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やっぱりお疲れお父さま




~やっぱりお疲れお父さま~




『今度こそおとなしく休んでいる』というお父さまの言葉を信じて、私はお父さまを『ほっぺたびろ~ん!』の刑から解放することにした。

その言葉が嘘だったらまた『ほっぺたびろ~ん!』すればいいだけの話だしね。

なんとなく曲者臭が漂うお父さまだから、油断はできないというのが正直なところだけど。


しかしお父さまよ。

ゆっくり休むと言いながら、私をお膝抱っこしているというこの状態はいかがなものか。

いくら子どもの体重とはいえ、休む時にそれが上に乗っかっているのは多少なりとも負担がかかって疲れるんじゃないかって私は思うのだが。


「おとうさま、わたしがうえにのっていたらゆっくりやすめないですよ?」

「ん? 平気だよ。レーンを膝に乗せている方が落ち着くからね」

「? ……そうですか?」

「うん」


一応気になって、下りた方がいいのかも……という思いで訊いてみたんだけど、当の本人はこのままでいいんだって。

まぁ、お父さまがそれでいいのなら別にいいんだけどさ。

できるだけお父さまの負担にならないようにおとなしくお膝抱っこされることにしよう。


落ち着きのない子どもみたいに動き回ったりなんてことはしないよ!


とりあえず座っただけの状態でいるのも退屈なので、お父さまとお喋りしながらお絵描きもすることにした。

今度はちゃんとスケッチブックにな!


半分ほど使われているスケッチブックをパラパラとめくると、前世の記憶が戻る前のフローレン(わたし)が描いた色鮮やかな絵が目に飛び込んでくる。



────うん

────やっぱり前世(むかし)の私が小さな頃に描いてた絵とタッチが似てる

────ところどころで粗さが目立つのはまだ幼いからだな



こうして改めてスケッチブックを見てみると、直接フローレン(あのこ)の記憶に触れているようでどこか懐かしく感じる。

しばらくそうしていると、後ろからお父さまもスケッチブックを覗き込んできて『懐かしいね』と言った。


「そのスケッチブックでもう何冊めになるかな……」


お父さまが言うには、私がお父さまの部屋でお絵描きをする機会は結構多かったらしい。

別に構ってもらわずとも、黙々とスケッチブックに向かって絵を描いて、完成したそれを見せにきていたのだとか。


絵を描いていた記憶は確かにある。

できあがったそれを見せにいったことも。


だけど、頻繁にそうしていた……という部分は記憶に薄い。

どうしても、お父さまは忙しいという印象が強かったから、極力邪魔をしないようにしていた記憶の方が強いのだ。


「そうやってレーンが描いてくれた絵は、全て部屋の前の廊下の壁に貼って飾ることにしたんだ」


例の一画だなとピンとくる。

前世の記憶が戻ってから兄さまが案内してくれた場所であり、それからつい先ほども目にしたばかりの場所だ。


「朝部屋を出て、最初にレーンの絵を目にしたら『今日も一日頑張ろう』と思えるし、帰ってきてまたレーンの絵を見て『今日一日頑張った、また明日も頑張ろう』という気持ちになれるからね」

「おとうさま……」

「不思議なことに、レーンの絵には父さまをそんな気持ちにさせてくれる力があるみたいだよ?」


そう言って、お父さまは私に色々な話をしてくれた。

殆どが私の絵に関することだったけど、どういう状況でどういった絵を描いていたか……というのをこと細かく覚えているみたいで、それをまるで昨日あったことのように聞かせてくれるのだ。


その中で私は、この世界にあるものの名称が、殆ど前世の世界であったものと変わらないということを知った。


例えば生きもの

例えば植物。

例えば食べもの。


大半が、前世の世界と変わらない名称で存在しているということを初めて知った。

あ、初めてっていうのはおかしいね。

正確には、前世の記憶が戻ってから初めて、だ。


だけど、それを知ることができたのは私にとっては大きなプラスになった。

これまでは、存在していても呼び名が違うかもしれないという可能性があったから、迂闊に口走るようなことがあってはいけないだろうと思っていたけど、その心配をする必要がなくなったからだ。

