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『かわいい!』は時に人を狂わせ、る……?

いつも閲覧、ブクマ、評価とありがとうございます(о´∀`о)


お邸の中は本日も賑やかです♪




~『かわいい!』は時に人を狂わせ、る……?~




……結論から言おう。

お母さまの『プールを作る』発言はガチで100パー本気だった。

それも邸の敷地内に作るのだと力説されてしまった。


あの後、ガルドに連れられて部屋に戻った私を待っていたのは、専属侍女のメリダとエルナ───ではなく、ちょっと怖いくらいの笑顔のお母さまと苦笑しながらお母さまの側に控えていた侍女長のヴェーダだった。

そのまま私の着替えはヴェーダが行うこととなり、着替えさせてもらっている傍らで延々とプールの話を聞かされることになったのだ。


次々に言い放たれる『教えるのは(わたくし)が直々に行うわ』とか『泳ぎは得意だから安心してちょうだい』とか『可愛らしいデザインの水着がたくさんあるからどれをレーンに着せるか今から楽しみね』とかいった言葉の内容から、どう聞いてもこれは『お母さま、絶対に楽しんでるよ……』としか言いようがなかった。

しかもマシンガントークとでも言うべきか、こっちが口を挟めるスキが全くないときたもんだ。

相槌すら打たせてもらえないってどんだけよ?

それくらいお母さまのテンションはすごかった。

目的が『私に泳ぎを教える』ことじゃなくて『私に可愛い水着をたくさん着せる』ことに摩り替わってる気がしないでもない。

そう疑ってもおかしくないくらいにお母さまの口から出てくる言葉は『レーンに可愛い水着を』ばかりだったのだ。



────それにしても……



段々とこのドラグニア王国という世界が分からなくなってきたよ。



────この世界にも水着なんて存在してたんだ……



……でもさ。

普通に考えて水着なんて着ても大丈夫なのかねぇ?


ファンタジーっぽい世界ではあるけど、ベースでいうなら世界観は中世ヨーロッパとかそっちのが近い気がするんだよ。

そういう世界ってさ、上流階級の女の人はほんのちょっとでも足を見せたりするのは『はしたない』ってされる風潮じゃん?

ドレス姿でそれはNGだけど、水着なら別にオッケーとかそんな感じなの?

貴族のご令嬢でも子どものうちは膝丈ワンピースが許されているみたいに、ここまではオッケー、ここからはNGみたいな区分でもされているわけ??


全く以て分かりません!!!


お母さまのテンション増し増し発言には相槌すら打てないので、話を聞きながら時々頷きつつ頭の中ではそんなことを考えてた。

その間にもヴェーダがテキパキと私の着替えとその他諸々の準備を進めていく。

最後に髪の毛を纏めてもらって準備が完了したと同時に、お母さまが勿体つけるようにこう締め括った。


「レーンの5歳のお誕生日プレゼントに素晴らしいプールを贈るわね」

「ほわっ!?」

「だから楽しみにしててちょうだいね? うふふっ」


まるで歌うようにそう告げたお母さまを、私はただただ呆然と見つめることしかできなかった。



────それ、ここで暴露しちゃう……?



お誕生日プレゼントって普通は当日まで秘密にしてるものじゃないの?

本人が欲しいものをリクエストした場合はその限りじゃないと思うけど。



────しかも、私の誕生日って三ヶ月近く先の話……まずは兄さまのお誕生日からでしょうよ……



実は、楽しみは後に取っておきたいタイプの私。

お母さまから誕生日プレゼントをフライングでバラされてしまったことで、当日のワクワク感と期待感はものの見事に木っ端微塵にされてしまった。



────できればその話、誕生日当日に聞かせてほしかったよ~……



……あ。

でも、お母さまにこの話をされるよりも先にロイアス兄さまからもプールのことを聞いてたから、結局はどんな形であれフライングでバラされることに変わりはなかったのかもしれない。


