兄さま、激怒する
続き、やっとできました……
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次話も頑張って書きます!!
~兄さま、激怒する~
泣いてばかりいたところで何の解決にもなりません。
そんな暇があるのなら、一回でも多く防護障壁魔法を使って己の魔力を枯渇させるべきなのである。
そう気づいた私は、早々に泣くのをやめて魔法と向き合うことにした。
ある意味、開き直りとも言える私の切り替えの早さにお父さまも兄さまも戸惑っていたようだけれど、私が真剣に魔法と向き合っていると分かるとその戸惑いもいつの間にか消えていた。
あれから回数にして三十を過ぎたくらいの魔法を熟した頃だろうか。
さすがに身体が疲労を訴えてきた。
身体が……というよりは、頭が、かな……?
ほら、アレですた。
頭を使いすぎると糖分が不足してクラクラするっていうあの感じ。
空っぽになるまで魔力を使い切ってしまうと、ちょうどそんな感じで頭が非常に疲れてしまうのだ。
ある意味お勉強しすぎよね~……って、実際は魔法の実践練習という名のお勉強なわけだけれども。
でも、その甲斐もあってか、ちょっとだけ私の防護壁はマシになりました!
風前の灯シャボン玉障壁(私命名)は、ほんのちょっとだけ強度(?)が上がって、できたてシャボン玉障壁(私命名)に進化しました!
……とは言っても、脆すぎて何の役にも立たない防護壁であることに変わりはないんだけど。
やっぱり息を吹きかけるだけで簡単にパチンと弾けて壊れちゃうので。
まぁ触れてもいないのに壊れちゃった風前の……(以下略)に比べると、こちらからのアクションによって壊れる分ちょっとはマシになっていると思いたい。
分かりにくいけれど微々たる変化があったということで結論づけることにするのです。
地道な努力の繰り返しが先の未来での成長の糧になると信じてやるしかないのですよ。
「今日はもうそのくらいにしておいたら?」
疲れてへろ~んとした状態の私を見てロイアス兄さまがそう言った。
行儀が悪いけれど、今の私は直接草の上にへたり込む形で座り込んでいる状態なのだ。
「そうだね。二時間近く休憩も挟まずに魔法を使い続けていたから、頭も身体もものすごく疲れているはずだ。やりすぎは反ってよくないから今日はもう終わりにしようか」
お父さまからもそう言われたことで素直に頷く。
いつもだったら『ここからが本番だ!』なんて躍起になって没頭しているところなんだけれど、さすがにかなり疲れました。
とにかく頭がクラクラするの。
ゴロンと横に転がって眠ってしまいたいくらい。
「頭の疲れを取るために甘いものを食べようか」
「!」
暗に『おやつタイム』だと言われてパッと表情が明るくなる私。
そんな私の分かりやすい変化に、兄さまが隠しもせずに笑った。
「甘いものと聞くだけで元気になれてしまうんだね、レーンは」
「……生き甲斐なので」
「それは大げさだよ」
いや、大げさなもんか。
前世からのお菓子大好き人間からお菓子を取り上げたら何も残りませんからね?
お菓子がないと生きていけません。
私の貴重なエネルギー源なんですからね!
尚も笑う兄さまに膨れっ面を晒しつつ、お菓子の貴重性を語る私。
そんな私たちの様子を少し離れた場所で見ていたお父さまが、側を通りかかった使用人を呼び止めて中庭にお茶の用意をするよう言いつけていた。
「……さて。お茶の用意が整うまで、少しだけレーンに『当てにならない』見本を見せることにしようか。ロイアス」
「………………はい」
たっぷりと間を空けつつ溜息混じりに返事をした兄さまは心底嫌そうだ。
さっきのあの遠い目をした表情を思い出すに、兄さまにとっては相当に厄介なことに違いない。
「……レーンに影響のない範囲でお願いしますよ、父上?」
「それはもちろんだ! 大事なレーンの身体に傷がつくようなことがあってはならないからね!」
「………………その理屈で言うと僕ならいくらでも傷ついて構わないと取れるんですがね?」
およ?
珍しく兄さまがトゲトゲしいぞ?
……しかしまぁ、影響あるやつだと怪我を覚悟しなきゃなんないレベルの魔法なのか。
防御のはずなのに攻撃的っていうのはそれが理由?
