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淑女の道も一歩から!

閲覧、ブクマ、評価といつもありがとうございます。


今回のお話でようやくフローレンが「ひらがな発音」を卒業するに至りました!

ひらがな会話文は非常に書きにくかったので解放されてホッとしてますε-(´∀`*)ホッ




~淑女の道も一歩から!~




あれから数日が経った。

我がオンディール公爵邸では、実に平和な時間がゆったりと流れている。

この邸内では一番の問題とされていた、お父さまの強制出仕の件も無事に解決したしね。

お父さま本人が反省してくれたこともあるけれど、その裏でノーヴァ公爵さまが方々の各関係者に圧をかけてくれていたようで、最低でも半月───理想は約一ヶ月らしいが───は出仕させるべきではないと、それはそれは素晴らしい笑顔で黙らせてくれたのだとか。

特にお父さまが魔力中毒になる切っ掛けを作ることになってしまった宰相さまは、これでもかってほどにキュウゥ~っとキツく絞られたらしい。

いくらお父さまが人がいいからといって、管轄外の仕事まで手伝わせてんじゃねーよっていうのが一番の理由だったわけだけど、それも尤もな話だよね。


まぁでも、困っている人がいたらすぐに手を差し伸べちゃうような性格のお父さまだから、ねぇ……?

その時も忙殺されかけていた宰相さまを放っておけなくて、ついつい仕事を手伝ってしまったんだろうな、というのが簡単に想像できるあたり『さすがお父さまだな』と思う。

だけどタイミング悪く、例の魔法事故の現場近くに居合わせて、巻き込まれた挙げ句に魔力中毒になった……と。

ある意味運も悪かったんだろう。

根っからの不幸体質でないことをただただ願うばかりだ。


……しかし、お父さまを休ませるためだとはいえ、ノーヴァ公爵さまも随分と大胆なことをしたもんだ。

確かにノーヴァ公爵さまは王宮の魔術師団の団長という高い地位にいる人だけど、方々の各関係者に圧をかける、なんてことをしていたら立場的にやばくなったりしないんだろうか?

そんなことを思ったわけだけど、その疑問もあっさりと解決した。

どうやらお父さまとノーヴァ公爵さま以外にも、国王陛下や宰相さま、それと陛下の側近でもある宮中伯さまは王立学院時代からの友人であり、同輩だったそうなのだ。

その頃からの仲ということで、ある程度のことなら融通を利かせることが可能らしい。

果たして今回のことを『ある程度のこと』と言っていいのかは分からないけど。

どう考えても『融通を利かせた』のではなく『強引に押し通した』としか思えないのは私だけだろうか。


ちなみに他の主要機関でもある騎士団の団長さまはお父さまたちの三年先輩で、少数精鋭を誇る竜騎士団の団長さまはお父さまたちの一年後輩に当たるのだとか。

いやはや、世間は狭いってこういうやつですか。


とりあえず、お父さまが無茶をしなくていいように、周囲の皆さま方が配慮してくれて、お父さまは実に久しぶりの纏まったお休みを取ることができたというわけだ。

それでも、どうしてもお父さまじゃなければいけない重要案件なんかは、お父さまが自室で手掛けているんだけどね。

所謂在宅ワーク状態ですな。

まぁその重要案件も、そう滅多に入ってくるわけではないから、お父さまとしてはちょっと物足りないみたいだけど。

どんだけワーカホリックなんだよ、って話。


私?

もちろん仕事したがるお父さまの邪魔をしますよ?


延々とお絵描きに付き合わせてな!

完成した絵はそのままお父さまに進呈して、それがまた廊下に飾られる、というところまでがセットです。

仕事がなくて残念なら、娘の可愛い我儘にお付き合いいただこうではないか。


別に迷惑でも何でもないでしょ?

父と娘のキャッキャウフフなんて、娘大好きなお父さまからすればご褒美なんじゃないですか?


……とまぁ、そんな感じで私一人の自由な時間───ボッチ時間ともいう───は、お父さまと過ごすことに充てられているわけだ。


だってロイアス兄さまが全然相手してくれないんだもん!

兄さまだって魔法のお勉強がなくなった分、空き時間ができたはずなのにさ!