とはいえ、完全に前世(まえ)の世界と同じだとは言い切れないから、分かっているものに限られてはくるけど。

少しずつ自分でも学んでいかなきゃいけないな。

子どもの特権をフル活用して、周りに訊きまくるというのも一つの手だ。


オンディール公爵家(わがや)の大人は皆忙しくしている人たちばかりだけど。

時々、忙しさが途切れる時を見計らって『コレ教えて~!』って突撃してみようかな。


うん。

そうしよう。



そんなことを頭の隅で考えながら、お父さまとぽつりぽつりと話をしつつ。

描いてほしいと言われた青色のチューリップの絵を一生懸命スケッチブックに描いていた私。

集中していたせいか、段々と口数が減っていったのは仕方がないことだと言える。


ただ、私の口数が減ったのにつられてか、いつの間にかお父さまの口数まで減っていたようだ。

今までだったら、私が黙って絵を描いていても、覗き込みながら『上手だね』とか『綺麗な色使いだね』とか、ところどころで褒めてくれていたのに。

その()()()()がなかったことに疑問を覚え、私はそっと顔を上げてお父さまを仰ぎ見た。


「…………あ」


仰ぎ見て、思わず小さく呟く。

その直後『やっぱり』という思いが頭に浮かび、その気持ちに連動してか『ふっ……』と息をつくような小さな笑みが漏れた。


私を膝に乗せたままのお父さまは、ソファーに凭れながら静かに寝息を立てていたのだ。



────やっぱり、疲れてたんだよね、お父さま……



そりゃそうだよ。

お仕事だけでも大変なのに、魔力中毒にまでなっちゃったんだから。


『眠るほどでもない』ってさっきお父さまは言ってたけど、それでも身体は限界だったんだろうな。

私をお膝抱っこしたままの状態で寝ちゃってるくらいだからね。


膝の上に座る私が落ちないようにとの配慮で回されたお父さまの腕には、寝ちゃっている今、ほとんど力が入っていない。

そ~っと持ち上げれば、簡単にお父さまの腕の中から抜け出せるくらいには。

お父さまを起こさないよう、けれど、素早く膝から下りて、私は一直線にお父さまの執務机の方へと向かった。

さっきお父さまが書類を執務机の引き出しの中にしまった際、椅子の上に膝掛けが綺麗に畳まれた状態で置いてあったことを思い出したからだ。



────毛布代わりにするにはちょっと頼りないけど、ないよりはマシだよね



膝掛けを手にお父さまのところへと戻り、起こしてしまわないようそっとかける。

本当は肩にかけてあげたかったけど、私の背丈じゃ届かないので諦めた。

無理にかけようとすると、お父さまを起こしてしまう可能性もあったし。

せっかく眠れているんだから、何の妨害もされずにゆっくりと休息に充ててもらいたいじゃん?

そこで私が下手打って台無しにするわけにはいかないのだよ!


……ま、部屋の中はそこそこ暖かくて快適だし、寝て冷えることはないだろう。

動き回ったらちょっと暑く感じるくらいだからたぶん大丈夫。


「………………」


あえて隣には座らずに、側でじっとお父さまの様子を窺う。


……うん。

呼吸も安定してるし、寝息も穏やかでちゃんと眠れてるみたいだ。

この様子なら、目が覚めた時の体調も随分マシになると思う。


そうして、しばらくお父さまの側でじっと様子を見ていた私だけど、いつまでもずっとそうしているわけにはいかない。

それに気付いたのは、お父さまの部屋の扉を控えめにノックされたからだ。


「…………?」


……誰だろう?

ヴェーダかな?


でも、ヴェーダは『呼んだら来る』って言ってたから、呼びに来るっていうのはちょっと考えづらい。


だとしたら、ヴェーダじゃなく、お父さまに用事のある別の誰かということになる。

お父さまの状態を考えると急ぎの用事ではなさそうな気もするし、せっかく眠れているお父さまを起こすようなことになっても困る。

ここは私が行って丁寧に『オコトワリ』しておこう。

うん、そうしよう。


極力足音をたてないように、かつ急ぎ足でててて……と扉へと向かう。



────う……ッ!



そして微妙に届かない!

