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仕掛け魔法で悪戯を 1

すみません、普段よりも長いです(^^;)





~仕掛け魔法で悪戯を 1~




赤色を帯びた魔力が、キラキラの銀色粒子を纏いながら宝石箱へと降り注ぎ吸い込まれていく。

頭の中で完成させたイメージは昨日と全く同じで、宝箱風のおもちゃ箱に仕掛けたミミックのミニチュア版といったところだ。

おそらく対象の大きさにもよるのだろう、昨日ほど魔力を消費したという感じはなかった。


私が宝石箱に魔力を注いでいる間、お母さまは一体どんな魔法が完成するのか『ワクワク』の気持ちが隠せないようで、しきりにキラキラと目を輝かせながら私が魔法を使うところをじっと見つめていた。

期待を込められすぎてちょっと緊張したのはここだけの秘密だ。

でも、昨日何度も繰り返し使ったおかげもあってか、失敗することなく仕掛け魔法はすんなりと完成した。


「できました、おかあさま」


魔法をかけた宝石箱をそっとテーブルに置きながら、私はお母さまにそう伝える。

するとお母さまは笑顔で頷いて、宝石箱をそっと持ち上げた。


「一見すると何の変化もないように見えるのね。魔力を注いでいる瞬間を見ていたはずなのに、まるで魔力の気配を感じないわ。不思議ね……まるで封印魔術のよう」

「ふういんまじゅつのおうようなんです。かくすためのふういんではなくて、みせるためのしかけをしてみたらどんなふうになるのかなって」

「ふふっ。逆転の発想という考え方ね。封印魔術の応用なら、対象から魔力の気配を感じられないというのは納得だわ」


そう言ってお母さまは、宝石箱を開けようと蓋の鍵部分に触れた。


「おかあさま」

「なぁに、レーン?」

「あの、さっきもいいましたけど……」

「分かっているわ。中には『お化け』が仕掛けてあるのでしょう? 驚かせることを前提にしているのですもの。わたくしが驚くことを心配してくれているのね?」


その通りだったので頷く。

するとお母さまは柔らかく微笑みながら優しく頭を撫でてくれた。


「ありがとう、レーン。優しい子ね」


そう言われて、思わず私はお母さまのドレスのスカート部分をキュッと掴んでお母さまの顔を見上げてしまった。

そんな私にもう一度微笑んでみせてから、お母さまはそっと宝石箱の蓋を開けた。

直後、跳ね上がるような勢いで中に仕掛けたミミックが動き出す。


《ヌバァァァァァ!!》


バカっと大きく口を開けて、長い舌をびろ~んと蠢かせながらお母さまを驚かそうとするミミック。


「まぁ」


けれど、お母さまは動じない。

一瞬だけ目を丸くしてミミックを見つめたお母さまは、次の瞬間にはその目元を和らげてまた微笑んだのだ。

じっと手の上でぴょこぴょこと跳ねるミミックを見つめながら。


「うふふっ。可愛らしいお化けさんね?」


そう言われたミミックはタジタジだ。

驚かせたはずの人間から笑顔で可愛らしいと言われたのだ。

その反応も仕方ないのかもしれない。


だって……



────可愛らしいのは否定できないもんな……



何せ大元の素材は宝石箱だ。

キレイな装飾と、ところどころに散りばめられてキラキラと輝く小さな宝石で全体的に可愛いデザインの箱なのだ。

おまけに薄いピンク色がベースなので、それが更に可愛さに拍車をかけている。


おまけに……


じ~っとミミックの目を覗き込む。


《!!》


ああ、やっぱりね。

可愛いわけだよ。


モンスターらしく釣りあがった目ではあるけど、そこにはしっかりとバシバシ睫毛が。

目に関してはそこまで詳細なイメージはしなかったんだけれど、そこはアレだ。

素材につられた可能性がある。

なんと言っても大元の素材はキラキラとキレイで可愛い宝石箱。

かけられた魔法で生まれてきたミミックも、その素材の可愛さに染まるべく、自然と可愛らしい要素を備えてきたのかもしれない。


「うん、まつげバシバシでかわいい」

「ね? 可愛らしいわよね、レーン?」

「はい!」


我ながら可愛い子を呼んだものだと、ホクホクしながらお母さまの言葉に笑顔で返事をすると、ミミックがプルプルと震え出してしまった。



────え……?

────どしたの、ミミック……?



