転生した世界はどうやら乙女ゲームの世界だったようです 4
~転生した世界はどうやら乙女ゲームの世界だったようです 4~
ロイアス兄さまはどうやらものすごい魔法の使い手らしいです。
そう思ったのは、まさに今、その素晴らしい魔法の力で私の後頭部のコブをキレイさっぱり治してくれたから。
「まほう……」
お決まりの目パカ口パカ状態で呆然と呟いた私の耳に届いたのは兄さまの苦笑。
────あ、兄さま笑ってる……?
笑わない子どもだと思っていたのに、苦笑は見せるのか兄さま。
あんまり年相応とは言えないけれど、それでも全く笑わないよりはいいかな、なんてことを思った。
「本当、レーンはさっきからすごい顔をするね」
「そうね。もうこれで何度目になるのかしら? またびっくりしたカエルさんのような顔になっているわよ、レーン?」
カエルはもういいですから!
わざわざ鏡を覗かせてまで確認させようとしなくていいんです、お母さま!
アホ面晒してるのは自分でもちゃんと自覚してるんで!
それくらい驚いてるというのに、私の顔にばかり注目するとかこれ如何に。
全くもって失礼な家族だな。
……ただしお父さまは除く、だってお留守だし。
そんなことを思いつつ、スッキリと痛みの消えた後頭部を撫でてみた。
当たり前だけどコブはない。
すごいなぁ、これが治癒魔法ってやつなのか。
確かにゲームでのフローレンも魔力は持っていたけど、実際に魔法を使っていたのは一部の攻略対象キャラとヒロインくらいだったからな。
ちなみにロイアス兄さまは使っていた方の括りに入りますよ、っと。
でも、ちょっと待って?
確かに魔法は使ってたけど、それは今使ってたのとはちょっと違う魔法だったような気がする……
うろ覚えだけど、兄さまに治癒魔法を使ってもらったヒロインが『暖かい光』だとかなんとか言うシーンがあったような……?
このあたりは後で時間をかけてじっくり思い出していくことにする。
いくらゲーム世界そのものと言っても、ここは現実。
完全に同じ世界なわけじゃないのだから、色々と照らし合わせていかなきゃいけない部分が多い。
現にさっき兄さまにかけてもらった治癒魔法は、温かいのはほんの一瞬だけですぐにひんやりと冷えていったからね。
頭のコブは冷やすのがいいから、その対処としての治癒魔法だったのかもしれないけど、そんなに応用が利くものだったかな~ってふと疑問に思ったわけなのですよ。
単なる思い込みかもしれないけど、治癒魔法っていうのは使う魔力量に応じて効力が上がっていくという、仕組みとしてはごくごくシンプルな部類じゃないかなって思うんだ。
この世界では治癒魔法の大半は光属性がベースのものが多いから、その魔力に触れて暖かいと感じるのが普通というか。
とにかく、そんなに単純なものでもないのかもしれない。
何せこの世界に関しては分かっているようで分からないことだらけだ。
前世での知識を整理しつつ、同時にこの世界のことをしっかりと勉強していく必要があるな、うん。
「レーン?」
「え……?」
「まだ痛む? もしかしてあまり効果がなかったとか? もう一度かけようか?」
「うぇっ!?」
またも深く考え込んでいたせいか、どうやら治癒魔法が効いてなかったと思われたようだ。
そんなことはありません!
しっかりバッチリ効果は出て、痛みも腫れもキレイさっぱりなくなっていますとも!
再び後頭部に手を伸ばされて、慌ててぶんぶんと首を振った。
「へいき!」
「本当に?」
「ほんとうにもうだいじょうぶ!」
疑いの眼差しが突き刺さって痛い!
でもホントに平気だし大丈夫なんだよ。
「あの、ロイにいさま。え、っと……あの……あ、あり、がと……」
────くっそ、噛んだ!
さすが意地っ張りがデフォルトのレーンだ、素直にお礼の言葉が出てこなくて噛む羽目になるとは。
メリダの時はするりと出てきたというのに、家族相手ではそうじゃないのか!
