妖精と当主とノーヴァの子どもたち (リリーメイ視点)
閲覧、ブクマ、評価といつもありがとうございます(о´∀`о)
今回のお話は、フローレンがお金のお勉強として全力で「お店屋さんごっこ」で遊び倒してもらった日の夜のノーヴァ公爵家の様子です♪
天竜の月20の日の金の曜日。
この日の夜、わたくしの元に一通のメッセージカードが届きました……─────
~妖精と当主とノーヴァの子どもたち~
そのメッセージカードは、お父さまに宛てた手紙と一緒に届けられたもののようでした。
夕食後、家族揃ってサロンで寛いでいたその時、お父さまに呼ばれて手渡されました。
メッセージをもらう相手に心当たりがなかったため、不思議に思いながら差出人を確認したところ……
「あ……っ」
それはオンディール公爵家のご令嬢であるフローレンさまからのものでした。
「お父さま……」
意外な差出人に、思わずお父さまの顔を見上げました。
確か昨日、お仕事の打ち合わせでお父さまはオンディール公爵邸を訪れているのです。
その時にわたくしのことが話題に上がるようなことでもあったのでしょうか。
そうでなければ、フローレンさまからこのメッセージカードを送られるようなことはなかったはずですから。
「フローレンさまに、わたくしのことを何かお話になりましたの?」
「ああ、少しだけ」
そう言って微かに笑うお父さまですが、それ以上は何も言葉になさらないご様子。
一体何をお話しになられたというのでしょうか。
とても気になります。
「とりあえずカード読んでみたら?」
「……そうですわね」
隣にかけられたルーファスお兄さまに促され、受け取ったメッセージカードの封を切りました。
取り出したカードに書かれていたのはわたくしの名と、短いながらもわたくしの身体を気遣う内容のメッセージ。
最後にフローレンさまのお名前で締められておりました。
「魔力に悩まされる身を持つ者同士……」
「ん? どういう意味?」
その中の気になる一言を無意識のうちに口にしてしまったせいでしょうか。
不思議そうな顔をしたルーファスお兄さまに、手の中のカードを抜き取られてしまいました。
「単にリリィの身体を気遣う内容ではあるけど、魔力ってのが引っ掛かるな……」
────……人に宛てたメッセージを勝手に読まないでくださいませ
そう言いたくなりましたが今更です。
ルーファスお兄さまは少しでも気になることがあれば徹底的に追及する性格ですので止めるだけ無駄なのです。
「父上、オンディール公爵邸でリリィの魔力のこと何か話した?」
カードをわたくしに返しながらルーファスお兄さまがお父さまにそう問いかけます。
ちょうどお父さまもどなたからか受け取ったお手紙を読んでいる最中でしたが、ルーファスお兄さまに問われたことで顔を上げてこちらへと視線を向けました。
「話の流れで少しな」
「何を話したの?」
「魔力熱のことだ」
「それだけ?」
「ああ」
お父さまからの短い返事にルーファスお兄さまが眉を寄せます。
どうやら受け取った答えを疑っているようです。
「……本当に?」
「話したことはな」
「………………その言い方ズルくない?」
「間違ってはいないだろう?」
「そうだけどさぁ…………ホンットに言い方ズルいよね」
『はぁ~……』と大きな溜息をついたお兄さまは、お父さまに言われた短い言葉の中からしっかりと正確な答えを読み取ったようです。
「……で? リリィの『魔力熱』のことを話して? それで? それプラス『何を』したわけ?」
ジトリと睨みながらお父さまに詰め寄るお兄さまですが、お父さまは至って涼しい顔です。
そのまま読みかけの手紙へと視線を戻してしまわれました。
けれど、ルーファスお兄さまの問いかけにはきちんと答えます。
「回復魔法を教えた」
「は? 回復魔法って……フローレン嬢はまだ魔法を学ぶ年齢には達していないはずじゃ……?」
「その家の当主が認めているから何も問題はないだろう? ノーヴァと同じやり方を取っているだけにすぎないのだから」
「……ああ、なんだ。ゼロの状態からいきなり父上が教えたのかと思ったよ」
……わたくしもです。
何の予備知識もない状態で魔法を教えたのだと思ってしまいました。
「どうやらフローレン嬢は、幼いながらも魔法を学ぶことに関してかなり貪欲なようだ」
「へぇ……」
「魔力制御も不安はなく、なかなかに才能がある。だが……」
そこまで言ってお父さまが小さく溜息をつかれました。
「惜しむらくは、その制御するべき“絶対魔力量”が極端に少ないことだな……」
「あ~…………」
お父さまのその言葉を聞いたと同時に、ルーファスお兄さまが納得したと言わんばかりに同情的な声を上げます。
