えっ? ここで絵本の話です?
いつも閲覧、ブクマ、評価とありがとうございます(*・ω・)*_ _))ペコリン
(のんびり不定期更新ではありますが)スピンオフ連載や小噺集も合わせてよろしくお願いします♪
大人たちの脱線話が尚も続く中、ワタクシめは今、カイエンが新たに淹れ直してくれたお茶を飲みつつ、お茶請けの焼き菓子をちまちま摘み、時折サッシーにお花の砂糖漬けを食べさせながら『ぼぉ~……』とした表情で二人の会話を右から左へと聞き流しております。
……とりあえず。
そこな御二方、本来の目的であるお仕事の打ち合わせはしなくてもいいんですかねぇ…………?
~えっ? ここで絵本の話です?~
ちらりと時計を見たらもうすぐ17時になろうとしていた。
大人二人の脱線話は未だ続いている。
お茶を飲み終え、今度はちらりとカイエンを見遣る。
苦笑された。
────私、そろそろ退散すべきじゃないのかなぁ……
お仕事の打ち合わせするなら邪魔になるだろうし、仮に『いてもいいよ』って言われたとしてもやることがないから、お茶とお菓子をお腹に入れ続けることになりそう。
そうなったら今度はお夕飯が入らなくなる。
食事量が減ったら減ったで、待っているのはエルナからのお説教だ。
できることなら食べもの関連のことで叱られたくはない。
食のお仕事に関わる全ての人たちに対して申し訳ないもん。
ちらちらとカイエンを見遣りながら、それとな~くさり気な~くヘルプを入れてくれないかなぁ~……なんて思っていたら、やはり苦笑しながらカイエンが頷く。
────よっしゃ、通じた!
思わず『にっこぉ~』と笑ったところを見られて更に苦笑される。
ゴメンなさい。
顔に出すぎですね、私。
イカンイカン……と、一人脳内反省会を開始したところでカイエンがお父さまたちの会話に割って入った。
「ご歓談中のところ大変申し訳ありませんが、打ち合わせの方はよろしいのですか? フローレンお嬢様のご都合もありましょうし、このお話が長引くようでありましたら打ち合わせはまた後日に……という風になってしまいますが……」
控えめに、でも遠回しに『さっさと仕事しろや』という圧力をかけたカイエンに対し、お父さまもノーヴァ公爵さまも揃って会話をピタリと止め、二人ほぼ同時に反省するような言葉を口にした。
「そうだった! また脱線してしまっていたよ……」
「こちらこそ失礼した。訪ねておきながらその目的を忘れるとは……」
まぁ我に返ってくれて本題に入ってくれたらそれでオールオッケーなんじゃないですかね?
そんでもって、お仕事の話が始まるのならワタクシめは退散いたしますよ、っと。
「この話はレーンも交えないと進められないからね」
「? どうしてです? お父さまたちのお仕事に私は全く関係ないですよね?」
「それが全くの無関係ではないんだよ、レーン。ほら、例の自動的に読み上げてくれる絵本。今日の打ち合わせはその絵本に関することなんだよ」
「発案者の意見や承諾なく勝手に話を進めるわけにはいかないからな」
「え~っと……」
────発案者じゃないんですがね……
────あくまでも前世知識で『こんなんあったらいいのになぁ~』っていう軽~い気持ちから魔法かけちゃっただけなんだけどな……
でも私がいなきゃ話が進まないというのなら、この打ち合わせには参加しないとダメなんだろうな。
とりあえず余計なことは言わずに、大人の方の意見で『いい』と思える方向性で進めていってほしいもんです。
「絵本の制作に関しては、特に問題なく順調に計画が進んでいるのだけれどね? 要となる『読み上げ』に関する部分をどうしていくかの案を今詰めていってるところなんだよ」
「最初は『読めるのならば誰でもいいのでは?』という意見だったのだが、さすがにただ読めるだけという条件ではいいものは作れまいという意見も出てな」
まぁ、確かに。
いくら読めるからといっても、抑揚のない淡々とした読み進め方をされたんじゃ絵本の世界を楽しめないもんね。
最低でも、前世での幼稚園や保育園の先生がやっていた読み聞かせのレベルくらいの演技力は欲しいところだ。
もっと欲を出せば紙芝居レベルの演技力があってほしい。
同じ声でも、登場人物の演じ分けとナレーション部分でメリハリをつけてくれたほうが物語の中にどっぷりと入り込めると思うんだよね。