そんな兄さまからフラれたのは、秘密の日記帳がバレずに済んだとホッとした日の翌日の朝だった。


お父さまとの話し合いの結果、暫くの間は魔法の勉強を中止することになったと教えてくれた。

なぜそうなったかというと、教える内容やそのやり方に問題があるのではないかとお父さまが疑ったためらしい。

どうもその魔法教師、兄さまの持つ魔力の属性や魔力量など一切考慮することなく、ただ単に自分のやらせたいことを()()()()()()でそのまま兄さまに学ばせ実践させていた節があるのだとか。

早い話が、特化した属性を持つ者に対する教え方ではない、ということ。

ぶっちゃけると、水属性に特化した兄さまに、火属性や炎属性の魔法を教えて実践させること自体がおかしい、ということだ。


そんなこんなで、今の教え方では問題がありすぎる上、更にはそれを継続して行うことで本来持ち合わせている属性魔法の行使に支障を来たすようなことがあっては元も子もない、ということで、今の魔法教師からは何も教わる必要はなしと判断されたわけだ。

だとしても、すぐに代わりの教師を派遣してもらうのは容易なことではない。

魔法教師の派遣に関しては、王宮魔術師団の管轄だ。

後日そちらへと出向き、魔法教師派遣の専門部署の関係者───主に責任者だろう───と慎重に話を進めていく必要があるのだそうだ。

そのため、代わりの教師が見つかるまでの間は、無期限で兄さまの魔法の勉強は中止されるという結果になったのだ。


ただし、全く魔法に触れないわけにもいかないため、基礎の基礎となる魔力循環の訓練だけは続けるようにとのことらしい。

残念そうにしていた兄さまだったけれど、それも仕方ないと言っていた。

あと、何事も基礎が大事だからそれを疎かにするつもりはない、とも言っていた。

そのあたりの切り替えの早さはさすが兄さまだと思った。

勉強しなければいけないものの一つがなくなったことを喜ばないあたり、ものすごく勤勉な姿勢であることが伺える。


だけど、寧ろ大変なのはこれからだと言っていた。

魔法という科目が一つなくなったことで、勉強のスケジュールを一から組み直さなければならなくなったからだ。

ただ抜けた部分を別のもので埋めてしまえばいいという問題ではないらしい。

他の項目を担当する教師との兼ね合いもある分、簡単に空いてしまった日時を指定して来てもらうわけにはいかないそうだ。


とりあえず私の感覚としては、魔法という科目が一つ抜けた分を考慮してスケジュールを組み直したとしても、今までのように勉強漬けで空き時間があまりない、といったことはなくなるだろうという感じだった。

忙しい兄さまだけど、自由な時間がある程度は確保できるようになるよね、っていう単純な考え。

だから前みたいに一緒に過ごせる時間を作ってもらえるよね、って、そんな気持ちでいたのだ。


それが……だ。


『ゴメン。他にもやりたいことがあるんだ』


……って、バッサリとフラれてしまったのだ。



────酷くね?



せめてそのやりたいことが何なのかと、納得できる理由を言えよって感じ。

全く以て私の気持ちに沿ってくれていない、そっけない返答ですわ。


あまりにも悔しかったから兄さまが背中を向けた瞬間、すかさず頭突きをかましてやったぜ。

案の定、相当に驚かれたけどそこはするっとスルーして『フンッ!』とそっぽまで向いてやった。


妹の心、兄知らずかよ。

重ね重ね失礼な。


これは忘れずにガルドに報告し(チクッ)てやる。

つい先日までの教えが全く役に立っていなければ、これっぽっちも身についていないという立派な証拠だ。

スカスカに空いた一部分のスケジュールの中に、ガルドのお説教という名の指導をびっしり詰め込んでもらえばいいのだ。



……ということがあってから、数日後の今日の朝。



兄さまから朝一で怪獣ドルンの絵本を返してもらった。

さっそくかけっぱなしだった仕掛け魔法を解除しようと思っていたら、なぜか兄さまからは『そのままにしておいたら?』との指摘が。

『なぜに……?』と疑問に思っていたのも束の間、すぐさま『セラフに見せたら喜ぶと思うよ?』との言葉が続く。


セラフ、というのはお父さまの弟、つまりは叔父さまの子で私たちの従兄弟にあたる男の子。

三人兄弟の末っ子でセラフィーって言うんだよ。

絵本が大好きで、遊びに来た時はいっつも『絵本を読んで!』ってひっついてくるんだよね。

それが親鳥についてくる雛鳥みたいですっっっっっごくかわいいの!


