ちっとも反省してないお父さま
~ちっとも反省してないお父さま~
お父さまに抱っこされたまま、私はお父さまの部屋へと入り、そのまままっすぐとソファーの方へと連れていかれました。
そのままソファーの上に下ろしてもらえるものだと思っていたのに、その予想は見事に外れ、お父さまは私を抱っこしたままの状態でソファーに腰を下ろしてしまいました。
必然的に私はお父さまの膝の上に座る形となったわけです。
俗に言うお膝抱っこというやつですね。
甘やかされ感満載です。
嬉しいから下りませんけどね。
……エヘ。
さて。
ただいまお父さまの膝の上でお膝抱っこ状態の私ですが、今現在進行形で目の前に有り得ない光景を見ております。
正確にはテーブルの上の有り得ない光景ね?
「……おとうさま」
休んでいたはずじゃなかったのか。
具合が悪いのだから、寝るまでは至らなくとも、ベッド上で大人しく横になるくらいはするもんじゃないのか。
思わずジト目になってお父さまを見上げたのも仕方がない。
だってホントに有り得ないんだもん。
自分の身体があれだけキツいって分かっていながら、しっかりここでお仕事してたんだよ、このヒト!?
見るからにテーブル上には小難しい内容がビッシリと書き込まれた書類、書類、書類……兎にも角にも書類、書類、書類……という感じの散らかり具合だった。
それから、隅の方にはインク壺とペン立てに立てられた羽根ペンがちょこんと鎮座。
明らかに作業途中で一度中断しましたというのが見て取れる構図だ。
「やすんでたんじゃないんですか」
問いかけ口調ではあるものの、断定した物言いだったのは明らかにそうだと分かる状況が目の前に広がっているからだ。
これは『仕事してましたね?』という意味で言ったのではなく、お父さまに『仕事をしていた』ということを認めさせる意味で言ったのだ。
つか、あれだけいろんな人に心配されていながらこれとか何考えてんだお父さま。
もしかして、大丈夫じゃないのに『平気』だって言ってたのは、こうやって仕事していることが前提にあったからじゃないだろうな?
どんな理由があるにせよ、重要なのは心身ともに健康であることだと私は思うんですけどね!
よってこれは……アウトだッッッ!!
「これはみすごしてはいけないゆゆしきじたいです。こまりました……」
「……あ~……それはね、レーン…………」
嘘です。
私は困ってないです。
ただただ心配しているだけであって。
この場合、困っているのはお父さまの方だろう。
しかし私を部屋に入れた時点でこうなることはある程度予想できていたはずだ。
でも、今お父さまが困っているということは、こうなることを予想していなかったというわけでもあって。
……つまりは。
私を部屋に入れること自体が突発だった可能性がある。
もちろん最初から部屋に入れてくれるつもりではいたんだろうけど、それは(証拠隠滅という名の)片付けを終えてからの予定だったんだろう。
私がヴェーダに大声で『わーわー』言って騒いでいたことを切っ掛けに、お父さまが部屋から出てきた。
まずこれが予定外のことだったと思われる。
そしてさっきの、アレ。
肌を刺すような痛みを伴う魔力を感じたあの時。
何食わぬ顔で『部屋に入ろう』と言って、さっさと私を部屋に入れてしまったことも、お父さまにとっては予定外のことだったのかもしれない。
その予定外のことが重なって、見せてはいけないものを私に見せてしまっている状況ができあがったと、こういうところかな?
「できれば急ぎで仕上げておきたかったものだから仕方なく、ね……」
『あはは……』と、力なく笑ったお父さまの顔には『お手上げ』の文字が書かれているように見える。
分っちゃいるけどどうしても……ってやつなんだろうか。
それでも……
「むりしていいりゆうにはならないとおもいます!」
「!」
ビシッと言ってやったぜ!
