『暦』は『カレンダー』とは呼ばないらしい
閲覧、ブクマ、評価といつもありがとうございます。
今回のお話はちょっとした説明部分を含んでおります。
※追記※
『月』の表記にルビがほしいとのご希望がありましたので、ルビ振りの修正をしております。
~『暦』は『カレンダー』とは呼ばないらしい~
日々が充実していると、時間の経過はあっという間だ。
そう。
瞬く間に時間は流れ過ぎ去ってゆくのです。
……ただ、ですね?
ちょっと不思議なんですよ。
おそらくこの世界、前世の世界とは時間の流れ方が微妙に違う。
ふとした瞬間に、そんなことに気がついてしまった。
そして、その時間の流れだけど、前世の世界と比べるとどこかゆったりと緩やかなのだ。
つまりは時間の経過が遅く感じられる、ということ。
あくまでも私の体感のため、正確な差は分からないけれど、ざっくり大雑把に言うと、前世比おおよそ1.5倍ほどの違いがあるように思える。
感覚的には2秒が前世での3秒くらいなのだ。
……となると、単純計算で一日の長さも1.5倍になるわけだから、体感的には一日36時間の感覚となるわけだ。
何とまぁ素晴らしいことで!
好きなことに思いっきり時間を費やすことが可能なのですよ!
その代わり、苦手なこととなるともんのすごい苦痛な時間を耐えに耐え抜かねばならんのです!
ある意味コレ、諸刃の剣じゃないです?
時間は有限だから、たくさんあるに越したことはないけど、それも割く内容にもよるよね、っていう話ですた。
一長一短ともいうのかな?
とりあえず、今の私はやりたいことがいっぱいで、時間はたくさんあった方が助かるので、気持ちはもちろん『嬉しい』に傾いてますけどね。
そりゃ苦手なことも色々あるけど、その苦手に対してもそのうち慣れてくるだろうし、体感的に長く感じる苦痛の時間も減っていくものだと信じたい。
……さてさて。
体感で一日おおよそ36時間という時間を得たワタクシめの本日の予定ですが。
淑女教育という名のレッスンはお休みです。
お勉強らしいお勉強もナシ。
ほぼまる一日自由な時間になりました。
予定がないのでもちろんヒマ。
さすがにお絵描きに費やすには余りすぎる時間とも言える。
────どうしようかな
────お父さまの部屋に突撃かまそうかなぁ
どうせ兄さまには相手してもらえないから、敢えて最初の選択肢からは外す!
今までのパターンから期待させておきながら裏切るという流れは既に見えているのだ。
それに前にお父さまが『子どもだけで魔法を使うのはダメ~』って言ってたから、兄さまとだけじゃ魔法に関しては何にもできないと思うんだよね。
だったら最初からお父さまのところに行って、お父さまに魔法のことを見てもらうのが一番いいような気がしてきた。
魔力中毒の影響はもう殆どないとは言ってたけど、やっぱりまだまだ心配だから最悪実践が無理だったとしても、お話だけ聞かせてもらうことは可能なはずだ。
うん、そうしよう。
もしかしたら、兄さまが続けるって言ってた基礎の基礎である魔力循環のことを教えてもらえるかもしれないし。
そうやってある程度の予定を立てたところで部屋を出た。
今日はお絵描き目的じゃないので手ぶら。
まぁ描きたくなったとしても、お父さまの部屋にスケッチブックとクレヨンと色鉛筆は置いてあるから特に問題はない。
メリダとエルナには引き続きプレイルームの内装のことをお願いしたので今は私一人だ。
いや、一人じゃないな。
私の左肩にちまっとサッシーが乗っかっているから。
ごきげんに『ピッキュ♪ ピッキュ♪』と鼻歌らしきものを歌っている。
ちなみに私が前世で好きだった曲だ。
お母さまとの発声練習の成果もあってか、今の私は前世の時と比べるとかなり歌が上手に歌えるようになったのだ。
それが嬉しくて好きだった曲を歌っていたら、いつの間にかそのメロディーを側で聞いていたらしいサッシーが覚えちゃって、自然とサッシーもそれを歌うようになったと、こういうわけだ。
そうそう。
念のために言っておくけど、私も歌う時は鼻歌にしてたよ?
