万能? 稀少? 回復魔法の価値はどこにある?
こちらのお話では年が変わって初めての更新になります。
昨年は閲覧、ブクマ、評価とありがとうございました。
今年もまたこのお話にお付き合いいただけたら嬉しいです。
合わせて、登場人物紹介と小話短編集を「転生先異世界での日常あれやこれや」という連載作品としてUPしております。
シリーズものとしておりますので、こちらもどうぞよろしくお願いします(*^^*)
~万能? 稀少? 回復魔法の価値はどこにある?~
渡されたメモをジッと見遣る。
隅から隅までただただひたすらにジッと見遣る。
それこそ睨めつけるように、しつこいくらいにジッと。
けれど。
いくら見遣れど書き記された謎の術式が見慣れているはずのそれに変わるはずもない。
これを渡されたということは、覚えて使えってことなのだろう。
けれど、さすがに何の魔法を記したものなのか分からない以上は迂闊に手を出すわけにもいかない。
決して悪いものではないということは信じられる。
ただ、見慣れない術式であるだけに、どうしても先へ行くための一歩を踏み出すことを躊躇ってしまうのだ。
────どうしよう……
────何の魔法か分からないのに、このメモ受け取っちゃっても大丈夫かな……
焦りと迷いと戸惑いとがごちゃ混ぜになり、視線が手渡されたメモの術式とノーヴァ公爵さまとの間を交互に行き交う。
最終的には『どうしたらいい?』という疑問を思い切り顔に貼りつけたままお父さまへとヘルプ要請。
自分でも分かるくらいに情けない顔をした私を見たことで、お父さまが苦笑しながらノーヴァ公爵さまへとこう言ってくれた。
「ルーヴェンス、さすがにメモだけじゃ説明不足だよ。レーンが困ってる。せめて何の魔法の術式なのか教えてあげてくれないかな?」
苦笑しながら助けてくれたお父さまの顔もちょっとだけ困ってた。
「君は時々言葉が足りなくなることがあるから。昔馴染みの私たちはともかく、幼いレーン相手にメモだけで察してくれというのは無理があるよ。いくらレーンが聡い子だとは言ってもね?」
「! それは失礼した」
お父さまにそう言われたことで、初めてノーヴァ公爵さまも自分の言葉が足りなかったことに気がついたようだった。
苦笑しながら『すまなかったね』と謝ってくれて、それからメモに書き記した術式のことを教えてくれた。
「簡単に説明すると、その術式が示すのは身体の不調をたちどころに改善させてしまう、一種の回復魔法とも言えるものだ」
「回復魔法……」
そう言われたことで、今も尚ノーヴァ公爵さまからかけてもらっている回復魔法へと意識が移る。
身体の奥底からポカポカと温かくなるような優しい魔力に包まれていることを感じながら、なんとなく『こんな感じの魔法なのかなぁ』と考える。
それも身体の不調を改善させることができるだなんて、すごい便利だなと思った直後だった。
「ただし、それを行使するには膨大な魔力が必要となる」
……という、私にとってあまりにも残酷な言葉が続いたのは。
「膨大な、魔力……」
────無理!!
────膨大な魔力とか私にはないから!!!
