イタズラ妖精に気に入られたようです
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また感想もいただけて感謝です! (人'▽`)ありがとう☆
今回は前述していた靄キラな光のことについて(中盤以降から)触れています。
長いですので時間に余裕のある時にのんびり見ていただければ幸いです(^^ゞ
サブタイからも分かるように、妖精が登場しますので妖精タグを追加させていただきました!
~イタズラ妖精に気に入られたようです~
激しい咳込みと同時に意識が急激に浮上した。
絶妙な力加減で打たれた背中の衝撃に引き摺られるように、再び強く咳き込むことで飲み込んでいた水を吐き出す。
思い切り引き上げられるような突然の覚醒に驚いたことで、反射的に身体がビクリと竦み上がる。
それと同時に浮かんだのは『私を助けてくれたこの手は一体誰のものなのだろうか……?』という疑問だった。
軽々と片手で私を抱えてくれていることから、大人の男性だということは何となく理解できた。
そして真っ先に思い当たった人物で、中庭に来ると予想できるのはたった一人だけ。
「……お、父……さま……?」
ぐったりとして鉛のように重い身体はピクリとも動かない。
顔を上げることさえできずに吐き出した言葉は、あまりにも弱々しい声で途切れ途切れにしか紡げなかった。
「申し訳ないが、君のお父上ではないんだ」
────誰……?
優しく返った返事は、この邸の誰のものでもない、私の知らない声だった。
その声の主を確かめようと重い身体に鞭打ち、少しでも顔を上げようとしたその時、優しく背中を擦られた。
「無理をしてはいけない。力を抜いて楽にしていなさい」
再び優しくそう言われ、私は声の主の言葉に素直に従った。
「辛いだろうけどもう少しの辛抱だ。体内に取り込んでしまった悪いものは全て吐き出してしまわねばならない。あともう少しだけ、頑張れるかな?」
私の身体を気遣いながら優しく訊ねてくる言葉に、私はうまく頷けただろうか。
この人が誰なのかは分からないけれど、なぜか酷く安心できるのだ。
抱えてくれている腕がとても優しく温かいこともあるのだろうけど、ゆっくりと語りかけてくれるその声が絶対的な安心感を齎してくれるのだ。
するりと耳に溶け込むような、不思議な響き。
一言一言紡がれる度に、まるで魔法をかけられているかのような気持ちになる魅力的なバリトンボイス。
────本当に、この人は誰なんだろう……?
再び疑問が浮かんだその時、絶妙なタイミングと力加減で再び背中を打たれた。
その衝撃で私は再び激しく咳き込み、僅かに体内に残っていたであろう水を吐き出した。
一体どのくらいの量の水を飲んだのか分からないけれど、意識を失っていた時にもある程度吐き出していたことを考えると相当な量を飲み込んでいたと思われる。
────うぅ……苦しい……
────でも、耐えなきゃ……
激しい咳き込みによる苦しさで涙がボロボロ零れた。
吐き出す水と流れる涙とで、私の身体にある水分が全て持っていかれてしまうのではないかと錯覚するほどに水分を奪われたように思う。
それでも止まることなく涙は溢れるのだから人体とは不思議なものだ。
「あ、う……ッ!」
咳き込みが治まると、今度は苦しさから身体が新鮮な空気を求めて荒い呼吸を繰り返すようになった。
これはこれで、違う意味で苦しい。
やりすぎると過呼吸になってしまう可能性があるのだ。
「……は、うぅ…………」
抱えられた腕に身を任せ、だらんと伸び切った私の身体は今、極限の疲労で指一本動かせる状態ではない。
ただただ『ぜぇはぁ……』と荒い呼吸を繰り返すだけで精一杯だ。
顔を上げる余力さえもない。
違う意味で力尽きそうだ。
そんなことは決してできないけれど。
「苦しかっただろう? 小さな身体でよく頑張ったね」
再び優しい声でそう言われて、ゆっくりと背中を擦られる。
そうして、片手で抱えられていた状態から、しっかりと安定した縦抱きの状態へと抱え直された。
それから涙でぐちゃぐちゃになった顔を優しい手つきで拭われたことで、ようやく私は顔を上げ、助けてくれた人物の顔を見ることになった。
「!!」
その人物の顔を見た瞬間、私は驚愕のあまり言葉を失った。
なぜなら、その人物の顔がよく知るものであったから。
────ルーファス……!?
思わずその人の顔を二度見してしまった。
しかもガン見。
────……って……いやいや、違うでしょ!!