頑張るのと無理するのとは似ているようで全然違うからね。
本人は頑張っているつもりでも、側でそれを見ている人には無理しているようにしか見えないっていうのが常なんだ。
「さっきヴェーダともやくそくしましたよね? むりしないって」
「そうだね。確かにヴェーダとそう約束したね」
「じゃあ、おしごとしちゃダメです! おとうさま、ちゃんとおやすみしましょう」
ぷんすこと怒ったフリをしながら、わざとらしく頬を膨らませつつお父さまを見上げると苦笑が返ってきた。
「いや、でもね、レーン? そんなにきついことでもないし、できれば早めに上げておきたいなぁ……と」
「こんなにまっくろなもじがビッシリつまったものみてキツくないとかうそです! ふつうにみてるだけであたまいたくなります!」
即座に『がおー!』と反論するのであります。
ええ、当然でしょうよ。
条件反射というやつですな!
第一、これのどこがキツくないと?
フツーに読み解くだけで時間かかるし、頭の中もめちゃくちゃにこんがらがるから!
活字だらけの小説読むよりも遥かに脳が疲れるから!
これ、私だったら、間違いなくモノの数秒で『バサァ……!』って後ろに放り出すくらいはしてるレベルのめんどくさいブツだよ!?
元気な私がそう思うくらいだから、具合の良くないお父さまがキツくないなんて絶ッッッ対に有り得ない!
「本当に平気だよ?」
なのにお父さまはこう言うんだよ。
どこの何を以て『平気だ』と言い切れるんだ。
『ウソつけ!』と速攻でツッコミ入れたい気分です。
さすがにそれは言わないけどね。
ただ分かっているのは……
────あ、これ簡単に頷かないパターンだわ……
ということだ。
まぁ、さっきからあれだけあんな遣り取りをしていれば簡単に分かっちゃうよね、っていう話。
本当にお父さまは自分の身体をトコトンいじめないと気が済まないらしい。
よろしい!
そんなに自分で自分をいじめたいのであれば、それを私が肩代わりしてやろうではないか。
────確か前にお父さまの部屋でお絵描きした時に置いていったクレヨンがあるはず……
「よいしょ、っと……」
掛け声と同時にお父さまの膝からピョンと飛び降り、私はある方向へと向かって一直線にトコトコ歩いていく。
「レーン?」
突然膝から下りて離れていった私を不思議に思ったらしいお父さまが、疑問と戸惑いとが入り混じった表情を浮かべつつ私を呼んだけど、今は無視だ無視。
私にはこれからお父さまに無理やりにでも仕事をやめさせて、ちゃんと休んでもらうという重要ミッションがあるのだ。
その対象者であるお父さまに、この重要ミッションの邪魔なんてさせるはずはあるまいよ。
────うっふふふふふふ~……
────お父さま~? そうやって平気そうにしていられるのも今のうちなのだよ!
幼女の本気、見せてやるッ!!
……ってなわけで、いざ、参らん!!