対象は小さな子どもなわけだし。
うんうん……と頷き納得していると、原案としてこういう意見があったとノーヴァ公爵さまが言った。
「実現できるかどうかは別として、舞台俳優にやってもらうのはどうかという案がある」
「……それはまた大胆な意見だね。名のある役者さんなら知名度だけで絵本が大きな話題になりそうだよ」
「確かにそうだが、やはり知名度があるだけに絵本の制作にかかる費用が跳ね上がるだろうという問題点の指摘も同時に出ている」
ふむふむ。
メリットとデメリットが一度に出たわけだ。
確かに名の売れた役者さんにやってもらうとしたら、その分の報酬でかなりの額を約束しないと引き受けてくれそうにないもんね。
それも『わざわざ子どもの絵本のために?』って考える人もいそうな気がする。
貴族を中心とした富裕層の大人たちを対象にしたお芝居に携わっている役者さんなら尚更だ。
己の仕事に誇りを持っているだろうし、快く引き受けてくれる人はなかなかいないのではないだろうか。
「自動で読み上げる絵本の宣伝としてはかなり効果的になるのではないかと言っていたが、その分の先行投資もまたかなり大きくなると言っていた。確かにその通りなのだが、なかなかに堂々と大胆な案を出してくれたとも思うと感心したな」
「ちなみに誰の案だい?」
「舞台俳優にやらせると効果的ではないかと言ったのはリリーメイだ。それについての先行投資に関してマイナス面があると懸念したのはルーファスだな」
「さすがと言うべきか。まだ幼いというのに君のところの子どもたちも恐ろしく優秀だね。またすごいところに目を付けたものだよ……」
────……確かに子どもの着眼点としては鋭すぎるかも……
────方向性というか、考えかたそのものが大人寄り……
────特にルーファスが指摘した部分は経営側とか企画側のそれだ……
────もしかして、私と同じ転生者、とか……?
可能性はなくはないかもしれない。
でも、そうとも言い切れない。
この世界の優秀の基準はイマイチよく分からないけど、ロイアス兄さまだってかなり大人寄りな考えかたをするし。
でも兄さまは確実に転生者ではないと言い切れる。
もし転生者だったなら間違いなくミックやミッちゃん、サッシーに対する突っ込みが入ってるハズ。
某有名RPGのモンスターを参考にしてるんだから、詳しくは知らなくても見覚えくらいあってもおかしくはないだろう、というのがその根拠だ。
……とりあえず、ルーファス転生者説は置いとこう。
まだ会ったこともない相手のことをあれこれ考えてもしょうがないから。
「……読み手に舞台俳優を起用するという点は『できなくはないがその分絵本の販売価格帯が上がる』というマイナス面がある」
「反面、宣伝効果は高いというのがプラス面か……」
高くなると一般層と言われる平民階級の子どもたちの手に渡らない可能性が非常に高い。
逆に価格帯が低くなると貴族階級は見向きもしないに違いない。
私としては、できるだけ多くの子どもたちの手に渡ってほしいと思っている。
自動的に読み上げてくれる絵本に興味を持ってもらうことで、音という媒介でまずは耳で言語に触れてもらうことが目的だからだ。
そして、耳から目へ……という感じで、音で聞くことから自分の目で見ること───読むことを覚え、そして書く方向へとシフトしていけば、文字の読み書きの勉強へと自然と繋がっていくんじゃないかって。
教育の大切さは前世で身に沁みるくらいに知ったから、この世界でも同じように、いや、それ以上に大事なことだと思っている。
この世界は前世と違って身分という明確な階級がハッキリしている。
当然、階級による教育格差はかなり大きい。
受けられる教育の質の違いで、将来の夢が摘み取られてしまうなんて悲しすぎる。
自動読み上げの絵本は、教育のための足掛かりに過ぎないのだ。
本命は、兄さまも言っていた外国語教本の自動読み上げにこそある。
今まで以上に手軽な手段で且つ分かりやすいとなれば、勉強に対して意欲的になる人は多くなるんじゃないかと私は踏んでいる。
途中で挫折することのない無理のない勉強法なら継続することに苦痛を覚えずに済むからだ。
……おっと。
考えが先のほうに行き過ぎた。
今はまだそっちのほうはいい。
目の前の絵本の課題をクリアすることが最優先事項だ。