「おまけに“風の”に妙に気に入られたらしく悪戯を受けた。“風の”に悪意があったわけでは決してないが、一歩間違えば命に関わる大惨事になるところだったな」
「いやいやいや……悪意があったわけじゃないって、悪戯を仕掛けてる時点でアウトだって。『一歩間違えば命に関わる大惨事』とか、悪意の有る無し以前にタチが悪すぎる。気まぐれな性格をしているのが”風の”の特徴ではあるけどさ、さすがに人間相手に悪戯を仕掛けるとか有り得ないんだけど」
「あら……? そうは仰いますけれど、ルーファスお兄さまもよく”風の”から悪戯をされているではありませんか」
「あれは決して悪戯なんかじゃないよ。単なる嫌がらせだ」
────……悪戯も嫌がらせも似たようなものだと思うのですけれど
「仕事に関する大人の話を面白がって風に乗せて、こっちに一方的に聞かせてくるのは単なる嫌がらせ。そのせいで『機密に触れた』だのなんだのと父上や副師団長から難癖つけられて余計な仕事を振られるハメになるんだ。だからあれは断じて悪戯なんかじゃない。単なる嫌がらせだ。……全く。一体オレに何の恨みがあるっていうんだか。やること為すこと何もかもがぶっ飛びすぎてて、”風の”が何を考えてああいった行動に出ているのか理解に苦しむ」
「難癖をつけるとは言ってくれるじゃないか、ルゥ」
「事実じゃんか」
呆れたように返すお父さまに対し、ルーファスお兄さまもまた負けじと呆れ混じりに吐き捨てます。
全く似た者同士なのですから、このお二人ときたら。
「妖精に関してはどの属性の個体であっても、その『考え方』を理解するのは我々人間には難しい事象だと言える。だが……今回の”風の”に限って言うならば、興味本位で『ヒト』に近づいてきたというのが顕著だった」
続いたお父さまの言葉に一瞬、何かを聞き違えてしまったかと思いました。
それはお兄さまも同様で、きょとんとした表情で数度目を瞬かせ、驚きを隠そうともしません。
「興味本位、ですか……?」
「”風の”が? 慣れないうちは影からコソコソ見ているような”風の”が、自分から人間相手に興味を持って接触してきたって? ……聞いたことないんだけど」
そうなのです。
基本的に妖精たちは人間が大好きなのですけれど、積極的に『ヒト』に関わろうとするのはごく一部に限られます。
特に“風の”は気まぐれな上に慎重なところがありますから『ヒト』に対して興味を持ったとしても近寄らずに影からじっと様子を窺っていることが殆どなのです。
「これを聞いたらルゥも興味を惹かれるかもしれないな」
ふっと小さく笑ったお父さまが続けた言葉は、俄には信じられないようなことでした。
「“風の”がフローレン嬢に興味を持ったのは、フローレン嬢が小さき“擬態せしモノ”に餌付けをしているところを見たことが切っ掛けらしい」
「…………は?」
「お待ちください、お父さま。“擬態せしモノ”とは……もしかして……」
「とにかく生態が謎だらけで、名だたる冒険者たちの間でも一等危険視されているあの“擬態せしモノ”!?」
わたくしとルーファスお兄さまの頭の中に真っ先に浮かんだのは、限られたダンジョン内でのみ、稀に姿を見せるという上流の冒険者たちでさえ遭遇を倦厭するという凶悪モンスターである“擬態せしモノ”でした。
「……と、思うだろう? だが不思議なことに、お前たちが想像した“擬態せしモノ”とは全くの別ものだ。最初に『小さき』と付けたのはそのためだ」
「小さき……?」
「……そう言われてしまうと気になって仕方ないな。父上、その小さき“擬態せしモノ”って一体何者?」
一気に興味を惹かれたのか、お兄さまがお父さまの方へと身を乗り出しました。
完全にお父さまがお手紙を読むのを邪魔してしまっています。
ですが、お父さまがそのことを気にする様子は全くありません。
逆にルーファスお兄さまが食いつくことを分かっていながら敢えてこの話題を振ったようにも思えます。
「簡単に言えば、無機物に魔法をかけて生み出した人工的なモンスターだ。フローレン嬢は封印魔術の応用だと言っていたな」
「! へえ…………」
聞いた瞬間、ルーファスお兄さまの目の色が変わりました。
どうやら完全に食いついた模様です。
そこからは怒濤の質問攻めが始まりました。
次から次へと息つく間もなく繰り出される質問に、お父さまは苦笑しながらも一つ一つ分かりやすくお兄さまに答えていきます。
その流れでお父さまがフローレンさまに回復魔法を教えるに至った経緯を知ることができました。
……何と言いますか、その……不運な偶然が重なっての惨事だったようです。
────あら……?