今よりも少し前にお父さまの部屋でフローレンがお絵描きしていたことを思い出した私は、お父さまから『自由に使っていいよ』と言われている収納棚の一番下にある引き出しを開けた。
うんうん。
ちゃんと目的のものはここに入っているね。
フローレンの記憶は、今やすっかりと私の記憶そのものだ。
大きな混乱も今のところは特にないようだし、いい具合に私とフローレンは一つになったようだ。
といっても、私の中でちゃんとフローレンは生きているから、正確には二人で一つなんだけどね。
お父さまの部屋でお絵描きをしていたのはあの子。
この引き出しの中にお絵描き道具の一部をしまったのもあの子。
どちらもあの子の記憶を元に、私は今行動している。
だから二人で一つなのだ。
開けた引き出しの前にしゃがみ込み、私はその中からクレヨンを取り出した。
スケッチブックや鉛筆もあったけれど、今は必要ないからそのままだ。
クレヨンの箱を抱え込むように胸に抱きながら、私はお父さまに見えないように、背を向けたままの状態で『にへ~っ』と笑った。
お母さまやヴェーダが見ていたら、間違いなくさっきみたいにお説教をいただく類の笑いかたです。
分かりやすく言うと、悪巧みしている時の笑いかたってやつですな。
さてさて。
早急にお父さまにはお仕事を中断してもらいますよ、っと。
開け放したままの引き出しを元に戻し、私はクレヨンを抱えたまま、ててて……とお父さまのところへと戻りました。
座ったのはお父さまの膝の上ではなく、お父さまの隣です。
そして、座ると同時にクレヨンをテーブルの上に置くと、予想していた通りにお父さまがこう訊ねてきました。
「お絵描きをするのかい?」
……と。
「はい!」
その問いかけに対して、明るく元気に、そして笑顔で返事をする私。
そう。
お絵描きを始めるのですよ、お父さま。
ニッコニコの笑顔で私はクレヨンの箱を開けて、中から明るい色合い───それも原色カラーを中心に数本を取り出すと、わざとらしくテーブル上に広げられた書類の上に無造作に置きました。
そのうちの一本を手に取り、反対側の手で書類の一枚を引っ掴んだ瞬間、お父さまの顔が分かりやすくギョッとした表情になったのが分かりました。
「えっ!?」
そらそうだろう。
仕事に関する重要書類に、我が子が今にもクレヨンでお絵描きしようとしているんだから。
ギョッとしないわけがない。
もちろん私がこうしているのはわざとだ。
何としてでも、お父さまには身体を休めてもらいたいわけだからね。
逆にお父さまとしては、対処に困ることだろう。
明らかに悪戯だと分かっても、子どものやることだから強くは出られない。
それも、悪気があるのかどうか微妙なラインだからだ。
とりあえず、今こうして仕事の書類にお絵描きをしようとしている状態では弱いので、本気でお父さまが仕事を中断せざるを得ない、ギリギリのところまでやらなければいけない。
裏紙にぐちゃぐちゃ描き散らすなんて生ぬるいことはやんないよ?
お父さまが慌てて私の目の前から全部の書類を取り上げて、更には私の手には届かないようなところに片付けるくらいはさせなきゃいけない。
そんなわけで、私は裏ではなく表に描く!
この真っ黒ビッシリの文字の羅列を、見事カラフルな原色カラーのお花畑で彩ってやりましょうぞ!
────前世覚醒後のクレヨン画、腕が鳴るぜ~!
「んふふ~……おはなと~、はっぱと~、たいようと~……あとはおみず~……っと」
黄色のクレヨンで一つめの花を描こうとしたその瞬間、横からサッと書類を奪われてしまった。
「……あ」
「ダメだよ、レーン。これはお絵描きをするための紙ではないからね?」
うん、知ってる。
こうやって私の目の前から取り上げてもらう目的でやってるんだから。
でも。
きっとこれだけじゃまだまだ懲りないね、お父さまは。
今のこの反応を見る限りじゃ、全部を片付けるという気配がまるでしない。
ただ『ダメ』だと諭して、それで終わりといった感じだ。
だから私も追撃の手を伸ばすわけだ。
「むぅ~……」
わざとらしく頬を膨らませながら、今度は別の書類へと手を伸ばす。
そしてまた裏紙ではなく、表面に思いっきり描いてやるぞとばかりにクレヨンを構える。
程なく二枚めの書類もサッと奪われてしまいました。
「ダメだって言ってるだろう、レーン?」
「むっ!?」
三枚めに手を伸ばす、そしてまた奪われる。
あとは延々とそれの繰り返し。
奪って絵を描こうとしたら奪い返され、また別のものを奪ったと思ったら再び奪い返される、といった具合。
うん、不毛だなんて言わないで?
私だってものすごくそう思ってるから。
一度に全部引っ込めてくれればそれで済むのに、お父さまはそうしてくれないんだもん。
もしかして数回同じことを繰り返せば私が諦めてくれるとでも思っているのだろうか。
だとしたら甘いわ!!
