密談参加は拒否られたけど、お説教は免れた模様です
~密談参加は拒否られたけど、お説教は免れた模様です~
「あらあら。そんな顔をしなくてもお父さまはもう大丈夫なのよ、レーン?」
────そんな顔ってどんな顔だ?
苦笑混じりでそう言ったお母さまを見上げながらそんなことを思う私。
自分では分からなくても、思いっきり顔に出ているんだろう。
それがお母さまの言う『そんな顔』であって、指摘される程度には酷い顔なのかもしれない。
「見るからにしょんぼりとしているのだもの。お父さまと一緒に食事ができないことがそんなに残念だったのね、レーンは」
そんな顔って、そういう顔だったのか。
お父さまのことが心配だなと思っていたその心が、私にしょんぼりとした顔をさせていたらしい。
「準備が整うまではもうしばらくかかりそうだから、その間だけでもお父さまのところにいる?」
「! いいんですか!?」
思わぬ提案に、パッと表情が明るくなったのが分かった。
沈みかけていた心が一気に浮上したからだ。
「お仕事の関係で、昨夜はお父さまは留守にしていたものね。レーンが頭を打ってしまったことを聞いてとても心配していたし、少しだけでも顔を出して元気な姿を見せてあげたらお父さまも安心すると思うわ」
そう言い聞かされて私は何度も頷く。
少しだけでも会えるのなら会いたい。
それに、頭を打ったことで心配させてしまったことをちゃんと謝りたい。
自分が留守にしている間に娘がそんなことになっていたなんて報せを受けて、お父さまは一体どんな思いでその後の仕事に向き合うことになったのだろうか。
それを考えるだけで、頭の中が申し訳なさでいっぱいになる。
「けれど、今度は逆ね」
「?」
「帰るまでは心配する立場だったお父さまも、今度は一転して心配される立場なんですもの」
『うふふっ』と笑うお母さまを見て、思わず目を瞬く。
思ったことは『お母さま、随分余裕があるな……』ということ。
どうやら『大丈夫だ』と言っていたのは強ち間違いではないらしい。
「お話しするくらいはなんでもないから行ってらっしゃいな、レーン」
「おはなしはできるんですか?」
「ええ、普通にね」
「じゃあ、おとうさまにあってきます」
お母さまに頷いて、それから私はロイアス兄さまを見上げる。
『兄さまも一緒に行こう』というお誘いの意味合いでだ。
てっきり私は、兄さまも一緒に行ってくれるものだと思っていた。
けれど、そんな私の予想に反して、兄さまは緩く首を振ると、抱き上げていた私をそっと下ろしてからこう言った。
「僕はいいよ。レーンだけで行っておいで」
「にいさまはいかないんですか?」
「うん。まだ母上と話すことがあるんだ」
「おかあさまと?」
「うん」
兄さまを見上げ、それからお母さまを見上げる。
話なんて、思い当たることばかりだ。
たぶん魔法に関することじゃない。
それはさっきお母さまが『預かる』と言って、一旦終結したからだ。
だから……それ以外で思い当たるのは、私の絵の話。
きっとお母さまは知っている。
ヴェーダに報告が上がっているのなら、当然お母さまにも報告は上がっているはずだ。
兄さまのために描いていた油彩画をボロボロにされたというあの件を、きっとお母さまは知っている。
そして、ボロボロにされたあの油彩画が兄さまのためのものだったという事実は、兄さまだけが知らない。
────まさか話って……
────そのことを追及するためのものなんじゃ……
そう思い至ったと同時に、全身からザッと血の気が引いた気がした。
顔だって思いきり強ばっていることだろう。
それほどまでに、私にとってその件は兄さまに触れてほしくないものなのだ。
────イヤだ……
────それだけは訊かないでよ、兄さま……
祈るように。
願うように。
ギュッと握り締めたのは兄さまのシャツだった。
それを軽くクッと引っ張りながら、一緒にお父さまのところへ行こうと無言で訴える。
そうすれば兄さまはお母さまと話をすることはない。
私の知らないところで、私が触れてほしくない話をされることはない。
少なくとも、今この時だけは。
「レーン」
無言で兄さまを見上げる私を見て、兄さまは苦笑を浮かべながら優しく私の頭を撫でた。
それから、シャツを握り締めていた私の手をゆっくりと解き、私と視線を合わせるために軽く上体を屈めた。
覗き込むように見つめられたことで、私もまたじっと兄さまの目を見つめ返す。
「心配しないで。レーンが思っているような話をするわけじゃないから」
「………………」
おそらく兄さまは、私が『魔法のことに関して一人で話してしまうんじゃないか心配している』という風に思っているに違いない。
それはそれで重要で大事なことだけれど。
だけど、そうじゃないんだ。
心配してるんじゃなくて、怖いんだ。
絵に関する詳しいことを兄さまに知られてしまうのが。
「……ダメ。にいさまもいっしょにいくの」
「レーン」
あんまりやりたくなかったけど、小さく駄々を捏ねてみた。
そうしたら兄さまは『仕方がないな』って苦笑して一緒に来てくれると思ったから。
記憶にある限りだと、大体はそうして私の気持ちを汲んでくれたから。
だけど……
「ゴメンね、レーン」
「……!」
「どうしても、今話しておかなければいけないことだから」
今回は、兄さまは折れてくれなかった。
『これだけは譲れない』とでも言わんばかりの、何とも言えない表情で『ゴメンね』と謝られてしまった。
「ものすごく引っかかるというか……気になることができてしまってね。それを母上と相談したかったんだ」
「そうだん、ですか……?」
「うん。相談」
じゃあ……私の絵のことを訊こうとしてたんじゃ、ない……?