瞬間的に頭に浮かんだ名前を慌てて否定する。
違う。
ルーファスなわけがない。
だって、今のルーファスは兄さまと同じ年。
今ここにいて私を抱きかかえている人物は、ルーファスとよく似た他の誰かだ。
そうして再びその人の顔を見て気付く。
ゲームの画面で見慣れたルーファスの顔より、この人のほうがもっと大人だ。
それに、ルーファスと違ってこの人の髪は長い。
後ろで一つに括った髪は腰の位置に達するほどに長い。
今は水に濡れてしまって纏った服ごと身体に貼り付いているみたいだけど、乾いている時は風に靡いてサラサラ流れてすごく綺麗なんだろうなと漠然と思った。
最高級のルビーを彷彿とさせる緋色の瞳とアイボリー色の髪。
ルーファスと同じ色彩を持ち、似た顔をしているこの人はどう見てもルーファスのパパさんだ。
「ノーヴァ、公爵さま……」
呆然と口にした言葉はほぼ無意識下で出たものだった。
けれど、私の呟きをしっかりと拾ってくれたノーヴァ公爵さまはその緋色の目をゆったりと細めて優しく微笑みかけてくれた。
────ふぉぉぉぉ~~~~~~~!!
────美しぃ~~~~~~~~!!
何この優しい微笑み!
もう、この笑みを向けられただけで安心できるんですけど!
想像だけでリアル魔王みたいな人だと思ってゴメンなさい!
だってこんなにも美しい優しい人だなんて知らなかったんだもの!
頭の中をいろいろな考えが巡って百面相を晒している私を見ても、ノーヴァ公爵さまの優しい微笑みは崩れない。
優しい笑みはそのままに、涙を拭ってくれていた手が今度は優しく頭を撫でてくれた。
「もう少しだけ、この姿勢のまま頑張れるかい?」
この姿勢というのは縦抱きにされた今の状態のことを言っているのだろう。
なぜそんなことを訊かれたのかは分からないけれど、しっかりと支える形で抱えられているのであれば全然平気だ。
ゆっくりと頷くと、ノーヴァ公爵さまも軽く頷き、こう言葉を続けた。
「濡れた服を乾かして身体を温めるから。少し驚くかもしれないけれど、じっとしているようにね?」
「……はい」
「いい子だね」
返事をしたことで再び優しく頭を撫でられる。
その直後、身体中がふわりと暖かい風に包まれた。
同時にぐったりとしていた身体に活力を与えるかのように、徐々に徐々に疲れが解されていく不思議な感触がした。
まるで同時に二重にも三重にも魔法をかけられているようでとても心地いい。
ノーヴァ公爵さまの腕に抱えられているだけでも絶対的な安心感があるというのに、その安心感が更に増した気がする。
今ここでその手を離されてしまったら怖いと感じてしまうほどに。
ほどなくして、濡れた服はすっきりと乾いた。
ぺったりと身体に貼り付いていたあの不快感はもうない。
水に浸かって冷え切った身体も、今は芯から温まったようでポカポカしている。
全身を包み込む暖かい風のような魔法はもう消えてしまったけれど、身体の中に直接注ぎ込まれている活力を与えてくれているような魔法は未だゆっくりと続いている。
「どこか不快なところはないかな?」
「ないです。ありがとうございます」
服を乾かしてもらったことと冷えた身体を温めてもらったことのお礼を言うと、再びあの優しい微笑みが返ってきた。
「まだしばらくの間は疲れが取れずに重く怠い感じが続くだろうからね。もう少しだけ頑張ってもらわなければいけないけど、大丈夫かな?」
「……うぅ……頑張ります」
「無理はしないようにね。苦しかったり、きつかったりしたら、我慢せずに正直にちゃんと言うこと。約束できるかな?」
「はい」
申し訳ないくらいに心配されていることが分かる。
それが心苦しくて『もう大丈夫です』と口にしたとしても、きっとそれは強がりだとバレてしまうだろう。
でも、随分と身体が楽になったのは本当だ。
気怠い感じはまだまだ抜けそうにはないけれど。
「……さて、と。あとはこの後起こるであろう騒ぎをどう収めるべきかな」
「?」
ぽつりと呟かれた独り言に首を傾げる。
今のところは静かだけれど、この後に騒動でも起こるのだろうか。
そんなことを思っていたら慣れ親しんだ泣き声とともに肩辺りにポスンと軽い衝撃を受けた。
《ピッキューーーーーーーーーーーーー!!!》
泣きながら渾身の体当たりをしてきたのはサッシーだ。
私の肩にスリスリどころかグリグリと身を押しつけながら『ピーピー』泣き続けている。
その泣き様はさっきとは比べようもなく酷い。
それもそうか。
一歩間違えばあわや溺れ死ぬところだったのだから。
「……ゴメンね、サッシー。また怖がらせちゃったね……」
そっと手を伸ばし、サッシーを優しく撫でるも反応は返らない。
グリグリと身を押しつけながら泣き続けるだけだ。
これは立ち直ってくれるまで相当な時間がかかるだろうな。
そんな風に思っていたら、ノーヴァ公爵さまがこう言った。