パウダーシュガーをたっぷりまぶしたパンケーキにメープルシロップをかけて更にキャラメルソースをコーティングする以上に甘すぎるのだよ!!
その程度で私が諦めるとでも思ってか?
んなわけないわ!
私は目的を達成するまではやめないぞ?
兄さまにしつこく魔法をねだった時と同じく、粘りに粘ってお仕事を中断させてやるんだからね!
────絶対に参ったさせてやる……!
まぁ意地にもなるよね。
お父さまの身体は大事だ。
いくら仕事が大事だと言われても身体は資本。
その身体が万全の状態でなければ仕事もへったくれもないんだっていう話。
さて、と。
それでは……
────怒涛の連続攻撃いっきま~す……!!
「よいしょ……っと!」
「レーン?」
まずは対象の動きに制限をかけるため、可動域を減らす意味で再びお父さまの膝の上にON!
こっちもそれなりに動きづらいけど、私を膝の上に乗せたままのお父さまはもっともっと動きづらいという罠。
その状態で再び狙うは若干隅の方へと追いやられた書類の束。
またも『にへっ』と笑みを浮かべつつ、今度こそ書類をゲット。
そのまま覆いかぶさるように前のめりになり、簡単には奪い返せないような体勢を取る。
ここまでが準備で、本番はこれからだ。
手にした黄色のクレヨンで、黒文字ビッシリの書類をカラフルお花畑に変えてやろうと構えた瞬間、ふいに私の身体が抱え上げられ、強引にテーブルから引き剥がされてしまった。
「ふゎっ!?」
「ああ、もう! ダメだと言っているのに!」
盛大な溜息をつかれ、気付けば私はお父さまに抱え直されて、互いに向かい合う形のお膝抱っこ状態にされていた。
「レーン」
「………………」
「これは父さまの仕事に必要な大事な書類だから、これにお絵描きはしてはいけない」
「………………」
知ってるよ、そんなこと。
だからあえてそうしようとしたフリをしたんだ。
「どうしてダメだと言っても聞いてくれないのかな、レーンは? そんなに聞き分けのない子じゃなかったはずだろう?」
困ったような表情でそう言われて、私は未だ怒ったフリを継続しつつ、お父さまから顔ごとぷいっと目をそらした。
「いまはしごとなんてだいじじゃないです」
むすっとしたフリでそうボソッと答えて、今度は反対方向へとぷいっと顔をそらす。
「今のはどういう意味かな、レーン?」
なんで分かってくれないかなぁ?
これが心配から来てる子どもなりの行動パターンだってこと。
普通に言葉で懇々と言い聞かせるという手段もあるけど、さすがに幼い子どもの身でそれをやるのは不自然すぎる。
じゃあ言葉足りない子どもはどうするかというと、方法はたった一つ。
行動するしかない。
とにかく『それはダメ』だと分かってもらうために、トコトン大人の邪魔をする。
自分が望む結果に収まるまで、何度も何度も同じことを繰り返すのだ。
あくまでもその行動は悪戯なんかじゃなく、足りない言葉を補足するための手段の一つにすぎない。
「だいじなのはおとうさまのからだのほうなのに。おとうさまはちっともそれをわかってないです」
「いや。それはね、レーン」
分かっていながらそうしているのだったら相当タチが悪いぞこの人。
もういっそのこと泣く?
泣いちゃう?
今の私なら涙腺コントロールしっちゃかめっちゃかだから、きっと嘘泣きでも涙ボロボロ出ると思うよ?
────……よし、泣いてやれ!
「むりしないってヴェーダとやくそくしたのに、おとうさまのうそつき~……!」
わざとらしく『ふえぇ~……』と情けない声を出せば、思った通りに涙がぶわっと溢れてきた。
うん。
ホントに涙腺コントロールしっちゃかめっちゃかだな。
思いっきりバカになってます。
だが……それがいい!
