仕掛け魔法で悪戯を 2
そろそろ登場人物一覧なるものを作ろうかなぁと考え中です。
~仕掛け魔法で悪戯を 2~
サロンから飛び出し、広い邸の中をはしたなくない程度の速さで歩く、歩く……歩く!!
目的の場所はロイアス兄さまの部屋。
けれど用事があるのは、部屋の主である兄さまではなく、兄さまの専属執事のガルドだ。
たぶん今の時間帯であれば、部屋で昼食を摂るであろう兄さまのために食事の準備をするべく誰かしらがいるはず。
それがガルドであれば文句なしなんだけど、もしガルドがいないのであれば、それはそれでガルドの居場所を訊ねて直接彼の元へと出向けばいいだけの話だ。
今こうしているみたいにね。
そんなこんなで辿り着いた兄さまの部屋。
妹だからそのまま入っていっても叱られたりはしないだろうけど、やっぱり最低限のマナーとしてノックはしなきゃね。
誰だって無断で部屋に立ち入られたらいい気分はしないはずだし、万が一にも着替え中とかだったら失礼にも程があるって話だよ。
そういうことを踏まえて、マナーはきっちりと守るよ、私は。
扉の前に立ち、軽く背伸びして手を上げる。
そのまま『用事があって来ましたよ~』というのを知らせるべく扉をノック。
軽く『コンコン』と二度叩くつもりが、気が急いていたこともあって『コココン!』という高速三連打になってしまったのはご愛嬌だ。
そんな奇妙なノックであったにも関わらず、部屋の中にいたであろう誰かは、訝ることもせずに扉を開いて私を出迎えてくれた。
「これはこれは。フローレンお嬢様が自ら訪ねてきてくださるとは。ロイアス坊ちゃまもお喜びになりますよ」
にこやかな笑顔で出迎えてくれたのは、兄さまの専属執事であるガルド本人だった。
相手が私だと分かると、すぐさま身を屈め膝をつき、真っ直ぐと視線を合わせて笑いかけてくれた。
実はガルド、もんのすごく背が高いのだ。
今の私の背丈だと、ただ見上げるだけではガルドの顔は見えない。
ぐぐぐ~っと背伸びをしつつ、限界まで首を後方に傾けながら見上げても尚その表情を覗うことは難しいというノッポさんなのだ。
パッと見た感じで推定するに、彼の身長は190センチ弱といったところか。
もしかしたらもっとあるかもしれない。
ちなみにガルドは兄さまの専属執事でありながら護衛も兼ねているという、できるスーパー執事でもあるのだ。
後ろで一つに結わえた、背の中ほどまである艶やかな黒髪と、どこか冷たい印象がありながらも本当は優しい銀灰色の瞳。
一見クソ真面目な印象を受けがちな片眼鏡がよく似合っていて、いつでも穏やかな表情を崩さない『The☆大人の男!』という感じの人だ。
なのに笑うと途端に少年っぽくなるという不思議な魅力を合わせ持っている。
そしてさっきも言ったように、長身でしなやかな体躯の美丈夫。
文句なしで目の保養としては最高の逸材なのである。
護衛としてのガルドの実力は分からないけれど、とにかく強いんだろうな……というオーラみたいなのをひしひしと感じるから、きっと彼は鬼のように強いに違いない……と、私は思っている。
そんなガルドさん、御年21歳(確か)は私のような幼女相手でもしっかりと『淑女として』接してくれる。
私がオンディール公爵家の娘だということを差し引いても、決して女性への気遣いを忘れない紳士なのだ。
