場違いすぎる男の子との出逢い
妖精さんアゲイン! なんつって(^^ゞ
~場違いすぎる男の子との出逢い~
バチャバチャと噴水の水を弾きながら、必死に何かを訴えかけてくる”水の”妖精。
けれど、何をそんなに慌てふためいているのか私にはさっぱり分からない。
なぜなら”水の”妖精は喋れない。
何か大変なことが起きているのだろうことは分かるけど、言葉による意思疎通が図れない以上、私にはその『何か』を汲み取ってあげることができないのだ。
……故に。
困惑するしかできない。
そんな私の様子に焦れたのか、それとも軽くショックを受けたのか、突然”水の”妖精がぷるぷると小刻みに震え出した。
……と、思ったら。
一瞬にして大きな目からぶわっと涙が溢れ、その涙の効果も相まってか非常~~~~にかわいらしいお目々がうるうる状態に。
早い話が泣いちゃったわけですよ”水の”妖精が。
────うわぁ……罪悪感パネェ~…………
見た目がかわいらしすぎるだけに、泣かせてしまったという事実に対するこの罪悪感よ……
だって大泣きなんだもん、このコってば。
効果音をつけるなら『ぴえぇ~~ん……』て感じの泣きかたなんだわ。
そこかしこに『私がイジメた感』がビシバシする。
決して!
何にもしてないんですけどね!
「あ~…………」
困ったな。
それなりに結構な人の流れがあるこの場で話しかけちゃったらただのアヤシイ子どもだ。
たぶん“水の”妖精の姿が見えている人はほぼいないんだろうけど……でも!
だからこそ、私が何もないはずのそこに向かって喋ってたら余計におかしいわけで。
「うぅ~…………」
大きなうるうるお目々で尚もじ~っと私を見上げつつ、人魚のような尾びれで『ビッチャン』『バッチャン』と水を跳ね上げるこの姿を完全スルーするのは良心が痛む。
しょうがない。
周りに怪しまれないギリギリの範囲で話そう。
それしかない。
キョロキョロと周りの様子を覗い、こちらへの視線がないかを確認した上で、潜めるような小声で“水の”妖精に話しかける。
「…………何があったの」
私からの反応が返ったことで、忙しなく水面を叩いていた尾びれの動きがピタリと止んだ。
それと同時に“水の”妖精は私にピッタリとくっつくくらいの距離にまで近寄ってきた。
そうしてから、ある一方向と私との間で交互にチラチラと視線を行ったり来たりさせている。
「…………?」
……何がしたいのかちっとも分かんないヨ!
こういう時、会話が成立しないっていうのは非常に困るね。
こないだのお父さまとノーヴァ公爵さまとの話だと、“風の”妖精と“水の”妖精は喋れないみたいだし。
だから、この両者からは『身振り手振りと表情』から、彼らが何を言おうとしているのか、こちら側から察してあげないといけない……らしい。
…………だけど。
────ただオロオロあわあわしてるだけじゃ伝わんないんだってば……!
あっちと私との間で視線が行ったり来たりしてるだけじゃ、察するまでの材料として全然足りないんだよ。
それに私自身が今までずっと妖精の姿を見ることができなかったこともあってか、彼らとのコミュニケーションをどう取っていいのか分からない。
話の促しかたというか……誘導することさえままならないと言ってもいい。
「え~……っと。落ち着いて? ゆっくりでいいから。何があったか教えてくれるかな?」
自分よりも幼い子を相手にするように、慎重に言葉を選びながら優しく問いかける。
すると”水の”妖精は、ぱぁっと表情を明るくして再び尾びれで水面をバチャバチャと叩き出した。
それと同時に、さっきと同じくある一方向と私との間で視線を巡らせる。
────……うん、分からん!!
やってること全く変わんないじゃん。
ていうか、このコにとってはこれがせいいっぱいの伝える手段なのかもしれない。
……困ったな。
何とかしてあげたくても、一体『何』を『どうして』あげたらいいのか。
それが表情に出てしまっていたことに気づいた”水の”妖精が、再びしょぼんとしてお目々うるうる状態になってしまった。
気がつけば、最初に私に接触した妖精以外にも、同じような姿をした妖精たちが私の周りを囲むような状態で現れていた。
その誰もが大きな目をうるうるさせながら、私に縋らんとばかりにじっと見上げてくるのだ。
────う゛う゛……ッ!