「この小さき”擬態せしモノ”が泣き叫びながら飛び出してきた時は何事かと思ったが、尋常ではないことが起きていると信じて正解だったようだよ」
「え……?」
「最初は慌てふためいた”水の”が呼びにきた時は全く要領を得なかったのだけれどね。それに続いてこの小さき”擬態せしモノ”が目の前に現れて、有り得ないほどに泣き叫びながら私を池のほうに誘導してくれたんだよ。間に合って、本当によかった」
その言葉から、サッシーがノーヴァ公爵さまをここに呼んできてくれたことが分かった。
あんなにも知らない人に恐怖していたのに。
その恐怖を乗り越えて、私を助けようと必死にノーヴァ公爵さまをここに連れてきてくれたのだ。
「……ありがとう、サッシー。怖かったのに……私のために頑張ってくれたんだね……」
また反応は返らないと思っていたけれど、私はたくさんたくさん『ありがとう』の気持ちを込めてサッシーを撫で続けた。
それと、不甲斐ないママでゴメンねという気持ちも一緒に込めて。
「……それにしても。”風の”は少し悪戯が過ぎるようだね。気まぐれなのは一向に構わないが、害を及ぼすとなるとそれは別だ」
溜息混じりにそう吐き出された言葉を聞いて『何のことだろう?』と首を傾げる。
先ほどからノーヴァ公爵さまは『水の』とか『風の』とか言ってるけど、何なのだろうか?
そっと顔を見上げると、僅かに顔を顰めているようで、その視線の先はさっき私が夢中になって追いかけていたオーブのような光へと向いている。
それも一つだけでなく複数だ。
よくよく見てみると、その靄とキラキラとが入り混じった光は、淡い水色のものと淡い黄緑色のものと二種類存在しているようだ。
「あの、ノーヴァ公爵さま……」
「ん?」
「え、っと……『水の』とか『風の』とかいうのは……?」
「……ああ、そうか。君にはまだきちんとした姿が見えていないんだね。今は朧げな光状のものに見えているのかな?」
そう訊ねられて頷く。
「この光たちはね、妖精なんだよ」
「え……妖精?」
「そう。今ここにいるのは水の妖精と風の妖精なんだ」
「えぇ~……」
「?」
「オーブじゃ、なかったんですか……?」
心霊現象的な。
霊的パワーで存在しているような。
「紛うことなき妖精だね」
────はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
何たること!!
待望のホラー現象『キタコレ!!』って超ワクワクしてたのに!!
────ホラーじゃ、なかったよ……
『死にかけたくせにお前は何を言ってるんだ』と思われるかもしれないけど、さすがにこれにはショックを隠せない。
でもまぁ普通に考えたら、前世の感覚からして心霊現象よりも妖精の存在のほうがずっとずっと希少なわけで。
それはそれで貴重な経験をしたと言えなくもない……の、かな……?
そんなこんなで一人ショックを受けている間に、さっきノーヴァ公爵さまが言っていた通りに邸内がにわかに騒がしくなってきたのだった。
「ルーヴェンス!」
最初に中庭へと飛び込むようにやってきたのはお父さまだった。
一度着替えに戻り、再び中庭へ出て私との時間を過ごそうと考えていたところで先触れが入り、ノーヴァ公爵さまととある用件で至急会うことになっていたらしい。
ところが、使用人がノーヴァ公爵さま案内をしている最中にご本人が突如姿を消してしまったことで、邸内が騒然としてしまったというのだ。
何も告げられずに姿を消されてしまったことで、慌てふためいた使用人たちがノーヴァ公爵さまを探していたところ、予定の時間になっても姿を見せないことに疑問を持ったお父さまとかち合った。
そこで事情を知ったお父さまも一緒にノーヴァ公爵さまを探すこととなり、こうして今中庭へと駆け込んだ形となったそうだ。
「ああ、申し訳ないロンベルト。時間を指定していながらそれを破るようなことをしてしまって」
背後からお父さまに呼びかけられ、振り返るノーヴァ公爵さま。
その公爵さまの腕に抱きかかえられた私を見たことで、お父さまが軽く目を見開き驚きの表情を浮かべた。
「レーン?」
けれど驚きの表情を浮かべたのは一瞬だけ。
すぐに表情は『オンディール公爵』としてのそれになる。
「今は『緊急事態だった』とだけ言っておく。説明は後ほどさせてもらうよ」
この場に集まってきた使用人たちの姿をちらりと見遣り、ノーヴァ公爵さまがそうお父さまに告げる。
『緊急事態』という言葉、それからノーヴァ公爵さまの腕に抱きかかえられた状態の私、更には辺りを漂う複数の妖精たち───私にはやっぱり朧げな靄キラにしか見えない───を目にしたことで、お父さまも只事でないことが起きたのだという考えに至ったのだろう。
神妙な顔で一つ頷くと『私の執務室で説明を聞かせてほしい』と告げ、この場に集ってきた使用人に家令のカイエンを呼ぶように言いつけると同時に他の者は各々の勤めに戻るようにと指示を出した。