それと別に傷ついても構わないんだけどね、私としては。
だって傷モノだったら第二王子の婚約者になんてならなくて済むじゃん?
でもこれ言ったらめっちゃ叱られる気がするから絶対に言わない。
……って、前にも似たようなこと考えたことがあったな。
いつだったっけ?
覚えてないや。
とりあえず危険レベルの魔法が展開されるようなので数歩分ほど後退しておこう。
巻き込みが一番被害を受けると相場は決まっているんだ。
そう、前世で言う事故とか、事故とか、事故とかな!
私が下がったことを確認したお父さまが微かに笑って頷いた。
それに気づいた兄さまがこちらへと振り返り、一瞬だけホッとしたような表情になる。
大丈夫ですよ。
ちゃんと安全圏に避難済みでございます。
念のためにもうちょっと下がってもよかったかな?
下がっとくか。
更に数歩分下がる。
兄さまの魔力量がとんでもないことを考えると、その親であるお父さまもまた似たようなものかそれ以上のものを持っていると考えたほうがいい。
いくら影響の及ばない範囲で、とか言っててもうっかり油断したら影響受けちゃうかもしれないもんな。
へっぴり腰だとか言わないでよ!?
未知なるものに関しての警戒は、しすぎるくらいでちょうどいいのだ!!
…………たぶん。
己の中の臆病を誤魔化すためにあれこれと脳内で言い訳を垂れ流しつつお父さまたちから距離を取った私が、完全に安全圏だと思われる場所に移動したのだと思ったのだろう。
若干心配そうだったお父さまと兄さまの表情が和らいだのが分かった。
それを見て、大丈夫だと伝えるために軽く頷く。
「……よし。安全な場所にレーンが退避できたことだし、防御とは名ばかりの当てにならない見本をお披露目するとしようか」
「できれば反撃系はやめてほしいんですが」
「もちろんそうするつもりでいるよ。レーンが見たいと言った場合は熟考の余地ありと見做して臨機応変に対処することになると思うけれどね」
「……それ、熟考の余地なんて最初からないも同然ですよね? レーンですよ? 見たいと言わないわけがないでしょう?」
げんなりとした表情で兄さまが言う。
好奇心の塊と言っても過言ではない私の性格をよ~く把握していらっしゃる。
確かに見たいか見たくないかで訊かれたら、答えは見たいの一択だ。
けれど、あそこまで嫌そうな顔をしている兄さまを見て、何が何でも見たいと主張するのは鬼の所業ではなかろうか、とも思う。
とりあえず、危険じゃないものを見せてもらうことにしよう。
防御とは名ばかりと言っちゃってる時点で危険じゃないとは言えないかもしれないけど。
ちょうどいいところに、景観をよくするために置かれたと思われる低い岩らしき出っ張りがあったのでそこに腰掛けて成り行きを見守ることにした。
そうして、私が完全なる落ち着きモードに入ったところでお父さまが防護障壁魔法の式を展開させた。
“防護障壁・風属式”
短い詠唱の直後、一際強い風がお父さまの周りを取り巻いた気がした。
そう感じたのは、先ほどの兄さまの時とは違って何の見た目の変化もないからだ。
兄さまが展開させた水属性の防護障壁のように目に見える護りが何もない。
「かかっておいで、ロイアス」
「…………分かりました」
「遠慮はいらないよ。全力で思いきりやってもらって構わないからね?」
「………………当然でしょう? でなければ僕のほうが返り討ちに遭いますからね……!」
────え……?
────返り討ちってどゆこと……?
