レオくんとエマ 2(土の曜日)
閲覧、ブクマ、評価とありがとうございます(*・ω・)*_ _))ペコリン
週一ペースでの更新を続けていけたらいいな……と思う今日この頃です(о´∀`о)
またもや大注目されてしまうフローレンとレオくんです(´∀`*)ウフフ
~レオくんとエマ 2(土の曜日)~
片や満面の笑みで。
片や赤面で目を逸らしつつ、互いの目の色を褒め合うことを続けること暫し。
ようやっと周りからの微笑ましい視線に気づいた私とレオくんは、慌ててガラス工芸品のお店の奥へと飛び込んだ。
とはいっても、開けた構えの出店だから奥へ行ったところで外からはしっかり見えているのだけれど。
まぁそこは気分の問題だ。
「注目されちゃったね……」
「うん」
「調子に乗ってキレイだキレイだって言ってゴメンね?」
「ううん。嬉しかったし。それに……キレイって言われると、もっと言ってほしいなって思っちゃって。その、恥ずかしいけど……」
相変わらず真っ赤な顔でそう言ってくれるレオくんを見て、胸の奥が『キュウゥ~!』となった。
今の私は『何このかわいい生きもの!』と叫び出したい気持ちでいっぱいだ。
……やらないけど。
あれ以上の注目を集めるようなことはしてはいけない。
皆さんそれぞれ催しを楽しんでいるのだし、それを邪魔するように叫ぶなどあってはならないことなのだ。
────べっ、別に注目集めて恥ずかしかったわけじゃないんだからね……ッ!
気を取り直して、このお店の責任者───取り扱いが工芸品だけに技術者になるのかな?───らしき人へと声をかけ……ようとして思い留まった。
なぜなら、その人が黙々とガラスの器に向かって作業をしていたからだ。
あれは切り込みを入れることで様々な模様を描く、前世でいうところの切子ガラスだろうか。
透明ガラスに切り込み模様が入るだけでも繊細な美しさが際立つのに、それが更に色ガラスとなると、その美しさは色と模様の掛け合わせの分だけ無限大に広がっていく。
でも……
────何か、ちょっとヘン……?
あの切り込み模様って、確か専用の機械があってそれを使っての慎重な作業じゃなかったっけ?
だけど、今私たちの目の前でその作業をやっている職人さんは専用の機械なんて使っていない。
本当に『己の腕のみ』と言わんばかりに、握っているのは細いペン状のトーンナイフのような刃物1本だけだ。
「……あれ、魔道具だよ」
「えっ?」
呟くようなレオくんの言葉に、思わずレオくんの方へと振り返る。
「どんなに硬い鉱石にも思うようなカットを施せる、魔力を込めたナイフ。繊細な宝石細工の飾りのほとんどは、一流の職人さんがこのナイフを使って手掛けているって話だよ」
「へぇ……魔道具なんて初めて見たよ」
すごいな。
レオくんはどこでそれを知ったんだろう?
そんな疑問が顔に出ていたのか、レオくんがそれに答えてくれた。
「前にお邸に来た宝石職人さんが作業しているところを見せてくれたんだよ」
「見学させてもらえたの?」
「うん。後の参考にしなさいって言われて」
「後の参考?」
「うん。その……兄さまが婚約者への贈り物の宝石を加工するために職人さんを呼んだことがあって」
「レオくん、お兄ちゃんもいるんだ? っていうことはレオくんは末っ子?」
「うん。ぼくは三人兄姉弟の一番下なんだ」
……と、一旦話が脱線。
けれどすぐに、話は元通りに軌道修正された。
レオくんによって。
「それでね。兄さまが婚約者に贈るネックレスのために用意したブラックダイヤモンドを、職人さんが細かく加工している様子を一緒に見学させてもらったんだ」
「ダイヤモンド!? あの超かっっったい鉱石までカットできちゃうの!? すっごいナイフだね!!」
前世では世界一硬い鉱石と言われていたダイヤモンドをカットできるナイフだなんてすごすぎる。
いや、この場合は『魔道具すごい!』と言うべきか?