ん~……演技力があって、話題になりそうで、それでいて制作費用がそこまで高額にならないよう抑えるためには……
リリちゃんの意見の『舞台俳優さん』というのは演技力の点では文句なしだと思う。
ただ、名の売れた有名な人だと依頼するのに条件が厳しくなりそうなところが難点。
特に報酬面が厳しそう。
そこを抑えるとなると有名俳優さんはパスしたほうが賢明だろうな。
……と、そこまで考えたところで妙案が浮かんだ。
演技力のある役者さんで、報酬も高額にならずに済むといういいとこ取りの案が。
「お父さま、ノーヴァ公爵さま」
「ん?」
「何かな、レーン?」
「私、その案でいいと思います。舞台俳優さんに読み上げをしてもらうというその案で」
「確かに宣伝効果はかなりのものを見込めるけれど、その分の費用が高くついてしまうよ?」
「そうなると、幅広く手にしてほしいという本来の目的を果たせなくなる」
そうだね。
普通に『名の売れた有名な役者さん』に依頼をすれば当然そうなる。
けれど。
同じ舞台俳優さんでも、まだ名の知られていない売り出し中の役者さんだったり、いわゆる研修生と言われるような役者さんの卵だったりする人であればどうだろうか?
一定の報酬が手に入って、舞台とは別の形で幅広い階級の人たちに名を知ってもらえる機会ができるのだ。
ある意味、絵本の制作側が新人の役者さん育成の一部を担う形となる。
この世界では『パトロン』という表現が合っているのかな?
こちらは新人の役者さんたちの支援をしますので、そちらは絵本の制作に必要不可欠な『読み手』として協力してくれませんか、的な?
上手くいけばウィン・ウィンの関係になれると思うんだけれどどうだろう?
それを拙いなりに、でも伝えるべき要点はしっかりと押さえて伝えてみた。
「……なるほど。駆け出しの役者を起用するのか」
「それはさすがに思い付かなかった」
あれ?
こういったファンタジー風な世界では芸術家の卵さんとかめっちゃ支援してそうなイメージあったんだけどそうでもないのかな?
「難しそうですか?」
「……いや、そんなことはないよ」
「寧ろ、まだ名の売れていない駆け出しの役者のほうが起用しやすい」
「交渉もしやすいだろうしね」
おぉ!
ってことはいけそうな感じ?
「やっぱり違う目線での考えかたは斬新な案が次から次へと出てくるものだね」
「そうだな。子どもならではの柔軟な発想のお陰で問題の一つを解決することができた」
「それじゃあ……」
「新人の役者さんを中心に語り手を募っていこうと思う」
「……となると。次は舞台関係に詳しく絵本の制作に興味を示してくれるご婦人の伝手を頼ることになるな」
「それなら宮中伯の奥方が適任だと思う」
「……ああ、確かに」
……と、一つの課題がクリアできたことで、あとは大人たちがササッと纏め出してしまった。
最初の書類から要点をチェックしつつ、カイエンがタイミング良く差し出した新たな用紙に改案分を書き出していっている。
その様子を見遣りつつ、そろそろ退室時かなと考えるも、相変わらず私の身体にはノーヴァ公爵さまからの回復魔法が流れているみたいで動こうにも動けない。
「ところでレーン」
「何ですか、お父さま?」
「駆け出しの役者さんを強く推した理由を教えてもらえるかな?」
「ふぇ?」
そんなことを改めて訊かれるとは思わなかった。
何をどう考えても、大人にとっては費用やら効果やらの効率面が第一だと考えていたから。
納得のできる方法が模索できればそれでいいのだとばかり思っていたから。
「ん~……と…………」
理由ならいっぱいある。
だけど、その中で一番だと言えるものは……
「諦めてほしくないから、かな……」
「諦めてほしくない?」
「はい」
これは前世の頃からずっと思っていたこと。
こういった華々しい世界で成功するのはほんの一握りの人たちだけなのだ。
狭き門……とでも言うのか。
可能性はあっても、それを実現できる人がどれだけ少なかったことか。
どんなに努力を重ねたところで日の目を見ない。
例え才能に恵まれていたとしても、掴むチャンスがなければ、その才能は誰の目にも留められることなくその他大勢の中に埋もれていく。
……そんなの、悲しすぎるじゃないか。
努力を重ね続けたその分、流した汗や涙が多ければ多いほど報われてほしいと願ってしまうのは、違う業界であれど、前世での私が目指していたものが同じく狭き門である職業だったからかもしれない。