兄さまの言葉に疑問を抱く私の思考を置いてけぼりに、兄さまが勢いよくお父さまへと攻撃を仕掛けていった。
魔法かと思っていたらまさかの体術。
空いていた距離はあっという間に埋まり、一瞬のうちに兄さまがお父さまの懐へと飛び込んだ。
ここまではまだ何の変化もない。
武器も持たず、何の構えもせずに無防備に立ったままの状態のお父さまに対し兄さまが攻撃を繰り出したその時だった。
「!? ……チッ!」
大きく顔を歪めた兄さまが、突如退きの姿勢に転じたのは。
つけた勢いを殺し、出した拳を引っ込めると同時に両腕をクロスさせ自身を守る態勢に入った兄さまを、一瞬にして吹き荒れた強風が弾き飛ばした。
「く……っ!」
弾き飛ばされ、そのままバランスを崩し倒れてしまうのではないかという恐れから血の気が引きかけた私。
小さく叫びそうになったけれど、兄さまが地面に叩きつけられるようなことはなかった。
恐らくお父さまの展開した障壁だと思われる強風に弾かれると同時に、兄さまは空中で体勢を整えていたらしく、しっかりと両の足で地を踏み締めていた。
けれど弾いたその強風による衝撃は計り知れないほどの勢いがあったらしく、地に足をついたはいいものの、そこから更に押し流されることになり、大きく地面を抉りながら後退させられる形となってしまった。
ようやくその勢いが削がれ、ガードする姿勢を解除できたのは、実に数メートルほどの距離を弾かれてからだった。
それは兄さまが強く踏ん張っていた足が抉り取って描いた地面の平行線を見れば明らかだった。
「…………やってくれましたね、父上」
吐き捨てるようにそう言った兄さまが左手の甲に軽く息を吹きかける。
思い切り眉の寄った顰め面と今の息を吹きかける仕草。
その二つから導き出されたのは、怪我をしたのではないか、ということ。
水属性以外の防護障壁魔法は防御とは名ばかりの危険なものだと言っていた。
それを考えたら、無事で済むはずがないと思うのは当然だろう。
慌てて兄さまへと駆け寄ると、兄さまの手の甲が赤くなっているのが目に入った。
幸い血は流れていないようだけれど、薄皮が擦り剥けていて見るからに痛そうだ。
地味にピリピリと滲みるような痛みがじわじわ押し寄せてくるタイプのやつ。
私が怪我したわけでもないのに、見ているだけでその痛みがこっちにまで伝播しそうだ。
思いっきり眉間に皺を寄せて顔を顰めた私を見て兄さまが苦笑する。
「大丈夫。擦り傷だから大したことはないよ」
そう言って優しく頭を撫でてくれた兄さまの表情から、その言葉に嘘はないのだろう。
けれど私は、それがどんなに小さく大したことがない規模のものであったとしても、兄さまが怪我をしたというその事実が嫌で嫌で堪らなかった。
「傷……怪我……治さなきゃ……」
え、っと……
初級魔法の治癒の術式は……
えっと……
ただ式を展開させるだけじゃダメだ。
私の魔力には固定の属性がない。
治癒魔法の術式に更に属性を指定して掛け合わせなきゃ発動できないんだ。
それと、治癒魔法は治癒に適した性質を秘めた属性でないといけないという一種の縛りのようなものがある。
火や炎といった威力があって攻撃に特化した属性ではダメなのだ。
おまけに私は魔法初心者。
これまでいろいろやらかしてきた割には、魔法の本来の使い方でやり始めたのは実質今日が初めてだ。
でも、初めてだから『できない』とか『無理』なんて弱気になっている場合じゃない。
いくら兄さまが『大したことない』と言っても、私が嫌なのだ。
兄さまが怪我をした、というその事実が。
ええい!
こういうのは勢いだ!!
「え、っと……」
“治癒術・水属式”
覚えた治癒魔法の式を、水属性で指定して展開させる。
式が展開されると同時にごそっと魔力が持っていかれて軽くめまいがした。
この時の私は、魔力が足りないこととか、失敗するかもしれないとかいう考えはすっぽりと抜けていた。
ただただ兄さまの怪我を治したい。
その一心で夢中で治癒魔法を行使することしか頭になかったのだ。
持てる魔力の全てを使い、治癒魔法がきちんと行使されたと分かったのは、展開した式が淡い水色を帯びて兄さまの怪我した左手を包み込んだところを見てからだ。
赤く擦れた傷に魔法が触れることでゆっくりと擦り傷を修復していくのが分かる。
……けれど。
どこまでも私の魔法はへっぽこだった。
治癒魔法が成功したこと自体が奇跡だったと言っても過言ではない。
確かに私が行使した治癒魔法で兄さまの怪我を治すことはできた。
だけどそれは、完全ではない。
私の魔力量では擦り傷を完治させるには至らなかったのだから。
あともう一歩どころではない。
半分治せていたらまだいいほうだ。
見るからに痛々しい傷は未だ手の甲に残ったままだ。
「……うぅ~………」
────悔しい
兄さま自身が大したことないと言い切ってしまっている小さな傷でさえ完治させられない自分の未熟さが。