────どこかで聞いたような事例ですわね……?
少し前に似たようなことが起きたばかりだったような気がします。
その時も不運な偶然が重なって……という話ではなかったでしょうか?
割と最近の出来事を思い返していると『要するに……』と、お兄さまが口を開きました。
「フローレン嬢が魔法で生み出した人工“擬態せしモノ”を餌付けているところを“風の”が偶然目にして? それで? 気になって近寄ったはいいけど全く気づいてもらえなくて悪戯仕掛けて? 挙句の果てに池に落としたって? 何めちゃくちゃなことやってんの“風の”のヤツは? 普段オレにやってることよりよっぽど悪質じゃないか」
「……これで悪気がないと言うのですからタチが悪いですわよね」
「ね?」
呆れ返ったように言うルーファスお兄さまに追随すると、我が意を得たりとばかりに頷かれました。
「基本的にアイツらに害意はないんだろうけどさ。こう……限度知らずっていうの? 自分たち妖精と人間とは違う生きものだっていう概念が曖昧なんだろうね。たぶん『ここまでやっても大丈夫だろう』みたいなボーダーライン的な部分を、自分たちと同列に考えてるような節があるよ」
『だから人間にとって重要な話であろうと、ヤツらは深く考えもせずに簡単にひょいひょい聞かせてくるんだ』
腕組み足組みで勢いよくソファーに凭れるお兄さまの表情は何とも形容し難い顰めっ面です。
「確かに妖精の行動に行き過ぎた面は多く見られるな。それが故にきっちりと報復も受けて痛み分けとしていたから、少なくともあの場に於いては両者間でちゃんと折り合いがついている。当人同士で納得しているなら問題はあるまい?」
「そうだけどさぁ……。”風の”に限っては何とも言えないね。なんたってアイツら、興味持ったらトコトン構ってもらいたがるだろ?」
『究極の構ってチャンかよ……』と、盛大な溜息をついたお兄さまにはわたくしも同意せざるを得ません。
ルーファスお兄さまが言うように、”風の”妖精はとにかくお気に入りの人間に構ってもらいたがる傾向があります。
最初こそは警戒心が強く、興味を持っても影からチラチラと様子を覗い、自分から近寄ることはせず、気づいてもらえた相手の方からのアクションを待ち、そこで互いの波長が合って初めて、その次以降の接触を”風の”妖精側から行う、というのが常なのです。
「一番最初の接触の仕方からして有り得ないほどヤバい目に遭わされてんのに、よくフローレン嬢は”風の”の悪質な悪戯を許す気になったな。フローレン嬢がやった報復がどういうものだったかは分からないけどさ。オレだったら最低でも新聞紙でぶっ叩いて潰すくらいのことはやってるよ?」
お兄さまのその言葉を聞いて、お父さまが『くっ』と喉を鳴らすような笑みを零しました。
「思い切り叩きたそうな顔はしていたが、実際にやったのは別の報復だな」
そこでまたお父さまは笑います。
「ルゥ。お前がよくやっているアレを、フローレン嬢もやっていたぞ」
「オレがよくやっているって……デコピンのこと?」
────……あれ、地味に痛いのですよね
人間と妖精との体格差を考えますと、かなり手加減をしたとしても小さな身体の妖精さんには大ダメージ確実なのですが。
それをフローレンさまはやってしまわれたのですね。
「お前のアレを毎回見ていて思うのだが、小さな妖精に対する仕置としては手っ取り早く丁度いい遣り方なのかもしれないと妙に感心したものだ」
「っていっても、アレはほぼ反射的に手が出てるだけなんだけどね。何か物でぶっ叩くにしても、それを探してる間に逃げられたら元も子もないしさ。やられたら即返す。勢いは大事だよ」
「決して容赦はしませんものね、ルーファスお兄さまは」
「リリィ。アレに容赦なんてものはいらない。慈悲も情けもいらない。やられたら自分にも返ってくるということをヤツらは己の身を以て知るべきだ。取り返しのつかないことが起きてからじゃ遅いんだよ。今回フローレン嬢がやられたことを考えると、デコピン程度で許されるようなものじゃ決してないからね?」
「……確かにルーファスお兄さまの仰るとおりですわ」
例え悪気がなくとも、悪戯した結果、池に落ちる羽目になったフローレンさまのことを思うと複雑です。
助かったからこそ、ご本人の中では『許せること』として結論付いているのでしょうけれど、それでもデコピンだけで許してしまえるだなんて、彼女の心はなんと広いことでしょうか。
