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笑えない血の性質……って、シャレになんないから!!




~笑えない血の性質……って、シャレになんないから!!~




やってきました昨夜ぶりの食堂。

今度こそは何事もなく無事にごはんを食べられると思いたい。


まさか齢一桁にして、食に関しての深い有り難みを抱くようになるとはねぇ。

ホント、人生何があるか分かったもんじゃないです。

異世界転生なんて経験もしちゃったくらいだしね。


昨日はほぼまる一日を食事抜きで生活したような感じになってしまったから、今度こそは朝からキチッとごはんを食べて活動的に過ごしたいもんです。


さて。

だだっ広い食堂の大きなテーブルで一人ぽつんと食事をするのは寂しいので、私はメリダにお願いして昨日の夕食の席で使った小さなテーブル席で食事をさせてもらうことにした。

やっぱり小ぢんまりとした方が気分的に落ち着くんだよね。

シンプル好きな上に、質素が美学な日本人気質だからさ、私ってば。


小さなテーブルの上に並べられたのは、定番ではあるんだけれどちょっぴり豪華な洋食メニュー。

ふわふわ卵のプレーンオムレツと温野菜のサラダ、シンプルなコンソメスープに、焼きたてのクロワッサンだ。

朝から結構な品数だとは思うけれど、貴族家の食事だからこれはまだ少ない方なんじゃないかな。

まぁお子サマである私には、全てのメニューで少なめに出してもらってるんだけどね。


一通り並べてもらったところでエルナが合流した。

ここからはメリダに代わり、私の食育担当のエルナがバトンタッチで給仕をしてくれるのだ。



────いただきます!



そっと手を合わせて、料理を前にペコリとお辞儀。

誰にも分からない、ここでは私だけが知っている前世での食事のマナーだ。

こうして食に恵まれていることに感謝を。

料理を作ってくれる人、食材を育ててくれている人、それらを流通させてくれている人、食べる人の口に運ばれていくまでの工程に関わってくれた全ての人たちに心からの感謝の気持ちを。


『いただきます』の言葉には、多くの人への感謝の気持ちが込められているのだ。

その気持ちが一人一人に伝わることは決してないから、ある意味これは祈りだとも言えるだろう。

生きていくための、そして、これからも生きていけるという感謝の気持ちでもあるのだから。


そっと顔をあげると、エルナが不思議そうな表情で私を見ていた。


「今のは何のおまじないでございますか、お嬢様?」


料理を前にお辞儀をした私を見たエルナは、あれをおまじないだと思ったらしい。


「かんしゃのきもちなの」

「感謝の気持ち、ですか?」

「そう、かんしゃのきもちなの。こうしてごはんをたべられることにたいする、たくさんのひとたちにこめた『ありがとう』のきもち」

「まぁ……お嬢様……!」


別に隠すことでもないし……と思って正直に話したら、ものすごく感動された。

少し涙ぐんでるよ、エルナ。

そんなに大げさなことでもないんだけどな。

……と、思わずエルナの反応を見て苦笑してしまった。


でも、ある意味エルナのその反応もしょうがないのかもしれないな。

今までフローレン(わたし)の食育のために、ぐずぐずダラダラと食事の時間を長引かせる面倒なお子サマに根気よく付き合ってくれていたんだもんね。

長時間かけてだったとはいえ、一応完食はしていた私が常に口グセのように『イヤだ』『イヤだ』って言っていたのを耳にし続けてきたわけだし、それはそれは言い表せないくらいの苦労をさせてしまっていたと思う。