今だけに限って言えばね。
「! レーン……!」
泣いた私を見てお父さまが焦り出したのが分かりました。
でもこれは嘘泣きです、ゴメンなさい。
あ、いや、ゴメンなさいは取り消し。
今ゴメンなさいするべきなのは、私じゃなくてお父さまの方だから。
「ヴェーダにいいつけます~……」
「あ~……それは困る……」
知ってるし。
ヴェーダに知られたら、またお説教確実だもんね。
「おかあさまにもいいつけます~……」
「え!?」
一番効果がありそうなのはたぶんこれ。
できればここにお母さまを呼びたいくらい。
お母さまだったら、私みたいにまどろっこしいことをしなくても、すんなりとお父さまを止めてくれるって思ってる。
「いや、レーン! それだけは勘弁してもらえないかな? ヴェーダはともかく、フレイヤさんにそれを言われるのはちょっと……」
効果は抜群だ!
お父さまを止めるには最終兵器を召喚するに限る。
今度からお父さまが何か無茶をするようなことがあったら、ヴェーダを通り越して、お母さまに密告するようにしようっと。
「じゃあいますぐおしごとやめておかたづけしてくれますか?」
「それは……」
まだ迷うか、お父さま。
「やめておかたづけしてくれないなら、ヴェーダにもおかあさまにもいいつけて、おえかきもするもん」
そう宣言して、私はくるっと身体の向きを反転させてテーブルへと向かい、もう一本のクレヨンを手に取った。
右手に黄色クレヨン、そして左手には赤クレヨン。
それらをすちゃっと両手に構えて、気分は二刀流の剣士だ。
そうやってカッコつけてはみたけど、持っているのはクレヨンだからね。
イマイチ締まらない。
カッコイイどころか、少しおマヌケさんだ。
「分かった。レーンの言う通り、今日はもう仕事はしない。それでいいかい?」
「おかたづけもしなきゃダメです」
「分かってる。ちゃんと片付けるから。ね?」
「じゃあ、ほんとうにおかたづけしてくれるかみはります!」
片付けるとお父さまは言うけど、本当にちゃんと片付けてくれるのかどうか疑わしかったので、側にぴったり張り付いて見張ることにした。
こうやって監視すれば誤魔化すなんてできないだろうからね。
テーブル上の書類を纏め始めたお父さまの様子を逐一じ~っと見張る。
目を皿のようにして、ひたすらにお父さまの行動を見張る私を見てお父さまが困ったように苦笑した。
「やれやれ……信用ないね」
「はんせいしたふりしてはんせいしてないおとうさまがわるいです」
「……尤もだ」
またも苦笑したお父さまは、纏めた書類をテーブルで軽くトントンと叩いて綺麗に揃えると、それらを持って立ち上がった。
……あ。
ちゃんと私、お父さまの膝の上からどいてますからね?
もしお膝抱っこ状態のままだったら、こうしてお父さまが立ち上がった時点でころんとどっかに転がってます。
まぁお父さまはそんなことは決してしないとは思うけどね。
さて。
立ち上がったお父さまがどこかへ向かって歩いていったのでその後をついていきますよ、っと。
歩幅が違うので自然と私はてててて……っと小走りです。
一応、保険をかけるためにクレヨンはしっかり携帯してますよ!
万が一お父さまが仕事を再開しそうな気配を見せたり、片付けと称してのただの場所移動だった時のためにこれは必要なのですよ。
ついていった先はお父さまの執務机の前。
言うまでもなく、ここが本来仕事をする場所なわけで。
そこで立ち止まったお父さまは、執務机の上に書類を置き、その上にペーパーウェイトを乗せてバラバラにならないよう固定していました。
でも……これじゃダメ~!!
ブッブー、なのだよ!
背伸びしなきゃいけないとはいえ、私に見えている時点でこれは片付けたとは言わないのだ!