それと、今更ながらに肝心なことに気がついたんだけど。

溺れ対策で泳ぎを習うのはいいとして、水着で泳ぐのはあんま意味がないんじゃないかってことに思い当たった。

だって今回私が溺れたのは、着ていた服のリボンとかが池の中の何かに引っ掛かって身動きが取れなくなってしまったからで。

何も引っ掛けるものがない水着で泳ぎの練習したって、そういう突発的なものに対処ができるかといえば微妙だ。

それに、いくら手足が短くて身体がちまかろうが、何となく前世の感覚が残っている分、水着で水の中に放り投げられたところで普通に泳げそうなんだよね、私。


それらから総合して出た答えは『服を着たままドボンした時の対処を教えてもらうことの方がよっぽど大事なんじゃね?』ってこと。

更に言うなら、最も身体の動きが制限されてしまうような豪華なドレス姿で、だ。

装飾たくさんのフルコーデな上に高めのヒール履いた状態で水の中に落ちたら完全にアウトじゃん。

そのピンチから脱却するための対処法を学ぶのが妥当だと思うんだけど。



────でも……今お母さまにこれを言ってもムダなんだろうな……



今のお母さまの頭の中は私に可愛い水着を着せることで占められている。

そんな状態で『水着は着ません』『服を着たままの状態で泳げるようにしたいです』とか言っちゃったらきっとお母さまは嘆く。

あの本気具合を見るに、それは間違いじゃないと言い切れる。



────ホラ、お母さまって、そういう人だから……さ…………



とりあえず、お母さまが満足するまで付き合って。

それから頃合を見て服を着たままドボンした時の対処法を教えてもらうことにしよう。

うん、それがいい。

鼻歌を歌ってご機嫌なお母さまの気持ちを落とすようなことはしちゃいけない。


……それに。

この世界のプールがどんな感じなのか。

当たり前のように普及しているらしい水着のことも、実はちょっぴり興味があったりするのだ。

一体どんなプールができあがって、どんなデザインの水着があるのやら。

そういったちょっとしたことを知りたがる私はやっぱり好奇心旺盛なお子ちゃまなのかもしれない。











◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






「ほわぁ~…………」


おいしかった!

白身魚のポワレ、最高でした!

ほっぺが落ちそうなくらいに絶品でした!


食事を終えて部屋に戻った今もまだ口の中が『おいしい』でいっぱい満たされてワタクシめはご機嫌です。


ゆるゆるに緩みきった顔で気の抜けた声を吐息とともに吐き出す私を見ているエルナの顔から苦笑が消えませんが私は気にしません。

おいしいものを『おいしい』と言って何が悪い。

悪くないでしょう!

『おいしい!』は正義だ!!


「今夜はしっかりと召し上がられましたね、お嬢様」

「とってもおいしかったもの」

「それは良いことでした」


あの日以来、好き嫌いをすることなくしっかりと食事を摂るようになった私の変化を一番喜んでくれているのはエルナだ。

それだけフローレン(わたし)の好き嫌いと偏食っぷりは凄まじかったと窺える。

あの頃は今の私の記憶がなかったとはいえ、随分と周りに手を焼かせていた事実に変わりはない。


今はもう好き嫌いはないから安心してね、エルナ。


……と、言いたいところだけれど。

好きなものばっかりに偏って食べてしまうクセはなかなかどうにもならないので、そのあたりは今までのように手綱を握っていてほしいと思う。


「ところでお嬢様」

「ん?」

「今日はお早めにお休みになるのだと伺っておりますが」

「……うん。色々あって、今日は早めに休むように言われてるの」

「それでは湯浴みも急ぎましょうか?」

「……そうだね。うん、じゃあお願い」

「はい。ただちに準備させていただきますね」


そう言ってエルナがテキパキと動いてくれたおかげで、いつもより30分ほど早く入浴が終わった。

髪の毛も風の生活魔法であっという間に乾いちゃった。

いや~便利便利。

しかも冷風じゃなくて温風なの。

これはメリダがやってくれたんだけど、どうやったら温風にできるのかは分からない。

気になるから今度聞いてみることにする。


そんなこんなであっという間に『あとは寝るだけ』状態ができあがった。

でもまだ寝るには早すぎる時間だ。

まだ8時にもなってないから。

感覚的にはとっくに9時は過ぎてると思ったんだけど、こっちの世界は前世と比べて時間の進みがやや遅い。

だからその分、体感的に時間の流れがゆっくりのんびりと感じられるのだ。


「もうお休みになられますか?」

「ううん。まだ寝ない。ノーヴァ公爵さまにお礼のお手紙を書いて、そのあとはいつものスケッチを少しだけする。寝るのはそれからかな」

「かしこまりました。では、あまり遅くならないようにしてくださいね?」

「うん」


メリダの言葉に素直に頷いて、それからトコトコと机へと向かう。

椅子に座って引き出しからレターセットを取り出し、さっそく手紙を書き始めることにする。

前にも一度、飴のお礼としてノーヴァ公爵さまに手紙を書いたことがあったけど、その時はお母さまが書いたお礼の手紙と一緒に届けてもらう形でメッセージカードにお礼を綴ったんだよね。

でも今回のお礼は違う。

だから便せん選びからしっかりとやりたい。


色は?

