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騒ぎの原因はお父さまのお帰りにあるようです?




~騒ぎの原因はお父さまのお帰りにあるようです?~




扉を開けた先の目の前の世界はカオスでした……─────




……ごめんなさい、嘘です。

カオスはさすがに大げさすぎました。

どうやら邸に勤めている使用人の皆々様が、今現在大変混乱している最中にあるようで、完全に収集がつかなくなっている状態のようなのです、まる。


つまりはこれ、普通じゃない。

お腹がすきすぎて頭が上手く回らない私もまた普通じゃない。

回らない頭が、目の前のこの見慣れない状況を見て『あ、カオス……』と咄嗟に判断してもおかしくないと思うんだ。



────とりあえず、早くごはん食べさせて……



前世の記憶を呼び覚ます原因となった暴挙をやらかした昨日の晩餐以降、私はまともな食事を一切していないんだよ。

食べたのは夕方ちょっと前のお茶のお供の焼き菓子くらい。


圧倒的に栄養が足りてないの!

今もお腹が『クルクルキュゥキュウ』小さく鳴いていて、空腹が限界を訴えている!

そろそろお腹と背中がくっついてもおかしくはないと思う。



────だから早く!

────ごはんが食べたいのにぃ~……!



使用人の皆々様方、だぁ~れも私たちが部屋から出てきたことに気付いていないという、ね。

公爵家にお勤めのプロの皆様方が、ですよ?

誰一人として私にもロイアス兄さまにも気付かずに、何かを巡って『ああだ』『こうだ』と騒いでいるなんて有り得ますかね?

本来であれば、ここで諌めるべき立場にあるはずの家令や侍女長といった、使用人の中で最も高い地位にある彼、彼女らでさえもが取り乱しているのだから相当なことがあったのだと思う。


これ、そろそろお母さまが出てきてもおかしくないんじゃないかな。

これだけ使用人が取り乱して大騒ぎしているのに、一人優雅にお茶してるような図太い人ではないからね、お母さまは。

いくらのんびりおっとりした性格をしていると言っても、そこはやはり公爵夫人。

使用人の取り締まりに関してはきちんとしているし、教育も統率も一部の隙もなく無駄のないように取り図っていたはずだ。

そんなお母さまがこの状況を静観しているはずがない。

すぐにでも場を諌めるべく出てくるはず……と、思っていたのに。

一向にお母さまが出てくる気配はなし。

どういうこっちゃ??


空腹で回らない頭ではいくら考えても分かるわけがない。



────幼女の身体にはこれ以上の空腹はもう限界なのだよ!



その不満を隠すことなく顔に出し、ぎゅっときつく眉を寄せた状態で私は兄さまのシャツの袖をぐいぐい引っ張りながら兄さまの顔を見上げた。

それに気付いた兄さまもまた、眉間にきつく皺を寄せた難しい顔で私を見下ろすと大きく深い溜息をついてポツリとこう零した。


「……有り得ないな」


……と。


兄さまも私と同じように、今のこの事態を異常だと感じているようです。

そしてお母さまが出てこない以上、この事態が収束する見込みもない、と。


「本来は僕が出張ることではないのだけれど、今回は仕方がないか……」


そう言って再び溜息をつくと、兄さまは私の手を引いて騒ぎの中心へと足を踏み入れていきました。


お母さまは出てこない。

お父さまも不在。

家令も侍女長も、その他の勤続の長い使用人たちも一様に取り乱して収集がつかない。

止められる人物が他に誰もいないのだから、必然的に兄さまが動かざるを得なくなったわけです。


兄さまに手を引かれながら、私はトコトコとついていくだけ。

そうして仕えるお家の子息子女がやってきたというのに、やはり誰も私たちに気付いた様子はありません。

子どもでまだ背が低いために、視界には入っていないのでしょうが、私はともかく兄さまを視界に捉えられないのはどうかと思うのです。

年齢の割に兄さまはそこそこ背が高いので、近付けばすぐに気付くと思うのですが。


「……僕たちがここまで近付いても気付けないほどだ。相当なことがあったと見ていいかもしれないね」

「……はんぶんくらいパニックになってますよ」

「公爵家として有るまじき事態だ」


そう言って兄さまは再び大きな溜息をついてしまいました。

見てるだけで『頭が痛い』といった様子が見て取れます。

とりあえず話しかけてもムダそうなので、騒ぎの原因を探るべく様子を窺いつつ、それらしい言葉が出てこないか、使用人同士の支離滅裂な会話に慎重に耳を傾けることにしました。

