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転生した世界はどうやら乙女ゲームの世界だったようです 1




~転生した世界はどうやら乙女ゲームの世界だったようです 1~




そういえば。

メリダとの会話の中で、ところどころ私のものらしき名前を呼ばれた気がする。

今まで私の名前を呼んでいた人たちは皆私を『レーン』と呼んでいて、レーンとしての記憶の中でも圧倒的に呼ばれていたのは『レーン』だった。

だから私は、私を『レーン』という名の女の子と認識し、また、『レーン』という名の女の子として生きていくものだと思っていたのだけど。

もしかしたら、私の名前は『レーン』ではなく『フローレン』が正しくて。

今まで呼ばれていた『レーン』というのは愛称なのかもしれない。


ほら、こういった西洋風の名前の人って大抵の人が愛称があったりするじゃない?

だから私もそうなのかなって。


そんな風に考え込んでしまっていたからなのか。

突然黙り込んだ私を不思議に思ったらしいメリダが、私の顔を覗き込むようにして声をかけてくれた。

心配もあったのかもしれない。


「フローレンお嬢様?」


あ、まただ。

やっぱりメリダは私を『フローレン』と呼んでいる。


「フローレンっていうのは、わたし……?」


単に確認しようと思って口に出したのがいけなかった。

私にとっては単純に確認したかっただけのただの疑問。

だけど訊かれた側はそうじゃない。


正確にはどのくらい前のことか分からないけど、倒れて頭を打って寝込んでいた上に、更に目を覚ましたらベッドから落ちて床の上。

落ち着いてはいるものの、呼ばれた名前が『自分のものなのか』と確認される。


これが果たして、普通の状態に捉えられるのか。

答えは『否』だ。


案の定、メリダの顔がサッと青ざめた。

自分の名前が分からないと言われたも同然なのだ。

おまけに、今までのレーンでは『絶対』にやらないことをメリダに対していくつかやっている。

そこから導かれる結論など容易に想像できるだろう。


『お嬢様が記憶喪失になった』


メリダの表情から察するに、そう思われてしまっていることはほぼ確実だ。


「……すぐにお医者様を……。いえ、エルナに呼びに行かせたのだったわ、奥様もお連れするようにと。では旦那様に……」


額に手を当てて、未だ混乱しつつもやるべきことを思案するのはさすがというべきか。

けれど、違うんだ。

決して記憶喪失なんかじゃないから。

寧ろ別の次元での記憶を引き連れてきて、ある意味精神面では成長してるから。



────しまったな……



間違いなく原因は私にある。

紛らわしい訊き方をしたのがいけなかったと反省せねば。


「……メリダ」


とりあえずは『記憶喪失、違う』ということだけは分かってもらいたくて、未だ蒼白な顔ですべきことをぶつぶつと繰り返しているメリダの名を呼んだ。


「はっ! お嬢様!?」


ビクリと大げさなまでに肩を跳ね上げたその様子は、いつものキッチリした彼女とは程遠いものだった。

冷静ではいられない、けれども冷静であらねばならない。

そんなギリギリの精神状態で気を張っていたのかもしれない。


「メリダ」


もう一度名前を呼んだ。

真っ直ぐと彼女の目を見つめながら。


「……私のことは、お分かりでいらっしゃるのですね?」


恐る恐る問いかけられて無言で頷く。

分かるというよりは『知った』だ。

前の私の記憶が蘇り、今までのレーンの記憶と合わさることで知った。

だから確かめるように何度も名前を呼んだ。

あなたはメリダで間違いないのだと、私自身が認識するために。


けれど。

肝心の私自身が、私のことをよく知らない。

いくら思い出しても、記憶を探っても。

自分のことは分からないことだらけなのが常だから。

周りで見ている人の方が、自分以上に自分のことを知っている。

それを教えてほしかった。

私は、私のことを知りたいのだと。

だから訊いた。


『フローレンとは私なのか?』と。


困らせている自覚も、混乱させてしまっている自覚もちゃんとある。

それでも私は、私自身を知りたい。