柄は?


そんなちょっとしたことにも気合いが入る。


少し考えた末に手に取ったのは今の季節にピッタリの淡い薄緑色に淡い桃色の小花を散らした柄のもの。

何となくだけど、回復魔法をかけてもらっていた時に触れたノーヴァ公爵さまの魔力の温かさを思い出したと同時に『これがいい』って感じたんだよね。


うん、これにしよ。


そこからは早かった。

お礼以外にも書くことが多かったからか、サラサラと筆が進んだのだ。


助けてもらったお礼から始まり、妖精のこと、魔力のこと、回復魔法をかけてもらったこと、それから……特殊な術式の魔法を教えてもらったこと。

これだけであっという間に便せん二枚が埋まってしまった。

最後に、ノーヴァ公爵さまの(ドラゴン)に会えなかったことが残念だったということをこれでもかというほどに綴った。


この間がそうだったから、今日もまたノーヴァ公爵さまは(ドラゴン)で来たものだとばかり思ってたんだよね、私。

でも今日は前回とは違って急ぎの案件ではなかったらしくて、王城からは馬車に乗ってきたのだと聞いた。

思わず崩れ落ちて膝をつきそうになるくらいにはショックだった。



────うぅ~……ノーヴァ公爵さまの(ドラゴン)に会いたかった……

────赤い瞳の黒い(ドラゴン)だなんてすばらしく神々しいに違いない!

────間近で見たかったよぅ……



そんな『会いたい』気持ちを抱きながら書いていたからなのか。

こちらは更に筆が進んで、(ドラゴン)のことだけで便せん二枚分になった。

書いた手紙の実に半分。


しかし……



────子どもが書くには結構なボリュームになったな……



でもしょうがない。

お礼だけでも伝えたい気持ちがいっぱいだったんだもん。


あとは……そうだ。


「一言だけでいいから……」


リリちゃんにも伝えたいことがあるんだ。

私とは全く違う状態だけれど、同じ『魔力に悩まされている』身として伝えたいことが。


再び引き出しを開けて取り出すのは色とりどりのメッセージカードだ。

迷わず手に取ったのは淡い桜色のカード。

右下に刻印風のクローバーのイラストが描かれている。

クローバーの周りには金色の縁取りが施されてあって、ほんのわずかにでこぼことした手触りがなんとも不思議な感触でとても触り心地がいい。

見た目もちょっとした立体感があって、全体的に品のいいデザインのものだ。


書き損じないように慎重にペンを走らせながら一言メッセージを綴る。

あいさつ言葉は申し訳ないけど省略した。

書くとごちゃごちゃしてバランス的に見栄えが悪くなるから。

だから、冒頭に『リリーメイさまへ』と書いたあとは本文であるメッセージ、最後は私の名前で締め括る。

シンプルだけどなかなかにできのいいメッセージカードになったんじゃなかろうかと思う。

……自画自賛がすぎるかもしれないけれど。


書き終えたところで少し時間を置いてインクを乾かす。

その間に封筒を取り出して、宛名を記入する作業へと移った。

時間は有効活用しないとね。

手紙にふーっと息を吹きかけながら、封筒へ丁寧に宛名を書くというあべこべな行動を繰り返す私を見かねたのであろうメリダが、風の生活魔法を行使してサッと手紙のインクを乾かしてくれた。