わたくしとルーファスお兄さまの会話を聞きながら、お父さまが思い出したようにこう言葉を発しました。
「そういえば。フローレン嬢からの報復の他にも、小さき“擬態せしモノ”から伸し掛かられて潰されていたな」
「“擬態せしモノ”から?」
「そうだ。“擬態せしモノ”から伸し掛かられて泣きが入っていた」
「……何それ。やっぱ自業自得じゃん」
ご尤もですわね。
自ら仕掛けたものが別の形で返ってきただけですもの。
報復されても文句は言えませんわね。
正に己の身を以て悪戯の仕返しをされたわけですから。
「……それにしても。姿が視えないってだけで散々な目に遭わされたもんだね、フローレン嬢も」
軽く溜息をつきながらそう言ったルーファスお兄さまの髪の毛を、いつの間にか姿を現していた“風の”妖精が引っ張っていました。
そんな“風の”を半眼で見遣りつつ『ビシリ!』と重い一撃をお見舞いするお兄さまには先の言葉通り、遠慮も容赦もありません。
「……ったく。言ってる傍から懲りないヤツだよ、お前らという存在は」
見事に『デコピン』で沈められ、コロリと膝の上に転がり落ちてきた“風の”を摘み上げながら、ルーファスお兄さまは反対方向へと視線を向けました。
同じくいつの間にか現れていた“火の”妖精へと文句を連ねます。
「お前も一緒に居たなら止めろよ」
《え~……コイツが俺っちの言うことなんか聞くわけないじゃん。仮に止めたとしても止まらないっていうか? 止めるだけムダっていうか? 結果的にはさ『レンタイセキニン?』とか『イチレンタクショウ?』とかワケ分かんないこと言って俺っち諸共、若の重~い一撃食らわされることに変わりはないんだからさ》
「それでも止めろ。ムダかどうかはやってみなきゃ分からないだろう」
《理不尽すぎる! 若のバカタレ!!》
……ええ、本当に。
“火の”言い分としては完全なるとばっちりに他なりません。
《俺っち、痛いのは嫌だかんな!?》
全くですわ。
何もしていないのに痛い目に遭うだなんて理不尽もいいところでしょう。
いえ、この場合は『何もしていない』からこそ痛い目に遭いそうになっているのでしょうか?
どちらにしても理不尽であることに変わりはないのですが。
……とはいえ。
それだけルーファスお兄さまも“風の”に色々とされ続けてきてのこの仕打ちなのでしょう。
全く関係ないというのに巻き込まれた“火の”妖精に対しては『お気の毒さま』としか言いようがありませんが。
「……いたいの?」
《!!》
「ルゥにぃたま、べち、って。……いたい?」
そこにやってきたのは我がノーヴァ家の末っ子ルディアスです。
《~~~痛くないよぉ!! 今はまだね?》
「……いたくない?」
《うんうん、ちっとも! チビ若は兄貴と違って優しいなぁ~~!! 俺っち超感動!!》
「う?」
明らかにお兄さまに対して当て擦るような物言いをする“火の”妖精を一瞥し、ルーファスお兄さまが摘んだままの“風の”妖精をルディへと突き出しました。
「ルディ、“風の”と一緒に“火の”捕まえといて」
「? ……ん!」
突き出された“風の”妖精を、ルディは何の疑いもなく『むんず』と掴んでしまいました。
《!!?》
《……酷ぇな、若!? “風の”はともかく俺っちのこの扱い!!》
同時に“火の”妖精もルディに捕まえられてしまったのですが。
こちらはなぜか頬擦りをされています。
《ちょ!? やめろ、チビ若! 火傷すんぞ!?》
「?」
《だ~か~ら~! 火傷! 俺っち、“火”!! 熱っちいの!! 分かる!?》
「あつい?」
《そう! 熱いの! ジリジリでじくじくで痛ぇの! チビ若も痛いのヤだろ!?》
「や~!」
《じゃあ俺っちのこと離せ?》
「やぁ~!!」
《オイ!! そこは『やぁ~!』じゃなくて『うん!』だろが!? ……って、笑うなこのバカ若!! 元凶テメェだかんな!?》
ルディに対して必死になる“火の”妖精を見てルーファスお兄さまは大笑いです。
“火の”妖精は総じて知性が高く、頭がいい子たちばかりなので、何も分かっていない小さな子どもを相手に必死になる様子はある意味滑稽でもあります。
ですが、嗾けた本人が大笑いをするのは少し酷いのではないかと思うのです。
さすがにこのままでは妖精さんたちがかわいそうなので、助けに入ることにしました。
特にルディにぎゅっと握り込まれている“風の”は『きゅう……』と疲れきってぐったりしているように見えますから。
「ルディ」
「う?」