その不可解な様子に思わずミミックを抱き上げ(?)て箱の中の顔を覗き込むと、特徴的な目が突然うるうるしだして、次の瞬間にはぶわわっと涙が飛び出してくるではないか。


「えぇぇ~? どうしちゃったの? わたし、なにかわるいこといった? ヘンなことしちゃった?」


想像もしてなかったミミックの様子に焦ったのは私の方だ。

けれどミミックは私の言葉を否定するようにぶるぶると身体を震わせる。


「えっ? ちがうの?」


どうやら言葉が通じてるっぽいので、もう一度そう問いかけてみたら、今度は『違う』の言葉を肯定するみたいに身体が前後にガックンガックンと揺れた。


「だったらどうしてないちゃうの~?」


わけが分からなくなってそう訊ねるけれど、ミミックはぶるぶる身体を震わせたままだ。

おまけに涙が溢れたせいで目もうるうるしている。

ますます可愛くなっただけなんだけど。

困ったなぁ……


両手の上にミミックを載せたまま『どうしたものか』と考えていると、立ち上がったお母さまが側に寄ってきて、私がしたのと同じように箱の中のミミックの顔を覗き込んだ。


「ごめんなさいね。わたくしが驚かずに可愛らしいなんて言ってしまったせいね。もう少し、驚いた声を出すなり悲鳴を上げるなりしていたら、あなたをこんな風に泣かせてしまうこともなかったのに」


そんなお母さまの言葉を聞いて、ミミックがピクリと身体を震わせて、それからじっとお母さまを見上げた。


「もっとね、派手に驚かせてくれるものだと思っていたの。飛びかかってきたりだとか、弾けたりだとか。その大きな口で噛みついてきたりとか……ね?」


それを聞いたミミックはとんでもないと言わんばかりに、ぶんぶんと身体を左右に大きく振って否定の意を顕にした。

うん、さすがに噛みつくはないな。

それはしないように予めイメージに組み込んでおいたし。

あくまでも、相手を傷つけることなく驚かせることが目的だし。


それよりも、こうして意思疎通が図れている方が驚きなんだけど。

言葉通じてるし。

ミミックも喋ることはしないけど、私たちの言うことに一生懸命応えようとしているし。

なんだか不思議だ。

魔法で作った子のはずなのに、まるで生きてるみたい。

そんなことを思っていたら予想外のことが起きた。


「泣かせてしまったお詫びにこれをどうぞ」


なんて言葉と共に、お母さまがミミックの口にクッキーを近づけたのだ。


《?》


当然ミミックは何のことか分かっていない。

けれどお母さまはそれを想定していたのか、ニコニコと笑いながら『とてもおいしい焼き菓子なのよ?』と言って更にクッキーを近づけている。



────魔法で生まれた子なのに食べものなんて食べるのかな?



そう思っていたら、ミミックがクッキーをバクンと食べた。

しかも丸飲み。

私の手の上で、だよ?

これにはビックリだよ。

まさか魔法で生まれた仕掛けモンスターであるミミックがクッキー食べるなんて思わないじゃん?

いや、ある意味大発見ではあるんだけどさ。


なんか、こう……ねぇ?


色々と『これでいいのか?』って気持ちにもなるわけですよ。

『魔法って奥が深いなぁ』の一言で済ませちゃうにはなんか違う気がする。

でもこれが現実なんだよね。

実際に目の前で見ちゃってるし、信じないわけにはいかないんだけどさ。


けど……


食べたクッキーは一体どこに行くんだろうね?

人間のように活動するためのエネルギーになるとは思えないし。

魔法で生まれた子だから、そっち系のエネルギーにでも自動的に変換されちゃうのかな?


うん、分からん!

こういう時は思考の放棄に限る!


考えても分からないものはいくら時間をかけても分からずじまいなんだよ。

つまりは時間のムダ!

私は建設的でないことはやらないって決めたんだもんね!