ロイアス兄さまはガルドのこういう部分をもっと見習うべきだと思う。
今朝のアレとか本当にいただけない。
あの場にガルドがいたら、間違いなく笑顔でダメ出ししていたはずだ。
膝をついて私と目線を合わせ、にこやかに笑ってくれるガルドに、私は兄さまに用事があるのではなく、ガルドに用事があることを告げた。
するとガルドは一瞬だけ驚いたように軽く目を見開き、それからまた柔らかく笑ってくれた。
「ロイアス坊ちゃまに用事ではなく、私にですか?」
「そう。ガルドにおねがいがあってきたの!」
そう言うと、ガルドは目元を和らげながら『光栄ですね』と言ってまた笑ってくれた。
それから『私にできることでしたら何なりとお申し付けください』と続けてくれる。
了承してもらえたことで早速本題に入ろうとした私だけど、ふと気になったことがあってガルド越しに兄さまの部屋の様子を覗うことにした。
……ら。
ガルドに『どうしました?』と不思議そうな顔をされてしまった。
あまり不審に思われても困るので、自分で様子を覗うことはやめて直接ガルドに訊くことにする。
「ガルド。いまにいさまいる?」
「ええ、いらっしゃいますよ。お呼びしましょうか?」
「ううん、いい。いらない」
「? そうですか?」
私が『いらない』と言ったことに疑問を持ったようだけど、最初からガルドに用事があると告げているからたぶん深く突っ込まれはしないだろう。
……なんて思っていたらロイアス兄さまが私に気づいてやってきた。
「レーン」
あ~もう。
こういう時ばっかり。
今日は私とは一緒にいられないって言ったじゃん。
言ってたじゃん!!
今朝の負感情の名残からか、隠しもせずにムッスリと頬を膨らませて不機嫌顔をしたら苦笑された。
ついでにガルドも苦笑していた。
そして私はというと、兄さまに名前を呼ばれたにも関わらず返事をせずにツーンとそっぽを向いてやった。
あれ以降のなんでもかんでもスルー作戦は今も尚続行中なのだ。
目だって合わせてなんてやんない。
あなたの妹さんは非常におこなのだよ!!
「まだ怒ってるの、レーン?」
ツーン。
「そろそろ機嫌を直してほしいな?」
ツーン。
「レーン」
ツーン。
「……レーン」
ツーンったらツーンだ!
「やっぱり怒ってるんだね。参ったなぁ……」
あったり前だ!
いもうと は まだ おこって いる ! ! !
ていうか絶対分かってないわ、兄さま。
私が『何』を理由に怒っているのかを。
どこまで鈍いんだ。
激鈍すぎるぞ!
そんな私とロイアス兄さまの遣り取りを見ていたガルドが深く溜息をついた。
そりゃそうだ。
間に挟まれて兄妹喧嘩されてるみたいなものだもんね、今のこの状況。
「ロイアス坊ちゃま、一体何をされたのですか」
呆れたように兄さまに問いかけたガルドだけど、その口調は疑問形じゃなくて完全な断定形。
つまりは原因は兄さまにあると分かっているわけだ。
「いや……それが僕にもよく……」
分かっていないとは言わせん!
朝食の席で私が思いっきり『兄さまのバカ!!』と言ったのを忘れたのか!
いや、正確には『にいさまのぶゎか~~~~~~~~~ッ!!!!』だったけども。
ホントに自覚なしで人を落とせる人間というのはタチが悪いな!?