────数が増えたからなのか、罪悪感が100倍になった気分だよ……
「泣かないで~?」
何とかそれだけを口にしてみたものの、この子たちの憂いを取り除けない限りは何も解決しない。
だけど、さっきも思ったように『何』を『どうしたら』いいのか全く検討がつかない。
訊いても正確な答えが返らないのだから当然だ。
────どうしよう……どうしたらこの子たちの言い分を分かってあげられる……?
そう思った瞬間。
突然現れた何かが、私の髪の毛を強くグイッと引っ張った。
それも、座っている噴水の方へと向けて。
「!?」
身体が背後に傾ぐと同時に更に強く髪の毛を引っ張られる形となり、頭部にギリッとした鋭い痛みが走る。
「……い、ったぁッ!?」
背後に倒れないよう、私は咄嗟に噴水の縁に捕まり腕の力をグッと込めて体勢を立て直した。
そうして元の位置にきちんと座り直してから息を整える。
あとは……
「…………ア・ン・タ・ねぇ~~~~~~!!」
未だ私の髪の毛を掴んだままでいる何かの正体はもう分かっている。
「池だけじゃ飽き足らず、噴水にまで突き落とすつもり!?」
むんずとそれを掴むように捕まえ、強烈な一撃をお見舞いしてやった。
やられたらやり返すが私の信条。
当然文句は言わせません。
「ふん!」
────これでイーブンだ!
────反省しやがれ、この”風の”妖精め!!
こないだサッシーに潰された時と同じように涙目になってるけど知らないよ。
一歩間違えばヤバい結果になりかねないような真似するアンタが悪いんだから。
ジト目で睨みつつそんなことを思っていたら、”風の”妖精は涙目のままペコペコ頭を下げて謝ってきた。
謝るくらいなら最初からやるなっての。
注意を引きたいなら袖口ツンツン引っ張る程度で簡単に気づくわ。
「…………で? アンタまで何なの?」
手掴み状態から猫の首を持ち上げるような摘みかたに変え、互いの額を突き合わせる形で顔を近づけると”風の”妖精はジタバタと暴れた。
暴れても離さないけどね。
この捕まえかたはちょっとやそっとじゃ逃げ出せないのだ。
ジト目で見据えたまま問い詰めると、“風の”はジタバタしながらも一方向をピッと指し示した。
それはさっきから“水の”妖精が見ていたのと同じ方向だった。
一体向こうに何があるというのか。
座ったままじゃよく見えない上に分かりづらいため、私は腰掛けていた噴水の縁から立ち上がった。
そうすることで少しだけ視野が広がり、“風の”が示す方向から様々な視覚情報なるものが飛び込んでくる。
その中の何かが、妖精が私に伝えようとしていることなのだろうか。
そう考えたのと同時に、“風の”が私に首根っこを摘まれたまま、その場から動き出そうと全身で前へと乗り出しかけた。
「向こうに行きたいの?」
そう問いかけると、肯定するように“風の”が大きく何度も頷く。
それに連動するようにバチャバチャと水を叩く音がいくつも重なって鳴り出し、思わず噴水の方へと振り返ると“水の”妖精たちが一斉に尾びれで水を跳ね上げながら、これまた一斉に大きく頷いていた。
その表情は『やっと伝わった』と言わんばかりにホッとしているようにも見えた。
けれどそれも一瞬のこと。
ホッとした顔を見せたと思ったら、再び一斉に尾びれで水をバチャバチャしながらまたもあわあわし始めたのだ。
同時に“風の”が私を引っ張っていかんばかりに、身を乗り出そうとする勢いが増している。
「何? 急げって言いたいの?」
私のその言葉に“風の”が大きく頷く。
更には“水の”妖精の一人(?)───いや一匹(?)が噴水から飛び出してきて私の左肩へと飛び乗った。
ひんやりとした空気が頬を撫でたのは一瞬だ。
触れたら濡れると思ったけれど、濡れることはない。
ただ、周りよりも低い温度の空気がそこに存在しているという感じだ。
『急げ、急げ』と急かすように私の手から離れていこうとする”風の”妖精を解放し、私はバランスを崩した時に落としてばら撒いてしまった色鉛筆を大急ぎで片付けた。
────……全く
────普通に出てきてくれたらよかったものを……
今更ながらにそう思うも、過ぎたことは覆らない。
大きく溜息を吐き出した直後、私は未だあわあわしたままでいる妖精たちに案内……と言えるか分からない誘導を受けながら噴水広場を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
妖精たちの示す目的の場所に近づくに連れて、二人(?)の動揺が顕著なものになった。
分かりやすすぎるくらいにあわあわ感が増している。
ムカつくことに、“風の”なんてまた私の髪の毛を引っ張りやがった。
「だから痛いんだってば!!」
すかさずデコピンで反撃したら引っ張るのをやめた。
────……ったく!!