そんなことを考えていたら、いつの間にかお母さまがミミックをお菓子で餌付け(?)したらしく、すっかりと仲良しになっていた。

ニコニコ笑顔でお菓子を差し出すお母さまと、嬉しそうに身体を震わせながらそれを食べさせてもらっているミミックという図が目の前でできあがっている。

まぁ微笑ましいことだ。


やり方はこれでいいのかと疑問に残る部分は大いにあるけど、泣きべそだったミミックがあんなに嬉しそうにしてるし、お母さまも愛玩ペットに接するようにミミックをかわいがっているし、ある意味これはこれでよかったのかもしれない。


「うふふ。可愛いわぁ」


尚もニコニコ笑顔のお母さまに頷きつつも、私の脳内では目の前のこの構図が可愛いものとして認識されている。

バシバシ写真に撮って永久保存したいくらいだ。


けれど哀しいかな。

この世界、きっと写真どころかカメラだって存在してないよ。

だからしっかりと見て、記憶に焼きつけて、それから絵に描いてやる。

そう決意した。

だから私は、目の前のお母さまとミミックのキャッキャウフフのこの遣り取りをガン見するのに集中するのだ!





─────数分後




「ところでレーン?」

「なんですか? おかあさま?」

「この子の他にも、魔法で生み出せたりはしないの?」


ふと思いついたようにお母さまにそう言われて私はしばし考える。

結論から言えば、たぶんできると思う。

魔法の完成はイメージによるものが大きいと兄さまは言ってた。

だから、こういった仕掛け魔法に関して言えば、イメージ次第でいくらでも変わった()()を生み出せるんじゃないかなって思う。


「……たぶん、できるとおもいます」


なんとなくできそうだなと思ったからそう答えた。

するとお母さまは嬉しそうに一つ頷いてから、ニコニコ笑顔のままドレスのポケットに忍ばせていた()()()()を取り出した。


「だったらね、レーン。次はこれ」

「え、っと……サシェ、ですか?」

「ええ、そうよ」


差し出されたものは、光沢のある淡い紫色の生地で作られたサシェ。

早い話が匂い袋だ。

ところどころに煌めく小さなビーズで模様が描かれ、袋の口は色合いが微妙に違う淡い紫色のレースのリボンで閉じられている。

さっきの宝石箱に続いて、またもキレイで可愛らしいデザインのものが出てきたものだ。


「このサシェにも魔法をかけてほしいの」


ニコニコ笑顔でワクワクを隠せないといった表情のお母さまが、期待を込めた目で見つめてくる。

ここで『できない』なんて言おうものなら、思いっきりガッカリさせること間違いなしだ。


「やって、みます」


お母さまからサシェを受け取り『さて、どうしたものか……』と考えを巡らせる。

さっきまでのミミックに対する反応から察するに、お母さまはきっと可愛らしい『お化け』風な何かを期待しているに違いない。



────袋を模したモンスターってなんかいたかな……?



手にしたサシェをじっと見つめつつ記憶を辿る。

その記憶とはもちろん前世でのそれだ。

『う~ん……』と深く考えていると、頭の中にふっと何かがよぎった。




『コイツさ、一撃で倒せる上にわりと金落とすから結構いいカモ。序盤の金稼ぎにはコイツ狩りまくるの超オススメだから』

『……あ~、袋狩りってそういう意味?』




一瞬で浮かんで消えた光景と交わされた気安い会話。

『あれっ?』と思った次の瞬間、こめかみ辺りにズキンと鈍い痛みが走った。


「……ッ!」


思わず顔を顰めて、痛んだ部分に手を当てる。



────何、今の?



……や、違う。

何って、あれは私の前世(まえ)の記憶。

そうじゃなくて、あれはいつ?

いつの記憶?


それから、一緒にいたアイツ。

不思議なことに、顔はしっかり覚えてる。

初対面時から偉そうで、上から目線で、でも時々気まぐれに優しくて、子どもっぽくて。

『コイツ二次元から飛び出してきたんじゃね?』って言ってもおかしくないくらいの、絵に描いたような俺様な性格のヤツだった。

なのに不思議と仲良しだった。

見た目は抜群に良かったし、ある意味アイツは『観賞用』みたいな感覚でいたのに、趣味嗜好が似てたせいか一気に仲良くなったんだっけ。

それで一緒にいる時間が多くなって、あんな風に一緒にゲームをする機会も多かった。


そう、あれはゲームをしていた時の記憶だ。

正確には、アイツがゲームをしているのを横で見ていたんだ。

『フクロウを狩る』とかなんとか言ってた気がしたけど、実際は『フクロウ』じゃなくて『袋』の形をしたモンスターで……


……って、なんで袋のモンスターなんだっけ?