「!」


驚きを隠せずにメリダを見上げると、控えめにくすくすと笑いながら『便利でございましょう?』と問いかけてくる。

それにコクコクと何度も頷くと、今度は宛名を書き終わった封筒のインクも乾かしてくれた。


「だいぶ時間の短縮ができましたでしょう?」


柔らかい笑みとともに再びそう問われ、これにもまたコクコクと何度も頷くことで同意を示す。


「生活魔法って、こんなにも便利だったんだ……」

「ええ。生活魔法とは、日々の生活の中で『こういうことができたらいいのに』というちょっとした願いを手助けするためにあるようなものですから」

「さっきメリダが髪を乾かしてくれたのもそうだよね?」

「はい。それも『手早く髪の毛を乾かすことができたらいいのに』という願いからできた活用法ですわ」

「すごいね。『できたらいいな』から生まれるなんて、まるで夢のよう」

「そうでございますね。ただ……何でもできるのかと問われたら、それは『否』ですけれど。あくまでも生活魔法は生活を便利にするための『手伝い』として在る魔法(もの)ですから」

「……うん」


便利は便利でも万能ではない、ということだね。


「頼りきりになっちゃったら、自分の手で何もできなくなっちゃうもんね」

「そういうことです」


神妙にそう口にした私を見たことでメリダがにこやかな顔で頷く。


「決してそれをお忘れになってはいけませんよ?」

「うん」

「では、すぐにでも手紙をお届けできるよう封をしてしまいましょうか」


そう促されて、手紙とメッセージカードをそれぞれの封筒に入れる。


「ん~……」

「どうされました?」

「カードの封筒なんだけど、お手紙と一緒に入れても大丈夫かな? 前にお母さまのお手紙と一緒にメッセージカードを届けてもらったことがあるんだけど、その時はどんな感じだったのか分からなくて……」

「一緒に同封しても問題はないかと思いますが、今回は同封は避けられたほうがよろしいかと思います。お嬢様がお書きになられた手紙は便せん4枚分。そこに別で封をしたメッセージカードを同封するとなると膨らんで見栄えが悪くなってしまいますので」