「あまり力を入れてぎゅっと捕まえていては妖精さんが苦しいと思いますわ」
「くるし?」
「ええ。例えば……こんな感じですわね」
そう言って、ルディの細い首に両手を当てキュッと絞める振りをしてみせます。
「きゃあ~!」
あくまでも振りですので実際にはやっておりません。
ルディもそれを分かっているので、笑いながら『きゃっきゃ』とかわいらしい声を上げています。
ですが、意識的に力を込めて首を絞めることが『苦しいこと』だと分かる賢い子ですので、ルディは掴んでいた“風の”妖精を自身の手から解放し、頬擦りをしていた“火の”妖精からも適度な距離を取りました。
「リリねぇたま。こ?」
「ええ。ちゃんと離してあげられていい子ですわね、ルディ」
「いいこ? ボク、いいこ?」
「ええ、とっても。ですからルディ。“火の”妖精さんが『離して』って言ったら『や~』ではなくて『うん』と言って離してあげましょうね?」
「うん!」
満面の笑みで頷いたルディの頭を優しく撫でてあげると、更にニコニコとしながらわたくしの方へと擦り寄ってきました。
「リリねぇたま、だいすき!」
「わたくしもルディが大好きですわ」
「いっしょ? いっしょ?」
「ええ。『一緒』ですわ、ルディ」
「えへへ~」
こうしてルディの意識が完全にわたくしへと向いたことで、その隙を逃さず“風の”妖精はサッと姿を消してしまいました。
“火の”妖精は、ルディとは反対側のわたくしの肩の位置に触れないように間を持ってふよふよと宙に佇んでいます。
《……あ~……助かったぜ、姫さん。チビ若ときたらマジで危なっかしいったらねぇわ……》
「そのあたりはまだ力加減がよく分かっていないようですから……」
《……ま、俺っちたちの姿が視えてるだけでもチビ若は充分すげぇし。あとは力加減さえ覚えてくれりゃ文句はねぇよ》
「う?」
《『う?』じゃ、ねぇわ! いいかチビ若! 無闇矢鱈に俺っちたち“火の”ヤツらにくっつくんじゃねぇぞ? お前だって痛てぇのはヤだろ?》
「や~」
《じゃあ今度から俺っち捕まえてほっぺたにスリスリすんなよ?》
「あぃ! しない!」
ふよふよと漂いながらお説教をするように言い含める“火の”妖精の言葉にルディは真剣に頷きます。
分からないことが多くても、ただ一つだけ『痛いことが嫌』であるということがルディの中でしっかりと理解されているからです。
《……つうワケだ、若。今度からチビ若を俺っちに嗾けんなよ!》
「ああ、うん。覚えてたらね」
ビシっとルーファスお兄さまを指差しながら“火の”妖精が言い放つも、当のルーファスお兄さまは何処吹く風といった様子です。
これはほぼ聞いていませんね。
既に意識は妖精たちから逸れていますから。
……いえ、そうではありませんね。
いつの間にかルーファスお兄さまは別のことを考えていらっしゃるようでした。
「……父上」
「どうした?」
「さっきの、フローレン嬢に回復魔法教えたって話だけど」
「ああ」
「それって、なんで? 今後も“風の”に色々やられて不必要なダメージ受けそうだから?」
「その懸念もあるが、どちらかというと魔力総量の幅を広げるための『助け』としてだな」
「えっ? ってことは教えたのは“回復”じゃなくて“恢復”のほうなわけ?」
「そうだ」
「なんでまたリスクの高いほうを……」
わたくしが魔力熱に魘されながら、苦し紛れに魔力の全てを解放しようとして生まれた偶然の産物。
それに改良を加え、特殊な術式を以て構築することで、従来の回復魔法とは違う『特別な回復魔法』として完成させたのがルーファスお兄さまです。
正確には魔法の解析をルーファスお兄さまが、術式の構築のほうをカーティス叔父さまが担い、第一段階として『仮の恢復魔法』を確立させました。
そこから更に微調整を行い、改良を重ねることで今現在の形である『”回帰恢復”』へと至りました。
それでもこの魔法はまだまだ未完であり、改良の余地も課題も多大に残されているという不確定要素の多いものなのです。
ルーファスお兄さまが『リスクが高い』と仰った理由はそこにあります。
「あれは行使した本人の持つ魔力全てを一気に消費する分、魔力放出による身体への負担が途轍もなく大きいんだ。それを補うための回復であって、本来の回復魔法の在り方とはワケが違う。それでもフローレン嬢に教えた理由は何? ただ単に身体に受けたダメージを回復させるだけなら従来の“回復”で充分対処できるよね」