────痛いのが嫌なら人にも痛い目に遭わすなっての!!
さすがに移動しながら文句をぶちぶち言い続けるわけにはいかないので、さっきのように首根っこを引っ掴む形で捕獲した。
誘導するなら引っ張らなくてもできるでしょ。
ムッとした表情を隠しもしない私を、“水の”妖精は、申し訳なさそうな顔でじっと見つめてくる。
それから殊更『残念なものを見るような顔』で”風の”妖精をじ~っと見遣った。
────呆れてんだね、このコも…………
属性違いとはいえ、同族に残念なモノ認定されてどうするんだか。
そんなことを思って盛大な溜息を吐き出したその時だった。
左肩に座っている“水の”妖精がハッと弾かれるように身を乗り出したのは。
「どうした、の…………?」
問いかけの途中で言葉に詰まったのは、妖精たちが訴えかけるよりも先に私がその現場を見てしまったから。
────揉めてる……?
いや、違う。
揉めてるわけじゃない。
当事者のどちらともが困っているんだ。
それは、小さなお花屋さんの出店の前。
お店のスタッフさんである若いお姉さんと、私と同じ年頃の男の子との間で起きた何かで。
茫然と立ち尽くしたのはほんの一瞬だ。
だってこのお花屋さんは……マイヤちゃんと食べもの屋さんめぐりをするよりも前に通りかかって。
帰る前にお花を買って帰ることを約束していたそのお店だったからだ。
当然、お店のスタッフさんであるこのお姉さんにも挨拶は済ませている。
だから一応、私とお花屋さんのお姉さんとは顔見知りと言えないこともない。
何よりも。
この状態を見過ごすには忍びない状況になってしまっているのだ。
今にも泣き出しそうな男の子を心底困った表情で宥めているその状況は、どう見ても迷子に対応しているそれではない。
お客さんとお店のスタッフさんとの遣り取りにしてはちょっとおかしいような……?
────何が起きてるの……?
そう疑問に思ったその時。
妖精たちが同時にワタワタと忙しなく動き出し、ほぼほぼ同時に勢いよく『ピッ!!』と男の子の方を指し示した。
────もしかして……このコたちはあの男の子を助けてほしいって思っているの……?
そんな思いで妖精たちを交互に見遣ると、同時に大きく頷く。
まぁ確かに?
あんな風に泣きそうな顔してたら放っておけないだろうし?
なんとなくだけど、妖精って子ども好きなのかなって思えてきた。
────それに、あんな光景見ちゃったら……
私だって放っておけないよ。
あの子の持つあの色彩が、余計に私にそう思わせる。
少し離れたこの場所からもよく分かる、私にとってとても懐かしい色を纏うあの子。
光に照らされて天使の輪を作り出す艶やかな黒髪。
滲んだ涙で潤みを帯びた黒曜石のような瞳。
そのどちらもが、前世の日本で生きていたあの頃、当たり前のように目にしてきた馴染み深いものだ。
だからこそ、尚。
当たり前のように触れてきた『黒』が愛おしく思えてしまう。
「…………ッ!」
気づいた時には駆け出していた。
そんな私に驚いて、妖精たちが慌ててしがみついてきたくらいに突然の行動だった。
不自然さが出ないよう、然も『偶然ここにやって来ましたよ』感を装いながら、私はお花屋さんのお姉さんに声をかける。
「……どうしたの、お姉さん?」
コテンと首を傾げながら訊ねたことで二人の視線がこちらへと向いた。
明らかにホッとした様子が見えて、誰かに介入してほしかったのだということに気づく。
「あ。マイヤちゃんと一緒に来てくれた……え、っと……エマちゃん、だったかな?」
「うん!」
『私』という第三者がやってきたことで安心したのか、お姉さんは『マイヤちゃんは一緒じゃないの?』とか『お店めぐりはもういいの?』とか『お花買って帰るんだったよね?』などなど、様々な質問を重ねてきた。
それに一つ一つ答えつつ『帰り際にお花買いに寄った』というのが一番自然だなと思い、そういうことにしといた。
────……でもさ、目の前の男の子への対応が先だと思うよ、お姉さん?