ちなみにこの子は『恋メモ』には登場しません。

悪役令嬢サイドで名前のある登場人物は、攻略対象キャラであるロイアス以外一切出てくることはありませんから。


……とまぁ、絵本を持って私について回っては『絵本を読んで!』っておねだりしてくるかわいいかわいいセラフなんだけれど。

やっぱりこちら側にも都合があって、毎回そうしてあげられるわけじゃあないんだよね。

『ゴメンね』って断って、しょんぼりした時の顔を見た時は本当、罪悪感いっぱいでものすごく悪いことをした気分になってしまうんだ。

だから兄さまが言うように、絵本の仕掛けをそのまま残しておいたら、今までのように読んであげられないことがあった場合、セラフをがっかりさせずに済むかもしれないという点では非常に有用だと思ったのだ。


更に兄さまが言うには、外国語の教本を自動で読み上げてもらうのと似たような感覚で、文字の読み書きの勉強にもなるんじゃないか、ということ。


これを言われて思い出したんだけど、絵本にかけた仕掛けの応用で、兄さまが持っていたいくつかの外国語の教本にも自動読み上げをするよう魔法をかけてお父さまに見せたところ、それの使い道に目をつけたお父さまが需要の高さを見出し、即商品化及び販路の開拓に着手したのだという。

まぁ確かにお父さまのお仕事の人たちにはものすごい需要があると思いますよ。

なんせ、お父さまは外交大臣。

部下の殆どが外交官。

他国との交渉やら会談やら何やらで、外国語は堪能であればあるほどいい。

仕官するには母国語以外に一カ国語でも堪能であればそれでよし、という基準ではあるらしいけれど、やっぱり一カ国だけじゃなく何カ国もの言語をマスターしていた方が、仕事の幅もグッと広がるし、何より限られた人だけに相手国との交渉やらを頼らずに済むのだ。

けれどなかなか多国の言語をマスターすることはできないのが現状。

そこで自動読み上げしてくれる教本で正しい発音の仕方やらビジネス会話文やらを学ぶことができたら、勉強の効率もグンと上がり、何より目だけでなく耳からも覚えていくことができて、早い段階でその言語をマスターできる結果に繋がるとお父さまは考えたわけだ。

効率のいい勉強で一人が何カ国もの言語を短期間で習得したとなると、それはそれは力強い戦力となる。

外交官としてはすっごい強みだよね。

もしこの方法で、短期間の間に一人一人が多くの国の言語をマスターすることができたら本当にすごいことになりそうだ。

バイリンガルどころかマルチリンガルがいっぱい誕生するわけだからね。


ただね。

お父さま、この仕事をさっそく最優先事項として取り掛かろうとしちゃったんだよね。

でもさ、仕事休むように周りから止められてるじゃん?

にも関わらず、やろうとするじゃん?

様子を見に来ていたノーヴァ公爵さまにシバかれたらしいよ?

分厚い魔導書で容赦なく『バシン!』とね。


めっちゃ落ち込んでた。

一刻も早くその教本を作り上げたいって。

だけど、よくよく考えたら、自動読み上げ機能をつけるには、魔法でその仕掛けを施さなければならない。

その役目をどこが担うのかという問題点が浮き彫りになり、その部分が課題になるという理由でノーヴァ公爵さまが一旦その件を預かることになった。

どうやら魔術師団で一枚噛んでもいい、ということらしい。


そんなこんなで、自動読み上げの外国語教本の作成と販売は決定した。

それと、自動読み上げの絵本の方も、幼少期の子どもたちの情操教育に力を入れる目的で多く流通させることが決定したとのこと。

細かい販売価格やら、原価やら、作成にかかる諸々の費用やらの問題はあるけど、実際に考案者として売上金額の一部が私に支払われることになるのは確定らしい。



────イラネ……



そもそも考案者じゃねーし。

前世の知識から勝手にやっただけだし。

単なる思いつきでやったことが、恰も自分の実績になってお金になって返ってくるとかマジで有り得ないんだけど。

っていうか、そんなことでお金もらうとか怖すぎる。


よって、私に入ってくることになるお金は全て、孤児院やら修道院、果ては教育に関連する施設などに全て寄付してもらうようお願いした。

これは私がもらっていいお金じゃないからね。

将来を担うことになる未来ある子どもたちや、困っている人たちのために使うべきなのだ。


えっ?

私も未来ある子どもの一人じゃないかって?


そこは除外してもらっちゃって結構なのです。

私は私で、公爵家の力で色々と学ばせてもらうことが決定しているので。

それ以上のものを望むつもりは一切ないのです。




……さて。


公爵家の力で色々と学ばせてもらうことになっているワタクシですが。

さっそくお勉強させてもらってますよ。

受けているのは淑女教育なんですけどね。


ほら。

先日メリダにお願いしてたでしょ?