「頑張ってきたことを、諦めてほしくないから。その先にある輝きを手にしてほしいから。だから。そのお手伝いになればいいなって。そんな風に思ったんです」
そのためには、知ってもらわなければいけない。
舞台の役者さんを目指している、こんな人たちがいるんだよ……ということを。
「最初は、誰も知らない人かもしれないけれど。身近なところから『あ……、この声はあの絵本の人だ』っていう風に多くの人の記憶に残るようになったら。今度は『絵本の人』から『絵本の語りの役者さん』になって、その役者さんの名前を覚えてもらって。そして最後には『ああ、あの絵本の人は舞台の役者さんだったんだ! すごいね、驚いたね!』……って。そんな風に少しずつでも名前が売れていったらいいなって。そう思ったんですよ」
下積み時代は過酷だ。
中には普通に生活していくだけでいっぱいいっぱいの人だっている。
心のゆとりが持てなければ、いつか、どこかで限界が来て折れてしまう人は多い。
そうして、一人……また一人と夢を諦めていく。
そんな厳しい世界だからこそ、支えてくれる人がいてくれることはその人にとって大きな希望になるんじゃないかって。
「題材は絵本で。それを耳にするのは子どもだけ。姿の見えない声だけのお芝居。それでも。絵本を読み上げて、絵本の登場人物を演じてくれている人が役者さんであることに変わりはないですよね?」
「そうだね。見てもらえる対象は違っても、誰かのために物語の『役』を演じているという事実に変わりはない」
向かい側に座るお父さまの手が伸び、優しい笑顔とともに頭を撫でられた。
私の考えを受け入れてもらえたのだと分かって、もうひと押しすることにする。
「助け合うことって、できますか?」
「助け合う?」
「それはどういう意味だろうか、フローレン嬢」
私が口にした言葉に疑問を覚えたのはお父さまだけでなく、ノーヴァ公爵さまもだった。
「絵本を開くと同時に読み上げてくれる『語り手』さんをしてもらうということは、絵本を作る側としては『語り手』さんに助けてもらうことになりますよね?」
「う~ん……まぁ、そう言えなくもないのかな。仕事として依頼する分、報酬面が絡んでくるからなかなかそういう風に『助ける』なんて言葉は出てこないだろうけれど。確かに『やってもらわなければ成り立たない』ということを考えると助けてもらうという言い方は間違いではないね」
「なるほど? 『語り手』という形で労働力を提供してもらうという意味での『助けてもらう』ということか」
「はい!」
分かりにくいかなと思ったけれど、お父さまもノーヴァ公爵さまもちゃんと理解してくれた。
「『語り手』としてのお仕事で助けてもらうからには、絵本を作る側には『報酬』という名のお礼をしてもらうことになります。このお礼を『語り手』を引き受けてくださる役者さんの卵さんたち全てに対して、最低でも『毎日の生活に困ることなく過ごしていけるだけの金額』を約束してほしいんです」
まだ名前の売れていない駆け出しの役者さんたちは、運良く舞台に上がれたとしてもその殆どがエキストラ……名前のない端役であることが多い。
ほんの僅かな出番である上に、名前もついていない通りすがりの人A、Bとかいったような役柄では、見てくれている人の印象にはほぼ残らないと言ってもいいかもしれない。
そこから抜け出すには、名のある役を勝ち取り、更には見てくれている人たちに強い印象を残さなければならないことだろう。
しかしそれは決して簡単にいくものではない厳しい道のり。
ここが一つのボーダーラインだと私は考えている。
この壁を乗り切ることができるかどうかで、役者さんの今後の道は決まっていくと言っても過言ではないのではないか。
少なくとも私はそう思うのだ。
「……役者さんとしての立場がきちんと安定するまで。絵本の『語り手』を引き受けてくださる対価として、安心して生活できるだけの報酬を約束してあげてほしいんです。そういう形で、応援していきたいんです」
グッと強く拳を握り締めながら力説する私を見て、お父さまが苦笑しながら頷いた。
それから『もちろんだよ』と頭を撫でてくれる。