「!」
けれど、しくじったと思えたカミカミの『ありがとう』は、兄さまにとっては相当な衝撃があったようだ。
聞いた瞬間の兄さまときたら、今にも『信じられない』とでも言い出しそうな顔でじっと私を凝視していたのだから。
表情変化に乏しい兄さまがここまで分かりやすい顔を見せるなんて、相当じゃなかろうか。
もちろん原因は私です、テヘッ。
「……今の、お聞きになりましたか母上」
「ええ、この耳でしっかりと」
「レーンがお礼を言うなんて、明日の天気は大雨でしょうか」
「もしそうだとしたら、この国が更に水の恵みで潤うことになるだけだから、特に何も問題はなくてよ?」
「……資源的な問題はなくとも、僕個人の気分的な問題があります」
ホンット失礼だな、この親子は!
私が『ありがとう』と言っただけで次の日の天気が大雨になるのか!
っていうか既にメリダに対して何度かお礼を言った後だから!
その理屈で言えば、明日は大雨どころかそこら中の水辺が氾濫するレベルの暴風雨にでもなるでしょうよ!
それと……
────お母さま、絶対天然入ってるわ、コレ……
何を言われても笑顔で『うふふ』と交わして解決してそう。
最強だな、天然という武器は。
それよりも、聞き捨てならないのが兄さまのさっきの言葉だ。
あの反応と言葉から察するに、今までレーンが人に対してお礼を言ったことなど皆無だったと推測されるわけで。
哀しいかな、やっぱりレーンは当たり前のようにお礼を言えない子だったようです。
これからはちゃんと『ありがとう』と『ごめんなさい』が当たり前に言えるような子になろう。
なぜか家族に対しては特に素直になれないみたいだから、最初のうちはカミカミでも拙くてもきちんと自分の気持ちを伝える努力をしなければ。
────うん!
────頑張りますよ、新生フローレンは!
心の中でぐっと拳を握り締め、そう決意する。
幼い頃からの積み重ねは大事だからね。
これからの私を作っていくのはやっぱり自分の行いだ。
癇癪も我儘も駄々こねもみぃ~んな封印!
それでも今までのレーンらしさを失わない程度に、自分なりの素直でいい子を目指しますよ!
「レーン、痛みはもうないのね?」
「はい、おかあさま。もうへいきです」
痛みどころか腫れもなくなりましたからね!
兄さまの魔法はすごいです!
「それなら、サロンへと行きましょうか」
「サロン、ですか?」
「そうよ。メリダにお茶の用意をお願いしていたでしょう?」
「!」
そうでした!
確かにお母さまはメリダにそうお願いしていました!
「レーンの大好きなお菓子もお願いしていたものね?」
続けてそう言われて、首を大きくぶんぶんと縦に振りながら喜びを顕にする。
現世だけに限らず前世の頃からお菓子は大好きだ。
おまけに我が家の料理人が手掛けてくれるお菓子は本っ当に絶品なんです!