さすがにこの場で説明できるようなことではない。
それを一瞬で察しての指示だろう。
「面倒をかけるね。これ以上騒ぎを大きくするわけにはいかないものだから」
続いたノーヴァ公爵さまの言葉を聞いてお父さまが再び頷いた。
そして、私の肩にグリグリと身を押しつけながら泣くサッシーを見て『確かに、騒がれるのは望むところではないね』と苦々しい顔で呟く。
「何となく想像はつくけれども、ね……」
妖精たちの姿が見えているであろうお父さまの言葉はどこか険しい。
「おいで、レーン」
そうしてノーヴァ公爵さまの腕に抱かれたままの私に手を伸ばす。
請われるままにお父さまの腕に行こうとしたところで、それに待ったをかけたのはノーヴァ公爵さまだ。
「待ってくれ、ロンベルト」
「?」
「今君の娘に少しずつ回復魔法を流している最中なんだ。不本意だろうが、もうしばらくの間は私の腕の中に預けていてほしい」
「……そういうことなら致し方ないな」
お父さま、思いっきり顔に出ちゃってますよ。
不本意どころか『非常に不本意です』って顔に書いてあるよ。
「愛娘を奪う形となって申し訳ないね」
「そう思っているのなら早々に返してくれないかな!?」
「回復魔法を流している最中だから無理だというのに」
「……分かっているよ。けれど、大事な娘を取り上げられているこの状態に文句を言うくらいいいじゃないか」
移動する前の何とも気安い遣り取りに思わず頬が緩んだ。
ちょいちょい話は聞いていたけれど、二人は本当に仲がいいんだなと思う。
堪えきれず小さな笑みが零れた。
それに気付いたサッシーが、パッと肩から顔の側まで移動してきて頬に擦り寄ってきた。
やっとのことでスンスン……とした泣き方に落ち着いてくれたようだ。
「ふふっ」
そんなサッシーに対してもまた笑みが零れる。
ちょっとだけでも落ち着いてくれてよかったという気持ちから零れた笑みだ。
「……本当に、普段からは考えられないほどに元気がないようだね、サッシーは」
私とサッシーの遣り取りを見ていたお父さまが、痛ましげな表情を隠すこともなくそう言葉を紡ぐ。
「あの後いろいろあって泣かせてばかりいたので……」
決して『そうさせたかったわけではない』という気持ちを込めてそう伝えると『ちゃんと分かっているよ』と頭を撫でられた。
「サッシーをかわいがっているレーンがそんなことをするはずはないからね」
「はい、絶対にしません!」
サッシーだけでなく、ミックやミッちゃんに対してもそれは同じだ。
そしてこの先また、新たに生まれてくるかもしれない他の子たちにも同じことが言える。
「事の顛末についてはこの後ルーヴェンスが説明してくれるようだし。それよりも……」
ジトリ……と音がしそうな勢いで、お父さまが半眼で見遣った先には淡い黄緑色の靄キラの光───もとい妖精。
いつの間にか複数あった光はその一つだけになっていた。
しかもその光は私の顔のすぐ側にふよふよ浮いているのだ。
さっきはあんなに遠ざかっていったくせに、今度はこんなに至近距離にまで近づくとは一体どういうつもりだ。
そう思うとムッとした気持ちになり、私もお父さまにつられるようにジト目でその靄キラを睨むように見てしまった。
そんな私とお父さまの似たような状態を目にして、ノーヴァ公爵さまが微かに苦笑したのが分かった。
「言いたいことは山ほどあるだろうが、それは後からにしてもらおうかな。ちょうど家令どのもやってきたようだし」
そのノーヴァ公爵さまの言葉通り、家令のカイエンがこちらにやってくるのが目に入った。
「遅くなってしまい申し訳ございません、旦那様」
「いや、構わない。突然呼びつけたのは私のほうだからね」
そう言ってお父さまはこれからの大まかな予定をカイエンに説明し、最初にノーヴァ公爵さまを迎えるはずだった応接室を片付けるように指示を出す。
合わせて、話は全てお父さまの執務室で行うことを告げ、更には内容が機密性の高いものであることから、防音結界を強化するための補助として魔導鉱石を四つほど用意するようにと続けた。
それと、話の場にはカイエンも同席するように、とも。
「畏まりました。すぐに手配して参ります」
お父さまからの指示を受けたカイエンは一礼し、すぐに準備に取り掛かるべく戻っていった。
その後ろ姿を見送ってから、お父さまは執務室への移動を促す。
「わざわざ魔導鉱石を用意する意味はあるのか? 防音結界の強化が必要であるなら、君が納得いくまで私がいくらでも重ねがけして強化してもいいのだが?」
「それには及ばないよ」
ノーヴァ公爵さまの提案を、お父さまは苦笑しながら断った。
「……やっと落ち着いたというのに、ここで君の魔力に触れたりなんてしたら、また中毒になってしまいかねないからね」
「?」
んん?