一部英語の歌詞が入っていたし、それをそのまま声に出して歌っていたら、誰かにそれを聞かれた際に『謎の言語の歌を歌っている』と怪しまれてしまうかもしれないからね。
おまけに鼻歌だと、歌詞を一部忘れちゃっても問題ないし。
メロディーだけで『ふんふんふ~ん♪』って歌うだけなら誰も怪しんだりはしないもんね。
サッシーと一緒に『ふんふ~ん♪』『ピッキュ~♪』と鼻歌ハーモニーを奏でながらとっとことっとこ歩いていると、前方からお母さまがやってきた。
もちろんヴェーダも一緒だ。
一人で歩いてくる私に気づいて、いつものようにふんわりと柔らかく笑いかけてくれた。
「一人でどうしたの、レーン?」
「一人じゃないですよ、お母さま。サッシーも一緒です」
「あら、本当。サッシーも一緒だったのね。ちょうどレーンの髪の毛に隠れていて見えていなかったわ」
《ピッキュ!》
『自分もいるよ』とアピールするかの如く、サッシーが私の肩の上でピンピン跳ねた。
そんなサッシーを見て『うふふ』と笑いながら、お母さまは私へとこう提案してきた。
「今日は何も予定を入れていなかったでしょう、レーン? もしレーンが良ければの話だけれど、これから少しだけ母さまに付き合ってもらえないかしら? 楽しいお話があるのよ」
「楽しいお話、ですか?」
「ええ。とっても楽しいお話よ」
ニッコリと笑ったお母さまを見て、思わずサッシーと顔を見合わせる。
とっても楽しいお話とは一体何なのだろうか。
お母さまのニコニコ顔からしてかなり気になる。
「はい、行きます!」
《ピッキュ!》
速攻で返事してた。
お父さまのお部屋突撃はまた今度にしよう。
今は何よりもお母さまの言う『とっても楽しい話』が気になってしょうがない。
「決まりね。では行きましょうか」
そう言ってお母さまは私の手を取り歩き出した。
行き先はサロンかと思っていたけど違ったらしい。
連れられていった先はお母さまの私室だった。
「サロンだと出入りする人が多いでしょう? わたくしの部屋だったら誰にも邪魔をされずに気兼ねなくお話ができるわ」
『ふふっ』と笑いながらお母さまが唇に人差し指を当てる。
秘密の話でもするつもりなのだろうか。
でも楽しい話だと言っていたから、誰かに聞かれてもマズいとは思えないんだけど。
緩く首を傾げるとまたもお母さまに『ふふっ』と笑われた。
それだけでお母さまが楽しそうにしていることが分かる。
「女同士のナイショのお話よ、レーン」
およ?
やっぱり秘密の話なのか?
「さあ、おかけなさいな、レーン」
勧められたソファーへとゆっくり腰を下ろす。
サロンよりは小ぢんまりとしたソファーだけれど、座り心地は負けず劣らずの快適さ加減だ。
まるで包み込むように沈んでいくところなんて本当に最高すぎる。
座るだけでご満悦の私の様子に、サッシーもソファーが気になったのか私の肩からピンッと飛び跳ね、その勢いのままソファーへとダイブした。
だけど小さく軽いので、逆にソファーから跳ね返されて大きく弾き出される形となり、そのまま明後日の方向へと飛んでいきそうになったサッシーを慌ててキャッチする。
そのまま吹っ飛んでテーブルの上とか床に叩きつけられたりでもしたら大変だ。
この間のように大泣きしてしまうかもしれない。
間一髪で間に合ったと安堵していた私の目の前に、お母さまが手ずから淹れてくれたお茶がそっと差し出された。
────あれ?
