『今』も『昔』も奇人変人お父さま? なんです??
~『今』も『昔』も奇人変人お父さま? なんです??~
お父さまが顔を出したことで、側に控えていたヴェーダがゆっくりと腰を折ってキレイなお辞儀をした。
「では旦那様。確かにフローレンお嬢様を旦那様の元までお送りいたしました。わたくしはこれで失礼いたします」
「え……ヴェーダ、いっちゃうの?」
お父さま具合悪そうだし、もし何かあった時のことを考えると、ヴェーダが一緒じゃなきゃすごく不安だ。
だって子どもの私じゃ対処できないだろうし。
「旦那様とお話しになるのにわたくしがいては邪魔でございましょう?」
「そんなことない! ヴェーダがいっしょじゃないのはふあんだよ! おとうさままだぐあいわるそうだし、もしなにかあったらわたしじゃなにもできないもん!」
だから行かないでとヴェーダに訴えたわけだけど、そう簡単にヴェーダは頷いてはくれない。
だってヴェーダにはこの後にも色々とやることがあるわけだしね。
ここで私があれこれ言ってヴェーダの仕事を邪魔する権利はないのだ。
「レーン。父さまなら平気だよ? 今はこんな状態だからぐったりしているように見えるかもしれないけどね」
「おとうさま……」
「パッと見た感じ、大袈裟に顔色が悪くなってしまうのは昔からなんだよ。そのせいで必要以上に周りを心配させてしまうのが心苦しいところだけれど、体質的なものだからこればかりはどうにも……ね?」
そう言って苦笑したお父さまだけど、やっぱりどう見ても苦しそうだ。
青白い顔でそんなこと言われたって『本人がそう言ってるならいっかぁ』なんて風に切り替えるなんて無理だ、無理。
変に『嘘言ってんじゃないだろうな……』って勘繰っちゃうよ。
つまりは……なんだ。
説得力がない!
そう、全然……全く、これっぽっちも!!
「うそ? ほんとう?」
だから意図せずこう言ってしまうわけで。
別に責めてるつもりはない。
ただただ心配だから、疑いの言葉を口にしてしまうんだ。
「本当だよ、レーン。一つも嘘は言ってない、誓ってね」
「………………」
そう言われてもやっぱり俄には信じがたくて、じ~っとお父さまの顔を見つめてしまう。
そして相変わらず、私の顔には『疑ってます』と書いてあるわけだ。
そんな私を見て、お父さまが力なく苦笑したのが分かった。
「やれやれ。困ったね。どうやら私は、可愛い可愛いレーンからよほど信用されていないみたいだよ、ヴェーダ」
「そんな青白い顔で言われても説得力の欠片もございませんでしょう?」
相変わらず力ない苦笑顔でヴェーダにヘルプ要請をしたお父さまだったけれど。
なんとヴェーダは、そんなお父さまを笑顔でバッサリと斬り捨ててしまった。
これにはビックリ仰天だ。
「旦那様は昔からそうですからね。大丈夫なのか大丈夫ではないのか、その境が曖昧なのですよ。平気だと言っておきながら、実際そうではなかったことが過去に何度あったとお思いですか?」
「……あ~……そう言われてみれば、そんなこともあったかな……?」
「全く白々しい。そうやって昔からずっと奥様を心配させ続けすぎなんですよ、旦那様は。どんなに誤魔化そうとも、その事実が消えることはございませんからね。そうやってフローレンお嬢様を誤魔化して丸め込もうとしても無駄でございますよ。今のお嬢様は決して誤魔化されてなどくれませんからね」
「そーだ、そーだ!」
ヴェーダもっと言ってやって!
心配してる人に対して、明らかに大丈夫に見えない姿で『平気』だなんて言われたって、言われた方は納得なんかしないんだよ!