この舌っ足らずな口調を何とかしたい、とかいう感じで。

その部分を矯正しつつ、丁寧な言葉遣いと所作が身につくよう指導を受けている最中なんです。


……なぜかお母さまから。



「ほら、レーン。もう一度よ。しっかり背筋を伸ばして。頭の上から引っ張るような感じで声を出して! はい、Ah~♪」

「あ……あ~♪」

「少し固いわね。リラックスして肩の力を抜いて。さぁ、もう一度、Ah~♪」

「ア~♪」

「その調子よ、レーン。もう少し滑らかに声を出してみましょうか。はい、Ah~♪」

「……Ah~♪」

「そう。その声よ。その声を維持したままもう一度、Ah~♪」

「Ah~♪」

「上手ね。それを続けてやってみましょうか。1、2、3、はい! Ah~Ah~Ah~♪」

「Ah~Ah~Ah~♪」

「今度は音階をつけてみましょうか。Ah~Ah~Ah~Ah~Ah~~~♪」

「Ah~Ah~Ah~Ah~Ah~~~♪」


……そしてなぜか発声練習なう。


「Ah~Ah~Ah~Ah~Ah~Ah~Ah~Ah~Ah~Ah~~♪」


ワタクシ、フローレン・エマ・オンディール、4才は、聖歌隊へ入隊します。


……って、うっそぴょ~ん!