今までのやり方───力技によるゴリ押し───だったら確実に兄さまの怪我を完治させることはできたはずだ。
けれどそれは、圧倒的に足りない魔力を補い、確実に魔法を成功させるための代価として己の命を削るやり方だとお父さまに言われて、もうやらないようにと念を押されたばかり。
例えそうであったとしても、今までの自分だったら選んでいたはずだ。
兄さまの怪我を完全に治すことができるのであれば、己の命を削ることになったとしても、確実に魔法を成功させるほうを選んでいたはずなのに。
……それを、やらなかった。
私は、兄さまの怪我を治すことと己の命を削ることとを天秤にかけたのだ。
しかも、無意識のうちに。
そして私は、己の命を削らないほうを選んだのだ。
ほんの一瞬の時も迷うことなく。
悔しい以前に、ショックだった。
兄さまよりも自分のことを優先させたというその事実に。
そして同時にそのことを非常に申し訳なく思ったのだ。
────なんだ……私だって同じじゃん……
大切に思う誰かのために、簡単に自分を犠牲にできるオンディールの一族の生き方をバカだバカだとずっと思ってきたけど。
自分だって立派にそのバカの一員じゃないかと。
おまけに、そうすることを選べなかった自分自身に対して許せないという感情を抱いた時点で相当だ。
そんな私の中に燻る感情は例に漏れず全て顔に出てしまっていて、しっかりとそれを兄さまに見られてしまった。
苦笑した兄さまに優しく頭を撫でられたのが何よりの証拠だ。
「ありがとう、レーン。僕の怪我を治そうと初めての治癒魔法を一生懸命使ってくれて」
「兄さま……」
それでも擦り傷は半分も治っていない。
なのに兄さまは、そんな未熟な私の中途半端な治療に心からのお礼を言ってくれるのだ。
「大丈夫。本当に大したことはないから」
「でも……」
「納得できない?」
そう訊ねられて正直に頷くと『じゃあ……』と、兄さまがこう提案してきた。
「もう一度、治癒魔法をかけてもらえる?」
「え……?」
「レーンの魔力が回復してからでいいから」
……なんてことを言う。
魔力ならとっくの昔に全快済みだ。
今やれと言われたらすぐにでもできる。
疑問なのは、なぜ兄さまがそういうことを提案してきたのか、ということだ。
そしてやっぱりその疑問は私の顔に出ていて、またまた苦笑されてしまった。
「僕が自分で治してしまってもよかったけれど、そうしたら余計にレーンが気に病んでしまったかもしれないだろう?」
「……………………」
図星だ。
気に病むというよりも、己のへっぽこ加減に落ち込んでぐじぐじといじけ続けていたことだろう。
「レーンの気持ちを考えたら、最後までレーンにやってもらってきちんと治すほうがいいからね」
そう言った兄さまの顔から苦笑は消えていて、代わりに柔らかい笑みが浮かんでいた。
「……さあ。そろそろ魔力も回復した頃だろう? レーンの魔力の回復の速さには目を瞠るものがあるからね」
差し出された左手を見て、兄さまが治癒魔法をかけるよう促しているのが分かった。
反射的にその手に触れ、見上げるようにしてじっと顔を見つめると軽く頷かれた。
“治癒術・水属式”
触れた状態で治癒魔法をかける。
今度もよくて半分くらいだろうな……と思っていたら、その予想はいい意味で外れた。
完治は無理だと思っていた二度目の治癒魔法で、兄さまの擦り傷はキレイさっぱり消えてなくなったのだ。
「え……?」
何かの見間違いじゃないかと信じられない思いで目をゴシゴシと擦ってみるも、当たり前のように変化はない。
私がかけた治癒魔法は、間違いなく兄さまの怪我を完治させたのだ。
「魔力総量が若干上がったことでその分治癒の効果が増したんだろうね」
不思議そうな顔をしていた私に兄さまがそう教えてくれた。
「魔力は目に見えないから、どう変化があったのか分かりにくいし、直接的な確認もできないから不思議に思うのも無理ないと思うけれどね」
優しく頭を撫でながら兄さまは続ける。
「……でも。結果はきちんと示されただろう?」
そう言われて差し出された兄さまの左手が何よりの証拠だ。
「少しずつだけれど、確実に成長していってるよ。この調子で継続して努力を続けていくことでもっともっと成長できる。だから諦めずに頑張っていこうね」
再び頭を撫でられて素直に頷く。
ここまでの経緯がどうであれ、自分の魔力総量が少しずつ増えていっているのは紛れもない事実だ。
自信を持っていいかどうかは微妙だけれど、やっていることに間違いはないということに確信を持てたのは大きな収穫だろう。
自分の成長に繋ぐことができる方法を見つけられた、という意味では。
だけど……
それとこれとは別問題なことがある。
そのことに関して怒ることくらい許されたっていいと思うんだ。
いくらなんでもアレはない!!