これは『今こちらから話しかけても余計に混乱させてしまうのが目に見えている』という兄さまの考えからです。

確かにこの状態で兄さまがいきなり話しかけたら、カオスが更にカオスになること必至です。

様子見、大事ですからね。


だけど、さあ……



────ただえさえお腹すいて力が出ないのに、まだまだごはんお預けだなんてどんな苦行だよ……



内心『トホホ……』な状態になっている私は間違いなく涙目です。


こんな空腹による強制ダイエットなんて望んでなんかないんだからね!

幼少期の栄養源確保はこれからの成長のためにも大事なことなのに!

大きくなってから、ゲームの立ち絵で見たようなナイスバデーなフローレンになれなかったらどうしてくれる!

せっかく美少女に生まれて、将来は最高のビジュアルになることが約束されてるはずなのに、ここで満足にごはんを食べられなかったことが影響して発育不良とか許さんぞ!

超個人的な理由だけど、美少女に生まれたからには最高にキレイな大人の女になりたいんだ私は!


うぅ……お腹すいたよ……

ひっきりなしに『クルクルキュゥキュウ』鳴いてるよ……



────あ、ヤバい……

────お腹すきすぎて、ガチで涙が出てきた……



無言で涙だけぼたぼた落としながら泣く私を見た兄さまの顔がギョッとした表情に変わったのが分かりました。


ごめんなさい。

気にしないでください。

単にこれは、お腹がすきすぎたゆえのただの反動なのです。


でも事態が収束するまでごはんはお預けだから、ちゃんとガマンしますよ。

ガマンしながら、解決の鍵となるワードをしっかり聞きますから。



────だからホント、気にしないで兄さま……

────間違っても機嫌悪くなんてしてくれるなよ~?



今にも怒り出しそうな気配がヒシヒシと伝わってくる、あの凄みのある『ムダにイイ笑顔』で使用人ズの騒ぎを見ている兄さまを隣で見ている私の気持ちを誰か察してくれ。

この人(にいさま)は怒らせちゃいけない部類の人間だ。

怒らせたら後でヤバいやつだよ、きっと。


手っ取り早く私が涙を引っ込めればいいだけの話なんだけど、それができればとっくの昔にそうしてる。

でも無理なんだ。

大人だった前世の頃ならともかく、今の幼女の身体では涙腺コントロールなんて不可能だ。

お腹すいたという本能のまま、この身体はボロボロボロボロ涙を零しやがるんだ。

『涙よ止まれ』と思う気持ちとは全くの正反対に、余計にボロボロボロボロ涙を流してくれるもんだから幼女の身体というのは厄介だ。


ムダだと思いつつも、勝手に零れる涙を両手でグシグシと拭っていると、騒ぎの中で所々にいくつかのワードが何度も何度も飛び交っていることに気が付きました。

気付いたのは兄さまも同じようで、先ほどとは表情を変えないまま(かなりコワイ……)使用人ズの話に更に集中しているみたいでした。


ちなみに私の耳が拾ったワードは……


『旦那様』

『ノーヴァ公爵様』

『おもてなし』

『お詫び』


という、四つ。

他にもちょいちょい出てきたけど、この四つが圧倒的に多かった。


それから『どういうこっちゃ?』と思えるような意味不明なのも何回か出てきていて、それが


『魔法事故』?

『魔力酔い』?

『前代未聞』?


あとは……


(ドラゴン)が襲来した』?