いや、でもホントなぜか延々とお母さまから発声練習の指導を受けているのですよ、ワタクシ。

ニコニコ笑顔でピアノ伴奏をしながら先導してくれるお母さまに続き、同じように声を出すように促されております。

まるで小学校の音楽の授業開始前のお約束のアレみたいでちょっと懐かしい。

最初こそは『なぜに発声練習?』と戸惑ったものの、続けてみるとなかなかに楽しいもんだ。

何よりも自分の身体の奥からスムーズにするんと声が出るのが気持ちいいのなんのって。

おまけに今まで意識してなかったんだけど、フローレン(わたし)の声って意外とかわいいんだわ。

自分で言うなって感じだけどね。


実を言うと、私はゲームでのフローレンの声を知らない。

フローレンだけじゃなく、リリちゃんの声も知らない。

なぜなら『恋メモ』での二人には声が当てられていなかったからだ。

製作者サイドから出ていたコメントでは、なかなか二人のイメージに合う声が見つからなかったそうで。

『だったらプレイヤーの皆さんに好きな声を脳内再生してもらおう』的な意図で、二人には声なしで登場させることにしたのだとか。


私的には『キッ!』とした感じの気の強い、少し低めの声を想像していたんだけどね。

でも私の声は、喋っている時といい、発声練習している今といい、あんまり低いトーンの声ではないみたい。

高すぎず、低すぎず、でも子どもらしい弾んだ声だ。


お母さまのピアノ伴奏に合わせて伸び伸びと声を出していると、伴奏のテンポが変わった。

ちょっと心がウキウキするような、アップテンポの弾むような音が次々と奏でられていく。

それに合わせて、私の声も自然と弾むようなメロディーを紡ぎながら、置いていかれないようにお母さまのピアノ伴奏を追いかけた。

知らず知らずのうちに身体全体でリズムを取っていたみたいで、それを見たお母さまが柔らかく微笑んで、更に曲のテンポを上げていく。

まるで追いつかれまいとしているみたいで、私の負けず嫌いに火がついた。

そんな私の様子に気づいたお母さまの笑みが更に深くなる。

ニッコリと笑んだお母さまが、更にピアノの鍵盤を叩くスピードを上げた。


そうして。

お母さまの()()に乗せられる形となった私の発声とお母さまのピアノ伴奏との追いかけっこは、間に休憩を一切挟むことなく、実に一時間ほどの間ずっと続いたのだった。





「ふえぇぇ~……つ、疲れました……」

「うふふ。頑張ったわね、レーン。さすがよ」

「お母さま、容赦ないですよ……」


声と音の追いかけっこが終了し、ぜぇはぁと乱れた息を整えるべく深呼吸を繰り返す私に、お母さまは何ともご満悦と言わんばかりの笑みを浮かべる。


「そろそろいい頃合だと思ったのよ」

「?」

「数日ほど続けてみて、だいぶスムーズに声が出るようになったでしょう?」

「それは……確かに」

「うふふ。自分でもまだ気がついていないみたいね、レーン」

「えっ?」

「舌っ足らずな口調が滑らかになったことに、よ?」

「ふぇっ!?」


そう指摘されてビックリ仰天だ。

思わず気の抜けた声を出してしまったけれど、言われたそれを確かめるべく、もう一度声を出してみることにした。


「あ~あ~………ア~、ア~……Ah~Ah~Ah~♪」

「うふふっ」

「Lah~Lah~♪」


確かにスムーズに声は出る。

お母さまのピアノ伴奏がなくてもするっと。


だけど。

舌っ足らず口調が改善されたかどうかはイマイチよく分からない。


「う~ん……?」

「レーン?」

「……よく分かりません」

「ふふっ。自分では気づきにくいのかしらね」


そう言いながら、お母さまはピアノの蓋(屋根の方ではなく鍵盤の蓋の方)を閉じた。


「今はまだ自覚がないかもしれないけれど、こうして会話をしていくうちに気づくと思うわ」

「気づけると思いますか?」

「もちろんよ。こんなにも滑らかな口調になっているのですもの。後でメリダやヴェーダに聞いてもらってはどうかしら? 二人ともきっと驚いてくれるはずよ」


『うふふっ』と茶目っ気たっぷりに笑ったお母さまを見て、お母さまがそう言うのならそうなんだろうなと素直に頷く。

お母さまは決して嘘は言わない。

自分では気づけていないけれど、お母さまが成長したと言ってくれているのであれば、それが確かなことに間違いはないのだ。


でも。

本当に舌っ足らず口調が直っていて、滑らかな発音でスムーズに言葉を紡ぐことができているのなら願ったり叶ったりだ。

『祝! ひらがな発音卒業!』ってやつだもんね!

これでカッコいいセリフをビシっと言っても決まらない、なんてことにはならないだろう。

もちろんそれが全てではないけどね。


舌っ足らずがなくなったということは、即ち滑舌がよくなったということ。

だから相手から聞き取れなかったと言われたり、聞き返されたりすることがぐんと減るということにも繋がる。

ストレスなく会話ができるというものだ。


「……さて」

「?」

「そろそろ一息入れましょうか」

「はい」

「……と見せかけて、このままサロンでお茶会のマナーのレッスンよ!」


うげぇ……

休憩かと思ったら休憩じゃないじゃんよ。

レッスンともなれば気を張ってお茶やお菓子をゆったり味わっている余裕はきっとない。


これもまた徐々に厳しさを増す方向でじわじわとハードルを上げられていくんだろうなぁ……

恐怖しかない……


「お……お手柔らかにお願いします」

「うふふっ。それはレーンの飲み込み次第ね」


……なんて。

ウインクつきの笑顔でにこやかに言い放たれたわけですが。


発声練習の時と寸分違わず、お母さまによるお茶会のマナーレッスンはとっても厳しかったという結果だけを報告しておく。



そんな感じで、これまでの私のスカスカ空き時間は淑女教育という括りの様々なレッスンが組み込まれていったのだ。

暇な時間から一転、なかなかにハードなスケジュールを熟す毎日になったわけだけど。

生き生きと、時にはグロッキーになりつつも充実した日々を送っております。



そんな日々の中のちょっとした空き時間で、私はずっと気になっていたことを訊くことにした。

さすがに忘れたままではまずいと思ったからだ。


「そういえば、エルナ」

「どうなさいました、お嬢様?」

「あれから結構な時間が経ったと思うんだけど、レミアはどうなったの?」


そう。

気になっていたことというのは、他でもないあの不届き者のメイド、レミアのことだ。

あれから姿は見なくなったけれど、暇を出したという話は全然聞かない。

謹慎させているにしてもちょっとばかり長いような気もするのだ。


既に私の中では過ぎたこと、つまりは『そういやそんなこともあったね』程度の出来事に落ち着いたそれも、エルナからしてみれば相当に不快な事実だったらしく、訊ねたとほぼ同時に軽く眉間に皺を寄せられてしまった。

それもあまり負の感情を表に出すことのない優秀な侍女である彼女が、だ。


「あまりお嬢様にお聞かせするべき内容ではないのですが……当事者であるお嬢様に全てを伏せたままでいるというのも納得されないでしょうから、現時点で申し上げられる程度のものでよろしければお話しいたします」

「うん、話せる範囲で構わない。レミアは今どうしているの?」

「結論から申し上げますと、あの日以降はずっと謹慎させております」

「それにしては長いよね?」

「そうですね。通常でしたら、何らかの沙汰が出て勤めに戻るか暇を出されるかのどちらかになるでしょうから」

「未だ謹慎したままなのはどうして?」

「件の騒ぎに関する事実確認が終わらないまま今に至るからです」

「どういうこと?」

「実はあの日、事実を確認するためにレミア本人との話し合いという名の聴取の場を設けたのですが、その最中で、レミアが話を続けるには難しい状態へと陥ってしまったのです」