……というわけで、助け船です。
「私よりも、こっちの男の子のほうが先じゃないかな?」
────お客さん……だよね?
お姉さんから男の子へと視線を移すと、向こうも私を見ていたらしい。
バッチリと目が合ってしまった。
────うぅ……ッ!
涙でうるうるに潤んだ黒い目の破壊力がヤバすぎます。
見慣れた馴染み深い『黒』だけに何とかしてあげなきゃって気持ちが強くなるよ。
「え~っと……あなたもお花買いにきたんだよね?」
できうる限りの人懐っこい笑みを浮かべつつ、コテンと首を傾げてそう訊ねる。
「……うん。でも……ぼく、その……」
「うん」
訊ねたことで男の子が余計に泣きそうになってしまった。
そしてそこから先へと言葉が続かない。
こりゃお姉さんも困り果てるわ。
「どれにするか迷ってるなら一緒に選んだげるよ?」
更にヘルプを出すつもりで男の子へと距離を詰め、胸の前で強く握り込まれた拳を優しく包み込むように両手で触れてそっと重ねた。
そうしたことで、反射的に俯きがちだった顔が上がり再び真正面で互いの視線が交わった。
それと同時に、男の子の視線が私の左肩から頭の上へと移り、もう一度私の目へと戻ったところで信じられないものを見たと言わんばかりの驚きの表情を浮かべた。
……うん。
間違いないわ。
この子、妖精たちの姿が見えてる。
驚きの声を上げられては困るので、にっこり笑って右側へと首をコテンと傾げた。
そんな私の動きを真似するように、妖精たちもゆら~っと右側へ身体を傾けている。
「ん?」
『なぁに?』と問いかけるように見つめると、男の子はハッとした顔になり、慌ててぶんぶんと大きく首を振った。
妖精たちを見てビックリしたからなのか、涙は収まったようでホッとする。
ただ、気になるようで妖精たちをチラチラ見てるんだけど。
「どんなお花がほしいの?」
「! あ……え、っと…………」
「名前が分かんないなら、色とか大きさとかで決めていっても楽しいよ?」
「あ……あのね……」
困らせちゃったかな?
泣きそうな表情ではなくなったけど、このまま質問を繰り返していたら振り出しに戻っちゃいそうだ。
「あのね、エマちゃん。買うお花はもう決まっているのよ。そうよね、僕?」
「そうなの?」
「……うん。ただ、その……お金が…………」
そう言ったところで再び男の子の目にじわっと涙が滲んだ。
「ああっ! 泣かないで!」
ただでさえ見目麗しくかわいらしい容姿をしているのに、涙目だなんて破壊力が強すぎる!
私を強く惹きつける懐かしの『黒』を纏っているから、尚更その相乗効果は計り知れないよ!
「大丈夫。大丈夫だよ……!」
何が『大丈夫』なのか自分でもよく分からなかったけど、とにかく泣かせちゃダメだと思った私が出た行動は……
「うぇえ……ッ!?」
「……あ」
なんと!
抱き締める、だった。
……や、もう『ゴメンねぇ~!』って感じ?
ほぼほぼ無意識だったんだよ。
なんかもう、泣きそうだからイコール抱き締める、みたいな?
思いっきり驚かせてしまって申し訳ないけれど、ここでバッと離れちゃったらかえって不自然だ。
それとなく、さりげなく離すのがベターだろう。
……なぁんて思ってたのに、私の左肩から降りた“水の”妖精が、男の子の右肩へと移動して更には頬ずりまでし始めた。
それに便乗した”風の”妖精までもが私の頭の上から身を乗り出して、男の子の頭をなでなでするという状態に。
ここで私にやったみたいにこの子の髪の毛を引っ張っていたら容赦なくデコピンをお見舞いしていたところだ。
「あ、あの……!」
私に抱き締められたのと、妖精たちのすりすりなでなでとで赤くなったりビックリしたりと忙しない表情の変化を見せる男の子。
どうやら完全に涙は収まってくれたようで安心した。
それは、私たちの様子を温かい目で見守っていたお姉さんも同じだったようだ。
そうして男の子が落ち着いた頃に、お姉さんがこの困りごとに発展した一連の事情を説明してくれた。
お花を買いに来たのは、病弱で部屋にほぼ寝たきりの状態で過ごすことの多いお姉ちゃんのため。
思いついてすぐに勢いのまま家から飛び出してきたため、連れは誰もいないこと。
何よりも、一番お店のお姉さんを悩ませてしまったのは代金の支払いに関してということで……
「これしか、なくて………」
再び泣き出しそうな顔で男の子が差し出したそれは…………
────おぅふ……ッ!