そう思ってヴェーダの側に着いたのに、今度はヴェーダの迫力ある笑顔が私の方に向いた。
「お嬢様? その言葉遣いは……」
「あ、う……」
「いけないと、ちゃんと分かっていらっしゃいますね?」
「……ごめんなさい」
矛先が一気にこっちに向いてしまった。
下手なことは言うもんじゃないね。
でも、お父さまが心配だからこそ出た言葉だったんだ。
それだけは分かってほしいな~……という気持ちでヴェーダを見上げると、分かっていますと言わんばかりの納得顔で一つ頷いてくれた。
「……全く。旦那様も困ったものですね。お嬢様にこんなことを言わせてしまうくらいなのですから。本当に『平気』だと仰るのでしたら、もっと『平気』に見えるよう取り繕っていただきとうございました」
「はははっ……相変わらずヴェーダは私には手厳しいね。昔からそうだ」
「当然です。奥様を散々心配させ続けていらしたことに加えて、今度はお嬢様もですからね」
「そこは反省しているよ」
「ちっともお変わりはありませんけれどね? とりあえず、今回は本当に平気なようでございますので、わたくしもこれ以上申し上げることはいたしませんが。お嬢様にはきちんと『大丈夫であること』をお話しして、そしてちゃんと納得してもらってくださいませ。よろしゅうございますね?」
さすがにそこまで言われてしまってはお父さまも返す言葉がないらしい。
ヴェーダに言われるがままになって苦笑している。
おまけに、二人のこの様子から、ヴェーダがそこまでお父さまを心配しているようには見えなくて、思わず軽く首を捻ってしまった。
────お父さま、見た目ほど辛そうじゃない……?
もし本当に具合が最悪状態だったなら、こんな風に軽口の応酬をするなんて不可能だ。
必要な言葉を二、三言交わしてさっさと部屋に引き篭るくらいするのが普通じゃないだろうか。
でも。
お父さまからはそんな感じはしない。
顔色は相変わらず悪いままだけど、ちゃんとヴェーダと会話してる。
それに、さっきからずっと浮かべた笑みは消えていないようだし。
苦笑ってところがまぁ……アレだけど、どんな笑みであれ、ちゃんと笑えているってことは、私が考えているよりもお父さまは大丈夫なのかな、って。
今になってようやく私もそんな風に思えるようになってきた。
それを自分の目で確かめるために、もう一度じ~っとお父さまを見上げた……んだけど。
────背が高すぎて、全部の表情を見ることができません!!
なんてこったい。
これじゃ本当にお父さまが大丈夫なのか確かめることができないじゃないか。
幼女のちびっ子な身長が恨めしい。
背伸びなんてしたところで届くわきゃないんだよ!
ああ、大人フローレンの身長がほしい。
そうしたら、軽く顔を上げるだけでお父さまの顔をしっかりと見ることが叶うのに。
内心そんな悔しさを抱きつつ『ギリィ……!』したのがよくなかったらしい。
言わずもがなそれが顔に表れていた私を見たことで、お父さまにとんでもない勘違いをさせてしまったのだ。
「そんなに睨まなくても、本当に父さまは平気だよ、レーン?」
────なぬ……っ!?
睨んでいる、だと……?
ノー!!
睨んでる、違う!!
ただ見上げただけだから。
お父さまの背が高すぎて見えないことと、自分がちびっ子であることを『ギリィ……!』しただけで、決してお父さまを睨んでいたわけじゃないんだ!
慌てる私を見て、ますますお父さまが苦笑した。
心なしか、しょんぼりしているように見えるのは気のせい……なのかなぁ?
「おとうさま」
「何かな、レーン?」
「わたし、にらんでないですよ?」
「そうなのかい?」
「おとうさまのせがたかくて、おかおがよくみえないのがくやしいって、そうおもっただけです」
それだけ私のちびっ子具合が恨めしいんだよ。
……なんてことを思いながら軽く頬を膨らませると、お父さまが急にしゃがみ込んだ。
「じゃあ、こうしたらよく見えるかな?」
互いの視線が交わったと同時にそう問われて、反射的に頷いた。
まさかお母さまに続いてお父さままでしゃがみ込むなんて思いもしなかった。
お母さまは両膝をついていたけど、お父さまは片膝だけをついている状態だ。
その姿はまるで、お姫さまに誓いを立てる物語の中の騎士様みたいに見えた。
────う……お父さま、カッコいい……!