そう思った私は、ニコニコと笑顔でこちらの様子を覗っていたお父さまのほうへとくるりと向き直った。
それと同時に、キッと睨み上げることも忘れない。
「!」
一瞬驚いた表情を見せたお父さまにお構いなく、睨み上げたままズンズンと大股に歩み寄る。
「酷いです、お父さま!!!」
目の前に迫ったと同時に私は拳を振り上げた。
幼女の威力のない拳骨一発くらいは甘んじて受けてほしい。
そんな軽い気持ちから至った行動だった。
けど……
「ダメだ、レーン! 今の父上に攻撃しようとしてはいけない!!」
「え……?」
焦りが入り混じった兄さまからの制止に疑問を覚えたその瞬間、身体が何かに押し出されるような妙な感触がした。
「レーン!!」
その直後、私の身体は吹っ飛ばされた。
私を支えようと背後に回って私を抱えた兄さまごと一緒に。
かなりの勢いで飛ばされた私と兄さまは、少し離れた場所で背中から転んだ。
というか、正確には兄さまに抱えられた状態だった私は無傷で、ダメージを負ったのは背中から倒れる形となった兄さまだった。
「……あ……ロイ、兄さま……?」
かなりの衝撃で倒れてしまったため、恐る恐る呼びかける形となったのは仕方がない。
さっきの擦り傷なんて目じゃないくらいの大怪我を負っていてもおかしくはないからだ。
けれど兄さまは、腕の中の私を抱えたまま難なく身を起こし、じっと私の目を見つめながらこう言った。
「レーン、怪我はない? どこかぶつけたりとか、痛いところは?」
「ない、です……」
矢継ぎ早に問いかけられ、痛くもなんともないことを告げると、兄さまが大きく安堵の溜息をついた。
だけど次の瞬間、兄さまの表情は一変した。
「どういうつもりですか、父上!! 先ので検証は終えたはずでしょう!? 障壁を解除しないままレーンを近づかせるなど……!!」
これには驚いた。
兄さまが怒ったのだ。
それもお父さまに対して。
前に見た静かな怒りではなく、感情を顕にした激昂。
こんな兄さまを見るのは初めてだ。
というか、兄さまがこんな風に怒るなんて思いもしなかったというのが正解か。
それも私のことを思って怒ってくれているのだから尚更だ。
「……ああ、ごめんね」
なんて謝ってくるお父さまだけれど。
ニコニコ笑ってるところを見ると謝るつもり全然ないよね、ってのがよ~く分かる。
兄さまもそれを分かっているのか、怒りの表情を引っ込めることをせずに強くお父さまを睨みつけたままでいる。
「相手を弾くだけが風属性の防護障壁じゃないところを見せるつもりでいたからね」
「……よくもまぁ、そんなことをいけしゃあしゃあと……」
「に、兄さま……?」
いつもの言葉遣いが思いっきり迷子ですよ?
「『相手を弾くだけ』? しっかりと反射で風の刃を仕込んでおきながらどの口がそれを言うのですか!」
「あれ? 気付いていたのかい?」
「当たり前でしょう! 気付いたまではよかったものの、反応に一瞬出遅れて完全回避は無理でしたからね。だからあの後言ったでしょうに! 『やってくれましたね』と」
「う~ん……さすがだね。私の息子は思っていた以上に優秀だったようだ」
「…………は?」
兄さま、怖い、こわい、コワイ……!
顔が!
目つきが!
言葉遣いが!
何もかもが怖いですって!