呆然とするしかない私のこの反応は、ノーヴァ公爵さまには予想済みだったのだろう。
あまりにも酷い顔をしたままでいる私を見て『問題ないよ』と言いながら優しく頭を撫でてくれた。
「膨大な魔力とは言ったが、その『膨大』という基準は個人によって様々だ」
「……?」
「言い方を変えようか。持てる魔力量は個人個人で違う」
「もしかして……膨大な魔力っていうのは……」
「そう。膨大な魔力とはただの目安にしかすぎない。単純に個人の持ち合わせる魔力の全てを消費して行使する魔法がこの術式で記したものだというわけだ」
「個人の持つ、魔力の全部……」
言い得て妙だと思った。
確かにそれだと、膨大な魔力と言えなくもない……と。
方向を変えて考えてみると、どんなに魔力総量が少なかったとしても、その全部を使うとなれば確かにその本人にとっては全ての魔力など膨大な量に他ならない。
雀の涙ほどしかないとはいえ、その全部を絞り出さなければならないのなら、私の魔力もまた『膨大な魔力』と言えるのだろう。
理解はできても納得できないのが哀しいところではあるけれど。
「……なるほどね。一見すると無意味。けれどもある意味では有益とはそういうことか」
納得したようにそう零したお父さまを見つめる。
それはどういう意味なのかと表情が語っていたのはまる分かりだったのだろう。
私の疑問に答えるべく、お父さまが分かりやすいように教えてくれた。
「たかが回復魔法で、本人の持てる全ての魔力を使う必要なんてどこにもないんだよ、レーン」
お父さまが言うには、身体を回復させるための魔法は中級から上級の間くらいに分類されるもので、行使する際の魔力消費もそこまで多くはないらしい。
ある程度の魔力量があり、且つ回復魔法の適性上必要とされる属性───光・闇・聖・水・大地の五つだとか。結構あるな───を持っている人にとってはかなり重宝する魔法なため、該当する人は率先して覚えたい魔法の一つなのだとか。
そしてこの回復魔法は怪我を治す治癒魔法とは違い、消耗した体力を回復させることを主な目的とするため、使う人だけではなくかけてもらう側の人にもとっても重宝する。
即ち、需要が非常に高い有用性のある魔法なわけだ。
となると、使える人にはできるだけたくさんの人にそれをかけてもらいたいのが人の心理なわけで……
つまりは、いっぱい魔法をかけてもらいたいのに、一度に魔力の全てを消費するなど効率が悪いどころの話ではない、ということだ。
便利なのに一回こっきりで終了とか残念にも程がある、と。
そういう意味での『無意味』であり『有益』でもある魔法が、私がもらったメモに記された術式が示す特殊な回復魔法というわけだ。
「けれど、魔力の許容量を広げるには手っ取り早い手段だと言える」
ノーヴァ公爵さまのその一言に、私の意識がお父さまからノーヴァ公爵さまの方へと向かう。
「魔力総量を上げるには、とにかく魔法を行使し続けて己の魔力を限界まで減らしては回復させることを繰り返さなければならない。だが……」
「限界まで減らすというのが意外と難しかったりするんだよねぇ」
「???」
────あれ~?
────おっかしいなぁ~?
私、今日やったことの繰り返しで何度も何度も魔力空っぽにしてますよ?
それとも空っぽになったと思っただけでホントは空っぽにはなってなかったとか?
「でも防護障壁の練習で何度も魔力使い切ってますよ、私?」
一瞬のうちに頭の中に疑問が巡ったためすかさず割り込む。
もし認識違いを起こしてて間違いを繰り返したらいけないからね。
「ん? ああ、防護障壁の練習は問題ないよ。あれはあれできちんとレーンの魔力を限界まで消費しているから。差し当たって今のところは、と付け加えるべきかもしれないけれども」
「……? どういうことですか?」
余計に意味分かんなくなってきたんだけど。
魔力があればあるだけ使って障壁を強くすることは理解してるし、今の私にできることで魔力総量を上げる手段として最適だとも教えてもらった。
だけど、さっきのお父さまの言い方だと『いつまでもその方法は使えない』と言われてるようなもんだ。