だからといって、理由も分かっていないのに謝られるのは癪だ。
ずぇっっっったいに悪戯成功させてやる。
膝をついて屈んでくれているガルドの袖を軽くクイクイと引っ張る。
「! どうされました、フローレンお嬢様?」
またも袖をクイクイと引きつつ、反対の手で『もうちょっとこっちに近づいて』というジェスチャーをすると、心得たようにガルドが顔を近づけてくれた。
しかも、ガルドの耳元にちょうど私の口が届くくらいの絶妙な距離加減で。
私の仕草一つで内緒話を打ち明けるような内容だと一瞬で理解してくれたのだ。
やっぱりガルドはできすぎるスーパー執事だ。
そんなガルドに感謝の気持ちを覚えつつ、私は今朝の食堂での兄さまとのことを小声で告げた。
ちょっと離れたところにいるとはいえ、兄さまに聞かれると途中で遮られるかもしれないからね。
決して一方だけが悪いと思われないように『こうこうこういう流れでこうなったんだよ~』と、長くならないようにガルドに告げる。
だって兄さまは自覚がないだけで、決して悪気があってあんな風に言ったわけじゃないからね。
でも最終的には『期待させられて裏切られる』あの発言を受けてムカついたのだということだけはしっかりと伝えた。
一番言いたかったことはそれだしね。
そして、このことをガルドに知ってもらった上で兄さまに仕掛ける悪戯への協力を仰ごうと、こういうわけだ。
私の話を一通り聞き終えたところでガルドが盛大な溜息をついた。
『坊ちゃまは淑女に対する扱いがなっていないですね……』という、心底残念そうな呟きとともに。
「朝食の後にロイアス坊ちゃまがフローレンお嬢様を怒らせてしまったみたいだと言っていたのはこういうことでしたか」
眉間を押さえるようにしながらそう言ったガルドの表情は、半分疲れて半分呆れているといった感じだ。
それから『お嬢様がお怒りになるのも無理ありませんね』と言って苦笑した。
その後スッと立ち上がると、今度は兄さまに向けてこう言い放つ。
「坊ちゃま。後ほど私とじっくりお話しいたしましょうか。どうやら坊ちゃまは紳士としての『淑女に対する振る舞いの何たるか』をイマイチ理解しておいでではないようですので……」
……と、それはそれはにこやかな笑顔で。
しかも若干の圧をかけつつ言い募るガルドのその様子に、私は頭の中で『教育的指導が入るかな~……』なんてことを思っていた。
兄さまの専属執事で護衛でもあるガルドだけど、実はマナーに関する教育係でもあるのだ。
そして、想像もできないくらいに厳しいらしい。
ビシビシ扱いてくるのだとか。
私は実際に見たことがないから、あくまでもこれは人伝に聞いた話。
さて。
圧のある笑顔でガルドから『話をする』という名目のお説教を言い渡された兄さまは、若干顔が引き攣っているように見えます。
────こんな顔する兄さま初めて見たよ……
……と思いつつも同情はしません!
きっちりとガルドからご指導賜ったがいいよ。
今はまだ子どもだからといって許される部分もあるかもしれないけど、将来的にもこのままじゃ絶対にヤバいって。
鈍感が過ぎて、悪気はないのに無自覚で相手を傷つけたりでもしちゃったら大変なことになっちゃうから。
『デリカシーがない男』認定は間違いないね。
それも控えめに言ってだから。
この先、兄さまに婚約者ができた時、お相手のご令嬢を無自覚に傷つけたりしないためにも、ガルドには是非とも厳しく兄さまを指導してほしいと思う。
今傷つけてる相手が妹だけで済んでいることをありがたく思ってくれ。
────悪戯で仕返しが済むまでは許さないけどね!
「ガルド」
ガルドが立ち上がってしまったので、今度は袖ではなくスラックスを軽くクイクイと引っ張りながらガルドの意識をこちらへと向ける。
「フローレンお嬢様」
「わたしのおはなし、きいてくれる?」
「そういえば私にお願いがあると言っておられましたね」