「僕は最初にお願いしていたはずですが? レーンに影響のない範囲で、と。それと合わせて反撃系もやめてくれと確かに言いましたよね?」
きつくお父さまを睨みつけながらそう言い募る兄さま。
確かに言ってた。
私に影響のない範囲で、とも、反撃系はナシで、みたいなことも。
「……にも関わらず、どっちもやってくれるとはどういう了見ですかね? 思いっきり影響が出てしまっているではないですか!!」
バッと大きく手を動かし、兄さまが私の方を示す。
突然のその動きに、思わずビクッと身体が反応してしまったのは仕方がない。
それだけ今の兄さまの言動は普段通りとはかけ離れているんだもの。
「ほんの擦り傷だったとはいえ、僕が怪我をしたというその事実にレーンがどれだけ狼狽えていたのか分かりますか!? その後の行動だって、レーンの気持ちを思えば容易に想像はついたはずです! その時の感情に任せてレーンが父上に食って掛かるのは当然の流れでしょう!? 未だ障壁を解除していない父上に向かっていって、その障壁に阻まれるという結果までがレーンの取る一連の行動だということを、父上は全く想像できなかったとでも言うつもりですか!!」
尚も言い募る兄さまの怒りは収まらない。
お父さまの反応次第では更にその怒りの火に油を注ぎそうだ。
「……確かに。ロイアスの言う通り、少しレーンのことを甘く考えていたかもしれない。まさか、障壁を纏ったままの状態の私に突っかかってくるとは思いもしなかったからね」
「常に最悪を想定しろとの教えは父上からのものだったはずですが?」
「返す言葉もない。認識が甘かったことは認めるよ」
「それだけですか?」
「え……?」
「そこに何か企みがあったことも事実でしょう? 風属性魔法の特性と術師の気質との関係性で齎される一種の特質変化。それが起きることによって別方向から何らかの変化が生まれる。父上はそれが見たかったのではないですか? ……僕ではなくて、レーンのほうに」
睨みながらそう続けた兄さまの言葉に、お父さまが若干気まずそうな顔で目を逸らしたのを私は見逃さなかった。
兄さまの言うように、何かしらの企みがあったのは間違いなさそうだ。
「風属性の魔法は自然の風そのものの性質に似て非常に気まぐれで扱いに難しい。更にはそれを扱う術師が本来持ち合わせている気質によってその気まぐれさ加減に磨きがかかることも相まって、実際に想定していたものとは別の結果や効果を齎すことも多々ある。ある意味、魔法のほうが使い手を選ぶようなややこしい属性なんだ。相性が良ければ問題はないが、そうでなければ行使する術師側にもダメージが返ることは必至。そんな魔法を面白半分に、ちょっとした変化が見たいという好奇心で使うなど以ての外だ……!」
兄さま、言葉遣い、言葉遣い。
戻ってきた丁寧さがまたどっか行っちゃってるよ。
思いっきり迷子ですよ。
……ということを思ったのはほんの僅かな間だけ。
それよりも、沸々とした怒りを何とか収めようとしながら絞り出した、兄さまの語る風魔法に関する内容のほうに一気に意識が持っていかれた。
……っていうか。
────風魔法って、そんなに危なっかしい属性の魔法だったの!?
前世のゲームとかでは割とオーソドックスな魔法としていっぱい登場していたけど、こっちの世界ではそんなに扱いに難しい厄介な魔法だったんだ。
知らなかったよ。
相性が悪ければ使った術者自身をも傷つけるなんて、それ何ていう諸刃の剣……!
そんな厄介な魔法で何かを試すようなことをされるなんて堪ったものじゃないよね。
そりゃ兄さまも激怒するわけだわ。
さっきのお父さまと兄さまの遣り取りからして、試されていたのは兄さまでなくて私のほうだったのは確実だし。
勢いに任せて突っかかっていった私が、お父さまの風属性の障壁に阻まれたことがその何よりの証拠でもある。
だけども、お父さまは私が向かってきたことは想定外だったようだったから、恐らく試していたのはそれよりも前のことだろう。
お父さまは一体私の何を試したというのか……
風の障壁で兄さまを阻むことが当初の目的だったはず。
防御とは名ばかりの当てにならない見本を見せるという名目で。
でも、兄さまが言うには弾くだけが目的じゃなかったみたいな感じだった。
だから擦り傷だったとはいえ、怪我を負う羽目になった。
────ん……?
────怪我……?
って、まさか……!