……中毒??
「はははっ。魔力同士の相性が良すぎるのも考えものだね」
「笑いごとじゃないよ。……全く他人事だと思って無責任な」
「まぁ他人事ではあるな」
「ルーヴェンス!!」
「……冗談だよ。とはいえ、魔力過多になるまで身体が魔力を取り込むなんてことはそうそう起こらないから安心していい。なったとしてもせいぜい魔力酔いを起こす程度で済むから」
「その魔力酔いすらも私にとっては相当キツいのだけれども!?」
……という二人の遣り取りを聞いたことでやっと気づいた。
さっきお父さまが言った『中毒』とは、少し前のあの『魔力中毒』のことらしい、と。
……しかし。
なんちゅう会話を子どもの前で繰り広げてんだか。
普通はこういう会話って子どもには聞かせないようにするもんじゃないの?
まさか私がいること忘れてんじゃないだろうな。
思わずジト目になりながらお父さまたちの遣り取りを聞いていると『ああ、ゴメンね』と頭を撫でられた。
お父さまから。
一応忘れていたわけではないらしい。
とりあえず忘れられないよう会話に参加しておくことにする。
「……魔力中毒と魔力酔いはどう違うんですか?」
「簡単に例えるならば、症状の長引く病気と一過性の病気みたいなものかな」
……とはノーヴァ公爵さま。
分かりやすい例えをありがとうございます。
慢性的な病気と急性の病気だと思ったらあっさり理解できた。
「魔力酔いはアレだね。深酒しすぎて翌日にまで気怠さや頭痛を引きずったあの状態によく似てる」
「その例えは子どもには理解できないと思うよ。成人しているのならまだしも、さすがに幼子には難しいだろう?」
────二日酔いかよ!!
確かにノーヴァ公爵さまの言うように子どもにするような説明じゃないけど、ぶっちゃけ二日酔いの辛さはめっちゃ分かる。
前世で一度だけ二日酔い経験したことあるからね。
あれは確かにキツかったよ。
そんな状態が魔力酔いの症状だと言うのなら、魔力酔いなんてしたくないって思っちゃうね。
────っていうか、何をやったら魔力酔いなんて起きるんだろう?
……とまぁこんな感じで、お父さまの執務室へはイケナイ大人たちのしょうもない魔力酔いの例え話を聞かされている間に到着した。
ちなみに淡い黄緑色の靄キラの光───もとい妖精は、どこかに行くことなくちゃっかりと私たちについてきていた。
執務室に入ると、既に到着していたカイエンが応接用のテーブルに手際よくお茶の用意をしていた。
私たちが移動してくる間にお茶の準備を整えてくるなんて手際よすぎでしょ。
オンディールの使用人の皆さん、能力高い人が揃いすぎだと思います。
「それでは結界強化のための鉱石を置きますので、旦那様、防音結界をお願いいたします」
お茶菓子のセッティングを終えたカイエンが懐から四つの魔導鉱石を取り出しながらお父さまに言う。
魔導鉱石というのは魔力を通した魔石のことなんだって。
魔石はダンジョンとか一部エリアの地上に生息している魔物や魔獣の体内にあって、それらを倒すことで手に入れられるらしい。
強い魔物や魔獣ほど大きくて良質な魔石を持っていて、その魔石に魔力を通すための紋章を刻むことで魔力を流し込み蓄えることができるようになる。
魔導鉱石の大半は魔道具の動力源として使用されており、人々の生活を豊かなものにしてくれる、とっても便利で貴重な石なのだ。
今回カイエンが用意したこの魔導鉱石は、直接これに防音結界の魔法をかけるために使うらしい。
魔導鉱石を通すことで、通常行使するよりもより強固な結界を展開できるのだとか。
本来の魔法の効果を何倍にも高めてくれる補助的な効果が期待できるなんて、何とも便利な存在ですねぇ、魔導鉱石という石は。
さぞかし希少でお値段もお高いことだろう……と思っていたら、意外なことに価格はピンキリらしい。
大きさや質にもよって変わるので、正確な値段は付けられないのだとか。
購入の際はモノを見た上での時価取引になるとのこと。
う~ん……分かりにくい。
時価って安いのか高いのか分からないからねぇ。
気づかずうっかり大金払っちゃった、なんてことにもなりかねないから怖いとこなんだよ。
……それにしてもこの世界。
一体全体何なんだろうね?