そう言ってまた膝をついて屈んでくれたガルドだったけれど、ふと思い出したように胸ポケットから懐中時計を取り出し時間を確認した。
「どうしたの、ガルド? もしかしていますごくいそがしい?」
「違いますよ、お嬢様。そろそろ昼食の時間に差し掛かる頃ですので、寧ろお嬢様の時間の方が大丈夫なのか気になっただけです」
「わたしならへいき! おかあさまにもちゃんとガルドのところにいくっていってきたから。もどったらおかあさまといっしょにおひるごはんをたべるの!」
「そうでしたか。では食堂までお連れいたしますので、そちらに向かいながらお話を聞かせていただけますか?」
「もちろんだよ! でもね、いきさきはしょくどうじゃなくてサロンなの」
「サロンですか?」
「うん。おかあさまがサロンでまってくれてるの」
「かしこまりました。それでは食堂ではなくサロンまでお連れいたしますね? お嬢様、少々失礼いたします」
「ふゎ!?」
『失礼いたします』の言葉と同時にガルドから抱き上げられて、思わず情けない声をあげてしまった。
「驚かせてしまいましたね。申し訳ありません」
「ううん。ビックリしたけどへいき。ガルドはいつもこんなけしきをみているんだね」
抱き上げられたことで、私が今見ている全てはガルドの視線で見ているものと同じだ。
背が高いと、こんなにも見える景色は違ってくるのか。
兄さまやお母さま、それからお父さまに抱き上げられた時とはまた違う。
一人一人が同じものを見つめながらも、違う見かたをしているのだと思うと何だか不思議な気分だ。
「リーシェ。ロイアス坊ちゃまの給仕をお願いします」
「かしこまりました」
移動する前にしっかりと兄さまのもう一人の専属侍女であるリーシェに仕事を振っていく。
『もしかしてガルドのお仕事だったのかな?』と思いつつじっとガルドを見つめると柔らかい笑みを向けられた。
「それでは参りましょうか、お嬢様」
「ガルド」
「どうしました?」
「おしごとだいじょうぶ?」
「ええ。問題はありませんよ」
「でも、いまリーシェに……」
「普段通りですから何の問題もありませんよ」
あれ?
兄さまへの給仕はガルドの仕事じゃなかったの?
リーシェに頼んだのはそういうことだからじゃないの?
疑問に思っていたのが顔に出ていたらしい。
そんな私を見て苦笑しながらガルドは言った。
「午後の予定の確認は食事の後でも十分間に合いますからね。食事の最中にお伝えしているのは単に時間の有効活用をしているだけなのですよ」
そういうことか。
じゃあガルドの言う通り、何の問題もないんだね。
「安心していただけましたか、お嬢様?」
「うん!」
ガルドの仕事の邪魔をしなくて済んだんだという意味でね!
「さて。時間も無限ではありませんし、サロンに向かいがてらお話しすることにしましょうか」
そう言って歩き始めたガルドの背に向かい、兄さまが呼び止めるように声をかけてきた。
「ガルド! レーン!」
私の名前も呼ばれて、反射的にジト目で兄さまを見てしまった。
レーン は まだ おこ! で ~ す ~ よ ~ !
そしてガルドはというと。
「後ほどじっくりとお話ししましょうとお伝えしたはずですよ、坊ちゃま?」
すんごくいい笑顔だ。
さすがの兄さまも、ガルドのこの笑顔の前には黙る以外の選択はなかったらしい。
「さ、ロイアス坊ちゃま。昼食の用意が整っておりますのでお部屋の方へどうぞ」
場の空気が凍りつきそうだと思ったその瞬間、絶妙なタイミングでリーシェが兄さまを部屋に入るように促した。
何気なく部屋の扉の方を見ると、もう一人の専属侍女であるマリエラも控えていて、何とも言えないような微妙な表情で苦笑しつつこちらを見ていた。
まぁマリエラは今朝の食堂でのアレコレをその場で見てたわけだし、その時のことを私が未だ引きずっているのを察してのあの表情なのだろう。
レーンのおこはまだまだ継続中ですぞ!
兄さまに悪戯という名の仕返しが終了するまではね!