「わぁぁ! エマちゃん声が大きいよ! 職人さんの作業の邪魔になっちゃう」
「あ……ッ!」
……と、口を噤んだけれど遅かったようだ。
作業に没頭していたはずの職人さんが手を止めて私たちを見るなり苦笑したからだ。
「元気な声が聞こえてきたと思ったら、随分とかわいらしい客人のようだ」
「あ……邪魔をしてゴメンなさい」
「うるさくしてゴメンなさい」
「ははは、構わないよ。この出張ガラス工房の見学に来てくれたのだろう?」
そう言って穏やかに笑ってくれた職人さんは、40代くらいのなかなかに渋くて素敵なおじさまだった。
「あの! 体験ってできますか?」
「もちろん。何をやってみたいのかな?」
そう訊ね返された通り、このガラス工房の体験は複数種類に渡って用意してあるようだ。
簡単なものはガラス皿に色をつけたり、絵を描いたりする初心者向けの体験。
多くの人が体験していて人気があるものは、グラスを始めとした基本的な食器類を自分で成型して一から作り上げる制作体験だ。
更に上級向けとなると、基本の食器類を個性的な形状で仕上げたり、成型段階で模様を加えたりして自分だけのオリジナル作品を生み出すことができる。
……まぁ、自分の手で作り上げるという前提からして世界に一つしかないオリジナルであることは間違いないんだけど。
ちなみに作れるものは食器類だけに限らず、レオくんが見ていた花瓶の他にも、置き物やアクセサリーの装飾品と多岐に渡る。
それぞれ希望するお客さんの要望によって付きっきりで体験指導を行ってくれるらしい。
「作りたいものがあるんです」
「お嬢ちゃんは何を作りたい?」
「え、っと……ペーパーウエイトって作れますか?」
「もちろん。どういった仕上がりにしたいのか、形は既にできているかな?」
「……あ」
そこまでは、まだできてないや。
ただ、この出張工房に展示されている様々なガラス工芸品を見て、こんな風にキラキラしたキレイなペーパーウエイトがあったら、見るだけでも十分に楽しめるんじゃないかなって思っただけだから。
それで作れるものなら作ってみたい、っていう気持ちになっただけだから。
「これからデザインを考えて一から作るとなると、今日のところはあまりにも時間が足りない。お嬢ちゃんは明日もこの催しに参加するのかな?」
「うん。明日も参加する予定です」
「ならば。今日のところは一度帰ってどんな仕上がりのペーパーウエイトを作りたいのかを考える時間にしてもらおうかな。大まかであっても、大体のデザインが決まればすぐに作業に取り掛かることができるから。それでいいかい?」
「はい! じゃあ制作体験の予約をしていいですか?」
「もちろん」
結構な無茶ぶりをしている自覚はあったけれど、職人のおじさまはにこやかに了承してくれた。
職人さん特有の気難しい性格なのかなと思っていたけれど、どうやらそれは私の一方的な偏見だったようだ。
だってものすごく穏やかで優しいんだもん、この職人さん。
「坊やはどうだい?」
「あの……花瓶を、作りたいです」
訊ねられたレオくんは、ちょっとだけ躊躇いがちに入口付近に展示されていた花瓶を指差した。
ずっとレオくんが気にして見ていた、淡い紫と濃い紫が重なり合うような模様のあの花瓶だ。
たぶん……ていうか、確実にお姉ちゃんのことを気にしてのものだよね。
「同じものをかい?」
「え、と……全く同じものは無理だけど、似たようなものができたらいいなって」
「ふむ……」
レオくんの言葉を聞いて職人さんは少しの間思案していた。
なんとなくだけど、レオくんの方は既に作りたいものの『カタチ』ができている。
そのことから、すぐにでも制作に取り掛かることが可能なのだろう。
「坊やの方は今から制作が可能だがどうしたい? それともお嬢ちゃんと一緒にやりたいかい?」
「ぼくは……」
レオくんが私を見る。
「エマちゃんと一緒に作りたい」
「では坊やも明日ということでいいかな?」
「うん!」
「え……」
────ちょっと待ってよーーーーーーー!!!
レオくん、こっそり抜け出してきたんでしょ!?
本当だったらそれやっちゃいけない立場のはずでしょ!?
今の発言はどう聞いても『明日も抜け出してくる』って言ってるも同然なんだよ!?