そんな私が食事に関して感謝の気持ちがどうだ~……なんて言い出したら、エルナの立場からしたら相当な成長を目の当たりにしたも同然なのだろう。



────劇的ビフォーアフター、ってか……



己のこととはいえ、相当手のかかるお子サマだったようだ、フローレン(わたし)は。



────色々含めて反省しよ……



それが、私自身がやらかした過去のあれこれでなかったとしても。

これからの自分のために、過去の失敗をちゃんと認め、改めて『勉強になった』と自身の成長の糧にしていくんだ。


うん。

そうするべきだ。


……と、脳内で過去の己の反省会を終了させたところで、今度こそ食事へと向き直る。


「いただきます」


再び手を合わせてペコリとお辞儀をしたまではよかったものの、心の中で言ったつもりだった『いただきます』の言葉はしっかりと声に出ていたみたいだ。

『……あ、しまった』と思ったけれど、それに関しては特に何も言われることはなかった。

すぐ側で私の『いただきます』を聞いていたエルナもメリダも、優しい目で私を見て微笑んでくれている。

きっと、これも食に関する感謝の気持ちであることを察してくれているのだろう。

本当に優秀で有能な侍女だな、二人とも。


そうして、メリダとエルナの二人に見守られ、給仕を受け、時にちょっとした世話を焼かれつつ口にした食事はどれもこれも絶品だった。



────おいしくごはんを食べられるって、ホントに幸せだ……



ニコニコ笑顔を浮かべながら最初に温野菜のサラダを食べ切った私を見たエルナが、また涙ぐんで感動していたのはここだけの話だ。

まぁ昨夜あれだけの苦味と渋みとエグ味を経験したわけだから、あれ以上のものが出てこない限りは、どれだけ苦かろうがまずかろうが、ある程度は食べられるようになってるんじゃないかな。

野菜特有の苦味なんてかわいいもんだよ。

ある意味あれは、かなりの荒療治的な苦手克服方法だったと言えなくもない。

とはいえ、例え苦手克服に繋がったとしても、食事に異物を混入させたレミアに対して感謝の気持ちが湧くはずはないんだけど。


「ん~……おいし~……しあわせ~……」


温野菜のサラダを食べ終えて、今度はふわふわ卵のオムレツを食べようかと思った頃に兄さまがやってきた。

あれから結構な時間が経っていると思うんだけど……遅いお着きでございますなぁ。

何をそんなにマリエラと盛り上がっていたのかなんて訊かないよ。

どうせ『私=威嚇する仔猫』の話題があれから更にヒートアップしたとかそんなところでしょ。

それを思うとまたちょっとムカッとしたから、ちらりと見ただけですぐに意識をオムレツの方へと切り替えた。

そんな私に気づいた兄さまが苦笑しながら近づいてきてこう言った。


「黙って置いていくなんて酷いな、レーン」


……だってさ。

酷いのはどっちだよ……って言いたくなったけど、兄さまたちは別に悪気があって私のことを『威嚇する仔猫』と例えたわけじゃないのは分かってるからグッと堪えた。

ちょっと大人の対応だぞ、っと。

でも兄さまたちを放置した理由は、大人の対応とは真逆の子どもの事情だ。


「……おなかがすきすぎてガマンできなかったから、ごはんをたべるほうをえらびました」


お腹がすいて早く朝ごはんを食べたかったのは本当のことだしね。


「それならそうと、声をかけてくれてもよかったのに」

「めんどうでした」


思わずボソッと本音を零すと同時に、私の背後でメリダが堪えきれないといった体で息を吐くように微かに吹き出したのが分かった。

声こそ出なかったものの、僅かに肩が震えていることから『面倒だった』という私の気持ちを心底理解してくれていることが分かる。



────ありがとう、メリダ

────メリダはいつだって私の味方でいてくれて、私の気持ちを分かってくれるんだね



「……確かにあのようなお話をされている中で声をかけるのは気が咎めてしまうことでしょうね」


そう言ってくれたメリダの言葉には、言外に『声をかけるのが面倒だと思えるほどの話をしているからだ』という意味が多分に含まれている。

まさに私の心情はそれだった。

あんな話で盛り上がっている主従に声をかけるなんて面倒以外の何者でもない。

私が割って入ることで『本人参戦!』と言わんばかりに、更に話題がヒートアップすることは目に見えていた。

何が哀しくて望んでもいない会話に参加して場を盛り上げる材料にならねばならんのだ。

人身御供とか冗談ではない。

それが私の本音『面倒だ』の一言に込められた全てだ。


メリダの援護をありがたくいただき、けれど私は話の輪には入らずに朝ごはんのオムレツに集中している。

蒸し返すのは得策ではない。

このまま全員する~っと流されてくれ。


……なんて思っていたのに、鈍感力を発揮した兄さまは思惑通りに流されてくれたりなどしないから厄介だ。


「全然気にすることはないのに。いくらでも話しかけてくれてよかったんだよ?」



────……メンドクセ!