「リーシェ、マリエラ。坊ちゃまをお願いしますよ?」
「かしこまりました、ガルド様」
「お任せくださいませ」
頭を下げた侍女二人を見て一つ頷き、ガルドは止めていた歩みを再開させる。
それから兄さまの部屋から少し離れたところで苦笑混じりの溜息を零した。
「ロイアス坊ちゃまにも困りましたね。お嬢様のこととなると普段の坊ちゃまの一面が一瞬で剥がれ落ちてしまう」
『困りました』なんて言いながらもガルドは苦笑したままだ。
まるで手のかかる子どもの様子を見ているみたいな表情でこう続ける。
「ようやっと年齢相応の坊ちゃまが戻ってきたと思うと微笑ましい限りですが、淑女に対する気遣いが未熟であるのは貴族の子息として大きなマイナス点になります」
まぁ、そりゃそうだろうねぇ。
「そういう意味で、坊ちゃまにいつまでも子どものままでいられるのは困りますからね。それとこれとは全くの別問題ですから指導の方は厳しくいかせてもらうつもりですよ」
最後は活き活きとした笑顔で言い切ったガルドに『容赦ないな~』と思いつつも、私にはそれを止める手立てはない。
とりあえず兄さまには心の中で『ご愁傷さま』と合掌しておこう。
原因は私への対応を間違った兄さまにあるわけだからね。
当該の被害者である私がそれを止めてガルドが兄さまを指導することがなくなれば、きっと間違いなく兄さまは同じことを繰り返す。
それじゃ意味がないし、何よりも将来兄さまが困ることになるだけだ。
だから私はガルドを止めない。
同情もしませんよ?
「ガルドもだけど、ヴェーダやメリダもきびしいよ? あとね、エルナもそう」
野菜嫌いのフローレンには、あの延々と長い時間続く食育は厳しかった。
主に精神面で。
「仕える主人だからといって、甘やかし褒めそやすだけでは成長しませんからね。特に坊ちゃまは次期当主となられる方です。権力に胡座をかいてすべき努力を放棄するような愚かな当主になどなっていただきたくはないのですよ。そのためにも、心を鬼にして厳しい教えを続けていくことはこれからも変わりません」
『従者の鑑だねぇ~』なんて思っていたら、ガルドがピタリと立ち止まった。
「ところでフローレンお嬢様。お嬢様のお願いとやらを聞く前にサロンに着いてしまったのですが」
「ありゃ?」
どうやらガルドと雑談している間にサロンに辿り着いてしまった模様。
自分の足では結構な時間がかかっていたのに、ガルドの長い足ではほんの僅かな時間しかかからなかったようだ。
「それで、お嬢様のお願いとは一体何でしょうか?」
「え、っとね……」
と、本題を口にしようとしたところでサロンの扉が開いた。
「おかえりなさい、レーン」
「おかあさま」
扉を開けたのはお母さまだった。
薄曇りのガラス張りのドアだから、中から私たちの様子が見えて出迎えてくれたらしい。
「もうガルドからの協力は得られたの?」
ニッコリ笑ってそう訊ねられたけれど、協力要請どころか本題さえも話せてません、お母さま。
「まだなにもはなしてないです、おかあさま」
「あらあら、そうだったの?」
話そうとしたところで兄さまが出てきて邪魔されたからなぁ。
その後は雑談で終わってしまったし。
「おねがいするまえにここにかえってきちゃいました……」
思わずしょぼんとしてしまった私。
ちょっとトロくさくないかと思ってしまったと同時に、視界に何か小さなものがピコンと跳ねた。
「?」
何だろうと思い顔を上げたのとほぼ同時だった。
《キャッハハハハハハ!》
小さく控えめではあったけれど、甲高い声できゃらきゃらと笑いながらサッシーが私の目の前に飛び出してきたのは。
「!」
「これは……」
ガルドに抱っこされた状態での私の目の前ということは、当然ガルドの視界にも入っているわけで。
突然飛び出してきたサッシーを見て、ガルドが若干目を見開いている。
軽く驚いたみたいだ。
そんな私たちを前に、尚もサッシーは笑う、笑う、笑う!!
大元のイメージが某笑い袋なもんだからそりゃ笑うわな。
しかしこの『人を子バカにしたような』笑い方はいただけん。
よって……お仕置じゃ!