「ロイアスも、何か引っかかるものがあったのね?」
「僕『も』……ということは、母上もそうなんですか?」
「ええ。それがロイアスのいうものと同じかどうかは分からないけれど、私にとってはとても大事なことだからロイアスの話を聞かせてもらいたいわ。できれば、食事が始まる前までにね」
「もちろんです! 僕も、食事の前までにどうしても話して相談しておきたかったんです」
「決まりね。ではわたくしの部屋でお話ししましょうか」
「はい」
────大丈夫、なんだろうか……?
────本当に、本当に私が思っているようなことではない……?
ぎゅっと眉を寄せながら、お母さまと兄さまを見上げるその顔は相当に情けない表情だったに違いない。
さすがに泣きそう……とまではいかなくても、それに近い一歩手前くらいのものにはなっているだろう。
そんな私を見て、お母さまもまた兄さま同様に苦笑した。
「大丈夫よ、レーン。何も心配することはないわ。だからお父さまのところへ行ってらっしゃいな?」
───そう言われると逆に心配なんですけど~?
……とは言えない、さすがに。
でもホント、兄さまが何を話そうとしているのか気になってしょうがない。
引っかかるものって何?
気になるって、一体何が?
兄さまとお母さまには分かってて、私には分からないこと?
それは私が聞いてちゃいけないこと?
そう思うと頭の中がぐるぐるしてきた。
甘いキャンディのおかげで少しは緩和したとはいえ、まだまだ私の空腹は継続中だ。
考えることに頭を使うと、すぐにエネルギー不足に陥ってしまう。
そんな諸々が重なって、思わず『むぅっ』とむくれてしまった。
「ナイショのおはなしなんて、おかあさまもにいさまもずるいです」
もう少しゴネてみることにした。
だけど……
「あらあら。それを言うならレーンだってずるいわ? 秘密のメモがどういうものなのか、母さまには内緒なのでしょう? 確かそう言っていたものね?」
「うぐ……っ!」
母、手強し!
そうでした。
秘密メモに関しては、サロンでお茶をしていた時に自分で内緒だと言ったんでした。
だって誰にも言えることじゃないし!
前世の記憶がどうとかゲームがどうとか、絶対に言えるわけがない!
言ったら言ったで即『頭のおかしい子』認定だよ!
「決してレーンを仲間外れにしようとして言っているのではないのよ?」
それは分かってる。
子どもの人格が捻じ曲がるようなことをする家族じゃないってことは、もう十分すぎるくらいに知っているから。
でも。
だからこそ、私には秘密にしておかなければいけないというその事実が引っかかる。
「むぅ~……」
「……でも、そうね。全部が全部秘密だなんて言って、レーンに何も話しておかないのはよくないわね」
「おかあさま……」
「それじゃあ、一つだけ」
そう言って、お母さまは膝を付き、私の両肩にそっと手を置きながら、視線を合わせるように私の顔を覗き込んだ。
その予想外のお母さまの行動に、思わず何度も瞬きを繰り返す。
────お母さま、膝を付いたりなんかしたらドレスが汚れちゃうし、皺にもなっちゃうよ……
……なんてことを考えるくらいには混乱もしていた。
まさかお母さまが床に膝を付けるなんて思ってもいなかったのだ。
「つい今しがたということもあって、できればレーンの耳には入れたくなかったのよ」
「………………」
つい今しがた、ということは正にさっきあったばかりのあの騒ぎに関することだ。
「だって聞いてて気持ちのいいものではないでしょう? 私たちがこれからレミアのことを話すだなんて……」
「! レミア……」
────あの不届き者のメイドのことを話すのか……!