魔物とか魔獣とかダンジョンとかさ?
RPG感が強すぎるんですけど?
おまけに魔石を使って生活便利にしちゃうアイテムをどんどん作っちゃうよ、的な生産系ゲームの要素も出てきてね?
乙女ゲームの世界観どこ行った?
……とまぁ、こんな感じでツッコミどころ満載なんだけど、いい加減学習しました。
ワタクシめ、黙ります。
不思議。
便利。
不都合がなければそれでいいじゃない。
二度目の人生、突っ込んだら負けのような気がするのです。
だったら突っ込んだりせずに楽しんだほうが絶対にいいと思うのです。
……何となく、だけど。
……っと、話がズレました。
別方向に思考を飛ばしていないで、お父さまたちの話に耳を傾けなければ!
「……さて、と。話すべきことはいろいろと、それもたくさんありすぎるのだけれど。まずは……」
「……妖精の悪戯の件が先だろうな」
防音結界を張り終えたお父さまが話を切り出し、それにノーヴァ公爵さまが応えたと同時に視線を向けた先は私……ではなく。
私の髪の毛の先あたりでふよふよ漂っている靄キラだった。
それもただ見るのではなく、どこか険しい目つきでもあったため、思わずサッシーを抱き締めながらビクッとしてしまった。
自分がそういう険しい目で見られているわけじゃないと分かっていても身体は反射的に動いちゃうものなんです。
サッシーもサッシーで、私が突然抱き締めたものだからびっくりしてた。
その反動ですっかり泣き止んだようで、驚かせて悪かったなと思うと同時にちょっとだけ安心もした。
サッシーがずっと泣いてるのを見るのは辛いしね。
やっぱりサッシーは笑っていてこそサッシーなのだ。
なんてったって笑い袋だからね。
決して泣き袋なんかではないのだ。
……さて。
ある意味お父さまたちに睨まれたと言ってもいいであろう靄キラですが。
私でも見て分かるくらいにあたふたしている模様。
相当に動揺しているな、っていうのが伝わってくるにはくるんだけど、如何せん、私には靄キラの光が小刻みにぷるぷる震えているようにしか見えない。
お父さまやノーヴァ公爵さまには、この靄キラは一体どういう風に見えているんだろう?
紛うことなき妖精だって言ってたし、ちゃんとした妖精の姿に見えているのは間違いないと思うんだけど。
「どういう意図があってレーンにああいう真似をしたのかな?」
んん??
私まだお父さまに、池に落ちたなんて言ってないよねぇ??
さっきだって、何となく想像がつくと言っただけで、それも泣いているサッシーを見てのものだ。
何があったかなんて話す時間はなかったはず。
なのに、だ。
お父さまは確実に『妖精が私に何かをした』と断定している。
サッシーに対してじゃなく、私に対して悪戯を仕掛けたのだと。
実際にそれは当たっているわけだけれども、それを詰められてる妖精としては、なぜあの場にいなかったはずの人間がそれを知っているのかという驚きでいっぱいになっていることだろう。
お父さまに詰められたことで動揺は更に増し、アタフタと忙しない動きで私の顔周りを行ったり来たりしている。
……正直に言おう。
靄キラの光が目の前でキラキラチカチカしてかなりウザい。
叩き落としたくて仕方ないんですが?
────どこかにハエタタキはありませんかーーーー?
そんなことを思ったのとほぼ同時に、私の目の前を見慣れた小さな姿がサッと横切った。
……と思ったら、ウザったい靄キラが目の前から消えた。
《フピッキュ!!》
「へっ?」
サッシーが奇妙な声を上げたことに疑問を感じ、すぐさま声のしたほうへと顔を向けると、靄キラの光にのしかかって得意げにする姿が目に入った。
どうやら私がウザいと感じていたことに気づいて目の前から排除しようとしてくれたらしい。
おかげで視界が目に優しくなったよ。
ありがとう、サッシー。
一方でサッシーに潰されている靄キラは、そこから逃れようとジタバタ暴れるも、サッシーは一向に上から退こうとはしない。
逆に
《ピキシャアァァァァ!!》
という、これまた奇妙な声で威嚇(?)していた。
……うん、これは言わずもがな。
────サッシーもおこですよ、っと……
私はまぁ……ほら、自業自得な部分もあるし?