レオくんはそのことに自覚はあるのだろうか。
目先の花瓶のことに囚われて現実がスッパ抜けているんじゃないだろうな?
ちょっとどころかものすごく心配になってきたぞ。
本当に大丈夫か、この子!?
そんな私の心配など露知らず。
レオくんはしっかりと明日の制作体験の予約をしていた。
「では明日の午後に制作を行おう。13時頃を目安にここにおいで?」
「はい!」
「お嬢ちゃんもいいかい?」
「分かりました」
「どういうものに仕上げたいかしっかりと考えておいで」
そう言われて頷く。
何をどんな風に作ろうか考えるのは得意だ。
────なんなら絵にして描き起こしてやんよ!
……という方向でスイッチが入るも、やっぱりそれ以上に気になるのはレオくんの事情だ。
簡単に頷いて明日の予約入れちゃってたけど本当に大丈夫なのか?
職人のおじさまに見送られながらガラス工房(出張所)を後にし、少し離れたところで私は口を開いた。
「レオくん、大丈夫?」
「えっ? 大丈夫って、何が?」
……あ、分かってないわ、コレ。
「普通に明日の体験予約しちゃってたけど大丈夫なのかな、って。今日こっそり抜け出してきたんだったら、明日もこっそり抜けてくることになっちゃうよ?」
「!!」
そう指摘したら今気がついたと言わんばかりに驚かれた。
うん、何にも考えずに勢いだけで言っちゃったんだね。
勢いは時に大事だけど、レオくんはもうちょっと自分の状況を考えて発言するべきだよ。
まぁ今ここでそれを言ってしまうとレオくんを追い詰めちゃうだろうからやんわりとした表現で留めておくけど。
「今日帰ってからどうなるかはレオくんの家族次第だと思うけど。明日もまた今日と同じように抜けてくるってなると厳しいかもしれないよ?」
「うぅ~……」
レオくんのお家がどれだけ厳しいかにもよるけど、普通に大貴族のお坊ちゃんだったらキツく叱られての外出禁止が関の山だと思うんだよね。
場合によっては反省室行きという名のプチ監禁も有り得るか。
オンディール家ではそこまではやらないけど。
まぁうちで一番私を叱るのはロイアス兄さまだからなぁ。
お父さまもお母さまもしっかりと注意はするけれど、どっちかというと苦笑しながら『仕方がない』っていうニュアンスで話すからあんまりお説教って感じじゃないんだよね。
あ、マナーに関しては別ね!
マナーに関してだけは鬼のように厳しいから、特にお母さま。
「…………説得する!」
考えた末に、といった体でレオくんから出た言葉は『説得する』だった。
「姉さまのためにって言って説得する! 今日だって叱られる覚悟でいたし。どうせ叱られるなら明日も抜け出して2倍分叱られる!」
「えぇ~……?」
それは、どうかと思うよ……?
今日も明日も叱られるなんて随分と思い切ったこと言うなぁ。
まぁそれだけレオくんの決意は固いってことだし、それなりの覚悟ができての発言なら大丈夫なのかな。
「だからエマちゃん、ぼくと一緒にガラス工芸品の体験に行こう?」
「……うん」
そりゃ私としてはレオくんと一緒に行けるならそのほうが嬉しい。
一人黙々とやるよりは、時折お喋りを交えつつ和気藹々と楽しんでやりたいとも思う。
ただ……
────約束したところで、それが絶対じゃないってトコがネックなんだよねぇ……
期待はしないほうがいいのかもしれない。
こんなことレオくんには口が裂けても言えないけど。
……でも。
精神衛生上そういう心構えでいたほうがいいことは確かだ。
いざ明日になってみて、もしレオくんが現れなかったとしたら。
期待していたその分だけ、気持ちがズシンと重く沈んじゃいそうな気がするから。
だから。
明日はレオくんが来れないことを前提として、そのつもりで構えていよう。
「……じゃあ、レオくん。明日、噴水の前でいい?」
「えっ? 噴水?」
「待ち合わせ。乗合馬車の停留場のすぐ側だし、分かりやすくてちょうどいいでしょ?」
「うん! お昼に噴水の前だね? 13時頃って言ってたから、12時半くらいでいいかな?」
「……うん」
もし、レオくんが来れるのなら……ね。
噴水前を待ち合わせ場所として指定したのは何も分かりやすいからだけじゃない。