────途中までヴェーダが一緒に来てたはず……
思わずキョロキョロと部屋を見渡すと、お母さまが私の考えていたことを察してくれたのか、小さくクスッと笑った後に『ここにはわたくしとレーン、二人だけしかいなくってよ?』と言われた。
「女同士の楽しいナイショ話だもの。ヴェーダには『レーンと二人だけにしてね』ってお願いしたのよ」
女だけの秘密の話ならヴェーダも一緒で構わないんじゃないかなと思った私の考えはどうやら先読みされていたようだ。
お母さまと私だけのナイショの話ということなら、女同士ではなく母娘だけの話って言ってもらったほうが分かりやすかった。
けどいいや。
実際今こうしてお母さまと私の二人だけだしね。
……まぁサッシーも一緒だけど。
今のところは性別不明のサッシーも、大元がサシェであることを考えると女の子寄りだと思ってもいいのだろうか。
自分で喚んでおきながらこんなことを言うのはおかしいかもしれないけど、本当にサッシーは謎すぎる生きものだと思う。
とりあえず、また好き勝手にピンピン跳ねてソファーに弾き返されては大変なので、サッシーは捕獲したまま私の膝の上に寝かせた。
そのうち空気読まずに寝るよ、この子は。
そうしてサッシーがおとなしくなったところでお母さまが話を切り出した。
「実はね、レーン」
「はい」
「近々レーンと二人きりでのお出掛けを考えているの」
「お出掛け、ですか?」
「ええ、そうよ。ただ……レーンが考えているようなお出掛けとはちょっと違うかもしれないわね」
「……と言いますと?」
「馬車に乗って王都内を廻るようなお出掛けではないということよ。貴族家の一員としてではなく、一個人として近隣の小さな町を見て回るような……いわばお忍びの様子伺いといったところね」
「お忍び!」
「そう、お忍びよ。ドレスではなく動きやすいワンピースを着て、恰もその町の一住人として町の催しに参加するの」
ニコニコ笑顔でお母さまは詳しい話を聞かせてくれた。
王都のような大きな街ではなく、規模は小さいながらも活気のあるとある一つの町で近々チャリティーなる催しがあるらしい。
お祭りほどの大々的な催しではないらしいが、その町の住民たちが力を入れている行事の一つなのだとか。
三日ほどの期日を設けたその催しは、住民の大半が協力し合って、通りに出店を出したり、町広場の中心で簡易的な楽器演奏会を開いたり、飛び入り参加自由の踊りの輪を作ったりなど、その町ならではのやり方で訪れた人たちを楽しませるためにかなりの力を入れているのだそうだ。
中でも目玉なのはチャリティーだけあって、教会や修道院、それと孤児院が中心となって行うバザー。
持ち寄った品はもちろんのこと、手作りのお菓子や孤児院の子どもたちが一生懸命手掛けた細工飾りなどを売り出し、その利益は全て院の運営のために使われるという。
それとは別に、町の子どもたちも大人の手伝いとして店番をしたり客寄せをしたりなどして、お小遣いという名の少額の対価をもらう。
この手伝いを通すことで子どもたちは労働することの必要性や大切さを学ぶわけだ。
子どもの頃のこの経験が、後の自分への大きな糧となる。
催しを通して、町の子どもたちは大人になるにあたっての生き方を学び身につけていくわけだ。
一種の社会勉強とも言える。
まぁ前世でもあったよね。
家のお手伝いをしてちょこっとお駄賃もらう、的なやつ。
何よりも私が興味を惹かれたのは、お母さまが最初に言っていた『お忍び』という部分。
ドレスではなく、町の住民のように簡素で動きやすい服を着て、町の住民として溶け込みその催しを体験する。
なんて素敵な響きだろう。
前世では当たり前のようにできていたことが、現世は当たり前ではなくなっている。
そしてそれは『やりたい』と言って簡単にできることでもない。
だけどお母さまは、その『当たり前だけれど当たり前じゃないこと』を、私に経験させてくれようとしているのだ。
心躍らないわけないよね!
貴族のお嬢様としてではなく、一人の女の子として町の催しに参加できるんだよ?
ワクワクしないわけがない!
「お供も護衛もつけない、正真正銘の二人きりよ、レーン。その日のわたくしたちはオンディール公爵家の者ではなく、町の一住民。そうね……ちょっとした商家の母娘といったところかしら」
「そういう設定で町に出るんですね」
「ええ、そうよ」
「でも……護衛の人、いなくて大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ。寧ろいるほうがかえって邪魔になるわ。催しで多くの人が訪れるから、その中では対象を護りづらいのよ。それに、向かう町は治安もいいし、危険なことは何もないわ。万が一何かあったとしてもわたくしが蹴散らしてあげるから安心してちょうだいな」
「え……」
お母さまが、蹴散らす……?
全然想像つかないんですけど?
「うふふっ。冗談よ。町の自警団の皆さんが巡回してくれているから何の心配もないわ」
「……あ、そういう」
「うふふっ」
本気かと思って焦っちゃったじゃないか。
でも冗談とか言いつつ、やりかねない気がするのはどうしてだろう。
「それでね、レーン」
「はい」
「ここからがナイショにしておきたい理由なんだけれど」
「? はい」
「お供も護衛もつけないで出掛けるとなると、我が家の男どもがうるさいでしょう?」
「あ~……」
言うまでもなくお父さまと兄さまですね。
うん、確かにうるさいと思う。
────っていうか、お母さま
────『男ども』って……
……まぁ気持ちは分からなくもないですけどね。
「二人だけで出掛けるなんて言ったらきっと反対するもの。ついてこられても目立って嫌だし。だからこの話はわたくしとレーンだけの秘密よ? それと、お出掛けする時もわたくしとレーンの二人だけ。当日までお出掛けすることを悟られないようにしてね?」
「う゛……が、頑張ります……」
黙ってようにも私は顔が黙ってないからなぁ。
でもできるだけバレないように気をつけよう。
でなきゃ、せっかくのお母さまからのお出掛けのお誘いが台無しになっちゃう。
それも滅多に経験できないような、町での催し。
すっごく興味があるし、参加したい。
バレて阻まれて中止に追い込まれたりとかなんて絶対に嫌だ。
何としてでもバレないように気をつける!