扉を開けようと手を伸ばしたはいいものの、ちびっ子幼女の背丈では取手に手が届かないのだ。

精いっぱい背伸びして、それでやっと届くか届かないかといったギリギリ具合だ。

下手にジャンプしてガチャガチャやったら、うるさくてお父さまが起きてしまう。


だから、音をたてないよう慎重に手を伸ばしつつ、ぷるぷる震えながら扉と格闘することしばし。

やっとのことで私は扉を開けることに成功した。

しかし、扉の向こうで待っている人のなんと気の長いことか。

私が扉と格闘して待たせているその間、ノックの一つもせず、声すらもかけずにいてくれたわけなのだから。


「………………」


静かに扉を開き、部屋の外を窺うと同時に伸びてきた手が優しく私の頭を撫でた。

『えっ?』と、反射的に顔を上げると、そこには優しい笑みを湛えたお母さまの姿。

そんなお母さまを見た瞬間、納得した。

『気長に待ってくれてるわけだよ……』と。


「反応が遅かったうえにレーンが出てくれたということは、ロンベルトは今眠っているのね?」


分かっていると言いたげに問われたそれにコクリと頷く。

眠ってくれるまでのその間、とにかく面倒で、それはそれは手のかかるお父さまだったのだよ。

……と、言いたくなる気持ちをぐっと抑え込むも、そこはやはり私と言うべきか。

しっかりと顔に出ていたらしく、お母さまには全て筒抜けてしまい、更には苦笑されてしまった。


「なんだかんだと理由をつけては休まない人だものね。本当に仕方のない人だわ」


クスクスと笑いながら部屋を覗き込んだお母さまの視線の先には眠っているお父さまの姿がある。

同じように、私もお母さまの影から眠るお父さまを見遣った。

部屋に人一人増えたというのに全く起きる気配のないお父さまを見て、それなりに深い眠りについているのだということが窺える。


「この際だから、普段休んでいない分も含めてゆっくりと眠ってもらいましょうか」


その意見には全面同意だ。

ニッコリと笑顔で私を見たお母さまに大きく頷き返し、私も同じ気持ちでいることをお母さまに伝えると、お母さまは静かにゆったりとした歩調で部屋へと足を踏み入れた。

その後を私もててて……っと早足でついていく。

いくらお母さまがゆったりと歩いているとはいえ、元々の歩幅が違うからね。

普通に歩いていたんじゃ追いつけないんだ、これが。


……さて。

そんなお母さまの後をついていったのはいいんだけど。

なぜかお母さまは、お父さまのところではなく、寝室へと続く扉を開けて中に入っていってしまった。


『なぜに寝室?』と不思議に思ったけど、何か考えがあったのだろうと思って黙ってそのままついていった。

すると、私がついてきていることに気付いたお母さまが柔らかく笑みを浮かべた。

そうして笑顔で手渡されたものは、綺麗な彫刻飾りが施されたガラスの器とラベンダーの香りのする優しい色のキャンドルだった。


「おかあさま?」

「これをそっと運んでくれる、レーン?」


どこに、なんて訊くまでもない。

これを運ぶ先はただ一つ、お父さまのいるところだけだ。

こっくりと大きく頷き、お母さまより先に寝室を後にすると、少し遅れてお母さまも薄手の毛布を手に寝室から出てきた。



────やっぱり膝掛けじゃ心許なかったか……



でも私じゃ寝室から毛布を引っ張り出してくるのは難しかったかもしれないし、あの時はあれで精いっぱいだったからな。

お母さまが来てくれてよかったと思う。


お母さまがお父さまにそっと毛布をかけてあげているのを横目に、私は手にしていたガラスの器に入ったキャンドルをそっとテーブルの上に置いた。

ついでにお絵描きで散らかしたままのクレヨンやスケッチブックも片付けにかかる。


「……あ」


閉じかけたスケッチブックを見て、私はまだこれをお父さまに見てもらっていないことを思い出す。

そこにはお父さまのリクエストで描いた青色の花弁のチューリップ。

途中までは確かに見ていてくれたけど、そのあと眠っちゃったんだもんね。

当然のことながら、お父さまは完成したこの絵を見ないままで寝ちゃったことになる。


そのことに思い当たった私は、目が覚めた時に真っ先に目に入るような位置にあたりをつけ、そこに開いたままのスケッチブックを置いた。



────うん、これでよし……と!