万が一レオくんが来れなくなった時に、噴水前だったら待ちぼうけせずに済むかもしれないと思ったからだ。
それに、噴水には“水の”妖精たちがいる。
もしかしたら、彼らが教えてくれるかもしれないから。
さっきレオくんが困っていたことを教えてくれたように、レオくんが来れないということも教えてくれるかもしれないから。
だから、待ち合わせに噴水の前を指定したのだ。
「エマちゃん?」
「……ん。何でもない」
心配事が顔に出ていたのだろうか。
何か言いたそうな顔をしているレオくんに『何でもない』と笑ってみせて、沈みそうになっていた気持ちを誤魔化した。
そんな私の気持ちに寄り添おうとしたのか、”風の”が私に強く頬ずりをしてきた。
小さな手で私の顔にペタペタ触れながら決して離れないとでも言いたげに、身体ごとグリグリと押しつけるようにして。
「何でもないんだよ……」
再び口にしたそれは、一体誰に向けて言った言葉だったのか。
レオくんに対してなのか。
”風の”に対してなのか。
それとも……
自分自身に言い聞かせるためのものだったのか。
どれも当てはまっているようで。
でも、どれも当てはまらないような。
何よりも。
なぜこんなにも暗い気持ちになったり、寂しさを覚えたりするのかが分からなくて。
たぶん私は、今日初めて会ったばかりのレオくんに対して、どこか『特別だ』と言えるような気持ちを抱いてしまっているのだと思う。
レオくんの一挙一動を目にする度にあれこれと気を揉んでしまうのは、レオくんに対して心配している以上の気持ちがあるから。
────だから、きっと、そう…………
レオくんと一緒じゃないかもしれないと思うだけで気持ちが沈んでしまうのは、そのせいなのだ。
そう思うことで、自分を無理やり納得させることにした。
本当の『正解』が一体何なのか分からないままに……─────
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
制作体験が明日になったことで、ガラス工房(出張所)での用事はすぐに済んでしまった。
滞在時間、約10分。
ここで結構な時間が潰せると踏んでいただけに肩透かしを食らった気分だ。
時間はまだ17時にもなっていない。
あと1時間あまりの待ち時間をどう活用するべきか迷う。
ガラス工芸品の体験以外に何も考えていなかったのだ。
それこそ『ちゃちゃっと体験した後にチョコバナナを食べよう』くらいにしか。
「レオくん、どうしよう?」
「ん?」
「体験が明日になっちゃったから、この後のこと何にも考えてなかったんだよね」
そう告げたら軽く目を瞬かれた。
レオくんも何も考えてなかったらしい。
「この辺を見て回るだけっていうのはダメなのかな?」
「そんなことないよ。見るだけなら私も一通り見て回ってるし」
「だったら、色々見てみたいな。邸の中にいたんじゃ分からないことだらけで、見るもの全部が新鮮だから」
「そうなんだ」
「うん」
斯くいう私も『新鮮だな』って感じる気持ちは同じだ。
前世の感覚が抜けきれない分、真新しさの面ではちょっと欠けるけど、こうやって自分の足で歩いて色々なものを見て回るのは楽しいものだ。
まぁ実際に珍しいものを見て大はしゃぎもしたしたし?
その代表格がさっきのリーフお兄さんのお店のプチジャムクレフだったわけだしね。
「……じゃあ、さ」
「ん?」
「食べもののお店も新鮮だって思う?」
「もちろん! ぼくにとってはどれも初めてのものだから、食べもののお店は全部新鮮だよ!」
満面の笑みでそう返された。
確かに大貴族のお坊ちゃんであるレオくんには初めての食べものだらけというのも当たり前だろう。
……それよりも、だ。
レオくんも普通に食べてたから忘れてたけど、立場的に毒味なしで初めて見る食べものを口にするのって大丈夫だったんだろうか?
私の立場でも似たようなものだけど、最初から大丈夫だと分かっていたし、更には念には念を……ということで、私が口にするよりも前にさり気なくマイヤちゃんが食べることで一種の毒味役を果たしていたようなものだからなぁ。
そのあたりどうなんだろう?