「そうそう。催しの日程だけれど……」
言いながら立ち上がったお母さまが、書棚の方へと移動した。
反射的に私も立ち上がってついていく。
サッシーは予想通り寝ちゃったからソファーの上に寝かせてきた。
膝の上に載せてたら速攻で寝ちゃったみたいだ。
何とも羨ましい寝付きの早さだ。
……や、私も寝付きはいいほうだけどさ。
なんてことを思いつつ、私はお母さまの側へ。
一体何をしに書棚のほうに行ったのかなと考えていた私の目の前に、スッと差し出されたのは不思議な作りのカレンダーだった。
「え、っと……」
前世のものとは明らかに作りの違うそれを見て戸惑った私。
何ていうか……私の部屋にあった時計もそうだけど、見せられたこのカレンダーもまた見事な芸術品そのものだったのだ。
おまけにパッと見ただけで分かる。
これ、年ごとに買い換えたりする必要のないやつ。
一つあれば一生使えるような代物だ。
見るからに超高額商品だよ。
「うふふっ。綺麗でしょう?」
「はい。とっても……」
差し出されたカレンダーに見とれていたら、お母さまが笑顔でそう訊ねてきた。
「わたくしも一目見て気に入ってしまって。迷わずに買ってしまったのよ。この暦表」
「へっ?」
「早い話が衝動買いね」
「いえ、そうではなくて……」
「?」
「お母さま、さっき、何て……?」
「一目見て気に入ってしまったって部分かしら?」
「えっと、そこでもなくて。最後にその……これのこと……」
「暦表?」
「暦表、ですか?」
「? ええ、そうよ。暦表よ」
「これ、暦表って言うんですか?」
「ええ。暦表よ」
バカみたいに何度も何度も問い直したのは『暦表』という名称に馴染みがないせいだ。
────だってこれ、カレンダー……
それ以外の名称なんて違和感しかないんだけど!
でも、何度訊いても返ってくる答えは『暦表』だ。
この世界ではカレンダーは『カレンダー』とは呼ばないらしい。
どっからどうみても紛うことなきカレンダーなのに、名称は『暦表』。
うっかり『カレンダー』って言っちゃいそうで怖いんですけど。
「ふふっ。急に物の名前を忘れてしまうだなんて不思議なこともあるのね。レーンの部屋には暦表はなかったかしら?」
「たぶんなかったと思います」
それらしいものはまだ見てないからな。
「そう。それじゃ本格的なお勉強を開始する前にレーンの部屋にも暦表を置くようにしましょうね。素敵なデザインのものがたくさんあるから、きっと気に入ったものが見つかると思うわ」
「あ、はい……」
「一月ごとのお勉強やお稽古事の予定を記しておいたほうが便利だものね。レーンが5才のお誕生日を迎えてからお勉強のスケジュールを組むことになるから、それまでに素敵なデザインの暦表を見つけることにしましょう」
いつの間にか私の部屋にも、私専用のカレンダー……じゃなくて暦表を用意することが決定してしまった。
うん、やっぱり暦表なんて呼び方は違和感しかない。
「まずは町の催しのことから決めてしまいましょうね。今日の日付がここよ」
そう言って指差された日付の数字は12。
仄かに青い光がふわふわと漂うように明滅している。
「天竜の月、12の日、木の曜日ね。町の催しがあるのは次の週の週末にあたる日から三日間だから……」
……と、お母さまが言いながらスッと週末からの三日分の日付のマスを指でなぞると、そこに新たに淡い赤色の光が灯った。
どういう構造なのか分からないけど、触れることで視覚的にも分かりやすくなるような仕掛けが施されているっぽい。
なんとなくだけど魔力感知によるものなのかなぁ……と感じたのは、少し前の照明のことを思い出したからだ。
「20の日の金の曜日から、22の日の日の曜日までね」
ってことは、明日は13の日で、金の曜日……っと。
────ん?
────んん??
こ・れ・は!!
13日の金曜日と来ましたか!?