「……100フォル金貨」
はい、出ました~!
金貨ですよ、金貨!!
おさらいします。
1フォルは銅貨1枚、日本円にして1000円相当です。
銀貨は銅貨の10倍、金貨は更にその10倍。
つ・ま・り、だ。
この男の子、お花の代金お支払いに10万円ポンと出そうとした───いや、実際出した───わけだ。
そりゃお姉さんも困るわ。
困らないほうがおかしいわ。
いくら活気ある町だとはいえ、規模としては小さめであるこの町のお店ではおそらくあまり使われることなどないであろう大金硬貨。
10フォル銀貨ならまだしも、金貨を出されるだなんて普通に思わないはずだ。
それも私と変わらない年頃の子どもが、だ。
「これじゃ、ダメみたいで……」
しょんぼりしながらそう言った男の子の目がまたも潤んでいく。
「あ~……うん……そ、だね………」
ここはハッキリ『ダメだ』と言うべきなんだろうけど、さすがに言えない。
今のこの子にそれを言って追い討ちをかけるのは憚られる……というのも理由の一つだけれど、ぶっちゃけ、昨日のお店屋さんごっこがなければ私もこの子と全く同じことをやっていたに違いないということに気がついたからだ。
そこで、さり気なさを装い、男の子の姿を上から下まで素早く観察する。
……うん。
どう見ても身形が良すぎる。
間違ってもお祭り同然のこの催しに参加するような服装とは程遠い。
そして何よりも、大金である100フォル金貨をポンと出してしまえる財力とこの世間知らず具合。
────……こりゃ確実に大貴族家のお坊ちゃんだわ
斯くいう私も似たようなものではあるけれど、昨日のお店屋さんごっこによる予行演習と、メリダとエルナというスーパー侍女二人の手腕で以てして完璧な町娘に擬態しているからね。
中身は元々庶民(気質)だから全く問題はなし。
だけどこの男の子はダメだ、完全にアウト。
このままじゃ絶対に危ない。
いくら治安が良くていい人だらけのこの町でも、万が一ということもある。
身形が良くて、大金持ち歩いてて、更に世間知らずとくれば悪いコト考える輩にとっては格好の餌食だ。
さすがに放っておけないでしょ、こんな危なっかしい子。
「さっきも言ったようにね? このお金じゃ支払いを受けられないの。ゴメンね……」
何度となく繰り返されたことが分かるお姉さんの言葉に、男の子がまたまたしょんぼりと項垂れる。
お姉さんの様子から察するに、お釣りとして渡す硬貨がないんだろうな。
このお花屋さんは催しのための出店で、たくさんの種類のお花を取り扱っているみたいだけれど、値段設定はどれも子どものおこづかいで買えちゃうような優しいものになっている。
切り花も鉢植えのお花も、その大半が前世日本で馴染み深いワンコイン価格、50シェル(500円相当)なのだ。
このお値段に対して10フォル銀貨(1万円相当)で支払う人もそうそういないだろう。
ものすごく稀に、5フォル大銅貨(5000円相当)が出るか出ないかくらいのものだと思う。
そして男の子は『金貨しかない』と言っていた。
当然、銀貨や大銅貨はおろか、銅貨を持っていることなど期待できない。
前世のお人好し日本人であれば、小さな子ども相手だったら『いいよ~、お金はいらないから』とか何とか言っちゃって、お花の1本や2本くらい気軽にあげちゃうんだろうけど、ここは日本とは違う別世界。
タダであげちゃうなんてことをやっちゃったらお店として成り立たないし、そもそもがチャリティーを目的としてやっている催しの出店は、その売上金が教会や修道院、孤児院を支える財源となるため、少額であっても売り上げることが大切なのだ。