一作業終えて満足気に息をつき、それからクレヨンを『私専用』となった収納棚へと片付ける。

そんな私の一連の作業を、お母さまは柔らかい笑顔でずっと見守ってくれていた。

クレヨンを片付けて戻った私の頭を優しく撫でてから、お母さまはテーブルに置いたガラスの器を手に取った。

その中のキャンドルを取り出し、空になったガラスの器を再度私へと手渡す。


「……?」


『なんで?』と、思わず問いかけそうになった私の顔を見て、お母さまは唇に人差し指を当てて声を出さないようにと目で訴えかける。

それに頷くと、お母さまは満足そうに笑い、それから先ほど唇に当てていた人差し指の先に小さな光を纏わせた。

その光がキャンドルの芯に触れた瞬間、暖かな色合いの炎がぼうっと優しく灯る。

火が灯ったキャンドルはすぐさま私の手の中のガラスの器へと移され、それから、再びそれらはお母さまの手元へと戻り、そっとテーブルの上へ置かれた。



────今のって……『火』の生活魔法……?



目の前でそれを見た驚きで、何度も何度も瞬きながらキャンドルに灯った炎を見つめていると、お母さまが声なく笑っているのが分かった。

どうやら私を驚かせるつもりはなかったらしい。


しばらくすると、炎の熱がキャンドルに浸透し始めたのか、ラベンダーの優しい香りがほのかに広がりだした。

前世(まえ)の世界でも時々お世話になっていたリラックス効果を齎してくれる癒しの香り。

この香りに包まれていたら、お父さまもきっとぐっすり眠れることだろう。

お母さまがこのキャンドルを寝室から持ち出したのは、お父さまの身体のことを考えてのことだったんだとようやく気付く。



ある程度、部屋の中がラベンダーの香りで満たされてきた頃、お母さまはそっと私の手を取って、声を出さずに口の動きだけでこう言った。


『行きましょうか、レーン』


その言葉に頷きかけて、あることを思い出した私は、お母さまに『待った』をかけた。

繋がれた手を一旦解き、そっとお父さまの方へと近付く。

軽く背伸びをしながら手を伸ばし、起こさないよう細心の注意を払いながら、やっとのことでお父さまの頬に触れる。



────単なる気休めだとは分かってるけど……



そう思いつつも心の中で呟くのは『痛いの痛いの飛んでいけ~』のアレンジバージョン『キツイのキツイの飛んでいけ~』の(まじな)い言葉だ。

子ども騙しの気休めだけど、ここは魔法が存在する不思議な世界だ。

もしかしたら、気休めで願ったこのおまじないが何らかの効果を発揮してくれるかもしれない。

そんな風にも思ったのだ。


触れていたお父さまの頬から手を離し、お母さまのところへと戻る。

そうして再びお母さまに手を取られると、そのまま部屋の外へと連れられるままに歩いていく。


部屋を出て、扉を閉めたところでお母さまが当然のように訊ねてきた。


「レーン、さっきのはなぁに?」

「おまじないです。おとうさまがはやくげんきになりますように、っていうおまじない」

「うふふ。本当にレーンは優しいいい子ね。そのおまじない、効果があるといいわね?」

「はい!」


笑顔でそう言ってくれたお母さまに、私も笑顔で返事をする。

そして今度は私が訊ねる番だ。

お母さまがお父さまの部屋に来たのは、お父さまに用事があったからじゃなく、私を迎えにきたからだと分かったから。

その理由を知りたいのだ。


じっとお母さまを見上げると、分かっていると言わんばかりに微笑まれて頷かれた。


「お食事の用意ができたから呼びにきたのよ?」

「ごはん!」

「ええ、そう。遅くなったごはんね?」


分かりやすくパァっと顔を輝かせた私を見てお母さまがくすくすと笑う。


「それじゃ行きましょうか、レーン?」


笑顔で手を引かれ歩き出したところで、私は軽くお母さまの手を引っ張った。

それに気付き、お母さまが立ち止まる。


「どうしたの、レーン?」

「わすれないうちに、おかあさまにあずかってほしいものがあるんです」

「預かってほしいもの?」

「はい」

「何かしら?」