ほんのちょっとだけ『うずっ』としたのは思いっきり前世での影響です、はい。
別に縁起が悪いとか怖いとか思ってるわけじゃないですよ?
某有名映画が切っ掛けで、なんとなく13日の金曜日は有料放送チャンネルで何かしらのホラー系の映画をやってないかなぁ~ってチェックをするクセがついているというだけの話なのです。
それを思うとこの世界、テレビだとか映画だとかいった娯楽が非常に少ないと思うわけ。
うあぁぁぁホラー映画が恋しい!!
コホン……話が脱線してしまいました。
元に戻しましょう。
単にお母さまが、来週末に当たる金曜日から日曜日まで町で催し物があるよ~と教えてくれただけのことですね。
あ、そうそう。
この世界、前世の時とは違って『金曜日』という言い方はせずに『金』の『曜日』とバラけて表現しているみたい。
『日』についても同じだね。
今日は12日だけど『12日』ではなくて、これまたバラけて『12』の『日』という表現になっている。
月に関しては……さすが竜の国というべきか、月の中に全て『竜』という名称が入っている。
お母さまはさっき『天竜の月』と言ってたけど、実際問題、前世で言う何月を指しているかがちょっと分からない。
今はちょうど暖かい春の時期だから3月が4月あたりだと思うんだけどどうなんだろう?
訊いたらヘンかな?
でも分からないことを分からないままにしておくのは嫌だ。
モヤモヤするもん!!
えぇい、訊いちゃえ!!
「お母さま」
「何かしら、レーン?」
「え、っと……天竜の月っていうのは、何番目の月ですか?」
「? ああ、新しい年が始まってから何番目の月になるのか、ってことね」
「はい」
「そういえばレーンには暦表の見方について話したことがなかったわね。ちょうどいい機会だから一通り説明しておきましょうか」
「お願いします、お母さま」
「うふふっ。お安い御用よ、レーン。立ち話も何だから、座ってゆっくりとお話ししたほうがよさそうね」
お母さまからソファーへかけるよう促され、対面だった先ほどと変わり、隣合わせで座ることになった。
そうして実物のカレンダー……じゃなかった、暦表を元に、大まかな一年の見方を説明してもらう。
「まずは新しい年、最初の月だけれど……」
お母さまがついっと指を滑らせながら暦表の表示を前の月へと巻き戻していく。
するすると流れるように表示が変わり、三つほど送ったところで指の動きがピタリと止まる。
先ほどの温かな色味から一転、ほんの少し冷たさを感じるような白っぽい色合いの一覧が表示された。
「これが新しい年の最初の月。光竜の月よ。一の月とも言うわね」
つまりは1月。
……ということは、この世界も前世と同じで新年は1月から開始する、という風に解釈できる。
ただ、名称が違うだけで。
前世でいう旧暦1月の和名が『睦月』だったように、この世界では『光竜』の月、としていると置き換えたほうが分かりやすいかもしれない。
そうやって新年最初の月に遡り、一の月である『光竜』から始まって、最後の十二の月まで一通り説明してもらったのがこうだ。
光竜の月、一の月(1月)
氷竜の月、二の月(2月)
聖竜の月、三の月(3月)
天竜の月、四の月(4月)
煌竜の月、五の月(5月)
水竜の月、六の月(6月)
嵐竜の月、七の月(7月)
炎竜の月、八の月(8月)
魔竜の月、九の月(9月)
神竜の月、十の月(10月)
幻竜の月、十一の月(11月)
闇竜の月、十二の月(12月)
……とまぁ、こんな感じ。
ちなみに一部地域では一の月の『光竜』を『白竜』、十二の月の『闇竜』を『黒竜』と呼ぶところもあるそうだ。
オンディール公爵家が管轄している東の領地の方では『光竜』『闇竜』で統一されているみたいだけど。
中央を冠する王都ももちろんそっち。
他国との境に近い地域の少数が『白竜』『黒竜』と呼んでいるっぽい。
たぶん国を跨ぐことで表現が多少入り混じってしまったものと考えられる。
「こうして並べてみるとすごいですね……」
「そうね」
分かりやすいようにとお母さまが紙に書き記してくれたんだけど、こうして見るとまぁ見事な竜のラインナップで。
さすがは竜の国って言われてるだけあるよね。
実際こんな種類の竜なんているんだろうかと疑問に思ってもおかしくないくらいの圧巻のラインナップだよ。
「『月』に関しては理解できたかしら」
「はい」
「それじゃ、次は『日』に関してね」
……と、再び一ヶ月のことについてお母さまが説明を続けてくれた。
こっちは十二『月』に比べると至って単純で、一ヶ月は全部の月を通してきっちりと30日間だった。
完全に一ヶ月を30日で統一しているわけだから、当然閏日なんてものは発生しないし、閏年も存在しない。
ズレようがないもんね、きっちり合わせてあるわけだから。
これは非常に分かりやすい。