オムレツに夢中で聞こえないフリをしてやった。

今の私は食い気一辺倒で食べる以外のことに意識は向いてません、というスタンスだ。


「割って入れるような空気ではないとは、一体どのようなお話をされていたのですか?」


ここでエルナが質問を交えてきた。

食堂で合流したエルナはあの場にいなかったから、今のこの話だけでは訳が分からなくて当然だよね。


でもね、エルナ。

蒸し返さないで、ホントお願いだから。

長引くと面倒なの。

私の話ともなると兄さまは嬉々として延々と語るから。


「レーンの話をしていたんだ」


ほらね、兄さま嬉しそう。

エルナの言葉に笑顔で応えつつ、兄さまは私の向かい側の席についた。

そこに完全に腰を落ち着けたことで、兄さまがこのテーブル席で私と一緒に食事をする姿勢を見せたわけだ。


捕まったわぁ~。

逃げられないわぁ~。


だからといって、食事の途中で席を立つとかいうマナー違反(タブー)はやらかしたくない。


腹をくくるしかないのか。

先ほどの会話の延長線として餌食にならなきゃいけないのか。

でも正直メンドクセ。



────絶対に一言二言で終わる話じゃないよ……



同じテーブルについた以上、兄さまから振られる会話の全てをスルーするのは難しい。

っていうか、普通に無理。


……とりあえず、話を振られたら適当な相槌を打ってスルーできるところはスルーしよう。

うん、そうしよう。

それまでは食べることに集中しておくかな。

食事に夢中になっていれば話を聞いていなくても不自然じゃないし。


幸いなことに、兄さまは今マリエラの給仕を受けている最中だ。

それが終わるのを待っているのか、会話は一時中断している。

エルナも話しかける様子はない。


もしかしたら兄さまは、会話よりも食事を優先させるつもりでいるのかも。

そうだったとしたら、兄さまより早く食べ終わることで、会話に参加せずに先に部屋に戻ることも可能かもしれない。


よし!

そうと決まれば食事に集中だ!

サクッと食べ終わって、ササッと部屋に戻るぞ!

そうするぞ!


食事に専念すると決めた私は、再びオムレツに向き直ると、それを口へと運んだ。

その瞬間、オムレツのふわふわの食感が口いっぱいに広がり、続いて優しい甘みの新鮮な卵の味がじんわりと染みていく。



────これは最高においしい!

────いくらでも入りそう!



想像以上のおいしさに自然と頬が緩み、ふにゃんとした気の抜けきった笑みが浮かぶ。


「とてもおいしそうに食べているね、レーン」


そんな私の表情の変化をずっと見ていたらしい兄さまにそう言われ、私はコクコクと大きく頷いた。

だって本当においしいんだもん。

じっくりと味わって食べられるって本当に幸せだ。


「もしかしたら昨日の苦味の影響が残っているかもしれないと思っていたけれど、その様子じゃ心配はなさそうだね」


本気で心配していたと分かる表情で言われて、私は急いで口の中に残っていたオムレツを飲み込んだ。

『大丈夫』だと急いで伝えたいけれど、口の中にものがある状態で話をするなんてお行儀が悪いからね。


「きのういっぱいはみがきをしたおかげで、くちのなかのにがいのはなくなりました」

「そう。それならよかったよ」

「にいさまは?」

「僕?」

「はい。にいさまもくちのなかのにがいの、なくなりました……?」


昨夜、私が大丈夫ならロイアス兄さまも大丈夫だろうとヴェーダは言ってくれたけれど。

その言葉に嘘はないと思うけれど。

それでもやっぱり、本人の口から大丈夫なのかどうかを聞いて確かめないと安心できない。

だって、私のせいで兄さまを巻き込んでしまったから。


「大丈夫だよ。僕もレーンと同じで念入りに歯磨きをしたからね。そのおかげで一晩で苦味もエグ味も渋みもスッキリとなくなったよ」


笑顔でそう言われてやっとのことで安心できた。

ホッとしたのが表情に出ていたのだろう。

そんな私の頭を、苦笑しながら優しく撫でてくれた。


「にいさまがなんともないならよかったです。まきこんでしまったし」


本当にこれだけは申し訳ない。

この先どれだけの時間が経ってもこの気持ちが薄れることはないだろうなと思う。

それほどに心苦しいことだったのだ。


なのに兄さまときたら、苦笑を浮かべたまま『気にするな』と言わんばかりに私の頭を撫で続けている始末だ。

本当に気にしていないみたいで余計に心苦しくなる。

更には、聞き捨てならないような信じられないことをポツリと言ってのけたのだ。



『……こればっかりは血によるものだからしょうがないのかもしれないね』



などという言葉を聞いてスルーできる猛者がいたら是非ともお目にかかりたい。

あまりにも信じられない一言に、思わず目を剥いて兄さまを凝視するように見上げてしまった。

けれど兄さまは相変わらず苦笑したままだ。



────これは誤魔化すつもりか……?