「防護障壁は消費する魔力の分だけ強固で分厚い護りを展開すると教えたね?」
まさにたった今まで考えていたことを言われたためしっかりと頷く。
「けれど防護障壁という魔法は防御であると同時に『防御とは名ばかり』の凶悪な反射攻撃の魔法でもある」
カウンター攻撃というやつですな。
己の身を以て体験しましたとも。
ええ、ええ、これでもかってくらいにその身に刻まれましたとも。
というわけで、これにも頷く。
思いっきり眉間に皺寄せ状態だったのはご愛嬌。
過ぎたことをずるずる引き摺ってネチネチネチネチと文句を言うつもりはないけれど、兄さまが怪我をすることの要因となったアレを簡単に許せるほど私はオトナではないのだ。
……まぁ、幼女だしな。
そんな私を見て苦笑しながらお父さまは続ける。
「護りの面だけで考えるなら最良の方法ではあるのだけれどね。万が一何かを巻き込んだ時のことを考えると、意図せずその巻き込んだ『何か』を攻撃することになってしまうから、訓練用としては一定の強度に達してからは不向きになるんだよ」
「あ~……」
なるほどな。
確かに大きくなった障壁に巻き込まれたら危ない。
お父さまの『弾き飛ばす』障壁もそうだけど、兄さまが使った一種の『水攻め』のようなとんでもない障壁は気づかないうちに死人を生み出していても何らおかしくはない。
それを考えると、訓練用としては不向きというのも頷けるというものだ。
「でも、それだったらどのくらいまでが訓練用としては適した強度の障壁になるんですか?」
「ロイアスが張った障壁の厚みは覚えているかい?」
「はい。思いっきり手を入れてみても、先にいる兄さまはおろか、空気に触れることもできませんでした」
「うん。レーンの手で水の障壁を突き抜けなかったということは、レーンの手の長さよりも厚い障壁を展開していたからだろうね。訓練用として適していると言える障壁の強度は、ロイアスが張っていたあの厚みがギリギリの範囲だと思ってくれたらいいよ」
「……ふむ」
「あの厚み以上の障壁を張れるくらいに魔力総量が増えたら、その先での訓練としては使えなくなってしまうということを覚えておいてね」
「分かりました」
とはいえ、へっぽこ魔力の私ではあと何年後の話になることやら。
暫くの間はできたてシャボン玉障壁で頑張れと言うことですね。
ええ、頑張りますとも。
「フローレン嬢は今、防護障壁魔法で全魔力を放出する方向で練習しているのか?」
「はい」
「だったら、一日の間できるだけ多くの回数を熟して、何度も何度も魔力を使い尽くす方向で訓練を重ねていくといい」
「はい」
「そして先程預けたこの『術式』の回復魔法だけれど。これは一日の最後……寝る前に一度だけ行使するようにしなさい」
「寝る前に、ですか?」
「そう寝る前に一度だけでいい。自身の持ち合わせている全ての魔力を消費して身体の回復に充てる魔法だ。行使すると同時に意識が切れてそのまま深い眠りに落ちてしまうが、翌日には前日の疲れや身体の不調などが嘘のようになくなってスッキリとした状態で目覚めることができる」
「それはすごいですね! 目が覚めたら身体がものすごく元気だなんて素晴らしいです!」
回復魔法、素晴らしい!
人によっては全部の魔力を消費するという点では無意味なのかもしれないけど、私みたいなへっぽこにはものすごくありがたく、意味のある重要な魔法ではないか。
万々歳じゃん!
「ノーヴァ公爵さまは無意味な魔法だと言ってましたけど、私にとっては万能な魔法に思えます」
心からそう思えたから口にしたのだけれど。
ノーヴァ公爵さまから返ってきた反応は苦笑だった。
「?」
「そうか。フローレン嬢にとっては役に立つ魔法になるようなら何よりだ」
うん?
すっごく役に立つどころか、魔力総量の底上げをしつつ、更には身体の疲れをスッキリ取ってくれる、ある意味とても健康のためになる魔法だと思いますよ?
「実はこの術式の回復魔法は、持ち合わせる全ての魔力を消費する上、かける対象が自分自身のみに限定されるという非常に扱いに困る魔法でもある」
そうなの!?
