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不機嫌なお母さまとサロンにて……

閲覧、ブクマ、評価と、いつもありがとうございます。

マイペース更新ではありますが、お付き合いいただけていることに感謝の気持ちでいっぱいです(*・ω・)*_ _))ペコリン




~不機嫌なお母さまとサロンにて……~




「ヒマだ~……ヒマ、ヒマ、ヒマ~……」


ただいまワタクシめ、だだっ広い邸の中をスケッチブック抱えてフラフラと彷徨っております。

だって『お父さまを見張る』という予定が潰れて暇なんだもん。


朝ごはんのあと、部屋に戻って歯磨きを終えてすぐの頃にお掃除担当のメイドさんが来て作業を始めるって言うから、邪魔にならないように部屋から出てきたんだよね。

もちろんお掃除してもらえることに対しての『ありがとう』の気持ちもキチンと伝えたよ。

メイドさんたち、私に突然お礼を言われてびっくりしてたけど、すぐに『お礼の言葉をいただけるなんて光栄です』って言って微笑んでくれた。

その何気ない遣り取りがすごく嬉しかった。

やっぱり『ありがとう』に込められた思いってすごいね。

まるで人の心に直接触れられる魔法の言葉みたいだ。


……とまぁ、そんな感じで自分の部屋を出てきたわけだけど、何をどうするか全く決められないままでいたからとにかく暇なわけだ。

なんとなくスケッチブックを持ってきたけど、ホントになんとなくだから、今となっては何のためにスケッチブックを持ち出したのかが謎で謎で仕方がない。


「ん~……どうしようかなぁ……」


てくてくと歩き回っていても無駄に時間が過ぎていくだけ。

だからと言って、目的がないからと部屋に戻ってもお掃除担当のメイドさんたちの作業の邪魔になる。


「にいさまにはもののみごとにフラれちゃったからなぁ……」


期待させておきながらそれを大きく裏切るという、上げて落とす発言を思い返すとちょっとだけムカムカしてきた。

周りに誰もいないのをいいことに、私は思いっきり頬を膨らませて不機嫌顔を隠しもせずにズンズンと長い廊下をひた歩いた。

更には行儀悪くも、抱えていたスケッチブックをパラパラと捲りつつ、中の絵を眺めながら歩くということまでしてやった。

この場にメリダやヴェーダがいたら問答無用でお説教をいただくレベルの行儀の悪さだ。

……けれど、誰も見ていない今はいくら行儀が悪かろうとお咎めなしだ。

気にせずに継続する。


「ん~……おはなのえがおおいなぁ……」


ふと気になった事実に思わずピタリと立ち止まり、ぽつりと独り言を零す。

零した言葉のとおり、今手元にあるスケッチブックには花の絵が描かれているのが殆どなのだ。

季節柄、色とりどりの花が咲き乱れている邸の敷地内の庭のあちこちをスケッチして回った記憶がぽつぽつと浮かんでは消えていく。

それらの記憶から、フローレン(わたし)の日常はまさにお絵描き三昧だったことが分かる。

……となると、お父さまを見張るという名目の予定が消えたとしても、そこまで退屈はしなくて済むのかもしれない。

そこは普段通りにお絵描きしていればいいのだから。

それなら一人でいたところで暇を持て余すということもないだろう。


「……きまり。おはなのえをかきにおにわにいこう」


パタンとスケッチブックを閉じて再び歩き出す。

今度は行き先を変えて、中庭へと向かうべく来た道を戻り出す。

すると進行方向からお母さまがヴェーダを伴って歩いてくるのが見えた。

お母さまとは今日初めて顔を合わせるしキチンと挨拶しないとね。

少しだけ歩くスピードを落とし、お母さまへ挨拶をするタイミングを伺っていると、なぜか違和感。



────あれ……?

────お母さまの歩調がどこかヘンだ……



そう。

普段は穏やかにゆったりとしたペースで歩いているはずのお母さまが、らしくなく早い歩調で歩いていたのだ。

効果音をつけるとしたら『ズカズカズカ!』って感じの早さ。

これにはちょっとビックリだけど、驚いて挨拶するタイミングを逃したなんてことになったら目も当てられないので、しっかりとお母さまと向き合うべく立ち止まることにした。


そうしてズンズンと距離を詰めてくるお母さまの表情を見た瞬間、心の中で盛大に『あちゃあ~……』と溜息をついた。



────お母さま、もしかしておこです……?