「芸術に関する業界は成功するまでの道のりはどれも厳しい。才あるものたちの将来が道半ばで断たれてしまうのはとても残念なことだからね。駆け出しの役者を中心に起用すると決めた以上は、できる限りの支援をしていくつもりでいるよ」
「それと。新たなる挑戦者を広く受け入れる意味でも大いに役立ってくれることだろう」
「ありがとうございます!」
賛同を得られたことで自然と笑顔が零れた。
直接助けの手を差し伸べることは叶わないけれど、間接的に支えることができるだけでも十分だ。
何なら、当初私へと入ってくる予定だった絵本の売上に対する利益全部を新人の芸術家の卵さんたちの支援金として充ててもらっても構わないくらいだ。
もちろん、将来を約束されている未来ある子どもたちへの教育支援も合わせてだけど。
「レーンは、どうしてそこまで考えられたんだい?」
「?」
不意にそんなことを訊ねられて、私はへにゃりと情けない笑みを浮かべた。
「私は、お絵描きが好きです」
「? うん、そうだね?」
「もし、私がこのお家に生まれたのではなくて、ごく普通の一般的なお家に生まれていたとしたら。絵を描くことをお仕事にしたいって考えたんだろうなって思うんです」
「うん」
「でも……絵を描くことをお仕事にするということは、画家さんになるってことですよね?」
「そうなるね」
「ただ絵を描いているだけじゃ、きっと生活はしていけない……。絵を描くことがちゃんとしたお仕事になるまで、どれだけ大変な毎日を過ごしていくことになるのか……それを考えるだけで、胸がギュッと苦しくなるんです……」
「……そうだね。すんなりと叶う道ではないのが芸術の世界だから」
「だから。やりたいことがお仕事として安定するまで、何の心配もなく毎日を過ごしていけたら……きっと、のびのびとゆとりを持ってお仕事にしたいものに向き合うことができるんじゃないかって、そんな風に思えて……」
「自分がそうだったら……と、自身のことに置き換えて考えてみたんだね」
「はい」
目指す先が難関で、狭き門であればあるほど応援したいと思う気持ちが強くなるのは、前世の自分も似たような感じだったからなのかも……というのは確定だ。
改めて自分の身に置き換えて考えてみたことでそう確信した。
「……なるほど。その考えかたでいくと、駆け出しの役者だけに限らず、新人絵本作家の支援も同時に行えそうだな」
「!」
「他にも絵本の話を考える書き手と挿絵を担当する描き手とをそれぞれの専門として育成していくことも可能になる」
「分担、か……それならどちらかが苦手で絵本作家を諦めている人の希望になるね」
うんうん。
可能性は色んなところにたくさんあるよね。
そういう人たちを助けてあげられたらいいな、っていうのが一番の願いかな。
「子ども向けの娯楽が増えていけば、住民階級に関わらず子育ての幅も大きく広がっていく。そこに教育用の教本でも自動的に読み上げができるものがあるとなると、高度な教育も可能となり、また必要とされることだろう。子どもの将来性に希望が見出せれば、その分より優秀な跡継ぎを……という考えも生まれてくるかもしれない」
「そうなると、今度は出生率の増加が望めるだろうね。子どもが増えれば、それだけ必要なものが求められることとなる……その結果として、娯楽面といい教育面といい、様々な需要や理想を求めて更なる発展が期待される」
「結果、経済活動も活発となる。子どもを中心に考えた一つの基盤が新たに生まれるわけだな」
……すごいな。
こういう風にして国は、市場は、経済は廻って動いていくものなんだ。
前世では景気がどうの~とか物価がどうの~とかいった表面的なものしか分からなかったけれど、何か一つを切っ掛けにして国の経済は動いていくものなんだね。
……でも。
これは大人の領分だ。
この先はさすがに子どもが首を突っ込んでいいものではない。
あれもこれもと次々と出てくる大人二人の案に感心し、時に驚かされながら、私はお茶を飲みつつじっと耳を傾けていた。
この時の話を切っ掛けに更に色々な案が飛び出し、そこに改案を重ねることで最終的には絵本を題材とした演目で『子ども向けの演劇』や『人形劇』が新たに生まれ多くの人々に親しまれるようになり、元は大人向けの娯楽だった観劇が子どもたちの間でも娯楽として当たり前のものになるなど、数年のうちに娯楽業界が目まぐるしいほどの革命を起こすことになる。
……の だ け れ ど !