……みたいな感じなの。

前半はいいとして、後半は全く意味が分からん。

お腹すいて頭回んないから考えようとすればするほど意味が分からなくなる。

っていうか、頭が考えることを放棄した。


空腹で極限状態だった私の集中力なんてたかが知れたもんだ。

そんな状態でこれだけのワードを拾えただけでも褒めてもらいたいくらいだ。

ホントだったら、とっくに力尽きていてもおかしくないくらいの空腹具合なんだよ。


そんな私とは違って、使用人ズの様子を片時も目を離すことなく窺いながら慎重に会話に集中していた兄さまは、更に多くのワードを拾い、支離滅裂で成立していなかった会話の中からこの騒ぎの原因を突き止めたようだった。

『これ以上は聞く必要はない』と言わんばかりの盛大な溜息をついて、兄さまは一言『……嘆かわしい』と吐き捨てた。

それはもうバッサリと。

地を這うような低い声で吐き捨てられたその言葉を聞いた瞬間、全身がビクンと跳ね上がってしまったのは仕方がないと思う。

まさか兄さまからそんな声でそんなセリフが出てくるとは思わなかったんだもん。


「に……にいさま……?」


びくびくしながらそうっと兄さまを窺うように見上げると、兄さまが優しく頭を撫でてくれました。


「ああ、ゴメン」


苦笑混じりにそう言われて幾分かホッとしました。

いつ怒るか分からない、あの凄みのある『ムダにイイ笑顔』が消えたことに対する安心が大半ですが。


「でも騒ぎの原因は分かったよ」

「ほんとうですか?」

「……ああ。父上のお帰りに、ノーヴァ公爵が付き添われていたのがその理由らしい」

「そういえば、ノーヴァこうしゃくさまが~……ってところどころできこえてましたね」

「うん。ただノーヴァ公爵が一緒なだけにしては、この騒ぎは有り得ないだろう?」

「……はい。とつぜんのほうもんでおどろくことはあっても、ここまでさわいでパニックになるのはヘンです」

「……同時に色々とありすぎて、何を最優先にすべきか頭の中から綺麗さっぱりと抜け落ちたようだね。僕たちには馴染みのない(ドラゴン)を近距離で目の当たりにしたのだから無理もないと思うけど」

「ドラゴン!」

「そう、(ドラゴン)。ノーヴァ公爵家とその分家筋のノースレイヴ辺境伯家では、移動に馬車ではなく(ドラゴン)───飛竜を多用しているという話は聞いたことがあるけど、実際にそれを目にする機会はないものだから、どこか半信半疑でもあったんだろうね。そんな状態で今まで過ごしていたのに、何の前触れもなく突然目の前に(ドラゴン)が現れたとなれば混乱もするさ」


……なるほどな。

あの『(ドラゴン)が襲来した』とかいう意味不明なワードはそういう混乱状態で出たものだったのか。


それから兄さまは、お父さまがノーヴァ公爵様に付き添われて帰ってきたという一連の流れを丁寧に説明してくれました。


夕刻、王宮の魔術師団の演習場で魔法事故(?)らしきものが起きたこと。

その時に放出された強力な風魔法の魔力にあてられて、お父さまが軽い魔力中毒のような状態になったこと。


なぜお父さまがそんなことになったかというと、宰相様に捕まっていたからなんだって。

本当はとっくに帰っていたはずなのに、運悪く宰相様に捕まってしまって、強引に押し付けられる形で仕事を手伝わされ、魔術師団に届け物をしに出向いたところで魔法事故が起きたらしい。

演習場とは距離があったとはいえ、ほぼ事故現場とも言えるその場で大量の強力な風魔法の魔力をその身に浴びたことで倒れかけたのだとか。


実はこの魔法事故、王都の広範囲にまで渡るほどの強力な魔力が放出されたにも関わらず、奇跡的にも被害は少なかったらしい。

大きな揺れこそあったものの王都の建物に関してはほぼ無傷、王城の一部のガラス窓───約十数枚ほどが風魔法の衝撃で粉々に砕け散っただけで済んだのだとか。

人的被害に関しては、その時王城にいた人物の中で特に魔法耐性が低い者に限り、強力な魔力にあてられて急性的な魔力中毒や魔力酔いのような症状が出たという話……らしい。


……けど、おかしいな。

オンディール公爵家の当主であるお父さまが、魔法耐性が低いなんて有り得ないんだけど。


そう思ったことはしっかりと顔に出ていたらしく、そこはすぐさま兄さまが補足を入れてくれた。


魔法耐性が高いはずのお父さまが魔力中毒に倒れかけたのは、現場により近い場所にいたために他の人たちとは比べものにならない量の魔力を浴びたからなんだって。

そのあたりの詳しい事情は直接お父さまに訊かなければ分からないけど、使用人ズの騒ぎで分かったのは大まかなその部分だけらしい。


しかし……



────魔法事故、ねえ……



ってことはアレだ。

私が転んで、おデコがパックリ逝っちゃった原因となったあの揺れは、地震じゃなくて邸全体が風魔法に煽られたことによる影響なのか。

あれだけの大きな揺れだったのに、建物が無傷というあたり相当な魔力だと思う。

普通に考えたら、放出される魔力が強大であればあるほど威力は上がって、それに比例するように被害も拡大するものだと思うんだけど、物的被害はほぼないに等しいんだもんな。