確かにただ身体に受けたダメージを回復させるだけならば、ルーファスお兄さまの仰るとおり従来の回復魔法である“回復”で充分に事足ります。
けれど、お父さまは敢えて“回復”ではなく、特殊な式である“恢復”のほうをフローレンさまに授けました。
その理由を知る権利は、当然ルーファスお兄さまにはあるわけです。
「フローレン嬢に関しては、ほぼリスクはないと判断した。それに加味して、今現在のフローレン嬢が持ち合わせる魔力総量とその伸び代、及び伸び幅。更には成長速度が常人よりも緩やかすぎるであろう、悪い方向性での可能性。才能があるにも関わらず、持ち合わせる魔力総量が少ないが故に魔法劣等生の烙印を押されてしまっては気の毒だとは思わないか?」
「う~ん……それは、確かに……」
「言うなれば、フローレン嬢の将来を見越しての先行投資みたいなものだと思ってくれていい。先にも言ったとおり、フローレン嬢は魔法が好きなようだからな。好きなのに使えないなどという悲しすぎる未来は迎えてほしくなかった。それが理由だと言えば納得するか?」
「……ホンット、言い方ズルいよね」
「はははっ」
魔法が好きな気持ちを手玉に取られた上で言われたせいなのか、ルーファスお兄さまの顔がこれでもかというくらいに渋い表情になりました。
結局は、魔法が好きだという気持ちを悪い方向に捉えることのできないお兄さまです。
好きなものを応援するためにやったのだと言われれば、頷かないわけにはいかない。
それを分かっていてそういう言い方をするため、いつもお父さまはルーファスお兄さまから『言い方がズルい』と言われてしまうのです。
《どっちかってぇと、ご当主サマはオンディールのお嬢の魔力のことを心配して、特殊魔法のほうを教えたんだろ?》
「そうだな」
《俺っちたち妖精の姿を視ることができるだけの魔力を持たない身で、毎回毎回あんな目に遭わされるようじゃオンディールのお嬢も堪ったもんじゃねぇかんな。つか、最初に気に入る一個体が現れりゃ、次から次へとお嬢を気に入るヤツらが出てくるのは目に見えてっし? そうなると気を引きたいからって悪戯するのも必然になるわけでさ? そういうヤツらからお嬢が自衛するためにも、俺っちたち妖精の姿が視える『最低限』の魔力くらいは持ってないとヤバいってヤツだろ?》
こちらもルーファスお兄さまに負けない渋面で”火の”妖精が懸念することをつらつらと連ねていきます。
本当に彼は聡いです。
そして、未だ出逢ったことがないはずのフローレンさまのことをとても心配している様子です。
「姿を視ることに関しては、”風の”が気に入りと友好の証として『視える』ように祝福を授けていたから問題はなさそうだ」
《へっ? そうなのか?》
「ああ。ただ……今後のことや将来のことを思うと、やはり絶対的な魔力総量は多いに越したことはない。”風の”の悪戯の件がなかったとしても、遅かれ早かれ私がフローレン嬢に”恢復”を授けていたことに変わりはないだろうな」
単にフローレンさま個人を思ってのことなのか、王宮魔術師団団長としての立場でのことなのかは分かりませんが、魔法の才ある方の将来を心配しての発言は実にお父さまらしいと思います。
「ところで”火の”」
《何?》
「実はロンベルト……オンディール公爵ともに疑問に思ったことがあるのだが」
《妖精のこと?》
「ああ。お前たち妖精の姿を視るには、ある程度の魔力を持っていなければならないということは分かっているんだが、その基準は一体どのくらいなんだ?」
《なんだ、そんなことか》
「えっ? 何それ、基準とかあるわけ? 初耳なんだけど。オレも知りたい」
「わたくしも気になりますわ。視えていることが当たり前だと思っていたのですけれど、実際はそうではないのですね」
気づけば側にいることが当たり前でしたから、誰にでも視えているものだと思っていました。
身近すぎる故の落とし穴とでもいいますか……盲点でした。
「フローレン嬢が視えないことを知って、そこでフローレン嬢自身がそのことを疑問に思ったらしい。実際に確かめようにも、オンディール邸には”風の”と”水の”しかおらず、訊ける相手がいなかったからな」
「確かに。”風の”と”水の”は喋れないからなぁ……」
「”緑の”子たちはそういったことはあまり考えていなさそうですしね」
「言えてる」
大勢で側に寄ってきて楽しそうにお喋りをする”緑の”妖精さんたちは、とにかく楽しくて賑やかなことが大好きです。
