お友だち、というよりはお姉さんですね!
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いよいよフローレンが町の催しに参加します!
子ども同士のやり取りは書いてて楽しかったです!
~お友だち、というよりはお姉さんですね!~
翌日になった。
今日と明日の二日間、私はお母さまと一緒にクララットの町の催しに参加する。
オンディール公爵家の令嬢としてではなく、町のちょっと裕福な商家の娘として。
そういうわけで、私は今メリダがこの日のために見繕ってくれたワンピースを着ています。
某不思議の国に迷い込んだ女の子の服装を彷彿とさせるような、ふんわりとした水色のかわいらしいワンピースです。
もちろんエプロンつき!
今日は髪の毛を下ろしたままの状態で、黒いリボンをカチューシャ風につけてもらいました。
靴も同じく黒で、光沢のあるエナメル調のストラップ付きパンプス(ヒールなし)です。
そこに昨日エルナからもらったクマさんポシェットを肩から斜めがけにしています。
鏡を見て狂喜乱舞したのは言うまでもない。
(自画自賛がすぎるけど)フローレン、かわいすぎます。
ちなみにポシェットの中には今日のためにとお母さまからもらったおこづかいを入れたお財布がしっかりと入っています。
あとは身嗜みとしてハンカチ、ティッシュ代わりのペーパーナプキンを数枚と手鏡です。
そして肝心なお財布の中身ですが……正直に言って幼女が持ち歩くにはおかしい金額の硬貨が入れられてます。
内訳はこんな感じ。
銅貨、2枚(2フォル)
大黄銅貨、1枚(50シェル)
黄銅貨、5枚(10シェル掛けること5枚で50シェル)
大青銅貨、8枚(5シェル掛けること8枚で40シェル)
青銅貨、10枚(1シェル掛けること10枚で10シェル)
100シェルで1フォルだから、合計で3フォルと50シェルが今の私の手持ちのおこづかいになるわけです。
そして1シェルは日本円にすると10円相当。
1フォルは1000円相当になります。
……つまり、私の今の手持ちのお金は、日本円にして3500円相当だということ。
ね?
おかしいでしょ?
5歳にも満たない幼女が持ち歩く金額じゃないと思わない?
有り得ないよね?
前世日本の幼児だって、100円持ち歩いてるかどうか怪しいくらいだよ?
だというのに、ここに更に『バザーのお手伝いでおこづかいあげる』なんて言うものだからますます有り得ないと思うんだけど。
これってこの世界では普通なのかな?
一応、裕福な商家の娘ってことになってるからこその、この所持金額なのかな?
出掛ける前から私、大混乱です。
そんな私の心情を知らないお母さまが、私の手を引いて馬車に乗り込みます。
今回はお忍びのようなものだから、公爵家の家紋が入った馬車には乗りません。
少しばかり簡素な作りの馬車でクララットの町へと向かいます。
「さあ。これから二日間、クララットの町の催しを存分に楽しむわよ」
「はい、お母さま!」
元気よく返事をすると、お母さまがいつものおっとり笑顔とは違う意地の悪そうな笑顔で、私の頬を軽くツンツンと突く。
「違うでしょ。ここからはオンディール公爵家の者として行動しないって決めたことを忘れちゃった? 私のことはどう呼ぶんだったかしら?」
「あ……っ! え~、っと……ママ……」
「はい。よくできました、エマちゃん。町の中では間違えないようにしてね?」
「分かりました」
「その丁寧な口調も今日と明日の二日間は封印してね?」
「え……っと。うん、分かった」
「それでいいわ。貴族だと知られたら、恐縮されて気軽に接してもらえなくなってしまうから、素のままで向き合ってもらえるよう、町の人たちと同じ立場に立って行動してみて? 町の人たちをよく見て、実際に言葉を交わして、相手が何を思っているのか、それから……自分自身がどう感じるのか。そういったことを、自分自身の身で体験すること。それがこの二日間であなたが学ぶことよ、エマちゃん」