もちろん料理も超一級品なんだけど、そこはやっぱりお子サマ舌の私ですから、自然と甘いものに気持ちは向いてしまうわけですよ。
出してもらえるお菓子のどれもこれもがおいしくて、叶うことならお腹いっぱいになるまで食べたいくらい。
だけどごはんが食べられなくなってしまうから、そんなにたくさんは食べさせてもらえないのが現状。
悲しいけれど、小さな身体に多くは入らないのだから仕方がない。
そんな大好きなお菓子が待っていると知ったら俄然テンションは上がるわけで。
一刻も早くサロンに向かおうと、素早くお母さまの膝の上から飛び降りたところで兄さまからの『待った』がかかりました。
そのまま駆け出していこうとしたのが目に見えたのか、しっかりと腕を掴まれるという状態で。
「ダメだよ、レーン」
「ロイにいさま?」
「いくら頭の痛みがなくなったからといっても、いきなり走り出すようなことはしちゃいけない」
あぁ、またも眉間に皺が寄っている。
「そんなに慌てなくてもお菓子は逃げていかないし、準備してもらうのに時間がかかるから急いでサロンに向かう必要もないよ」
確かに兄さまの言う通りかもしれない。
急いで行ったところで準備が完了しているわけでもないし、待つことになるのはごく当たり前のことだ。
「今のレーンの状態だと、はしゃぎすぎて途中で転んでしまいそうだ」
「………………」
強ち間違ってないだけに何も言えぬ。
兄さまはレーンの性格やら行動パターンやらを細かくお見通しのようで。
「また転んで頭を打ったらどうするつもりかな、小さな怪獣さん?」
「う゛う゛ッ……!」
とうとう兄さまにも怪獣と言われてしまった。
こんなことを言うのはお母さまだけかと思っていたのに、そこはやっぱり似たもの親子。
しっかりと思考も似通っている模様。
こんなところで無駄な連携を発揮しなくてもいいというのに。
まぁ仲良しなのはとってもいいことだと思うけども。
「……あ」
ここでなんとなく、さっきから気になっていたことを訊いてみようと思った。
さっきから『怪獣』『怪獣』って言われて、ホントに怪獣がこの世界にいるのかなと現実逃避しながら考えてしまっていたことを確かめてみたかったのだ。
なにせこの世界は、剣と魔法が当たり前のように存在している世界。
しかもファンタジーな要素が盛りだくさんだ。
普通にゲーム内でだって『こんな設定いる?』って疑問に思うような要素まで盛りまくっていたくらいだからな。
もしかしたらホントに怪獣くらいは存在しているのかもしれない。
そんなことを思って素直にその疑問を兄さまにぶつけてみた。
「ロイにいさま」
「うん?」
「かいじゅうって、いるの?」
「いるよ」
「ほんとう?」
「うん、もちろん」
ここであまりにも不自然なくらいに兄さまが笑顔になった。
あの無表情がデフォルトの兄さまが、だ。
────……怪しい
まさか私を指差して『ここにいるだろう?』とか言う気じゃないだろうな?
いや、十分に有り得る。
今や胡散臭くさえ見える兄さまの笑顔に内心恐れを抱きつつも言葉の続きを待つ。
するとどういうわけか兄さまは、掴んでいた私の腕を離すと、扉とは逆側───つまりは部屋の奥の方へと歩いていった。
「?」
その行動を疑問に思いつつ見守っていると、兄さまが本棚の前で立ち止まったのが目に入った。
幼女の私でもちゃんと手が届く低い作りの本棚だ。
一体何をするのだろうかと続けて見守っていたら、兄さまは本棚から絵本を一冊抜き出すと、それを手にこちらへと戻ってきた。
「はい、レーン」
「?」
「怪獣が見たいんだろう?」
……まさか。
「ここに、いるよ?」
────二次元かよ!?
手渡された絵本の表紙には、緑色の大きな身体をした怪獣がどどんと描かれていた。
大きく口を開けたそこにはギザギザの歯が覗いている。
パッと見は怖くはなく、寧ろ可愛い。
デフォルメタッチで描かれているからか、メルヘンチックな怪獣さんだ。
絵本のタイトルは『食いしんぼ怪獣ドルンのワガママごはん』。
パラパラとページをめくると、出てくる出てくる暴れまくる可愛い怪獣の姿が。
要約すると、自分の好きなごはんしか食べたくなくて、我儘を言いまくっては暴れる怪獣の姿を描いたお話だ。
子どもの教育にはうってつけの、『好き嫌いはダメですよ~』的な優しい教本とも言えよう。
私も何度か読んだことがあったよ。
そして思い返して、改めて思う。
────まんま私じゃん……
あの食事の席での暴挙とか、これ以外の何と表現しろと?
────もう、何も言うまい……
遠い目をしつつパタンと絵本を閉じた私は、半分飛びかけた意識の中でこう思った。
怪獣は確かに実在していた。
私という名の、小さな我儘怪獣が、確かにこの世界の、オンディール公爵家という限られた空間内に存在していたのだ、と……─────