よって、追撃をかける!
早くも保険が下りることになろうとは、いろんな意味で期待を裏切らないな、お父さまは!
「かたづけてないです、おとうさま」
「えっ? 使わないように端に避けているのに?」
「みえてるからダメです。そこにおくってことは、こっそりおしごとするつもりでいますね?」
クレヨンを手にしたまま腕を組んで、ふくれっ面を隠しもせずにお父さまを見上げると、分かりやすい苦笑が返ってきた。
図星かよ。
「ちゃんとみえないところにおかたづけしてください。じゃないと……」
すちゃっとクレヨンを構え、書類にお絵描きするぞと言わんばかりにお父さまへとにじり寄る。
さっきのテーブルとは違って、執務机だったら私の手が届かないと思っていたんだろうけど、その考えも甘いのだよ!
ジャンプして引っ掴むという手もあるし、椅子を使って執務机によじ登るという手だってあるんだかんね!
「分かった。分かったよ、レーン。ほら、これなら文句はないだろう?」
そう言ってお父さまは、机の上に置いた書類を全て引き出しの中へとしまい、それから引き出しに鍵をかけました。
うん。
これなら『私の目には見えていない』という部分では合格だ。
だけど、まだ問題が残っている。
それは引き出しの鍵をお父さまが持っているということだ。
これじゃ何の意味もない。
お父さまが鍵を持っている時点で、好き勝手に引き出しを開けて、いつでも仕事が再開できるという状況が整っているからだ。
だから……
「ん!」
「ん?」
「かぎ」
「うん?」
「かぎ、ください」
「えっ?」
手を伸ばして鍵を寄越せと要求する。
さすがにそれを言われると思っていなかったのか、お父さまは突然の私のその発言に驚いたようだ。
「おとうさまがかぎをもっていたら、いつでもひきだしをあけておしごとをはじめることができるから。それはだんこそしです」
そう言って再び『ん!』と手を伸ばし、鍵の引き渡しを要求。
これを拒否されたら『ヴェーダに言いつけてやる~』&『お母さまに言いつけてやる~』のコンボをかましてやるつもり。
半眼のジト目で手を伸ばしたまま、お父さまから鍵を渡されるのを待つこと数秒。
諦めの溜息とともにお父さまが鍵を渡してくれた。
「やれやれ。手強い監視員だね、レーンは。そこまで厳しい監視員に出会ったのは初めてだよ」
いやいや、そんなことはないでしょう。
お父さまのお勤め先にはもっともっと厳しい人たちが大勢いらっしゃるでしょうに。
まぁお父さまのこの言葉は、子どもに対しての『降参』の意で出たものだろうとは思うけどね。
さて、と。
お父さまから仕事を没収したから、次はゆっくり休んでもらうことにしないと。
受け取った鍵を紛失したりしないようにワンピースドレスのポケットに入れて、私はお父さまの手を引いた。
「レーン?」
『今度は何?』と問いたそうな顔を見上げながら、私は尚もお父さまの手を引き、寝室へと続く扉の方へとお父さまを誘導する。
「おやすみのじかんです」
「えっ?」
「おとうさまはキツいっていってましたから、まだまだやすんでなきゃダメなんですよ」
そのまま仕事せずにおとなしく寝てほしいというのが本音。
具合悪い時は起き上がってウロウロするもんじゃありません。
そんなんじゃよくなるものもよくならないんだよ。
「そこまでしなくても、帰った時よりはだいぶマシだよ?」
「でもキツいっていいました。ねてるほうがラクです」
「確かにそうだけれどね……」
「けど?」
「あまり寝すぎるのもよくないんだよ。余計に頭が痛くなったり、ね?」
「あ~……」
寝すぎで頭痛はあるあるだ。
確かにそうなったら余計にキツいかも?