「あぁ……それは確かに無意味だと言いたくもなるね」
「分かるだろう?」
続いたお父さまの苦笑交じりの言葉にノーヴァ公爵さまが深く頷く。
「なぜです? 万能じゃないですか。かける対象が自分自身だけに限られても、次の日には疲れも不調もなくなってスッキリできるんですよ?」
それの何が無意味なんだと私は言いたい。
いいこと尽くめじゃないか、とも言いたくなる。
「確かに効果は魅力的ではあるけれどね? それでも回復魔法というものは多くの対象にかけられるからこそ価値があって、有用性が高いんだよ」
「質を取るか、多くの対象に行使できる方を取るかでその価値は変わってくるということだな」
「必要とされるのは圧倒的に後者の方だけれどね」
「違いない」
そういうものなのか。
個人でやるのと、組織的な感じでやるのとではその価値観は全く違うってことなのかな。
「時にルーヴェンス」
「何だ?」
「対象が自分だけに限られるとはいえ、疲れだけでなく身体の不調までも取り除いてくれるという効果は本当かい?」
「ああ。実際に試してその効果の高さも実証済みだ」
「君が言うなら相当な効果が期待できそうだね。私も試してみたいよ」
……なんてことを言い出したお父さまの言葉を聞くと同時に、私はもらったメモをサッと隠した。
どういうわけか、直感的にこれはお父さまには教えちゃいけないやつだと思ったからだ。
理由は分からないけれど、とにかくダメだ……と。
「……言うと思ったよ。けれど君には教えられないな」
盛大な溜息をつきながらノーヴァ公爵さまがやんわりどころかどキッパリと拒否の言葉を紡いだ。
「なぜ?」
「なぜも何も、オンディール公爵家の平穏のためにも君には教えられないと言っている」
「あ~……」
分かってしまった。
悟ってしまった。
ノーヴァ公爵さまが何を以てそう言っているのかを。
もしお父さまがこの魔法を知ることで、毎朝毎朝疲れも不調もない身体になったとしたら、それをいいことに今まで以上に仕事にのめり込むことは目に見えている。
確かに仕事は大事だと思う。
家のためにお仕事をしてくれているという点においても立派なパパさんだと思う。
けれど。
それはそれ、これはこれ。
これ以上仕事に比重を傾けられて、家族の心配事を増やされては困るのだ。
「酷いな、ルーヴェンス。疲れはまぁいいとして、身体の不調を取り除くことが容易にできるのなら、今みたいに魔力中毒の影響を考慮しての長期休暇など取らずに済んだと思えないかい?」
ほ~らね。
言うと思ったよ。
「……だから。君がそういう思考になると分かっていたから教えられないと言ったんだ」
再びの盛大な溜息。
「確かにこの特殊な術式を用いて構築された回復魔法を行使すれば、君の言うような魔力中毒の後遺症など気にせずに済むだろう。だが、君の場合はそれだけで終わるとは到底思えない」
うんうん。
その通りだ。
さすがノーヴァ公爵さま、お父さまのことをよく分かっていらっしゃる。
「今まで以上に仕事に励むんだ。家族のためにも仕事をすることは大事だろう?」
「そうだな。普通に考えなくても仕事は大事だ。だが、君の場合はどうにもその考え方が極端すぎる」
「そんなことはないと思うけど……」
────……そんなことあるから注意されてるんだってば、このワーカホリックは全く……
「仮に君がその魔法を覚えたとする。身体は疲れ知らず不調知らずの頑丈な健康体となり、早々に壊れることはなくなるだろうが。その代わり、家庭の方が壊れるぞ」
「え……!?」
「当たり前じゃないですか! 今までだって仕事漬けの毎日だったのに、身体の調子がよくなることでお父さまはもっともっと仕事をしようと考えているんでしょ? お家に帰ってくるよりも仕事の方を優先されたら家族との時間がなくなるじゃないですか。一緒にいてゆっくりお話できる時間はものすごく貴重だというのに。お父さまはその貴重な時間を、私たち家族から仕事を理由に取り上げようとしているんですよ?」
「……そういうことだ。仕事は回るだろうが、家庭崩壊は免れん。それとも何か? 頑丈な身体を手にして仕事により一層励むために家庭を犠牲にするか?」
な ん と い う 究 極 の 二 択 ! ! !