大人目線で考えると子ども相手に非情かもしれないが、代金を受け取れない以上は商品を渡せないのである。
故にお姉さんのこの対応を責めることなど誰にもできない。
お姉さんは何とかしてあげたい気持ちと、申し訳ない気持ちとで心中はかなり複雑だろうけど。
……さて。
私はどうするべきか。
困っていると分かって間に入ったはいいけど、このままじゃただ話を聞いただけで何の解決にもなってない。
一番いい解決法……っていうか、ほぼそれしか方法はないんだけど『男の子はお花を買う』『お姉さんは代金をもらう』を成立させるには1フォル銅貨での支払いが必要となる。
────まぁ……今この場で銅貨持ってるのは私しかいないよねぇ……
……ってことで。
この場をまぁるく収めるためには、私がお人好しのお節介を働くしかない、という結論に至る。
「じゃあ、私のお花と一緒にその子のお花の分のお金も払うよ!」
「え……えぇっ!?」
「エマちゃん!?」
双方ビックリ。
そりゃそうだ。
全く関係のない私が自分のを払うついでに一緒に払うよって言ってるわけだからね。
「お店としてはとてもありがたいけど……いいの、エマちゃん?」
「いいよぉ~。だってここでお花買えないと、この子がお姉ちゃんのためにこのお店に来た意味がなくなっちゃうもん。それじゃ困るよね?」
にっこり笑いながら男の子を見遣る。
「そう、だけど……でも……」
分かってたけど、めっちゃ遠慮してるわこの子。
「『でも』も『だって』もないの! ここでこうして困ってたって、時間だけが無駄に過ぎていくんだからね!? お姉ちゃんにお花をあげたいんでしょ?」
「う、ん……」
「じゃあ、迷わない! お花は私が買ってあげるから、それをちゃんとお姉ちゃんに渡してあげて! そのために今日ここまで来たんでしょ?」
念を押すようにしながら、じっと男の子の目を見つめると、躊躇いがちではあったもののゆっくりと頷いてくれた。
「それじゃ、私のお花も選んじゃおう……ん~っと……」
どれを買おう……と、視線を巡らせると、目に入ってきたのは春のお花の代表の一つであるパンジーの鉢植え。
黄色と白と紫の花が一つずつ植わっているその鉢植えは小さめで、私でも育てられそうなお手軽サイズだ。
────よっしゃ!
────直感は大事! コレにしよう!
「お姉さん、私コレにする~!」
「パンジーね。ありがとう、エマちゃん。お代は50シェルよ」
はいな。
500円だね、オッケーで~す!
「え~っと、あなたが買おうと思っていたお花はどれ?」
私のパンジーと一緒にお代を払うため、男の子が選んだものを持ってきてもらおうと思ってそう問いかけた。
まだまだどころか、かなり遠慮がちに男の子が差し出してきたそれは、淡い紫色のアヤメの花の鉢植え。
え……?
────鉢植えぇぇぇぇぇ!?
待って、待って、待ってぇぇぇぇぇぇ!!
確かこの子、病弱のお姉ちゃんのためにお花を買うんだったよね?
ある意味それって、お見舞い的な意味でお姉ちゃんにお花を渡すってことだよね?
鉢植え、ダメじゃん……
病が根付くって意味に捉えられちゃうよ。
それと色。
いくら淡い色だからと言っても、紫は一般的にお悔やみの意味合いがあるとされる色でもある。
どちらも前世日本でのマナーとしての考え方であって、この世界でもそれが同じように通じるかどうかは別だけど、とにかく縁起的な観点からそれは避けてほしいというのが個人的な考えだ。
元気になってほしいなら、鉢植えは絶対にダメ!
紫も避けて!!