ロイアス兄さまと顔がそっくりってだけでもかなりの高ポイントなのに、更には背がすっごく高いでしょ?
それから、表情があまり動かない兄さまと違って、お父さまは本当に表情豊かで全体的に雰囲気が柔らかいの。
あとは、大人!!
ゲームのロイアスをもうちょっと大人にして、鉄面皮というファクターを排除したらちょうどお父さまみたいな感じになるんじゃないかなって思ったのが正直なところ。
ああでも、髪の色も目の色も、兄さまや私とは違う。
私も兄さまも髪はゴージャスな金髪で、目は琥珀を溶かし込んだような蜂蜜色をしているけど、お父さまは髪も目も淡いブルーグレーで、それがより柔らかな印象を齎しているといった感じだ。
そういえば……お母さまが言ってたな。
この金の髪も蜂蜜色の瞳も、オンディール公爵家特有のものだって。
だから、公爵家直系の血筋なのはお母さまであって、お父さまは違うってことになる。
……でも。
お父さまは、誰よりもオンディール公爵家の当主にふさわしい人物だって言われてるんだよね、確か。
髪の色も目の色も、オンディール公爵家特有のそれではなくても、お父さまは誰よりもオンディール公爵家の当主にふさわしい人。
それだけのことをお父さまはやっていて、更にはそれを周りに示しているっていうことだ。
すごいなぁ。
尚もじっとお父さまの顔を見つめていると、ふいに両脇の下に手を差し入れられて、そのまま流れるような動作で抱き上げられた。
私を抱き上げると同時にお父さまが膝をついた状態から立ち上がったために、一気に視線の位置が高くなる。
「はわわっ!?」
抱き上げられたことによる突然の高度変化に驚いて、私は反射的にお父さまの首にぎゅっとしがみついてしまった。
決して首は絞めてないよ。
うん、決して。
一瞬お父さまからくぐもった呻き声のようなものが聞こえた気がしたけど、気のせいだよ、きっと。
仮にキュッと絞まっちゃってたとしても、幼女の腕の力なんてたかが知れてるもんね。
だから、たぶん私はやってない。
やってないと思いたい。
っていうか、そうだと思い込むことにする。
「……レーン。ぎゅっとしてくれるのは嬉しいんだけれどね。さすがにこのままじゃ父さまも苦しいから、せめて首じゃなくて、肩辺りに掴まってくれたら助かるなぁ」
「!!」
あれ?
やってないと思ってたけど違ったみたいだ。
私、お父さまの首絞めちゃってたようです。
決してわざとじゃなかったんだけど、実際に首を絞めてたのは事実のようだから、ここはちゃんと謝らなきゃだね。
「ごめんなさい」
「はははっ。突然抱き上げたりしたから驚いたんだね。そこは父さまも反省してる。でもね、レーン」
「?」
「こうしてレーンを抱っこしているということで、父さまが本当に平気だってことは分かってもらえたかな?」
「!」
どうやらお父さまは、身体の方はもう大丈夫だということを示すために私を抱っこしたらしい。
相変わらず顔色は悪いけど、でも、ふらついたりすることなくしっかりと立っているし、私を抱っこしてくれている腕の力も弱々しいわけじゃない。
ヴェーダだって、今回は本当に平気そうだと言っていた。
お父さま本人も、見た目ほど悪いわけじゃないって言ってたし。
それに。
こうやって抱っこされてる私自身が、今のお父さまの状態を一番近くで見て、感じることができている。
だからもうこれ以上『嘘だよね?』って疑いの目で見る意味はなくなったわけだ。
それでもやっぱり、お父さまの子として心配だから、こう訊ねちゃうんだよね。
「ほんとうに、へいきですか?」
「平気だよ」
「つらくないですか?」
「そうだね。全然……というわけではないけれど、耐えられないほどの辛さではないかな」
お?