────ああ、そうだ

────イメージしようと思ったんだった



お母さまから差し出されたサシェに魔法をかけるために、それっぽい何かがいなかったかな……って、そう思って。


「レーン?」


突然こめかみを押さえ、顰めっ面で黙り込んだ私の顔を覗き込みながらお母さまが不思議そうに問いかけてくる。

無理難題を吹っかけたとでも思わせてしまったのだろうか。

少しだけ困った顔をしている。


「やっぱりこれでは難しそう?」

「いえ、できます。だいじょうぶです」


一瞬だけだったけど、さっきのあの記憶のおかげでイメージがしっかりと固まった。

アイツ曰く『わりとお金持ち』で『狩りまくるのがオススメ』の袋型モンスター。

もう一度よ~く思い返してみたら『某有名RPGに登場するあのモンスターじゃん』って、更にイメージが鮮明になったほどだ。


だけど……



────あの袋モンスターとこのサシェじゃ、ちょっとちぐはぐというかなんというか……

────どっちかというと、見た目の可愛さ的にはあれの上位型で宝石バラバラ撒き散らしてる方が近い……のか……?



……や、違うな。

あれは可愛いじゃなくて、派手派手しいだけだ。

宝石でキレイさをコーティングして誤魔化してるだけで、元は袋のモンスターじゃないか。


なんて思っていたら、イメージがちょっとブレた。

お母さまのキレイ可愛いサシェに、あの袋モンスターみたいな顔は似合わない。

だったらサシェの可愛さに合わせて、可愛い顔の袋モンスターをイメージして生み出せばいい。


目はパッチリつぶらで、さっきのミミックみたいに睫毛があってもいいな。

このサシェ、女の子っぽい色合いだし。

でもって、口はあるのかないのか分かんないくらいに小さめにして、笑う時も大声でゲラゲラ笑うようなやつじゃなく、控えめに可愛い声で笑うようなやつがいいかもしれない。



────いや~、考えれば考えるほどイメージって沸くもんだわ~



自分の脳内想像力に感動しつつも、イメージが完成したところで魔法を発動させる。

思考を別方向に飛ばしながらでも魔法を発動させられるくらいには、この仕掛け魔法にも慣れた。

それだけ数をこなしてきたのだ、昨日から。


私の手から、銀色の粒子を纏った赤い色の魔力が溢れ出て、掌の上のサシェを柔らかく覆う。

ミミックの時もそうだったけど、魔力が赤い色を帯びていたのは、やっぱり大元のイメージがモンスターだからだろうか。

イコール危険、的な?

でもイメージした子たちは、いずれも危険とはかけ離れた、ただただ対象の相手をビックリさせるだけの悪戯っ子だ。

問答無用で襲いかかってくる野生モンスターたちとはわけが違う。

これから生まれてくる子も、きっと可愛い子だ。


「できました、おかあさま」


魔力が収まったところで、魔法をかけたサシェをお母さまへと返した。

それを嬉しそうに手の中に包み込んだお母さまは、ニコニコ笑顔でそっとサシェを摩るように撫でた。


その瞬間─────


《キャハハハハハハッ!》


という、控えめながらも甲高い声でサシェが笑った。

イメージ通りに完成した可愛い顔で、控えめに甲高い声で笑う袋型……いや、サシェ型モンスター。

この子が笑う度に、仄かなラベンダーの香りがそこら一帯に振り撒かれていく。


当然ながらお母さまの反応は……


「まあぁ! 可愛らしい! この子も可愛らしいわぁ~!」


超ご機嫌です。

さっきのミミックに餌付けしてた時と大して変わらないテンションで喜んでおられます。

満足していただけたようで何よりです。


……と、苦笑しつつもお母さまの様子を見守っていると、お母さまが予想外の行動に出た。

なんとお母さまは、興奮冷めやらぬといった感じで、宝石箱ミミックとサシェ型モンスターの両方を抱えながら、サロンの外───扉前に控えていたヴェーダを呼んだのだ。

いや、正確には『自らサロンの扉を開け放ち、勢いのままヴェーダをサロン内へと引っ張り込んだ』が正解だ。


「見てちょうだい、ヴェーダ! 可愛いの! レーンの魔法が、こんなに可愛い子たちを生み出したのよぉ~!」

「お、奥様!? どうか落ち着いて下さいまし!」


テンション振り切っちゃったお母さまに、ヴェーダが色んな意味で驚いている。

片方に宝石箱ミミック。

もう片方にはサシェ型モンスター。

それらをヴェーダに見せながら可愛らしさを熱弁するお母さまという何とも奇妙な光景が、今私の目の前で繰り広げられている。

そしてそれは徐々にヒートアップして、留まるところを知らず、勢いのままに突っ走っていくだけの状態にも見えた。


ところでお母さま。

このことは私とお母さま二人だけの秘密にするって言ってませんでしたっけ?