「自分の身で体験する……じゃあ、バザーのお手伝いもそうなの?」
「そうよ。町の中では子どもでも家のお手伝いという名のお仕事をしている子もいるわ。同じ国に生きる人でも、その生活は人それぞれ。色々な生き方があることを自分の目で見て学んでね?」
「うん!」
「持ってきたそのスケッチブックに町の様子を絵で描いてみるのもいいかもね」
「あうっ……!」
そうなのだ。
いつものクセとでも言うべきか、私は当たり前のようにスケッチブックを持ち出している。
そしてエプロンのポケットの中には短めサイズの色鉛筆セットがしっかりとスタンバイしているのである。
どうやらお母さまには『目ぼしいものがあったら時間を見つけてお絵描きしよう』という魂胆は見透かされていたようだ。
「……ああ、そうだわ。一度だけ、オンディール家の娘として挨拶をしてもらわなきゃいけないところがあるの」
「?」
「クララットの町を管理してくれている町長さん……ラバッツ準男爵なのだけれど。次の社交シーズンで正式に男爵に陞爵することになっているの。だから……今後の”家”としてのお付き合いもあるから、最初だけ、オンディール家の娘、フローレン・エマ・オンディールとして挨拶をしてちょうだいね?」
「はい」
「それ以外は、商家のリマさんの娘のエマちゃんだから。よろしくね、レーン?」
「分かりました、お母さま」
貴族の娘としてそう言われたからには、返事も貴族の娘として。
そのつもりでした返事は間違っていなかったようだ。
いつものおっとりとした笑顔で『よくできました』と言わんばかりに頷いてくれたのがその証拠だ。
そうして。
馬車の中で町の催しのことを色々話しながら、おおよそ30分くらいの時間をかけてクララットの町へと辿り着いたのだった。
『うん、思っていたよりも近かったな』
……というのが純粋な感想でした、まる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ラバッツ準男爵。今日はよろしくお願いいたしますわ」
「こちらこそよろしくお願いいたします、オンディール公爵夫人。毎年毎年、このクララットのチャリティーのためにご助力いただき、本当に感謝しております」
「うふふ。楽しんで参加させていただいておりますもの。なんてことはございませんわ。ただ……」
「分かっておりますとも。催しの間は、公爵夫人としてではなく、一商家のご婦人として向き合うお約束でございますからな」
「ええ。今年は娘も一緒だから、娘共々そうしていただけることを希望しますわ。その前に娘からも挨拶をさせていただきますわね? さあ、フローレン。ラバッツ準男爵にご挨拶なさい」
「はい、お母さま」
軽く背を押され、クララットの町長を務めるラバッツ準男爵の前へと促される。
一歩前へと進み出ると同時に、お母さまとヴェーダからみっちりと教え込まれた淑女の礼を以て挨拶をする。
「初めてお目にかかります。オンディール公爵家が一女、フローレン・エマ・オンディールと申します。どうぞお見知りおきくださいませ」
「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。このクララットの町長を任されておりますルーロ・ラバッツでございます。本日はこの町の催しにフローレン嬢がご参加いただけると伺い、誠に光栄の極みであります。小さな町ではありますが、存分に催しを楽しんでいただければ幸いです」
紹介されたラバッツ準男爵は気のいい穏やかなおじさん、という感じの人だ。
なんというか、親しみやすさが内側から滲み出ているような、そんな人。
これは慕われるだろうなぁ……というのが、私が抱いた第一印象だ。
「私共にも娘がおりまして。フローレン嬢より少しばかり年嵩ではございますが、催しの間だけでもお話し相手になれれば……と考えております。よろしければ……ご挨拶させていただいても?」
「ええ、もちろん。ラバッツ準男爵のお嬢さんと言えば……マイヤちゃんね?」