さっきは私のほうが先にクレフを食べてたっけな?
私とレオくんとどっちが先に食べたかなんて忘れちゃったよ。
「普通に食べて平気?」
「? 何が?」
「レオくんの立場だったら、食べる前に毒味とかいるんじゃないの?」
訊いてみたらキョトンとされた。
「この町なら平気」
「?」
今度は私がキョトンとする番だった。
────この町なら……って、どういう意味?
何にも知らなさそうなのに、ちゃんと分かってるとでも言っているようなこのチグハグ感。
────一体レオくんは何者なんだ……?
そんな思いでじっとレオくんを見るも、不思議そうな顔で首を傾げられるだけ。
もしさっきレオくんが言っていた言葉が、レオくんのお家のことが関わっている上での発言であるなら、訊いたところで答えてはもらえないだろう。
そしてそれは、私が考えても分からないこと。
────だったら……考えるだけ時間のムダか
……というわけで。
いつものように考えることは放棄いたします。
「ふむ。レオくんが普通に食べても平気だって言うなら別に気にしなくてもいいね」
「? うん」
「いちいち気にしてたら何も食べられなくなっちゃうだろうし」
「そうだね」
「だから気にせず食べたいものを食べようよ」
「うん」
そこで私は例のものを食べに行こうと交渉することにした。
「あのね、レオくん」
「うん」
「私ね、気になってるものがあったんだ」
「気になってるもの?」
「うん。チョコバナナっていうんだけど」
「えっ、何それ。チョコレートとバナナ? ぼくも気になる。おいしそう!」
「でしょ? 気になるでしょ? だから今度はチョコバナナ食べに行こうと思って! レオくんもそれでいいかな?」
「もちろんだよ!」
「でもその前に工芸品エリアを一通り見てからにしようか? せっかく来たのに見ないで戻るのはもったいないし。 チョコバナナはその後でもいいよね?」
「うん。エマちゃんのしたいようにしていいよ……って言いたいところだけど、見てみたいところがいっぱいありすぎて1秒でも無駄にしたくない。だから……すぐにでも見て回ろ?」
言うなりレオくんに手を取られ、強く引っ張られるようにその場から駆け出すことになった。
「わゎ……っ!?」
あまりに突然だったため、当然引っ張られた私はバランスを崩して転びそうになる。
そんな私を待っていたのは、ポスンとした柔らかい衝撃とちょっぴりバツの悪そうな表情で告げられた謝罪の一言。
「……ゴメンね?」
真正面から受け止められたのだと気づいたのは、至近距離でレオくんと見つめ合う形になったから。
躓きそうになったところを咄嗟に受け止めてもらえたのはいいけれど、手を引くなら先に一言欲しかったなぁ……というのが正直な気持ちだ。
そして例の如く顔に出やすい私は、ムッとした顔を隠しもせずにジト目でレオくんを睨むように見つめた。
「いきなり引っ張るのはダメだよ」
「うん、ゴメン」
「危ないからね?」
「うん。本当にゴメン」
二度、三度……と『ゴメン』の言葉をもらう度にレオくんの顔が申し訳なさそうな表情になる。
「初めてのことだらけで浮かれてた。馬車の時間まで、少しでもたくさんのものを見ておきたくて」
……なるほど。
レオくんは浮かれていたのか。
だったら勢いのままに手を引かれたのも無理はないか。
駆け出したいくらいに気が逸っちゃってたんだろうなぁ。
「急ぎたい気持ちは分かったけど、焦っちゃったら逆に楽しめないよ? ゆったりした気持ちで見て回らないと」
「……そうだね。ゴメン」
これで四度目だよ。
レオくんはちょっと謝りグセがあるみたいだね。
貴族家のご子息なら簡単に一般階級の市民相手に謝ったりなんてしちゃいけないよ?