そう思ったけれど、別に兄さまは誤魔化すつもりも隠すつもりもないらしく、私にこう訊いてきた。


「エルナから聞いてないかい?」

「?」


何をだ。

聞くも何も、今日エルナと顔を合わせたのは食堂(ここ)が初めてだ。

昨夜もあの後エルナと顔を合わせることはなかったし、話すヒマなど全くなかったのだ。


「なんのことですか?」


エルナから聞ける話で心当たりがあることといえば昨日のレミアの件しかない。

思い出して再び不快になったけれど、分からないままだともっとモヤモヤするので訊くことにした。


「……レミアのこと?」


思いっきり眉間に皺を寄せてそう訊ねた私に、兄さまは緩く首を振って否定した。


「違うよ。その件はまた別で話さなければならないことだけどね。今回の件は母上のことなんだ」

「おかあさまのことですか?」

「そう。エルナから聞いていないなら、レーンは驚くかもしれないな」

「なにかあったんですか?」

「……何か『あった』というか……あれは『やった』という方が正しかったのかな、エルナ?」


突然質問するように、兄さまがエルナに話を振ったため、私は反射的にエルナを見上げた。


「おかあさまがなにかしたの、エルナ?」


気になってそう訊ねると、エルナは小さく溜息をついてから苦笑した。

兄さまは兄さまで疲れたように盛大な溜息をついたところだった。



────一体何があったんだ???



私一人だけが置いていかれたみたいだ……と思っていたら、メリダもマリエラも不思議そうな表情で首を傾げていたから、どうやら私だけが知らないというわけではないらしい。


「……奥様も口にされたのですよ、件の苦味調味料を」

「……へ?」


いや、いつよ!?

だって昨日のあの異物混入スープ、兄さまが口にした直後に下げるように指示してたよね?

あれ以外の料理にも混入されてた可能性はあったかもしれないけど、騒ぎの直後にお母さまは食堂を出て行ったから食事はしてないはずだよね?

なのに()()を口にしたってどういうこと!?


「やっぱり驚くよね、レーン?」


驚くどころじゃない。

これは驚愕ものだよ!!

一体何がどうなってそんなことになったわけ!?


「……僕もそれを聞いて呆れたくらいだし」


呆れた?

驚いたんじゃなくて、兄さまは呆れたの?


意味わからん!

誰か説明を!

プリーズ!

大至急分かりやすい説明を求む!!


……って、それをできるのはエルナだけか。


「エルナ……」

「説明してやってくれ、エルナ」


再び溜息をつき、兄さまがエルナに話すよう促す。

……ってことは、ロイアス兄さま自身も詳しくは分からないってことなのか。


じっとエルナを見上げると、エルナは苦笑しつつもお母さまが『やらかした』であろうことを説明してくれた。

どうやらお母さまは、私や兄さまが味わった苦しみを己自身の身を以て知ることでその時の私たちの気持ちに寄り添おうとしていたらしい。


……や、気持ちは分からなくはないよ?

自分がその辛さや痛みを知っていれば、相手が感じた辛さや痛みに同調して、より深くそれを理解してあげられるからさ。


でも、ね……

人としては正しいかもしれないけど、お母さまの立場的に、それは……


「……やっちゃダメじゃん」

「うん。だよね。レーンもそう思うよね」


思わず素の言葉でぼそっと零しちゃったわけだけど、それについてはツッコミは入らず、逆に兄さまは同調して大きく頷いてくれた。


「僕たちの母親の立場として……という気持ちは分からなくはないし、寧ろ逆に有り難いとさえ思うわけだけれど。オンディール公爵家の当主夫人の立場としてはやっちゃいけないことだよね」


まぁそうだけどさ。

正しいことを主張してくれちゃってるわけだけどさ。

そういう兄さまだって、お母さまのこと言えないんだかんね?