お父さま正直だな。
平気だとは言っているけど、そこに『一応』っていう言葉が入ると見た。
まぁ顔色が悪い時点でそうじゃないかなって思ったから、そこは突っ込むことはしないけど。
っていうか、何も言わずにずっと我慢されるよりは、正直に辛いところは辛いって言ってもらった方が側で見ている立場としてはありがたいもんね。
「へいきでも、あんまりだいじょうぶじゃないってことですか?」
「少しだけね。決して大丈夫だとは言えないけれど、そこは耐えられるから平気だって言えるんだ。それにね、レーン」
「なんですか、おとうさま」
「本当に大丈夫な人はね、決して『大丈夫だ』なんて言葉は言わないものなんだよ」
「!」
苦笑しながらそう言われて、私はじっとお父さまの顔を覗き込んだ。
痛々しいほどに青白い顔に浮かぶ苦笑が、今の言葉を強く表しているようにも思えて、なぜだか分からないけど自分まで苦しくなった気がした。
「じゃあおとうさまも、だいじょうぶじゃないんですね。だいじょうぶといわないかわりに、へいきだっていったんですよね」
「そういうことになるね。今の父さまは大丈夫だとは言えないから、『大丈夫』だという言葉の代わりに、敢えて『平気』だっていう言葉を使っているようなものだからね」
「つよがりですか?」
「強がりだねぇ」
そう言ってまた苦笑したお父さまを見る限りでは、本当にそこまで心配するほどの状態ではないのかもしれない。
それでも、聞き慣れない魔力中毒なんて言葉を聞いてしまったからには、心配するなというのは無理な話なのだ。
「まりょくちゅうどく、っていってました」
「ああ、誰かがそう言っていた?」
「さわいでました」
使用人がな。
仕事ほっぽり出して、パニック状態の中、意味不明に飛び交っていたワードをかき集めて、話の大筋を分かりやすく整理した兄さまがそう教えてくれたのだ。
「いまはへいきですか?」
「平気だよ。その症状はだいぶ落ち着いたからね」
「くるしくないですか?」
「呼吸に問題はないかな」
「じゃあ、あたまはいたくないですか?」
「頭痛は治まっているよ。少し前までは酷かったけれどね」
お医者さん気分でそう訊ねる私に、ちゃんと律儀に答えてくれるお父さま。
苦笑を浮かべたままだから、たぶん『仕方がないなぁ』という気持ちで、私との問答に付き合ってくれているのかもしれない。
「さいごにもうひとつだけききます!」
「うん、何だい?」
「きもちわるくはないですか?」
「!」
まぁ、総合すると目眩やら吐き気やらないですか~……ってことを聞きたかったわけだけど。
なぜかその問いかけを落とした瞬間、お父さまが分かりやすく固まった。
────あ~、これ当たってるな、きっと
今まで訊ねた諸々の質問に対する答えも概ね合ってはいるんだろう。
けれど、一番最後に訊いたことに関してだけは、今も尚、症状継続中と見える。
さて。
これ以上は平気だ、なんて言ってもらっちゃ困るかな。
少しでもキツいのであれば、お父さまにはしっかりと休んでもらいたいし。
そうしてもらわなきゃ、後々の予定が狂ってくるんだよ。
後で兄さまと一緒に魔法を使いまくったことを白状して叱られる予定でいるのに、お父さまが具合悪いままのグダグダ状態だったらそれも難しくなってしまう。
「おとうさま?」
コテンと首を傾げて、答えを促してみる。
まぁ、既に答えは分かってるようなものだけどな。
それでもやっぱり、本人の口からちゃんと正直に話してもらいたいじゃないか。
「本当に、レーンには参ったね。ヴェーダの言うように誤魔化されてはくれないようだ」
「ごまかすつもりだったんですか?」
「そんなことはないよ。気付かないのであれば、そのままでいてほしかったというのが正直な気持ちかな」
「じゃあ。おとうさま、いまきもちわるいですか?」
改めてそう問いかけると、苦笑したまま軽く頷いてくれた。
青白い顔色の原因はたぶんそれなんだろう。
今こうして答えてくれた、頷くという何気ない動作一つも気持ちの悪い状態では辛かったはずだ。
「確かに気持ち悪い状態ではあるけれど、馴染みのある感覚でもあるから、そこまで重症というわけでもないんだよ。時間が経てばそれも段々と落ち着いてくるものだと分かっているからね」
「なじみのあるかんかく、ですか?」
「そうだよ」
「いままでもそういうの、あったんですか?」
「何度かね」
「びょうき?」
「病気ではないかな。強いて言うなら、単なる不摂生といったところだから」
「??」
不摂生、ですと?
