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転生した世界はどうやら乙女ゲームの世界だったようです 2




~転生した世界はどうやら乙女ゲームの世界だったようです 2~




頭の中が前世の乙女ゲームの記憶でいっぱいいっぱいになっていた時間はそう長くはなかったらしい。

私の意識を現実へと引き戻したのは他でもないお母さまだ。

美しい母親の腕に抱き締められたまま、目も口もパカ~っと開いた状態で間抜けな顔を晒していた私に対し、周りにいる人たちが全くの無反応でいるはずなどまず有り得ない。

とにかくこの家の者たちはフローレンに対して甘いのだ。

それも家族を筆頭に、誰も彼もが甘々のべたべたにフローレンを甘やかす。

例えそれがどれだけ駄々っ子で我儘で女王様かつ小さな暴君であり、幾度となく困らされ、多大な迷惑を被ってきた悪魔のような幼女相手だとしても、だ。


だからこんな間抜けな顔を晒してお母さまの腕の中で固まっている私に声をかけない者など存在せず、様子がおかしいと気付いた瞬間には名前を呼ばれて話しかけられるのだ。


「あらあら、レーン。一体どうしてしまったの? 可愛らしいお顔がびっくりしたカエルさんみたいになっているわ」


……とまぁこんな具合に。

しかし母よ、仮にも娘に対して『カエルみたい』はなかろう。

まぁ、嫌いじゃないけどねカエル。

っていうかこの世界にもいるのか、カエル。


「やっぱり打った頭がまだまだ痛むのかしら。派手に背中から倒れていたものね」



────……ソウデゴザイマスネ



何気に私の黒歴史を掘り返さないでくれませぬか、お母さま。

確かにあれは私がやったことではあるけれど、()()()()でやったことでは決してないのですよ。


私の身体を労るようにペタペタと触りながらも、お母さまはなかなかに失礼な発言をしてくれます。

あの時の蒼白した顔や悲痛な表情が夢か幻だったのでは……と思えるくらいの失礼っぷりじゃないですか?

っていうか、こっちのが普段通りの素のお母さまなのは明らかだ。

心配しつつも、幾分かホッとした表情が垣間見えるのがそのいい証拠だろう。


「あの、失礼ながら申し上げます、奥様……」

「あらメリダ、どうかして?」

「実はお嬢様ですが、一部記憶が抜け落ちていると思われます。主に、ご自分のことに対して……」

「まあぁ! レーンが記憶喪失!?」


聞いた瞬間、ビックリ仰天とばかりに驚きを顕にしたお母さまが私の顔を凝視する。

なんというかまぁ……表情豊かだな、お母さま。

美しいし、年齢的にもまだまだ若い方だし、まるで純粋な少女みたいな感じ。

とても二人の子持ちとは思えない、まさに天真爛漫という言葉がピッタリと似合う、若いお嬢さんそのものだ。



────いいなぁ……



目元以外のパーツはほぼほぼフローレンと同じなのに、どうしてお母さまはこんなにも純粋で穏やかで清らかなんだろう。

私は大きくなったら、お母さまとそっくりでありつつも、吊り上がった目元でキツく見える顔立ちの傲慢な悪女になってしまうというのに。

素材は似たようなものなのに、中身がアレなだけにこうも違って見えるのか。

お母さまみたいに、おっとり穏やかに、それからおしとやかにしていたら、悪女顔のフローレンもちょっとは優しく見えるのかなぁ。


そんなことを考えながらしょんぼりしていた間に、お母さまは一緒に部屋に来ていたお医者さまとメリダとの三人で話を進めていた。

考え事の最中に、時折あれこれと訊かれたような気がしたけれど、それどころじゃなかったのでテキトーに『うん、うん』と相槌を打つ形で返事をしておいた。

……が、それがいけなかったようだ。

お医者さまとの話が一段落したその時にはもう、私は部分的に記憶が欠落した一時的な記憶喪失に陥っている、という結論になってしまっていたらしい。



────いや、記憶喪失違うから!