明らかに異物混入されたと分かってるスープを、自分だって真っ先に口にしようとしたじゃんか、兄さまは。

止めようとした私をわざとらしく交わしつつ強引に交換しようとまでして……っていうか、実際に強引に交換して口にして、遭わなくてもいい目にわざわざ遭っていたのは一体誰だよ、って話。


だから言ってやった。


「にいさまもひとのこといえないですよ」


……っていうことをぼそっと。

そしたら兄さま、苦笑しながらこう返事したんだ。


「うん。だから『血』なのかなぁ、って」


本当に『しょうがない』って言わんばかりの顔だった。

さっきも同じことを言ってたから、これは本当に、本当に『しょうがない』って思っての言葉なんだってこと。


「身近な相手が苦しんでいたら、少しでも楽になってほしくて、その苦しさを分けてほしいと願う。身内だったら尚更だ。一緒に傷つく覚悟で相手に寄り添い、時には苦しみ、共にそれを乗り越えようとする。昔から……そういう不器用な生き方しか知らないんだ、オンディールの一族は」

「それって……」

「幸せも、喜びも。苦しみも、痛みも辛さも。全てを分かち合い、共に寄り添う。だから、目の前の苦しむものを放っておけない。自己犠牲的といえば聞こえはいいけど、そのために己の命を簡単に他者に差し出してしまえるような愚か者なんだよ。分かっているのに変えられない。そんな生き方しか知らないから」


……なんだそれ。

オンディール公爵家(うち)って、そういう血筋なの?


目の前に苦しんでいる人がいたら、一緒に背負って苦しもうって?

だから?

昨日私が酷い目に遭ったのを、兄さまも一緒に背負おうとして。

そして……お母さままで、酷い目に遭った私たちに寄り添おうとして、自分からあの酷い苦味の調味料の入った何かを口にしたって、そう言うの?


愚か者なんだ……って、ホントそうだよ。

ただのバカじゃん。


何なの?

オンディール(うち)の一族、一蓮托生しなくちゃ死ぬ病気にでもかかってんの?

仮に一族の誰かが毒を飲んじゃったとしたら、残りの一族全員も同じように毒を呷るって?


一蓮托生しなきゃ死んで?

でも、一蓮托生して毒を呷っても死んで?


どっちにしたって死ぬ未来に変わりはないじゃん!

一人の苦しみはみんなの苦しみ、だから一蓮托生する……って、バカか!

何をどうしようが、一人が死ねばみんな死ぬことになるんじゃん!

そういう生き方しか知らないって、誰かのために死ぬことを前提に生きてるって、そういうことになるんだよ?


それが個人的な思考ならば、百歩譲ってよしとしてもいい。

でもね。

一貴族人として、それはやっちゃいけないことだ。


そういう生き方しか知らないなら、違う生き方を模索しなきゃ、それこそ一族郎党しょうもない理由で滅びるよ。

よくもまあ、今まで生き永らえてきたもんだ、オンディール(うち)の一族は。


っていうか。

仮に私の人生が、ゲームのシナリオをなぞるように流れていったとしたら。

それこそシャレにならない未来が待ち構えていることになる。


私の苦しみを、自分の苦しみだと考えるような人たちならば。

そこで一蓮托生して、私一人だけ破滅させておけばいいものを、自分たちも同じだからと一緒に堕ちようとするかもしれないのだ、この人たちは。

一族道連れで破滅とか、絶対にあってはならない。


「ダメです!」

「レーン?」

「じぶんのじんせいはじぶんのもの。ひとのためにじぶんのじんせいをぎせいにするなんてバカのすることです」

「うん、そうだね」

「だったらなおしましょう」

「レーン?」

「ほかのだれかのためにではなく、まずはじぶんのためにいきるのがだいじです。じぶんをないがしろにするひとにたすけられたって、ちっともありがたくないですから」


偉そうに説教じみたこと言ってるけど、これは本心だ。

自分のことをないがしろにする人に、他の誰かを助けるなんて器用な真似ができるはずがないんだって。

まずは自分のことを大事にする。

それができるから、心にゆとりが持てて、他者へと目が向く。

そうして、相手が困っていた時に手を差し伸べられるかどうか……それは、その時のその人の心のゆとり次第だと思うんだ。


「だから、わたしはちょっとだけ、おこってます」

「えっ?」

「きのうのにいさまのこと。わたしのためをおもってしてくれたことは、ほんとうにうれしかったし、ありがとうのきもちでいっぱいです。だけど、それでにいさまがくるしんだことは、ゆるせません。にいさまにそうさせてしまった、わたしじしんのよわさがゆるせません。おこってます」