「こらぁ~!!」
目の前にピコンと跳ねてきたサッシーの袋の口を縛っているリボンをむんずと掴み、そのまま顔の真ん前までずいっと引き寄せる。
《ピャッ!?》
「そんなふうにひとをこバカにしたようなわらいかたするなんていけません! ママはあなたをそんなこにうんだおぼえはありませんよ!」
《!!!》
「ひとのしっぱいをバカにするみたいにわらっちゃいけません! いうこときけないわるいこは『メッ!』ですからね!」
リボンを掴む手に更に力を込めて、ほぼゼロ距離になる位置にまで引き寄せると同時に、私はジト目で睨むようにサッシーを見つめた。
「いいですか、サッシー! ちゃんとママのいうこときけますね!?」
ちょっと意識して低めの声を出してそう言うと、サッシーはビクリと身体を震わせた。
それから慌てた様子で頷くようにペコペコと何度もお辞儀を繰り返す。
「やくそくやぶったら、おはなはもうあげないよ?」
トドメとばかりにそう言うと、サッシーはつぶらな瞳をうるうるとさせながら『ピーピー』泣き出した。
それから『もうしない』と言わんばかりに頬に擦り寄ってきた。
さすがに最後の一言は堪えたらしい。
とりあえず反省したようなので、最後の『お花あげない』は取り消してあげようかな。
いじめたいわけじゃないからね。
……ところで。
サッシーとのこんな遣り取りを、私はガルドに抱っこされたまま行っておりました。
当然のことながら、自分の目の前でこんなことをやられていたガルドは困惑するわけですよ。
半分呆気に取られた状態で、私たちの遣り取りを見る羽目になったガルドからこんな疑問が出てくるのも無理ないと思うのです。
「フローレンお嬢様……その奇っ怪な生きもの? ……は、一体……?」
軽くサッシーを指差しながらそう訊ねられ、何と答えようかと考える間もなくお母さまがその答えを言ってしまいました。
「この子はレーンの魔法で生まれた子よ、ガルド」
「お嬢様の魔法……で、ございますか?」
「ええ、そうよ」
今度は別の意味で驚いたガルドに、お母さまはニコニコ笑顔で頷く。
「いえ、しかし……」
……と、言い淀んだガルドの歯切れの悪さを不思議に思い、反射的にガルドの顔を見上げるようにして見つめる。
「?」
「お嬢様は、魔法が使えたのですか? この国では、原則的に5歳を迎えるまでは魔法の勉強は行えないはず。ゆえに魔法を使えるのは、必然的に5歳以降でなければならないという暗黙の了解が存在していたと思うのですが」
「例外もあるのよ、ガルド。その家の当主や、当主に準ずる者が認めれば、本格的な魔法の勉強を始めていなくても魔法行使をすることは可能だわ。今回のこれはわたくしが認めて許可をしたからこその現象ね」
「そうでございましたか。では奥様がお嬢様に魔法をお教えに?」
「いいえ?」
「えっ?」
「レーンに魔法を教えたのはわたくしではなくロイアスよ」
「ロイアス坊ちゃまが、ですか?」
「ええ。そうよね、レーン?」
「はい! にいさまにおしえてもらいました!」
お母さまに話を振られて、咄嗟にそう答えたけれど、このこと言っちゃってよかったのかな?
ヴェーダにだって知らないフリしてもらうはずだったのに、結局はヴェーダだけじゃなくガルドにもバラしちゃう形になってるんだけど。
そんな風に思っていたら、お母さまが察したようにこう言った。
「もうヴェーダにもバレちゃったし、ガルドにもバラしちゃってもいいと思ったのよ」
悪戯っぽく笑うお母さまに、苦笑しか出てこない。
ヴェーダには『バレた』んじゃなくて『バラした』が正解だから。
サロンの外で控えていたのに、無理やり引っ張りこんで魔法による結果を見せたのは『バラした』以外の何者でもないと思うんだけどな。
そんなことを思っていたら、ガルドが深い溜息をつきつつ、絞り出すような声でこんなことを言った。
「まだ5歳になられていないフローレンお嬢様に魔法の手解きをするとは……一体ロイアス坊ちゃまは何をなさっておられるのやら……」
……あ、これちょっとヤバめ?
ガルドによる兄さまお説教コースです?
いかん、いかん。
この件に関しては兄さまに非はない。
私が教えてとねだったのだから。
「ガルド。にいさまはわるくないの! わたしがおしえてっておねだりしたの!」
「しかしですね……」
「いいのよ、ガルド。ロイアスが教えたと言っても、危険なことをしたわけではないのだし」
……おぅふ、耳が痛いぜ!