でもって、ヴェーダは私の魔法のこと、知らないことになっているハズでは?

こんな風に暴露しちゃったら、ヴェーダも知らないフリをするのは難しくなっちゃうと思うんですけど大丈夫ですか??


なんて思ったけど。

今のお母さまは、とてもじゃないですが止められそうにないですね。


とりあえず、ヴェーダには謝った方がいいのかな。

でも今声をかけても聞こえないかも。


「……ま、いっか」


なんだかんだでお母さまは楽しそうだし。

心なしか、ヴェーダもお母さまの楽しそうな様子を見て苦笑してるし。

朝一番で会った時の不機嫌でギスギスした空気が完全になくなったのであればそれでいいじゃないか。

……と、思うことにした。



────……それよりも



ほんの一瞬だけだったけど、あの時よぎった前世の記憶のおかげでお母さまの期待に応えることができた。

それだけ、あの一瞬で見たものは鮮明な記憶だった。


顔もしっかり覚えてる。

何をどんな風に過ごして思い出を共有してきたのかも。

私がアイツをどんな風に思っていて。

それから、アイツが私をどんな風に思っていたのかも。


アイツに纏わることだったら、何もかも覚えているのに。

思い出すことができるのに。


なのにどうして。

アイツの名前が思い出せないんだろう。


あの子の時とまるで同じ。

ちゃんと覚えているのに、名前だけが思い出せない。

大事な大事な記憶で、思い出で、失いたくないもののハズなのに。

どうして一番肝心な、大事な人たちの名前を、私は思い出せないんだろう?


覚えているのに、覚えていない。

知っているはずなのに、思い出せない。

何度となく呼び続けていたハズの名前が出てこないことが、こんなにも苦しいなんて。

私にとってのアイツとあの子は、名前を思い出せないくらいに軽い存在なんかじゃ決してなかった。


大事で、大事で、大事すぎて。

だから思い出すことを脳が拒否してるとか、そんなんじゃないよね?



────そんなハズ、ないよね……?



アイツとあの子。

それから私。


冷静に考えてみたら、私、自分の名前も分からない。

ううん、違うよ。

私の名前はフローレン。

ドラグニア王国、四大公爵家の一つオンディール公爵家の娘、フローレン・エマ・オンディール。

それが私の名前。


……そうじゃない。

そうじゃなくて、私が知りたいのは今の私の名前ではない、前世(まえ)の私の名前。

生まれてから死ぬまで使ってきた私の名前。

多くの人から何度も何度も呼ばれた名前。

今の私の名前よりも圧倒的に多く呼ばれてきたことは確かなのに。

なのに、今の名前(フローレン)に塗り替えられてしまって、最初の一文字さえも出てこない。


アイツもそうだけど。

あの子もそうだけど。


何よりも。

私の名前は、何だっけ……?


強く思い出そうとすると、またこめかみ辺りがズキンと鈍く痛んだ。

もしかしたら、このまま思い出そうとし続けると、ずっとこの鈍い痛みが続いていくのかもしれない。

今の小さな身体では、とてもじゃないけど痛みに耐え続けられるとは思えない。

下手すれば、痛みに弱い身体になってしまうかもしれない。



────今はまだ、思い出すなってことなのかな……

────でも……



このままずっと思い出すことができなかったとしたら。

今覚えてる記憶とともに、いつか、アイツのことも、あの子のことも全て忘れてしまいそうで怖いよ……─────









重い考えに嵌り込んでどのくらいの時間が経ったのだろう。

たぶんそんなに時間は経過していないとは思うんだけど、随分と長い時間、前世のことで頭の中が支配されていた気がする。

そのせいかどこかぼんやりとしてしまって、上機嫌なお母さまの声と軽く腕を引かれる感覚に、勢いよく冷水をぶっかけられたかの如く、思考は一瞬で目の前の現実へと引き戻された。