「はい。気の強いあのお転婆でございます」
「是非ともフローレンに紹介してあげてちょうだいな。娘には色々なことを経験してほしいと、今回の催しに参加させることを決めたのだもの」
「そうでございましたか。では恐縮ながら、娘をフローレン嬢にご紹介させていただきたく思います」
そう言って穏やかに笑ったラバッツ準男爵が、階上へと向けて声を上げた。
「マイヤ! 降りてきなさい、マイヤ!」
……おぉう。
人を遣って呼んでくるんじゃないんか~い。
まさか階下から大声で呼び出すだなんて思ってもいなかった私は、驚きで軽く目を見開いてしまった。
そんな私を見てラバッツ準男爵が軽く頭を掻きながら苦笑する。
「いや、申し訳ない。うちは準男爵という肩書こそあれど、ほぼ平民と変わらぬ立場でして。準男爵の位を戴いて二年近く経ちますが、未だ平民感覚が抜けておらんのですよ。家のことを任せる使用人もおりませんのでね、家族だけだからと気楽にさせてもらっている次第です」
「まあ。いけませんわ、ラバッツ準男爵。男爵位への陞爵も近いのよ? さすがに陞爵してからもこのまま……というわけにはいかないでしょう? 少しずつでも貴族らしくしていかなければ」
「はは……そうですな。柄ではないのですが、そうも言ってられませんからね」
和やかに会話するお母さまとラバッツ準男爵を見て思った。
立場は全然違うのに、ちゃんとした信頼関係で成り立っているんだなってことが雰囲気だけでよく分かる気がする。
たぶん、私が思っている以上にお母さまとラバッツ準男爵の付き合いは長いんだと思う。
一貴族家の夫人が、平民の町の催しに気軽にポンと参加できちゃうくらいだ。
それなりに長い期間、家と家としての付き合いが続いているんだと思う。
そんなことを思っている間に、階上から軽快な足音が近づいてきた。
リズム的に小走りをしているようだ。
「なあに、父さん? そんな大声で呼ぶなんて、何かあった……」
「おお、マイヤ! 今年もチャリティーの援助に来てくださったオンディール公爵夫人が見えている。こちらへ降りてきて挨拶なさい」
「!!」
ラバッツ準男爵に呼ばれた『マイヤ』と呼ばれた子が、驚きの表情でこちらを向いた。
お母さまを見て慌てて頭を下げ、それから……私と目が合ったところで、再び驚いた顔をしたと思ったら、今度はニッコリと笑顔を向けられた。
私もつられて笑顔になる。
ちょっと気の強そうな子だけど、ものすごく親しみやすさも感じられて『ああ、内面がお父さん似だなぁ』と、二人が親子であることに大いに納得した。
「フレイヤさま、お久しぶりです」
「ええ。久しぶりね。元気にしてたかしら、マイヤちゃん」
「はい、とっても」
「うふふ。元気いっぱいで何よりだわ」
そう笑顔で告げたお母さまに優しく頭を撫でられて、くすぐったそうに微笑む女の子。
随分と前からの知り合いなのかなぁと二人の様子をじっと見つめる。
「また例年のように催しに参加させてもらうことになったの。今日と明日の二日間ね。今回は娘と一緒よ。ほら、レーン。挨拶して?」
「はい、お母さま」
促されて前に出る。
ここでも貴族の娘としての挨拶だ。
今度は子ども同士だから、さっきの挨拶よりも砕けた感じでいい。
固くなりすぎると逆にいけない。
自分から壁を作るようではダメなのだ。
「はじめまして。オンディール公爵家、フレイヤの娘フローレン・エマ・オンディールと言います。どうぞよろしくお願いいたします」
「ご丁寧な挨拶をありがとうございます。私はラバッツ準男爵の娘、マイヤ・ラバッツです。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
互いにワンピースの裾を軽く持ち上げ、ちょこんと効果音がついてきそうなお辞儀をする。
そして頭を上げると同時に意図せず見つめ合う形となり、どちらからともなくくすくすと笑い出す。
「フレイヤさまと一緒に催しに参加するのだったら、商家のリマさんの娘として……ということで合っていますか?」