「治癒、魔法……?」
一つの可能性として思い当たったそれを呆然と口にした瞬間、お父さまが分かりやすいくらいににこやかな顔で笑った。
「ご名答」
……なんていう、イラッとさせる言葉を口にしながら。
「あくまでも可能性として試してみたんだよ。圧倒的に魔力総量が足りていないというだけで、魔法の才能がないわけではないからね、レーンは。ちょっとした負荷的なものを与えることで、それが上手い具合に作用していい方向への結果を齎してくれるものじゃないかと踏んでいたんだよ」
「…………!」
続いた有り得ない発言に兄さま絶句。
私も『信じられない』という思いで何も言葉を発せず唖然とするしかなかった。
「予想外のことが起こることで、その逆境を乗り越えるべく強い力が湧くのはよくあることだろう? その事象を試すことでレーンにも何らかの変化が起きると思っていたんだよ。例えば……爆発的に魔力総量が底上げされるとか……ね?」
「……………………」
う~ん…………?
増えて、ませんねぇ?
しょぼいまま、ですねぇ?
まぁ、全くの見当外れのことは今現在進行中で起こってますけどね?
お父さま気づいてます?
兄さま、大激怒ですけど?
変化が起こったのは私でなくロイアス兄さまですよ?
激おこという名の変化が進行形で起こっておりますよ??
治癒魔法だって、咄嗟に使ったことに変わりはないけど、突然使えるようになったわけじゃないしね。
術式の丸暗記という机上でのお勉強の成果ですた。
使えるか使えないかは別として、与えられた教本に載っていた初級魔法の術式を全部頭の中に叩き込んでいただけにすぎないのですよ。
ほら、アレです、アレ。
英単語と同じ。
他に例えるなら歴史上の出来事と人物名、それらに当てはまる年号だとか。
とにかく覚えてなんぼの勉強法が、魔法の術式を叩き込むのに適した手段だっただけの話なのですよ。
あれこれ考えつつ首を捻る私の様子に気づいていないのか、お父さまは笑顔で私が治癒魔法を行使したことを褒めてくれている。
「治癒魔法は初めてだというのに、更に成功させたというのは素晴らしいことなんだよ、レーン。これで魔力量が増えたらどれほどの効果を期待できるか……と考えると、将来が楽しみになってくるね」
うん!
お父さま、超親バカ!!
たぶんだけど、お父さまの頭の中には、私が『治癒魔法の術式を完全に覚えていた』なんていう考えは微塵も存在してないんだろう。
だからこそ、教えてもいない治癒魔法を行使したことをここまでベタ褒めしてくれてるんだと思う。
でも違うから!
予習ありきの結果だと思うんですよね、今回のコレって。
「こうして違う魔法も混じえて使っていきながら少しずつ魔力量を増やしていくことにしようか。でも、今日のところはもうおしまいだよ? 結構な時間を休憩なしで頑張っていたからね」
そう言いながらお父さまがこちらへと近づいてくる。
ニコニコ笑顔で私の頭を撫でようと手を伸ばしてきたその瞬間、すごい勢いで私の身体は兄さまによってお父さまから遠ざけられた。
「ですから!! 障壁を解除しないままレーンに近づくなと先ほどから言っているでしょう!!」
「!?」
────ナヌ!?
────未だ風の障壁を解除しないまま、ですと……?
兄さまのその言葉を聞いた瞬間、私はジト目でお父さまを睨むように見てしまった。
『危険物は近寄るな!!』で、ござ~る!!
視線だけでそう訴えるようにしながらギュッと兄さまにしがみつくと、心得たように兄さまが私を抱きかかえてお父さまから距離を取る。
その見事なまでの連携に満足しているとお父さまが情けない表情になった。
大好きな子どもたちから距離取られたら落ち込むよね、そりゃ。
けどね。
こっちも身の安全は大事だし?
さっきも言ったように危険物は近寄ってほしくないのだよ!
その前に自業自得だから。
お父さま自身が私たちが遠ざかる原因作ってんだからね?