言い方が悪かったのは、さっきの発言で嫌というほど思い知った。

今度は間違えないように、誤解をさせないように、ちゃんと言葉を選ばなきゃ。


「みんな、わたしのこと『レーン』ってよんでたから……」


今までの記憶を思い返し、そうぽつりと零す。


「だから。わたしのなまえ、レーンだとおもってた」


幼い頃からの習慣的なものは強く記憶に刻まれる傾向にある。

時を経てもそれはずっと記憶の中に留まり、大人になってからも忘れることはない。

それに近い感じで、既に、幼いこの身体には『自分の名前がレーンである』という事実が真実として刻まれているのだろうと思う。

事実、私自身がレーンの記憶に触れてそう思ったほどだ。

レーンにとって、生まれてからずっと呼ばれてきたレーンという名前は自分自身の名前そのものだったのだ、と。


「いいえ、お嬢様。『レーン』はお嬢様の愛称で、ご家族の皆様がそうお呼びでいらっしゃいます」

「じゃあ、わたしのほんとうのなまえは、フローレンのほう……?」

「そうでございますよ。お嬢様のお名前はフローレン・エマ・オンディール。四大公爵家の一つ、オンディール公爵家にお生まれになった二人目のお子になられます」

「オン、ディール……」

「ええ。オンディール公爵家でございます」



────オンディール公爵家……?

────なんかどっかで聞いたことある名前が出てきたんだけど?



一体どこでだ。

でもすんごく覚えのある名前だ。

今の私がきちんと把握できていなかったことから、少なくとも『レーンの記憶』からでないことは確かだ。

……となると。



────前世(まえ)の記憶でか!?



っていうか、オンディール公爵家だけじゃない。

よくよく考えてみたらフローレンという名前だってめっちゃ覚えがあるじゃないか。

レーンという名前の方に強く意識が傾いてたせいで、本当の名前であるはずのそっちの方が霞んでたわ。


オンディール公爵家の、フローレンお嬢様。

なに、この身に覚えのありすぎる名前は。

しかもあんまり『いい』とは言えない感じの『覚えがある』だ。


こりゃ十中八九、前世のオタク事情に関わっている上での記憶で間違いないわ。


どれだ。

漫画か、小説か、ゲームか、それともアニメ?

その中のどれかだ、絶対に。

すぐに『これだ!』と思い当たらない時点で主人公クラスではないことは確定。

脇役級でもんのすごくインパクトのあったキャラか、もしくは主人公のライバル的位置のキャラ。

なんとなくそんな感じがする。

そして、あんまりいい感じではないと思えるキャラとくれば……。

いじめっ子とか、いじめっ子とか、いじめっ子とか?



────……って、悪役かよ!?



まだそうと決まったわけでもないのに、一度そう思い当たってしまうとそれが妙にしっくりくるから不思議だ。

悪役確定なのかな~……なんて呆然としたところで、勢いよく部屋のドアが開け放たれた。

慌しく部屋に飛び込んできたのは三人ほど。

その中で真っ先に駆け寄ってきた誰かが、苦しくなるほどぎゅうぅっと私を抱き締めた。


「ああ、レーン!」


あ。

この声はお母さまだ。

間違いない。


「目が覚めたのはよかったけれど、ベッドから落ちたのだと聞いて気が気じゃなかったのよ。どこも痛いところはない?」


抱き締められた状態で、身体のあちこちを撫でられたことで、相当な心配をさせてしまっていたのだと改めて思い知る。


「おかあさま」


大丈夫だと伝えるために、抱き締める腕にそっと手をかけると、漸くお母さまはきつい抱擁から私を解放してくれた。

とはいっても、あくまでも力が緩んだだけで未だ抱き締められている状態は同じだ。

そんなお母さまが私の顔をじっと覗き込んできた。

気を失う前に、少しだけぼんやりと見ていたあの美しい相貌で。


「……!」


バッチリと目を合わせたその瞬間、私は驚愕した。

軽く目を見開き、口をパカ~っと開けたその様は、さぞかし間の抜けたものだっただろう。


「どうしたの、レーン?」


どうしたもこうしたもない。

私はこの顔、この姿によく似た人物をものすご~くよく知っている。

そう、前世の記憶の中でな!