「はい! ……じゃなくって、うん!」
「?」
「ここでは貴族の娘として来ているわけじゃないから、丁寧な話し言葉は封印なの」
「そっか。じゃあ、リマさんとおんなじでいいんだね? え~っと……セカンドネームのほうのエマちゃんでいいのかな?」
「うん!」
「分かった。それじゃエマちゃんって呼ぶね? 私のことはマイヤって呼んでくれる?」
「うん、マイヤちゃん!」
順応の早すぎるマイヤちゃんに驚かされつつも、貴族という立場とは関係なく私自身に向き合ってくれた彼女の気持ちをとても嬉しく思った。
それと同時に思い出したのは、お母さまが言っていた『貴賎を問わず、自らが友だちになりたいと望んだ相手を選びなさい』といった感じの言葉。
────こういう子が、理想的なお友だちになるんだろうな……
ただ……私よりもちょっとだけ年上のこの子は、お友だちというよりは『お姉ちゃん』という感じだな。
どう見ても、私を見る彼女の目は『妹をかわいがりたいお姉ちゃん』のそれなんだもん。
……でも、まぁいっか。
前世も現世も私には姉と呼べる人がいない。
エルナやメリダといった、姉のように優しい侍女もいるけれど、年がちょっと離れてるし。
年の近いお姉さん的な存在はきっとマイヤちゃんが初めてだ。
だから、お友だちじゃなくお姉ちゃんのほうが合ってるかなって。
そう思ったらお友だちになれなくても寂しくはないな、って。
「父さん。開始まではもう少し時間あるよね?」
「ん? ああ、そうだね。リマさんのところも出店の準備があるだろうし、店での販売も10時からだから、あと30分くらいなら大丈夫だよ」
「それなら、ちょっとだけ出掛けてきてもいい? エマちゃんも一緒に」
「どこに行くつもりだい、マイヤ?」
「ジェフのとこ。エマちゃんを紹介しに行くの。仲良くしてね……って、ちょっとしたお節介も焼いてみようと思って」
「はははっ。仲良くするのはいいことだが、お節介はほどほどにしておきなさい。お前のいいところだけれど、いきすぎると悪くもなるからね」
「はぁ~い……」
父親の言葉に軽く頬を膨らませながらもマイヤちゃんは嬉しそうだ。
「それじゃ、行こ?」
マイヤちゃんにキュッと手を握られ、町長さん宅であるお屋敷から連れ出される。
少し前を行くマイヤちゃんに遅れないよう小走りで一生懸命ついていく私に、何か思い当たることがあったのかマイヤちゃんが振り返る。
「エマちゃんていくつ?」
「夏が来たら5歳」
「そっかぁ~……私は来月8歳だから、3コ違いだね?」
ニッと歯を見せながら悪戯っぽく笑うマイヤちゃんに笑顔を返し、大きく頷く。
「うん! お姉ちゃんだね!」
「へっ?」
私が口にした『お姉ちゃん』の言葉に大きく反応したマイヤちゃんの顔が、瞬時にぶわわっと真っ赤に染まる。
『あ……』とか『うぅ……』とか、言葉にならない呻きを洩らし、最後に小さく『……ありがと』と呟くように言ったマイヤちゃんは、ちょっとだけ涙目でとってもかわいかった。
……うん、間違いない。
マイヤちゃんとは仲良くやれそうだ。
手を引かれながら町中を走ること少し。
見えてきた噴水広場を前にしてマイヤちゃんがキョロキョロと周辺の様子を窺っている。
何を探しているのだろうか。
そう疑問に思ったのと同時に、マイヤちゃんを呼ぶ声が聞こえた。
「マイヤ!」
呼ばれた瞬間、マイヤちゃんが声のほうへと振り返る。
「ジェフ!」
つられるように視線をやった先にいたのは、マイヤちゃんと同じ年くらいの男の子だった。
挨拶代わりなのか、顔のあたりにサッと手を上げた彼の元へと真っ直ぐに進んでいくマイヤちゃん。
当然のことながら手を引かれている私も一緒にそちらへと向かうことに。
そこであることに気づいた私。
同じ年頃の男の子と女の子。
場所は町中の噴水広場。
しかも噴水の真ん前。
催しの準備をせっせとしている人たちがあちこちにいるとはいえ、こういった場所で落ち合うっていうのは待ち合わせをしているからに他ならなくて……
────……ん?