……やりましたよ。
ええ、やりましたとも危険なことは。
何せ私の前髪、魔法で生み出した白炎で燃え落としたわけだからな。
ボソッと!
ホントにボソッと燃え落ちたともさ!!
でもコレ今言ったらヤバいから黙っとこ。
後で兄さまと一緒に暴露してお説教されます。
内心冷や汗ダラダラでそんなことを考えている間にも、お母さまとガルドの会話はなされている。
「何よりもわたくしが大丈夫だと判断したのだから、何の問題もないわ」
「奥様がそうおっしゃられるのなら……」
納得はできていないだろうけど、理解はしてくれたようだ。
それよりも、今の私の年4歳かよ。
どうりで舌っ足らずなわけだ。
つか、5歳にならないと本格的な魔法の勉強を始められないってことみたいだけど、そもそも私の誕生日っていつなんだ?
いつになったら魔法の勉強を始められるの?
新たな事実が発覚したと思ったら、またも生まれる新たな疑問。
まぁ早い話が分からないことだらけってことです。
「ところでレーン」
「なんですか、おかあさま?」
「この子の名前は『サッシー』? ……で、よかったのかしら?」
「!!」
────しまったぁ~~~!!!
心の中で!
私の心の中でだけそう呼ぶって決めてたハズなのに!
気づかないうちにどっかでポロッと『サッシー』って呼んでしまってたっぽい。
そのうちお母さまが気に入って名前付けるだろうと思ってたのに。
普通に私が名前付けたことになっちゃったよ。
サッシーもサッシーで、自分のこと『サッシー』だって認識しちゃったみたいだし。
「この子が『サッシー』なら、こっちの子は何という名前なのかしら?」
そう言って差し出されたのは、想像した通りの宝石箱ミミック。
ニコニコと笑顔でどんな名前なのかを知りたがっているお母さまを前に、とてもじゃないけど『名前はありません』とか『お母さまが付けてください』とか言える雰囲気じゃなくなっちゃった。
おまけに、ミミックまで期待するようなキラキラお目目で私を見つめてくるものだから、ますますそんなこと言えるはずもない。
これは……観念して私が名付けないといけないだろう。
「…………ミミックだから、このこのなまえは『ミッちゃん』」
ほとんどやけくそのようにそう言ったら、お母さまは『まぁ、可愛い!』と歓喜の声を上げ、宝石箱ミミック改めてミッちゃんは気に入ったと言わんばかりにその場でピョンピョン跳ね上がる。
え?
名前の付け方が安直すぎる?
ネーミングセンスがないって?
うるさいな、分かってるよ。
自分でも安直だと思ってるし、センスがないってことも十分すぎるくらいに自覚してるから。
だからってムダに凝った名前付けたって、どっちがどの名前だったか忘れそうじゃん。
そういうことだからこの子たちの名前はミッちゃんとサッシーでいいんだよ。
何よりも本人たちが気に入っているわけだし、今更名前の変更は受け付けません!
ていうか、考え直すのぶっちゃけめんどい。
それよりも、本来の目的を何も話せないままズルズルと脱線していってるんですけど?
私まだガルドにお願いしてないからね?