軽く首を傾げてそう問いかけるお母さまに、私はポケットに入れていた鍵を取り出し、それをお母さまへと差し出した。


「鍵?」

「はい。おとうさまのおしごとようのつくえのひきだしのかぎです」

「どうしてレーンがこれを?」

「ぼっしゅうしました!」


エッヘンと胸を張ってふんぞり返った私を見て、お母さまが軽く目を瞬く。


「おとうさま、ひどいんですよ! からだがキツいっていっているのにおしごとするんですよ」

「あらあら……」

「だから、おとうさまがおしごとをしないように、ぜんぶおかたづけしてもらって、しょるいをいれたひきだしのかぎをぼっしゅうしました」

「まあ。あの人に仕事をやめさせたの? 何度言ってもなかなか聞いてくれない人なのに? レーンはどうやってあの人に仕事をやめさせたの?」

「クレヨンでおしごとようのしょるいにおえかきしようとしました!」

「仕事用の書類に、クレヨンで?」

「はい! まっくろはイヤなのであかるいおはなばたけにしようとおもいました!」


その言葉で、私が裏紙ではなく、本文が書かれた表面に思いっきり落描きをしようとしていたことをお母さまは正確に読み取ったらしい。

そして、それが原因でお父さまが書類を私の目の前から遠ざける羽目になったということも。


「お父さまの大事なお仕事の書類にお絵描きをするなんて悪い子ね、レーン」

「えへへ~」


『悪い子ね』なんて言いながらお母さまは満足そうにクスクス笑っている。

つまりはコレ、褒められているって証拠。

だから『悪い子』なんて言われてもヘラっと笑っているのだ、私は。


「でもよくやってくれたわ、レーン。あの人から仕事を取り上げてくれるなんて、願ってもいないことよ。今はまだ、仕事なんてせずにゆっくりと休んでいてほしいものね?」


だよね~。

だから私もあんな強行手段に出たわけだ。


お母さまの困ったような表情を浮かべての苦笑に、大きく頷き同意を示す。

無茶をしすぎなのだ、お父さまは。

それはきっと、今だけに限らず、ずっとずっと前からのこと。

だからお母さまは心配性になってしまった。



────全く!

────こんなにもお母さまを困らせるなんてけしからん!



お父さまとしては、お母さまには黙っててほしかったみたいだけどそうはいくかい。

こんなにもお母さまを心配させたバツとして、しっかりと仕事のこと、お母さまに密告し(チクッ)てやったもんね!


しかし……



────最終兵器(おかあさま)でもお父さまの仕事をやめさせるのは難しいのか……



今後のことを考えると、また今回のような事態に陥った際にお父さまから仕事を引き離す手段は必要だ。

具合が悪いのに仕事をしようとする人だから、よくなる以前に悪化させてんだよね。

そして、分かっててそれをやるからタチが悪いんだ、また。



────やっぱ泣き落としかなぁ……



いつまでもこれが通用するとは思えないけど、娘大好きお父さまにとってはある程度の効果はあるはず。

ぴ~ぴ~泣いても許される年齢のうちはこれを多用させてもらうのも一つの手かもしれない。


そんなことを考えながら歩いていると、お母さまが笑いながらこう言った。


「難しい顔をしているわね、レーン。一体何を考えているの?」


別に隠すことでもないので正直に答える。


「おとうさまからおしごとをぼっしゅうするほうほうをかんがえてました」

「あらあら。興味深いことを考えているのね」

「もし、またきょうみたいなことがあったとしても、おとうさまはおしごとやめてくれないとおもうんですよ」

「そうね。それは母さまも同意だわ」

「だから、おしごとをさせないほうほうをかんがえてました」


私の言葉を聞いてお母さまは神妙に頷く。

そしてニッコリと笑いながら私にこう告げた。


「レーンが叱ってくれることが一番効果覿面だと思うわ」

「ほえ?」

「今のレーンの様子だと、ロンベルトに甘やかされるどころか、逆に仕事のことでロンベルトを叱っていたとしか考えられないもの」


叱った……ことになるのか?