「レーン」

「だから、もう、あんなことは、しないでください」


いつの間にか食事どころではなくなっていて、手持ち無沙汰に持っていたスプーンをギュッと握り締めた。

そうしたのは、じわっと熱くなった目元を誤魔化すためだ。


「……分かった、って言いたいところだけど、約束はできないかな」

「……ッ! にいさまッ!!」

「うん。レーンの言いたいことは分かってる。でもね、さっきも言ったように、昔からそういう不器用な生き方しかできなかった一族なんだ。いきなり変えようと思って変えられるほど浅い業ではないんだよ」

「………………」

「でも、レーンの言うことは尤もだ。自分を大事にしない相手に寄り添おうとされても説得力はないからね。少しずつ、変わっていかなければならないというレーンの考えは正しいと思うよ」

「じゃあ……」

「すぐには無理でも、少しずつ直していかないといけないね。ただ……」

「ただ……?」

「身内に限っては、変えるのは難しいだろうなっていう話」

「……おかあさまですか?」

「母上のこともあるけど、それ以上に父上だね」

「おとうさま?」

「そう。父上は、誰よりもオンディールの当主に相応しい『オンディールの在り方そのもの』だと謂わしめる人だからね」


苦笑しながら言われた兄さまの言葉に、嫌な予感しかしなかった。


「たぶん、昨夜の食事の席に父上がいたとしたら、真っ先に父上がレーンのスープに手を伸ばしていたと思うよ?」



────はぁぁぁぁぁぁ!?



「それ、いちばんやっちゃいけないひと~~~~~!!!!」

「だよね? でも真っ先にやっちゃうような人なんだよ、父上は」


それ故の『オンディールの在り方そのもの』ってか。

自己犠牲精神の塊。

悪い言い方をすれば、自分の命を大事にしない人。


お母さまが心配するわけだよ。

でもそのお母さまも、人のこと心配する前に自分のやってることを振り返って、と言いたい。


「その父上だけれどね」

「?」


まだ何かあるのか。


そう思いつつ、兄さまをちらりと見遣る。

止まっていた食事は再開させた。

そろそろオムレツは終了するぞ、といったところだ。


「どうやら早くに出仕したみたいなんだ」


なんですと!?


「……おやすみ、してるはずじゃなかったんですか」

「予定ではね。ただ、どうしても仕事の方が気にかかるとかで、心配するカイエンを振り切って家を出たみたいなんだ」

「それ、だれじょうほうですか?」

「ガルドだよ。ちょうどその場に居合わせたらしくてね。昨日できなかった話を今日するつもりでいたから、そのことの確認も含めて教えてくれたんだ」

「……………………」


……ってことは何か?

下手すりゃ、今日もまた『お話できませ~ん!』で予定がお流れになる可能性大ってことじゃないのか。


「昨日の今日で出仕するなんて無茶もいいところだと思うんだけれどね……」


……全くだ。

仕事を取り上げるだけじゃ生ぬるかったか。

あの後ちゃんと休んでくれたから大丈夫だと思ったのに、見事に裏をかかれた気分だ。


「こまりました……」

「レーン?」

「はやくきのうのあのことをおはなしして、もんだいをかいけつしてもらいたかったのに……」

「それは……そうだね」


とはいえ、肝心の本人(おとうさま)が不在な今、ここで何を言ってもどうにもならない。

話をするにはお父さまがいる状態でないといけないのだ。


昨日のあの状態からして、お父さまが無理をする性格なのは十分に分かっていた。

だから今日は、今までもそうしていたようにお父さまの部屋でお絵描きをしつつ、無茶をしでかさないように見張るつもりでいたのだ。

……が、肝心の本人が不在である以上、見張るもへったくれもないというわけだ。



────どうしたものか……



やっとのことでオムレツを食べ終えた私の目の前に、クロワッサンのお皿がサッと置かれた。

焼きたてのクロワッサンの香りにつられるように、無意識のうちにそれに手を伸ばす。

頭の中で半分考え事をしながらもしっかりと食べることに集中する私を見て兄さまが苦笑したのが分かった。

兄さまも会話をしつつちゃんと食事を進めているようで、いつの間にやら私と同じくクロワッサンのお皿が用意されていた。


「とりあえず、出仕してしまったものは仕方がないよ。何事もなく無事に帰ってきてくれることを祈るしかないね。それと……」

「おそくならないうちにかえってきてくれることも、ですよね?」

「そうだね。遅くなったら、また昨日のように話をできずに終わってしまうから」

「それがずるずるつづいたらこまります……」

「困るね。先延ばしにしすぎて有耶無耶になったら取り返しがつかないことにもなりかねないし……」


二人して昨日の魔法のことについて『困った』『困った』と言いながらクロワッサンを齧る姿は、側で見ているメリダたちには何のことやらサッパリ、といったところだろう。

まぁこのことに関しては私と兄さま、二人だけの秘密だし、お父さまとお母さまに暴露して叱られるまでは誰にも言うつもりはないから訳が分からないままいてもらうしかないのだが。