当然のことながら、今現在誰一人としてそのことを予想などできるはずもなく、現時点では斬新なアイデアだけが次々と生み出されていく形となった。
まぁ変化なんて、いつ何時、何が切っ掛けで生まれるか分からないからね。
アイデアはあればあるほど可能性の幅は広がるものなのです。
そんなこんなで大人二人の話し合いが一段落したところで、私にかけられていた回復魔法の効果が切れた。
だいぶ身体も楽になり、ほこほこと全身が温かいな~と十分自覚できたと思ったと同時に、すう……っと流れていた魔力が引いていったことに気づいたのだ。
思わずパッと顔を上げると、柔らかい笑みを浮かべたノーヴァ公爵さまと目が合った。
「身体の調子はどうだい?」
そう訊ねられて、笑顔で応える。
「とってもポカポカして身体が軽く感じます!」
これが回復魔法の効果なのだと思うと重宝されるのも納得だ。
疲れが全部吹っ飛んじゃってるのがよく分かるもの。
「無事に回復したのであれば何よりだ。……だがあまり無茶なことはしないように。何事も程々にして、根を詰めすぎないよう気をつけなさい」
「はい!」
ノーヴァ公爵さまの言葉にしっかりと頷き返事をしたところで、漸く膝の上から下りることが叶った。
そっと下へと下ろされ、お父さまのところへ向かったところで『レーンの役目はもう終わったよ』と頭を撫でられる。
「?」
────役目って何ぞ……?
意味が分からなくて思いっきり首を傾げると、私の反応を予想していたであろうお父さまが苦笑する。
「最初から絵本の件についてはレーンを交えて話をすることになっていたんだよ」
「え……聞いてないです」
「うん。ルーヴェンスから訪問の連絡があった際に急遽決まったことだからね」
……っていうといつだ?
私が中庭でのほほんとお茶してた時か?
サッシーとキャッキャウフフしてた時か?
思わず眉間に皺を寄せつつそんなことを考えるも、結局は考えるだけ無意味だという結論が出てやめた。
なぜなら、私がこの話し合いの場に呼ばれるという決定事項は覆されるものではないからだ。
あの後私が池ボチャして溺れようが、何事もなく平和に暢気にのほほんとお茶を飲みつつサッシーと戯れていようが、頃合いを見て呼ばれる定めにあったことに変わりはないのだ。
……たぶん。
「レーンが”風の”にやられて大変な目に遭わされたのはかなり想定外だったけれどね。適当なところでレーンを呼んでもらって絵本の話を詰めようと思っていたんだよ」
やっぱりか。
「でも、絵本の話はこれでもうおしまいだよ。レーンの考えを聞かせてもらって、方向性はかなり絞り込むことができたからね。あとは制作に携わってもらう人たちの選定に入って本格的に事業を進めていくことになるよ」
その言葉と同時にポンポンと優しく頭を撫でられる。
「そろそろいい時間だ。夕食前の準備も色々あるだろう? 着替えも必要だろうし、サッシーと一緒に部屋に戻っていいよ」
そう言われて部屋の時計を見遣る。
シンプルだけど、なかなか高価そうなアンティーク風の時計が示す時刻はそろそろ17時半になろうという頃。
確かにお父さまの言う通り、そろそろいい時間である夕暮れ時だ。
「準備……」
「そう、準備。必要ないとは言えないだろう?」
「…………はい」
たかがごはんを食べるためだけに違うドレスに着替えるとかめんどくさいったらありゃしない。
……とは思うけれど、これがこの世界の貴族家のご令嬢の当たり前なのだ。
嫌だけど……ものすごぉ~~~~~~~っく嫌だけど!!