「さあ、レーン! 行きましょう! これからが本番よ!」

「え……? ほんばん……?」


言われた言葉を理解するよりも先にお母さまがその答えを口にする。


「旦那様の部屋よ! 悪戯を仕掛けるのでしょう? 飾っている絵を全部剥がして隠すって言ってたじゃないの」


……そうでした。

お父さまに悪戯を仕掛けるんでした。

言い出しっぺのくせに、考え事に嵌りすぎて危うく忘れるところだったよ。


「それとロイアスにも仕掛けるのでしょう? ロイアスには何をするつもりでいるの? そっちも気になって気になって仕方がないわ」


すっごく楽しそうに言われて、一瞬だけ呆けた。

今お母さまに言われて気がついたんだけど、お父さまに仕掛ける方ばっかり考えてて兄さまに仕掛ける方を全くと言っていいほど考えてなかった。


「え、っと……」

「ん?」

「にいさまにしかけるほうは、なにもかんがえてなかったです」

「あらあら、そうだったの? てっきりロイアスに仕掛ける方もすごい内容のものを考えているのだと思っていたのだけれど。まだ何も考えていないのなら、今からすごいものを考えちゃいましょう!」


どうやらお母さまの方が悪戯に乗り気の模様。

童心に帰った気分なんだろうな。


「この子たちを嗾けるのも楽しそうね」


……と言われて差し出されたのは、宝石箱ミミックとサシェ型モンスターだ。

だけどこれ、兄さまには効かないと思うんだよね。

昨日試してイマイチだったし。

ていうか、失敗に終わったと言った方が正しいのかな。

結構な自信作だと思ったんだけどね、私的にはさ。

カンペキだとも思ってたのに。

宝箱風おもちゃ箱をベースにした、この宝石箱ミミックの何倍もの大きさで、見た目もよりモンスターらしいミミックを見せたというのに、兄さまはそこまで分かりやすいリアクションをしてくれなかったんだよね。

それどころか、ほぼ無表情で『バターン!』と勢いよく蓋を閉じてミミックに舌を噛ませた挙げ句、私が気づかないうちにしれ~っと魔法解除までしてくれちゃったんだ。


そんな兄さまに対してこの可愛らしい宝石箱ミミックとサシェ型モンスターを嗾けでもしたら、またもリアクションの薄い兄さまから問答無用でこの子たちの魔法が解除されてしまうことは目に見えている。

だって魔法解除からのミミックダメ出しを食らったわけだからね。


そのことをお母さまに話すと、お母さまはぷくっと頬を膨らませながら『まぁ、つまらないわ』と一言。

だよね?

リアクションを期待してるのに、ほぼ無反応に近い態度でダメ出し食らうとかつまんないよね。


「たくさん作って嗾けるにしても無理がありそうだし」


うん、物理的にね。

もっと言うなら材料が足りないって意味で無理がある。

仮にできたとしてもうるさいだけだと思うよ?

袋は触ったらケタケタ笑うし、ミミックはミミックで跳ねながらバッタンバッタン箱の開閉を繰り返すだろうから。


おまけに、あのサイズであの可愛さのを量産したとしても驚かせるには至らないんじゃないかなぁ?

昨日の宝箱風おもちゃ箱のミミックを量産するならまだしも、ベースが宝石箱と小さなサシェじゃ……ねぇ?


驚き&恐怖の対象どころか、どう見たってただのラブリーなマスコット集団だよ。

そんな可愛いマスコットが家人たちを驚かせに回っては『可愛い!』の賞賛の声をもらい、違う意味で『キャー♪』という叫びを上げさせる。

どんな家だよ。

お化けの出る(ホーンテッド)豪邸(マンション)とは遠くかけ離れた、ただの一風変わったファンシーハウスじゃないか。

どこのメルヘン世界だよ。

ていうか悪戯は一体どこ行った。


ああ~……、思考がどんどん違う方向へと逸れていく。

そもそも私、何がしたいんだったっけ?

悪戯はただの流れであって、何がどうなって『よし、悪戯をしよう!』になったんだっけ?