毎月毎月、寸分違わず30日は不動、と。
一年間は前世よりもちょっとだけ少なくて、全部で360日。
だけど体感時間はざっくりと1.5倍なわけだから、日数は少なくなってても実際はものすごく長い時間を送ることになるよね。
あくまでも感覚の問題だけども。
んで。
『月』と『日』のことを説明してもらったあとは『曜日』の説明。
こっちは前世と変わらず『日、月、火、水、木、金、土』の七曜日だった。
ただ呼び方が違うだけ。
こうして一通り、お母さまからの暦表の見方の説明は終わった。
とっても分かりやすかったです。
そしてちょっとだけウキウキしました。
なんか、ファンタジーっぽくて夢があるような表示の仕方だから。
そこで『中二っぽい』と言ってはいけない。
ここではこれが当たり前なのだから。
あとはうっかり前世のままの呼び方をしないように気をつけないとね。
私はそういうとこ結構やらかすタイプだからさ。
「それじゃ、レーン。一通り説明は終わったわけだけれど、どこか他に分からないところはあって?」
「いえ、特にないです。とっても分かりやすかったです」
「そう。それならよかったわ」
ニッコリと笑みを浮かべながら、お母さまがお茶を飲む。
「……少し冷めてしまったみたいね。淹れ直しましょう」
「あっ、別に冷めたままでも……」
いいと、思ったんだけど、ね……
私の言葉が届く前に、お母さまがサッと立ち上がってお茶を淹れ直しに行ってしまった。
……なんか申し訳ない。
せめてお手伝いでもできれば……なんて思うも、こんなにちまっこい幼女の身体では手伝いどころか邪魔にしかならないだろう。
こういう時子どもは不便だ。
言ってもどうしようもないけど。
ほんの少しのもどかしさを感じながら頭の中でぐるぐる考え込んでいると、目の前に再びお茶が差し出され、それと同時に隣に腰掛ける気配があった。
「どうぞ、レーン」
「ありがとうございます、お母さま」
「しょんぼりした顔をしてどうしたの?」
「……お母さまのお手を煩わせてしまいました」
「そんなこと気にしなくていいのよ? 母さまがやりたくてやっているのだし」
そうなんだと思う。
言ってる言葉に嘘はなく、お母さまは私にお茶を淹れてあげたいという気持ちでそうしてくれているだけ。
でも。
やっぱり。
前世日本人特有の遠慮しぃが出ちゃうんだなぁ……
「……でも。してもらってばかりで申し訳ないです」
「ふふっ。だったらこうしたらいいわ」
「?」
「レーンがもう少し大きくなって、自分でもお茶を淹れられるようになったら、他の誰かに存分に振る舞ってあげるといいわ」
「え……」
「誰かにしてもらって嬉しかったことを、今度はレーンが他の誰かにしてあげたらいいのよ」
「お母さま……」
「それに。わたくしも嬉しかったのよ?」
「え、っと……」
「この間、レーンがミルクコーヒーを考えてくれたでしょう?」
「あ……」
考えたんじゃなくて、前世のカフェオレを再現してもらっただけなんですけどね~。
「コーヒーの苦味があまり好きではなくて、殆ど飲むことはなかったのだけれど。レーンがミルクコーヒーを考えてくれたおかげで、時々おいしくいただいているのよ? 今までできなかったのだけれど、旦那様と一緒にコーヒーを楽しめるようになったのだもの。それもみんなレーンのおかげ」
「お母さま……」
「だから、わたくしはわたくしのやりたいようにやっただけなのよ? レーンにお茶を淹れたことは、わたくしがレーンにしてあげたいと思ったからこそなの。それを申し訳なく思う必要なんてどこにもないの。分かってくれる?」
「はい」
「そう。よかった」
笑顔でそう言ってくれたお母さまに対して思うことはたくさんあったけれど、それを言ったところでどうにもならないことは分かっていた。
せっかくの行為を『でも』とか『だって』だとか言った言葉で卑屈に受け止めることはしたくない。
あまりにも失礼だ。
だから……
「ありがとうございます、お母さま」
伝える言葉は感謝の気持ちを込めた『ありがとう』。
これだけでいい。
「どういたしまして、レーン」
ほらね。
笑ってくれた。
だから私も笑顔を返す。
そして。
嬉しかったこの気持ちを、また別の形で届けたいとも思ってしまった。
今はまだ、すぐ、というわけにはいかないけれど。
そうして。
お母さまとお茶を飲みながら、町の催しに行く日取りを決めた。
最初は一日だけのつもりだったけれど、互いの考えを伝え合い、中日と最終日の二日間まるまる使って参加することにした。
なんとお母さま、町の催しの目玉でもあるチャリティーバザーをやるというのだから驚きだ。
公爵家の名前は伏せて、町の一商家の奥様という立場でやるのだとか。
最初に護衛もお供もないと言っていたけれど、実際はバザーでの店番としてそこに立ってもらうことになっているらしい。
あれ?