そう反論したくとも時既に遅し。

いつの間にやら私は一人ベッドに座らされたまま、お医者さまを見送るお母さまとメリダ、それと他の使用人の姿をただただ見ているしかできなかった。


……どうしてこうなったし。


私はただ、(レーン)のことが知りたかっただけなんだけどな。

周りから見たレーンが、一体どんな女の子だったのか。

それを知って、反面教師的な見かたで少しずつ少しずつ我儘っ子を矯正していい子になろうと思っただけなのに。


「あらあら。すっかり落ち込んでおとなしくなってしまって。怪獣さんのように元気いっぱいだったお転婆さんのレーンはどこに行ってしまったのかしらねぇ」


……だから言い方!!

家族だからオブラートに包むなんてことはしないくらい分かっていたけど、それでも言い方ってもんがあるでしょうよ!

カエルの次はよりにもよって怪獣かいっ!

っていうか、怪獣もいるんだ。

それは是非とも見てみたい。


……なんて、少し現実逃避をしかけてしまった。

多分、お母さまは気を遣ってああ言ってるんだよね。

ホントは前世の記憶が戻っただけで、記憶喪失でも何でもないんだけど。

でも私以外の全ての人にとってはそうではなくて、明らかに『私』はおかしくて、今までの記憶が抜け落ちていると思われても仕方がないことなのかもしれない。


あ~あ……こうなったらもう、ホントの記憶喪失のフリして別人みたいになってしまった方がいいんだろうか。

でも、私の中にこれまでの我儘レーンとしての記憶がある以上、それはやっぱりしたくない。

全くの別人になるってことはつまり、今まで生きてきたこの子(レーン)を殺すことと変わりないんだから。

きっぱり消して否定して、この子が最初からいなかったものとして扱うなんて、とてもじゃないけどできない。

だって、見ていたから。

前世の私の記憶が呼び起こされるその前からずっと、前の私の意識は眠ったままで、私は(レーン)として、今まで生きてきた世界を見ていたのだから。

この小さな暴君を矯正していい子にしなきゃと散々思ってきたけれど、もしかしたらそれも似たようなことになるのかな。

我儘をやめて、周りを困らせたりしないいい子になって、将来は決して悪女になんてならない、なんて。

そうやってこの子(レーン)の生きる道を曲げようとすることも、この子(レーン)を殺すことになってしまうのかな。



────やだな、そんなの……



前世の記憶が戻っても、今までのレーンの記憶が消えたわけじゃない。

私の記憶と混じり合って、一つになってる。

この子は、私。

私は、この子。


死にたくない、って、心の奥で叫んでる。

ギュッと苦しくなるくらいに、生きたい、って叫んでる。


「わたし……」



────どうしたらいいの……?



気付けばポロッと涙が零れ落ちていた。

すぐ側でお母さまが見ているにも関わらず、だ。


「レーン……」


泣く時はいつだって大声を上げて叫ぶように泣いていたレーンが、声を押し殺すようにしながら涙だけを零して泣いている姿は、やっぱり周りにいる人たちには異常な姿に見えているのかもしれない。

困惑したような声で私の名前を呼んだお母さまが、そっと包み込むように私を抱き締める。


「本当にどうしてしまったのかしらね、わたくしの可愛いお転婆さんなレーンは」


そう言いながら、お母さまは私をベッドから膝の上へと移動させ、安心させるように私の顔を覗き込んだ。

お母さまの、琥珀を溶かし込んだような蜂蜜色の瞳の中には今、ぐしゃぐしゃの泣き顔をした私が映っているんだろう。

涙で滲んだ視界はどこもかしこも不鮮明で朧げだ。


どうしてだろう。

今までのレーンを殺したくない、死なせたくないって思った瞬間、ものすごく苦しくなった。

心臓をぎゅうぅっと強く鷲づかみにされたみたいな痛みと、胸の奥の温かい部分をきつく絞り上げるような苦しさが同時に襲ってきた。

生きたい、死にたくない、そう思う心が悲鳴を上げている。



────怖い……!