────これってデートなんじゃね?
ジェフという男の子とマイヤちゃんの。
そこにくっついてきたお邪魔虫な私。
『なんで他人がここにいる?』という顔で見られてもおかしくはない。
うわぁ~……ここは空気を読んで退散するべき?
さすがにお邪魔虫をする気はないよ?
……ということを考えた時間は数秒にも満たない。
迷いなく進んでいくマイヤちゃんに引っ張られながら、いつでも退却の準備をしておこうとひっそり心の中で決意する。
そうして対面したその直後、ジェフという男の子の陰に隠れるように、もう一人男の子がいたことに気がついた。
「おはよう、ジェフ。ケヴィンも一緒だったんだね」
「おはよ。ケヴィンも一緒に回りたいって言ってたから連れてきた。互いに空き時間の都合もあるし、いつだったら一緒に回れそうか話したいって。な、ケヴィン?」
「………………」
兄弟かな?
問いかけられたにも関わらず、ケヴィンという子は返事をしない。
それどころか、マイヤちゃんにくっついてきた私をじ~っと見ている。
その視線が繋いだままの私とマイヤちゃんの手へと向いた瞬間『ギッ!』とキツく睨まれた。
────……およ?
────この睨みは一体どういう意味かな……?
意味不明だったのでとりあえず首を傾げるだけに留めた。
そしたらフンっとそっぽを向かれてしまった。
うん、私の中の何かが気に入らないらしい。
「マイヤ、その子は?」
「エマちゃんよ。リマさんのとこの娘さん」
「ああ、リマさんの」
紹介されたのでペコリと頭を下げた。
「エマです。はじめまして」
「はじめまして、エマ。僕はジェフリー。親しい人からはジェフって呼ばれてる。よろしく。こっちは弟のケヴィン。ほら、ケヴィン。挨拶しな?」
「フンっ! こんなよそ者のブス、誰がよろしくしてやるもんか!!」
挨拶どころか威嚇されてしまった。
……うん、まぁ……一応『余所者』ではあるよね、私。
一応ここに来る前にお母さまと打ち合わせしておいた『設定』としては、仕事の都合で世界のあちこちを回って留守がちだけどクララットの町の住人てことになってるんだけどな。
それとは別に、仮に余所者だったとしても、催しの時期にこの町を訪れている時点でクララットの町の人にとっては催しに参加しに来てくれた『お客さん』になるんじゃないのかな?
えっ?
何この子?
外からのお客さんを歓迎するつもりが一切ないの?
それはちょっとマズイんでないかい?
別に仲良くする必要はないけど、外からのお客さんを拒絶するっていう態度はよろしくないと思うんだけど?
────わぁ~……これはちょっと反論しとくべき?
お客さんの足を遠のかせてしまうような言動は、いくら子どものやることとはいえ、開催側としてはやってほしくないもののはずだから。
……ということをほんの僅かな間で脳内に巡らせ至った結論。
よし、ビシッと言っておこうじゃないかと思った瞬間、マイヤちゃんがキレた。
「そんな言いかたはないでしょ、ケヴィン!!!」
「!!」
すぐ隣から聞こえた怒鳴り声に一瞬肩がビクッて跳ねちゃったよ。
「エマちゃんに謝りなさい!!」
「………………」
黙り込んだケヴィンくんに、マイヤちゃんが更に激昂した。
「早く謝りなさいッ!!!」
続いた厳しい言葉に、ほんの一瞬だけケヴィンくんが悲しげな顔をしたように見えた。
でもすぐにその表情は消えて、私にした時と同じようにマイヤちゃんをキツく睨み上げた。
「うるせぇババア!! 誰が謝るか! バーカ、バーカ!!」
「なッ……!!」
────アカーン~~~~~~~!!!
────それは女の子に言っちゃダメなやつ!!!