前世でのあれを思い出した。
『私と仕事とどっちが大事なの!?』というお約束な痴話喧嘩のセリフを。
『そんなの比べんな!』って言いたいけど、考慮くらいはしなよねぇ……って突っ込みたくなるくらいに当人同士にとっては重いセリフだったに違いない。
この場合は『仕事と家庭とどっちが大事なんだ』になるわけだけど、お母さまは絶対にこんなことは言わない。
仕事が大事なことは分かっているし、家庭を大事にしているからこそお父さまが仕事に励んでくれていることもちゃんと理解しているから。
それでもただえさえ働き詰めなお父さまを心配している。
この間だって溜まりに溜まって爆発しかけて、愚痴って愚痴って愚痴りまくって。
それで発散するために悪戯しようって誘って一緒に悪戯を仕掛けるくらいにまでいっぱいいっぱいになってた。
そんなお母さまのことをちゃんと考えてほしいな、っていうのが子どもとしての正直な思いだ。
兄さまもきっと私と似たような思いでいると思う。
だけど、子どもだから親の仕事に口出しできるわけじゃない。
言いたくても言える立場ではないから。
だから。
お父さまには『家族はこういう気持ちでいるんだよ』ということを知っておいてほしいわけ。
知った上でその日その日の仕事量やお勤めに充てる時間をコントロールしてもらいたいと切実に思っている。
そもそもが、家族のために仕事をしているのに、その仕事に集中するあまりに家庭を蔑ろにしてしまっている状態になるなんて本末転倒ではなかろうか。
その辺りの匙加減をしっかりしておかないと、全く望みもしないというのに家庭内が徐々にギクシャクした状態になっていくんだぞ、っと。
「お父さま、知ってます?」
「何だい、レーン?」
「もちろん家庭を顧みずに仕事ばかりに感けている旦那さまに待っている未来ですよ?」
半眼でじ~っとお父さまを見つめながら抑揚なく言い放つと、お父さまの表情が若干引き攣った。
「仕事を優先したばっかりに、会話は減り、視線は合わなくなり、互いの姿を目にする機会も減り…………最終的には奥さまから離縁を言い出されて終わりなのですよ」
『ふ……っ』と遠い目をしながら溜息をつくように小さく笑うと、今度こそお父さまの表情が分かりやすく動揺した。
前世での離婚理由の中でも割りかし多い部類とされる『家庭内不和』に陥る要因とも言うべき『お父さんの仕事優先』主義。
今のお父さまはそれに片足を突っ込んでいるも同然なのだ。
「貴族のお家ともなると、離縁問題なんて大事でしょ? 『別れます』『じゃあ出ていきなさい』『さようなら』で済まされる問題じゃないんですから」
「貴族の婚姻は王家の承認が絡んでいるからな。そう簡単に離縁はできないだろうが、仮に離縁したとした場合、その対象が四大公爵家のうちの一家ともなると社交界は大いに揺れること間違いなしだろうな」
「……だそうです、お父さま」
ノーヴァ公爵さまの言葉を聞いて自分が考えていたよりもずっと大変だと思ったと同時に、そのまま『大変なんだって』ということを示すためにお父さまへと再度話を振る。
「それでも仕事のために疲れ知らずで不調知らずの身体を手に入れたいですか? そのための回復魔法を覚えたいと思いますか?」
純粋な問いかけのつもりだったけれど、お父さまには悪魔からの尋問にでも捉えられたのだろうか。
軽く呻くような声を出しながら頭を抱えテーブルに突っ伏してしまった。
撃 沈 で す 。
「フローレンお嬢様の仰る通りでございますよ、旦那様。そもそも旦那様は必要以上に仕事に入れ込みすぎでございます」
……と、ここで今まで完全空気に徹していた家令のカイエンからの突っ込みが入る。