純粋な恐怖だった。

前の私は死んだから、今ここでレーンとして生きている。

その事実が、私の心に『死』という恐怖を刻みつけてしまったのだろうか。


前の私が死んだ理由は、分からない。

原因だって、分からない。

分からないから、ただただ怖い。


「おか……さ、ま……」

「なぁに、レーン?」

「わたし……こわい……」

「怖い? それはどうしてなのかしら?」


泣きながら、ただただ『怖い』とだけ繰り返す私を落ち着かせようと、ゆったりとした穏やかな口調で答えてくれるお母さまの腕はどこまでも優しくて温かい。

生きているからこそ、この温もりを感じていられる。

死んでしまった身体は、決して温もりなんて感じない。


冷たかったのかな、私。

全然思い出せないけれど、前の人生が終わった私の身体は、すごくすごく冷たかったのかな。


我儘女王様のレーンがいなくなってしまったら、どうなるの?

今までのレーンは消えてしまう?

いなくなってしまう?

皆の記憶からも我儘レーンの存在は完全に消えてしまって、最後には本当の意味で……


「しんじゃうの……?」


零れ落ちる涙を堪えられないまま、真っ直ぐとお母さまの目を見つめた。

また困惑させてしまうのかもしれない、そう思った私の心とは裏腹に、お母さまは穏やかな表情を崩さないままそっと私の額へと手を当てた。


「お馬鹿さんね、レーンは。今こうして、わたくしの目の前で生きてくれているのに、どうしてそんな悲しいことを言ってしまうのかしらね」


二度、三度と優しく額を撫でられて。

そしてそっと口付けられた。


「今までの自分のことが分からなくなっていても、レーンはレーンだわ。わたくしの大切な、可愛いレーンよ。今までの我儘でお転婆さんなあなたも。今のしおらしいあなたも。愛しいレーンであることに変わりはないの」