その魔力の持ち主───っていうか、風魔法の使い手とも言うべきかな、誰かは分からないけど、その人は相当な使い手だと思う。

ある意味……怖い。


そんなことを考えて難しい顔をしている間も、兄さまからの状況説明は続いていて、私は聞き逃さないよう兄さまの話の方へと集中した。


事故の直後、魔力中毒の症状が一番酷かったお父さまは相当に顔色が悪かったようで、一刻も早く休ませる必要があるというノーヴァ公爵様の判断の下、公爵様直々にお父さまを邸に送ってきたのだという。

例の大騒ぎの一番の要因となった(ドラゴン)に乗って。


(ドラゴン)による移動がどのくらいのスピードなのかは想像もつかないけど、馬車による移動よりは遥かに早い。

王城から迎えの馬車を寄越すように連絡してから、実際に邸に帰りつくまでの時間はどう短く見積もっても一時間は必要だ。

更には具合の悪いお父さまの様子を気遣い、極力揺れを少なくするよう馬車を走らせるとなるとそのスピードはかなり落ちてしまう。


早急な回復を図るためには、適切な処置と十分な休息が必要とされる。

そのため、馬車による移動時間さえもが惜しいと判断したノーヴァ公爵様は、最短の時間でお父さまを邸へと連れ帰ったのだという。

邸に着くなりお父さまは別室へと運ばれ、お母さまもそのままお父さまへと付き添った。


そう。

この時にはもう既に、邸内は機能しなくなってしまっていたのだ。


真っ青な顔色でぐったりとした当主が、他家の当主に連れられて帰り、当主夫人は真っ先に具合の悪い当主に付き添う。

これは、当たり前のこと。

何がどうあっても、邸の中で最優先されるのは当主の身の安全なのだから。

だからこれは間違っていない。


けれど。

この時点で間違っていたことがあったとすれば、それは使用人たちに対する采配が上手くいかなかったことだろう。


尋常ではない様子のお父さまを目の当たりにしたことで、お母さまの気が動転してしまったことは十分に考えられる。

だから、お母さまが使用人たちにきちんとした対応を指示できなかった可能性は高い。

けれど、それでも家令や侍女長を一とした、使用人歴の長い者は多くいる。

家令や侍女長を中心として十分な采配はできた()()なのだ。


それが、できなかった。


理由はノーヴァ公爵様が乗ってきた(ドラゴン)だ。

ノーヴァ公爵様がお父さまを邸へと連れ帰ってくれて、それからお父さまの魔力中毒の処置のために別室へ入ることになった。

その処置が終わって帰られるまでの間、乗ってきた(ドラゴン)は邸内の中庭でずっと待っていたらしい。


もう一度言おう。

(ドラゴン)が、邸内の中庭で、ずっと、ノーヴァ公爵様を、待っていたらしい。


私たちには全く馴染みのない、決して身近だとは言えない存在であり、畏怖の対象ともされる(ドラゴン)が。

邸内の中庭で、ずっと、ノーヴァ公爵様を、待っていたらしい。


その事実が、オンディール公爵家の邸中の使用人たちを恐怖に陥れた、と言っても過言ではない。

実際に、(ドラゴン)の存在を気にして冷静さを失い、正常な判断ができなくなったことで使用人たちが大騒ぎとなり、邸は機能しなくなった。


そして別室で休んでいるだろうお父さまと、付き添っているお母さまは未だ出てくる気配がないため、この騒ぎを収めることはできない。


更に言うなら、既にノーヴァ公爵様は帰られていて、パニックのキーとなった(ドラゴン)ももういないというのに、混乱は収まることはなく、騒ぎも収束していないままだ。


これが、今のこの状況に至るまでの流れだと兄さまは言った。


「……ありえない」


全てを聞き終えて思ったのは『有り得ない』の一言に尽きる。

その思いのままに、私の口から『有り得ない』という一言がぼそりと漏れた。


「僕も同感だ」


そんな私のすぐ側で、兄さまも同じように呆れ混じりの溜息をつく。


今のこの状況は、お父さまのために最善の手を尽くしてくれたノーヴァ公爵様に対して限りなく失礼だ。

公爵様が乗ってきたという(ドラゴン)だって、そんな風に騒がれる謂れはないと思う。


だって、ノーヴァ公爵様をずっと待ってただけでしょう?