あまり難しいことは口にせず、歌うようにお喋りをする可愛らしい子たちばかりなのです。
《人間で言うところの『中級』レベルの魔法が使えるだけの魔力持ちなら問題なく視えてるぞ?》
「中級か?」
《そ。ご当主サマの奥方サマだってさ? 最初は俺っちたち妖精の姿は視えてなかったぜ? けど……ご当主サマと一緒にいるようになって、ちょっとずつ魔力の幅が増えて『中級』レベルの魔法が使えるようになった頃に俺っちたちの姿が視えるようになってさ。すっげぇ感動して泣いてたの、俺っちよ~く覚えてるもん》
「……そうなのか?」
《うん、そう》
「……それは知らなかったな。あとでロザリアに訊いてみることにしよう」
軽く目を見開き驚きを隠さないお父さまのその表情から、本当に知らなかったことが伺えます。
お母さまもかなりの魔力を持っているはずなのですが、最初からそうだったわけではなかったのですね。
「そっかぁ……『中級』レベルか。それじゃノーヴァの者が普通に視えてるのは当たり前か」
《魔力量バケモノだもんな、ご当主サマご一家はさ》
「あることが当たり前すぎて、少ないことやないことがどういうことなのかとか考えたこともなかった」
《だったら、今気づいたのを切っ掛けにこれからは考えるようにすればいいじゃん。さっきご当主サマがオンディールのお嬢のことを考えたようにさ? 若もこの先で魔力のことで悩んだり困ったりしてる誰かがいた時どうするか、自分なりに考えていけばいいんだよ》
「……お前本当に妖精なのか? 人間以上に考え方が人間らしいぞ?」
《そうか? ……ま、俺っちは人間が大好きだからな! ”風の”ヤツらとは違って、俺っちは悪戯せずに人間たちに近寄りたいんだよ》
ニッと口角を上げた”火の”妖精は、お兄さまが言うように『人間以上に人間らしい』無邪気な顔でご機嫌に笑っていました。
「ルーファス。これからのお前の人生はまだまだ長い。自分がどうしていきたいのか、少しずつ考えていけばいい。ノーヴァを継ぎたくないなどと言ってカーティスと不毛な押し付け合いをしていることを含めてな」
「ぐぅ……!」
「……それ、まだやっていらしたのですか、お兄さま?」
「嫌なものは嫌なんだよ……。そんなの継ぐくらいなら一生涯、魔法と法具の研究していたい……」
「ノーヴァを継いで研究もされればいいではないですか」
「中途半端なことはしたくない」
「頑固ですわね……」
「……オレの代わりにルディが継ぐ?」
「や~!」
────……ルディでは継げませんから
ノーヴァの後継は直系男子の中の第一子であることが条件だということを忘れていませんか、ルーファスお兄さま。
なんだかんだで、自他ともに認める『魔法研究バカ』でいらっしゃるルーファスお兄さまには『ノーヴァの跡継ぎ』という肩書が重くて重くて仕方のない模様です。
「ああ。それとだ、ルーファス」
「今度は何?」
「数件ほど被害が発覚した例の魔法教師派遣の不正問題」
「………………嫌なんだけど」
「『機密に触れた』からには『知りません』では済まされないからな。実際に被害に遭った教え子への聴き取り調査はお前が担当することになった」
「嫌だって言ってんじゃん! 何勝手に決めてくれちゃってんの、父上!」
「私と副師団長の話を盗み聞くからそうなる」
「わざとじゃないっての! 例の如く”風の”が! 面白がって音拾ってきて! 勝手にオレに聞かせただけってさっきも言ったじゃん!」
「経緯はどうであれ、重要な機密事項に触れて話を聞いた事実に変わりはない。これは決定だ、ルーファス。この結論が覆ることはないからそのつもりでいろ」
「…………何この理不尽。到底納得できないんだけど」
《ホンット、若は”風の”ヤツに愛されすぎるくらいに愛されてんね~》
「この嫌がらせを愛情表現だと言い切るオマエも同類だよ、”火の”。明らかに面白がってるのバレバレだからな?」
《え~? 何のこと~? 俺っちバカだから分かんな~い!》
「……ムカつく。オマエちょっと付き合え。最新開発した法具の試運転第一号に抜擢してやる。光栄に思えよ?」
《ちょ! 八つ当たり反対! ノー!!》
そんな遣り取りののちに、ルーファスお兄さまが”火の”妖精を捕まえて自室に戻っていくのはいつものこと。
それをお父さまが呆れた表情で見送るのもいつものことです。
「相変わらずだな、あの二人は。喧嘩するほど仲がいいというものとは少し違う気がするが、ああやって種を超えての絆を結べることはいいことだ」