それはただ宥めているのではなく、心からの思いをそのまま言葉にした、母親から娘へと向けた確かな愛情だった。

今まで生きてきた中で、一時も欠けることなくかけられ続けたその情が、この先もずっと同じように続いていくことは間違いない。

その愛情を、私はまだ知らないけれど、でも、今までのレーンは身体全てで受け取ってきたのだ。

そして、返してきた。

愛情を受けて育つことで。


「忘れないで、レーン。この先あなたがどんな風に成長していっても、わたくしはあなたの母親で、あなたはわたくしの可愛い娘だということを」

「おかあさま」

「ね?」


優しい笑顔で告げられた言葉が、ストンと胸に落ちてくる。

今までのレーンがいなくなってしまったとしても、私は私でレーンのまま。

決して今までのレーンがいなくなるわけではない。

そう言われているのだと分かり、私は縋りつくようにぎゅっとお母さまに抱きついた。


「……わたしは、わたし?」

「ええ、そうよ」

「いなくなったりしない?」

「もちろんよ。わたくしがレーンを離さないのだから、いなくなるなんてことはまず有り得ないわ」


『ふふっ』と明るく笑って、お母さまが再び私の顔を覗き込んでくる。


「でも、そうね……」

「?」

「言葉だけでは不安にもなるわよね。レーンは自分のことだけが特に分からなくなってしまっているようだし……」


軽く背中をぽんぽんと叩くように撫でられて、思わずお母さまの顔を見上げた。

するとお母さまは、安心させるような笑顔を見せた直後に、側で控えていたメリダにこう言った。


「メリダ、鏡を」

「畏まりました」

「それからしばらくの間、この部屋にはわたくしとレーンの二人だけにしてほしいの。その間……そうね、お茶の準備をお願いできるかしら? レーンの大好きなお菓子もね?」


可愛らしい笑みをもってそうお願いをするお母さまは、本当に少女のようだ。


「畏まりました、奥様。それではまた改めて私共をお呼びくださいませ」

「ええ」


メリダから差し出された鏡を受け取ると、なぜかお母さまはそれを私へと差し出した。

訳が分からないまま鏡を受け取り、そのまま退出していくメリダとエルナを見送る。

パタンと静かに扉が閉められたその直後、お母さまが鏡を持つ私の手を包み込むような形で、私の手ごと鏡を掲げ持った。


「おかあさま?」


その意図が分からず問いかけるも、相変わらずお母さまは笑顔のままだ。


「よ~く見て、レーン」


示されたのは、鏡に映る私。

それから肩越しに覗き込んでくるお母さま。

こうして並べてみると、本当に私とお母さまはそっくりだ。

ただ吊り目な分、私の方がキツい表情に見えてしまっているけれど。


「あなたが生まれてから今までずっと、わたくしはあなたを見てきたわ。この髪も、目の色もわたくしとそっくり。もちろん、あなたのお兄さまも同じよ?」

「にいさま……?」

「ええ、そうよ。これから先、何年経っても、あなたが持って生まれた色は変わらないわ。ああ、でも、おばあさんになる頃には白いものが混じって少しくすんでしまうかもしれないわね」


くすくす笑いながら冗談交じりにそう告げるお母さまの表情はどこまでも穏やかだ。


「覚えていてね、レーン。この髪の色、目の色は、オンディール公爵家特有のもの。だから誰が何と言おうと、誰の目から見てもわたくしたちは家族なの。レーンがいつまでもわたくしの可愛いレーンであるようにね」


そう言って鏡越しに見つめられて、私も同じように見つめ返した。


「だから、何も不安になることはないの。分からないならば知ればいい。忘れてしまったことはもう一度覚えていけばいい。そうしていくことが、あなたを大きく成長させることに繋がるのだから」

「おかあさま……」

「約束よ、レーン?」

「はい」

「それじゃあ、そろそろ笑ってもらえないかしら?」

「?」

「あなたの笑顔を、母さまは随分見ていない気がするのだけれど?」

「!」


指摘されて、そうだったかもしれないと思い当たった。

泣いたり、しょんぼりしたり。

どれもこれも心配させてしまうような顔ばかりだった気がする。

ダメだな、私。

そう反省すると同時に、私はお母さまの顔を見上げた。

目と目が合うことで微笑んだお母さまに釣られるように、自然と私の顔にも笑みが浮かんだ。


ちゃんと笑えているだろうか。

お母さまが望んだ笑顔になれているだろうか。


そんな疑問が浮かび、私はもう一度鏡の中の私へと向き直った。



────大丈夫、不自然じゃない……

────泣きすぎてぶちゃいくな顔になってしまってるけど、ちゃんと自然に笑えてた……



その事実にホッとした瞬間、ふっと頬が緩んで、笑っている私と目が合った。

それから、鏡の中のお母さまの目も同じように。


「やっぱり笑顔が一番ね。女の子はいつだって、笑顔でとっても魅力的になれるものなのよ?」


うん、そうだね。

お母さまの言う通りなのかもしれない。


鏡に映る私は、可愛らしいけれど、吊り目でちょっとキツい表情の勝ち気な女の子だ。

ゲームの中のフローレンがそのまんま幼女になったような感じ。


だけど、笑顔一つでそのキツい表情が取れて、ほんの少しでも柔らかく見えるのなら、その方がずっといい。

だから私は、常に笑顔を絶やさない努力をしようと思う。

せっかく美人なお母さまの娘として生まれてきたんだもん。

お母さまのように、素敵な大人になりたいって思うのはちっとも変じゃないよね。


ただ……



────このゴージャスな金髪での縦巻きロールだけは、絶対にやめよう……



ゲームの悪役令嬢フローレンのトレードマークとも言える金髪縦巻きロール。

あれだけは絶対に避けたいところだ。

ベタと言えばベタ、王道と言えば王道、悪く言えばワンパターン。

そのファクターが加わるだけで、ああも悪役感が増すのはなぜなのだろう。

心底不思議でたまらない。


とにかく私は、絶対に悪役令嬢になんかならないからね!

縦巻きロールは断固拒否してやるんだから!





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