そんな思いから、店先であるにも関わらず、私は男の子を相手に『お見舞いに贈るお花』についての熱弁をこれでもかというほどに揮った。
前のめり気味に力説したためかなりドン引きされたかもしれないけど、こればっかりは譲れない。
それでも、男の子は私の話を真剣に聞いて頷いてくれて。
お店のお姉さんもまた、私がしつこいくらいに何度も何度も繰り返した『鉢植えは病が根付くという意味合いがある』という言葉に『なるほど……』と随分と納得してくれていた。
色の持つ意味合いについても同様に。
そんなこんなで、お姉ちゃんに早く元気になってもらいたいという男の子の切実な思いから、お花を選び直すことになって。
当初のアヤメの鉢植えは、淡いピンク色のガーベラを中心とした花束へと変わった。
花束は鉢植えとはお値段設定が違うのでワンコインとは言わず、こちらは1フォルと50シェル(1500円相当)になった。
私のパンジーの鉢植えと合わせて2フォル。
銅貨2枚分、2000円相当でのお買い上げでござ~い。
ま、前世と比べるとかなりお手頃価格だよね。
めっちゃいい買い物をした気分になったのは気のせいではないはずだ。
笑顔のお姉さんからお花を受け取り、私も満面の笑みを返す。
同じようにお花を受け取った男の子が、ものすごく申し訳なさそうな顔で『ありがとう』とお礼を言ってくれて、その言葉にもにっこり笑顔で返す。
「あの……払ってもらったお金……」
「いいよぉ~。気にしないで?」
「でも……」
「さっきも言ったけど『でも』も『だって』も聞かないよ? 困った時はお互い様って言うしね!」
「え……そう、なの……かな……?」
んん?
あれれ?
こっちの世界じゃそんなことは言わないのかな?
まぁ、いいや。
「それよりも、お姉ちゃんに早くお花を持って帰ってあげないと」
「……う、うん」
「帰りかたは分かるの?」
「え、っと……確か、王都への乗合馬車が出てるって……」
なんか曖昧だなぁ……
「……乗りかた分かる?」
「た……たぶん?」
あ、コレきっとダメなヤツ。
「どうやってここまで来たの?」
「……えっと。うちに来た商人の荷馬車に、その……こっそり潜り込んで……途中で、降りた……」
……ってことはお家の人に黙って抜け出してきたわけね。
どう見ても貴族家のお坊ちゃんなのに、お付きの人が誰一人いないのはそういうことか。
「たぶんていうか……確実に金貨じゃ乗合馬車には乗れないと思うよ?」
「えっ!?」
私の言葉に悲愴な顔で驚く男の子。
や、当たり前でしょう。
普通に考えたら、一般階級の人たちに向けて出してるいわゆる公共的な乗り物の運賃に100フォル金貨(10万円相当)もの大金を支払わせるわけなかろうに。
いや~……世間知らずって怖いわぁ。
一歩間違えば私もそうなってたと思うと尚更だ。
「王都への乗合馬車の運賃は大人が20シェルだったはずよ」
……と、お花屋のお姉さん。
「大人は……ってことは、子どもは?」
「その半額の10シェルだったと思うけど」
ふむふむ。
大人200円、子ども100円か。
前世の市内巡回バスの一律運賃みたいな優しいお値段設定だな。
「噴水広場から少し先に行ったところに乗合馬車の停留所があるから、運賃のことはそこにいる係員さんに聞いたら教えてくれるはずよ。あと、催しの期間中は王都との往復が遅い時間に集中するから、今の時間帯ではまだ馬車は出ていないと思うの。ちょっと待ってね……」
そう言ってお姉さんが一度出店の奥に引っ込んで、何かのお知らせのチラシみたいなものを持って戻ってきた。
「……ああ、やっぱり」
「?」
「これね、催しの間の臨時の乗合馬車の時刻案内になるんだけど……」
見せられたそれを覗き込むと、今の時間帯から一番近い馬車の時間は18時発となっていた。
私たちくらいの子どもが一人で乗る時間としては……かなり遅い時間だと言えるだろう。
案の定、それを見た男の子の顔が大きく歪む。
「……大丈夫じゃ、なさそうだね……?」
「うん……でも、叱られるの覚悟で黙って出てきたから……」
「平気?」
「平気……ではないかな……」
「お姉ちゃんのために出てきたんだって言ったら分かってくれるよ、きっと」
「そうだといいんだけど……」
せっかく元気を出してくれたと思っていたのに、また沈んじゃったな。
帰ってお姉ちゃんと顔を合わせるんだから、できれば笑ってくれたらいいのだけど。
「ね」
「?」