それぞれの身分によっての立場ってものがあるんだからね。
ましてや今の私は、エマという名のただの町娘なんだから。
ただの町娘相手に貴族の子息であるレオくんが頭を下げるのはよくないことだよ。
……でも。
レオくんなりに反省しての言葉なのだから、それは否定せずにちゃんと受け取ることにしよう。
そして私も、まだレオくんに言えていない言葉がある。
「レオくん」
「うん」
「さっき、受け止めてくれてありがとね?」
「えっ?」
「転びそうになったの、助けてくれたでしょ?」
「それは……! ぼくが、エマちゃんをいきなり引っ張ったからで……」
「でも助けてくれた」
「!」
「だから『ありがとう』なの」
未だ至近距離のままにあるレオくんの顔をじっと見つめながら、もう一度『ありがとう』と告げると、分かりやすいくらいにレオくんが挙動不審になった。
軽く動揺しているのが分かり易すぎるくらいに分かる。
目元が若干赤くなってるし、視線はあちこちにウロウロと彷徨っていて落ち着きがない。
意外とレオくんも顔に出るタイプらしい。
私と一緒だね!
「レオくんに助けてもらったから私は何ともないし、全然平気だよ? だからレオくんも、これ以上『ゴメンね』って言わないで?」
「エマちゃん……」
「私もレオくんに助けてもらったことへの『ありがとう』はこれで終わりにするから。ね?」
尚もじ~っとレオくんの目を見つめながらそう言うと『参った』と言わんばかりに両手を軽く挙げられ、更には若干視線を逸らされた状態で何度も何度も頷かれてしまった。
────ちょっと凄みすぎたかな……?
……とはいっても、別に怖がっているわけでもなさそうだし。
────大丈夫、だよね……?
「……あのね、エマちゃん」
「うん」
「ぼくのほうから最初にこの距離になっておきながら言うのも何なんだけど……」
「? うん」
「その、ちょっと……近すぎる、かな……って…………」
「ん?」
────近すぎる……?
レオくんにそう言われて、改めて自分たちの立ち位置を確かめてみる。
目の前にレオくん。
ほぼほぼ真正面。
もっと言うなら、互いの身体は密着状態。
まぁ転びそうになったところを受け止めてもらったわけだから当然密着状態にもなるわな。
そして、今も尚その状態は継続なう、ということで……
「くっつきっぱなしだね、私とレオくん」
「!!」
ありのままの状態を口にしたら、レオくんの顔がボンッと真っ赤になった。
まぁ、子どもとはいえ貴族家のご子息にしてみたらこの距離感は有り得ないものなんだろう。
……や、私もそういう教養的な部分では『有り得ないこと』だというのは分かっているんですけどね?
どうにもこうにも、最近の私は相手との適度な距離感というものがよく分からなくなっているようなんですよ。
前世の記憶が影響しているのか、異性同士の接触っていうの?
アレの感覚の『明確な基準』っていうものがあやふやで『どこまでだったら大丈夫』っていうのがイマイチ理解できてないっぽいんだよね。
だって前世でだったら手を繋いだりとか別に普通だったし、仲のいい間柄であったら抱きついたりとかド突き合いとかも当たり前のようにやってたから。
そういったことの大半が、この世界ではマナーとして『やっちゃいけないこと』とされているんだけど、子どものうちはどこまで許されるのか……という部分が絡んでくると更にわけが分からなくなるというか。
まぁぶっちゃけ、私の距離感はおかしいんだと思う。
家族間で限定するなら、私はお父さまや兄さまには許される限りべったり状態だし。
もっと言えば、ガルドやカイエンに抱っこされて移動なんてこともザラだ。
つい一昨日なんて、ノーヴァ公爵さまに結構な時間をお膝抱っこされてたくらいだしね。
気を許している間柄だからできることだと言われたらそうかもしれない。
さすがの私も見知らぬ人相手にそれをやることはしないしね。
そして今。
私にとってのレオくんは、既に『気を許している間柄』の人として分類されてしまっている。
……つまりは、だ。
レオくんとべったりくっついちゃってる今のこの状態は、私にとっての当たり前になってしまっているということになる。
ただしそれは私の中でだけ。
当然レオくんにとってはこんなこと当たり前ではないわけで。
レオくんから『近すぎる』と言われるのも、焦って挙動不審になられるのも仕方のないことなのだ。