────ワタシ、悪役、間違ッテナカッタヨ……



思わずカタコトになってしまうくらいの驚きだったのだと察してほしい。


母親なんだから、そりゃ似た容姿になるよね!

ゴージャスな金髪に、琥珀を溶かし込んだような蜂蜜色の瞳。

そして何度も言うように、お母さまはとても美しい。

誰もが振り返ってしまうような美人なのだ。

目元は優しく下がっているからか、とても穏やかな人柄に見える。

そんなお母さまの容姿をそのままに、下がった目元を逆に吊り上げると……。

はい、将来の私のできあがりでございますよ。


ええ、お母さまの姿をじっくり見たことで気付いてしまいました。

まるで前世でプレイした乙女ゲームの世界のキャラクターそのものじゃないかと。

しかも悪役、ヒロインをいじめる悪役令嬢ですよ、トホホ……。



────西洋風の世界の、裕福な家庭のお嬢様だと思ってたのになぁ、最初は……



まさかまさかの二次元世界への仲間入りですか、私。

自他ともに認める二次元大好きなオタクだった私ではあるけれど、さすがに二次元に行きたいなんて願望はなかったですよ?

その辺りちゃんと現実見てたし、キッチリ線引きだってしていましたとも。

そんな私が、二次元のゲームの世界に転生してしまうとは。


とはいえ、まだ完全にゲームの世界に転生したとは言えない部分もある。

単に登場人物であるキャラクターと似た容姿をして、偶然同じ名前なだけの、全然違う世界、それこそ西洋風の世界の公爵家のお嬢様なだけかもしれないんだし?

まぁこれで攻略対象キャラであるイケメンが出てきたら完全アウトなんだろうけど。


そう。

もしここが、前世の世界でこれでもかってくらいにのめり込んで、アホほどプレイしまくった乙女ゲーム『ときめく恋のメモワール ~花と緑と竜の国の純愛物語~』通称『恋メモ』の世界だったとしたならば。

超身近に攻略対象である超絶イケメンが存在しているはずなのだ。

私の兄、という立ち位置の、超絶イケメンな攻略対象が。

そしている可能性は大という、ね……。

だって食事の場で暴挙をやらかして、倒れて頭を打った直後にそれらしき人物の声を聞いていたもの、私。

兄と思しき、しっかり者の男の子の声を。



────あ……もしかして詰んだかな、私……



ゲームの設定そっくりそのままの悪役令嬢フローレンの人生なぞるとか真っ平ゴメンなんですけど。

確かにこの小さな暴君、我儘何様女王様を矯正しようと思ってますよ?

けど、矯正できていい子いい子のフローレンになれたとしても、ゲームの強制力とかいうやつに邪魔されやしないだろうか、という不安がある。

前世の世界で、世に溢れるほど発表されていた『悪役令嬢に転生した』系の創作小説の展開では、大半がゲームの強制力に邪魔されて、それはそれは苦労を強いられる、という物語が圧倒的に多かったではないか。

もちろんハッピーエンドで完結したお話もあったにはあったけれども。

それでも攻略対象キャラの誰かしらに『どういうわけか』めっちゃ好意を示されて逃げられず最終的には折れて受け入れて恋人になる……みたいなのばっかだった、ような気がする。


どっちにしても嫌なんですけど!?


とりあえず、この世界が乙女ゲーム『恋メモ』の世界でないことを祈る。

生まれ変わりの姿も、付けられた名前も、何もかもがただの偶然の一致で、単にゲームの設定に限りなく近いだけの似たような世界であればいい。

それからここ、一番大事。

今世の私の兄が、どうかロイアスという名前ではありませんように。

いや、名前だけじゃない。

存在そのものが、ゲームの攻略対象キャラである『ロイアス』でありませんように。


そんな一縷の望みを賭けた必死の祈りではあったのだけれど。

本当、神様は意地悪をなさるのがお好きなようで。

まさかその日のうちに、私の必死の祈りがいともあっさりと崩れ去ることになるなんて思ってもいませんでしたよ。


ええ。

この世界の私、レーンことフローレンの兄は、乙女ゲーム『恋メモ』の攻略対象キャラの一人である『ロイアス・ソーマ・オンディール』その人だったのですからね!!





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