私がそう思ってしまうほどにお母さまは不機嫌を顕にしているのだ。

普段通りのお母さまだったら、たとえどんなことがあったとしても穏やかな笑顔の下に一切合切の感情を押し込めて優雅に微笑んでいるのが常なのだ。

それが今は表情を繕うことさえしていない。

奇跡的な確率の珍しさだ。

これは相当なことがあったに違いない。


頭の中でサッとそんな考えを巡らせるに至った時間は僅か数秒にも満たない。

その数秒であっという間に私の側まで近づいてきていたお母さまに対し、私はことさら丁寧にお辞儀をした。


え?

朝の挨拶ですよ?


「おはようございます、おかあさま」

「!!」


めっちゃ驚かれました。

何故に???


けれど、お母さまが驚いた顔を見せたのは一瞬だけ。

すぐに表情はいつもの穏やかな微笑みへと変わる。

先ほどあれほど顕にしていた不機嫌顔も、一瞬前の驚きと一緒に、あっという間に微笑みで隠れてしまった。


「おはよう、レーン。早起きさんね」

「はい。はやくめがさめました」


普段通りのニコニコした表情で挨拶を返してくれたお母さまだったけれど、すぐにその微笑みは消えてしまった。

今日のお母さま、やっぱりヘンだ。


「もしかしておかあさま、きげんわるいです……?」


あんまり触れちゃいけないかもしれないけど、こんな風に簡単に笑顔が剥がれ落ちてしまうお母さまの様子が気になってしまって問いかけずにはいられなかった。

もしこれで更に機嫌を損ねるようなことになったら全力で謝ろう。

そう思っていたら、お母さまが急にしゃがみ込んで、勢いのまま私の肩を『グヮシっ!!』と掴むと同時に悲痛な声を上げたのだ。


「聞いてちょうだい、レーン! あの人ったら酷いのよ!!」


若干涙目で思いっきり頬を膨らませたお母さまは、まるで年若い少女のようだ。

それが全く違和感のないものだから、美形というファクターの持つ魅力は本当にすばらしいと思う。



────あ~もう、かわいいなお母さま……!



な~んて素で思えるくらいに、幼く見える表情が似合う人なのだ。


……それはさておき。


お母さまが言う『あの人』とは一体誰のことやら……と思うのが普通。

けれど、考えるまでもなく対象は一人なんだよね。

それは他でもないお父さまだ。

罷り間違っても、この邸内でお父さまのことを『あの人』と呼べるのはお母さま以外にはいないのだ。


さてさて。

そのお父さまだけど、何がどう『酷かった』んでしょうねぇ、お母さま的にはさ。


「カイエンをふりきっておしごとにいったってことはロイにいさまからききましたけど……」

「そう! そのことなのよ、レーン!」


やっぱりか。

お母さまのこの様子から察するに、お父さまがお母さまに黙って仕事に行ったのは確実だな。

昨日あれだけお母さまに心配かけておきながら、これとはねぇ。

『酷い』と言われても仕方がないんじゃないかな。

だって普通に酷いと思うもん。


「昨夜様子を見に行った時にちゃんと眠ってくれていたから、漸く休んでくれるのだと思って安心していたのに……」


うんうん、そうだね。

休まない人だって分かっているからこそ、眠ってくれたことに安心したんだよね、お母さまも私も。


「なのに、結局は起きて仕事を再開させていたようなのよぅ、あの人ったら!」

「え……?」


ちょっと待って……?

仕事って、昨日私が邪魔して無理やりやめさせたアレのこと、だよね……?

執務机の引き出しにしまって、鍵をかけて、尚且つその鍵を没収して、お母さまに渡して、物理的に手が付けられないようにしたはずの書類仕事のことだよね……?