自分のご主人である公爵様を待ってただけなんでしょう?

きっと大人しく待っててくれたんだと思うよ?

そんな風に大騒ぎするような何かを、その(ドラゴン)がしたわけじゃないでしょう?


確かに、馴染みのない畏怖の対象ともされる(ドラゴン)だから、目にした時に何らかの恐怖心を抱いてしまうのも無理はないと思う。

(ドラゴン)には申し訳ないけど、そういう風に感じる人は多いと思うから。


だけど。

それをず~っと引きずったままでいるのはどうかと思う。

ただノーヴァ公爵様を待っているだけの(ドラゴン)をずっと気にして怯え続けるとか意味わかんない。

それを理由に、騒ぐだけ騒いで邸のことは完全放置ですかそうですか。

そのせいで、色んなところで弊害出てるんですけど?


そのことを思うとムカムカしてきた。


お詫び?

謝罪?


そんなの当たり前だよ。

自分たちがどれだけ他家の当主に対して失礼を働いたのかちゃんと自覚してもらわなきゃ、これから先もずっと同じことの繰り返しだ。

今回だけで済むとはとても思えない。


ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、ノーヴァ公爵様に対するお詫びがどうとか、きちんとおもてなしができなかったとか言ってる暇があったら、さっさと冷静さを取り戻していつもの状態に戻れって話だよ。


おまけにまだ私と兄さまの存在に気が付かないときたもんだ。

兄さまはそろそろ一喝して黙らせてもいいと思う。

私だっていい加減に限界だ。

見苦しいったらありゃしない。


空腹によるイライラと、既に帰られているノーヴァ公爵様に対してああだこうだと言い続ける使用人たちの失礼極まりないこの態度に、私の中で何かがふつ……っと切れた。

間違いなく切れた。


いつの間にか空腹の反動でボロボロ零れていた涙は引っ込んで、代わりに怒りの感情が込み上げてきたのが自分でも分かった。


「……にいさま、キレてもいいですか」

「レーン?」

「キレてもいいですよね? いいかげんにウザいです、いまのこのみぐるしいじょうたいは」


兄さまの返事を聞かずに、私はずんずんと使用人たちの方へと近づいていった。

その少し後ろを、適度な距離を保ちながらゆったりとした足取りで兄さまがついてきているのが分かる。


なのに、だ。

ここまで近づいてきているにも関わらず、いつまで経っても使用人たちは私たちに気付きやしない。

それでいて、一向に落ち着こうともせずぎゃあぎゃあ騒いでばっかいる。

いい歳した大人が子どもの前でなんて姿を晒しているんだか。

いい加減に恥を知れ。


「……るさい」


さっきからごちゃごちゃごちゃごちゃと……


「うるさぁ~~~~~い!!!!!」


我慢はとうに限界を超えていた。

これ以上は聞くに耐えなくて、私は『黙れ』と言わんばかりに力の限り声を張り上げ、使用人たちを怒鳴りつける。

突然響き渡った私の大声に驚いたのか、騒いでいた使用人たちの支離滅裂な会話が一瞬だけぴたりと止んだ。

その機を逃さず、私は立て続けにこう言い放った。


「……さっきからだまってきいていれば、いみのないことで『ぎゃあぎゃあ』『ぎゃあぎゃあ』と! いまじぶんたちがしごとをしていないりゆうをノーヴァこうしゃくさまにおしつけるな! こうしゃくさまのドラゴンのせいにするなッ!!」


自分でも驚くほど、するりと使用人たちに対する文句が出てきた。

もしこの時、兄さまが私の身体を自分の方へと抱き寄せていなかったら、私は間違いなく、この使用人たちの中心へと勢いのままに突っ込んでいったことだろう。


それほどまでに、この時の私は怒りで我を忘れていたのだ……─────










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