なんかうまい具合に騙された?
いや、でも騙してるわけじゃないよね。
店番としては立つけど、護衛やお供として私たちについて回るわけじゃないから、実際には護衛もお供もないと言えるわけで。
う~ん……言い得て妙だわ。
言葉巧みにするんと躱されたというかなんというか。
ま、いっか。
どっちにしても町の催しに参加して色々と楽しんじゃおうという目的は何も変わらないわけだし。
おまけに、バザーの店番のお手伝いをしてお駄賃ももらえるというから、そこはちょっと頑張っちゃうぞ。
それで、もらったお駄賃で出店のおいしそうなお菓子とか軽食とかを買って食べるのもいいかもしんない。
楽しみだ!
ちなみに初日をパスしたのにはちゃんとした理由がある。
まぁ大体こういった催しだとかお祭りだとかは初日に大勢の人が押し寄せる傾向があるのだ。
そんな中をちまっとした体躯の幼女がうろついてみなさい。
あっという間にもみくちゃにされて潰れたり、迷子になったりすることくらい容易に想像できるってもんでしょう。
そういうわけで、人の流れが落ち着いてくる中日からの参加となったわけだ。
でもここで一つ疑問が。
確かお母さま、バザーに参加するって言ってたよね。
お店出す側として。
ってことはだよ?
普通に催しの開催者側に回るってわけじゃん?
公爵家の名前は伏せるとは言っても、公爵夫人が一個人として参加するのにお父さまに無許可って有り得る?
許可もらってお店出すって考えるのが自然だよね?
でもお母さまは『我が家の男どもがうるさいからナイショだ』ってさっき言ってた。
内緒になんて、できなくね?
そう思って訊いてみたら、お母さまは意味深にニッコリ笑いながらこう言った。
「ええ。『レーンも一緒』という部分がナイショなだけ」
────……そっちかい
つまりは、だ。
公爵家の誰もが、町の催しものでお母さまが開催者側としてチャリティーバザーに参加することを知っているわけだ。
だけど、そこに私を一緒に連れていくということは伏せられている。
そもそも私自身が町の催しのことを知らなかったわけだから、普通に私が町の催しに出掛けていくわけがないのだ。
それをいいことに、お母さまはお父さまたちに内緒で私を連れ出そうとしている、と。
「しきたりのこともあって、レーンは同じ年頃の子たちのように他家に訪問したり、お友だちを作って伸び伸びと遊んだりすることがまだできていないでしょう? だから……ね。少しでもお邸の外のことを知って楽しんでもらおうと思っているの」
言われてみれば。
私にはまだ同じ年頃のお友だちはいない。
それどころか、生まれてこの方、他家を訪問してその家の子どもと会ったこともない。
仮に会ったことがあったとしても、だ。
それはうちに訊ねてきたお客様が連れていた子だったり、家族で外に出掛けた時にたまたま見かけた、というくらいで実際に面と向かって挨拶をして名前を交わしたわけではない。
単に見ただけであって、会ったうちには入らない程度の『会った』なのだ。
よくよく思い返してみれば、まともに顔を合わせて名前も知っていて一緒に遊ぶことができる仲の相手となると、従兄弟にあたるイングリッド侯爵家の三兄弟、セラフィーとリュシフェル兄さまとミシェイル兄さまくらいしかいない。
お友だちどころか完全なる身内だよ。
私、お友だちゼロのボッチじゃん!!
だからなのか。
だから私は、あんなにもリリちゃんとお友だちになりたいと切実に願ったのか!?
ただ単に、ゲームでリリちゃんが大好きだったからという理由だけでなく!
お友だちゼロのボッチで寂しかったからなのか!
そうなのか!?