そうだ。

プチムカの腹いせだ。

それでささやかな仕返しでもしてやろうかな、って気分になったんだよ。

……たぶん。


「こんなに手の込んだ仕掛けなのに、あんまり驚いてくれないのであれば、やる方としても悪戯のしがいがないものね」


宝石箱ミミックをまじまじと見つめながらお母さまはそう零す。

確かに手の込んだ仕掛けだとは思うけど、総合的に見て宝石箱ミミック(このこ)は驚かせるには向かないと思うんだ。

作った私が言うのもなんだけど。


「ロイアスにはあまり凝ったものは通用しないということかしら?」

「それはたんじゅんなもののほうがにいさまにはききめがありそうだということですか?」

「そうね。分かりやすいものの方がロイアスは反応してくれるのではないかしら」


笑顔で宝石箱ミミックをテーブルへと置いて、先ほどのように餌付けを始めたお母さま。

それを羨ましそうに眺めるサシェ型モンスターが『自分にも、自分にも!』と言わんばかりにすり寄っている。

お母さまにではなく、なぜか私に。


つか、なぜだ?

私が生みの親だからか?


まぁいいや。

懐かれて悪い気はしないし、何よりもこの子、可愛いからな。

ええ、既に私も立派な親バカですが何か?


手元のクッキーを小さめに割って差し出すも、サシェ型モンスター───もういい加減に長いから略してサッシーでいいや。呼ぶのは心の中でだけだし、そのうちお母さまが気に入って名前つけるでしょ───は『それじゃない』と言うようにふるふるとその小さな身体を震わせた。


「え? ちがうの? おかしたべたいんじゃないの?」


クッキーを拒否されてしまって、じゃあ一体何が食べたいんだと不思議に思っていると、サッシーがある一点をじ~っと見つめているのに気がついた。

それはテーブル上に飾りとして置いている、花びらの置き物だ。

と言っても、透明なガラス皿に色とりどりの花の花びらをアートを描くように散らせて作った簡単なものだけど。

そのガラス皿の花びらをじ~っと見つめているのだ、サッシーは。


「おはな?」


指差して訊ねると、肯定するように大きく頷く。

まぁ身体全体を使っての動きだから、それは頷くと言うよりはペコリとお辞儀をした、というのが正しいのかもしれない。


「おかしじゃなくておはながたべたいなんてかわってるね?」


ベース素材がサシェだからか。

そして食べた花は一体どこへ行く?

疑問は多いけど、どうせ考えても答えは出ないし、永遠に謎のままで分からないだろうから、やっぱり考えることは放棄だ。


そんな感じでお母さまに倣い、私もサッシーにお花で餌付けをしつつ、ロイアス兄さまに仕掛ける悪戯の内容を考える。


「たんじゅんとひとことでいってもむずかしいですね……」

「あら、そうでもないわよ、レーン? もっと簡単に考えてみて?」

「かんたんに、ですか?」

「ええ、そうよ。例えば……レーンがこっそり後ろから近づいて、突然ロイアスに抱きついたりしたら、ロイアスは驚いてくれるでしょう?」

「それは……まぁ……」


っていうか、驚いてくれるというよりは驚いたフリをして見せてくれているって感じなんだよね。

幼女である私がどんなに頑張って気配を消してこっそり近づいたとしても、背後からの気配に兄さまが気づかないはずはないんだ。

気づいていながら気づかないフリをしてくれて、そして、私が事に至った際には驚いて見せてくれているだけの話。

単に妹に対する兄の気遣いからくる反応であって、あれは本気で私に驚いてくれているわけではないのだ。


「そういう感じの簡単なものでいいのよ。シンプル・イズ・ベスト、というやつね」

「!」


およ?

この世界にも『シンプル・イズ・ベスト』なんて言葉があるのか。

まぁ日本で作られたゲームの世界がベースになっているような世界だし、こういった馴染みのある言葉もちょいちょい出てきてもおかしくはないのかもしれないな。


「それじゃあですね、おかあさま。たんじゅんにうえからものがふってくるというのでもにいさまはおどろいてくれるとおもいますか?」

「あら、いいわね。ドアを開けた瞬間に、上から何かが落ちてくる……シンプルでいいと思うわ。水を降らせてもよさそうね。うふふふふ……」


やっぱりお母さまの方が楽しそうです。


「ぬれてしまったらかぜをひいてしまうかもしれませんし、きがえだってたいへんです。だから、みずをふらせるのはやめておこうとおもいます」

「そうね。さすがレーンだわ、優しい子。ロイアスはレーンの優しさに感謝しないといけないわね。レーンが優しいおかげで水攻めから無事に逃れられたのですもの」


なんか物騒なことになりそうだった!?