「ええ、本当に」
「ボクもようせいさんすきだよ、リリねぇたま」
「そうですわね。ルディも妖精さんと仲良しさんですものね」
擦り寄ってくるルディの頭を撫でると、ますます擦り寄ってきて嬉しそうに笑ってくれます。
「時にリリィ」
「はい」
「種を超えての絆というものは、何も妖精と人間に限った話ではない」
「お父さま?」
スッと差し出されたものは、先ほどまでお父さまが目にしていらした手紙のようでした。
「フローレン嬢から私に宛てられた手紙だ」
それを差し出したということは、私にも読めと言っているも同然なのですが、さすがにそれは憚られます。
「拝見してもよろしいのですか?」
「お前が読んでも問題のない内容だ。寧ろ、お前にとっては嬉しい内容だと言えるだろう。いいから読んでみなさい」
「……はい」
促されて、お父さま宛ての手紙を読みました。
全部で四枚に渡って綴られた手紙の内容は、半分はお父さまに対するお礼でした。
先ほど聞かせてもらった、妖精の悪戯で酷い目に遭った後にお父さまに助けられたことや、回復魔法をかけてもらったこと、それから特殊式である”恢復”を授けてもらったことが一文字一文字丁寧に綴ってありました。
そして、残りの半分は……
「まぁ……!」
驚いたことに、お父さまの竜に会えなかったことに対する残念な気持ちや、会いたいと切望する気持ちが溢れるほどに綴ってありました。
一言で表すのであれば『熱烈』という言葉がふさわしいのでしょうか。
まるでそれは、会いたくても会うことの叶わない竜に宛てた熱烈な恋文のようでもあったのです。
「珍しい令嬢だと思わないか?」
「……ええ」
「お前と同じだな、リリィ」
「はい……」
そう。
わたくしも、フローレンさまと同じように竜をとても愛しております。
ただ、フローレンさまとの違いは、わたくしは『いつでも竜に会える環境下にある』ということ。
「こんな風に希われている竜は幸せものですわね……」
「そうだな」
「会わせて差し上げたいですわ」
「ああ。そうしてあげたらいい。今すぐ、というわけにはいかないが」
「……オンディールのしきたり、ですわね」
「そういうことだ」
「では、わたくしがフローレンさまの元へ竜とともに会いにまいりますわ」
「それも今は賛成できる話ではないな。せめて魔力熱の症状が今よりもマシにならないようでは外出は許可できない」
「……残念ですわ」
「お前の魔力熱の症状が少しでも和らぐか。それともオンディールのしきたりが解かれるのが先か。どちらにせよ、今すぐにどうこうできる問題ではないということは確かだ。無理はしないように」
「はい。とても残念ですが、お父さまの言葉に従いますわ。無理をしても、いいことなんて一つもありませんもの……」
会える時は、万全の状態がいい。
それは、フローレンさまから贈られたメッセージカードに綴られた言葉を見て改めて思ったことでした。
両者間に違いはあれど、魔力に悩まされる身を持つ者同士、そこに何かしら思うことがある。
あなたに心配をかけたくはない。
けれど、あなたをとても心配している。
きっと、わたくしもフローレンさまも、根底で思うことは同じなのでしょう。
まだお会いしたことはありませんが、似た者同士……なのだと思うのです。
ただ、今言える言葉があるとしたら、それはたった一つだけ……
「お父さま」
「どうした?」
「フローレンさまへのお返事は『わたくしも竜も、フローレンさまとお会いできる日を楽しみにしております』という内容でいいでしょうか?」
わたくしと同じお気持ちを抱えていらっしゃるであろうフローレンさまにお会いしたい、という素直な気持ちを綴った一文なのです……─────
ロイアスとは違って、ルーファスは基本的に身内相手には敬語は使いません。それと意外と口が悪いです。
火の妖精の個人の呼び方ですが
ルーファス→若(ノーヴァの若君、という意味での若)
リリーメイ→姫さん(ノーヴァのお姫さま、という意味での姫さん)
ルディアス→チビ若(ノーヴァの小さい方の若君、という意味でのチビ若)
ルーヴェンス(ノーヴァ公爵)→ご当主サマ(そのままノーヴァの当主という意味)
ロザリア(ノーヴァ公爵夫人)→奥方サマ(そのままノーヴァの当主の奥方という意味)
フローレン→オンディールのお嬢(オンディール家のお嬢さまという意味)
知性が高くてよく喋る子なので、個人を認識する呼び方もかなり特徴的にしてみました!