一瞬頭がこんがらがったけど、思い当たることはそれしかない。


「ぼっしゅうしたかぎ、おかあさまにあずけましたよね……?」


まさか鍵を取り返したということはなかろう。

それ以前に、お母さまがあんな状態のお父さまに仕事の書類の入った引き出しの鍵を渡すはずがない。


「ええ、今もちゃんと持っているわ。ほら……ここにあるでしょう?」


そう言ってお母さまは尚も膨れっ面のまま、鍵を取り出して私に見せてくれた。

確かにそれは、昨日私がお父さまから没収してお母さまの手へと渡した鍵で間違いない。


鍵はお母さまの手元。

けれど、鍵がないにも関わらず、お父さまは引き出しから書類を出して仕事をした。


「……スペアキー?」


思わずぽつんと零したら、再びすごい勢いでお母さまに肩を掴まれた。


「違うわ、レーン! 鍵解錠(アンチロック)の魔法よ~~~!!!」


そんな叫びとともに掴まれた肩をガックンガックンと揺さぶられて、私はお母さまにされるがままになってしまった。

返事をしようにも、強く揺さぶられているためにうまく言葉を発することができず『う……』とか『あ……』とか、意味不明な一言を絞り出すのがやっとだ。

鍵解錠(アンチロック)の魔法があることにも、お父さまがそれを使えることにも驚いたけど、今はそれ以上にお母さまからの揺さぶりが激しくて、魔法のことに驚いている場合じゃない。

本当に、お母さまの揺さぶり方が尋常じゃないんだ……



────うぅ……これ以上揺さぶられるのは、ちょっとキツいかも……

────食べた朝ごはんリバースとかなったらシャレになんないんだけど……



怒りで我を忘れているのか、今のお母さまに加減をするという意識はないらしく、尚もガクガクと強く揺さぶられる状態が続いている。

そんな私たちの状態を見かねてヴェーダが止めに入ってくれた。


「奥様! そのように強く揺さぶっていてはフローレンお嬢様が目を回してしまいますわ!」


いや、目を回す分はまだいい。

とりあえず、リバースしてここら一帯が大惨事にさえならなければ、私は、別に……


……と、どこかに行きかけていた意識の端っこの方でそんなことを思ったと同時に、ハッと我に返ったお母さまの動きがピタリと止まった。


「!! ああ、ごめんなさいね、レーン! わたくしったらあの人に対する不満のあまり、つい……」


揺さぶりが収まったと思ったら、今度はギュッと強く抱き締められた。


「これじゃまるで八つ当たりだわ……。本当に、本当にごめんなさいね、レーン……」


まるで今にも泣き出しそうに、へにゃんと萎れた表情になったお母さまを見て私は緩く首を振った。


「わたしはだいじょうぶです、おかあさま」


多少目は回ったけどリバースせずに済んだからね!

……とは言わない。

つか、そんな『お上品ではないこと』口が裂けても言えるもんか、ってね……ハハハ。


「わるいのは、おかあさまにこんなおもいをさせたおとうさまのほうです」

「レーン……」

「こんなに、こんなにしんぱいしてるのに。それをむししておしごとにいっちゃうおとうさまがわるいんですよ」


あんなに顔色が悪かったのに。

大丈夫じゃないくせに『大丈夫』だなんて無理して笑って。

そんなお父さまだから心配してるのに。

それすらも笑って『大丈夫』だなんて言ってしまえる人だから。

だから尚更心配で。

『無理しないで』と言葉にして、また『大丈夫』の言葉を繰り返し、結果、何も変わらない。


そんなだから、心配するななんて最初から無理な話なんだよ。

お父さまはそれを分かってない。

分かってないから、きっと今、お母さまがこんな状態でいることにも気づいていない。

もし気づいていたなら、最悪仕事に行ったとしても、ちゃんとお母さまにそのことを告げて黙って出ていくような真似はしなかったはずだ。


「……わたし、おこりました」

「レーン?」

「わかってくれないおとうさまに、いま、おこってます」


先ほどのお母さまがそうだったように、今度は入れ替わりで私が膨れっ面だ。

ぷっくりと頬を膨らませたまま、私は潰れてしまった今日の予定のことをお母さまに話した。


仕事を休んでくれるであろうお父さまの見張りと称し、お父さまの部屋に入り浸ってお絵描きをするつもりでいたことを。

でも結局は、朝食の席でロイアス兄さまから『お父さまがカイエンを振り切って仕事に行った』という話を聞いたことでその予定が潰れて暇になってしまったことも合わせて伝えた。

そのついでに、兄さまから受けた()()()()()()()もチクッとお母さまに報告(チク)ることにした。


するとお母さま。

今まで萎れていた表情がまるで嘘だったかのように、キレイに整った眉をキッと吊り上げ憤慨しだしたではありませんか。



────アレ?

────もしかしてお母さま、再びおこです……?