「……そっか」

「ですから、こういたしましょう」


そう言ってメリダがお仕着せのポケットから取り出したのは何かのケース。

目の前に差し出されて覗き込むと、ケースの中には複数のクリップが入れられていた。

それもシンプルなデザインながら、どこか高価さを感じさせる金のクリップだ。


「手紙とカードをこのクリップで留めて一緒に届けてもらうよう手配しましょう。決してこのクリップを外すことのないようにしっかりと念押しをして」


メリダからの提案に私は一も二もなく頷いた。

それぞれに宛名を書いているから届け先が一緒なのは明らかだし、万が一クリップが外れてしまったとしてもどちらかが届かないということもない。


「では、手紙とカードに封をいたしますね」

「うん」


それぞれの封筒を手渡すと、メリダが手早く印璽を押してくれた。

実は私、個人の印璽を持っているのだ。

生まれた時に作ってくれたものらしい。

大きいサイズと小さいサイズが一つずつあって、どちらも蘭の花の花弁をモチーフにした私だけの印。

古びた紋章のようにも見えるデザインがどこか小洒落た感じを醸し出していて、私にはちょっぴりもったいないような気がする大人びた印なのだ。


ある程度の時間を置いて乾かさなければいけない封蝋も、メリダの風の生活魔法にかかれば一瞬だ。

あっという間に、手紙は『いつでも出してOK!』な状態になった。


「それでは、明日の早い時間にお届けするよう手配しておきますね」

「うん。お願いね、メリダ?」

「お任せを」


手紙とメッセージカードを預けると、すぐさまメリダは一礼し部屋を出て行った。

入れ違いでエルナが入ってくる。


「お嬢様。おやすみ前のスケッチはいかがなさいますか?」

「する」


ちょっとだけ描いて今日はもう休もうと思う。

手紙に全力投球したからか、いつもよりちょっとだけ疲れた。

それ以外にも今日はいろいろあったしな。


「ではあまり遅くならないようお気をつけください。お眠りになる前に、灯りを消すことも忘れないようお願いしますね?」

「うん」


手渡されたスケッチブックと鉛筆を受け取りベッドへと向かう。

柔らかなそこへと乗り上げ、いくつかの枕に凭れかかるようにして楽な姿勢を取りながら日課のスケッチを始めるとエルナが下半身部分に掛布をかけてくれた。

これはいつもの流れ。


「何かございましたらお呼びくださいね」

「うん」

「ではおやすみなさいませ、フローレンお嬢様」

「おやすみなさい、エルナ」


いつものように挨拶を済ませてエルナが部屋を出て行ってから、スケッチブックに走らせる鉛筆のスピードを上げる。

今日は疲れたから一枚だけ描いて終わりにしよう。


サラサラと軽いタッチで鉛筆を走らせて書き終えたのはアヤメの花。

前世で好きだった花の一つ。

正確には、前世でのオタ友が好きだった花だ。


彼女は今どうしているだろうか。

相変わらずの社畜生活で忙しい日々を送っているのだろうか。

忙しい中で時間を作って、精力的にオタ活動に励んでいるのだろうか。


『恋メモ』ではレオニール激推しの一択で。

イベント会場で完成度の高いレオニールコスを披露して『恋メモ』ファンの視線のほとんどを一瞬のうちにかっさらっていったレイヤーでもある彼女。

前世の私よりちょっとだけ年上で、とっても頼れるお姉さんでもあったんだよね。

いろいろと面倒を見てもらっていた私は、そんな彼女に思いっきり甘えてた。



────名前は……何て言ったっけ……?

────……思い出せないや



あの子とアイツに続いて、彼女の名前までも思い出せないなんてどういうことなんだろうか。

顔や姿かたちはしっかりと覚えていて思い出せるのに、名前だけがどうしても分からない。



────そういえば……あの子はチューリップが好きだったな……

────春を代表する、赤いチューリップが……



明日はあの子が好きだったチューリップを描こう。

そう思ったのと同時に、一気に眠気が押し寄せてうつらうつらしてきた。

日課のスケッチはおしまい。

そろそろ寝よう。


スケッチブックと鉛筆をサイドテーブルの上に置いて大きなあくびを一つ。


「あ……」


忘れるところだった。

寝る前に回復魔法をかけるように言われていたんだ。


「え~……っと…………」


眠気に襲われながら、覚えた特殊な術式を頭の中で思い返す。

あまりにも特殊すぎたから、難しかったとはいえしっかりと覚えた不思議な術式。

頭に浮かんだそれをゆっくりと……でも、しっかりハッキリと言葉として声に乗せる。


咒文(スペル)……回帰恢復(ターン・リヴァイヴ)……”


瞬間、複雑な術式が発動し、私の全身を覆い尽くすかのような法術陣が展開された。

前に見た、兄さまの魔法による古代言語で描かれた法術陣とは全く違う、本当にこんなものが存在しているのかと疑いたくなるような不思議な陣が私を取り囲んでいる。


キラキラ……チカチカ……


目に優しいのか優しくないのか、どっちともつかない光を放ち続ける法術陣に意識があっという間に飲み込まれていく。



────あ……灯り、ちゃんと消したっけ……?



それを確認する余地もなく、私の意識は一瞬のうちに深い眠りの淵へと叩き落とされたのだった……─────








◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





その日の朝の目覚めは最高だった。

外が明るくなってきたと同時に目が覚めた私は、いつものように温もりを手放せずにベッドの中でぬくぬくとお布団に包まるでもなく『シャキン!』と効果音がついてきそうな勢いで起きた。

これが普段通りだったら『メリダに起こされる』『無反応』『再度起こされる』『唸って布団に包まる』そこから『数分うだうだもごもご……』というのを経ての起床なんだけれど、最初の『メリダに起こされる』という手順なしで自分から起きたという事実にちょっとだけ驚いている。


おまけに身体の調子もすこぶるいい。

しゃっきりと目が覚めているおかげか、寝起きのあくび一つ出ないのだ。

それから全体的に身体が軽い気がする。

昨日の池ボチャで溺れた影響が多少は残っているかも……なんて心配はするだけムダだった。


影響ゼロ!

寧ろ昨日の朝よりもピンピンしてる!


ノーヴァ公爵さまが言っていた『あらゆる不調を治す』という言葉は真実だった。

何この素晴らしい効果。


こんなにも素敵な魔法を教えてくださって、本当にありがとうございます。

昨日書いた手紙の感謝の言葉だけじゃ全然足りないくらい、申し分のない恩恵をいただいた気分です。


できれば書いた手紙を書き直したいところだけど、昨日の夜の時点で届けるための手配は済ませてあるだろうから書き直すのは無理だな。

重ねてのお礼はまた次の機会に取っておこう。

うん、そうしよう。


そう結論づけて、寝る前にサイドテーブルに置いたままだったスケッチブックと鉛筆を片付けることにする。

それらを抱えて『さあ収納棚へレッツゴー!』と足を踏み出したところで規則正しいノック音が。


「?」



────こんな朝から誰だ?