若干笑いを堪えるような調子なのは、さっきの私たちの会話のどこかに笑いたい要素でもあったのだろう。
「奥様の心労も察するに余りありますが、ご子息であられるロイアス坊ちゃまにも色々と思うところもありましょう。フローレンお嬢様に関しましては言わずもがな……でございますね」
「うん。ぶっちゃけてみた」
カイエンの視線を受けて私は大きく頷く。
本当だったらお母さまの気持ちを代弁してもっと言ってやりたいところだけど、そこは私よりもお母さま本人に直接言ってもらったほうがいい薬になりそうだとは思う。
お母さまが実際に言うかどうかは別問題だけど。
たまには本音でドカーンとぶつかって、このワーカホリックなお父さまを困らせるくらいしてもいいと思うんだ。
いつも心配ばかりしていることに対しての仕返しとまでは言わないけどさ。
「そういうわけですので旦那様。この後に控えているお仕事の打ち合わせも、根を詰めすぎることなく、ある程度納得のできる範囲で留めていただきたく思います」
「ならば、そこは私がある程度の線引をすることとしようか」
「よろしいのですか?」
「勿論だ。あまり夢中にさせてしまって仕事にのめり込むようでは休暇の意味がないからな」
「然様でございますね……。ではそのようにお願い致します、ノーヴァ公爵様」
「ああ。しっかりとロンベルトを見張りつつ打ち合わせを行うこととしよう」
そうだった。
すっかりと忘れていた。
当たり前のようにノーヴァ公爵さまの膝の上に抱っこされて回復魔法をかけ続けてもらっている現状だけど、本当はノーヴァ公爵さまはお父さまと何らかの仕事の打ち合わせをするためにオンディール公爵家に訪れているのだ。
いつまでも私がここに居座るわけにもいかない。
そろそろ退出の頃合いではなかろうか。
そんな私の思考を読み取ったのか、ノーヴァ公爵さまからポンと頭を撫でられた。
「まだ回復魔法を流している最中だ。もう暫くの間はこのままでいてもらわないと、中途半端な回復は逆に疲労を残す原因となる」
「え、っと……」
「もう少し身体を休めるためにそのままでいてくださいと仰られているのですよ、ノーヴァ公爵様は」
戸惑う私に、穏やかな笑みを以てノーヴァ公爵さまの意図を伝えてくれるカイエン。
「お茶が冷めてしまいましたね。淹れ直しましょう」
……と、一度目の前のカップが下げられる。
「回復するまでの間に先ほどの術式を憶えるといい。そう難しくはないから容易に憶えられるだろう」
「はい。やってみます」
お父さまの目から遠ざけるために一度隠したメモを取り出し、書かれた術式に目を通す。
見慣れないものだけに何度見ても違和感しかない。
でも、だから覚えるのが大変かと訊かれたらそれはまた別。
どんなに見慣れない式であっても、その法則性は見慣れた術式のそれと大差ないからだ。
そして私は暗記が得意。
とにかく得意。
だから頭の中にその式をまるっと叩き込むことなど朝飯前なのだ。
手元のメモに集中し、じっと睨むように見つめながら式を目で追うこと数回。
完全に脳内に叩き込めたぞと自身の頭が理解したと同時だった。
手にしたメモが突然ぼぉっ……と燃え上がって塵も残さず消え去ったのは。
「うわわッ!?」
ビックリして身体が跳ねたと同時に、膝に乗っていたサッシーが『ピキャっ!?』と叫んで転がり落ちた。
……ソファに。
そして転がり落ちた状態のまま、一体何があったのかと混乱したといった体でふるふると辺りを見回している。
ゴメンよ、サッシー、驚かせて。
静かだと思ってたら寝てたんだね。
そして今、半分寝ぼけてるだろ……と言いそうになったのを慌てて引っ込めた。