一方的に妖精にやられたなんて思ってはいないけどさ。
でも、サッシーから見たらそうじゃないわけじゃん?
あれだけ半狂乱になって泣き叫んでたわけじゃん?
ぶっちゃけ、怒らないほうがおかしいよね、って話。
だから、今サッシーに押し潰されてる妖精を助けるわけにはいかんのです。
目の前で飛び回られてキラキラチカチカしたのにはちょっとだけイラッとしたしね。
……というわけで、今私の膝の上で繰り広げられているサッシーと妖精の攻防についてはスルーの方向でいきます。
「くくっ……」
そしたら今度は頭上から堪えきれないといった体で漏れ聞こえた笑い声。
その声の主はノーヴァ公爵さま。
実はワタクシめ、ノーヴァ公爵さまにお膝抱っこされている状態なのですよ。
お父さまの執務室についたら自然に下ろしてもらえると思っていたんですけどね?
ほら、私さっきからずっとノーヴァ公爵さまに回復魔法かけてもらってるじゃないですか。
今もまだそれが続いていて、離れちゃうと効果が薄くなるからってことで未だ抱っこされたままなんですよ。
もちろんお父さまは渋い顔しましたよ?
でも、私の回復が最優先ってことで渋々納得してくれて今に至るってとこです。
なので、私をお膝抱っこしているノーヴァ公爵さまには、私の膝の上で行われているサッシーと靄キラの攻防はバッチリ見えているわけなのですよ。
それがあまりにも珍しい光景だからか、思わず笑っちゃったんだとか。
「この小さき”擬態せしモノ”は不思議だね。こんな風に感情を顕にして”風の”に突っかかっていくなんて、私の知る”擬態せしモノ”とは全く別の生きもののようだよ。負の気配も悪意も全くないどころか、明るく可愛らしいという言葉がピッタリの、実にユニークな存在だね」
笑いながらノーヴァ公爵さまが見ている先にいるのはサッシーだ。
ふんぞり返っているサッシーの下では、妖精が手足をジタバタとめいっぱい動かして藻掻いている最中なのだとか。
私には靄キラの光が若干暗くなったり元に戻ったりしているようにしか見えないけど。
そう告げたらノーヴァ公爵さまが靄キラに対して何かの魔法をかけた。
小さな術式が靄キラの周りに展開して、それがすう……っと消え去った直後。
靄キラにしか見えなかった淡い黄緑色の光が、小さな人型───小人のような姿に視えるようになったのだ。
「わ……小人さん……!」
「うん、きちんと本来の姿が見えているようだね。これが”風の”だよ。風の属性を纏う妖精たちのことを、私たち人の間では”風の”と呼んでいるんだ」
「ほぇ~……」
そう説明されて思わずじっと”風の”妖精を見つめる。
人型に見えるようになったことで、さっきノーヴァ公爵さまが言っていた『ふんぞり返っているサッシーの下で手足をジタバタ動かして藻掻いている』という様子がよく分かる。
よくよく見ると、妖精が若干涙目になっているようにも見えて、ちょっとだけかわいそうになった。
どんなに藻掻いてもサッシーの下から抜け出せないことで挫けそうになっているっぽい。
元がサシェであるサッシーの袋は私の手にはとても軽いけれど、のしかかられている妖精にはかなりの重量になっているのかもしれないな。
そんな状態でも容赦なく妖精に事情を訊くお父さま。
慈悲なんてあったもんじゃない。
悪戯が過ぎると言われているだけあって、この妖精のおいたは今回のこと以外にもボロボロと出てくるほどの前例がありそうだ。
……そうして。
お父さまが妖精から事細かく聞き出した一連の内容と、私がどんな状況になって池に落ちたかという話と、ノーヴァ公爵さまが私を助けるに至るまでの話を照らし合わせて分かった結果はこうだ。
妖精曰く。
モンスターであるはずなのに邪気も悪意も負の気配も全く感じない不思議なサッシーと、そんなサッシーに懐かれて更には餌付けしてニコニコ笑っている私がとても気になってしまったらしく。
自分も一緒にその輪の中に入れてもらいたいと思ったのが悪戯の切っ掛けだったとのこと。
最初はすぐ側で笑うことで気づいてもらおうとした。
けれど、声には気づいても自身の存在に気づいてもらえなかったことで、今度は視覚的に分かるように悪戯をした。
これはたぶん、お皿からクッキーが数枚消えたことを指しているのだろう。
それでもクッキーが消えたことだけに気づいて、やっぱり己の存在には気づいてもらえない。
そこで妖精が取った行動が、飛んで移動しながら時折クッキーを取り出しては食べる、というものだった。
それを見て驚いた私が『不思議現象だ!』と歓喜の声を上げる。
姿は見えなくとも、己の取った行動に喜んでもらえたことで調子に乗り、辺り構わずふよふよ漂いながらクッキーを出しては食べ……ということを繰り返した結果、妖精は池の中ほどまで移動していて、それを追いかけ続けた私もまた池に落ちた、という流れだ。
私が池に落ちたことに仰天して、慌ててノーヴァ公爵さまを呼びにいったのが水の妖精。
そのすぐ後に大泣きしたサッシーもやってきて中庭の池に誘導されたとノーヴァ公爵さまは言う。
……ふむ。
大体分かったけど、妖精視点の部分だとそんな感じだったのか。
とりあえず言わせて。
私からしてみりゃ『そりゃ気づかなくて悪かったね……』としか言いようがないんだわ。
だって、しょうがない。
キミの妖精としてのその小人さんのような姿、全く見えなかったんだもの。
だから、気づかないから悪戯した、という言い分は分かった。
それに悪意を持ってやったわけじゃないということも分かったし。
私としては、興味を持ってもらえたこと、更には仲良くしてほしいと思ってもらえたということは素直に嬉しいと思えるよ?