……と思ったのも束の間。

こちらの返事を待つことなく扉が開かれた。


「おはようございます、フローレンお嬢様」

「……あ。おはよう、メリダ……」


毎朝私を起こす役目を担っているメリダでした。

既に起きて活動している上に、いつもだったらまず返らないであろう私からの挨拶が返ったことで、珍しく呆然と目を見開いたまま驚いている。


……うん、ゴメン。

驚かせたよね。

いつもならグースカピースカ寝てるはずの時間だもんね。

起きて部屋の中うろついてるとか思わないもんね。


「はっ!? 大変失礼いたしました。お目覚めになられていたのですね、お嬢様」

「うん。今日はすっごく身体の調子がいいみたい」

「それはようございました。普段よりもずっと顔色も良く見えますわ。そのご様子では起き抜けの身体の怠さはなさそうですね」

「うん! 怠いどころかスッキリして軽く感じるよ! 朝ごはんもいっぱい食べられそう」

「はい。健康的で何よりでございます。では朝のお支度を始めましょうね」

「うん、お願い」


……っと、その前に。


「これだけ片付けてくるね?」

「まあ、お嬢様。お嬢様自らそのようなことをなさらずとも、わたくしどもが片付けておきますのに」

「いいの。人任せにしてばっかりじゃなくて自分のことは自分でやらなくちゃ。たまには……ね?」


言いたいことは分かるんだ。

貴族の娘である私がしなくても、これは仕える使用人の仕事であることは分かってる。


……でも、だからこそ、なんだ。


そうやって私の生活が成り立っていることを()()()()()()()として享受してはいけない。

感謝の気持ちを口にする代わりに、してもらっていることを自分でも実行することでそのありがたみを改めて己の身に刻んでいる。

ただ、それだけ。


この小さな積み重ねが、身近にいる人たち一人一人を大切に思っているという私なりの証明のしかたなのだ。

それから。

当たり前を当たり前だと思ってはいけないよ、という戒めでもあるんだ。


「まあ。ありがとうございます、お嬢様。それでは、お嬢様に一つお仕事をしていただいたお礼に、今日のお着替えはお嬢様のご希望に沿ったものにいたしましょう」

「いいのっ!?」

「ええ。あまり公爵家のお嬢様らしくないようなものは避けていただきますけれど……」

「あのね、あのねっ! 動きやすいのがいいな! あとはね? お絵描きする時に汚れても大丈夫なように、メリダたちがしてるようなエプロンもしたい」

「エプロン……でございますか?」

「うん! 今まで絵の具とかクレヨンでたくさんお洋服汚してきちゃったでしょ? だから、そうならないようにエプロンをしたいなって」


あとはアームカバーがあればカンペキなんだけど……さすがにそれはないだろうな。


「かしこまりました、お嬢様。ではまずは動きやすいワンピースにお着替えいたしましょう。エプロンにつきましては、一度預からせてくださいませ」

「? ダメ?」

「いえ。お嬢様がエプロンを着用したいという件に関しましてはおそらく大丈夫でございましょう。問題があるとしたら、お嬢様が身につけられるサイズのものがあるかどうか、ですね」

「あ~……」


確かに。

幼女サイズのエプロンがあるかどうかは微妙なところだ。


「そのあたりはお任せくださいませ。ないならないで作ってしまえばいいのですから」

「!」


おぉ!

作るとな!?



────うちの使用人ズの皆さん、どれだけ有能なのよ!