おっきくダメ出しして、わーわー言いつつ悪戯で追いつめたうえでの嘘泣きだったんだけども。

『ほっぺたびろ~ん!』の刑にも処したけども。

お父さまにとってのあれは私からのお説教になるのか……?


う~ん……叱るの定義が分からん。

私の中ではあくまでも『妨害して無理やり仕事やめさせてやる』的な作戦だったハズ、なんだよね……


それと、全然甘やかされなかったわけでもないんだけどな。

抱っこしてもらってベタベタイチャイチャしてたよ?

だから甘やかしてもらったことはちゃんと伝えておく。


「いっぱいだっこしてもらいましたよ?」


普通の抱っこもだけど、お膝抱っこもしてもらったもんね。


「あら。かわいいレーンを存分に抱っこしただなんて、ロンベルトだけずるいわ。わたくしだってまだレーンを抱っこしていないというのに」

「ふぇっ!?」


お母さまにしては珍しく、軽く頬を膨らませて拗ねた顔を見せたと思った瞬間、ふわっと抱き上げられていた。

予想外のそれにビックリして気の抜けた声が出てしまったけれど、私を抱っこしてご満悦なお母さまは気にも止めていない。


「父さまにいっぱい抱っこしてもらったのなら、次は母さまの番ね?」


まるで『離さない』と言わんばかりの笑顔に、私はただただ目を瞬いてお母さまを見つめるしかできない。

何も言えないうちに、お母さまは私を抱っこしたまま歩き出す。

自分で歩こうにも、お母さまのこの様子から下ろしてもらえそうにない。


なんだかんだで家族全員から抱っこされて甘やかされている。

こんなフローレンのどこが嫌われていると私は思ったのだろう。

本当、余計な思い込みとか先入観とか邪魔なだけだよね。


でも……大事にされてるって分かるのは、とても嬉しい。


甘やかしてもらえるのなら存分に甘える。

幼い子どもの特権だもんね。


されるがままに抱っこされて、お母さまの首に手を回しぎゅっと抱きつくと、それに応えるようにお母さまの腕に軽く力が込められる。


親子だもん。

こんな風に、甘やかし甘やかされる関係は理想的じゃないか。

こんな関係をずっと続けていけたら、将来もずっと仲良し円満家族でいられるよ。

前世(まえ)の世界とは全然違う不思議異世界だけど、今度こそ精いっぱい生きて一生を終えたい。

そんな風にも思う。


「おかあさま」

「なぁに、レーン?」

「だいすきです」

「嬉しいわ、レーン。母さまもレーンが大好きよ。今日のお食事は母さまと一緒にとりましょうね」

「? はい」


あれ?

お母さまと一緒にってことは、お部屋でってことなのかな?

ロイアス兄さまも一緒に食堂でとるんだとばかり思ってたんだけど。


疑問に思うも、お母さまはそれ以上は何も言わず、私を抱っこしたまままっすぐ歩いていく。

だけど向かった先は食堂だった。



────あれれ~?

────さっきの意味深な言葉は一体……?



ますます疑問が募る中、お母さまが向かった先は普段使っている大きなダイニングテーブルの方ではなく、別の場所に新たに設えられた小さな丸テーブルの方だった。

そこには既にロイアス兄さまが待っていて、お母さまの腕に抱かれた私に気付き、笑って手を振ってくれた。

反射的に私も笑い返すと同時に兄さまに手を振り返した。


「お待たせ、ロイアス」

「いえ、僕もさっき来たばかりですのでお気になさらず」


待っていたロイアス兄さまに声をかけ、席につくお母さま。

そこでようやくお母さまは私を下ろしてくれた。

ぴったりと隣り合わせになる位置に。

小さめのテーブルだから、向かいの位置に座る兄さまとの距離も近い。



────なぜにこんなに小さなテーブルでごはん……?



明らかに昨日の晩餐の席との違いに訳が分からなくなっているのは私だけか。

お母さまも兄さまも涼しい顔で、側仕えに給仕を指示し始めている。


何よりも……



────なんでお母さまのすぐ側にメリダとエルナが控えているの~……?



私一人この状況を全く飲み込めないまま、遅い夕食の時間は始まりを告げたのだった……─────












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