エルナが言うには、話し合いの最中でレミアが突如取り乱し、錯乱状態になってしまったこと。

急に子どもに返ったかのように怯え出し、必死に父親の存在を求めるような言葉を繰り返していたのだとか。

誰の目から見ても、精神的にかなりの負担がかかっていることは明らかで、落ち着かせるための時間を設けるために謹慎という形を取ったのだそうだ。

それと、今回だけに限らず以前からずっと続いていた私に対するレミアの暴挙に関して、カナッツ子爵が噛んでいる可能性も否定できないという結論に至り、後日カナッツ子爵を交えて改めて聴取の場を設けることにしたという。

だが、再三お母さまの名で呼び出しの書状を出し続けるも、カナッツ子爵がその呼び出しに応じる気配が一向にないらしい。

そのため、未だレミアは謹慎中のままになっているとのことだ。

エルナの見解では、今現在のレミアは精神的にかなり不安定で、軽い鬱状態にあるのではないか、とのこと。

まるで暗闇に怯える幼子を見ているようだ、と痛ましげな表情でそう呟いた。


「カナッツ子爵……レミアの父親が関係しているかもしれない……?」

「確実にそうだとは言えませんが、何らかの形で絡んでいることは否定できないと奥様はお考えのようでいらっしゃいますね」

「その時のレミア、どんな様子だった?」

「……そうですね。私が覚えている限りでは……『嫌だ』『叱らないで』『ごめんなさい』『ちゃんとするから』『見捨てないで』という言葉を泣きながら延々と繰り返していたように思います。あとは……」

「あとは?」

「時折ですが『お姉様』と」

「……そう」


自分で訊いておきながら、聞かなければよかったと思ったのは、ものすごく嫌なことが頭を過ぎったからだ。

そして、恐らくその予想は当たっている。

今はまだ想像の域を出ない状態ではあるけれど、当事者たちの話を聞くことでそれが確かな事実へと変わるという確信があった。


もし。

もし、私のこの予想が当たっているならば。


レミアは、私に対する加害者でありながら、同時に、被害者でもあった、ということになる。


前世でも大きな社会問題になっていた事柄。

身近な問題でありながら、どこか他人事のように感じていたのは、そういった事件が()()()()()()身近に起きることがなかったからだ。

それでもふとした瞬間に身近な問題だと感じていたのは、関連の事件が起きる度に大々的にニュースで取り上げられていて、それらを逐一目にしていたからに他ならない。


だけど。

今回ばかりは例外だ。


あまりにも、身近すぎるから。


「……それ。子爵家のほうに調査は入れてるの?」

「その心積もりでしょうが、さすがに子爵家に探りを入れるとなると、奥様の権限では難しいそうですわ」

「……となると、お父さまの領分、ってことになるのか……」

「はい。ですが……恐らくこの件を旦那様に上げるのは難しいかと」

「それはどうして?」

「今回の件はお嬢様だけではなく、ロイアス坊ちゃまも被害に遭っております。できれば旦那様の耳には入れたくないという坊ちゃまの希望を汲んでのものかと思われます」

「兄さまが知らせなくていいって言ってたの?」

「私が直接聞いたわけではありませんが、奥様からはそのように伺っております」

「ふむ……」

「お嬢様?」

「……何となくだけど、黙っていてもいつの間にかお父さまには筒抜けになってそうな気がする」

「もしかしたら既にどこかでお耳に入れているかもしれないですね」

「普段はあんなに残念なのに、仕事だとものすごいキレ者らしいから、お父さまって……」


そこら辺に影でも飼ってて、色んな情報掴んでそう。

そんなことをぽけ~っと考えていたら、エルナから言葉ではなく苦笑が返ってきた。

さすがに『あんなに残念なのに~……』という私のお父さまに対する発言には迂闊に反応できない、という意思表示の表れなんだろう。

まぁ同意を求めているわけじゃないから反応なしでも全然構わないんだけどね。


「続きをお話しさせていただきますね」


一度逸れかけた話を元に戻すため、エルナがコホンと一つ咳払いをしてから話を再開させた。


「現段階で言えることは、この件には相応の時間を要すると考えられているということですね。レミアのあの行動に、父親であるカナッツ子爵がどの程度関与しているかが焦点になりそうです」