不摂生とはこれ如何に。
一体どういうことでございましょうねぇ?
盛大に疑問符が飛び交って、今度は逆方向にコテンと首を傾ける。
全く訳の分かっていない私を見たことで、お父さまは観念したようにこう答えた。
「前日の夜に深酒が過ぎると、たまにこういった症状が出てしまうんだよ」
「…………はい?」
「つまりはね。お酒の飲み過ぎでこういう風になることがある……ということなんだよ、レーン」
「……………………」
前夜の深酒。
イコール、お酒の飲み過ぎ。
それに伴う、頭痛、吐き気、目眩、って……
────二日酔いかよ!!!
内心で盛大なツッコミを入れると同時に、しら~っとした目でお父さまを見てしまった私は悪くない。
二日酔いの辛さ、分からないでもない。
前世で一度きりだけど経験したことがあるからな。
でも今の私は幼い子ども。
紛うことなき幼女だ。
そんな子どもに対し、いくら訊かれたからとはいえ、お酒に関することをポロッと零すとはどうなんでしょうね。
どう考えてもアウトじゃないでしょうか。
誰か聞いて~?
ここにイケナイ大人がいるよ~?
幼女に二日酔いの話をしちゃうアウトな大人がいるよ~?
「……………………」
お父さまに抱っこされたまま、同じ目線の高さで尚もしら~っとした目でお父さまを見続ける私。
そんな私に見られて、ちょっとバツの悪そうな顔で苦笑するお父さま。
そして……
「旦那様。さすがに今の発言は見逃すわけには参りませんね。幼いフローレンお嬢様に飲酒の話をなさるとは。一体どこに、幼子に対して飲酒話を聞かせる大人がいるというのですか」
うん、ここにいるよ。
まさに今、私を抱っこしている、見るからに二日酔い症状を抱え込んだ顔色の悪いイケナイ大人がね!
「おとうさま。こどもにおさけのはなしは『めっ!』です。ふりょうです」
「そうだね。レーンのように幼い子にするべきことではなかったね」
んん?
私のように、幼い、とな?
ならロイアス兄さまくらいの年齢だったらしてもいいのか?
今の言い方だとそんな風に解釈されてもおかしくないぞ、お父さま!
「ふりょう! おとうさまはふりょうなおとなですっ!」
「えぇ~? どうしてそうなるのかな、レーン?」
「……全く旦那様と来たら。そのような言い方では、フローレンお嬢様には駄目でもロイアス坊ちゃまにはしてもよいという風に解釈されてもおかしくはないでしょうに」
うむ、全くだ。
「えぇっ!? そんなつもりは全くないのだけれど、そういう風になってしまうのかい!?」
ヴェーダからの指摘に、今気付いたと言わんばかりの驚きの表情を見せるお父さま。
顔色悪い状態でその顔って、目の前の至近距離で見るとちょっとシュールだ。
「本当に旦那様は、しっかりしておられるのか、抜けておられるのか、どっちつかずで分かりにくい方ですね。そういうところは昔から全然変わってないじゃないですか」
「ほぇ~……」
昔からこんななのか、お父さま。
真面目なとことド天然なところがうまく噛み合わずに掴みにくい性格をしていたと見える。
そしてそれは、大人になった今でも受け継がれて絶賛継続中と見た。
お母さまも掴みにくい人だと思うけれど、お母さまに限らずお父さまもなのか。
しかもさっきのヴェーダの口振りだと、過去にいろんなことをやらかしているようにも思える。
うわ~、知りたい。
お父さまの昔の話、めっちゃ聞きたい!
今のこのお父さまが、どんな風にしてこうなったのか、一から十まで全て知りたい!