これは言わない方がよかったのかな……なんて思っても今更。

一度口に出して言った言葉は取り消せません。

私の発した言葉はしっかりとお母さまに受け止められての今です。


「まあぁ!? あの人といい、ロイアスといい、オンディール家(わがや)の男どもは一体何を考えているのやら!」

「!?」

「…………行くわよ、レーン!」

「え……? えっ?」

「サロンよ! お茶よ!」

「は、はいぃ……?」

「お茶を飲みつつ、延々とオンディール家(わがや)の男どもの不満をグチグチと吐きまくる愚痴吐き大会を繰り広げるわ! も~う、我慢の限界よ! 女を甘く見るんじゃないですわよ、あんのバカ男ども!!」


……と、怒涛のように言いまくったお母さまに抱き上げられ、私はそのままサロンへと連行(?)される運びとなった。


それと、ものすごく気になることが……



────あ、あれ~……?

────さっきのお母さまの言葉遣い、心なしかちょっと乱暴に聞こえたような……?


────気のせい?

────幻聴?

────それとも私の耳がおかしくなっちゃっただけかな……?



そう思って、少し後ろを歩くヴェーダを窺うようにそろ~っと見ると、無言で目を閉じて首を振られてしまった。

これは気のせいじゃないってことですね。

そしてヴェーダがお母さまに注意を促さないということは、言っても無駄……つまりは止められないから。



────こりゃ収まるまで時間がかかりそうだわ……



今のお母さまの状態とヴェーダの反応からそう予想した私は、お母さまの気の済むまで『愚痴吐き大会』とやらに付き合うことにした。

ま、どうせ暇だしね。

愚痴聞き役くらい、いくらでも仰せつかろうではありませんか。






……と、思っていた時期が私にもありました。


数時間前の私、よくもまぁそんな大仰な役目を軽々しく請け負ったもんだよと言ってやりたい。


いや、ね?

お母さまの口から吐き出される愚痴がすごいのなんのって。

途切れることなく次から次へと出てくるって『凄すぎない?』と思うわけ。

一体どれだけの不満を溜め込んでいるんだよ、って話。

それを今までおくびにも出さずに、ニコニコと穏やかな笑顔でいたのだから恐ろしい。

まぁその普段の笑顔も、今はメッキのようにべリッと剥がれ落ちて、相応の不満顔なんですけどね。

ある意味自然体っちゃ自然体。

人間らしい姿ではあるんだけど、一貴族人としては失格だそうな。

そういった人間らしい感情を表に出せないなんて、貴族社会とは相当なストレス社会だと思う。

そんな世界を生きてきたお母さまを心から尊敬するよ。

だから今は、気の済むまでお母さまの愚痴に付き合うことにする。

私にはそれくらいしかお母さまにしてあげられることがないからね。


延々と愚痴を言い続け、暴飲とも言える勢いでお茶を飲みまくるお母さまを見ていると苦笑しか出てこない。

逆に、そんなにお茶飲みまくってお腹壊したりしないよね……なんて別の心配が出てくるほど。

私はというと、そこまでお茶は飲んでいないし、お菓子に手をつけるでもない。

朝ごはんを食べてわりとすぐにサロンへと連行された私は、その時はお腹がいっぱいだったのだ。

それと、お母さまの愚痴聞きに徹していると、あんまり飲食してる余裕がないというか、タイミングが掴めなくて、結局は手付かず状態になってしまうんだよね。

私はそんなに器用じゃないから、飲んだり食べたりしながら人の話を聞きつつ相槌を打ったりすることが得意ではないんだ。

自分も一緒に話すならまだいいけど、完全な聞き役に徹するのはあまり向いてないっぽい。


自分がやってみたからこそよく分かる。

聞き上手な人って、すごく器用な人なんだなぁ……って。


そんなこんなで、まだまだ終わりの見えそうにないお母さまの愚痴に付き合い、ようやっとそれから解放されたのは、サロンに連れてこられてから実に3時間半ほどが経過した頃だった。

