヤメのお花がいつまでもレオくんのお姉ちゃんの目の留まるところにあったらいいなって思って」
「エマちゃん……」
「レオくんのお姉ちゃんにとっての私は見ず知らずの赤の他人だけど。でも。今日初めて会って仲良くなれたレオくんへのお礼も兼ねてのものだから。受け取ってもらえたら嬉しいな!」
ちょっと押し付けがましいけど、戸惑うレオくんが胸辺りで抱きしめるような形でフレームを持った手にそっと触れる。
「いらないな、って思ったら捨ててもらって構わないから」
「そんなことしないよ!!」
「!!」
「……ッ、……大声出して、ゴメン。でも……捨てるなんて有り得ないから。そんなこと、絶対にしないよ。ありがとう、エマちゃん……」
真っ赤になって私の言葉を否定したレオくん。
『捨てない』
『ありがとう』
そう言って、大切なものを守るかのように絵の入ったフレームを抱き締めてくれた。
そんなレオくんの仕草に、また胸の奥のほうが『キュウゥゥ……』と締め付けられた。
────レオくんのこういうトコ、好きだなぁ…………
改めて出てきた『好き』の気持ちは、どういう種類の『好き』なんだろう?
大人の記憶を持っていても分からない、人の気持ちのあれやこれや。
言葉では言い表せないくらいに人の心情というものは色々あって様々で。
時に難しくて、簡単で。
複雑なのに単純でもある。
人の数だけ思いがある……っていうアレかな?
これから先、ずっとレオくんとともに成長していける未来があるのなら、今私がレオくんに抱いている『好き』の気持ちがどういう意味での『好き』なのか分かる日がくるんだと思う。
……けれど。
きっと、私とレオくんがそうしていける時は重ならない。
なぜならレオくんはどこかの大貴族家の子息で、今の私はただの町娘のエマだから。
仮に今、オンディール公爵家のフローレンとしてレオくんと向き合っていたとしても、レオくんと私の時が重なることはないと思う。
次に会えるとしたら……
もし、明日の約束が叶って会えたとして、更にその次に会える機会があるとしたなら……
それはきっと、互いが成人する頃の社交デビューの日になるんじゃないだろうか。
エマとしてではなく、オンディール公爵家のフローレンとして、レオくんと公式な場で『はじめまして』の挨拶を交わすことになる。
その時レオくんはどう思うだろうか。
『騙していたんだ』って、思われるだろうか。
それとも『あの時はお忍びだったんだね』って笑ってくれるのだろうか。
────どちらだったとしても、嫌われるのは、イヤだなぁ……
ずっと先のことなのに、その可能性を考えただけで憂鬱になってしまった。
今から10年以上も先のことを考えたって何にもならないのに。
「エマちゃん?」
急に暗く萎れてしまった私を疑問に思ったのか、レオくんが顔を覗き込むようにして見つめてくる。
そんなレオくんに『何でもないよ』と笑って返し、それからそろそろ時間が近づいてきていることを告げる。
「帰りの馬車の時間、もうすぐだなって思って」
「あっ、本当だ。あと10分くらいで18時になる」
「お花、取りに行かないと」
「うん! 急がなきゃ!」
二人走って噴水広場を後にし、お花屋のお姉さんから預かってもらっていたお花を受け取る。
お土産とさっき渡したフレームとお花とで持ち帰る荷物がいっぱいになってしまったレオくんのために、できるだけ手持ちが少なくなるように整理してあげた。
クレフを入れた紙袋が結構な大きさだったため、フレームを一緒に入れて、更にその上に花束を載せる形で入れてみたのだ。
袋の上からピンクのガーベラがちらりと覗く形になってなかなかに見栄えのいいお土産になったと思う。
「なんだかお洒落な感じのお土産になったわね」
……とは、お花屋のお姉さん。
「うん! すっごくオシャレに見えるよ。ありがとう、エマちゃん」
レオくんも喜んでくれた。
「どういたしまして!」
満面の笑みで応えてお土産の袋を手渡すと、レオくんも同じように満面の笑みで受け取ってくれた。
「じゃあ……乗合馬車の時間が迫っているから、遅れないように停留場まで行ってね?」
「はい。今日は色々とありがとうございました。それと……困らせるようなことしてしまって、本当にゴメンなさい」
「いいのよ。こちらこそ、大きなお金に対応できなくてごめんなさいね。もし次に来てもらえることがあったら、その時は小さなお金を用意してきてくれると助かるわ」
「そうします!」
ニッコニコの笑顔で挨拶を交わすレオくんとお姉さんを見て、レオくんは次もお姉さんのお店でお買いものするつもりでいるのかな……なんてことをぼんやりと思った。
「それじゃ、気をつけて」
お店のお姉さんに見送られて、私とレオくんは再び噴水広場へ。
今度は噴水の前じゃなく、乗合馬車が到着する停留場へと向かう。
出発の18時まではあと2、3分といったところだ。
「はい、レオくん」
ここでレオくんに手渡したのは10シェル黄銅貨2枚だ。
乗合馬車の運賃は一律で子どもは10シェルだけれど、万が一のことを考えて20シェルを渡すことにしたのだ。
絶対に慣れていないであろうレオくんに予備の硬貨は必要だろうと思ったからだ。
「うぅ~……最後まで本当にありがとう」
「ううん。お姉ちゃん、喜んでくれるといいね、お土産」
「うん」
「お説教もなければもっといいね?」
「…………うん」
ちょっと意地悪だったかな、とも思ったけれど、レオくんには心の準備として言っておいたほうがいいと判断したから遠慮なく言った。
レオくんもその覚悟はしていたのか、微妙にぎこちない笑みで頷いてくれた。
そして。
到着した馬車にレオくんは戸惑いながらも乗り込んだ。
物珍しいのと乗り慣れていないのとで戸惑ってるんだろうなと推察できる。
席に落ち着いたところでレオくんが窓からこちらのほうへと振り返った。
「また明日ね、エマちゃん」
「うん」
「明日、噴水の前で12時半。約束だから」
「……うん」
笑顔で手を振るレオくんに、私も同じように手を振り返してから少し経って。
出発時間の18時になり、ゆったりと馬車は動き出した。
遠ざかりながらも手を振り続けてくれるレオくんに、私もまた馬車が見えなくなるまで手を振り続けた。
こうして。
レオくんととも過ごした、長いようで短いような、様々な経験でギュッと凝縮されて充実した土の曜日の午後は静かに終わりを告げたのだった……─────
”風の”妖精が切り落としたスケッチブックの紙の切れ端をはじめとした諸々のゴミはちゃんと回収して然るべき場所に捨てております(^^;;
フローレンは放置なんていう非常識な真似は絶対にやりません!!(๑•̀ㅁ•́๑)✧