お母さまの中では、兄さまがドアを開けた瞬間に上から水が降ってきてずぶ濡れになることが確定してたっぽい。

あっぶな……


「でもこれで方向性は決まったわね」

「?」

「ロイアスにはドアを開けた瞬間に上から『何か』が降ってくる仕掛けを使って悪戯しましょう」


ドアに悪戯は確定らしい。


「でもですね、おかあさま」

「どうしたの?」

「わたしのまりょくだと、ドアぜんたいにまほうをかけるのはむずかしいみたいです。その……まりょくが、たりないとかで……」


そう。

昨日の時点で兄さまから言われているのだ。

私の今の魔力量では、ドアどころか窓やクローゼットでさえも魔法をかけるには至らないのだ。

魔力が圧倒的に少なすぎて。

だから兄さまの部屋のドアに仕掛け魔法をかけるのはほぼ不可能だと言える。


「あら、問題ないわ」

「えっ?」

「別にドア全体に魔法で仕掛けを施す必要はないもの」

「どういうことですか、おかあさま?」

「要は仕掛けが作動すればいいのよね?」

「はい」

「それだったらドア全体に魔法をかけなくても、例えばドアが数センチ開いた状態になれば仕掛けが作動する、といった風に一種の命令系統のファクターを魔法に組み込んでしまえばいいわ」

「そんなことができるんですか?」

「ええ。既にロイアスから聞いていると思うけれど、魔法はイメージで大きく作用されるところが大きいわ。もちろん魔法式による特殊文字列に命令を組み込むこともできるけれど、イメージさえできるのであれば無理に特殊文字列を組み込む必要はなくなるわ。だってものすごく面倒ですものね、魔法式って」

「………………………………」


なんか色々出てきた!

専門用語的なものがうんたらかんたらわんさかわんさかと。

うん、めっちゃ耳がスルーしてった。

ちゃんと『これは勉強だ!』と心構えをして、メモを取りつつ説明を受けなきゃきっと理解できない。

聞くだけじゃ無理。

絶対に無理。


「え、っとつまりは……ドアぜんたいにまほうをかけなくても、たとえばドアノブにまほうをかけておいて、ドアがあるていどひらいたらうえからものがふってくる、というイメージでまりょくをおくればいいんですか?」

「そういうこと。単純で分かりやすいでしょう?」

「はい!」

「ちょっと複雑なイメージになるかもしれないけれど、この子たちを生み出したレーンのことだから、イメージすること自体はそう難しいことではないとわたくしは思うわ」

「おかあさま」

「だから、思いっきりやってちょうだいな、レーン。あぁ、今からワクワクしてきちゃったわ。楽しみね」


お母さまのテンションが更に上がりました。

楽しそうで何よりです。

そして私も楽しみです。

魔力量が圧倒的に足りないという最大の問題が解決した今、私がやりたいと思ったことはイメージ次第でやりたい放題だと分かったからだ。

実は、上から物が降ってくる、というのを思いついた時にやってみたいことがパッと浮かんできたんだよね。

だからそれをやってみようと思う。

別に危なくはないけど、兄さまにはほんのちょっとだけ痛い目見てもらおう……と、こういうわけ。


それをするにはちょっと協力してもらわなければならない人がいる。

仕掛けを作動させる直前まで、兄さま以外の人にドアを開けさせるわけにはいかないから、兄さまの部屋から人払いをしてもらうためにもその人の協力は必要不可欠なのだ。


そうと決まればさっそく協力してもらいに交渉せねば。

パッとソファーから立ち上がった私を、お母さまが不思議そうな表情で見つめている。


「どこに行くの、レーン? もうすぐ昼食の時間よ?」


そう言われて時計を見ると、時間は正午を過ぎたところだ。

確かにお昼ごはんの時間は近い。

だけど私としては、午後のロイアス兄さまのスケジュール確認も兼ねて、早めにその人に協力を取り付けたいのだ。


そのため優先順位はお昼ごはんよりも断然こっちの方に軍配が上がる。


「ガルドのところにいってきます!」


目的の人物は、兄さまの専属執事を務めるガルド。

その人の協力なくしては、兄さまへの悪戯は成功しない。

だからこそ、お昼ごはんよりも優先してガルドに会いに行くことを決めたのだ。


そんな私の考えに気づいてか、お母さまが笑顔で手を振って見送ってくれた。

『戻ったら一緒に昼食をいただきましょうね』の言葉とともに……─────











次もまた仕掛け魔法編です(・∀・)

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