「馬車が出る時間まで、私と一緒に町の催しを回ってみない?」
「えっ?」
「何もしないでじっと馬車を待つよりいいと思うよ?」
18時まではあと2時間以上もある。
ただ待つよりは、催しを見て回って過ごすほうがずっと有意義だと思うんだけどな。
「一人なんでしょ? 私も一人だし、一緒に回れたらきっと楽しいよ?」
「でも……」
また『でも……』って言っちゃったよ、この子。
気弱……って言ったら、かわいそうか。
きっと人のことをちゃんと考えられる、思いやりのある優しい子なんだな。
「そんな落ち込んだ顔して帰ったら、お姉ちゃんが心配しちゃうよ? どうせなら、楽しいことを経験して、その楽しかった経験をお姉ちゃんにお土産話として聞かせてあげたらいいんじゃないかな? 形あるものだけがお土産だとは限らないんだから」
「!」
笑ってそう提案してみたらかなり驚いた顔をされた。
「そうね。せっかく町の催しの時期に来てくれたんだもの。めいっぱい楽しんで、その思い出を誰かに伝えることも立派なお土産よ。お花は預かっておくから、馬車の時間が来るまで二人で催しを楽しんできてはどうかしら?」
お店のお姉さんもそう言ってくれたので、私は遠慮なくその言葉に甘えることにした。
「本当? じゃあ、帰る前にお花取りにくるから預かっててくれる?」
「もちろん」
「もしマイヤちゃんが来たら、エマは先にお花買っちゃったって伝えてもらってもいい?」
「ええ、もちろんよ」
「うわぁ、ありがとうお姉さん! それじゃ、私のパンジーよろしくね? それとこの子のお花も……」
そう言って男の子の方へと向き直り。
私は今更ながら、この子の名前を聞いていなかったことに気がついた。
「え、っと……名前、聞いてもいいかな?」
「あっ……ホントだ。色々よくしてもらったのに、ぼく、名乗ってすらない……」
「じゃあ、改めて自己紹介するね? 私はエマだよ? あなたは?」
「え、と……レオ…………ぁ」
「レオくんだね! はじめまして、それからよろしく!」
どこか戸惑ったような顔を見せたレオくんの手を、私は両手でキュッと握った。
握手のつもりで。
そんな私を真似たつもりなのか、”水の”妖精も”風の”妖精も男の子───改め、レオくんにぴっとりとくっつき、互いがレオくんの両頬に擦り寄っていた。
……うん。
見目麗しい男の子に戯れるかわいらしい妖精。
絵になるわぁ……
妖精たちに驚かされつつもはにかむレオくんは、とてもかわいい。
男の子にかわいいなんて言葉は失礼かもしれないけど、でもとにかくかわいい。
懐かしの黒がまた余計にそう思わせる。
「それじゃ……行こ、レオくん?」
スッと右手を差し出すと、レオくんは一瞬だけビックリして。
でも『いいのかな……』と言いたげな顔で躊躇いつつも私の手を取ってくれた。
「お姉ちゃんに楽しいお話をいっぱい聞かせてあげられるように、色んなものをいっぱい見て回ろうね? きっと楽しいよ?」
そう言って笑いながら手を引いたところで、初めてレオくんが綻ぶような笑みを見せてくれた。
緩く目を細めて笑うその顔を見て思ったことは『笑ってくれてよかった』ということ。
『その笑顔でお姉ちゃんにたくさんのお土産話をしてあげてね』
そんな思いを込めながら、私の少しあとをついてくるレオくんを振り返る。
パッと目が合ったその瞬間。
レオくんが何か言いたげな表情をしているように見えて反射的にコテンと首を傾げた。
「どしたの?」
「……あの、ね……エマちゃん」
「うん?」
「え、っと……ありがとう」
「!」
さっきのふわっとした笑顔とはまた違う、満面の笑みともに告げられた二度目の『ありがとう』の言葉に驚いたのは一瞬だけ。
────なんだ……こんな風に笑うこともできるんじゃん……
「うん! どういたしまして!」
やっと普通に笑ってくれたレオくんに安心した私は、もっともっとレオくんを笑顔にしてあげようと、ある方向へと向かって足を進める。
マイヤちゃんから教えてもらった私のお気に入り。
レオくんも気に入ってくれたらいいな。
そんなことを思う私が向かう先はただ一つ。
甘いものを取り扱う出店が連なる、食べものロードであることは言うまでもない。
……っていうか、こういったお祭り気分を味わうには『まず最初においしいものから!』っていうのが鉄板でしょ!!
お姉さん→お花屋のお姉さん
お姉ちゃん→レオくんのお姉さん
書いた自分が言うのもなんですがややこしいですな(;´∀`)