いくら子どもだからといって、そういうデリカシーのない暴言を異性に浴びせちゃダメ~~~!!!
今くらいの年頃のコって、純粋で傷つきやすいんだぞ!
現にホラ。
言われたマイヤちゃんは真っ赤な顔で戦慄きながら絶句してるじゃないか。
そんでもって簡単に読めちゃう次の行動ときたら、ほっぺたに遠慮なく『バチーーーーン!!』とビンタだぞ。
それらがもたらす結果。
拗 れ て 状 況 悪 化 !
ダメでしょう?
ただでさえ悪くなってる雰囲気が更にヤバいことになっちゃうよ。
「ケヴィン……あんたって子は…………」
ふるふる震えながら絞り出すように呟かれたマイヤちゃんの声がワントーン低くなっているような気がする。
────コレは来るな……
そう思った瞬間、繋いでいた私とマイヤちゃんの手が離れた。
この流れだと勢いでケヴィンくんのほっぺたに『バチーーーーン!!』は確定だ。
さすがにマイヤちゃんにそんなことはしてほしくないので、マイヤちゃんが動くよりも先に私が動いた。
「『ブス!』だとか。『ババア!』だとか。ものすごぉ~くイケナイコトを言っちゃう悪いお口はこのお口ですかぁ~~!?」
「むぐ……ッ!?」
『実はちょっと怒ってます』という空気を滲ませつつニッコリ笑って私がケヴィンくんにやったことは、彼の頬を両側に強く引っ張っての口封じだ。
前にお父さまにやった『ほっぺたびろ~ん!』の刑の強化バージョンとも言う。
引っ張った頬を時々ぐりぐりと力を込めたり緩めたりを繰り返し、笑顔はキープしたままの状態で私はケヴィンくんに凄んだ。
「いくら子どもだからって、何を言っても許されるわけじゃないんだよ? そんなに歳の変わらないマイヤちゃんに『ババア』だなんて言えちゃうくらいだから、キミは『ジジイ』って言い返されても全然平気なんだよね?」
私の言葉を聞いたことでマイヤちゃんがまたも絶句した。
……うん、そんな反応されるのも無理はない。
気持ち的には『公爵家のお嬢様がそんなこと言うなんて……!』ってところかな?
いや~……口汚い言葉をシツレイ。
でも今は見逃してほしい。
マイヤちゃんのためにもここまで言って黙るわけにはいかないんで。
「そうなんだよね? 性格『ブサイク』くん?」
に~っこり笑って追い討ちをかけるようにそう続けたら更に睨まれた。
まぁ、そう言われたら怒るわな。
要するにこの子は悪口を言われて平気でいられるタイプじゃないってこと。
なのに人には平気でそういうことができるってダメダメじゃん。
「だっ、誰が……っ!!」
大きく顔を歪めたと思ったら、その直後に顔を真っ赤にしてまたまた睨まれた。
ケヴィンくんの口から反論が飛び出しかけたのとほぼ同時に、再び頬を引っ張る手に力を込めて反論を封じにかかる。
もちろん相手を煽ることも忘れません!
「あれぇ~? 怒っちゃった~?」
分かっていながらそんなことを宣う私。
性格が悪いと言うことなかれ。
これ、大事なことだから。
「怒ったってことは、自分は人から悪口なんて言われたくないってことだよねぇ? 自分は言われたくないのに人には言っちゃうのぉ? それって、と~っても自分勝手だと思わない?」
「う……うるさ……っ!」
まだ文句が出てくるようなので更に力を入れて黙ってもらった。
若干涙目になってるけど知るもんか。
彼のお兄さんであろうジェフリーくんは、何も言わないどころか止めることさえしない。
マイヤちゃんもまた然り、だ。
つまりは私が今やっていることに対しての『正当性』を認めてくれているも同然なわけだ。
よって、言いたいことはキッチリと言わせていただきます。
「ねぇ。人が嫌がることはやっちゃいけませんって教えてもらわなかったの? 自分がされて嫌なことを人には平気でやっちゃうんだから、それを仕返しされたって文句を言う筋合いなんてないんだよ? さっきのは『ブス』って言われたことを返しただけだもん、私」
そこまで言って笑みを引っ込め、じ~っとケヴィンくんの目を見る。
頬を引っ張る力も少しだけ緩めた。
ここで暴言を吐いたことを謝るならそれでよし。
こっちも『仕返し』と称して暴言を吐いたことを謝って終わりにしちゃえば済むことだから。
子ども同士の口喧嘩ということで丸く収まる。
逆に反省の色を見せず、更に文句を言い連ねるなり反論するなりといった行動が返ってきたら……その時はその時だ。
さっき以上の口撃を以てして捻じ伏せるしかない。
────さあ、どうするケヴィンくん?