私のせいでサッシーが転がり落ちたのは事実だから。
とりあえず、落ちた先が床じゃなくてよかったよ。
前触れもなくいきなりメモが燃え上がった驚きと、サッシーを転げ落とした罪悪感とで心臓が変な方向にバックバクだ。
そんな私の挙動不審とも言える様子に気づいたノーヴァ公爵さまが、苦笑しながら『大丈夫だ』と言って頭を撫でてくれた。
「あれは特殊な術式だけに、授けると定めた者以外の目に触れぬよう、対象者が記憶したと同時に消失するよう仕掛けを施してある」
「え……?」
「メモが跡形もなく燃え尽きたということは、既にあの術式を憶え魔法を自身のものにしたという何よりの証拠だ」
「魔法が、私のものに……」
「そうだ。フローレン嬢のための、フローレン嬢自身の魔法だ」
「私の、魔法……」
言われた言葉を噛み締めるように、自分自身の言葉で繰り返す。
なんだか不思議だ。
教本で術式を丸暗記して覚えた魔法も、使いこなすことができれば自分の魔法なのかもしれない。
だけど、教本に書かれているのとはまた違う、特殊な術式を覚えることで手にした魔法が自分の魔法だなんて不思議な感じ。
なんとなく特別なものを手にしたような、そんな気分になる。
だけど……
「どうして、メモは消えてしまったのですか? 他の人には見せちゃいけないから消えるようにしたっていう風に聞こえたんですけど」
この場合は私以外に覚えさせないために、最初から私が術式を暗記した時点でメモが消えるように細工されていたことになる。
「その通りだ。本来ならば、これはノーヴァ公爵家の限られた者のみが知る術式による魔法。特別な事情がない限りは元より門外不出としている」
「じゃあ……本当だったら私も知っていいものではなかったってことですよね……?」
何だか他所者である私がノーヴァ公爵家の機密に触れたみたいで、とんでもなく恐れ多いことをしてしまった気分になる。
一瞬だけブルッと身体が震え上がった気がしたのはきっと気のせいじゃないと思う。
そんな私に気づいたノーヴァ公爵さまはこう続けた。
「私が知っていいと判断したから授けた。これだけでは納得できないだろうか?」
「……うぅ…………」
納得は、たぶんできない。
理解はできるけど。
なんていうか、感情的な問題なんだよね。
納得するのと理解するのとは、似ているようでどこか違うものなんだ。
「……何から説明したものか」
『ふむ……』と顎に手を当て思案するノーヴァ公爵さまをじっと見遣る。
「そうだな。ならばフローレン嬢が納得できるよう、この特殊な術式の魔法がなぜ生まれてきたか。そこから説明していくこととしようか」
「え……!? この魔法って、昔からある魔法じゃなかったんですか?」
驚き問い返した私にノーヴァ公爵さまはゆるりと首を振って否定した。
「この魔法は今から約一年ほど前、それも私の娘が無意識下のうちに苦し紛れに放った魔力の全放出を元に生まれたものだ」
「……!」
「それをルーファスが解析し、更にそこから調査を重ね、本来ある形のものとは別の術式に置き換えることで構築し、従来のものとは別種の変異的な回復魔法として確立させたのがカーティスだ」
「!!!」
ノーヴァ公爵さまから続けられた言葉があまりにも衝撃的すぎて絶句した。
この魔法を最初に生み出した切っ掛けとなったのが、まさかのリリちゃんだったなんて。
……でも。
一体何があって、こんなにもすごい魔法が生まれることになったんだろうか……─────
新しい年の目標は「とにかくいっぱいお話を書く!」です。
連載の方は難しくても、小話短編の方は小ネタが出たら割とサクサク書けそうなので、どちらもいっぱい書けるようにしていきたいです!