そう思った瞬間、分かりやすいほどに私の顔つきが変わった。
眉間に思いっきり皺を寄せたしかめっ面だ。
それを取り繕うことなく兄さまを見上げると、兄さまは兄さまでやっぱり眉間に皺を寄せていて、渋い表情のまま一つ頷いた。
その表情から察するに、レミアのことを話すという事実そのものを私には聞かせたくなかったようだ。
「名前を口にするだけでも嫌だろう?」
そう訊かれてコクンと頷く。
もっと言うなら聞くのも嫌ですね。
耳栓したいです。
……という言葉は心の中で言うに留める。
「そういうわけで、母上との相談とは、あの不届き者に対する処遇その他諸々についてだったんだ。できるだけ早くというのは、先のあの騒動のこともあって、そうした方がいいだろうという判断に至ったからだよ」
「そういうことよ、レーン。レーンだって、あんなことがあった後でレミアの話なんて聞きたくはないでしょう?」
これにもコクンと頷く。
……っていうか、お母さま。
『あんなこと』って言い切ったあたり、やっぱりあの騒ぎしっかり見てたんだな。
私のアウトな言葉遣いもしっかりと聞いてましたね。
「でもわたし、とうじしゃですよ……?」
「そうね。当事者で被害者。でもね、レーン。これからレミアについてわたくしにどんな報告が上がってくるか分からない。それがあなたの耳に入ることで、更にあなたに嫌な思いをさせるかもしれない。だけどそれは、母さまの望むところではないの。もちろんロイアスだって同じ気持ちでいる。レーンにとっての嫌なことからは、徹底的にレーンを遠ざけたい。だから、これ以上はレーンには内緒。それは分かってくれるわね?」
そうまで言われちゃ、これ以上は何も言えないじゃないか。
お母さまも兄さまも私を守ろうとしてくれているのに、そこで駄々を捏ねたり、我儘を言ったりして、自ら嫌な思いをしにいく必要はない。
それで傷つくとかバカみたいじゃん。
そこに落とし穴があると分かってて、まっすぐ歩いてわざわざ落ちるようなことはしないよ、私は。
『仲間ハズレいくない!』
……とか言わなくてマジでよかった。
逆に言ってたら、とんでもない地雷を踏んでいたかもしれないから。
あの不届き者に対する処遇うんぬんはちょっと気になるところだけど、それは後で聞けば教えてもらえるだろう。
っていうか、私もアイツのことで気になるというか、引っかかることがある。
確か給仕担当だってお母さま言ってたよね。
────まさか一服盛ったりしないだろうな……
急に思い当たったそれに、私の眉間の皺が更に深くなる。
ますますしかめっ面になった私を見て、お母さまが苦笑しながら私の頭を優しく撫でてくれた。
「今レーンが考えたことも含めてのロイアスとの相談だから。大丈夫よ。わたくしたちに任せて、レーンはお父さまのところへ行ってらっしゃいな」
「……はい」
「ほら。笑顔はどうしたの? そんな難しそうなお顔じゃお父さまが心配してしまうわ」
「うぅ~……はい……」
お母さま無茶振りはやめて!
このしかめっ面から即笑顔にチェンジなんて難しいよ!