でも遅かれ早かれエプロンは欲しかったから作ってもらえるなら万々歳だ。


「髪の毛はいかがなさいますか?」

「あのね、一つにキュッて纏めてほしいの。ちょっと上のほうで……こう! こんな感じ」


自分の手で髪の毛を一つにして、ポニーテールになるようにしてみせるとメリダが一つ頷いた。


「かしこまりました。では一つに結わいましょうね。ではお着替えから始めましょう」

「うん!」


そうしてテキパキと準備に取り掛かるメリダ。

その間に私は部屋に備え付けの洗面所へと移動し顔を洗う。

ついでに軽く歯磨きもしておいた。


スッキリしてますます気分爽快になったところで部屋に戻ると、メリダが二着のワンピースを用意してくれていた。

どちらも春らしい色合いで、一つは淡いパステルピンクのヒラヒラふわふわしたお姫さまチックなドレスワンピース。

もう一つは淡い黄緑色で、スカート部分がチューリップを逆さまにしたような形のふんわりとしたデザインの膝下丈ワンピースだ。


「どちらをお召しになりますか?」

「こっち!」


迷わず指差したのは黄緑色のワンピース。

動きやすさで言えばある程度足が出ているほうがいいからだ。

デザインだってかわいさ全開のヒラふわよりもふんわりのほうが好みだ。


「かしこまりました。ではこちらにいたしましょうね」


そう言ってメリダがサッとワンピースを着付けてくれて、あっという間にお着替えはおしまい。


「次は髪の毛を結わえますね」


手早く、でも殊更丁寧に髪を梳きながら私の希望通りの髪型に仕上げてくれるメリダの手はまるで魔法の手みたいだ。

メリダの手が触れる度に私の髪の毛がサラサラのツヤツヤになっていくのが目に見えて分かるんだもん。


これまたあっという間に希望のポニーテールが完成した。

最後にワンピースの色に合わせた緑色のリボンで飾って朝の支度は終了だ。


「こんな感じですがいかがでございましょう?」

「とってもステキ! ありがとう、メリダ」


姿見の前に立たされ、その場でくるっと一回転。

私の動きに合わせてふんわりと柔らかく膨らむスカートと揺れるリボンを見て思わず満面の笑みが零れた。

自分で言うのも何だけど、ビックリするくらいにかわいいじゃん、私!


ただ……一つ欲を言わせてもらえば、リボンよりもシュシュのほうが私の好みなんだよね。

だけどたぶんこの世界には、アームカバーと同様に髪を飾るシュシュも存在していないのだろう。


……よし。

ないなら作ろう。

っていうか、作ってもらおう。


シュシュもアームカバーも『こうこう、こういうものだよ~』って絵に描いて説明してオシャレかわいいものを作ってもらえるようお願いしてみよう。


うん、それがいい。


先の楽しみが一つできたところで、メリダに連れられ食堂へと向かった私は終始ニコニコしっぱなしの状態でご機嫌な朝食時間を堪能した。


今日の朝ごはんも絶品でした。

いつもいつもおいしい食事をありがとうございます。


朝食の後はいつものように過ごすべく部屋に戻る。

今日は何から始めようかと思案していたところ、エプロンのことを聞きつけたらしいお母さまから突撃を受けた。


「聞いたわ、レーン。可愛らしいエプロンを着けたいんですって?」


……あれ?

かわいらしいとかいう希望なんて出したっけ?


お絵描き時の汚れ防止のつもりだったんだけど、一体どこで『かわいらしい』が混じったんだ?


「レーンの希望ですもの。とびっきり可愛らしいデザインのエプロンを作りましょうね! ええ、ええ。母さまに任せてちょうだい。レーンをとびっきり可愛くしてあげるわ」


そう言ってニコニコ笑顔で私に『着けさせたい』エプロンのデザインを始めるお母さま。

うわぁ~……昨日に引き続き、またもやテンション増し増しの模様。

この調子のお母さまは何をどう言っても止まらない。

気の済むまでやってもらいやり過ごすしかないのだ。


そうこうしている間に、またしてもどこからか話を聞きつけてきたのか、使用人ズの女性陣が次から次へと私の部屋にやってきてはエプロンのデザインに参加し始めた。

その中には、今この場にいていいはずのない顔ぶれも含まれていて……


「ちょ……リーシェとマリエラまで何やってるの!? 兄さまは!? 兄さまの側についてなくて大丈夫なの!?」

「大丈夫です、フローレンお嬢様! ロイアス坊ちゃまからはちゃんと許可を得ております!」

「寧ろ、フローレンお嬢様を可愛くするための集まりだということで、快く送り出してくださいましたから!」



────兄さま~~~~~~~~~~~~!!!!



何やってんの、皆して!?

仕事は!?

邸が回んなくなっちゃうよ!?