「それ以上僕とレーンに近づかないでください、父上」
言うなり兄さまは、無詠唱で障壁を展開させた。
私たちを取り囲むのではなく、逆にお父さまの進行を阻むために、障壁でお父さまを取り囲んでしまったのだ。
「……ぶ、わっ……!」
一瞬苦しげな声が聞こえた気がしたけど、それは気のせいではなかったようだ。
水の障壁に飲み込まれたお父さまが、慌ててそれを解除し、その場で激しく咳き込んだ。
よくよく見ると、お父さまは全身ずぶ濡れだ。
その様子と咳き込んでいる状態から察するに、兄さまの水の障壁に飲み込まれ、危うく溺れかけた……といった感じだろうか。
一頻り咳き込んで呼吸を整えたお父さまは、苦笑しながらロイアス兄さまに苦言を呈した。
「酷いなぁ、ロイアス。父さまを水攻めに遭わせるなんて……」
「自分がやられた分をきっちりお返ししただけですが?」
叱るでもなく、きつく窘めるでもなく、ただただ苦笑しながらそう言ったお父さまに対し兄さまがそっけなく返す。
「今ので分かったと思うけど、レーン」
「はい?」
「防護障壁魔法はね? こんな風に、自分以外の相手に本来の目的外で行使することも可能なんだ」
「そうなんですね」
自分だけじゃなく、他の誰かにも障壁をかけて護ることができるのは安心だ。
一瞬そんな風に思ったけど、どうも兄さまの表情を見る限りだと、そういうことを言っているのではないという感じがヒシヒシとする。
「一番安全だと言われている水属性の障壁も、相手にかけて隙間なく水で満たして取り込んでしまえば、簡単に死に至らしめることだって可能なんだよ」
「うぇッ!?」
……というとなんですか?
使い方次第では防護障壁魔法は攻撃魔法にも成りうるってことなんです?
己の身を護りつつ相手にザクザク攻撃仕掛けるとかタチ悪すぎやしません??
言われたことを自分なりに頭の中で整理してみたらとんでもない事実に気がついてしまった。
さっき兄さまがお父さまにやったことって、簡単に言えば『相手を溺死させること』を前提にした使い方、ということになる。
思い当たったその瞬間、思わずぶるっと身体が震えた。
恐ろしいのは、魔法の存在そのものではない。
それをどう使うか考える立場にある人の心がけ次第なのだ。
「……まぁ、こういう使い方をしておいて言うのも何だけど。水属性の防護障壁魔法も、防御とは名ばかりの危険な魔法であることに違いはないね」
「ソウデスネ……」
────にこやかに笑いながら言うことじゃござんせんよ、ロイアス兄さま……
突っ込みどころ満載だけど、ここは黙っておくのが賢明だろう。
「どんな魔法であっても、大事なのは行使するにあたっての心構えがどうか、ということだね。それを正しく使えるかどうかは己の心次第だから」
そう続いた兄さまの言葉に神妙に頷く。
「……そう言うのだったら、父さまを水攻めになんてしないでほしかったなぁ、ロイアス……」
「防御と称して僕に風の刃を向けた父上にだけは言われたくありませんよ」
「だからそれはごめんって……」
珍しくツンとそっぽを向いた兄さまに対し、苦笑しながら近づいていくお父さま。
ずぶ濡れになってしまった上着を脱ぎ、ギュッと絞って水気を切っているけれど、それだけでは到底追いつけないほどの濡れ具合だ。
一度お部屋に戻って着替えてきたほうが早い気がする。
「それより父上、これ以上僕とレーンに近づかないでください」
「さっきから何度も何度も酷いな、ロイアス!」
「……ですから! 近づきたいのであればさっさとその厄介な風の障壁を取っ払ってからにしてくださいって!!」
再び声を張り上げた兄さま。
一瞬、こめかみあたりに青筋が立ったのが見えたような見えなかったような……?
────気のせいかなぁ……?
そんなことを思っていたら、すぐ側から呆れたような盛大な溜息が聞こえてきた。
「全く……」
「?」
「親子揃って何を騒いでいるのかと思えば…………」
『あっ!』と思って顔を上げると、そこには溜息同様、呆れた表情を隠しもせずに立っているガルドの姿があった。
「ガルド!」
パッと笑顔で呼びかけると、一瞬にこやかな表情で私を見てくれた。
けれど、本当に一瞬だけだった。
「お茶の用意をと言付かって来たのですけれど……今はそれどころではなさそうですね……」
溜息混じりにそう言ったガルドの視線はただ一点、ずぶ濡れ状態のお父さまだけに向いていた……─────
パパンが障壁を解除していないことにロイアスが気づいていたのは、障壁を展開させている状態の魔力の流れを視覚的に捉えることができていたから。
フローレンは魔力の流れを視覚的に捉えることができないので、何も見えていませんでした。
加えて、風属性は厄介なので魔力の流れを視覚的に捉えるのはよほどの熟練者でなければ難しい、ということです。
視覚的に捉えることができているロイアスはそれだけ優秀ということになりますね!
……という、補足(^^ゞ