「うふふ。お父さまに会う時にはちゃんと笑顔のレーンでいてね?」
「はい」
私の返事を聞いて満足そうに笑うと、お母さまはゆっくりと立ち上がり、控えていたヴェーダへと向き直った。
「それじゃ、ヴェーダ。レーンを旦那さまのお部屋へと連れていってあげてちょうだい」
「かしこまりました、奥さま」
「え……? ヴェーダがつれていってくれるの? メリダは? エルナは? こういうときはいつもふたりのどちらかだったはずでしょ?」
まさかの侍女長がそれをすることに純粋に驚いた。
ヴェーダにはもっとたくさんの仕事が控えているだろうに申し訳ない。
「メリダとエルナには急遽食堂の方に入ってもらったのよ。厨房以外が機能していなかったものだから、料理長を一とした料理人たちがとても困っていてね? このままでは厨房の方も立ち行かなくなってしまうでしょう? だから二人には、他の人が戻るまでの間、厨房から食堂へ料理を運んでもらうお手伝いをお願いしたの」
それは結構な大仕事だ。
メリダとエルナの二人だけでは到底回らないだろう。
うちの食堂……広いしな。
料理を運ぶだけじゃなくて、テーブルセッティングとかもあるだろうから、本当にやることだらけのはずだ。
さすがに二人のどちらかに『今からお父さまのお部屋に行くから一緒に来て』なんて言えないな。
こっちに来てもらう時間があるなら、少しでも滞ってしまっている仕事の方に専念してもらった方が、家のあり方としては望ましい。
「メリダとエルナをこちらで借りているから、ヴェーダには二人に代わってレーンのお世話をお願いするといったところね」
お母さまがそうだと言うのなら異論はない。
っていうか、もともと口出しする権利すら持ってないからね、私は。
だから言われたことには素直に従うよ。
それに、侍女長のヴェーダに付き添ってもらえるなんて、滅多にないことだからね。
寧ろ『光栄だ』くらいには思うべきなのかもしれない。
「わかりました、おかあさま」
お母さまにそう返事をしてから、今度はヴェーダへと向き直る。
「それじゃ、ヴェーダおねがいします」
「かしこまりました、フローレンお嬢様」
ペコリと頭を下げてお願いすると、ヴェーダもまたキレイな姿勢でお辞儀をして応えてくれた。
────あ……そうだ
────忘れないうちに言っておかなきゃいけないことがあったんだ……
そう思った時にはもう既に、お母さまはお兄さまを促し自室へと向かおうと足を踏み出しかけていた。
「……あの! おかあさまっ!」
慌ててそれを呼び止める。
「? どうしたの、レーン?」
「えっと……あの……その……」
「ん?」
「ごめんなさい!」
「?」
しどろもどろになりかけたのを、気合を入れて立て直し、ハッキリとした口調で『ごめんなさい』と告げる。
突然の私の『ごめんなさい』にお母さまは少し戸惑ったようだった。
だけどこれは、絶対に言わなきゃいけないと決めていたことだから言わないわけにはいかなかった。
「ヴェーダもごめんなさい」
「お嬢様……?」
続けてヴェーダに対しても『ごめんなさい』だ。
お母さまと同様に、ヴェーダもまた戸惑っているようだ。
そしてそれは、お母さまの時よりも顕著だった。
それもそうか。
さっきから何度も何度も『雇い主の娘』から頭を下げられてるんだから。
ヴェーダの立場からすれば『畏れ多い』といったところなんだろう。
でも、私だって譲れない。
悪いことをしたら、ちゃんと『ごめんなさい』と謝って、必要ならば頭を下げなければいけないのだから。
そして私は、悪いことをやり尽くした。
貴族の令嬢としては有るまじき言葉遣いで、あの不届き者を口撃したのだ。
今だからこそ思う。
さすがに、あれは……ない。
あの場では必要なことだったとはいえ、決してあの振る舞いは簡単に許されるものではないはずだ。
私自ら『お説教覚悟』で臨んだくらいなのだから。
「それは何に対しての『ごめんなさい』かしら、レーン?」
「……ことばづかい。レミアにたいして、いちきぞくのれいじょうとしてはあるまじきふるまいで、きつくものもうしました」
「……そうね。確かに、一貴族の令嬢としては相応しくない言葉遣いだったと思うわ」
「…………ッ!」
やっぱり。
お母さまはあの騒ぎの最中の遣り取りの大半を聞いている。
そうでなかったら、逆に問いかけられていたはずだ。
『何をどんな風に言ったの?』
……と。
「けれどあれは、一貴族の令嬢としてではなく、当主代行としての言葉だったのでしょう?」
「え……?」
「わたくしも旦那さまもいない状況で、あの場を諌められるとしたら、それはロイアスかレーンだけ。まさかロイアスよりも先にレーンが諌言するとは思わなかったけれど。あの時のレーンの判断は間違ってはいないわ」
「おかあさま……」
「ただ、言葉は的確だったけれど、迫力はイマイチだったわね。幼さゆえの舌っ足らずな口調ではさすがに限界があるものね?」
「ぅぐ……っ!」
さすがはお母さま。
笑顔で痛いところをドスンと突いてくださるあたり容赦ない。
だけど……言葉遣いに関しては、お咎めらしきことは言われなかった。
それどころか『間違ってはいない』って……
「レーンがもう少し大きかったら、きっととても迫力があってみんな震え上がっていたことでしょうね」
それは言いすぎだと思います。
確かに今よりもっと大きければ、それなりに迫力はあっただろうけど、所詮は子ども。
雇い主の娘と使用人という立場があるとはいえ、その場にいる大人全員を震え上がらせるなんて普通に無理があると思うのです。
それでもお母さまがこう言ってくれたということは、私があの時取った行動も、敢えて選んだあの言葉遣いも、何一つ問題がなかったという何よりの証拠なんだと思う。
あの時のこと。
全部咎められるのを覚悟の上でやったのに。
────叱られるどころか、肯定されるなんて思ってもなかった……
「……しかられると、おもってた」
「あらあら」
「まあ……お嬢様……」
ぽつんと零した言葉に、お母さまとヴェーダ、それぞれから違った反応が返ってきた。
「さっきからレーンは叱られることを前提で話しているわね。そんなに叱られるのが好き?」
ニコニコ笑顔でそう問いかけられて、慌ててぶんぶんと首を振ってそれを否定する。
好きなわけないじゃん、叱られるのなんて!