でもね?
簡単に許しちゃいけない事実だってあるんだわ。
それは私が池に落ちて溺れたことで、あわや死んでいたかもしれない、ということ。
もちろんそのことに関して妖精だけを責める気はない。
注意散漫だった私にだって非はあるんだし。
そのことはちゃんとお父さまにも説明した。
周りをよく見ないで、靄キラの光しか目に入れずにあちこち駆け回った私も悪かったのだと。
そこに関しては、一時的でも私を一人にする状況を作ることになった自分にも非があるとお父さまは言っていた。
あとノーヴァ公爵さまから『幼子の好奇心を甘く見てはいけない』とも言われていたっけ。
最終的には、誰が悪いかと言えば皆悪い、みたいな結論に落ち着いた。
あとはタイミングも悪かった。
更にはそこに色々と不運が重なったことで起きてしまったことだ、という感じで。
だから私は妖精を許すことにした。
でもやっぱり、池に落ちる直接の原因でもあったことから、デコピン一発をお見舞いすることで痛み分けとしたのだ。
思いっきりバチッとやったため、更に涙目になっちゃったけどそこは謝らない。
痛かったかもしんないけど、私はものすごく苦しかったんだからね。
サッシーはというと、あんまり許したくなさそうだったけど、このお邸には咲いていない珍しいお花をあげると提案されてあっさりと許してた。
お花もらえるって分かって手のひら返すとは現金だな。
それよりも、サッシーも妖精も言葉喋れないのにどうやって意思疎通図ったんだろう?
相変わらず謎すぎるわ、サッシー。
そんな感じで、私とサッシーと妖精は和解した。
というか、仲良くなった。
最後に、妖精が部屋から出ていく時、私に握手を求めるように手を伸ばしてきて。
反射的に私も手を差し出したら、軽く手のひら同士でタッチするみたいに触れられた。
その直後、淡い黄緑色の光が私の身体を包み込み、それからキラキラと霧散するように消えていった。
「今の、何……?」
「”風の”が視える力を与えてくれたようだね。本当は妖精の姿を見るのにはある程度の魔力が必要になるんだけど、レーンはまだまだ魔力量が足りていないからね。自分たちの姿をきちんと認識してもらうために、視える力を貸してくれたんだと思うよ」
お父さまの言葉に妖精が大きく頷く。
それから『これからもよろしく』と言うかのように、一瞬だけ私の頬にキュッと抱きつき。
最後に『また会おうね』の言葉代わりに大きく手を振って、パッと姿を消してしまった。
まるでそれは幻でも見ていたのかと思えるほど一瞬の出来事で。
でも、確かにそこに妖精はいたんだという確固たる証拠があった。
妖精が姿を消すと同時に、まるでペパーミントを思わせるような爽やかな香りを乗せたそよ風が、私の頬をするんと撫でていったのだ……─────
妖精さんは今回登場した風と水以外にも、火と大地に属する種も存在します。四大属性となる四種です。
基本的に風と水の妖精は喋りません。なので、意思疎通を図る手段は身振り手振りと百面相と時々オーバーリアクション、という感じになります。
まだ登場していない火と大地の妖精は喋れます。火の属性の妖精は知性が高いため、大地の属性の妖精は人間と接する機会が多いため、というのが喋れる理由です。
大地に属するものは土以外にも、草木や花といった植物も含まれるため、他の属性の妖精たちに比べると圧倒的に存在する数が多いです。
以上、補足でした!