「あのですね、にいさま」

「うん?」

「わたしですね、きょうはおとうさまのおへやでおえかきをしようとおもってたんですよ」

「父上の部屋でお絵描きを?」

「はい。むりしておしごとしようとするので、そうさせないためにみはりとじゃまをするつもりで、ずっとおとうさまのおへやにいようとおもってたんですよ」

「……そうか。だったらレーンの今日の予定は潰れてしまったも同然だね」

「そうなんです。わたしのよてい、なくなってしまいました……」


兄さまとは違って、私はまだきちんとした勉強を開始していない。

そのため、基本的にはほぼ毎日暇を持て余している状態なのだ。


「じゃあ、今日も僕と一緒にいるかい?」

「ほんとですか、にいさま!」

「……と言いたいところだけど、ゴメン。昨日一日レーンと一緒にいるために、予定していた全ての習い事やら稽古事を免除してもらっていてね。その分の穴埋めとして、今日から暫くの間それらに専念することになるから自由な時間があまり取れそうにないのが正直なところなんだよ」

「じゃあ……わたしとはいっしょにいられない……?」

「本当にゴメン」


皆さん、お聞きになりまして?

信じられないことが目の前で起こりましてよ?


まさかまさかの、上げて落とすこのやり口。

期待させるだけさせておいて裏切るなんて酷いと思いません?

しかもね、決して悪気があってやってるわけじゃないの、ロイアス兄さまは。

だから余計にタチが悪いし、こっちとしてはより大きなダメージを食らうハメになるってわけ。


「ふ……」


気付いたら、溜息をつくように声が漏れてた。

もうね、これ、笑うしかないんじゃね?


「ふふっ……」

「……レーン?」

「うふふふふっ……」


でもね、いくら笑ってるからって、イコール傷ついていないってわけじゃないんだよ。

だからしっかりハッキリ言わせてもらう。


「にいさまのぶゎか~~~~~~~~~ッ!!!!」

「!?」

「きたいさせてうらぎるなんて、さいていですッ!!」

「レーン?」


その後は思いっきりぶんむくれて、兄さまが何を言っても『ツーン!』とそっぽを向いてやった。

兄さまは兄さまで、私が何に対して怒っているのか分かってないみたいだけど知るもんか。

ちっとはその鈍感力を直せば、私が何に対して怒っているのか分かるんじゃないんですかね!


……全く。

告白もしてない相手から、いきなりゴメンってフラれた気分だわ。

すっげぇ微妙な感じ。




そんなこんなで、兄さまから上げて落とす発言を食らって機嫌を悪くした私は、黙々と兄さまを無視しつつ食事を済ませ。

そしてさっさと食堂から退散してやった。


ちなみにエルナはそのまま私に付き添う形となったため、兄さまとする予定でいたであろう『威嚇する仔猫』話はお流れとなった。

まぁそのうちマリエラあたりから聞くことになるだろうけど、それはそれ。

とりあえず今は、兄さまの口からその話が出ないのであればそれでいいのだ。



……それはそうと。

潰れてしまった今日の予定、一体どうしてくれようか。


あとは……アレだ。

自分の身の振り方というやつを、一度よ~く考えてみる必要があるかも。


私一人だけの問題じゃなくて、家族全員の問題になるかもしれないのなら、なんとしてでもそれを回避しなければいけないから。

大事な家族を巻き添えにしないためにも、私自身が堕ちるようなことがあってはならないのだ。


一人か。

一族諸共の一蓮托生か。


もしも選べるのならば、自分一人の破滅でいい。

けれど。

それができないのであれば、そうならないための生き方を私は見つけなければならない。


まだまだ先の話だと思っていたけれど、実際はもう既に、破滅するかしないかの人生の選択は始まっているのかもしれない……─────






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