私が思うに、絶対に今のロイアス兄さまのような子ども時代は過ごしていないはず。
「ヴェーダ」
「何でございましょう、フローレンお嬢様」
「むかしのおとうさまも、いまみたいなかんじだったの?」
「ええ、そうでございますよ。分別がつくようになった分、昔と比べると随分と真っ当な大人になったと言えますが」
「それはつまり、私の子ども時代が相当酷かったとでも言いたいのかな?」
「事実ではないですか。よもや、昔の旦那様がどのようなことをしていらしたのか忘れた、などということはございませんでしょう? 他でもないご自身のことなのですから。奔放な旦那様に振り回されて心配性になってしまわれた奥様のことも含め、忘れた、などとは言わせませんよ?」
お父さまをじっと見ている眇められたヴェーダの目が一瞬光った気がした。
それにしても……ヴェーダつょい。
さっきから当主であるお父さまに対して容赦ないというか、厳しめというか。
こういうの、慇懃無礼、っていうのかな。
『そこまで言っちゃって大丈夫なの?』って、二人の遣り取りを間近で見ている私の方がハラハラしてくるくらいに、ヴェーダのお父さまに対する言葉は容赦ない。
そしてお父さまは、ヴェーダから言われた言葉をきちんと聞いて、慣れたように受け入れている。
お咎め、ゼロ。
昔からって言ってるわけだから、ある意味ヴェーダはお父さまの教育係的立ち位置にいたのかもしれない。
だからこそ、昔と今を比べてああだこうだと言えるのかな、って。
「むかしのおとうさまは、なにをしておかあさまをふりまわしたの?」
「……あ~、っと……それはね、レーン……」
お父さまの困った表情に、ほんの少しだけ焦りのようなものが入ったように見えた。
そんなお父さまの表情変化をヴェーダが見逃すはずはなく、再びヴェーダの目がキラーンと光ったように見えた。
「お知りになりたいですか? フローレンお嬢様」
「うん、しりたい!」
ニッコリととてもイイ笑顔でそう問われて、私は即答した。
お父さまの子ども時代の昔話なんて、超聞きたいに決まっている。
「では今度ゆっくりと聞かせて差し上げますね」
「わぁい! やったぁ! やくそくね、ヴェーダ?」
「ええ。もちろんです。お嬢様がお勉強やお作法をきちんと頑張れたら、そのご褒美としてたくさんお話しして差し上げましょうね」
「はい! がんばります!」
やったね!
お父さまの昔話を聞かせてもらえる約束しちゃったぜ!
え?
そこにお父さまの同意はいらないのかって?
いらないと思うよ?
だってヴェーダがいいよ、って言ってくれてるんだし。
それにたぶん、お父さまはヴェーダには逆らえないんだと思う。
破茶滅茶だったと思われる昔の己を知る人物だけに。
「ヴェーダ。私の昔の話をレーンにするのはもう決定事項なのかい?」
「もちろんでございます。たった今お嬢様と約束をしたばかりでございますから。包み隠さず、わたくしの知る全てをお話させていただきたく思っております」
「……勘弁してくれ」
「それは今後の旦那様次第でございますね。今回だけに限らず、今まで何度も似たようなことを繰り返しては奥様をはじめとした多くの方たちに心配をおかけしているわけですから、そこはきちんと反省していただきませんと。そのためにも、お嬢様には旦那様が昔、如何にやんちゃばかりしていたかを知っていただこうと思っておりますよ。万が一、お嬢様が旦那様に似て、旦那様のそのような部分を受け継いでしまわれては困りますからね。特に奥様が」
トドメとばかりにお母さまのことを出されて、今度こそお父さまは白旗を上げることになったようだ。
一体昔のお父さまはどれだけのことを仕出かして、お母さまたちを心配させてきたのか。
温厚な見かけによらず、子ども時代のお父さまはかなり型破りな奇人変人だったのかもしれない。
ヴェーダの言葉の端々がそれをしっかりと物語っている。
そして。
やっぱりヴェーダは最強だった、という事実。
今まさに、私の目の前で、控えめながらもヴェーダのお説教がお父さまに入れられていたのでした、まる……─────