いくらお説教される覚悟ができているからといっても、それが『イコール好き』ってわけじゃないんだからね!
「叱るなんてとんでもないわ。だってレーンは、当主の娘として、当主代行としてあの行動に出たのだし。それのどこに叱る要素があると思って? そうよね、ヴェーダ?」
「はい。お嬢様が叱られるような要素はどこにもございません。寧ろあの時お嬢様が取られた言動は当然のものだと思っております」
「……だそうよ、レーン?」
『うふふ』と笑いながらのお母さまの言葉に、私は思わずヴェーダを見上げていた。
「ほんとう、ヴェーダ?」
「もちろんでございます。立派でございました」
「あのときのヴェーダ、すごくむずかしいかおしてわたしのことみてたから。だから、あとであやまらなきゃって、ずっとおもってた……」
眉間にきつく皺寄せて、もんのすごい渋面で私たちの様子を伺ってたんだもん。
相当に不快な思いをさせてたんだって思ってた。
「いえ、あれはお嬢様を見ていたわけではございません。お嬢様が難しいと仰っていた表情も視線も、全てその先にいたレミアに向けてのものです」
「え……?」
「当主の娘であるお嬢様に何たる不敬、と。それを咎めてのものだったのですが。……どうやらあの者にはそれが全く伝わっていなかったようですね」
私を見てあの渋面になってたわけじゃなかったんだ。
それじゃあ……
「おせっきょうは……?」
「お嬢様にお説教だなんてとんでもない! 寧ろお説教されるべきはあの不届き者のレミアの方でございますよ!」
「うふふ……お説教では到底済まされないレベルのことを色々と仕出かしてくれているようだけれどね……」
「おかあさま……」
────また目が笑ってないよ……
おこです?
おこですか??
とりあえず、あの不届き者のメイドの件はお母さまが何とかしてくれるだろう。
……何をするのかは分からないけど、今は怖くてそれを聞くことができないや。
それよりも、お説教を免れたことを喜ぶことにしようかな。
覚悟していたお母さま、ヴェーダ、メリダという三強からのお説教がなくなったのだ。
それだけでずいぶんと気持ちが軽くなったと言えるからね。
小さくホッと息をつくと、今までこちらの様子を黙って伺っていたらしい兄さまと目が合った。
その瞬間、向けられたのは、今まで見たことのないような屈託のない年相応の笑顔とピースサイン。
「!」
────わぁ~お!
────この世界にもピースサインなんてあるんだ!
……っていうか、兄さまのこんな笑顔初めて見たよ!
兄さまもこんな風に笑うことあるんだ。
思わぬ事実と、貴重な兄さまの笑顔に驚いたのも一瞬のこと。
反射的に私もニカッと笑いながら、兄さまへとピースサインを返していた。
音声的に『ニシシ……!』と入りそうな、歯を見せるあの笑顔で。
私から返ったその反応に、兄さまがおかしそうに声を殺しながら笑っていた。
それを見て、私もつられて笑った。
そして気付いた。
この世界に転生したと知ってから、私が初めて見せた子どもらしい反応がこれだった、ってことに。
……でも。
この直後、お母さまとヴェーダからプチお説教をいただきました。
曰く『貴族の令嬢たるもの、歯を見せて笑ってはいけない』との理由から。
それを含め、あの騒ぎの件も合わせて、今日の私は令嬢として大きなマイナス点を付けられてしまいました。
『この先、より厳しく淑女教育をしていきますのでそのおつもりで』
というヴェーダからの言葉を聞いた瞬間、サッと顔色が悪くなってしまったのはご愛嬌。
『私終了のお知らせ、再び!』であります。
とことん私はお嬢様には向かない、令嬢らしからぬ令嬢だなと思い知った次第です。
私がお母さまやヴェーダから一貴族の令嬢としての合格点をもらえる日は、まだまだ遥か遠い先にあるようです、まる。