そう思っていたら、ガルドが私の思考を読んだかのように話を本題へと引き戻してくれた。
「……ところで。お嬢様の魔法のことで驚かされて忘れてしまっていましたが、お嬢様のお願いとは一体何だったのでしょう?」
「にいさまにいたずらしたいからきょうりょくしてほしいの!」
ビシッと手を上げてそう発言すると、ガルドに苦笑された。
「お嬢様から『悪戯』などという言葉を聞くことになるとは思いませんでしたね。して? どのような悪戯をお考えで?」
「へやのとびらをあけたときに、うえからなにかがおちてくるいたずらなの!」
「なるほど?」
軽く片眉を上げて面白そうだと言いたげな表情を浮かべたガルドに、お母さまが一通り説明をしてくれた。
悪戯の提案は私。
ターゲットは兄さまだけではなく、お父さまもだということ。
双方の悪戯には私の魔法による仕掛けを施すこと。
絶対条件として、悪戯を仕掛けていることを悟られてはいけないということetc、etc……
それらを説明した上でお母さまはこう続けた。
「旦那さまは今は留守だから仕掛け放題なのだけれど、ロイアスにはそうもいかないでしょう? だから、ロイアス以外の誰かが部屋の扉を開けないためにも協力者が必要なのよ」
「そういうことでしたか。しかし奥様」
「何かしら?」
「旦那様にも悪戯を仕掛けるというのは……やはり原因は、その……今朝のあのこと、でしょうか……?」
「ええ、そうよ。あなたは確かその現場を見ていたのだったわね? 引き止めるカイエンを振り切って無理やり出仕したのでしょう? あの人は」
フッと笑みを浮かべたお母さまだったけれど、目は笑っていなかった。
せっかく元に戻った機嫌がまたも下降中でありますよ。
「ちょ~っとばかりデリカシーが足りていない我が家のバカ男どもに痛い目見てもらってもバチは当たらないと思うのよね」
そう言ってクスクス笑うお母さまを見た瞬間、背筋がゾッとした。
いつの間にやら『おこモード』再びですよ。
触らぬ神に祟りなし、ならぬ、触らぬお母さまに何とやら……ってやつですか。
……うん、逆らいませんよ、私は。
命は惜しいですからね。
そっとガルドを見上げると、怜悧なお顔につーっと汗が伝い落ちるのが見えた。
多分ガルドの心境も今の私と同じなんだろう。
「ガルド、きょうりょくしてくれる?」
お母さまから意識を剥がしてもらうためにそう声をかけると、一瞬ハッとなり、それから私の顔を見て『勿論です』と頷いてくれた。
その後にボソッと呟かれた『私も命は惜しいですから……』という一言には気づかないフリをした。
ええ、何も聞いていませんよ、私は!
そんな感じでガルドに協力を取り付けたところでお母さまの機嫌はコロッと直った。
『さあ昼食の時間よ、レーン!』と、にこやかに私を連れて食堂へと向かったお母さまとは対照的に、ガルドはぐったりと疲れた様子でロイアス兄さまの部屋へと戻っていったらしい。
……ということを食事の後にヴェーダから聞いた。
そうそう。
ずっと気になっていたこともちゃんと訊いたよ?
お母さまが例のひっどい味の調味料を口にした、っていうあの話。
信じられなかったけれど、実際にお母さまは紅茶に入れて飲んじゃったんだって。
口の中の苦々状態がすごく心配だったけれど、お母さまは何事もなかったかのように『大丈夫よ』と笑っていた。
「あまりにも酷い味で、暫くの間固まってしまったけれど、今はもう何ともないのよ? 歯磨きでもなかなか取れないって聞いたけれど、何てことはなかったわ。浄化魔法で綺麗に除去できたのだもの」
「!?」
「あれも一種の体内の状態異常だと判断されたのかもしれないわね。口の中も立派な体内ですもの」
……なんと。
あのひっどい口の中の苦々状態、浄化魔法で一発解決だったみたいです。
兄さまだったらきっとできてた。
でも……その方法があるという考えに至らせないくらいに、あの調味料には人の思考力を鈍らせるほどの破壊力があったということなのだろう。
よくよく聞いてみると、あの調味料はお酒が入った大人の、主に男の人が余興と称したおふざけで料理に入れて食べたり食べさせたりする時に使っているらしい。
それを知った時の『男ってバカよね~』というお母さまの言葉は、きっとそう簡単には忘れられない。
誰だよ、あんな酷いもん作ってこの世に流通させたヤツは!
……お陰で大抵の苦いもんは平気で食べられるようになったわ!
だからって……こ、これっぽっちも感謝なんてしてないんだからねッ!!