「おかあさまぁ~……」
思わず涙目で訴えるようにお母さまを呼ぶと、お母さまは苦笑しながら頭を撫でてくれた。
「そうよね。レーンも遊びたい盛りだもの。お友だちと一緒にたくさん遊んだりしたいわよね」
「したいです。いっぱい、いっぱい遊びたいです」
グッと拳を握り締めて『遊びたい』という気持ちを伝えると、笑顔で頷いてくれた。
「今回はオンディール公爵家のフローレンとしてではなく、ただの一人の女の子としてになってしまうけれど。町に出て存分に楽しみなさいな。身分を伏せることになるけれど、お友だちを作ってはいけないということはないのだから」
「それって……町の子とお友だちになってもいいってことですか?」
「もちろん。大っぴらに口にすることはできないけれど、レーンにお友だちができて、これから先、仲良しのお友だちに会いに行きたいとなった時。お忍びで町に遊びに行くことを反対したりはしないわ」
「お母さま」
「それにね。貴族だとか平民だとか。そういった身分差に囚われての物の考え方をレーンにはしてほしくないの。もちろんそれはレーンだけに限らず、ロイアスにも同じことが言えるのだけれどね?」
そう言って、お母さまはじっと私の目を見つめる。
「たくさんの人に出会いなさい、レーン。出会って、自分の目で確かめて。本当に自分にとってその人が必要な人か、大切な人か、心を通わせたい人か。見極める目を養いなさい。母さまは、レーンがお友だちになりたいと願う相手の貴賤は問いません。決めるのはレーン、あなた自身ですからね」
「はい!」
お母さまが私を外に連れ出そうとしているその意味がやっと分かった気がする。
楽しませてあげたいといった理由の他に、多くの人をその目に映すことが本当の目的だったのだ。
「……あ。でも」
「どうかして?」
「オンディール公爵家のフローレンとしてじゃないなら、名前……名乗っちゃダメなんじゃ……」
「大丈夫よ、レーン。あなたの名前は何?」
「フローレン・エマ・オンディール、です」
「そう。フローレンだけでなく、もう一つの名があるわね、レーン」
「え、っと……エマ?」
「そうよ。もう一つの名前。それがお忍びの時に使う名前だと思えばいいわ」
「それじゃ、町でお友だちができた時に名乗るのはエマ……」
「ええ。ちなみわたくしはお忍びの時は『リマ』と名乗っているわ。町の一商家を営む家庭の妻という立場、ということになっているの。だから、お忍びの時は『お母さま』ではなく『ママ』と呼んでちょうだいね? あと、丁寧な言葉遣いもナシよ? 町の子と同じように振る舞わなければすぐに貴族家の者だとバレてしまいますからね」
ニッコニコの笑顔でそう言われた瞬間、ちょっとだけ嫌な予感がした。
そしてその嫌な予感は速攻で当たった。
「そういうわけでレーン。練習してみましょうか。わたくしのことを『ママ』と呼んでちょうだいな?」
「う、あ……い、今……ですか?」
「そうよ。当日いきなり呼んでと言ってもすぐには無理でしょう? だから少しでも練習しておかなくちゃ。さあ、遠慮なく呼んでちょうだい。『お母さま』ではなく『ママ』と。さあ」
期待に満ち満ちたお母さまに何度も何度も促され。
幾度も戸惑い、しどろもどろになりつつ、私は望まれるままにお母さまを『ママ』と呼ばされるハメになってしまった。
私、前世含め、生まれてこの方母親のことを『ママ』と呼んだことは一度もございません。
だからその……『ママ』だなんて、呼んだことのない呼び方をするのってめっちゃ抵抗あるんですよ!
なのに。
なのに、だ。
お母さまときたら、それはもう嬉しそうに何度も何度も何度も何度も、飽きることなく私に『ママ』と呼ばせ続けるんだもん。
コレ、何という罰ゲーム?
ようやく解放された時にはもう、精も根も尽き果ててぐったりですよ。
そのうち私、邸内でもお母さまのことをうっかり『ママ』なんて呼んでしまうんじゃなかろうか。
そんな恐れを抱くくらいに、延々と、延々とお母さまのことを『ママ』と呼ばされ続けたということをここに報告しておく。
名前だけ出てきた従兄弟たちもそのうち出したいと思っております(*^^*)
※追記※
『月』の読みで『光竜』と『煌竜』が同じ『こうりゅう』になっていますが、この漢字表記と同じで、王国でも違う文字で記して同じ読み方をする言葉があるのだという解釈でお願いいたします(^^ゞ