違うドレスに着替えなきゃいけないのは決定事項だ。
……というわけで。
私の退室も決定なのである。
「また夕食の席でね、レーン」
「はい、お父さま」
素直に頷き、サッシーとともに部屋に戻ることにする。
「ノーヴァ公爵さま。助けていただいたこと。それから回復魔法をかけてくださったこと。本当にありがとうございました」
今度はノーヴァ公爵さまへと向き直り、改めてお礼を伝える。
今の自分にできる限りの最上の礼を持って謝辞を述べると、柔らかい笑みとともに頷いてくれて、それから無理をせず今日はゆっくり休むようにとの言葉をもらった。
その言葉に再度お礼を言ってから、私は執務室を後にするべく扉へと歩き出す。
それと同時にお父さまがカイエンを呼ぶ。
「カイエン」
「はい、旦那様」
「レーンを部屋まで送ってほしい。それから……ロイアスの授業が終わっているようであれば、一緒に連れて戻ってもらえるかい?」
「畏まりました。授業が終了していない場合は如何いたしましょうか? さすがに中断させるのはどうかと思いますので……」
「その時は、控えているガルドへの伝言をお願いするよ。終了後にロイアスをここへ連れてくるようにとね」
「ではそのように」
「頼んだよ」
「はい」
お父さまに一礼したあと、カイエンが執務室の扉を開いてくれた。
「ではフローレンお嬢様。部屋へと戻りましょうか」
「うん」
部屋を出る直前でペコリと頭を下げ、お父さまとノーヴァ公爵さまに『失礼しました』と告げてから執務室を後にする。
顔を上げた一瞬で見えたのは、柔らかい笑みで頷いてくれたノーヴァ公爵さまと、笑顔プラス軽く手を振ってくれるお父さまの姿。
その見送りがちょっと嬉しかったのは私だけの秘密だ。
「今日の夕食のメニューはなぁに?」
部屋へと向かう途中で何気なくカイエンに訊いてみたこと。
我ながら食い意地張ってんな……とは思うけれど、そろそろお腹も空いてきたし純粋に夜ごはんが何なのか気になる。
「新鮮な白身魚が手に入ったとかで、ポワレにすると料理長が張り切っていましたよ」
「ポワレ! お魚楽しみ!」
聞いた瞬間ニッコニコの笑顔になった私を見て、カイエンが微笑ましそうに私を見た。
途端にウキウキした気分で足取りが軽くなるという、非常に分かりやすい私を見て半分苦笑していたのかもしれない。
部屋まで歩きながら、延々と食べものの話をカイエンに振っていると、ちょうど反対側からロイアス兄さまとガルドがこちら側へと向かってくるのが目に入る。
「あっ、ロイ兄さま」
「レーン!」
声をかけたことで私を視界に捉えた兄さまが、少し歩調を速めて私のほうへとやってきた。
その表情が若干心配そうなものに見えて思わずコテンと首を傾げる。
「池に落ちて溺れたって聞いたよ。身体は大丈夫?」
「はい。助けていただいたのでもうすっかり元気です」
そう答えると兄さまは安堵の表情を隠すことなく、深呼吸するかの如く大きく息を吐き出した。
「……無事でよかった。さっきそれを聞いたばかりで、レーンの無事な姿を見るまでは安心できなかったんだ」
「ご心配をおかけしました」
バツが悪くなってすぐさま謝罪すると、兄さまが苦笑しながら優しく頭を撫でてくれた。
「母上も随分と心配していたよ。そういえば……今後またこのようなことがあってレーンが溺れたりすることのないように、すぐにでも泳ぎを教えられるようプールを作ると強く主張していたな……」
「え……プール……? 作、る…………? え……えぇ~…………」
「うん。ハッキリ作ると言っていたよ? すぐにでも取り掛かりそうな勢いだった」
「つ、作るって…………」
────…………どこにだよ!?
……という、私の盛大な心の中のツッコミに兄さまが気づくことは当然なく。
授業が終わったことを確認したカイエンが、お父さまからの言葉通り兄さまを執務室へと連れていってしまった。
もちろん、兄さまの側に控えていたガルドに私を部屋へ送り届けるようしっかりと引き継ぎをしてから、だ。
去っていく二人の背中を見送りながら私はぽつりと零す。
「ねえ、ガルド」
「何でしょうか、フローレンお嬢様?」
「プールを作るっていうお母さまの言葉だけど……」
「はい」
「たぶん、冗談……だよね?」
「…………いえ。あの奥様のことですので、ほぼ十割方本気で仰られているかと」
────それ100パー本気じゃん!!
思わず引き攣りそうになる顔をできる限り抑え込みながら、心のどこかで『冗談であってくれ』と願う私は決しておかしくないと思う。
……うん。
おかしくないと思い、たい…………(切実)
お話の中でちょいちょいガルドさんが出てくるのは、個人的にお気に入りのキャラで意図して出番を増やしているからです(^^ゞ