「それじゃ……子爵が関係している割合によってはレミアの今後も変わっていくってことだね?」

「はい。酌量の余地はあるかと思われます」

「……そっか」

「フローレンお嬢様?」

「ねえ、エルナ?」

「はい」

「次に話し合いがある時、私も一緒に聞くことはできるかな?」

「……奥様の判断にもよりますが、おそらく可能ではないかと」

「なら、その時は私も同席するってお母さまに伝えてくれる?」

「かしこまりました。ではそのように」

「それから」

「?」

「エルナもその場に一緒にいるんだよね?」

「最初の聴取の際も立ち会っておりますので、よほどのことがなければ次も同じで私が立ち会うことになると思います」

「それなら安心だね。エルナ、その時が来たら私の側にいてね?」

「仰せのままに、フローレンお嬢様」

「お願いね?」


今はまだ先が見えていない事柄ではあるけれど、きっと、近いうちに訪れることとなるある種の諍い事。

それが危険だとは限らないけれど、万が一ということもある。

そして、場合によっては……



────私自身が身体を張る必要が出てくるかもしれない……



無事で済むとは思わないほうが賢明だろう。

それは、事態がどのように転んだとしても、だ。


今はまだ、レミアのことはお母さまの判断に委ねるしかない。

現時点で私にできることは何もないから。


あるとしたら、それは……


「フローレンお嬢様、そろそろお時間です」


ノックとともにかけられた声はメリダのもの。

続いて扉が開き、中へと足を踏み入れた彼女から続いた言葉は、レッスン室の準備ができたという知らせだった。


「うえぇ~……」

「はい。そのようなお顔はなさりませんよう。今のお嬢様のお顔は淑女の顔とは程遠い表情ですよ?」


粛々と。

そう、粛々と淑女になるためのマナーレッスンを熟すこと。

それが今の私にできることなのだ。

身につけることで、自分にとっての大きな武器になることは必至だから。


……でも。

だけど、ね……?


「だって! お母さますっごくスパルタなんだもん!!」

「当然です。淑女は一日にして成らず、ですからね」



────それを言うなら『ローマは一日にして成らず』だよ!



……と、突っ込みたくなったけど、今のこの国にはローマという名の都市はきっとない。

存在しない都市の名を挙げることはできないので、出かかった言葉を寸でのところで飲み込んだ。


「うぅ……淑女への道のりは遠い……。でも最初の一歩を踏み出さなきゃ、いつまで経っても淑女には近づけない……」


千里の道も一歩から、だ。

それと同じで、理想的な淑女への道は果てしなく遠いのだ。

何ごとも、最初が肝心だ。

あとは己の心構えもそう。


グッと拳を握り締め気合を入れた私を見たメリダが、大きく頷き同意してくれた。


「その通りですわ、お嬢様。地道にレッスンを重ね、少しずつ理想の淑女を目指して頑張ってまいりましょう!」

「頑張る! 素敵な淑女(レディ)になって、誰の隣に立っても恥ずかしくない大人の女性を目指すの!」

「ええ。その意気ですわ、お嬢様!」


己のやる気が出ているうちにさっさとレッスン室へと行かないと、ぐずぐずしていたらその間にやる気が萎れそう。

そう思った私は、すぐさまメリダと一緒に部屋を出ようと考えていたのだけど、直前でエルナから呼び止められた。


「レッスンの内容は何ですか?」

「主に立ち居振る舞いを中心としたマナーだと奥様からは伺っていますね」

「では、ドレスに着替えたほうがいいのでは?」


……という会話をメリダとエルナがしているのだけれど。

実は、お着替えする必要なんて全くないのです。

ドレスではなく、今着ている膝下丈のワンピースドレスでマナーレッスンを受けるのにはちゃんとした理由があるのですよ。


歩く際の足捌きだとか。

お辞儀をした際に無理な姿勢になっていたりしないか。

あとは偏った箇所に重心がかかったりしていないか、などなど。

そういった部分を注意して見てもらうことになっているため、足全体を隠してしまうドレスでは意味がないんですね。

直接目で見えることがないと、どうしても見えていないことをいいことに無茶をしたり、逆に手を抜いたりしがちじゃないですか。

そして、そういうのをクセにしちゃったりもするんですよ。

だから悪いクセをつけることがないよう、それと、ある程度でいいやと妥協することがないよう、お母さまから厳しい指示が入っているのです。

甘えは許してはいけないよ、という戒めでもあるんですね、はい。


このレッスンがまたかなりの苦行でもあるんですが、最終的には己のためにやらなければならないことだと分かっているため、キツくても私は耐えますよ?

手を抜いて後々になって後悔するのは嫌ですからね。

自身の武器になるものはいくらでも磨いてみせましょうよ。


そういうわけで、ドレスへのお着替えは『No!』なのです。


「着替えはいらない。このままでレッスンを受けることになっているから」

「そうなのですか?」

「うん。お母さまの指示なの」


理由を掻い摘んで説明して納得してもらえたところで、今度こそメリダと一緒にレッスン室へ出発。

……っと、その前に。


「エルナ」

「どうされましたか、お嬢様?」

「ちょっとお願いがあるんだけどいいかな?」

「何なりと」

「プレイルームの内装をどんなものにするかをエルナに考えてほしいんだ」

「私の考えでよろしいのですか? お嬢様のお好みを反映させるのではなくて?」

「うん。私が考えたら自分の部屋と似たような感じになっちゃうと思うし。せっかくの遊び場だもん、自分の部屋とは全然違う雰囲気のほうがいいな」

「そういうことでしたら。喜んで承りますわ」

「あ、それとね」

「はい」

「作業の時は、ミックたちにもどんな感じがいいか意見を聞いてもらって進めてくれる? こっちが言ってることは理解してくれてるから、いいか悪いかもちゃんと意思表示してくれるし。見本とかあれば、それを見せながら聞いたらミックたちも分かりやすいと思う」