唖然とするしかない私に、にっこり笑ったお母さまが一言。


「レーン。今の皆の仕事は『レーンのためにどれだけ可愛らしいエプロンをデザインして作るか』が全てなのよ」

「お任せください!」

「可愛らしいフローレンお嬢様を更に可愛くするために命を懸けておりますから!」

「あぁぁぁ!! 滾る!! 次から次へとお嬢様に着けていただきたいエプロンのデザインが湧いてきますわ!!」

「頼もしいわね、皆さん。レーンのために、どんどんデザインを出していってちょうだいね?」



「「「「「「「「「「もちろんでございます、奥様!!」」」」」」」」」」



ハモってるし。

息ピッタリだし。

何なの、皆のこの気合いの入りようは。

すごいを通り越してちょっと怖いくらいだよ。


どうせ皆さんかわいいエプロンのデザインのことで盛り上がっていらっしゃいますし?

おそらくワタクシめがここにいるということもそろそろ忘れていそうな感じがしておりますので?

言い出しっぺの当事者ではありますが、ドロンと消えちゃっても全く問題なんてないのでは?


……という考えにふと辿り着き。


『うん、別に本人いなくてもよくね?』


などと勝手に自己完結した私は、この輪の中からさっさと抜け出ることを試みた。

……のだけれど。


「うふふっ。どこに行こうとしているのかしら、レーン?」


……なんていう歌うような調子の言葉を口にしたお母さまに捕まった。


「レーンには一番重要なお仕事があるでしょう?」

「え゛……? な、何でしょう……?」

「エプロンを仕立てるために必要な採寸よ!!」


お母さまがそう言うなり、二人のお針子メイドが私の両脇を固めた。


「さあ、フローレンお嬢様。これからしっかりと採寸させていただきますので、できるだけ動かないようじっとしていてくださいませ」

「ついでにお部屋着用のドレスやワンピースを縫製するための採寸もいたしましょう」

「あ……うぅ…………」


こうなったらもう逃げられない。

お針子メイドさんズが言うように、おとなしくじっとしているしかないのだ。


そんなこんなでデザインだ、採寸だ、と大盛り上がりしながらまるまる潰れた午前の時間。

漸く皆から開放されそうだなと思った頃にはもうお昼ごはんの時間が迫っていた。


そして。

満場一致で『これがいい』と見せられたエプロンのデザイン画を手に、私は全身をプルプル震わせながら断固抗議の声を上げた。


「無理!!!」


こんな……こんな…………


「ピンクのフリフリなんて絶対無理!! 私がピンクとか……殺される…………!!!」


プルプル震えながら涙目で訴えたものの、当然ながらそれを真剣に受け取ってくれる人はこの場には誰もいなかった。


「まぁ! 殺されるだなんて物騒よ、レーン? 一体誰にそんなことをされるというの?」



────……『羞恥心』にだよ!!!!!



こちとら成人まで生きた記憶がある。

いくら今が幼女であろうと、前世の感覚ではピンクのフリフリなんぞ精神的に無理がありすぎて当然なのだ。

朝のお着替えでヒラヒラふわふわのピンクのワンピースドレスを選ばなかった時点で察してほしい。


とにかく『ピンクだけは絶対に嫌だ!』と地団駄を踏みながら駄々をこね、何とか色は白にすることに成功したものの。

フリフリと後ろの大きなリボンだけはどう足掻いても回避できなかった。



────甘カワなんて、私には、イラナイよ……






その後。


『ピンクは嫌だ!』攻防で消耗しきった私に更に追い打ちをかけるように、お母さまからとあることを言い渡された。


「そうそう、レーン。言い忘れていたことがあるのだけれど」

「……何でしょうか、お母さま?」

「昨日のこともあるから、今日は魔法の練習は一切しちゃダメよ?」

「え゛…………」

「うふふっ。ダ・メ・よ?」


そのあまりにも無慈悲な『魔法禁止令』に、今度こそ私が膝から崩れ落ちたのは言うまでもなかった……─────












フローレン本人は前世からの先入観と思い込みのせいで使用人ズの皆さんから「最低評価の超ワガママお嬢様と思われている」と思っていたのですが、実際はママン筆頭&女性陣を中心にオンディール公爵家のアイドル的な存在として皆から愛でられております♪

今回のように地団駄踏んで駄々をこねようと、癇癪を起こそうと、それは年齢ゆえの自然な姿として普通に当たり前のこととして受け入れられています。

知らぬは本人ばかりなり、なのです(●´艸`)



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