────私は別にいいとして、マイヤちゃんに『ゴメンなさい』するなら今しかないよ?
尚もじ~っとケヴィンくんの目を見つめるも、こちらに返される睨みが緩むことはなかった。
それどころか、かなりの衝撃で私の両手が叩き落されたのだ。
「うるせぇ、クソチビ!!」
「!!」
『バチーーーーン!!』て、かなりいい音がした。
遅れてやってきた痺れと、その後のジンジンとした痛みに『思いっきりやってくれちゃってもう……』と呆れ返る。
だけどそれは私だけ。
すぐ側で見ていたケヴィンくんは目を見開いて驚いているし、マイヤちゃんは顔を青褪めさせて『ひく……』と、息を詰めたような声にならない悲鳴を上げていた。
「おれは絶対に謝らないからな!」
私の手を叩き落とし、サッと距離を取ったケヴィンくんが大声で怒鳴る。
「女の子に手を上げるなんて…………。なんてことをするんだ、ケヴィン!」
怒りに支配されたケヴィンくんを、ジェフリーくんが声を上げて咎めるも彼が収まる様子は一向にない。
「謝りなさい、ケヴィン!」
ジェフリーくんに続きマイヤちゃんも声を上げるも、逆にケヴィンくんの怒りの火に油を注いだだけだった。
「ちょっと年上だからって偉そうに言うなクソババア!! よそ者のドブスもさっさとこの町から出ていけ、バーカバーカ!!!」
「ケヴィン!!」
「待て、ケヴィン!!」
捕まえようとしたジェフリーくんの手を、体を捻ることでギリギリ回避し、そのまま悪態をつきながらケヴィンくんは走り去ってしまった。
「や~……想像以上の捻くれ者だわ……」
思わず、といった体でそう呟いていた。
今の私と変わらないくらいの男の子って、こんなにも口が悪くてナマイキだったっけ……?
普通だったら怒るか泣くかするところを、私が感心したように腕組みしながら頷くものだから、ジェフリーくんは私とどう接していいのか戸惑っているようだった。
とりあえず、非常に困った表情で『弟がゴメン……』と謝ってくれた。
いやいや、お兄さんのあなたは悪くないでしょうよ。
っていうか、見た目はそこそこ似てるのに、中身は全く似てない兄弟ですな。
「叩かれた手は大丈夫?」
「平気! 私もケヴィンくんのほっぺた『びろ~ん!』って引っ張ったし。叩かれたことは別に気にしてないよ?」
「本当にゴメンね。末っ子で甘やかされて育ってきたからか、気に入らないことがあるとすぐにああやって癇癪を起こすんだ」
……あれま。
典型的な我儘さんてやつかな。
「おまけに家が商会を営んでいて、両親も年の離れた兄さんと一緒に忙しくしている分、きちんと叱ってくれる大人が周りにいないことも影響しているみたいなんだ。僕がいくら言って聞かせても全然変わりやしない。ケヴィンの中では叱られないのが当たり前のことになってるから、ああやって注意をしても反発するだけでちっとも反省の色がないんだ」
「私も一緒に叱ったり注意したりするんだけど、それも気に入らないみたい。ただただ口うるさい女としか思われてないんだよね。私としては仲良くしたいんだけど全然ダメ。はぁ……嫌われたもんだわ…………」
「……だね。僕なんて家族なのにさぁ」
二人して落ち込んでしまった。
年下のケヴィンくんに嫌われているという事実が二人に重く伸し掛かってるみたい。
……だけど。
『嫌い』というのはちょっと違うと思うんだよね。
現にケヴィンくんは、二人に対して『嫌い』だなんて言葉は一言も言ってない。