短い返事だけでなく、(からだ)全体でその時の気持ちを伝えてくれるからね。


「常々思っていたのですが、ミックたちは本当に賢いのですね。人語を理解している上に意思疎通が図れるというのは相当な知能がある証拠だと思います」

「……そこはホラ、魔法だから。兄さまが言ってたような、ダンジョンに出現するミミックとかは問答無用で襲いかかってくるみたいだし」

「そうですね。そのことを踏まえて考えると、お嬢様がお喚びになったミミックはかなり特殊なのかもしれませんね」

「う~ん……? どうなんだろう? 頭の中で『こんな子がいいな』ってイメージしてはいたけど、頭の良し悪しはあんまり考えてなかったから何とも言えない」

「無意識のうちにお嬢様がそういう賢い子を望んでいたのかもしれませんね」

「そうかな?」

「もしくは、ミックたちがお嬢様と心を通わせたくて賢くなった状態で出てきてくれたとかいう線も考えられますね」

「私と、心を通わせたくて……?」

「ええ」


エルナから言われた言葉が、すうっと吸い込まれていくように、胸に響いて馴染んでいく。

まるで『そうなるべくしてなった』と言われているみたいで、恰もそれが当たり前であるかのようにも聞こえてくる。


「ん……。そうだったら、嬉しいな」


パッと笑顔を浮かべながらそう言うと、エルナも笑顔で頷いてくれた。


「ミックたちもきっと同じことを思っていると思いますよ」

「うん。もしそうならもっと嬉しい!」


笑顔のまま更にそう続けたら、やっぱりエルナも同じように笑顔で頷いてくれる。


「よぉ~し! 頑張るぞ~!」

「その意気ですわ、お嬢様」

「そして、お母さまからのマナーレッスンが終わったら、思いっきりミックたちと遊ぶんだ!」

「ではミックたちと心置きなく遊ぶためにも、目の前のレッスンに集中しなければなりませんね」

「うん! それじゃ、行ってくるねエルナ! 気合入れてレッスン受けてくる!」

「はい、いってらっしゃいませお嬢様」

「プレイルームのほうもお願いね?」

「はい、かしこまりました」


そうしてエルナに見送られた私は、メリダと一緒にレッスン室へと向かった。



それからみっちり二時間ばかりの時間を費やしてお母さまからのマナーレッスンを受けたんだけど……


これがまた厳しくて厳しくて。

お母さまからのレッスンは本当に、例外なくスパルタすぎて容赦なかったです。


もうね、終わった頃には身体中がプルプル震えてんの。

特に足を中心とした下半身が。

まるで生まれたての子鹿のように、プルプルプルプル震えっぱなしで、しばらくの間動くのもままならなかったわ!


結局ミックたちと思いっきり遊ぶ予定が、思うように動けずに遊べずじまい。

おまけにぐったり状態だった私は、ミックとミッちゃんから慰めにも似た労りの身体スリスリをいただき。

サッシーに至ってはものっっっっっくそ笑われた。


や~……もう……

なんか、スマンねぇ……

介護されてる老人みたいな姿を晒しちゃってさぁ……


このスパルタレッスンに、あとも少しだけでも慣れてきたら、今見せてるようなこんな醜態を晒すことはなくなると思うからさ。


だから、かわいいかわいい子どもたちよ!

もうちょっとだけ、お母さんのこと見守っててくんないかなぁ……?

これ以上情けない姿を見せないよう、お母さんは頑張りますからね!!



淑女への道は、まだまだ歩き始めたばかり。

目標は遥か遠く、そして見上げることもままならいくらいに高い。

それでも挫けずに、一歩一歩確実に進むと決めたのだ。


願わくは。

素敵な素敵な大人の女性になれますように……


そのためにも、やはり努力、努力、努力の日々なのだ。


フローレン(わたし)はやればできる子ですからね!

決して目標達成するまでは諦めないのです!!








次の段階へと進めるためにさっさかさっさか書いていきたいのですが、なかなか思うように書けないのが悩みです(;一_一)

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