でも、体感的にはもっと長かった。

『5時間は経過してんじゃね?』ってくらいの感覚だったのだ。


のちに私は、この実際の経過時間と体感的な経過時間の違いが生じる原因というか、その正体を知ることになる……─────






「あ~スッキリしたわ。長い時間わたくしの愚痴に付き合ってくれてありがとう、レーン」

「どういたしまして、おかあさま」


普段通りのニコニコ笑顔が戻ったお母さまにお礼を言われて、私も笑顔で返事をする。

少しでもお母さまの内側にある負の部分が解消されたのであれば何よりだ。


けれど。

私には、これで終わらせていいのだろうか……という気持ちがある。

こんな風になるまでお母さまが不満を溜め込んで、ある日突然限界が来て爆発……なんて、よくないと思うんだよね。

前世(まえ)の世界では、ストレスは万病の元とも言われていたように、蓄積されたストレスがいつどのような形で身体の不調となって現れるか分からないのだ。

だから、愚痴吐き以外にもある程度の発散法は必要だと思うわけ。


「おかあさま」

「なぁに、レーン?」

「わたしおもったんですけど、おかあさまはがまんしすぎなんじゃないかな、って……」

「それは大人だったら仕方のない話よ?」

「おそとでは、ですよね?」

「そうね。邸を出てしまえば、わたくしの立場はオンディール公爵夫人ですもの」

「でも、やしきのなかでは、こうしゃくふじんのたちばでないとき、ありますよね?」

「……ええ。決して多くはないけれど、公爵夫人の立場でない時間はないわけではないわ」

「だったら、そのときくらいはがまんするのやめませんか?」

「それはどういうことかしら、レーン?」

「おかあさまのいまのじかんは、わたしのおかあさまとしてのじかん」

「ええ、そうね」

「さっきわたしに、いっぱいぐちをきかせてくれたときみたいに、おかあさまはおとうさまの『つま』としてのじかんに、がまんしないでおとうさまにふまんをいってもいいとおもいますよ?」


そう告げたら、お母さまは驚いたのか目をぱちくりさせながらじっと私の目を見つめてきた。

私からこんなことを言われたのが予想外だったと言わんばかりの表情だ。


「やしきのなかでは『つま』であるおかあさまが『おっと』であるおとうさまにふまんをいったりわがままをいったりしても、だれももんくはいわないとおもいます。わたしだったら『もっといっぱいいってやって』っておかあさまをおうえんするほうにまわります。これはぜったいです」

「レーン……」


私自身の正直な考えを告げると、お母さまの表情がまたへにゃんとした萎れたそれに変わってしまい、ちょっとだけ焦ってしまう。

それが、普段は絶対に見せることのない『弱さ』をお母さまも持っているのだということを教えられているようで、胸の奥が僅かにキュッと痛んだ気がした。

思わず胸に手を当てつつ、その痛みを誤魔化すようにへらっと笑うと、お母さまもまた力なくも柔らかい笑みを返してくれた。

どちらかというと、それは苦笑に近い笑みではあったけれど、お母さまが笑ってくれるのであれば今はそれでいいのだ。


「それでですね、おかあさま。わたし、おかあさまをこんなにもしんぱいさせたバツとして、おとうさまにいたずらをしかけようとおもうんです」

「まあ。あの人に悪戯を? それはどういった悪戯なの?」

「おとうさまがおへやのまえのろうかのかべにはってかざっているわたしのえを、ぜんぶぼっしゅうしてかくそうとおもいます!」


『えっへん』と胸を張ってふんぞり返る私を見たお母さまが声を上げて笑い出す。


「まぁ! うふふっ……それはあの人にとっては由々しき事態となりそうね。大層な悪戯だこと」

「えへへ~」


お母さまが笑ってくれたので、これは賛成してもらったのだと勝手に解釈しておく。

それからもう一つ。

ついでに、ロイアス兄さまに対する仕返しも一緒にしておこうと思う。


それとその前にやるべきことができた。

ホントは家族全員が揃ったところで話すつもりでいたけど、一足先に魔法のことフライング暴露してやる。


「あとですね、おかあさま。わたし、ちょっとだけまほうつかえます」

「まぁ、そうなの? ……って、えっ!? 今、魔法が使えると言ったの、レーン!?」

「はい、いいました。わたし、まほうつかえます」


またも驚いたお母さまに、私は昨日ロイアス兄さまに封印魔術を教わったことを暴露し、その流れの応用で仕掛け魔法まで使えるようになったことを話した。

その前提に、昨日少し話していた秘密のメモのことを引き合いに出し、自分以外の誰にも見られないようにするための方法として兄さまから封印魔術を教えてもらうことになったことを告げた。