それに、気づいてしまった。
ケヴィンくんが攻撃的になる理由。
一番最初に口撃されたのが私だったから気づいたのかもしれないけどね。
たぶん、ケヴィンくんが気に入らないのは『他の誰かにマイヤちゃんが絡む』こと。
……いや、違うな。
『他の誰か』じゃなくて『自分以外の誰か』に『マイヤちゃんが絡む』ことが嫌で嫌で仕方がないんだと思う。
だから最初、私とマイヤちゃんが手を繋いでいることに気づいて私を睨んできた。
その直後、私に攻撃的な言葉を浴びせて、それをマイヤちゃんに咎められた。
それがイコール『私のせいでマイヤちゃんに怒られた』という図式として成立したんだろう。
お兄さんであるジェフリーくんに反抗的なのは、おそらくだけど誰よりも一番マイヤちゃんの近くにいるのが彼だからだと思う。
マイヤちゃんの側に当たり前のようにいるジェフリーくんが気に入らなくて仕方がない、とまぁこんなところだな。
要するに。
ケヴィンくんはマイヤちゃんのことが好きなのだ。
そして本人の性格からして素直じゃないナマイキくんだから、ああやって好きな女の子に対して酷い口の利き方をしてしまう。
言われた側はその言葉を額面通りに受け取る。
結果、嫌な気持ちにさせる。
その繰り返し。
ケヴィンくん本人としてはマイヤちゃんの気を引きたいだけなんだろうけど、いい意味じゃなく悪い意味で気にかけられていることに気づけないようじゃいつまで経ってもマイヤちゃんと仲良くすることはできないと思うよ。
いつか本人がそのことに気づいてあの厄介な性格がまぁるくなればいいんだけれど。
それができなければ、歳を重ねるごとにどんどんどんどん本人の中の黒歴史を上塗りして更新し続けていくことになるんだろうなぁ。
ま、それは私が言うことじゃないから黙っとく。
ケヴィンくんだって、自分以外の第三者───それも今日初めて会ったばかりの余所者───から自分の気持ちを暴露されたくはないだろうし。
せいぜい頑張ってマイヤちゃんに振り向いてもらえるような人間になりなよってところかな。
ここまで嫌なことを言われても見捨てないで心配してくれているマイヤちゃんに対して、ほんの少しでも感謝の気持ちがあるのなら変われるはずだしね。
「あぁ……どうしよう。勝手にいじけてるだけだろうけど、やっぱり放っておけないよケヴィンのこと……」
そんな風に言えちゃうマイヤちゃんは、やっぱり面倒見のいいお姉ちゃんだと思う。
普通だったら放置してスルーだと思うからね。
あんなナマイキなガキんちょなんてさ。
その後。
ケヴィンくんが暴言を浴びせたことと手を叩いたことに対するお詫びとして、ジェフリーくんから桃のジュースをもらった。
マイヤちゃんも毎度のことで迷惑をかけたお詫びにと、同じく桃のジュースをもらっていた。
そこまで気を遣わせて申し訳ないなと思ったけれど、受け取らないことは逆にジェフリーくんを困らせるだけになってしまうのでありがたくいただくことにした。
新鮮な実を絞って作られた桃のジュースは濃厚な甘みでとってもおいしかった。
ちなみにお値段は10シェル───日本円にして100円相当という、かなりお値打ちなすばらしい逸品でした!
マイヤちゃんは書きやすいキャラなのでお気に入りです。
本文中では外見の描写はないですが、髪は茶髪のツインテ、薄茶色のツリ気味の目をイメージして書いています♪