「うぅ~………………」
私を直視しないよう、ぎゅっと目を瞑って唸るような声を出すレオくんを見ていると、さすがにこのままでいてはいけないことくらいバカな私にだって分かる。
レオくんは貴族家のご子息だ。
どこの馬の骨とも知れない相手と言えど、女の子を振り払うなんて真似はできないだろう。
家の教えでそういった女性に対しての扱いといったことをしっかりと教え込まれているだろうし。
これは距離感を掴めていない私が悪い。
早い段階で謝らないと、レオくんの立場的にもよろしくない。
「え、っと…………」
意を決して謝ろうと声を絞り出し……
「「ゴメンね!」」
……と、なぜか私とレオくんは同時に謝ることになった。
「えっ?」
「え……?」
ほぼ同時に謝ったことで、互いにビックリして目を合わせることになった。
そうして目を合わせ、そこで未だ密着している状態であることに気づき絶句。
そこからは合わせたわけでもないのに、同じタイミングで互いにバッと身を引くという何ともおかしな行動に出ていた。
それも数秒にも満たない間に、だ。
まるで示し合わせたかのように全く同じ行動を取ったことが無性におかしくなってつい吹き出してしまった。
それは私だけじゃなくレオくんも同じだったようで。
二人吹き出すと同時に、今度は声を上げて笑ってしまった。
「何やってるんだろうね、私たち」
「ホントだね。なんか……バカみたいだ」
「うん、ホント……」
しかも場所は催し中で人通りの多い工芸品エリアの一画。
互いに自分たちしか見えていなかった私たちとは違って、通りを行く人たちには私たちのかわいらしい遣り取りはしっかりと注目の的となっていた。
大勢の人から微笑ましい表情で見守られていることに気づいた私とレオくんは、一瞬にして笑うのを止めると同時に真っ赤になった。
「うあぁ~……」
────めっっっっっちゃ注目されてたよ……!!
────恥ずかしすぎる~~~~~!!
────しかも本日、二度目の大注目じゃんよ……ッ!!
これは居た堪れない!
いくら幼い子どもと言えども、こんなところを大勢の人に注目されて(しかも二度目!!)平気でいられるほど私のメンタルは頑丈にはできていないのだよ!
「エマちゃん、行くよ!」
「ふぇっ!?」
一足先に我に返ったレオくんに再び手を引かれ、この場から逃げるように駆け出す私たち。
駆け出す際にバランスを崩さずに済んだのは、レオくんがさっきよりも優しく手を引っ張ってくれたからだろう。
「ゴメン、一緒に注目させちゃって」
「ううん。私のほうこそゴメンね」
────おかしな距離感でレオくんを戸惑わせちゃって…………
……とは言えなかった。
言ったら言ったでまた同じようなことになるかもしれなかったからだ。
「……手を繋ぐのは平気なの?」
走りながらレオくんに問いかける。
「平気だよ。花屋さんからずっと手を繋いでいたでしょ?」
「うん……」
言われてみればその通りだ。
お花屋さんからずっと、私とレオくんはほとんど手を繋いだままの状態でいる。
その手を差し出したのは私。
そして、手を取ることを躊躇わなかったレオくん。
きっとレオくんにとっては、手を繋ぐ距離感はオッケーで。
互いの身体が密着するようなさっきみたいな状態はアウトなんだろう。
転びそうになったところを受け止めてもらった、という部分はまた別として。
────う~ん……
『いい』と『悪い』の線引きって難しいなぁ。
お邸に帰ったらお母さまに訊いてみようか?
ああでも、男の子とべったり密着していたなんて知られたら『はしたない!』って、叱られちゃうかな?
今でも十分、マナーや淑女教育を頑張っているところではあるけれど。
こんな疑問が出てくるようじゃ、勉強としては全然足りていないのかもしれない。
もうちょっと深く踏み込んで学習しなければ、後々で不利なことになって自分で自分の首を絞めてしまうのは目に見えている。
────催しが終わったら、マナーと淑女教育の時間をもっと増やしてもらおう……
そんなことを頭の中で考えつつ、私はレオくんに手を引かれながら、これ以上注目を浴びることのない人目の少なそうな場所へと向かったのだった……─────
土曜日の二人は二回分で終わらせたかったのですが、入れておきたいエピソードのことを考えたら分けたほうがいいなという結論が出たため、一旦ここで区切って三回目まで(?)続きます(^^ゞ