さすがに勉強もしていないうちに魔法に触れたことは怒られるかなと思ったけれど、その心配は杞憂に終わった。

なぜならお母さまは驚きはしたものの、笑ってこう言ってくれたからだ。


「教わってすぐに魔法が使えるようになるなんて、レーンには魔法の才能があるのね」


それから、私が魔法を使えたことを純粋に喜んでくれて、見せてほしいとも言ってくれた。

これには私の方が驚かされたけど、喜んでもらえたことがとても嬉しかったので、笑って二つ返事で了承した。


「それで、その悪戯には魔法を使うのでしょう? レーンが魔法を使えることをわたくしに話してくれたということは、つまりはそういうことだからなのよね?」

「はい!」


それから私は、昨日ロイアス兄さまと一緒に魔法を使った時のことを思い出しながら、どういう悪戯を考えているのかをお母さまに話した。


まず、私がお父さまにあげた絵を全部剥がして、それらを箱の中に隠す。

それからその箱に仕掛け魔法をかけて、箱を開けた瞬間に驚くような何かを仕込む。

それをお父さまに開けさせて思いっきり驚かせると、こういうわけ。


早い話がビックリ箱だ。

でも、理想はやっぱり昨日仕掛けたミミックなんだよねぇ。

でもあれは兄さまにダメ出し食らっちゃったから、もしミミックを仕掛けたことが兄さまにバレたら叱られそうだな。


そのことも合わせてお母さまに伝えると、なんとお母さまは笑顔でOKを出してくれた。

曰く『ロイアスへの仕返しも含まれているのだから、存分にやっちゃいなさいな』とのこと。

更には『万が一叱られたら、お母さまからの許可はちゃんと出ている』と追撃しなさいとのお許しが。

お母さま、強すぎますです、はい。

これなら安心して、思う存分にミミックを仕掛けられるよ、やったね!


「ところでレーン。どんな魔法を使おうと思っているの?」

「はこに『おばけ』みたいないきものをしかけようとおもってます」


ミミックと言ってもきっと通用しないだろうし、なんとなくふわ~っとした表現で、且つ人が驚いてくれそうな『お化け』ということにしておいた。


「……巷で子どもたちのおもちゃとして親しまれているビックリ箱のようなものかしら?」

「!」


なんと!

この世界にもビックリ箱なるものがしっかりと存在しているらしい。


「あれでしょう? 蓋を開けたら突然ピエロ人形が飛び出してきて、開けた人を驚かせるのよね?」


そう!

代表的なのはそれ!


お母さまの言葉に、私はコクコクと大きく頷く。

ビックリ箱の存在を知っているのなら話は早い。

これなら私がやろうとしていることの理解もすんなりしてもらえるはずだ。


「その驚かせるピエロ人形の部分を魔法でお化けにしてしまおうと、こういうわけなのね?」

「そうです、おかあさま!」


100%理解済みでした!

この先を説明する必要はゼロみたいです。

察しがよすぎて嬉しすぎます、お母さま。


「試しにやってみせてくれるかしら?」


見本としてやってみせるのはもちろんOKだ。

けれど、それをやるには問題がある。

私の魔力総量と回復力の早さの関係で、一度かけた魔法を自力で解除できないという問題が。

そのため昨日は、兄さまに私の魔力を奪ってもらいながらかけた魔法を解除するという強行手段を取ったくらいなのだ。

だって、一歩間違えば魔力を暴走させる寸前にまでなっていたしね。


このことも正直にお母さまに告げる。

案の定お母さまには驚かれたけれど、それも大丈夫だと言わんばかりに微笑んで頷いてくれたのでホッとした。


「今は魔法の解除は気にしなくてもいいわ。単にわたくしがレーンの魔法を見たいだけですもの」


そう言ったお母さまに、期待を込めた目で見つめられて、私は心の中で『よし……!』と気合を入れた。


「え、っと……ちょうどいいはこは……」


ミミックを仕込むなら昨日の宝箱風おもちゃ箱がぴったりなんだけど、それは私の部屋のクローゼットの中だ。

さすがにそれをサロンまで運んでくる余裕はない。

ついでに持ち運べる力もな!