でも、だからって、このまま起きているのもお父さまの体調的にいいとは思えないんだけどな。
「起きてこうしている分は問題ないからね?」
「………………」
「ベッドで寝るまではしなくても平気だよ。ゆったりするならソファーで十分だ」
「……はやくげんきになってもらわないとこまります」
「うん。ちゃんと分かっているよ。本当の本当に辛い状態だったら、レーンを部屋には入れずに、更には人を遠ざけて寝室に篭もりきりになっているはずだからね」
私に取られていない方の手で頭を優しく撫でられ、そう言われた。
言葉だけじゃどこまで平気なのか分からずに、ただただじ~っとお父さまの顔を見上げる。
やっぱり背が高すぎて全部の表情は窺えなかったけど。
「でも。レーンの言う通り、今夜はもう仕事はしないし、寝るまではしなくてもちゃんとゆっくり休むから。だから、父さまの書類にお絵描きをするという意地悪はやめてくれると嬉しいな」
その言葉と同時にあっという間に抱き上げられ、私は一瞬のうちにお父さまの腕の中。
至近距離で見つめ合う形となって初めて気付いた。
最初に比べると、随分とお父さまの顔色がよくなってきていることに。
「!」
思わず手を伸ばし、ぺたりとお父さまの頬に触れてみた。
「……?」
続けて自分の頬をお父さまの頬にぺたんとくっつけてみる。
「レーン?」
突然の私の行動にお父さまは戸惑っているようだ。
そんなお父さまの反応に構わず、私は尚もペタペタとお父さまの頬に触れたり、自分の頬をくっつけたりを繰り返した。
うん。
気のせいじゃなかったみたい。
さっきは少し熱く感じたけど、今はそんなことはないみたいだ。
熱、下がったのかな……?
「おとうさま」
「ん?」
「……ほっぺたあつくないです」
「どれ……?」
私の言葉を聞いてお父さまは自分の頬に触れ、それから今度は額へと触れていた。
「……ふむ。漸く落ち着きはじめたようだね」
「?」
「レーンに振り回されている間は自分の体調のことなんてすっかりと抜け落ちていたからね」
「そうなんですか?」
「そうみたいだよ。どこかから癒し効果でも出ているのかな?」
そう言ってお父さまは、頭や頬をいっぱい撫でてくれた。
おまけにすっごい嬉しそうな表情してる。
それだけ元気になってきたって証拠かな。
「じゃあ、いっしょにごはん……」
「それはまだ無理」
言いかけた私の言葉はピシャッと遮られてしまった。
もしかしたら……と、期待していたごはんの同席をあっさりと拒否られてしまうなんて超悲しす。
「むぅぅ~~……!」
ちょっと悔しかったので、お父さまのほっぺたを左右に思いっきり『びろ~ん』と引っ張ってやった。
「あ~、レーン、痛い痛い痛い……」
そんなこと言いながら顔笑ってるじゃんか。
絶対痛くなんかないでしょ、お父さま。
しっかし、イケメンというのはほっぺた左右に引っ張られたままの状態でもイケメンなんだな。
一体どういう顔の造形してんだか。
これ、世界の不思議。
っていうか、人体の不思議?
まぁ顔だけはイケメンでも、お父さまは中身が残念だからな。
残念なイケメンという人種は、いつの時代、どこの世界でも、イジられてナンボだと思ってる。
独断と偏見だけどな!
とりあえず、お父さまには人の心配を他所に無理しまくったことを反省してもらうために、しばらくの間、私からのこの『ほっぺたびろ~ん!』の刑を受けてもらうことにしよう。
うん、そうしよう。
それと、ごはん同席をあっさりと拒否ったことに対する私の八つ当たりも一緒に受け取りたまえよ、ふふふふふ。
……とまぁ、そんな感じでお父さまのほっぺたを引っ張り続けること約数分。
今度こそさすがに反省してくれたのか、複雑な表情をしたお父さまから『降参だ……』と情けない声で白旗が上げられたのでした、まる。