「そうね。ビックリ箱のようなものにするのならそれらしい箱が必要となってくるわね……」


そう言ってお母さまが、顎に軽く手を当てつつ何かを思い出すように思案した。


「そうだわ。確か使わなくなった宝石箱があったわね。デザインが気に入って勢いで買ったのはいいけれど、収納するスペースが小さすぎて、結局は使わないまま別のものを新調してそれっきりなのよね……」


なんかもったいないこと言ってますよ、お母さま。

買ったのに使わないままって、もったいない以外の何者でもないじゃん。


「このくらいの大きさの宝石箱なのだけれど……」


……と、お母さまが大体の大きさを教えてくれた。

それはちょうど私の両手の掌の上に収まるくらいの大きさだった。

うん、このサイズじゃ確かにお母さまの持っているアクセサリー類を収納するには全然スペースが足りないね。


「じゅうぶんです、おかあさま!」

「そう? それならその宝石箱はそのままレーンにあげるわね?」

「いいんですか?」

「いいのよ。わたくしが持っていても、この先使うことはなさそうだもの。ちょうどレーンの魔法も見せてもらうことだし、そのまま魔法用の道具として使ってもらった方がよっぽど役に立つというものよ」

「ありがとうございます、おかあさま! うれしいです!」


お母さまから宝石箱のお下がりがもらえることになり、ニコニコ顔になる私。

それからお母さまがヴェーダに箱を持ってきてもらうようお願いをし、数分ほどの後にキレイな細工の宝石箱を持って戻ってきてくれた。


「ありがとう、ヴェーダ」

「いいえ。どういたしまして、お嬢様」


箱を受け取ってお礼を言うと、ヴェーダは微笑みながら頷き『それでは失礼いたします』と一礼してサロンを後にした。


「? どうしてヴェーダでていっちゃったんですか?」

「これからレーンに魔法を使ってもらうからよ」

「わたしがまほうをつかうのに、ヴェーダがここにいっしょにいるのはダメなんですか?」

「そうね。本来ならば、使用人がいる場で魔法を使っても何の問題もないけれど、レーンはまだ魔法の勉強を始めていないでしょう? その状態で魔法を使うこと自体が普通では有り得ないことなの。だから、先ほどの話もヴェーダの中では聞かなかったことになっているし、魔法を使う場に居合わせることもしない。ヴェーダがサロンから出たのはこういう理由があってのことなのよ」


そうなのか。

確かに、魔法の勉強を始めてもいない子どもが魔法を使うなんて普通に考えたら有り得ないことだもんね。

それがこの世界では一般的であって、いくらお母さまが許可を出したからと言っても、それはあくまでもお母さま個人の独断によるものだ。

つまりこれは『基本的にはやっちゃいけないこと』ということになる。

だからヴェーダは私たちのしていた話を聞かなかったことにして、これから私たちがやろうとしていることを見ないようにサロンを出ていったんだ。

昨日兄さまが私に魔法を教えてくれた時に部屋に結界を張ったのも、そういった事情があって誰にも内緒にしておかなければいけなかったからなのか。

だったらヴェーダが一緒にいた時に魔法のことをフライング暴露したのはよくなかったかもしれないな。

まぁ既にやっちゃった後だから今更どうにもできないんだけど。

とりあえず、ヴェーダは聞かなかったことにしてくれたわけだし、これから魔法を使おうとしている場に立ち会うわけでもないから、表面上では何も知らないことになるんだと思う。

つまりは、ここであったことは誰にも秘密、と。


「これはわたくしとレーンだけの秘め事よ」


『うふふ』と笑いながら、お母さまが私の思ったことを肯定してくれるように茶目っ気混じりに言ってくれた。


「ヴェーダは口が堅いし、自分自身の役割に忠実だから、決してこのことが他人に漏れることはないわ。たとえそれが旦那様相手であったとしてもね」

「それって……」

「そういう意味での、わたくしとレーンだけの秘め事よ?」


再び同じ言葉を繰り返し、柔らかく微笑んだお母さまを見て私は大きく頷いた。


「さあ。これで懸念することはなくなったわ。だからレーン、安心して魔法を使って? そしてそれが一体どんなものになるのか、わたくしに見せてちょうだいな?」

「はい、おかあさま」


キラキラと期待に満ちた目で見つめられ、嬉しそうに笑うお母さまに、私もまた笑顔で頷く。

それから、両手の上にすっぽりと収まっているキレイな細工の宝石箱へ魔力を注ぐべく意識を集中し、箱へと仕掛けるイメージを膨らませながら覚えたばかりの仕掛け魔法を発動させたのだった……─────













ダメ出し食らって封印せざるを得なかったはずのミミックが、ママンの鶴の一声で半日にも満たないうちにあっさり解禁になるという……(^^ゞ

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